11期その2

自分が幼い頃は、どんなだっただろうか…とジャラヒは最近考える。
ワートンの家に生まれて。
家族は父母と、兄一人。
他に、メイドや執事が幾人か家にいた。
父親は仕事で忙しく、母親は病でベッドにいつもいた。
その母親に絵本を読んでもらった記憶はおぼろげにある。
でもそれ以上に、乳母として雇われていたメイド、ドロシーの膝の上で絵本を読んでいる記憶の方が強い。
それからほんの少しあるのは、兄がその横でめんどくさそうにしながらも、ジャラヒに構って本を読んでくれた記憶。
もっともその兄の記憶は、母が亡くなった後の冷たい記憶の方が勝っているので、未だに兄に対しては冷えたものしか感じない。
今でも時折思い出す。
母が死んだあと、眠れなくて兄に本を読んでもらおうと、扉を開けた幼い自分。
そこにいた兄はいつもの兄ではなくて、優しさの欠片もない、冷たく、赤い目で、ジャラヒの首に手を伸ばして言った。

『お前なんて、死ねばいいのに』

首に手をかけてその力を込める前に、兄は舌打ちひとつして、ジャラヒを突き飛ばして、部屋から追い出した。
それ以来、あの家で兄と会話はしていない。
再会したのはつい最近、このブリアティルトで、だ。
どうやら、姿を消していた間、兄はダリアの幼馴染なんて位置にいて、彼女と仲良くやっていたらしい。


まあそれはいい、とジャラヒは首を振った。
自分の幼い頃の記憶など、どうでもいいのだ。
兄のことも、家族のことも、どうでもいい。
つらいことは沢山あった。
だけど、その分、幸せな出会いがあって、今のジャラヒはここにいる。
それをジャラヒは知っていた。
だから、昔を思い出して歯がゆくなることはあるけれど、もう自分を不幸だけの存在だとは思わない。
それに気づかせてくれたのは―――

と、ジャラヒは、ドロシーの膝の上でもぐもぐと口を動かしているリオディーラを見た。
リオディーラ。
美味しそうに、ドロシーの膝の上で、シチューを食べて、にこにこしている幼子。
ジャラヒとロイが、毎日悪戦苦闘で世話をする間に、リオはもう4歳になった。
4年経った、という意味ではない。4歳というのは、ドロシーが4歳くらいですかねえと言ったので、そう思っているのだが、確かに、3歳よりは大きい気がしたし、5歳6歳ほど大きくもないと思えた。

とはいえ、みるみるうちに成長するのだから、あっというまにそろそろ5歳程度だろうし、もう1,2か月もしたら、6歳くらいにはなるだろう。
彼女の成長は、普通に年月を得てのものではない。
リオは、ロイの魔力を吸って成長している。
ぐんぐん、ぐんぐんと。
大きな魔力が必要なため、ロイは魔神の力を開放すると言って、普段とは違う姿になっていた。
リオがその魔力を必要としなくなるには、元のリオくらいの年にならないと難しいらしい。
元のリオ――ジャラヒの前から姿を消した、13歳の少女。
赤雫☆激団のリーダー。
元気いっぱいの少女だ。


これからリオは、どんどんどんどん大きくなって、成長して、あの少女になるのだろうか。
ジャラヒが愛した、あの少女に。
この赤ん坊が、幼子が、みるみるうちに成長して、ジャラヒの前で笑うのだろうか。
もう一度、ジャラと、あの声で呼ぶのだろうか。
そう思うと、ジャラヒは頭の中が白くなった。
喉が渇く。
身体が冷える。
望んでいることのはずなのに、ジャラヒは、それを恐ろしく感じていた。

「ぼっちゃーん、意識飛んでます?」
「…なんでもねえよ」

心配そうに尋ねるドロシーに、手を振ってこたえる。
今日は、ロイが遠征で留守のため、ドロシーが手伝いに来ている。
普段は、何かない限り、ドロシーが子育てに首を突っ込むことはない。
リオを育てるのはジャラヒとロイの担当ということなのだろう。
ドロシーは子育てのプロフェッショナルなのだから、もっと首を突っ込んでくれたら助かるのだが、ジャラヒもそれを頼んだことはなかった。

