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10期その7

ジェインとダリアは幼馴染だ。
少なくともダリアにとっては、物心ついて暗殺ギルドで働くようになってからずっと、ジェインという存在は近くにあった。
ダリアが来るまでは、ギルドの最年少だった少年。
神出鬼没で、掴みどころがなくて。ギルドでも遠巻きにされている少年は、腕の方は確かで、この若さで、どんな仕事だって不手際なくこなすらしい。無口で、一体何を考えているのか、誰にもわからない少年だった。
ダリアだって、彼に話しかけようなんて、思ったことはない。
ただ、仕事で何度か組まされることがあって。
ジェインは人と組むのを好まなかったが、ダリアに文句はないようで。
そのうちにダリアは、ギルドでも遠巻きにされるこの男といることに、違和感を持たなくなっていった。
いてもいなくてもどうだっていい。
いつも勝手に現れて、去っていくのだから、ダリアが気にしても無駄である。
どうせ何も考えていない。
彼はしたいことをしているだけだと。

だけど、もしあの男に、何か考えがあるのだとしたら?
それは、すごく単純なことか、すごく意味不明なことか、どちらかであろうと、ダリアは思った。
どちらにしろ、それを聞いても疲れるだけだろう予感はする。考えるだけ無駄。それはジェインといてダリアが学んだ一つの答え。
だが、今回に限っては、考えなければならないのだろう。
すごく気が重い。考える前からげっそり疲れそうだ。

始まりは――
と、嫌々ながらも、ダリアは考えた。
ソウヤが言うように、ブリアティルトに来たことが、どうやって来たかが鍵なのだとしたら、始まりはきっとその時だ。

ある日ダリアは、一つ、借りのある相手に呼び出された。
ダリアの失態で負った借り。相手はワートン財閥総帥。その時は知らなかったが、ジェインの父だ。
その借りのために、ダリアは総帥に、一つだけどんなことでも理由を聞かずに依頼を受けるという約束をしていた。
その日、その効力を使うために、総帥はダリアを呼び出して言った。

『護衛を頼みたい』
『対象はジャラヒ・ワートン』
『ブリアティルトにいる』

依頼内容は、総帥の息子の護衛だ。
暗殺者に護衛を頼むなんてと思ったが、借りがある以上、ダリアに断ることなどできない。
ダリアは頷いて、それから――

ブリアティルトに降り立ち、ジャラヒと逢った。


ブリアティルト。
お伽話の国。
実際にありはしない、与太話の世界。
子供の寝物語に出てくるような、ありはしない世界に、ダリアは実際たどり着いた。

(あのとき――)

そう、あのブリアティルトに初めて来た日だ。

(確かに、これは問題だわ)

ふう、と息をつく。
ソウヤが示していたのはこのことなのかと納得した。
どうやってここに来たのか。思い出せないわけではなかった。
自分の中では自然すぎて、今まで思い出そうとも考えようともしなかった。
それが不思議だ。
それを改めて考えてみると、おかしさにはすぐに気が付いた。

ダリアはあの日、ジャラヒを探して辿りついた街の酒場で。

(あの子に逢って、ここに連れて来られた)

羽の生えた少女に出逢い、その少女の力で、ダリアはこのブリアティルトまできたのだ。
はっきりと記憶にある。
いや、”記憶にないはず”の少女。
青い髪を乱雑にまとめて、いつも笑顔で、はつらつとした、10代前半だろう女の子。
ありありと思い出せた。

(だけど)

この記憶は、間違いだ。
あの子は、あの世界にいない子。
存在できるはずのない子だと、ダリアは知っている。

(この記憶は違う)

いるはずがないのだ。
だって、彼女は物語の登場人物。
絵本の中にしかいることができないヒロインなのだから。

(だったら私は、どうやってここに来たのかしら)




ふう、とダリアは息をついた。
机に突っ伏してみる。
赤雫☆激団の居間。テーブルに、椅子が6つ。そのうちの端の席がダリアの定位置。机の上には花が飾ってあって、その花の名前がダリアというものだとダリアは知っている。ドロシーが毎朝活けている花だ。
その花を突っ伏しながら見つめて、ダリアはしばし、ぼうとしていた。
そうしていると、ふとダリアの鼻先をコーヒーの匂いが掠める。

「私は紅茶の方が好きなんだけど」
「ミルクを入れておいた。そう変わらない」
「大きく違うわよ?コーヒーと紅茶は」

あの神出鬼没な男がいつどこで現れても、ダリアは驚かない。
だから、一人でいたはずのこの居間で、ジェインがコーヒーを持って突っ立っていたからといって、どうしたというわけでもなかった。
突っ伏していた体を起こし、顔を上げる。
ジェインは、許可されてもないのに、ダリアの前に座って、コーヒーを飲み始めた。
ダリアの前にもコーヒーカップが一つ。

それを置いてジェインは、こちらを見るわけでもなく、手にした何やら難しそうな本をぺらりとめくって、文字を追っている。

「本、好きよね。何を読んでいるの?」

別に、ジェインが何を読んでいてもどうでもよかった。
その問いに意味はない。ただの世間話だ。ジェインに対して世間話を持ち掛けようとするなんて、自分でもどうかしていると思う。
問いかけられたジェインは、めくる手を止めた。
視線を上げてダリアを見る。

「聞きたいことがあるなら、言えばいい」

それは、ダリアにとって、助け舟のようでありながら、突き付けられた銃口のようなものでもあった。

ジェインが何か企んでいる。それを知りたい。
何かを企んでいることに気が付いたのは、実際一番初めからだ。
と、いうより、何かを企まずしてこの男が動くはずがない。企みの内容は、とんでもないことだったり、くだらないことだったり、その時によって違うが、彼が自主的に動くということは、何か隠れた目的があるということ。

