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【12期】その4

「例えばだけど」

と、ヒューイが前置きをするので、リオは珍しく思って首を傾けた。
居間にて。なんとなくお菓子を食べているリオに、紅茶を差し出してからのヒューイの一言である。
珍しい、と言えど、リオは、ヒューイ・ワートンについて、詳しく知っているわけでもない。
ジェインが家出をする際、ジェインの祖父がつけてくれた、ボディガードがヒューイだ。
リオがヒューイのことを知ったのは、ジェインに連れられ屋敷を出て、紹介されてそれからである。
それから、この家に来て一年。リオもヒューイに慣れて、気安く話をするようにはなった。
だけど、彼について詳しいかというと首を捻る。
彼について知っていることというと、なんでも彼は、あの黄金の門からこの世界に迷い込んだ異世界人で、ジェインの祖父に助けられて以来、キャスケル家で、ジェインの祖父の下で世話になっているらしい。という彼の経緯程度である。
キャスケル家の世話になっている、という点において、お揃いだ、とリオは最初は思ったのだけど。
お揃いどころか、ヒューイは強かったし、頼りになるし、リオと似ている点なんて全然なくて、逆にリオは恐縮してしまった。

一見、ヒューイは大人しく、物静かで、目立つタイプではない。
リーダーシップを取るわけでもなく、かといって誰かの言いなりになるわけでもなく、どちらかというとマイペース。人に優しい言葉をかけるわけでもなく、かといって意地悪をするわけでもなく、適度に役目をこなし、そっとその場にいたり、いなかったり、なんとも不思議な人物だ、とリオは思っていた。
ジェインは彼のことを『地味』と称するが、それも少し違う気がする。
とらえどころがなくて、落ち着いていて、目立たない。
それは確かなのだけど、もっと先に、何かがあるような。だけど、それを捉えてはいけないような。
そんな不思議な感覚。

とにかく、そんな、地味なのに変な男ヒューイは、普段だったら、何かを人に尋ねることなんてせず、もくもくと勝手に実行するタイプだし、もし尋ねることがあったとしても、例えば、なんて前置きせずに、答えを持っている人物に、さらりと聞いて、さらりと答えを持ち帰る。そんな男だ。
そんな男が、なにやら少々気まずささえ感じさせながら、リオに声をかけている。

「例えば、リオ。拾い物したら、どうする?」
「えっと、持ち主に返すか、騎士団の人に報告するよ?」

拾い物、と言いにくそうにヒューイが口にするのは、何か意図があるのだろうか。
ヒューイなら、何かをもし拾ったら、それが誰のものかわかればすぐにその人物に渡すだろうし、そもそも誰のものか分からないなら、そんなもの拾わない気がした。

「もしかして、返しにくい人のもの?だったら、ワタシが言っておこうか?」
「いや…」

返しにくい人、というのもぴんと来ない。
ヒューイが誰かを苦手に思ったりするところを想像できなかった。
そつなく交流をこなしている彼には、苦手な人物も――逆に、仲の良い人物も思いつかない。
リオが首を傾げると、ヒューイは苦い顔をしている。

「あ、もしかして、壊しちゃったりとか??いっしょに謝るよ?ジェインも、ちゃんと謝ったら許してくれるよ」
「いや、そうじゃないんだけど」

これだ!と思った答えも違うようだ。
ヒューイとジェインは仲がいいから、喧嘩もたまにする。
始めは二人の喧嘩に、どうしようとびっくりしたけれど、なんでもないってことがわかってからは、仲がいいと思うことにした。
優しいジェインが怒るのはヒューイにだけみたいだったし、いつも落ち着いているヒューイが何かを言い返すのも、ジェインにだけのようだったから、きっと特別に仲がいいのだ。
と、思う。
二人の喧嘩にリオが困っているとき、今住ませてもらっている家の大家さん、ソウヤが、『仲がいいってことだよ』と言っていたから、きっとそうだ。
喧嘩は嫌いだけど、仲がいいなら多分大丈夫だ。

