11期その3

「リオ、絶対手ェ放すなよ」
「あいっ!」

何度も何度も繰り返すジャラヒに、何度も何度もリオディーラは答えた。
ぴんと両手を上げて元気よく。
それは花丸印の立派な返事だったのだが。




「なんで消えるんだあいつはーー!!」

数時間後、アティルト広場で声を上げたジャラヒの右手には、買い物袋ひとつ。左手には財布ひとつで。
叫び声に答える彼女の声は、どこにもないのだった。




:::::::


リオディーラ、たぶん7歳。
赤雫☆激団という部隊に所属している。
部隊というのが、リオにはよくわからなかったが、家族ってことですよ、と言われて納得した。
リオの家族は全部で6人。
お父さんみたいに頼りになって、お母さんみたいに優しいのがロイ。
いつもぎゅって抱きしめてくれて、あったかくて優しい力を与えてくれる。その力で、リオは少しずつ大きくなることができるのだ。
それから、とっても心配性で、大事に大事にしてくれるジャラヒ。
小言ばかりだけどとっても優しくて、大人の癖にいつも寂しそうにしているので、リオはついジャラヒに撫で撫でしてしまう。
あとは、いつも綺麗でかっこいいダリアに、何だってできちゃう魔法みたいなドロシー。あまり姿を見せないけど、たまに遊んでくれる、いろんなことを知ってるソウヤ。
それにリオを加えての6人家族。
リオの大好きな家族だ。



今日は、そんな大好きな家族の一人、ドロシーのお祝いをする日らしい。
母の日だからとジャラヒは言っていた。
母の日というのは、お母さんっぽい人に感謝をする日らしい。
本当のお母さんではないけど、お母さんっぽいからいいのだと言うジャラヒに、リオは思ったのだ。
ジャラヒだけに、任せてはおけない。
だって、ジャラヒはなぜだか忘れている。
リオにとって、お母さんっぽいひとはたくさんいるのに、ジャラヒはどうやら、それに気が付いていないみたいで、ドロシーのことしか言っていないのだ。
リオにとってのお母さんっぽいひとは、ドロシーも、ロイも、ジャラヒも、ダリアも、ソウヤも、みんなそうだ。
こんなにたくさんの人に感謝をしなければいけないのに、ジャラヒは全くそれに気が付いていない。
まったく。ジャラヒはいつも大事なことを忘れるのだ。
と、リオは焦った。

「ジャラ!いく!リオも行くのよ!!」
「え?ああ、買い物ついてくるか?まあいいけど…絶対手ェ放すんじゃねえぞ?」
「あい!」

元気よく返事すると、ジャラヒは満足そうに頷いた。
それから、ゆっくりとリオの手をひく。
これから一日、いっぱいいっぱいやることがあるのに、なんでこんなにのんびりできるのかわからない、とリオは頬を膨らませた。

「って、ひっぱんなよ。焦らなくても逃げねえって」

早くいかなければ間に合わないかもしれない。
ぐいぐいと、のんびり屋さんなジャラヒをひっぱって、リオは外に出ることに成功したのだった。






:::

リオが消えたのは、とジャラヒは焦る鼓動を抑えて深呼吸をひとつ。
それから、本拠地を出てからの行動を思い返した。
張り切るリオに引っ張られて、市場まで来て。
そこで、ドロシーへの贈り物を何にするか一緒に悩んだのだ。
いつぞやは、エプロンをあげたことがあるので、できればそれはパス。
花も良いけど芸がないかななんてジャラヒが言うと、リオはしたり顔でプリンがどうとか言っていた。
母の日のプレゼントがプリンってなんだよと、もちろん却下。
だけどリオが悲しそうに眉を曲げたので、仕方がないから、まずはプリンでも食うかと喫茶店に入ったのだ。
プリンを食べて、急にのんびりしだしたリオを急かして、それから…

そうだ。外に出た途端、やっぱりクリームが付いたプリンがいいと、リオがわがままを言ったのだ。
わがままはダメだとリオに怒って、今日はプレゼントを買いに来たのだと彼女を諭した。
そうして、雑貨屋で色々と見回して、リオがいないことに気がついて――
慌てて探し回っている。
来た道を辿ってみたが、彼女の姿はどこにもなかった。

(やっぱり、さっきの喫茶店か?)