『ジャラヒを生きるに値するかどうか、見張れ。そうでないなら、処分しろ』

そんな依頼をダリアにふっかけて、ジェインは何がしたかったのか。
最初は、何を企もうがどうでもいいと思っていた。
ジャラヒを殺害しろ、ではなく、処分するかどうか、判断をダリアにゆだねる、曖昧な依頼。
曖昧ではあるが、生きるに値しないなら殺害しろという、明確に殺意を持っている依頼。
ダリアがそれを引き受けたのは、ブリアティルトに残ると言ったジャラヒがどうなったのか、興味があったからだ。
ただ、それだけ。
ジェインの企みなんてどうせいつものことで、深く考えはしなかった。知っても碌なことはない。関わりすぎると、彼に振り回されることになるのを知っていたから。
そうして、結局は、知らなくても碌なことにならず、結局は振り回されることになっている。
だから、ここでどういうことなのか、問い詰めたい気持ちはあった。

何故そんな依頼を持ち掛けてきたのか、きちんと聞きたい。
だけど、それを聞くのは覚悟が必要だった。
何を聞こうと動じない覚悟。
それから―――

(私が知っているジャラヒ・ワートンは真実ではない)

(抜けている、何かがある)

(知りたい。けど知ってしまうと)

今まで、あったものを、壊してしまうだろうという覚悟だ。

ジャラヒ・ワートンを犯罪者として追って、何も知らないままの方が、きっと楽なのかもしれない。

だけど、もうダリアにはそれは出来ない。

もう、生き方を知ってしまった。
3年間を永遠と繰り返すブリアティルトには確かに存在していて、幼いころから狭い暗殺者の世界で生きてきたダリアには、持ち得なかったもの。

こんな世の中で、幸せをはぐくむ者もいて。
優しさを捨てない者もいて。
希望を胸に抱く者もいて。
戦いの中、切り捨てるでなく、ひとつひとつを掴みとって、次につないでいく者たち。
この世界は、どうせすべて3年で終わってしまうのに、誰も『どうせ』なんて一言も口にしなかった。
意味がないなんて、誰も言わない。
そんな者たちと接してきて、ダリアは初めて疑問に思った。

(ジャラヒは、どうだったのだろうか)

ただ、人を裏切るだけの犯罪者で、衝動で人を殺めて組織を潰し歩くような、そんな人間だっただろうか。

そうだと肯定する記憶と、そうではない否定する確信。
どちらを信じるか、そんなこと、言うまでもない。

だけど、それを認めてしまうと、きっと、ダリアは変わってしまう。




「ジェイン」


聞きたいことがあるなら聞けと、ジェインは言った。
はぐらかすつもりはないらしい。
いや、この世界、ブリアティルトに来てから、ジェインははぐらかそうとしたことは一度もなかった。
ただダリアが聞かなかっただけ。

「ジェインは何を考えているの?」

色々と、聞きたいことはあった。
だけど、結局のところダリアが聞きたいことは、昔からひとつだけ。
彼が、落ち込んでいるダリアに、桜の花びらを持ってきたときから、ずっと。
一人で出来る仕事の依頼に、思い出したようにダリアを巻き込んだり、気まぐれに現れて、消えて、振り回して。
何も言わずに、巻き込むだけ巻き込んで。ダリアももう、彼の行動に意味なんて求めないようにしていたけれど。
今回のことだけではない。ずっと、そう聞きたかった。

そんな聞き方されても、困るだろうことは承知だ。
案の定、問われたジェインは瞬きして、ぴくりと唇を動かす。それでも表情は動かさずに、一つだけ息をついた。

「おまえらしくないな」
「そうね。あなたの考えてることなんて、どうでもいい」
「そうか」
「だけど、それでも知りたかったのよ。ずっと」


そう言ってしまうと、少し楽になった。
覚悟が出来たのかどうかは、自分でもわからない。
問われているのは、変わる覚悟。
このまま彼と話して、それを聞いてしまったら、今のこの関係は全て終わってしまう。
だけど、それを承知で、ダリアは続けた。

「そうね…一体、あなたは私にどうさせたかったの?」

しばし、ジェインは黙った。
ジェインの長考には、ダリアも慣れている。だから、別に急かすつもりもない。

ジェインはダリアから目線を外して、手元の本を見た。それから本を閉じる。

「お前は、昔…本が好きだった」

ぽつりと独り言のように、呟く。

「俺が家から持ってきた本を、こっそりと盗み見して読んでいた」
「…気づいてたのね」

いつもどこにいるのかは知らないが、たまにふらりと組合にやってくるジェインは、本を持って帰ってくることがあった。
組合員に用意されている粗末な部屋に、その本を置いたままジェインは仕事に出かけることもあって。幼いころのダリアは、こっそりとそれを読むのを楽しみにしていた。

「字が読めて、嬉しかったのよ」

ジェインが出した話題は、ダリアの問いとは、関係がないように見えた。
だけど、彼が自分から何かを話すことは珍しい。
だからダリアもそれに付き合って相槌を打った。

ジェインが言っているのは、ダリアが組合に売られてしばらくたったころの話だ。
元いた村には、本なんてなかった。
組合に来て、本なんて初めて目にして。その時の興奮は、今でも覚えている。

「ジェインが、文字を教えてくれたのよね、絵本で」

無表情で淡々と、声に出して絵本を読む少年と、その横で、これまた無表情にそれを聞くダリア。
一時期組合でも話題になった光景だが、二人のあまりの無表情で淡々と絵本に向かい合う姿は、あまりにもシュールだったので誰も近寄ってはこなかった。
ともかく、文字というものを初めて知ったダリアにとって、忘れられない記憶だ。

「あれは、弟に読み聞かせていて、慣れていたからな」

読んでくれた絵本は、おとぎ話だった。

一人ぼっちのお姫様が、女の子と友達になる話。
宝石姫と呼ばれるお姫様は、とても綺麗で、みんなのあこがれ。だけど、そのあまりの美しさに、誰もお姫様に触れられず、お姫様はいつもひとりぼっち。
そんなときにやってきた女の子は、お姫様の美しさなんて気にせずに、友達になってくれるのだ。
だけど女の子は、行きたいところがあるのだと言って、お姫様から去っていく。
残されたお姫様は、女の子に勇気をもらって、王子様と仲良くなって、結婚してめでたしめでたし。