「んー、例えば、持ち主もわからなくて、騎士団にも渡せなかったら?」
「騎士団の人にも渡せないの??」

央国の治安を司る騎士団。
そのうち、ここでリオが口にしたのは、私設騎士団の方だ。
金色の騎士団の団長マルビタンはとても親切で、本家の騎士団がやってくれないような小さな事件も、親身になって解決してくれる。
落とし物だって、金色の騎士団にかかれば、あっという間に解決してくれるだろうに。

「えっと、そう、だね。んーっと、探偵さんとか…かな」

騎士団にも渡せない。
ということは、と、リオはヒヤリと弾んだ胸を抑えた。
ヒューイのことだ。
大丈夫とは思うが、逆に、ヒューイだからこそ、こっそりと何かを隠しているのかもしれない。
それに敢えて触れずに、リオは騎士団の次の選択肢を示した。
だけどヒューイは、うーんと唸るばかりで。

「探偵か…うーん、…ちょっとなあ。そういうわけにも…」
「え、えっと、ヒューイ、あの」

ヒューイは一体、何を渋っているのか、だんだん不安が広がってくる。
騎士団や、探偵にも渡せなくて、持ち主に返すこともできないもの。
しかも、ヒューイが。
となると、嫌な予感しかしない。

「たと、たとえばの話、だよね?」
「あ、うん。とりあえず、例えばの話だよ」

(とりあえず?????)

聞くのが怖い。
と、言葉をなくしたリオに構わず、ヒューイは額に手を当てて唸っている。

「やっぱり、元いた場所に戻すかなあ」
「え?」
「えーっと、例えばの話だけど、雨で濡れてて、なんとなく気になって、拾っちゃったとして」

たしかに、先程まで強い雨が降っていた。
たまにあるにわか雨だ。すぐに止んだので、洗濯物がびしょぬれになったくらいなのだけど、そういえば、ヒューイは外に出ていたのだっけ。
帰ってきたヒューイは、すぐには姿を見せなかった。
着替えていたのだろう、しばらく部屋に篭っていて。それからようやく出てきたヒューイは、温かいミルクを入れて、また部屋の中に帰っていた。
それからしばらくして、また部屋を出てきたヒューイが、リオの前に現れてからの一連の流れである。

「た、『例えば』じゃなくて!ヒューイったら!」

雨の中でつい、拾ってしまった。
持ち主がわからない。
騎士団や探偵にも渡せないというのは、ちょっと首を傾げるが、きっと彼のことだ。信頼できる人間にじゃないと、ということなのか、もしくは、拾ったそれに愛着を見出したのか。
とにかく。

「こんな雨の中捨てられるって、可哀想だもの!飼おうよ!」

猫だか犬だかは知らないが、拾ったそれを、ヒューイは部屋に隠しているに違いない。
さきほどまで、ミルクをやっていて、それで部屋に篭っていたのだ。
気がついてみると辻褄があった。
優しくも怖くもないなんて失礼なことを思っていたけれど、やっぱりヒューイは優しい人間なのだ。
雨の中泣いている動物を放っておくなんて、出来なかったに違いない。

「飼う、かあ。うーん。たしかに、誰かにやすやすと渡せないけど。まあ、僕が決めれるものじゃないし。あ、これは例えばの話だけどね」
「たしかに、ここはソウヤくんのお家だから、聞いてみないとダメだけど、きっと大丈夫。ワタシも一緒にお願いする!きっと、ジェインもよろこぶわ!」
「喜ぶかなあ…」
「ジェインは犬も猫も大好きなんだから!大丈夫!」
「そんな理由で喜んでくれるのか…実は器がでかいなジェイン…」