(だってなんか、違う、だろ)

明確に言葉にするのは難しいが、ドロシーが手を出して、リオを育てるのは間違っている。それだけはわかる。
ドロシーはジャラヒの乳母だったので、子育てなんて一番知識も実践も豊富に違いない。
だけど、それに頼るのは違う気がした。
絶対に頼らないなんて、意固地なことは言わないけれど、自分でやらなければいけないことだ。


「心配ごとがあるなら、言ってくださいね」
「大丈夫だよ」
「そう…ですね。ぼっちゃんは大人になったんですし…」

未だにドロシーは、まるでジャラヒが幼い子のように、心配をする。
それを聞いて、子ども扱いするなと、腹が立つこともある。
が、それ以上に、彼女のその自分を犠牲にする献身さが、ジャラヒは不安だった。
不安というか、落ち着かない。
ドロシーは、すべてを大切だからと言って慈しむ。彼女はそれに見返りひとつ求めやしない。相手の幸せが至上なのだ。
小さいころからドロシーに接していたジャラヒは、いつのまにかそれが正しくて、当然のものだと思っていた。
だけど、見返りひとつ求めないそれは、ジャラヒには無理で、出来やしないことだった。
陰ながら支えるだけで、それで充分だなんて、ジャラヒにはもう言えない。
充分だなんて、自分で自分に言い聞かせている時点で、それは不健康で、歪なものだったのだ。
だから、当然のように本当に見返りひとつ求めないドロシーを、すごいことだと思うし、同時に、歪で、おかしくて、悲しいことだと思う。
それに気づいたジャラヒは、ドロシーに、自分の道を生きるように示したのだけど。
『ぼっちゃんと呼ばなくていい』と言われたドロシーは、傷ついて臥せってしまった。
傷つけたくて言ったわけではないのに、ドロシーには全く伝わらなかった。
その時のようなドロシーを見たくなくて、ジャラヒはもう何も言えない。
だから、寂しそうな顔をするドロシーに、ジャラヒはおどけるように返すしかない。

「そうそう、おれもドロシーのおかげで大人になったんだよ」
「ふふ、リオさんも、どんどん大きくなりますよ。そうしたら、きっと私の気持ちもわかります」

ねー、とドロシーがリオに笑いかけると、リオはきゃっきゃと手を叩いて答えた。
いつかドロシーの気持ちがわかる。
そうなのだろうか。
ジャラヒは、ドロシーみたいに綺麗な気持ちで、リオを想えなかった。
だから、未だにリオに触れることに戸惑いを覚えるし、育つことが怖い。
この恐怖をドロシーがわかるとは思えない。だから、ドロシーの気持ちが、ジャラヒにわかるとも思えなかった。

「ジャラー!おいしー!よ??」

黙り込んだジャラヒに気がついたのか、明るい声を出したのはリオだ。
口をべとべとにしたまま、リオは器を持ち上げ、それをジャラヒに押し付けた。
受け取ったジャラヒは、しばらくきょとんとしたが、彼女の意図に気が付いて、その頭を優しく撫でた。

「…リオは良い子だな」
「いいこいいこ!」

リオは、こうやっていつだって、ジャラヒに手を差し伸べてくれる。
それはきっと彼女の本質なのだろう。
消える前の、リーダーだったころのリオに、ジャラヒは何度救われたかわからない。
初めて手をとってくれて、生きていいと言ってくれた小さな女の子。
例え、その彼女の正体が、自分の妄想だと言われようとも、あのときから、ずっとジャラヒは確かに救われていたのだ。
彼女がこんな幼い姿になっても、同じ。
変わらず差し伸べられる優しい手。
だけど今のジャラヒは、それを掴むことが出来ないで、ただ見ているしかなかった。