ありがちな寓話で、目新しいものではない。
だけど、ダリアが初めて触れた物語は、そんな陳腐なものでも、宝石みたいにきらきらと色づいて見えた。
ダリアはその本を、文字を覚えるまで何度も何度も繰り返し読んだ。
友達のいないお姫様はとてもかわいそうに見えた。
それでも、お姫様にも、友達になってくれる女の子が現れたのだ。
お伽話だとわかっていても、それはダリアに、ほんの少しの希望を与えてくれた。
だから、女の子が「おうごんのくに」を目指すのだと言って去って行ったときは、ダリアも少し寂しく思った。

「お前も、あいつと一緒で、黄金の国に行きたいと、言っていた」

何かを思い出しているのだろう、ジェインは薄く目を閉じて、どこか遠くを見つめるように視線を動かした後、手元の、少し冷めたコーヒーを一口含む。
そして、ジェインは黙った。
これで終わり、と言うように、カップを机に置いて、正面を――ダリアを見る。

「私が、黄金の国…に?行きたいと、言って?」

その言葉を、わけがわからず、反芻してみる。
これは「ダリアに何をさせたかったのか」という問いの答えだ。
答えを彼は言ったのだと、理解はしたが、意味がまだわからない。
その答えは、ダリアが黄金の国に行きたいと言っていたから、だと言う。
いつもながらジェインの答えは難解でわからない。

「黄金の国は、ブリアティルトのオーラム。来れただろう?ここに」

ダリアがわかっていないのを理解して、もう一言ジェインは付け加える。
付け加えられたところで、その意味は未だに理解不能だ。

「ちょ…ちょっと待ってよ。私をここに連れてくるために、ジャラヒを処分するって、依頼を出した、ってこと?」
「処分するかどうか、見極めろと。価値がないなら処分しろと言ったんだ」
「どっちでもいいわよ」

ここにダリアを連れてくるために、ジャラヒをダシにして依頼したのだと。

そう言っているのだろうか。

「よくはない。が確かに――処分するなら、同じことだな」
「それに私は、あなたがそんな依頼をする前に、ここに来てるわ。ジャラヒの護衛に、あなたの父から。
 私を連れてくることが目的なら、もうそれは終わっていたはずよ」
「…そうだな。お前は、確かに、一度来ている。あの男によって」

そう頷いて、ジェインは一呼吸置いた。
その間は、ジェインにしては短いものだったのかもしれない。
一呼吸。だが、ダリアが言葉を挟むほどの空白はなかった。


「ダリア。お前は、どうやってこの世界に来たか、覚えているか?」


突如投げられた問い。
その質問が、事前に、ソウヤによってもたらされていなかったら、何の事だか動揺したかもしれない。
だけどダリアは、そのソウヤのおかげで、今ここで投げられたジェインの一手の意味がわかった。
先ほどの絵本の話。それから、黄金の国に来た経緯。



「…お伽話の女の子に、連れられて来た、とでも言いたいの?」

ダリアの中には、記憶があった。
青い髪の、元気な女の子に、手を引かれて、この世界に来た記憶。

だけど。

「まやかしよ」



そんな女の子は、この世にいない。



「幻惑、まやかし、催眠術。そんなものでしょ。貴方が使いそうな手だわ」

女の子はいない。
だって絵本の登場人物だ。
それをダリアが記憶したのは、きっと何かからくりがあるはず。

「知ってるのよ、あなたの力。人の感情を煽ったりすることが出来るんでしょう。
そんな、まやかしのような力を、貴方は使える。
 少女なんて、いない。ここに来たのは全部、仕組まれてのことだわ」
「一度目にやったのは、俺ではないがな」

あっさりと、ジェインはそれを認めた。

「おまえが本当に覚えているなら、大したものだ」
「毒物や、まやかしに対する訓練はしているもの。記憶がおかしいことくらい、わかるわ」


本当の記憶を無理やり呼び覚ます。
覚えている記憶は、ワートン総帥に呼び出された部屋の中。
依頼を説明されて、ダリアは頷いた。
それを確認して、ゆっくりと、総帥は言ったのだ。

『ダリア、これを覚えているか?』

一冊の本を、取り出して。

『ジェラルドと読んでいたんだろう?この絵本』

黄色くて、タイトルのない絵本。
ダリアはその本を、知っていた。

「黄金の国に行く、物語。そうね。それを、私は総帥から受け取った。あの絵本が、キーなんでしょう?」

お姫様と友達になった女の子が、旅をする絵本。
昔、ジェインに読んでもらった絵本。
ダリアが字を覚えた、あの絵本だ。

「そうね。それから元の世界に帰って、あなたと再会して、あなたの依頼を受けた。
 そう。……その時も、あなたはあの絵本を、私に差し出したわ」
「……」
「ええ、ちゃんと、記憶にはあるわよ。まやかしの記憶も。
 『呪文』を唱えてこの世界に戻る?
 それが貴方が私に植え付けたまやかしでしょう?だけど、それは嘘」

踵を3回鳴らして、叫ぶのだ。
『おうちに帰りたい』
すると、ブリアティルトに帰ることが出来る。

誰もがどこかで聞いたことがあるような、異世界から元の世界に帰るシンプルな方法。
この場合は逆だが、その呪文をダリアはちゃんと知っていた。
だって、女の子に聞いたからだ。
記憶にないはずの女の子。
存在しない女の子が、それを教えてくれた。
だけど、幻惑を取り除いて思い出す。
女の子などいなかった。
本。絵本だ。ダリアはそれに触っただけ。