何やら驚嘆したように頷いて、ヒューイは考えを巡らせるように目を瞑った。

「…例えば、その、うちにおいてやるとして、リオは賛成なのかい?」
「例えばも何も!賛成だよ!もう!さっきから例えばって言わなくてもだいじょうぶだよ!だいじょうぶ!」

リオがヒューイの腕をひっぱると、ヒューイは目を開いたあと、困ったように視線を揺らして。
それから柔らかくリオを見つめた。

「だって、例えばってことにしないと、処分するときに、君が責任を感じてしまうだろう」

柔らかく。さらりと。
それは、見え辛いヒューイの優しさであろうことを、リオは正確に理解した。
たとえ、どういう結末になったとしても、責任を負わなくていいと、傷つかなくていいと、ヒューイは言っている。
ヒューイは、優しさで拾ってきたそれを、処分する覚悟もある。
可能性を吟味して、それすら選択肢に入れているのだろう。
それはとても優しくて、冷たくて、怖くて。

(悲しい)

きゅっと、胸が痛んだ。

黙るリオの頭に、ヒューイがぽんと手を置く。
それを受け入れながら、リオは何か適切な言葉を探した。

「…大丈夫だよヒューイ。ソウヤくんにちゃんとお願いしよう。ソウヤくん、優しいから、きっと大丈夫って言ってくれるよ」
「そうだなあ。まあ、あの人、リオに甘いから、許可はしてくれるだろうね」

大丈夫としか、リオは言えない。
何が大丈夫なのか、きちんと答えられなかった。
ヒューイが何を思って、処分を選択肢に入れているのか、問いただすことも、もう一度口にすることもできない。
それを、そんなリオの弱さを、ヒューイは何も言わない。
二人は顔を見合わせて、ゆるやかに笑って頷くだけだ。








「そんなわけで、例えばなんだけど、ソウヤくん」
「さっきからあんたの部屋からガサゴソ音がするんだけど、あんたが拾ってきたわけ?」

まどろっこしい、ヒューイの例えばを一刀両断して、赤雫☆激団本拠地のもともとの主、ソウヤは真正面から切り込んできた。

「…うん。まあ、見つけてしまった手前、放っておくのもなって」
「へえ、あんたでも、そんな人間みたいな心、あったんだね」

リオに対しては優しい大家さんであるソウヤも、何故かヒューイには厳しい。
面と向かって罵倒の言葉を浴びせたりはしないが、ところどころ、言葉の端が皮肉に溢れていた。
一方のヒューイは、まあそんな人なんだよと、その皮肉をとりあったりもしないので、喧嘩になりはしないが。
『でも、ちょっと可哀想よね』というジェインの言葉に、リオも同意する。
その可哀想が、何もしてないのに皮肉を言われるヒューイにかかるのか、取り合われもしないソウヤにかかるのかは、リオにも曖昧だけれども。

「えっと、あのね、ソウヤくん。ワタシからもおねがい!部屋とか汚したりしないから、飼ってもいいかなあ」
「んー、まあ、汚さないっていうなら…ちゃんと世話するなら、別に…」
「ほんとに?」

いいけど、という言葉を遮って、やっぱりソウヤは優しい。とリオは手を叩いた。
口では文句を言うけれど、雨の中濡れている動物を放っておくなんて、ソウヤにも出来ないはずだ。
にこりと笑ってソウヤを見ると、彼はコホンと咳を一つして。

「で、今はまだヒューイの部屋?もう餌はやったのか?」
「ああ、うん。そうだな。連れてくるよ」
「あ、じゃあ、ワタシ、ジェイン呼んでくる!きっと喜ぶもの!」

はやる胸をおさえて、慣れた手で車椅子を方向転換。
器用にするりとテーブルの端を抜けて、扉を開ける。
ジェインの部屋はリオの部屋の隣だ。
こんなにうきうきと車椅子を動かすのは久しぶりだ。
一秒でも早く伝えたい。
ちょっと休むと寝ているジェインだが、動物好きな彼女だ。一人だけ立ちあえずに、あとから知らされたとなると、残念がるに違いない。
たたき起こしてでも連れて来ないと。