クリームつきのプリンくらい、買いに戻ってやればよかったのだろうか。
あの子がわがままを言うことはあまりない。
一般的なあの頃の子供たちと比べて、手のかからない子だと思う。
そんな彼女の小さなわがままくらい、聞いてあげるべきだったかもしれない。

(いや、関係ねえだろ)

我儘を聞くだの聞かないだのは関係ない。
問題は、一瞬でも、彼女の手を離してしまったことだ。
あんなに注意していたのに、離してしまった。
全てジャラヒの責任だ。

(まさか…)

リオはしっかりしている子だ。
大丈夫だとは思う。
だけど、まさか、という言葉が、ジャラヒの胸からこびりついて離れない。


『可能性の話だ』

思い出したのは、ロイが出逢ったというボロボロのリオの話。
5歳6歳くらいのリオが、黄金の門を通って逃げて、ロイに発見された。あの事件が、もしかしたら、今のこのリオなのではないかという話。
あの話を聞いてから、しばらく用心していたけれど、何事もなく日は過ぎ去り、リオも7歳を迎えた。
だから、油断があったのかもしれない。
もう大丈夫だと安心まではしていなかったが、何事もないのかもしれないと、気のせいであればいいと、そんな思いでいた。

(……クソ)

舌打ちをして、もう一度走る。

きっとただの迷子だ。
今に、けろっとした顔で、再び現れるに違いないのだ。
心配することなど、きっと何もないに違いない。

自分に言い聞かせてみても、不安は積もるばかりだ。
角を曲がって、喫茶店に入る。
やっぱりどこにもいない。
店員に尋ねてみたが、あれから彼女の姿を見ていないと言う。

(どこだ…)

辺りを見回して、リオの行きそうなところを考える。
もう一度広場へ。
いつも彼女は、広場の木に登って、ヒーローごっこだなんて言って、飛び降りる練習をしていた。
近所の犬と闘って友達になったのだと、遊んでいることもあった。
それから、ヒーロー流ゴミ拾いなんて言って、広場向こうのゴミ捨て場にゴミを捨てに行って、何故か宝探しになっていたこともあったから、もしかしたらそこかも…


(違う)

と、そこまで考えて、強く頭を振る。
そのリオは違うのだ。

この手足が冷えて、胸が熱くなるような不安は、覚えがあった。
丘の上で突然消えたリオを探した、あの時のもの。
あの時、リオは消えてしまって、もう二度と現れなかった。
ジャラヒが彼女に想いを告げて、彼女は幸せになったと言って、エンディングを迎えてしまった。

だけど、違う。
今探しているリオは、彼女ではない。
だから、正義のヒーローの登場練習なんてしないし、宝探しをしてゴミだらけになったりしないし、犬と闘ったりもしない。

今探しているのは、プリンが好きで、ヒーローも好きだけど、おひめさまみたいなふりふりひらひらが好きな女の子だ。

あのリオとは、違う。
消えてしまって、もうどこにもいないなんてことはない。
きっと、迷子になってしまっているだけだ。どこかにいる。
あのリオとは違っていても、彼女はジャラヒにとって救いだ。
見失うわけにはいかない。
危ない目に遭わせるわけにはいかないのだ。

(…どこだ…)

必死で考える。
あの子は『リオ』とは違う。
だから、違う彼女の居場所があるはず。
早く見つけないと――

(怪我なんて、させるもんか)

黄金の門に逃げるくらいの危険になんて、遭わせるわけにはいかない。
どくどくなる心臓を抑えて考える。
彼女の居場所。
どこに行ったのか、どこにいるのか。
きっとどこかにいるのだ。

―――と。

噴水前を通りすぎて、交差点に差し掛かった直後。

(……あ)

ふわりと、緩やかな風が、ジャラヒの髪を撫でた。

(……っ!!)

たった一度の、穏やかな風。
強風ではない。誰にも気づかれないような、柔らかに撫でるだけの小枝を揺らすこともないそれだ。
だけど。
ふわりと香るおひさまの匂いを、ジャラヒは知っていた。
初めて香る匂いではない。
何度も何度も、ジャラヒとともにあった匂い。
懐かしい。それでいて、別になんでもなく、今だって、いつだって近くにある匂いだ。
だけど、ふいに、胸が締め付けられて、ジャラヒは泣きたくなった。
昨日も今日も、ずっとジャラヒと共にあったその空気が、ふわりと撫でて、ジャラヒの胸を掬っていく。
何かを叫びたくなって、ジャラヒは口を開けたけど、何も言えなくて、ただ目頭を抑えた。
それから首を振って、顔を上げる。
ジャラヒがすることはひとつ。
耳をすませなければいけない。

(…こっち、か?)

ふわりと、たったそれだけ。
一筋の風が教えてくれたこと。
それだけで、ジャラヒはわかった。

(そっか…さんきゅ)

礼を言うと、頷いた気配がして、なんだかそれが嬉しかった。
その気配は、一瞬にして消えてしまったけれど。

「…よし」

ふう、と大きく息をつく。
落ち着こう。慌てて注意散漫に探しても、見つかるものも見つからない。
それに――彼女が言うのだから、もう間違いはない。

「待ってろよ、リオ」

踵を返して、足を向ける。
リオの場所は、もうわかっている。
彼女の言うとおり、リオの場所は、そこにしかないのだ。





:::

「あんた、一人で何してんの?」

聞き覚えのある声に、リオは顔を上げた。

「だーちゃん!」

声をかけてきたのは、長い黒髪を腰まで流した女性。厚手の黒いコートと、頭の桃色のリボンが、不釣合いでありながら、それでいて妙にマッチしていた。
リオが駆け寄ると、ダリアは微笑んでその頭を撫でる。
大げさに可愛がりはしないが、彼女がリオを嫌っていないことは、リオにだってわかっている。

「あのね!おかあさんの日なのよ!」
「ああ、母の日のプレゼント。ジャラヒと買いに行くって言ってたわよね。……あの男は?」
「ジャラね!プレゼント選んでたの!だから、リオもね!プレゼント探さないと!」
「…別行動?」

あの男が別行動を許すなんて思えない、と眉を顰めるダリアに、リオはちょんちょんと、彼女のコートの袖口を引っ張った。

「ジャラね、ドロシーちゃんにしか用意してないのよ。わすれんぼしてるの!だから、ちゃーんとね、リオがみんなの用意したげる!」

胸を張るリオは、誇らしそうで。

「…つまり、リオからはぐれたの?ジャラヒを置いて」
「ジャラね、迷子なのよ」

Vサインをするリオとは逆に、今頃必死で探しているジャラヒを思うと、ダリアは眉間に手を当ててため息をつく。

「一人は危ないから、そういうの、良くないわよ」

褒められると思っていたのに、ダリアはリオの思いつきを良くは思わなかったようだ。
そんな反応にリオが頬を膨らませると、慌ててダリアは首を振った。

「リオは、プレゼント、みんなにあげたかったのよね。すごく、いいことだと思う。
だけどね、そういうのは、最初にジャラヒに相談したらよかったわね。ジャラヒ、心配してるわよ」
「…ん…」

ジャラヒが心配性なのは、リオだって知ってる。
歯を磨いたか、手を洗ったか、迷子にならないか、お金は持ったか、変な人についていくなよ。なんて、いつも一番うるさいのはジャラヒだ。
と、そこで初めて、リオは気がついた。
ジャラヒにもプレゼントをあげたくて、驚かせたくて黙ってこっそりと離れてしまったけれど、急にリオが消えて、ジャラヒはどう思っただろうか。
ジャラは大人だけど、寂しがり屋で、たまに悲しそうな顔をしている。
リオがいなくなったら、きっと――


「…ジャラ、泣いちゃう?」
「泣くわね。絶対」
「ぜったい?」
「ええ」
「ジャラかわいそう」

泣いちゃうのは可哀想だ。
ジャラヒは口うるさいし、心配性だけど、優しくてさびしがり屋。
それでいて、めったに抱っこもしてくれないけど、とっても優しく頭を撫でてくれる。
リオはジャラヒにもお礼をしたかったのに、泣かせてしまうのはだめだ。
考えると、リオまで泣きたくなってしまう。

「リオね、みんなでプリン食べたかったの。生クリームつけるとね、美味しいのよ。ジャラとね、みんなとね、食べるの。いっぱい、生クリーム…」
「生クリーム…?だからケーキ屋の前に?でもここ、プリンないでしょう?生クリームプリンなら、向こうの喫茶店に…」
「ジャラがダメって言ったもん」

ダリアは、リオの言葉に頷いて聞いてくれた。
手を引いて、ぎゅっと握ってくれながら、一緒に考えてくれて、にっこりと笑う。

「じゃあ、リオ。帰ってプリン作りましょう。たまごも砂糖も牛乳も家にあったわ。生クリームもちゃんと作れるわよ。リオからのプレゼントはプリン。きっとジャラヒもみんなも喜ぶわよ。
私が手伝うから、ね?」

そんな素敵な提案に、リオは飛び上がった。
さすがはダリアだ。
リオが思いつかなかったことを、さらりと言ってくれる。
そうだ。プリンは買わなくても、作ったらいいのだ。
プリンが作れるなんて知らなかった。
どうやって作るのかなんて知らないけれど、ダリアが手伝ってくれるならなんだって出来るに違いない。
そう顔を輝かせるリオに、ほっとしたようにダリアは頷く。

「だから、家に帰りましょう。きっとジャラヒも家に戻るわ。安心させてあげましょう」
「はい!」

大きく返事をして、手を引くダリアにぴったりとくっついて、リオは歩く。
広場からお家までの距離は、そんなに遠くない。
リオの足でも、歩いて30分もかからないくらいに着いてしまう距離だ。
ロイと歩くと15分もかからない。ロイはいつも、ひょいとリオを抱えてしまうからだ。
ジャラヒと歩くと、一人で歩いているのと変わらないくらいかかるんだけど…




「リオ!!!!」

視界の端に見えた金髪が一つ跳ねて、次の瞬間には、あっという間にリオの目の前にその姿を現したと思うと、ふわりとリオの身体は浮いて、くるりと回って、それから地面に下ろされた。

「ジャラはやーい」
「なめんなよ、おれはこれでも地元では俊足の…って違う!」

リオと歩いているときはのんびりゆっくりなのに、本当はこんなに早く走れるのだ。
びっくりしていると、ジャラヒはぽんとリオの頭を叩く。

「心配させんな迷子!寿命が縮まったぞほんと」

はあ、と息を整えているジャラヒは汗だくだった。
いつもは澄ました顔をしているのに、髪も整えられていないし、シャツだって半分出ている。

「ジャラ…ごめんね。泣いた?」
「ああ…って泣いてねーよ!泣いたのはおまえだろ!」
「リオ、泣いてないよー」
「そうだろうな!ったく、ダリアとるんるん手つないで帰りやがって」

と、悪態をついたジャラヒは、リオの隣にいたダリアを見て、片手をあげる。

「と、さんきゅーダリア。迷子捕獲してくれて。こいつどこにいたんだ?」
「貴族街のケーキ屋のところ」
「はあ?あんな所になんで…っていうかお前もそんなところ用事ないだろ、よくわかったな」

ジャラヒが聞くと、何やらダリアは、珍しく歯切れが悪そうな口調で肩を竦めた。

「なんとなく、…呼ばれた気がしたのよ。こっちにリオがいるって」
「……そうか」

なんとなく、という理由のない言葉の先を、ジャラヒは追及しなかった。
そうか、ともう一度呟いて、視線をしばらく空にやる。
それから、よし、と頷いて、リオの頭をくしゃりと撫でた。

「もー、おまえは帰ってろ?おれはもっかい、ひとっ走りプレゼント買ってくるから…」
「そのことなんだけど、ジャラヒ。提案があるのよ。私とリオからの提案」

きょとんとするジャラヒに、リオはダリアと顔を見合わせてにこりと笑う。

「だーちゃんとね!リオがね!プリンつくるの!!クリームいっぱいついてるの!みんなでおいわい、ね!!」




:::

リオとダリアが作ったのは、店で食べたものよりは不格好な焼きプリンだ。
でも、皿からはみ出るくらいの生クリームと、その上にイチゴがひとつ乗せられている。

「あらあらあらあら!まあまあまあまあ!」

そわそわとテーブルメイクをしていたドロシーは、二人が運んだプリンを前に、両手を胸の前で合わせた。

「今日はなんの特別な日でしたっけ?」
「あのねーみんなにねー、ありがとってする日なのよ!」

自信満々に答えるリオの後から、ジャラヒは小声で、ドロシーに母の日だと告げた。
きょとんと目をぱちくりさせたドロシーは、まあ、と口の中で呟いて、リオに視線を合わせるために腰を下ろした。

「リオさんは、みんなにちゃんとありがとうができるんですね」
「あのね!今日はおかーさんにありがとの日だってね、ジャラが言ってたの。だからー!リオはー!みんなにするのよ!」
「とっても素敵ですよ」


みんなで囲んだプリンは、とてもおいしかった。

(まあ、いっか)

満足そうなリオを見て、ジャラヒは苦笑した。
ドロシーに感謝の気持ちを伝える毎年の行事――今まで、しばらくジャラヒは姿を消していたので、久しぶりに、形にしたいイベントだったのだけど。
ドロシーを見ると、嬉しそうにプリンを頬張っていて。
ちらりとジャラヒと目があって、にこりと笑った。
きっと彼女は、ジャラヒの感謝の気持ちなんて、全部わかっているのだろう。
わかってくれないことだってあるけれど、この気持ちだけは、きっと伝わっている。
だからジャラヒは頷き返して、それから、ぽんと両手を叩いた。

「リオ、ありがとな!おれたちみんな、リオの気持ちが嬉しいし、リオの母さん役でよかったって思ってるぞ!」
「お母さんいっぱい!ね!!」
「いや、おれは母さんより父さん役がいいなあ」
「その恰好のお前が言うな」

ここしばらくの事情で女の姿を取っているロイを睨んで、ジャラヒは、ちょっと待ってろと席を立った。
きゃっきゃと笑うリオの声に手を振って、足早に自分の部屋に急ぐ。

(ちょうどいい機会だし、な)

自分の部屋に着いて、ジャラヒは棚の端にある絵本を手に取った。
黄色い表紙の、題名のない絵本。
開くと、見知った青い髪の少女が、元気に冒険をしている。
しばらくそれを目にしたジャラヒは、優しく絵本を閉じて、棚に戻した。
それから、その横の真新しい絵本を掴むと、くるりと踵を返して、一同の囲むテーブルへと足を戻す。

「おまたせー」
「なーにジャラ!なーに??」

後ろ手に隠しているものに気が付いたのか、リオがちらちらとジャラヒの背中を気にしながら飛び跳ねた。
まあまあ、と手で制して、ジャラヒはリオを座らせる。

「おれたちがこんないいもん作ってもらったのに、リオに何もないのは悪いしな。リオが良い子にしてたらあげようと思って買ってたものがあって」

「リオいい子よ!」

キラキラと目を輝かせるリオに、苦笑しながらジャラヒは、その新しい絵本を差し出す。

それは、あまりリオが見たことがないような、ピンク色の表紙の絵本だった。
キラキラと輝いたコーティングの表紙に、長い髪のお姫様と、馬に乗った金髪の王子様が描かれた絵本。
そこにはかっこいいヒーローの姿はなく。ただただ幸せそうに、お姫様と王子様が微笑んでいる。それから、きれいなお花に、リスやうさぎ。

「ちょっと、それは少女趣味すぎないか?なあ?」

リオが好むのは、かっこよくて、強くて、悪を粉砕する正義のヒーローや、ロボットの話だ。
それを知っているから、横から見ていたロイも、苦笑しながら、リオにフォローする言葉を考えて、口を開いたのだけれど。

「いや、こういうの、好きなんだろ?お前は」

ジャラヒはきっぱりとそう言って、しゃがんでリオに目線を合わせると、差し出した本を、リオに握らせてた。

「これさ、本屋で見かけたときに、きっとお前はこういうの好きなんだろうなって…。
ヒーローも好きだけど、きっとお前は、かっこいいものよりも、こういう、キラキラして、甘くて、お姫様みたいなのが好きなんだろうなって思って。…違ったか?」

きちんと、「リオ」を見てそう言ったジャラヒは、少し不安げに窺うように首を傾げた。

「あのね、リオね、これ…」

手にした絵本は、今までリオが読んでもらっていた絵本とは少し違っていて、かっこいいロボットも、ミサイルも、正義のヒーローもない。
だけど、リオはその絵本から目が離せなかった。

「…綺麗なの…」

初めてみるキラキラした絵本に、何を言ったらいいのかわからなくて、リオはただ、受け取った絵本をじっと見る。
長い髪のお姫様の、ピンク色のドレスは、ひらひらのフリルと宝石とリボンがたくさんついていて、とっても綺麗。
お姫様の横に描かれている白色のお花も、たくさん積んで花束にしてしまいたいくらいだ。
ウサギもリスも幸せそう。

「あのね」

それから、馬に乗った金色の髪の王子様。
綺麗な顔をした王子様は、優しく、幸せそうなお姫様を見つめている。穏やかな顔で。だけど、腰に携えた剣に手を添えていて、すぐにでもお姫様を守ってくれるような、頼りになる王子様だ。
この王子様を、リオは知っている。

「この王子様ね、ジャラみたい、ね!」

そう言って指でそれを辿った後、リオは、愛しそうにぎゅっと絵本を抱きしめた。
それから、嬉しそうに顔を上げて。

「ありがと!ジャラ!これ、リオ、だいすきよ!」

そんな、とても幸せそうに笑うので。
一瞬虚を突かれたジャラヒも、ほっと息をついた。

「どういたしまして」









:::::

自分の部屋でほっと息をついて、ジャラヒはいつもの絵本をめくった。
大好きな彼女が、いつも元気に冒険している絵本。
ジャラヒの隣にいたあの子の物語はエンディングを迎えてしまったと云うけれど、絵本の中の彼女は、いつも楽しく笑っている。


(これで、いいんだよな)

気が付いてしまえば簡単な話だ。
リオとリオは違う。
それだけの話なのだ。

リオは、正義オタクで冒険大好き。ちょっと頭が弱いんじゃないかと心配になるくらい、抜けたところもある娘だ。綺麗なものや可愛いものも好きだけど、感受性が豊かというのとはちょっと違うかもしれない。お金になるよね!だとか、高そうだとか、打算的意味も持っていたように思う。ヒーローヒーロー言いながら、都合の悪い所は小ズルいところがあって、でもやっぱり優しくて。仕方がないと言いながら、ジャラヒはそのすべてが好きだった。

リオは…今の小さなリオは、また違う。
あの子はまだ何も知らない。『リオ』のような、乗り越えてきた強さはない。だけど、純真で、明るくて、優しい。それは、『リオ』と同じではあるけれど、やっぱり違う。『リオ』とは触れたものが違うのだ。当たり前かもしれない。可愛いものや綺麗なものが好きで、教えられたことをそのまましっかり飲み込む純真さや、頭の良さを持っている。ヒーローだの冒険だの、そんな世界よりも、キラキラ輝いた世界が好きなのだろう。戦うよりも、握手を選ぶ女の子だ。


ジャラヒが、リオに何か本を読んでやろうと探したとき、あの子が好きそうだなと思ったのは、『リオ』であれば手に取らないような絵本だった。
買ってはみたものの、なんとなく、あの子に読んであげる機会を見失っていたのだけれど。

(ああ、これで、いいんだ)


渡して、すっきりした。
認めてしまって楽になる。
あの子は、リオではない。
悩むことなど、何もないのだ。
たとえ、あの子が幸せになっても、エンディングを迎えてもう消えてしまったりもしないし、ジャラヒは、あの子なりの幸せを迎えられるように、見守ってあげればいい。
冒険に出たいと飛び出すのなら、危ないからと過保護についていっても構わない。
大丈夫。

(ばかだな、おれは…)

一番最初に、リオがリオと違うと気が付いたとき、ジャラヒは衝撃を受けた。
だって、彼女が育っても、それは『リオ』ではないのだ。
それは、もう一度リオに逢えると思っていたジャラヒの心に水を差した。
リオではない。当たり前だ。一から育てるというのだから、もうそれは、ジャラヒの愛したリオではない。
だから、このまま育てても、リオではないリオに耐えられるのかという不安が、ずっとジャラヒの胸にあった。
そんな、育つのが怖いという不安。
それと――
このまま育って、リオを愛して、幸せにして、また彼女は消えてしまうのではないかという不安だ。
その二つの不安が、ずっとジャラヒをリオから遠ざけていた。
触れてしまうのが怖い。
絵本なんて読んだら、また消えてしまいそうで怖い。
ずっと、心のどこかでそう思ってきたけれど。

(あの子は、おれのリオじゃない)

それをすとんと受け止めることが出来たのは、気が付いたからだ。

(だって、リオはいつも)

心の中にずっといる。だなんて、陳腐なことだとは思うけれど。
風と共に呼びかけてくるその声に、ジャラヒは気づいていた。
優しく慰めてくれるのも、叱咤するように強く横撫でるのも、家に帰ればあの子に逢えると教えてくれたのも、全部、彼女だ。

(気づいちまったら、かっこ悪ィことできねーよな)

妄想かも知れない、なんて、ジャラヒは思わなかった。
それならそれでいいのだ。
ジャラヒの魔法で彼女に逢えるなら、妄想でも構わない。
だけど、それが今すぐには叶わないこともわかっている。
焦らなくても大丈夫だ。
いつか、リオに胸を張って出逢える時の為に。
とにかく今は、あの子を守ってやらなければならない。
小さなリオは、お姫様みたいな、成長盛りのリオなのだから。

一つ誓って、ジャラヒは窓を開けて、空を見た。
澄んだ空の黒に、小さな星がいくつも浮かんでいる。
星を掴みたい、そう言って窓から落ちそうになった少女のことを思い出して、つい笑ってしまう。
すると、風が優しくジャラヒの頬を撫でた。

(…うん)

いつもは、なんでもないただの風なのだけど。
気づいてしまったら、その風はジャラヒにとっては優しい右手だ。

(あの子のことは、大丈夫だから。だから、もう少し待っていてくれ)

その風とそっと小指を交わして、ジャラヒはそっと窓を閉じた。




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2014-05-27 : SS : コメント : 0 :
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