「そんな女の子、いないわ。
 ブリアティルトに私を連れてきたかったって言ったわね。
 絵本を使って、その主人公の幻影を見せて。そうね、まるで出来の悪いファンタジーみたい。
 趣味が悪い。こんなところに私を連れてきて、あなたは何がしたいの?」
「女の子はいない、か」
「…?何よ。あなたの作った幻惑でしょ」

ダリアが見破っても、ジェインはたじろぎもしない。
薄く、静かに笑っているだけ。
ダリアを真正面から見て、満足そうにうなずいて。
それから、名前を呼んだ。


「女の子は、いないそうだ。ジャラヒ」


静かに呼んだ名前は、ダリアのものではなく。
聞き覚えのある名前と、その対象が一致するのに一瞬間が空く。
ジャラヒ。ジャラヒ・ワートン。
ダリアの追う、裏切り者の――
振り向くとそこには、見覚えのある男が立っていた。
いや、少し違う。
背が少し伸びた。髪も。綺麗に整えられていたあの金髪は、ぼさぼさに後ろに纏めている。それから、少し痩せていて、前よりも骨ばった印象を与えていた。だけど碧の目は、爛々と輝いていて。

「――ジャラヒ」

ダリアは、久しぶりに彼に名前を呼びかけた。

ジャラヒは顔を上げてダリアを見ると、片手だけ上げてそれに応える。
それからごくりと唾を飲んで、ジェインを真正面から睨みつけた。

「まやかしだそうだ。ジャラヒ」

睨まれてもジェインは動じることなく、もう一度その言葉を口にする。

「黙れ」
「女の子はいない。ほら、ダリアも言っている。俺の作ったまやかしだそうだぞ?」
「…リオは、いる」

静かにそうジャラヒは言って、姿勢を正す。
深呼吸するように、大きく吸って、ゆっくりと、吐く。
それから、もう一度口を開いた。ばくばくする心臓を、押さえる様に、胸に手をやって。

「リオは、いるよ。おれは知ってる」
「残念ながら、いないが正解だ」

だがジェインは取り合わず、視線をジャラヒからダリアに合わせ、頷く。

「そう。ダリア、正解だ。
 あれはまやかし。お前をこの世界に連れてくるための、ちょっとしたサービス。
 お伽話のヒロインになれた気分だったろう?」
「悪趣味だって、言ってるじゃない」

ダリアもジェインの悪趣味さは知っていた。例え彼が良かれと思ってやっただろうことが、良かったことなど一度もない。
だからダリアにとっては、そのくらいは想定の範囲内。
それよりも、なぜこんなことをしでかしたのかが気になる。
もっとも、きっとそれも悪趣味な理由だろうが。

「リオはいる」

その悪趣味な男の弟は、何度もそれを口にしていた。
ジェインに騙されているのだろうか。そんな騙されるような可愛げのある男だとは思っていなかったが。
そんな様子を見ると、追っているときは、一目見たらすぐさま撃ってやると思っていた男だと言うのに、銃に手を伸ばす気もわかず、なんだかとても慣れた呆れたような心地がするだけだった。

「…あなたの言うリオって、あの物語の主人公、青い髪の女の子よね?あの絵本の」
「…違う」
「違うって…」
「おれが言ってるのは…」

ちらりとダリアを見たジャラヒは、歯がゆそうに唇を噛んだ。

「うちのリーダーだ。リオディーラ。お前をここに連れてきて、いっしょに暮らして、遊んで…覚えてるだろ?」
「……知らないわよ」

第一、ここに連れてきたのは、最初のはワートン総帥で、二度目はジェインだ。
どうやってか知らないが、絵本を媒介に、何かをしたのだと、彼自身も言っている。まやかしだと。

「知らないわけあるか!
 リオだぞ?正義オタクで、バカで、どうにかしてるくらい元気で、アホで、食い意地はってて、バカで、でも優しくて…お前も、一緒にいただろ?何話してんのか知らなかったけど、よく、一緒に飯食ってたの、知ってるぞおれは」
「…そんなの、知らないわ」
「そのお前の頭の髪留めだって、あいつとお揃いだろ?」
「その辺にあったのを使ってるだけよ」

彼が何を言っているのかわからない。でも、嘘を言っている様子はない。
ジャラヒ・ワートンは、追われて逃げる過程で、おかしくなってしまったのだろうか。

「…悪いけどジャラヒ。そんな子知らないわ。私は、あなたの言う子に心当たりはない。
 あるとしたら…ジェインに見せられた、まやかしでだけ」
「そっちのが誤魔化されてんだよ!あいつはいた!ちゃんと!おれは知ってる!おれだけじゃない、ロイも、…傭兵仲間だって、みんな知ってる!」

「では、なぜ今いない?」

熱くダリアに詰め寄るジャラヒに、冷たくジェインが割って入る。
冷たく。少し面白がるように。

「答えは、お前が物語を終わらせたから、だ。
ハッピーエンド。おめでとう。
物語が終わったら、登場人物の出番も終わりだ。
まあ、そうだな。前の巡りでは、もしかしたらお前の言うように、仮に彼女がいたとしよう。
だが、今はいない。
何故だ?存在しないからだ。
ブリアティルトの<時>は巻き戻され、人は再びこの世界を歩む。また再び始まったブリアティルトを。
だが、そのブリアティルトは、時は戻れど、人は進んでいる。一歩ずつな。
お前の友人も、そうだろう?
子を生した者もいる。新たな友人を作ったものも。次の目的を携えて、人は進む。
お前も、ダリアも。
時は戻っても、確かに進んでいる。
だが、終わった話の登場人物は、先には進めない。
エンディングを迎えたのだから、そこで終わりだ。
周囲の傭兵たちもすぐに気が付く。彼女は、いなかったのだと。
なぜなら、実際、いないのだから―――やがて忘れる」