「ジェイン!たいへん!たいへんよ!」
「なに?私眠くて…」

ノックもせずに扉を開き、起きたてで目を擦っているジェインを急かす。
最近のジェインは、夕方に昼寝をするのがマイブームらしく、昼過ぎからは、まったりと部屋にこもっている。
趣味の小説書きをするわけでもなく、横になっていることが多いので、病気か何かかとリオも心配したのだが、そういうわけではなくそんな気分なだけ、とジェインが言い張るので――それに、病気にしては、そうではないという言葉通り、ご飯はしっかり食べているようなので、そのジェインのその寝すぎマイブームを、リオも受け入れることにしていた。

散漫な動きで身なりと整えるジェインを少し手伝って、腕をひっぱって部屋の外を指す。
危ないわよと言いながらも、リオの気持ちを汲んだのか、ジェインはそろそろと車椅子の後ろにまわり、リオに従うまま車椅子を押した。

「あのね、うちにね!ふふふ。家族が増えるの!ヒューイがね!拾ってきたんだって!」
「家族、ねえ…」

驚くと思っていたジェインは、口の中でごにょごにょと何かを呟いて、それから首を傾げた。
きっと、リオが何を言いたいのかわかってないに違いない。
突然家族が増えるなんて言われても、混乱するだろう、とリオも気がついて、苦笑して舌を出した。

「へへへ、でもすぐわかるよ!さっき雨でね、ヒューイが…」

リオが言い終わる前には、もう先ほどの居間だ。
リオがよいしょと扉を開けると、すでにヒューイは居間にいて、それから、少し離れたところで、ソウヤがぽかーんと立ち尽くしていた。
ぴくりとも微動だにせず。
目を見開いて。

「??」

それから、そのソウヤの視線の先には。
ヒューイの背中で、隠れるようにちょこんと顔を出している何かの影。

(あれ?おっきい?)

それは、犬でも猫でも動物でもなくて。

「…ヒューイ、その人、だれ?」

疑問符を浮かべるリオの後ろから、冷やりと問うたのは、ジェインだ。
その声の冷たさに、リオはなんとなく後ろを向くことができなかった。

(あ、あれ?)

もう一度、事態を把握する。
ヒューイが雨の中、犬だか猫だかを拾って連れてきて、飼うことになった。

(のよね?)

だけども、連れてくるといったヒューイの周りには、犬も猫もいなくて。
ヒューイと、それを見てぽかんと立ち尽くすソウヤと。
そのヒューイの後ろにいるのは

「あの…」

恐る恐ると、ヒューイの背中から顔を出したのは、もちろん動物ではない。
背はヒューイの肩まであるし、目は2つで2本足で立っていて、声だって発している。
猫や犬ではありえなかった。

「マスター、これは、怒りの波動です??」
「いや、問題ないよ。たぶん」

目が2つで2本足で立っている、ヒューイの背中のものは、ひょこんと顔を覗かせた。
目に飛び込んできたのは、黒くて長い三つ編み。
それから、膝下まであるスカートと、エプロン。
怯えるようにヒューイの背中に隠れていたそれは、恐る恐る、その背中から抜けだして。
ようやく、全身を一同の前に見せたあと、ぺこり、と大きく頭を下げた。

「こんにちはございます!!」

それから、言ってやった、というような満足げな顔を上げて、周囲を見回して。
返ってこない反応に、困ったようにヒューイを見上げた。

「マスター、失敗です?原因は不明」
「いや、原因はわかってるけど、成功では確かにないな」

淡々と応えるヒューイに視線が集まる。

(えっと)

リオもヒューイを見ながら、事態を把握しようと努めたのだけど。

(…わかんないや)

三つ編みの女性がヒューイの後ろにいて、みんな驚いているという事態しかわからなかった。
もしくは、それで十分なのかもしれなかったが。

「で、ヒューイ、その人は、誰?」

事態の把握をそうそうに諦めたリオ。だけどその後ろのジェインは、ただ一人冷静だ。
淡々と尋ねるその声からは、驚いている様子すら見えない。
リオはジェインを振り向く勇気すらなかったけれど。

「誰というか…そうだな、…君、名前は?」

冷ややかとすら言えるジェインの声に、ヒューイは動揺もせずに答えて、その女性に尋ねる。
返ってきた答えも簡潔だった。

「ありません。マスター」
「ないらしいよ?」

爽やかとすら言えるヒューイの返答に、ジェインが納得するわけもない。
ふーん、と呟くジェインの温度は下がるばかりだ。

「え、えっと、つまり、えっと」

さすがにこれ以上放置するわけもいかなくて、リオはぽんと手を叩く。

「えっと、つまり、ヒューイがさっき言ってた、拾ったのって、その子なの?ヒューイ」

そういうことね!と明るく言うと、ヒューイもああと頷いた。
たしかに、ヒューイは犬とも猫とも動物とも言ってなかった。
処分することになったら…なんて物騒なことは言っていたが、あまり深く考えると泥沼になりそうなので気にしないでおく。
つまりはそういうことだ。
そう、ヒューイが女の子を拾ってきたのだ。

(あ、駄目かも。ちょっとフォローできる自信ない)

何のフォローかと言われると困るが、フォローしなければいけないという使命感を強く感じる。
強いて言うなら、先程からただならぬオーラを発している背後の親友に対して。
なんとかしなければいけない。そう強く思って。

「そ、そっか!あ、じゃあ、マスターって?」

その女性が称しているヒューイの呼び方を尋ねたが、聞いたそばから藪蛇だったかなと後悔が頭をよぎる。
そう問われた女性はというと、リオの戸惑いやジェインの静かなオーラなど気にもせず、はい!と元気よく答えた。

「マスターに拾われたので、マスターです!」

やっぱり、リオにはさっぱり理解はできなかった。
と、ヒューイを見上げる。
その顔を見てヒューイはようやく――たぶん、リオではなくて、リオの背後にいる人物に対してだろうが――観念したように、ぽりぽりと頭を掻いた。

「今朝、ちょっと出かけたんだけど」
「ちょっと?どこに」
「――黄昏の聖域」

問うジェインから目線を逸らして、呻くようにヒューイは答える。

「……黄昏の聖域に?」

黄昏の聖域。
オーラムに、ブリアティルトに住んでいて、知らないものはいないだろう。
異界とをつないでいるという黄金の門があるという古代遺跡である。
周囲は深い森に覆われていて、入り口には名の知れた野党たちが、奥には恐ろしい何か悪いものたちが、どこかしこにいるという、大変危険な遺跡だった。

その名を聞いて。
リオは、自分の体温が冷やりと下がるのを感じた。
がくがくと、動かないはずの足が震える。
実際は、動かないのだから震えるはずもないのだが、天地が揺らぐような感覚に、きゅっと目を閉じる。
黄昏の聖域。
そこは、リオにとっては忘れたくても忘れられない場所。
その付近の森で、リオは体の自由を失った。
痛くて辛くて怖くて泣きたくて。
未だに震えが来る、思い出したくない事実。
出来事だとか事件だとか、そんな言葉で言いたくもない。ただただ、幼いリオに襲いかかった悪意。
今でも夢に見る、恐ろしい現実だ。
だけど。
それだけではなかった。
恐ろしい記憶の中に見える、唯一の希望。
あのとき、逃げ出したあの瞬間。リオは輝くヒーローに逢ったのだ。
幼い頃だったので、もう顔も覚えていない。
汚れたリオのことを、星みたいにキラキラしていると言ってくれた、輝く星の人、と心の中で呼んでいるヒーロー。
その言葉のお陰で、リオは全てを投げ捨てずにすんだ。
全てが駄目になってしまったときも、どんなに痛くても苦しくても。
リオの支えだった。

(だいじょうぶ)

黄昏の聖域は、名前を聞くだけで恐ろしくなる場所だけど、ちゃんとリオに救いをくれた場所でもある。

だから、その名をヒューイが言った時、ジェインが体を固くしたけれど、リオは大丈夫だと頷くことが出来た。
そんなリオの様子を見て、ジェインは心配そうに言葉を揺らしたが、ひとつ息をついて、ヒューイに向かい直った。

「あんな危ないところに、一人で行ったの?」
「ああ、…大丈夫だよ。ちゃんと気をつけてる」

ヒューイの言葉はとても自然で、大それたことをしたようなつもりはないらしい。
きっと、初めてではないのだろう。
ヒューイが黄昏の聖域に足を踏み入れたのは、きっとこれが初めてのことではない。
だから彼は、大丈夫だと、心配することはないと言っているのだ。
そう言いたいのはわかるが、だからといって、それなら大丈夫だと思うはずもなかった。

「そういう問題じゃないわ。あそこがどういうところか、知ってるでしょ?」
「知ってるからだよ」

黄昏の聖域。怖くて危険なところ。
と、同時に、とリオは思い出した。
異界を繋ぐ門のあるところ。
その扉は、いつどんなときに開くのか、誰にもわからない。
故に、異世界から門を通ってこのブリアティルトに来た人間は、そこがどんなに危険な場所かわかっていても、足を運ばずにはいられない。
いつ開くかわからない扉を探すために。
ヒューイは。
そう、ヒューイも。
異世界からこの世界に来たのだと、言っていた。
だから彼は、異世界人の常として、この地を訪れては、開いた門を探していたに違いない。
そんなこと、彼の口から聞いたことはなかったけれど。

「……ごめん」

ジェインやリオが口を開く前に、ヒューイはそう謝罪の言葉を口にした。

「リオにとってどういう場所か知っているのに、配慮が足りなかった」
「えっと、ワタシは大丈夫、だけど…」

自分のトラウマは自分のもので、他の誰が背負うものではないと、リオは思う。
ジェインはいつもリオの全てを背負ってくれる優しさがあって、申し訳なくなると同時に、それを嬉しくも思っていた。だけど、それをヒューイに強いるつもりは全くない。気にしないで欲しい。
でも、それとは別で、ヒューイに危ないことをしてほしくないと思うのも事実だ。
ヒューイが、黄昏の聖域が気になるなら、言ってくれればいいのにと、リオは思う。
どんな危険な場所だって、嫌な思い出がある場所だって、ヒューイが探ってみたいというなら、リオだって力になりたかった。
そう、リオの思っていることが、ヒューイには伝わらっていないのだろうか。

「そういう…問題じゃないわ。そうじゃなくて」

だから当然、リオの親友の優しいジェインは、仲間のヒューイが、勝手にそんな危ないことをしていたなんて、見逃せない。
ジェインがそれを怒るのは当然だし、リオも同じ考えだ。
と。

(…あれ?)

ジェインを見上げて、リオはひとつ違和感を持った。
ジェインは確かに、怒っていた。怒っていたけれど。

「……もういいわ」

と、小さく呟いて、最後まで言い切らずに、言葉を押し潰した。

(ジェイン??)

一瞬、ジェインが泣くのかと思って、ヒヤリとする。
だけどそんなこともなく、諦めたようにジェインは首を振って、真正面に向いたそのあとは、いつもの彼女の顔だ。
対するヒューイはというと、何かを言おうと口を開いたが、結局何も言わずに肩をすくめて終わる。

「…そう。まあ、そこで、黄昏の聖域の遺跡で、拾ったんだよ」

それから、彼が仕切り直して続けたのは、例の女性のことだ。
リオたちのやりとりの間も、ヒューイのすぐ後ろに付いている謎の女性。
三つ編みで、エプロンとスカート…あれはおそらくメイド服だ。ジェインの屋敷にいたときに、似たような格好の女性たちを見たことがあった。
マスターと、ヒューイを呼ぶメイド服の女性。
年の頃は、リオやジェインと同じくらいだろうか。
20歳そこそこ…いや、もう少し上にも見える。そして、もっと下にも見えた。
凛とした佇まいは年齢を上に感じさせ、それから、そのとぼけたような顔は、リオたちよりも下の年齢に感じさせる。
彼女はそのとぼけた、きょとんとした顔でヒューイを見上げている。
見上げて、ヒューイの言葉に続けて、軽やかに答える。

「はい!マスターに拾われました!」
「黄昏の聖域で?」

黄昏の聖域なんて危ないところにいる、名前がないというメイド服の女性。
怪しい。
あまり外に出ない世間知らずのリオですら、怪しいとわかるその女性。だが、ヒューイは警戒もしていないようだ。
ヒューイはもともと何を考えているのかわからない男ではあるが、警戒しているような人物を、背後に置くようなことはしないだろう。

「おそらくコレは」

と、ヒューイは彼女の肩を気安く叩いてすらいる。
コレ、と彼女を称して、顔色も変えずに、淡々と。

「ゴミ、かな。黄昏の聖域の」

なんでもないことのようにさらりとそう言って。
ヒューイは彼女の三つ編みを、そっと撫でた。


「は?」

ヒューイが何を言っているのか、リオにはわからなかった。
ジェインもそうだろう。
突然の得体の知れない女性。拾ってきた等のヒューイは、その女性をゴミだと紹介した。
驚く以前の問題だ。何を言っているのかわからない。意味がわからなすぎて、驚くより戸惑いしかない。

だから、その場で正しく反応したのは、リオでもジェインでもなかった。

「…っ」

声を震わせて、言葉にならないうめき声で。
先程から、ずっと何も言わずに、その女性を見ていたソウヤは、リオたちが今まで見たことがないくらい、動揺していた。
その視線を受けているその女性は、きょとんとして、何もなかったかのように、首を傾げて、それからまたヒューイを見上げている。

それを一切気にせずに、ヒューイは口を開いた。

「オーラムの歴史は長い。世界の始まりと同じくらい。もうじき千年になる、ということになっているのかな。
最古の国家オーラム。全てはオーラムの地から始まった。オーラムの地、すなわち黄昏の聖域、黄金の門。
そう言う人もいるみたいだ」

唐突に始まったのは、一度は聞いたことのある、オーラムの歴史。
それを、まるで授業でもするかのように、ヒューイは落ち着いた声で、淡々と続ける。

「国が5つに別れる遥か前から、千年も前から、異世界に繋がるその門はあった。」

ブリアティルトの歴史。戦年も前の話。それは、もう誰も事実を知らないのだから、お伽話にすら似ている。

「今のブリアティルトが人種のるつぼなのも、きっとその名残だね。
ブリアティルトでは、異世界から流れ着いた人たちが先祖だという人が多い。
帰りたくても帰れなくて、ブリアティルトにそのまま居着いたんだろうね。
帰ることを諦めた人は、オーラムを出て方々に散って自分の生活を続けただろうし、まだ諦めきれない人たちは、黄昏の聖域近くに居を構えた。
それから、この地にいた元々の民はどうしただろう。異世界からくる不思議な人を歓迎しただろうか。そもそも、この黄金の門は何なんだろう。もしかして、原住民が、異世界人を呼び寄せるために作ったものなのだろうか。それとも、この地に原住民なんていなかった?どうなんだろうね。謎はまだ、誰にも解けていないんだ」