「ただいまー。…相変わらずしけた面してるなあ」
「あら、お帰りなさいませロイさん。遠征どうでした?」
「まずまずかな」

玄関が開いて、居間に顔を覗かせたロイは、ジャラヒに悪態をついたあと、リオに駆け寄り、ぐいと彼女を持ち上げる。

「ただいまーリオ」
「ロイくー!おかー!」
「大きくなったなあリオ」
「リオおっきいのよ!」

えっへんと胸を張ったリオに、そうかとロイは笑って、それから彼女をドロシーの元に戻した。

「ジャラヒ、ちょっといいか」

手を振ってリオから離れた後、小声で、ぽつりとジャラヒに呼びかける。
怪訝に思いながら、ジャラヒは頷いて彼の後に続いて居間を出た。
扉を閉めて、少し。
座って話すほどのことではないのだろう。ロイは、自分の部屋に案内するわけでもなく、廊下の端で、話を始めた。



「そろそろだ」
「なにが?」

相変わらず唐突だ。
前置きが嫌いなのか、下手なのか。
ロイが話すといつもこうだ。必要以上に回りくどすぎるか、唐突か。
前者の場合はイライラするし、後者の場合は突然すぎて面食らう。
ロイ自身はもともと前置きなんて嫌いな性質なのだろう。下手に気を使って長くなる前置きに、双方イライラするよりは、唐突でもさっさと本題に入ってくれた方がいい。
なのでジャラヒは、またかと思いつつも、肩を竦めて続きを促すにとどめた。

「5歳か6歳かってところだろう、リオ。もしかしたら、アレがあるかもしれない」
「だから、なんだよ」
「…おれがリオを助けた時のこと、覚えているか?」

ロイがリオを助けた時のこと。
そう、ロイが示したのは、いくつか前の巡りでの話だ。
それはブリアティルトが8度目の巡りを数えた時。
ロイが、赤雫☆激団のリーダーを買って出た時の話。
ロイは、自分の魔神の力、過去と未来を見通す力を使って、リオの未来の消滅を見た。
そのため、彼女を助けるために――半分は、自分の力を強めるために――8の巡りのリーダーになることを申し出たのだ。
結果、ロイはリオに出逢った。
黄昏の聖域付近の森に現れたのは、そのとき13歳の良く知るリオではなく、5,6歳の、幼いリオで。
彼女は何があったのか、ボロボロの姿で、泣きながら森でうずくまっていた。
うずくまって夜の森で泣いて、ロイを見つけて、微笑んだ。
それから、ロイを星のようだと言ったあと、ふわりと消えたのだという。
おそらく、何かから逃げて黄金の門によって、ロイの前に現れ、そしてまた、黄金の門を通って消えたのだろう。
その時のことが、明確にリオの助けになったのかはわからない。
だけどリオは、その時の記憶のことだろう、昔助けてくれた正義のヒーローを、輝く星の人と呼んで、ずっと再び逢うことを待ち望んでいた。
そのヒーローの正体が、ロイだったのだと、彼女はロイに言ったのだ。

だけど。

「あれが本当に、リオの過去なのかどうか、だ」

もしリオの正体がジャラヒの妄想なのだとしたら、ジャラヒの関わっていないその出来事に、リオが現れることがおかしい。
その上、幼い姿をしていたというのも引っかかる。
出逢ってからずっと、リオは14歳の少女なのだ。幼い姿なんて、ジャラヒは知らない。
ジャラヒを助け導いてくれたリオ。
それがもし、本当に、ジャラヒが幼い頃読んだ話から妄想した、女の子なのだとしたら、彼女の過去は、あの絵本の中にしかないはず。

現に、ロイのその一件以外で、ジャラヒに出逢う前のリオが何をしていたかなんて、誰も知らない。
彼女が言ったのは、村が襲われて逃げているところを輝く星の人に助けられたのだと、それだけ。
だけど、彼女が言う村がどこなのか、そもそも彼女のような有翼人種が、騒ぎにもならずになぜ存在できていたのか。誰にもわからない。
だからジャラヒの兄ジェラルドが、ジャラヒに、リオがジャラヒの妄想であることを言った時も、ジャラヒは納得せざるを得なかったのだ。