ゆっくりと、幼子に言い聞かせるように。

「ジャラヒ。全てに忘れられたら、いないということだ。そうだろう?」
「だから、おれは、忘れない!!」


叫んだジャラヒから、閃光が舞った。
青い閃光は、ジェインを掠め、壁に刺さって消える。
それでもジェインが動揺することはなかった。

「…癇癪とはみっともないな」
「黙れ!クソ兄貴!何が言いたいんだよ!何がしたい!?
 一体なんだ?今まで口も聞いたこともないような弟に、説教かよ!
 おれの仲間を手にかけて、おれを始末しようとして、ダリアを惑わせて。何がしたい!?」
「惑わせる?」

口の中で笑って、ジェインはダリアに目を向けた。

「俺はダリアに嘘を言ったことは一度もない。ああ、あの少女のまやかしを見せたのは、惑わしたことに入るのか…。だが、彼女に言ったことは、全部本当だ」

ジェインと、目が合って。瞬きをしたダリアは、その饒舌なジェインを、何だか不思議な気持ちで見ていた。
嘘をつかれたことはない。
確かに、ジェインが言ったことは、全部いつも本当だった。
ただ、言葉が足りないので、ダリアにも全てを理解することは不可能で。
ダリアはいつも、彼のことを、その発する全ての行動から読み取るしかなかった。
それに成功したのか、ジェインはダリアの近くを好むようになり、ふとした時にふらりと現れるようになった。神出鬼没な男、得体のしれない男。だけど、嘘はつかない。それがダリアの知るジェインだ。


「…ではジャラヒ。正解を教えよう」

ジェインは嘘をつかない。
ダリアも知っている。
だけど、未だかつてなく長く、言葉を紡ぐジェインは、こんなにたくさんの真実を紡いでいるのに、ダリアには、いつも以上に、何を考えているのかわからなかった。

「お前がずっと、幼いころから読んでいた絵本。黄金の国の物語は、お前の父と母が、昔いた異世界、ブリアティルトに帰りたくて書いた物語だ」
「…は?」
「お前の父は、ある日偶然、事故で黄金の門を通ってブリアティルトに飛んだ。そこで、母と出逢った。二人は恋仲になり、子供を産んで幸せに暮らしていた。が、ある時二人とその赤ん坊は、黄金の門のゆらぎで、突然元の父の世界に戻ってしまった。父は自分の故郷のその世界で、一緒に暮らそうと母と家を築いたが、母にはその世界は合わなかった」

お伽話を読むように。つっかえることなく、ジェインは語る。

「母はブリアティルトに帰りたくて、毎日毎日ブリアティルトの話をした。毎日毎日。延々と。朝起きて眠るまでずっと。やがてその話には、妄想が加わり、膨らみ、物語になった。父はそれの話に付き合い、その話を書き取った。絵と、文字をつけて。母が語った妄想を、父が絵本にし、母がそれをまた読んで、また妄想をふくらませ」

そこで一呼吸おいて。

「そして母は気が狂って自ら死んだ」

唐突に、その話は終わった。

「…は?」
「正解。真実だ。まだ付け加えるか?
 ブリアティルトの血が入った俺たちは、幻惑のような、魔法のようなものが少し使える。
 母はもちろん、ブリアティルトの人間だからな。
 こちらで強い魔法は使えなかったが、彼女は物語を作った。
 俺は人の感情を増幅させられる。お前は…お前はなんだと思う?」

唐突に、正解と告げられた長くて短い話。
ジャラヒはそれを受け止めることが出来ないのだろう。微動だにせず固まっている。

「俺のもお前も、魔法と言うのもためらわれる、小さな力だ。
 俺が持つのは、憎しみだとか悲しみだとか、喜びだとか、増幅させて人の判断を誤らせることしかできない力。だから、俺は人といるのは好きではない。鬱陶しい。共にいられるのは、ダリアくらいだ。
…さて、ジャラヒ。まだ正解がわからないか?」


ジェインの答え合わせは、もう少しのようだった。
それは、ジャラヒに対する答え合わせでありながら、ダリアに対しても立派な回答だ。
感情を増幅させるまやかし。幻惑。魔法。
ジェインがダリアと共にいることを好んだ理由。
ダリアはいつも冷静だから。
感情がないわけではないけれど、諦めるのは誰よりも早かった。
希望なんて、世界にはないと思っていたから。
だから、ブリアティルトに来る前からも含めて――ジェインといても平気だった。
平気なようにしていたと言ってもいい。
自分を崩すのは、嫌いだ。

たまに現れるジェインは、いつもこちらを窺って、何かを納得するような、謎の素振りを見せていたのだが、あれは、ダリアの反応を見ていたのだろうか。

(だとしたら、性格悪いわね。知ってたけど)

変な奴だと思っていたが、彼はわざわざダリアを苛立たせるようにしていたのかもしれない。
半分はそれに成功していたが、爆発するまではいかなかったので、それが彼には不思議だったのだろうか。

ともかく、ジャラヒに対する執着心やら、最近のあれこれは、ジェインと一緒にいたからかもしれない。と、思うと少し安心する。原因がわかっただけ良い。わけのわからない感情は嫌いだ。


「意味がわかんねえ」

彼の目の前にいる弟は、彼のそのちょっとした魔法にかかっているように見えた。
怒り。
爆発しそうなそれを、拳でぐっとおさえている。

「お前のその、わからないフリをするのは、昔からの悪癖だな」
「うるせえ」

ダリアが知っているジャラヒは。
もっと、冷静で、狡猾で、隙のない男だった。こんな簡単な挑発に乗るような男ではない。
なのに、目の前の到底冷静でないジャラヒにも、ダリアは違和感を覚えることはなくて。
ダリアが感じるのは、彼に対する殺意ではなく。どこかから、そこはかとなく、焦りのような何か。

(――何かしら…この…)

「例え――」

小さく声を絞り出して、ジャラヒはそれでも折れなかった。

「たとえ、あいつを生み出したのがおれだったとして…」
「わかってるようで何よりだ。
 小さいころから読み聞かされた物語の主人公を、母親譲りの妄想力で生み出した。それがお前の魔法だ。ただし、完全に生み出すことなんて出来ない。お前に出来るのは、自分をそうと騙すこと。それと、周囲を少しだけ騙すことだけ」
「黙れって!」