そこまで言って、ちらりとリオの方を見た。

「そんな当時のことを考察する書物は山ほどある。どれも面白いけど、一つ一つを信じていたらキリがない。
そうだな、共通するのは、黄金の門が異界と通じているという事実。普段は門は閉じていて、その門を開くには<上位>の介入が必要だということ。
そして、それ以外に門を開く手段はいくつかあるらしくて…その手段は、本によってぜんぜん違う。
その中の本の一つに、ディーラのことが書いてあったよ。リオが狙われたのは、そのせいだと思う」

眉唾ものだけどね、と加えて。

「まあ、とにかく。この人形のことだけど」

示したのは、先程から目をぱちくりしている三つ編みの女性。
肌も目も、首を傾げる動きも、ただの人間にしか見えない。
だから、ゴミだとか人形だとか、ヒューイの選ぶ言葉は、ちぐはぐに聞こえて、なんだか居心地が悪くなる。

「遺跡の奥の箱に入れられていたんだ。箱には丁寧に、古い言葉で『おもちゃ箱』と記されていたよ。
精巧な技術だ。異世界から来た人物が作ったものか、古代の原住民が作ったものかはわからないけど。古代の遺産だろうね。」
「なんで…」
「なんで?古代語で書かれたおもちゃ箱に入れられてて、ゼンマイ巻いたら動き出したんだ。精巧すぎるくらいだけど、黄金の門を作った古代人か、技術を持った異世界人かと思えば、納得できなくもない。おもちゃ箱に入ってたってことは、おもちゃの人形だろうけど…」
「はい、マスター。訂正します。おもちゃではありません。私は子守り人形です。おまかせください」
「ほら、僕がゼンマイを巻いてから、ずっとこれ」

ヒューイの言葉を支持するように、三つ編みの女性――人形らしいが――も手を上げた。
突っかかろうとしていたソウヤも、それを見て、二の句が継げない。
リオやジェインだって、人形本人にそう言われると、納得するしかなかった。
それに、ヒューイはこんなふざけた嘘をつくような男でもない。


「なん、で、―ロシーが…」

ソウヤが、ぽつりと。
小さく口の中で呟いた。
誰かの名前。それをリオが聞き返す前に。

くるりと身を翻して、ソウヤは居間を飛び出した。

「あ、ソウヤくんっ」

車椅子でなければ、引き止めることが出来たのかもしれない。
だけど、リオが手を伸ばしても、ソウヤに届くことはなかった。
すぐにバタンと扉は閉ざされ、残された一味は顔を見合わせるばかりだ。

「な、なにか、あったのかな?」
「ただごとではなかったわよね…」

どう見ても人間にしか見えない女性が、古代に作られた人形であるというヒューイの発言は、リオだってそれは驚いたけれど。
ソウヤの驚きは、ただ事実に驚いた、だけではなかったように見えた。

「もしかして、きみ、ソウヤくんと知り合いかい?」
「いえ、マスター。私がこんにちはしたのは、マスターが初めてです。よって、マスターがマスターなのです」
「そうか…」

ゼンマイを巻いてしまったからマスターなんだろう。と、ヒューイは大きく肩を落とした。

「まあ、つまり、いつものように黄昏の聖域調査をしてたら、遺跡で変なもの拾ってしまってどうしようかなって。まあ、そのまま捨てようかとも思ったんだけど」

いつものように、というのはちょっと聞き捨てならないので、これからはヒューイの出先も気にしたほうがいいのかもしれない。
ヒューイはふらりとどこかに行くことも多いのだが、この分だと、他にも危ないことをしているかもしれない。
そんなふうに思うリオの横少し上を。
さらりと見たヒューイは言った。

「聞いたら、子守り人形って言うし、子守り人形なら、まあ、…必要かなと思って」
「……知ってたの?」
「まあね」

ジェインが勝手なことを言っているヒューイに、怒りもせずに答えたのを、隣にいたリオはとても不思議に思ったのだけど。


半年後、その事実を知って、さらに驚くことになったのだった。

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