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【12期】その2

ジェイン・キャスケルという娘について。

20も過ぎた行き遅れたじゃじゃ馬娘。とは、彼女の父親の弁だ。
容姿は決して悪くない。長い金髪は絹のように滑らかで、手足は細く長く、所作も優雅。それから小さな唇と、緑色の瞳。それを縁取る長い睫毛。まるで人形のようだと、初めて見た時、ヒューイは思った。
二度目に見た時は、彼女の振る舞いはあまりにもあまりだったので、人形のようだなんて欠片も思えなかったけれど。
ともかく、貴族の娘なのに、20も過ぎて貰い手もいないなんて、そんな不名誉な思いをするはずはない娘なのだ。本来であれば。

「何ジロジロ見ているの?ヒューイ」
「いや…」

人形のような容姿を持つ美しい娘は、今は頬を膨らませて、テーブルについていた。右手にフォーク、左手にスプーン。その前には白く輝く皿があって、皿の上には何も乗っていない。

「ヒューイが言ったのよ。パンに、チーズとハムを乗せて焼いたら美味しいって。ねえ、まだなの?」

彼女が待ち望んでいるのは、ただのハムチーズトーストだ。
ヒューイが久しぶりに食べたいなあと漏らしたら、目を輝かせてこの娘はテーブルについた。ご丁寧にオーラム貴族御用達の限定100枚しかこの世に存在しない皿まで出してきて。何を誤解しているのか、いつもより上等なドレスに身を包み、わくわくとヒューイを見つめている。

「えっと、ジェイン…その服はなに?」
「この間、お友達と買い物に行ったの!綺麗でしょ?安かったのよ!60万G!知ってるわよ。安くて良いのを探すのが庶民流!でしょ」

胸を張るジェインは、褒めて貰いたいようだった。
求められたヒューイは、何かを言おうとして、口を閉じる。
下手なことは言うまい。なんと答えようとも、彼女をどうにかすることはできそうにない。

ジェイン・キャスケルは、20歳。
キャスケル男爵の一人娘だ。
キャスケル家は新興貴族である。
一代前の先代が商業で身を立て、王家の経済的危機を、その寄付で一度救ったことがあることから、末席ながらも貴族の称号を手に入れた。
先代は、良く言えば豪快、悪く言えば無鉄砲な性格で、財をなしてはばら撒きを繰り返し、得た財産をそのまま使い、思うがままに贅沢をなした。一方、惜しむことなく他人のためにもその金を使うことも有名で、贅沢品を買う一方で、孤児院にも惜しみなく財を分け与えていた。彼はその金に無頓着な性格で、みんなから愛される人物ではあった。
しかし、そのおかげで、その入ってくるお金に比例せず、キャスケル家は財を持ってはいない。それに危機を覚えたのが、現キャスケル家当主。先代の息子であり、ジェインの父親である。
彼はまず、支出を抑えた。贅沢を控え、寄付金も抑えた。お陰でキャスケル家は持ち直したものの、寄付金も抑えたことにより、寺院や民衆からの支持は薄くなり、もとより貴族の後ろ盾もないキャスケル家は新たな危機を迎えることになる。
頭を悩ませた当主が選んだ道は、彼の一人娘、ジェインを使って、貴族との関係を強固にすることだったのだが。
関係を強固にする。簡単なのは、すなわち他の貴族と繋がること。つまり、娘のジェインを他の貴族と結婚させることにより、強い貴族の後ろ盾を得ようとしたのだったが。
大切に育てたジェインは、器量良く育ったものの、その実、祖父の影響を強く受けた娘になった。
良く言えば豪快、悪く言えば無鉄砲。なんにしろ、貴族の一人娘には相応しくない性質である。
その上、教養豊かに育てられたはずの彼女は、どこをどう間違ったのか、その教養は彼女の空想力を加速させ、気がつくと、年頃のジェインは、妄想力豊かで無鉄砲な娘に育ってしまい――
せっかくの婚約を蹴り飛ばす実行力を加えて、現在家出中である。

その家出に付き添うはめになったのが、ジェインの祖父、キャスケル家先代の秘蔵っ子と呼ばれる男、ヒューイなのだが。

しばらく彼女に付き合っているものの、ヒューイには、彼女を理解することはできなかった。
やっていること全てが無駄だ。
生まれた時から、結婚相手が決められていることなど知っているはずなのに、今更、20歳という、行き遅れと言っても良い年になって逃げるなんて、ふざけているとしか思えない。
貧乏貴族とはいえ、普通よりも贅沢を受けて育てられ、教養まで授けてもらっている。それを20歳になるまで許容したのだから、大人しく父親に従って嫁げばいいのだ。
嫌だったのなら、もう少し早く意思を示せばよかったのに、見合い話が現実化されて初めて行動に移すなんて、往生際が悪い。この歳で逃げるなんて、どうするつもりなのか。
とはいえ、こちらだってジェインに興味もないのだから、彼女の選択に口出しする気もなかったが。
ヒューイが彼女とともにいるのは、彼女の祖父への恩義の為である。
先代は、黄金の門というわけのわからない仕組みに巻き込まれてブリアティルトに来てしまったヒューイを拾い、面倒を見てくれた。だから、その彼の頼みであるなら、わがまま娘の面倒くらい見るのはどうってことない。
それが、60万Gを安いという世間知らずの娘でも。
仕事なのだから仕方がない。
その60万Gがどこから出たのか、という疑問や不安にも蓋をしておく。
いざとなれば彼女を売ろう。60万Gくらいにはなるはずだ。

などと心の中で思いつつ、ヒューイはオーブンを開けて、トーストを取り出した。
パンに、ハムとチーズを乗せて、ケチャップをつけて焼いただけのもの。
ヒューイが、元の世界で通っていたスクールの帰りに、友人たちとよく食べていたものだ。

「…はい。ハムトースト」
「待ってたわ!…思ったよりグロテスクね!どうやって食べたらいいのかしら」
「…好きにすればいいよ」

ケチャップが飛び出ているそれに対してグロテスクと表現したジェインに呆れながらヒューイが言うと、彼女はフォークで器用にパンを押さえ、丁寧にナイフで切り取った。
それから、一口サイズのそれを口に運ぼうとし、ふと、手を止める。

「…どうしたの?」

そうヒューイが尋ねたのは、手を止めた彼女が、ヒューイをじっと見つめたからだ。
見つめるというより、睨みつけるように、瞬きもせずに、じっと、ヒューイの行動を見ている。

(…なんだ?)

「気がついたのよ」
「何を?」
「これは、罠ね」

そう得意気に、彼女は笑う。
見破ったと言うような、勝ち誇った顔。
出た。得意の陰謀論だ。
彼女が何を言い出すかなんて、気にしてはおしまいだ。そうわかってはいるものの。
何が罠なんだか。食べたいと言い出したのはそっちじゃないかと、ヒューイがため息を押して肩をすくめると、それを見たジェインは頬をふくらませた。

「なによー。今呆れたでしょ?」
「変なこと言ってないで早く食べたらどうだい」
「だったら早く食べ方教えてよ。失敗したところを笑うつもりなんでしょうけど、そうはいかないんだから」

(笑ってどうするんだよ…)

別にどんな食べ方だって構いやしない。そのまま齧ってもいいし、ナイフを使うのだって彼女の自由だ。ルールなんてない。
ヒューイはそのままかぶりつくのがトーストの美味い食べ方だと思ってはいるが、それがハムトーストのルールだとまでは言うつもりはなかった。
そもそも、そんなルールや決まり事なんて、意味のないものだとヒューイは思う。

「笑わないよ」

たとえ、トーストの食べ方が決まっていたとしても、それを強要する意味を見出せない。
好きに食べて、それが美味ければいい。
どうせどう食べようと味なんて変わらないのだ、好きに食べればいい。

「…ヒューイって」

笑わないと言っているのに、ジェインの顔は晴れなかった。
ジト目で見上げて、ふうと息をついている。

「わかんないやつだと思ってたけど…なんかわかったわ」
「なにが?」
「性格が悪いのね」
「は?」

笑わないと言っている紳士に向かって、ジェインがきっぱり言い切った。

「人の心が薄いんだわ。可哀想に」
「ちょっと待って。意味がわからない。好きに食べなよ、笑わないよと言ってるだけだろう?」

面と向かって性格が悪いと言われたヒューイは、自身を性格が良いとはもちろん思っていない。
だけども、たかがトーストとはいえ、それを作ってくれた人物に対する言い草がそれと思うと、抗議しないわけにはいかなかった。

「だってあなた、教えるのがめんどくさいんでしょ」
「……」

それはそれで図星だったので、ふと視線を泳がせてしまったけれども。
それでも、誤魔化すようにヒューイは口を開いた。

「…食べ方なんて、決まってない。ナイフで切っても、そのままかぶりついても、手で割いても、好きに食べるのが一番美味いよ」
「…食べ方、ないの?」

そう問い返すジェインは、目をぱちくりと瞬かせている。

「好きに食べればいいんだよ」

もう一度、ヒューイは言った。
だけど、ジェインはというと、納得出来ない様子で、憮然とした顔をしている。
何を納得出来ないのか、ヒューイにはそれこそ疑問だ。
好きにすればいいと言ったヒューイのことを性格が悪いなんて言い切った失礼な彼女には、なんと言ったら納得してもらえるのかわからない。

「私はね」

少し気まずい沈黙を、先に破ったのはジェインだ。
唐突に口を開いて、それから、躊躇うように言葉を諮詢している。そうやって一度口を開いてから言葉を少し選んでいるのは、彼女にしては珍しい、とヒューイは少し意外に思う。

「そう。ナイフの使い方も、パンの食べ方も、必要のあることだと思うのよ」
「……」
「窮屈なマナーも、ルールも、大事なことだと思ってる」
「…それは、うん」

世間知らずで破天荒なお嬢様のその言葉。
唐突で、何が言いたいのかはわからない。
だけど、婚約者から逃げてきたお嬢様なのだから、ルールなんて知らないと破天荒に突き進むのかと思っていたので、口から出たそのセリフに、少し驚いた。
マナーやルールでがんじがらめの窮屈だろう貴族生活が嫌で逃げ出したのではないなら、何故彼女はここにいるのだ。
そう思いながら曖昧にヒューイが頷くと、ジェインはくすりと笑う。

「嘘だわ。きっとヒューイは、ルールもマナーも気にしないタイプ、でしょ?」
「そう言われると失礼だな。マナー破りをした覚えはないけど?」

この世界に来て自由にしているが、ヒューイだって、元の世界では貴族みたいなものだった。ワートン財閥総帥である祖父母から、厳しくしつけられ、ひと通りのマナーは知っている。知っているからこそ、そんなもの意味が無いと思っていることは否定しないが。
貴族流の挨拶や、暗黙の了解なんて、めんどくさいし、くだらない。
口に出さないが、ヒューイはそう思っている。
幼いころだって、黙って言うことを聞きながら、頭の中では、スープをぶちまける妄想ばかりしていた。
ナイフやフォークを使うお上品な食べ物よりも、そのままかぶりつけるハムトーストが好きだ。
ぐっちゃぐちゃに手が汚れても構わないし、それが美味いと思う。
そんなこと、家の中で実行したら小うるさい祖父母が卒倒して、面倒なことになりそうなのでしないけど。

「面倒だから従ってるだけでしょ、ヒューイは。波風立てるのが嫌いなの」
「…まあ、否定はしない」
「でも、ほんとは全部ぶち壊したいと思ってるんだわ」
「またいつもの妄想?」

彼女の類まれなる妄想力は、もうヒューイも熟知している。
勝手に決めつけられる方としてはたまったものではないが、彼女の悪癖だとわかっていれば、聞き流すことも容易だ。
肩をすくめて、先を聞かなければいい。

「かもね。自分のことを何も言わないあなたのことなんて、妄想でもしないとわからないもの」

そう返すジェインの声は、少し刺があった。
皮肉げに言って、それからひとつ息をついて、首を振る。

「私があなたについて知ってるのは、お祖父様に恩があって、頼まれて私についてくれてるっていうことと、ハムトーストの食べ方も教えてくれないくらい性格が悪いってことくらいだもの」
「…それはどうも」

結局のところ、ヒューイには、なぜ彼女がこんなに機嫌を悪くしているのかはわからない。
ヒューイがしたことといったら、わざわざ彼女が食べたいというハムトーストを作ってあげたくらいだ。
これだから…
と、ヒューイは肩をすくめる。
妄想癖のあるお嬢様の付き合いは、まともに取り合うほうがおかしいのだきっと。

「悪かったね。僕は君の事がさっぱりよくわからない。わかりたいとも思わないけど」

わけがわからないものには近づかないに限る。
そうそうと退散を決意し、ヒューイは居間を脱出するために背中を向けた。
しばらく放っておこう。
きっと、明日には彼女もケロッと機嫌を直しているに違いない。



「ヒューイのバカ!!」

ヒューイの顔の横を、ひゅっと光が掠めた。
疑問符が浮かぶ前に、テーブル上の花瓶が割れる。
パリンという音と、砕け散る破片。
テーブルクロスを滴る水と、倒れた花の赤を見て、ヒューイは正しく理解した。

「バカは君だ!」
「だ、だってヒューイが逃げようとするから」
「だからって家の中で攻撃魔法を仕掛けるバカがいるか!?」

睨まれたジェインは、しまったという苦い顔を浮かべつつも、ヒューイに言い返す。
彼女が弾みでやってしまったことはわかっているが、だからといって、はずみで攻撃を食らって怪我する寸前だったなんて、笑って流せることでもなかった。

「大体、君はいつもそうだよ!何言ってるか僕はさっぱりわからない。今日だって、君が食べたいというから僕は作ったのに、ぶつくさぶつくさ文句ばかりで…!」
「ヒューイが何も教えてくれないからでしょ!?好きにすればってそればっかり!私は、あなたがどんなのものが好きなのか、知りたかっただけなのに!いつも何にも教えてくれないんだから!ばーか!秘密主義者!地味!」
「地味は余計だ!聞かれたことには答えてるだろ!?それに、食べ方なんてどんなでも良いって言ってるじゃないか!被害妄想癖!」
「どうでも良いっていうのがダメなの!あなたはどうやって食べるのか、教えてくれたらいい話じゃない!」
「それならそう言えばいいだろ!食べ方だのルールだの言うから…」
「決まり事は大事よ!人を作り、人を守る支えなんだから!意味はあるの!ちゃんと!
食べ方だけじゃないわよ。ヒューイはそういうの、全部どうでもいいと思ってるから…」

ぐっと拳を握って、開いて。
それからジェインは首を振った。
何かを諦めたような顔で、ヒューイを見る。
それは、あまり見たことがないような表情で。
いつも夢見がちなことばかり言っている彼女が、夢なんて全部放り投げたような、そんな顔だったので、ヒューイは何かをためらった。

「ヒューイは、生きるための導も、守るための理も、そういうの、何もないでしょ?なにもないから、心配なの、私」

もう一度彼女が呟いたその言葉の意味が、ヒューイには掴めなかった。
あやふやで掴めない。
意味がわからないいつもの彼女の妄想癖の暴走なのか、それともヒューイが悪いのか。
前者だと言い切ってしまいたかったが、彼女の顔を見ると、無性に、何故だか躊躇う。
意味がわからないことに、微かな罪悪感を覚え――それが微かでしかないことに、少しだけ、危機感を抱いた。

(――危うい)

何が危ういのかわからない。
だけど、いつかきっと、このままだと踏み外す。
彼女の悲しげな顔は、何かの警告なのだ。
彼女はヒューイの何かを危ぶんでいる。だから彼女は怒っている。
だけど、ヒューイにはそれはわからなくて、わからないことを危ぶむ気持ちを持ちながらも、それでもだからと言って、それを積極的に認める気にもなれなかった。

「ジェイン――」

認められないながらも、彼女の名が口を突く。
何を言えばいいのかわからないけれど、きっと、言葉が必要だった。

と。


「はいはいストップ。痴話喧嘩もラブシーンも後にしてくれる?」

ぱんぱんと手を叩き、溜息付きながら間に入ったのは、この家の現在の持ち主だった。

「リオが呼びに来たから何かと思えば…まったく、…親子そろって…じゃれ合い喧嘩で家を破壊するのって遺伝なのかなこれ…」

などと訳のわからないことを呟いている、赤雫☆激団本拠地の大家は、名をソウヤという。
この赤雫☆激団本拠地である屋敷は、元々はジェインの祖父の屋敷だったのだが、ジェインの父が、金銭難故に屋敷を売りに出したらしい。それを買ったのがソウヤとその仲間たち<赤雫☆激団>の面々で。
ジェインたちは、そうとは知らずに、家出の目的地としてここに来たのだけれども――ソウヤと出逢い、途方にくれながら事情を話して、しばらく住ませてもらうことになったのだった。
その大家ソウヤの横で、困ったようにきょろきょろと伺っているのは、リオ・ディーラ。
ジェインの幼なじみの少女である。ヒューイは彼女のことを詳しくは知らない。
ただ、昔、野盗に襲われて以来足を悪くしていて、歩くことができなくなったのだと、車椅子に乗るリオから聞いて、同情と怒りを覚えるくらいには親しくしていた。

「えっと、ゴメンネ。声がしてたから顔出そうと思ったら、二人が喧嘩みたいになっちゃってて…びっくりしちゃって…ほんとにゴメンなさい」

ごめん、と何度も謝って、何も悪くないのにリオは頭を下げる。

「リオは何にも悪くないでしょ。悪いのはそこの爆裂破壊魔夫婦」
「…夫婦?」
「あ、まだだっけ。まあいいや。
 ともかく、リオは悪くない。というか、家が破壊される前に呼んでくれて助かったよ」

そうリオに微笑んで、それからソウヤは、居間に立ち尽くす二人に、冷たい視線を投げかけた。

「は、破壊なんてそんな大げさな…ちなみにそこの倒れてちょっと曲がっている椅子は、ヒューイがさっき倒したやつね」
「そっちの木っ端微塵の花瓶と、焦げたテーブルはジェインだろう」
「ふーん、二人共、反省の意思はなしと」
「「ご、ごめんなさい」」

どう見ても年下の少年の謎の威圧感に、二人は揃って頭を下げた。

「壊したのは、ちゃんと直すわ」
「よろしく。ついでに、ちゃんと息子にも部屋の中では暴れるなってしつけといてくれる?」
「む、息子?」
「それにさ、二人共、俺に謝るより、他にあるだろ」

意味不明な約束を取り付けられて、目を白黒していたジェインだったが、ソウヤの言葉に、「あ」と口の中で呟いた。
それから、ヒューイが何のことだとジェインを伺う前に、ひらりと素早く、彼女の元に駆け寄って。

「ごめんねリオ!」

車椅子の前にしゃがみこんで、リオの手を、ぎゅっと握った。

「驚かせてごめんね。心配させてごめん」

声を絞るように、まるで泣きそうなくらいに。

「ごめん。…ほんとにごめんね」

ヒューイには。
ジェインが、何故そんなに必死に謝っているのか、わからなかった。
口論になって、ジェインが部屋の中で攻撃魔法を使い、家具を壊した。
ヒューイも、かっとなって椅子を倒してしまった。
家の持ち主である、ソウヤに謝罪するのは当然だ。
もちろん、口論になっている二人を心配したリオに謝ることだって納得する。
だけど、こうまで必死になって謝るのは―――

(あ、)

二人に目をやって、ヒューイは唐突に悟った。
リオと、目が合う。
彼女の赤い目。
謝るジェインに、首を振って、それから、ヒューイを見て、困ったように首を振った。

リオはきっと、泣いていた。
ジェインはそれを知っている。
だからジェインは彼女に謝罪しているのだ。

(リオの前で、争いは厳禁)

ジェインの家出に、ヒューイとリオが付き合うことになったとき、こっそりと、ジェインはヒューイに言った。
ボディーガードとして雇われているのは知ってるけれど、なるべく、リオの前での争いは避けろと。
幼いころ襲われたトラウマで、リオは争いを見ると身体が竦むのだという。
彼女は珍しい有翼人種で、加えて、ほんの少しの不思議な力を持っていた。
それを狙われ、羽も千切られ、乱暴を受け、無残にも彼女は歩けない身体になってしまった。命が助かっただけでも、奇跡だ。
争いを嫌うのも無理は無い。
リオの心が壊れなかっただけでも、よかった。
そう、ジェインは言っていた。
苦しそうに。その場にいなかった自分を、リオと出逢ってもいなかった自分を悔やむように。

だから今、喧嘩なんてしてリオを驚かせてしまった自分をジェインは悔いている。
悔いて、その分まで謝っているのだ。
事情を察知しても、ヒューイは不思議だった。
なぜそこまで、ジェインが感情移入できるのかわからない。
リオを、可哀想だとは思う。
襲った奴らを八つ裂きにしてやりたいとも、思う。
だけど、ヒューイに理解できるのは、そこまでだ。
どうして、まるで今、自分の体中を千切られたくらいに苦しそうに、ジェインが嘆くのか、わからない。
わからないけれど――

わからないからこそ、ヒューイには、ひとつだけわかった。
ジェインに謝罪され、手を握っているリオの、困ったようにヒューイを見た意味がわかる。
リオが、喧嘩を見て、慌ててしまったのは確かだろう。
慌てて、ソウヤを呼んだ。泣いてしまってもいたのかもしれない。
だけど。

(リオは、ジェインが思うほど、弱くはない、と僕は思う)

リオが困っているのは、ジェインの謝罪に対してだ。
と、ヒューイには見てとれた。
彼女は確かに、過去に対するトラウマは、まだある。
まだあるけれど、きっとそれを脱したいと思っている。
ヒューイはまだリオに出逢って日は浅いけれど、それでも彼女の人となりはわかった。
臆病そうに見えるが、結構頑固で心が強い。
いつも明るく前向き。
ジェインは健気だと彼女を評するが、ヒューイから見ると、リオがあまり深く物事を考えてないからではないかと思う。
明るく前向きなのだろうが、彼女の口癖は、「まいっか」だ。
きっと彼女は、ジェインが知っている通り、深い傷を負っているのだろうけども、だからといって、それに打ちのめされ続けない強かさは持っている。

だから、ヒューイはその困ったようなリオの視線に、肩をすくめて。
それから、しゃがみこんでいるジェインの肩に手を置いた。

「何よ、ヒューイ」
「僕もリオに謝りたいんだけど」

目を腫らしたジェインは、一瞬きょとんとした顔を見せたけど、慌てて立ち上がって目を押さえた。

「そ、そうよね。喧嘩両成敗だし、ヒューイにも謝るチャンス、必要だもの。ごめんね占領して」

身体を引いて立ち上がる。
その肩をぽんぽんともう一度叩いて、ヒューイはジェインの横に立って、リオに向かった。

「リオ、心配させてすまなかった。あと、聞きたいことがあるんだけど」

軽く謝罪し、手を上げる。
その軽い態度に、ジェインは納得がいかなかったようで、何か口を開こうとしたけれど

「なぁに?」

遮った間延びしたようなリオの声に、結局は何も言わなかった。
大したことじゃないんだけど、と前置きするヒューイに、大丈夫だよと頷いて。
それを確認してから、ヒューイは聞いた。

「ハムトーストの食べ方って、知ってる?」
「えっと」

何のことやらときょとんとしたリオは、質問の意味をしばらく考えて、ヒューイの顔と、ジェインの顔を見比べた後、それからテーブルの割れた花瓶と、その横の白い皿を見てから、うん、と頷く。

「よくわかんないけど、あったかいうちに食べるのが、一番美味しいと思う」

そんな、至極もっともな答えに。

「そっか」
「そうよね」

頷いたヒューイとジェインは、顔を見合わせて。
それから、テーブルを片付けて、新しい皿を4枚出した後、ケチャップのたくさんかかった、あつあつのハムトーストを美味しく食べることにした。
途中、ヒューイがトーストにかじりつくのを、不思議そうにぽかんとジェインは見ていたけれど。
結局、何も言わずに、彼女は手でトーストを千切って、美味しそうにそれを頬張った。
その姿を見たヒューイは、なぜだか少しほっとして、それから、次は何を食べさせようか考えた自分に気がついて、ひとつ苦笑した。
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