青い閃光がもう一度飛ぶ。確実にジェインをまっすぐに狙ったそれは、届くことはなかった。
面倒くさそうにジェインがそれを払う。
閃光は消えて、それで終わり。

「そういえば、それもだな。小さな火薬の爆発や、水素爆発を、魔術のように見せて脅かすんだったか?ブリアティルトではこれくらい使えても、向こうの世界じゃただの奇術だな」

道具を使った疑似的な魔法のような目くらましは、ギャングであるジャラヒの得意技。
男の言うように、ただの奇術だ。そんなものが魔法だと言うのなら、失笑するくらい、誰でも出来る化学変化。ジャラヒはそれを上手く見せるのが得意だった。

「そうと自分で思い込み、周りをそうだと見せる魔法。お前が昔から絵が好きだったのも、その表れだろう。
 ともあれ、あの娘を生み出したのはお前だ。
 ――あの日、組織を襲われたお前は、無意識のうちに『彼女』に助けを求めた」

組織の残情を見て、衝撃を受け、無意識に助けを求めたジャラヒは、その<魔法>を使うために、火を放った。
火を放ったのは、彼女を本から解き放つための<魔法>の儀式のため。
解き放たれた彼女は、ジャラヒと再会し、彼をブリアティルトへと誘った。

「…全部、おれの妄想だと言うのかよ」
「その妄想のお陰で、彼女が生まれ、それにより黄金の門が開いたのだから、誇ってもいい。父からの伝言だ」
「…っ!」
「あちらの世界ではただの奇術、妄想だが、ブリアティルトでは違うだろう?
 『あの娘』もここでなら生きられた。お前の奇術も魔術になった」

お伽話の娘は、ブリアティルトでは具現化に成功していた。
もう妄想なんかではない。
ジャラヒ以外の者ともしゃべることができ、笑うことができ、生きることが出来た。

「さて。ダリアをブリアティルトにやったのは、だ。
 お前を守るためと、本当にブリアティルトに行けるのか、試すためだ」

ジェインはちらりとダリアを見る。

「それからもう一度ここにダリアをつれてきたのは――」
「貴方も来てみたかったんでしょう。ブリアティルトに」

ふう、と息をついて。
長い髪を掻き上げながら、ダリアはジェインを遮った。

「もういいわよ。一生分喋ったんじゃないの。聞いてたほうが疲れるわ。
 貴方がブリアティルトに来たのは、気になったから。
 私を連れてきたのはただの気まぐれ。それでいいわよもう」

いつも通り、ジェインがダリアを仕事の依頼に巻き込むのと同じ理由で、もういい。
何故こんな依頼を受けたのかとか、こんな依頼になんで巻き込むのかとか、ジェインに文句を言ったこともある。
その度に、彼は、なんとなく。としか答えなかった。
その、なんとなくの理由をいつも知りたかったが、こうやってそれを聞いて気づいたのは、知ったところで何もないということだ。

「正解だとか、答えだとか、私はどうでもいいのよ。
 どうしたいのジェイン。こうやって、弟と仲良く話がしたかったわけでは、ないんでしょう?」

もしそれが本命なのだとしたら、少し笑える。
そう思いながら、ダリアは薄く笑う。

「私は受けた依頼、まだ達成してないのよ」

ジャラヒを処分するか、生かすのか。
ジェインから受けたその依頼。

その依頼がどうして、どういった理由でなされたものなのか、ジェインはまだ語っていない。
でももう、これ以上あの男を喋らせるのは億劫で、聞いたところで、聞かなくてもよかったと思うに決まっている。

「ジャラヒの処分。どうする?やっぱり決めるのは、私?」

ダリアはコートの中の銃を、そっと取り出した。
緩慢な…とまではいかないが、決してすばやい動きではない。
ただ、普通に取り出す。それから手に持って、構えた。

銃口を、合わせる。
けれども、その先のジャラヒは、避けようとはせず、静かにダリアの方を向いただけだ。

「…ダリア。お前が決めろ」
「了解」

小さく頷いて標的を見る。
ダリアが立っているテーブルと、ジャラヒが立っている居間の入り口は、距離にして5歩分。
外しっこない距離。たとえもっともっと離れていたとしても、ダリアが外すことはありえない。

「どうしようかしらね。別に、私はジャラヒに恨みはないし…嫌いでもないわよ。面白いもの」

そう言うと、ジャラヒは少し身動ぎした。

「そうね、ジャラヒに決めさせてもいいかしら。
 このまま死にたいなら撃ってもいいし、もし生きたいなら、命乞いしてもいいわよ」
「…っ!」

その台詞は聞き逃せなかったのか、ようやくジャラヒは反応を見せ、身体を構えさせる。

「…なんっなんだよ。一体…!」
「はあ。相変わらず腑抜けた顔よね。そんなのだから見捨てられるのよ」
「はあ!?」
「悪いけど、私はあんたの腑抜けた顔しか見たことないわ。
 ジェインはあんたの復讐の相手でしょう?せっかく現れたというのに、そんな間抜面ばかりして」
「どこが間抜け面だ!勝手言いやがって!おれだってな!リオは消えるし妄想だとか言われるし、セリは見捨てて来ちまったし知りたくない父親と母親の秘密聞かされるし兄貴は母親の名前名乗る変態だし凶暴女は銃突きつけてくるし!」
「喧嘩売ってるわけ?」
「ああ、売りてえよ!あーもう!何が妄想だ!いみわかんねーよ!妄想で何が悪い!リオはいたんだ!いる!思いだせよダリア!お前も!!」
「…それがあんた言いたいこと?最後の言葉と思っていいかしら」