彼女が妄想だなんて、信じたくない。
でも、どこか胸の奥底で、納得してしまってもいた。
だって、ジャラヒが出逢う前から、ずっと彼女はジャラヒの中にいたのだ。
出逢う前からずっと、どこかで逢っていたような、懐かしいような、あの感覚。
リオを創りだしたのがジャラヒなら、納得せざるを得ない。
だけど、そんな中、ひとつだけ違和感を持って浮かんできたのが、ロイの助けたその少女だ。
疑うまでもなく、明らかにリオだったという、その女の子の存在である。

「あの小さな子は、おれたちといたリオの幼い頃の姿だったという可能性と…もうひとつ、未来だったという可能性もある」
「未来?」
「未来…というか、今のリオ、だ。もうじき5,6歳になるリオ。
 彼女は確かに、おれがあの時見たリオに似てる。…まあ、リオはリオだから当たり前だけど」

可能性の話だけど、とロイは付け加えた。
以前のリオではなく、これからのリオ、という可能性。
共にいたリオは、ロイに助けられたと言っていたが、もしかしたら、それは彼女の中で『そういう設定』だったのかもしれない。実際にあった出来事ではなく、あの子は『そういう設定の少女』だっただけ、という可能性。

「…つまり、これから、今のリオが、何か危ない目にあって、あの、8の巡りのロイの所に飛ばされるかもしれない、ということか」
「ああ。そういう可能性がある、ってだけだけどな」
「可能性…だろ?」
「ああ、万が一の可能性、だ」

可能性、と何度も言って。
だけど、ロイは真剣だった。
絶対にそんなことあるはずないとまでは、言えない。
あの幼いリオが、ドロシーの膝にいる、可愛いリオが、これからズタボロに傷ついて、逃げて、黄金の門を通って、ロイに助けられる。
ロイに助けられるなら…とも思えなかった。
少しでも傷ついている時点で、助けているとは言えない。
それに、出逢った後すぐにリオは消えたのだと、ロイは言った。
その消えた先で無事な保証もない。
ともすると――


背筋が凍るような心地がして、ジャラヒは息を飲んだ。

「リオを、一人にするな。絶対に」
「……」
「用心するに越したことはない」
「…ああ、わかってる」


何か起こるのかもしれないし、起こらないのかもしれない。
だが、万が一の可能性だとしても、彼女を危険に陥れるわけにはいかない。
だって、あんなに元気に、幸せそうに笑って、こんな小さい頃から、ジャラヒに手を差し伸べてくれる、優しい子だ。

(あの子は、幸せにならなきゃいけない)

ぜったいに、だ。
危険なことなんて、あってはいけない。
彼女を幸せにする手段を、ジャラヒはまだ見つけてはいない。
だから、彼女の手は取れない。
だけど、それでも絶対に、彼女は幸せにならなければいけないのだ。
胸の中で繰り返して、ジャラヒは何度もそれを誓った。

「もちろん、おれも見てるから。まあ、油断するなってことだ。あんまり追い込まれ過ぎるな」
「うるせー、わかってるよ。…大丈夫だ」

廊下の向こうの居間では、まだリオの明るい笑い声と、ドロシーの優しい声が聞こえる。
せっぱつまって、自分を追い込みそうになっていたことに気が付いて、ジャラヒは息を吐いて、呼吸を正した。
自分ひとりではない。ドロシーもこうやってリオを笑わせてくれているし、いけすかないが、ロイだっている。
一人で突っ走るような、自分を追い込むような真似は、もうしない。
そう言い聞かせると、少し楽になった気がした。


関連記事
スポンサーサイト
2014-05-27 : SS : コメント : 0 :
Pagetop
コメントの投稿
非公開コメント

Pagetop
« next  ホーム  prev »

プロフィール

赤雫☆激団

Author:赤雫☆激団
英雄クロニクル サクセスサーバー
オーラム国の赤雫☆激団です

カテゴリー

タグリスト

最新コメント

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR