第12期その1

結局、ジャラヒはあの子を選ばなかった。
おそらくは、失敗だ、ということなのだろう。
それなのに、なぜか気落ちすることもなく、ソウヤは不思議と納得するような、安心するような、不思議な感覚を持て余していた。


リオディーラ、という存在は、ソウヤにとっては希望でもあり、不安でもあり、妬みの対象でもあり、幸せになってほしい存在でもある。
彼女の始まりは、一人の不幸な少女。
その少女の夢を叶えるために、彼女の友人の女性が作った物語がルーツだ。
その物語を読んで育ったジャラヒによって命が吹きこまれ、あの子は生まれた。
生まれて、生きて、幸せになって、消えた。
それはソウヤにとっては、羨ましくも妬ましくもあり、悲しくもあり、落胆でもあり、決まっているエンディングを読み終えたのに、気落ちしているような、安心しているような、なんとも言えない感情をもたらしたが、それは必然の出来事ではあったので、結局のところ、ソウヤはただ自分の仕事をこなすだけだ。
仕事――ソウヤの目的を遂げるためには、忘れるわけにも、感情を乱すわけにもいかない。
ただ、ソウヤは見張っていなければいけない。
彼らが何を選び、どんな結末を迎えるのか。
リオディーラは、夢を叶えることが出来るのか。
どうやって成功し、どうやって失敗するのか。
きちんと見守って、覚えて、参考にするのだ。
ソウヤは、失敗するわけにはいかないのだから。


リオが消えた後、ロイの力と、ジャラヒの努力によって、『リオディーラ』は復活した。
真実を知ったジャラヒが諦めなかったことによって、あの子は再び実態を持った存在として、この世界に生まれることができた。
小さな赤ん坊、リオディーラ。
彼女はロイの魔力によって、どんどん成長し、ついには元のリオと同じくらいの歳にまで成長した。

彼女は、間違いなくリオディーラで。
そして、間違いなく、リオディーラとは別の存在だ。

大きくなればなるほど、それは顕著になった。
それは、別に何かの悪意でも、罠でもない。
彼女の成長を誰もが喜んだし、それはまさしく希望だった。
優しく、明るく、人懐っこくて、学ぶことに対する好奇心も旺盛。愛されて育った彼女は、周囲を愛し、幸せに育っている。
まったく、問題なんてなかったはずだった。
ジャラヒが頷きさえすれば、彼女は非の付け所のないリオディーラであり、ジャラヒの目的も達成され、彼らは今度こそ、ちゃんと幸せのエンディングを迎えられるように、新章に進むことが出来る。
今度こそ、リオが消えないように。
彼らのその奮闘こそが、ソウヤが見たいものだ。

だけど―――
ジャラヒは、それを選ばなかった。
新しいリオディーラをきちんと愛しつつも、それでも、彼女をあの子だと認めなかった。
ジャラヒの望むエンディングまで、あと少しだったのに、ジャラヒはその手を拒絶した。

(だから俺は、ジャラヒが嫌いだ)

悩んで悩んで、いつも間違った答えばかりを選ぶのに、彼にとってはいつもそれが一番正しいのだ。
ジャラヒが母親にブリアティルトの話をせがまなければ、母親は狂うこともなかったろうし、兄が暗殺者になることもなかった。だけど、リオはきっと生まれなかっただろう。
ジャラヒが赤き雨なんてギャングを作らなければ、父親はジャラヒの力に気づくこともなく、ブリアティルトのことを忘れていられた。だけど、ジャラヒはセリラートと親友になることもなかっただろう。
ジャラヒがリオに助けを求めなければ、彼の作った組織の子供たちは命を失わずにすんだ。だけど、ジャラヒはブリアティルトに来ることもなかっただろう。
彼は、いつも間違った答えばかり選ぶ。
だけどその結果は、全てがジャラヒにとって、大切で、必要なものばかりなのだ。
リオの存在も、親友の存在も、ブリアティルトに来たことも、ジャラヒにとってなくてはならない。
だからソウヤは、最初はそのジャラヒの選択を、否定する気はなかったのだ。
だけど、と煮え切れない何かがソウヤを捕らえたのは、リオが消えた、あの前後のこと。
あの日。ジャラヒがドロシーの存在を切って、前に進もうとしたことは、ジャラヒにとって必要なことではあった。だから、ジャラヒは吹っ切れて、リオのことを諦めずに立つことが出来るのだ。ドロシーという後ろ盾を切り、前に進んだことは、ジャラヒにとっては正しい。
だけどドロシーにとっては――。

(可哀想だ)

と、ソウヤは思う。
ドロシーも。それから、小さなリオも。
ジャラヒの中の正しさのために、切り捨てられた存在。
きっと、ジャラヒにそんなつもりはないのだろう。
だけど、ドロシーは傷ついたし、小さなリオも、きっとこれから傷つく。
小さなリオの小さな思いは、まだリオ自身も気がついてはいないようだったけれど、一度芽生えた思いは、きっとまだまだ広がっていく。
それをジャラヒが手に取れば、全ては丸く収まったのだけど、もうあの頑固者が考えを変えることはないだろう。
だから、失敗だ。
彼女を選ばないジャラヒを、嫌なやつだと思う。
だけど、何故かソウヤはそれに納得すらしていて、自分で自分が更に不可解だった。
早く、ジャラヒと彼女のその先が見たいのに、その方法を探りたいのに、それが先延ばしになったことに、安心すらしている。

(もう、あんまり時間はないのに)

時間は無情だ。
ソウヤは最初、リオに助けを求めようと思って、赤雫☆激団にやってきた。
しかし、もう彼女はいない。
ソウヤは、彼女の助けなしで、その方法を自分で探らなければならない。
助けてくれるはずだったリオを、自ら探って、学ぶのだ。
消えない方法を。生きる道を。

(早くしないと、あいつは消えたがってる)

厳密なタイムリミットはソウヤにはわからない。
だけど、体中から感じる希薄さが、もう時間がないことを感じさせていた。





刻碑歴1000年。
ブリアティルトの巡りが変わった。
その瞬間を理解できるものは少ない――と、言われている。
3年を延々と繰り返していることを知っているのは、ある種の傭兵たちと、一部の者だけだ。
赤雫☆激団の面々が、ある種の傭兵たちであり、一部の者でもあるのは、この世界に生まれ落ちたものではなく、外から来たもの達だからであろう。
そしてそれは、未だこの世界に存在を許されていないという証かもしれない。
そんな自嘲を胸に残しつつ、ソウヤはその日の朝を迎えた。

(12回目、だっけ)

世界の巡る回数なんて、もう関係ないことはわかっている。
だけど、ついカウントしてしまうのは、新しい年を迎え、西暦を確認する作業に似ている。
ソウヤは毎年、今が西暦何年かを忘れてしまって、下手をすれば年賀状に記す年すら間違うこともあるタイプだったけれど、「彼」はそれを忘れることはなかった。
ソウヤを尊敬していると言って憚らない純真な彼は、こんな大雑把なソウヤの一面は、見ないふりをしているところがあった。
見たいところしか見ない。繊細で純真で、綺麗な少年だ。

(いやいや、そんなことはいいとして)

何故か珍しく思い出した少年の姿を、ソウヤは頭を振って追い払った。

(おかしい)

頭が重い。
でもまあ、それは巡りを越えるとよくあることだ。
だけど、ざわついた胸は、ソウヤに何かを伝えたがっているかのように、早鐘を打って急かした。
手足が冷たい。
体調がおかしい――わけではない。
ただの嫌な予感。
それを受け止めて、ソウヤは体を起こす。
ドアを開けて、気配を探ったが、誰もいない。
それは、別段不思議なことではなかった。とくに、巡りを越えた直後だ。
今ソウヤがいるのは、赤雫の小さな別邸の方である。他の一味は、本邸の方にいるのだろう。
幾度目かの巡り越えなので、もう慣れてしまって、普段通り過ごすことも多いが、なんとなく本邸に集まって、みんなで過ごすのが通例にはなっていた。
だから、きっと本邸の方にいるのだろうと。
何故か収まらない胸のざわめきを抑えつつ、ソウヤは本邸に足を伸ばして―――
誰もいない、がらんどうの本拠地の中で、途方にくれることになった。


(ようするに、つまり、どういうことかと言うと)

結論はひとつだ。
彼らは、巡りを越えなかった。
彼らがどうなったかは知らない。
この12回目の巡りの中に、ジャラヒも、ロイも、ダリアも、ドロシーも、リオも、いない。
それだけが事実だ。

(みんな一緒に買物に行ってるとか――ないか)

赤雫☆激団の面々は、ソウヤを入れて6人。
リオをリーダーに、ジャラヒ、ロイ、ダリア、ドロシー、それからソウヤ。
仲が悪いわけではない。が、ソウヤが覚えている限り、6人全員でどこかに行ったり、行動したりすることはほとんどない。
ソウヤを含め、マイペースな奴らだ。
昼食や夕食はドロシーが用意するため、集まることは多かったが、それは決まりではなかったし、1,2名抜けることも多々あった。
買い物だって、2,3人で行くことはあっても、全員で行くことはない。大体が単独行動だ。最近はマシになったとはいえ、ロイとジャラヒは未だに喧嘩が多い。敢えてお互い時間をずらして行動するようになった分、成長はしているようだったが。ともかく、あの二人が連れ立ってどこかに行くことはないだろう。
第一。

(ドロシーがいなかった)

ドロシーだけは、家にいるはずだった。
彼女は心配症だ。巡りを越えた日は、全員の顔を見ないと安心しないらしい。
だから、昨日、ソウヤが別邸に戻ると言ったら、構わないけれど、必ず翌日に顔を見せること、と約束したのだ。
だから、ソウヤが顔を見せるまでは、ドロシーは本拠地にいるはず。絶対だ。

(…俺だけ、巡りを越えたってのが、一番ありえるよな…)

どんな理由だかわからない。
だけど、この不思議なブリアティルトにあっては、何があってもおかしくもない。
なぜ自分だけが…とも思うが、赤雫☆激団の面々で、誰か独り取り残されるなら、自分だろうとも思った。

---と


「ここのはずなんだけど…もしかして、誰か住んでるのかしら」

玄関から、ガチャガチャと物音と声がし、ソウヤは顔を上げた。

「ここが、キャスケルのお祖父様の別荘?」
「そう。長らく使っていないから、勝手に使っていいってお祖父様が…」
「使っていない…にしては、庭も荒れてない。…ん、何だろう…赤雫☆激団?」

女の声が2つと、表札を読み上げる男の声。
騒ぐ外のその声が響いても、赤雫☆激団のその家の中からはやはり誰も出てくることはなかった。
いつも真っ先に来客応対するドロシーも。人当たりよく挨拶するロイも。面倒臭そうに席を立つジャラヒも。静かに紅茶を飲むダリアも。
やっぱり誰もいないのだ。と、静かな部屋の中で、ソウヤは改めて自覚した。
ため息をひとつついて、仕方なく、玄関へと向かう。
無視しようかとも思ったが、漏れ聞こえる内容からすると、放っておくと余計な面倒事が増えそうだ。

「……何か用?」

扉を開けると、そこにいたのは、声に聞こえた通り、3人の男女だった。
一人は、長く輝く金髪と上品な帽子の女性。彼女が身につけている桃色のコートは華美ではなかったが、皺やほつれひとつもなく、ひと目で上等なものだと見て取れた。それから、その後ろに立っている男。中肉中背。もし今までに彼と逢ったことがあったとしてもそうとはきっとわからないし、今後道ですれ違ったとしても、この時の男だと気づくことはないだろう。印象に残りにくい男だ。ソウヤも男から視線を滑らせて、それからもう一人の人物で、視線を止めた。

「…っ」

思わず息を呑む。
そこにいたのは、ソウヤの知っている人物だった。
青い髪を、赤いリボンで飾った少女。――いや、少女というにはもう少し年齢を重ねている。18,19,成人しているかしていないか。大人というには若く、子供でもありえないその女性は、ソウヤを見上げて、ぱちくりと瞬きをした。

「ん?リオ、知り合い?」
「んーん、はじめましてだよ?」

小首を傾げる『リオ』
リオだ。
青い髪、赤いリボン、背中にある小さな羽。
赤くて大きなどんぐり眼。弾むようなその声。
ソウヤの知っているリオにほかならない。
だけどその目の前のリオは、リオではなかった。
ソウヤの知るリオは、14歳の少女だ。ヒーローオタクの元気な少女。もしくはもう一人、しばらく前まで共にいたあのリオだって、生まれてすぐの赤ん坊から、リオとなる12歳の少女の姿だった。
こんな――長い髪で、穏やかに女性の顔つきをしているリオを、ソウヤは知らない。
それに何より。

「ええっと、ワタシの顔、何かついてる??」
「えっと…」

ソウヤを見上げるリオ。
見上げる体制に彼女がなっているのは、彼女が座っているからだ。
あまりこのあたりで見ない、金属製の椅子。その椅子には取っ手がついていて、その取っ手は大きな車輪に繋がっている。

(…足が悪いのか?)

ソウヤが疑問に思って口を開こうとした瞬間、リオが座っている車椅子を、男がさり気なく後ろに引いた。と同時に、金髪の女性が、割って入るように、ソウヤの視界からリオを消した。

「あなた、ここの家の人?」
「そうだけど…」

怪訝な顔でこちらを見つめる金髪の女性。
綺麗な緑の目と、整った顔つき。少々幼さの残る顔つきをしているが、成人は迎えているだろう落ち着きを感じさせる。

(…既視感)

どこかで見たことがある、という感覚。
リオほどあからさまではない。知らない女なのに、どこかで見たことがある顔つきに、ソウヤは歯がゆいような感覚を覚えた。
見たことがある。

いや、この状況を、自分は知っている。

(…ただの来客じゃない)

どこかの家とここを間違えているだけでは、きっとない。
ただの間違いならば、追い出せばいいと思っていた。だけどこれは、きっと何かある。何かきっと意味があるのだ。
何の意味があるのかは、まだわからなかった。
だけど、考えたらきっとわかるであろうある種の予感。
彼女たちがここに来たのは、意味がある。
ごくりと喉を鳴らして、ソウヤは慎重にひとつ頷いた。

「ここは、赤雫☆激団だよ。君たちは?」

ソウヤが貼り付けた営業スマイルに、金髪の女性は首を傾げて、表札とその顔を見比べる。

「確かにそう書いてあるわね。…私はジェイン・キャスケル。
…ここは、キャスケル家の別荘だった筈なんだけど…聞き覚えはない?」
「キャスケル…」

その名前は、聞いたような覚えがしなくもない。確信も何も持てない。なんとなく聞いた覚えがする程度の記憶。
たしか、…この家の前の持ち主の名前だ。ジャラヒが、この要らなくなった土地を格安で譲ってもらったとか何とか言っていた。とある新興貴族が調子に乗って土地を買いまくって別荘を大量に建てたが、その息子がいらないそれらを処分しまくっているらしいとかなんとか。
その貴族がキャスケルといっていたような気がする。確信は持てないが。

「ああ、前の持ち主さん。この家、使わないからって、安く譲ってもらったんだよ」

確信は持てなかったが、気にせずソウヤはそう言い切った。

「君は、キャスケルさんの娘さん?聞いてなかった?」

しれっとそう返すと、金髪の女性ジェインは、しばしきょとんとしたあと、数歩後ろに下がる。
それから、およよと泣き出すように顔に手を当てて、倒れこむようにしゃがみこんだ。

「お父様の陰謀だわ…!」
「陰謀って言葉好きだなあ君は」

ぼそりと後ろで地味男が呟いていたが、ジェインは気にもしていない。

「お祖父様が買った大切なお家を、債権処理だかなんだか汚い理由で、売りまわっているという悪どい噂!本当だったのね…!」
「悪どいかなあ。正当な理由だと思うけど」

どうやら、ソウヤの言葉は疑われなかったらしい。
勝手に打ちひしがれている女と、顔色も変えない男。その間で一同の顔を順に見上げているリオ。
そのリオと目があって、ソウヤはふうと息をついた。
すがるような、困ったような彼女の微笑に、頷いて応える。
別に、頼まれたわけではない。目があって、微笑まれただけ。
それでも、ソウヤは彼女が何を望んでいるのかわかってしまった。
やっぱり、彼女は『リオディーラ』だ。
ひしひしと感じる。
彼女に何かを期待されたら、応えなければならない。そんな気持ちにさせられる。

「困ってるなら…よかったら、しばらくここに住めばいいよ」

彼女が『リオディーラ』なら、ソウヤの仕事は今までと変わりない。
彼女が何をするのか、何が起きるのか、今までどおり、じっと見守るだけだ。
どうせ、今この家には誰も居ない。
だとすると、きっと、これがこの巡りでの正解だ。

ソウヤが半ばやけっぱちでそう微笑むと、目があったリオは、嬉しそうに頭を下げて、左右に立つ男女を見上げて、にこりと頷いた。

「そうさせて貰おうよ!ね!ジェイン、ヒューイ!」
「……向こうがいいなら、それしかないわよね…」
「旅館に泊まろうにも路銀もないし、野宿もそうそうできないからなあ」

リオの明るい声に、残る二人も頷く。
ソウヤは、三人の話がまとまり切る前に、扉を引いた。

「ようこそ、赤雫☆激団へ。赤雫☆激団は、だれでも歓迎するよ」

ギャングだって、魔神だって、暗殺者だって、メイドだって、得体の知れない、正体も言わない者だって。
リオは、誰だって歓迎だと言った。
だから、今はいないリーダーに変わって、彼女がそうするように、ソウヤは彼らを招く。
たとえ、誰もいなくても、ここは赤雫☆激団で、自分はその一員なのだ。
そう思うことが、ソウヤ自身不思議ではあったが――悪い気はしない。
開かれた扉に、顔を見合わせた三人は、しずしずと足を踏み入れた。




ブリアティルト12回目の巡りの始まりは、ブリアティルトにとって、変わりないいつもの始まりだ。
いつものように回転する時の中で、『始まり』が何の始まりなのかは誰にもわからない。名ばかりの始まりは、終わりでもあり、続きでもある。
だけど、「彼女」にとっては。
この、その瞬間が全ての始まりだった。
そう、全てが終わった時に、ソウヤは知ることとなった。

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