そう、目を細めるダリアに。
ジャラヒはそれが審判だと気がついた。
銃を構えるダリアと、その向こうのジェイン。
いや、ジェラルドだ。
6つ年上のジャラヒの兄。
ジャラヒは、記憶にある兄から、殺意を向けられたことしかない。
まず、子供の頃に死ねと言われた。
あれは、母が死んで、ドロシーが屋敷を去ってしばらくの時だ。
本を読もうと誘ったら、お前を殺してやりたいと、そう言われた。
それ以来、ずっと会話はない。
何故そんなに憎まれていたのか、ずっとわからなかった。
成長してからは、忘れてしまって、気にしたこともない。
「赤き涙雨」の仲間が殺された時も、すぐに兄の仕業だと思った。父が兄に指示したのか、兄の独断なのか、それとも兄は関係なくて、父が誰かに命じてやらせたことなのか。
どちらでもいい。ただ、事実、父も兄もそれが出来る。やる理由もある。否定もしないのだから、そうなのだきっと。
ジャラヒは殺意しか向けられていないのだから、そうとしか思えない。
きっと、ジェラルドは、あの時からずっと、ジャラヒを消したくてしかたがないのだ。

「まあいいわ。もう一度聞くわね。貴方はどうしたいの?ジャラヒ・ワートン」

ダリアはそう言って、銃口をずっとジャラヒに向けたままだ。
ダリアの気に入る答えを言えば、殺されずにすむのだろうか。
やるならさっさとやればいいのだ。
兄も兄だ。ダリアなんか使わずにさっさと自分でやればいいのだ。
兄ならそれも簡単にできるはずなのに。どうしてこんなまどろっこしいことをするのか。
どうしてそんな。



(――ああ)

『お前は、どうしたい』

(どうしたい、か。そういえば、前も聞かれたな)

リオと逢った時のことだ。逢った…いや、それ自体がジャラヒの妄想なのだとしたら、逢ってもいないのかもしれない。
組織を潰されて逃げたある汚い街で。とにかく、逃げて、追いつかれて。
その追手は、追いつめたジャラヒに向かって、兄から聞けと頼まれたという質問を口にした。
『お前は、どうしたい?』
結局、それに答えた所で、「聞いたら後は好きにしていいと言われた」と言ったその追っ手は、ジャラヒをボコボコにしたのだが。

(どうしたいって、そんな)

あの時は、ここから逃げたいに決まってると答えた。

今だって同じだ。ここから逃げて――

(いや、違うな)

逃げても、別に何もない。
何も得るものはないし、何にもならない。
もうセリラートはいないし、助けもない。
逃げて、生き延びて、だからといって、何をするんだ?わからない。

(どうしたい、か)

(そうだな。そういえば――それを言って叶うなら、これって『願い事』になるのか?)

願い事、というのは、黄金の国を目指す少女の物語のキーワード。
少女が出逢う様々な人は、みんな願い事を持っていて、少女はみんなの願い事をひとつひとつ叶えていくのだ。自分の願い事は、あと回しにして。

繰り返し繰り返し読んだ話の中で、ジャラヒはやきもきしたものだった。
人の願い事なんて、聞かなければいいのに。
自分の願い事を、優先すればいいのに。
だからジャラヒは、少女の願い事が叶うまで、絶対に自分の願い事は、知られちゃだめだと思ったのだ。




『ジャラヒの願い事は、駄目だよ』

『最後に、いっしょにかなえるんだから』



(そうだよな。おれの願い事は、最後だ)


だから、ジャラヒはダメだと、あの時リオは言ったのだ。
まだ、リオが近くにいて、ダリアもいて、ドロシーもソウヤもいた頃。
ロイばかりを頼るリオを見て、ジャラヒはやきもきしていた。はっきり言ってくだらない嫉妬だ。
リオは、ロイをヒーローだと言って。
『願い事』を叶えるから、助けてくれとロイに頼んだ。
ロイは、苦笑して、ジャラヒに頼んだらいいのにと言ったのだけど、リオはジャラヒはダメだと答えた。ジャラヒの願い事は、駄目だと。
それを盗み聞きして、リオに拒否されていると、避けられていると思ったジャラヒは、今思うと、間抜けだと自分で思う。

(約束したもんな。忘れててごめん)

小さい頃、まだ本の中にいたリオと、それを読んでたジャラヒとの約束。
大事な大事な約束。絶対に破れない約束だ。


唐突に笑えてきた。
これが、妄想なのだろうか。
そうかもしれない。幼い頃、妄想で作り出した友達。
だけど、どんな形だって、友達は友達だ。リオはあの幼い頃、大好きな友達だった。
そして今は―――



あの子がたとえ妄想でも、ちゃんと生きていたと、ジャラヒは知っている。
そうだ。
妄想を、具現化するなんて、大層なことじゃないか。



「――何笑ってんのよ」
「いや」

銃口を突き付けられていることなんて、どうでもよくなってきた。

だって、そんなこと、どうとでもなる。

(もしそんな力を、おれが持っていて、リオがこの世界で生きたのだとしたら)

それが、ジャラヒの妄想の力なんだとしたら。

あんな子を。リオを。
生み出したのが、もし自分だというのなら。
優しくて明るくて素直で、あほでバカで間抜けで、正義のヒーローを目指しているわりにちょっとがめつくて、頭は悪いのに計算高くて、でもお人よしだから良い目にあうことは少なくて、屋根の上とか高いところが好きで、でも翼なんかあるくせに飛べなくて、毎日ヒーローごっこと言いながらゴミ拾いしてて、拾ってる間に宝物さがしのトレジャーハンターごっこになって、気がついたら夕方すぎてて、帰ってドロシーに怒られて、ダリアに笑われて、嬉しそうにしてて、明日も明後日も、ずっとずっと笑っているようなあの子を。
妄想の結果生み出したのが、本当にジャラヒだと言うのなら。

それは無敵だと言ってもいい。


(そんなすごいことができるなら、おれはなんだってできる)

(なんだって、出来るし、叶えられる)

(リオの願い事だって、おれの願い事だって、おれが――)

(いや、それは最後に、一緒に叶えるとして)

ふう、とジャラヒは息をついて。

それから、銃口を向けるダリアに笑ってやった。


(これは、願い事じゃないぞ、リオ)



「ダリア」
「何よ」

急に笑ったジャラヒに、ダリアは少し銃口を揺らした。

「お前は、リオを覚えている」
「は?」
「リオを覚えていて、絶対に忘れない。これからもずっと」
「何を…」
「お前はリオが好きだ。だから、おれを絶対に撃てない」

ダリアは、本当はリオを覚えているのだ。
そう決めた。
そう決めて、ダリアを見る。
ダリアはリオを覚えているから、ジャラヒの不甲斐なさに腹が立ったのだ。
ずっとジャラヒを追っていたのもそう。
ジャラヒがリオを救い出す手段をなかなか持ってこないから、やきもきしてたのだ。
絶対に、そうだ。

「だとしても、あんたを撃てない理由にはならないわよ!?」
「リオが悲しむぞ。あいつが悲しむとみんな悲しいから飯がマズイ」
「大丈夫よ。あの子のことだから、あなたが死んでも、すぐにけろっと忘れるわ」
「そこまであいつは薄情じゃねえよ?」

ほら、やっぱり覚えてる。
ダリアは不思議そうな顔をしていたが、ダリアが彼女を知らないわけないのだ。忘れるわけない。
だって、ダリアもずっと、あの子の友達だったんだから。

「ダリア」

ダリアの手の先の銃口は、すっかりぶれてしまっていた。
名前を呼ばれて、ダリアは我に返る。
呼んだのは、彼女の背後に佇むジェインだ。

「あんたは」

ジャラヒはもう動じなかった。
きっちりと、ジェインに向かい合って、言ってやる。
なんだって言えるのだ。
ここはブリアティルトで、ジャラヒは何でもできる。だから、兄なんて怖くない。

「弟の願い事が、知りたかっただけだろう?」
「やめろ」
「昔、弟に読んでやった絵本。女の子の願い事が叶ったら自分も願い事を言うっつー可愛いことを言う弟の願い事、結局聞けなかったから、知りたかったんだ」
「何を…」
「だからこんなところまで追いかけてきた。
 母さんの故郷も見えるし、好きな子連れてデートのつもり。素敵な旅行だよな。兄さん」

ジャラヒは、そうであると決めた。
兄は、ジャラヒを処分しに来たわけではない。
そんなのただのジョークってやつだ。

「お前は…」
「なんだよ。おれには妄想を具現化する力があるんだろ?
 だったらこれがおれの事実だ。しらねーよもう。そう決めたんだから」
「くだらん」

ジャラヒの言葉を、ジェインはバカにしたように鼻で笑う。
だけどジャラヒには、もう何が真実でもどうでもよかった。
妄想なら妄想でかまわない。

「弟が元気でやっているのを見た兄は、満足して帰るんだ」

こんな妄想、都合が良すぎだとしても。もう決めたのだ。


と。
びゅうと。そのとき突然風が吹いた。
 

窓も開いていない、閉じられた居間の中で、ふわりと空気が動く。
その風はダリアの髪を優しく撫でて、部屋中を舞った。
ぐるぐる、ぐるぐると。

「お迎えだ、兄さん」
「くだらん。もういいだろう。妄想ももう終わりだ。早く…」
「なに?もしかしてこんな妄想野郎を連れ戻しに来たわけ?
 そんな浅い理由じゃないよな?
 得体のしれないワートン財閥次期総帥様は、もっと深い考えがあるんだろ?よくわかんねーけど」

ジェインが眉を歪める。
あんなに恐ろしい顔だったのに、今のジャラヒにはそれすらも面白く見えた。
くるくると部屋を回る風も、なんだかとても楽しそうだ。

「兄さんは、物語は終わったって言ったけど」

くるくるぐるぐる、きゃっきゃと楽しそうに風は渦を巻く。

「ぜんっぜん、終わってねえから!」

そう言って、ジャラヒは上を見上げた。
笑っているその風に、合図を送って。

「いいぞ、リオ。兄さんは改心した!ラストの見せ場だ!」

右手を上げて、力を込める。
放電した青い光が、大きく広がって。

「正義の鉄拳、食らわせてやれ!」

閃光を、放つ。
青い光は、風を巻き、渦を巻き、ジェインを貫こうと、一直線に伸びる。
それを避けようとしたジェインは、一歩下がり、身体を捻らる。
そして、その先に――馴染みの少女の、微かに笑った顔と、自分に向けられた銃口を見た。

銃口と、少女と。

少女のその黒髪と、自分を射ぬくまっすぐな目と、微笑んだ唇と。
ゆっくりと順に見て、動きを止めたジェインは。

青い閃光にまっすぐに貫かれて。

「―――さようなら、ジェイン」

その姿を消した。










―――――

ジェラルド・ワートン。またの名をジェインは、元の世界に帰った。

「はー、死ぬかと思った」
「死んだらよかったんじゃない?」
「お前が言うとシャレにならんからその銃しまえ」

崩れ落ちる様に、ジャラヒはテーブルにへたりこむ。
右側真ん中の席。
ジャラヒの定位置だったそこに、当然のように座って、テーブルに頬をうずめた。

「私、まだあんたを殺さないって、決めたわけじゃないのよ?」
「はいはい。黙って消えてすみませんでした。もう消えません」
「それは別にどうでもいいんだけど……まあいいわ」

部屋の中は静かだ。
窓からそそぐ日差しは穏やかで、二人がもう少し黙っていたら、鳥のさえずりが聞こえてくるのではないかというくらい、静か。
風もなく、音もなく、ジャラヒは少し、口を閉じた。
この家の匂いと、テーブルの感触。それから、机の上のダリアの花をしばし見る。
十分に味わって、ジャラヒはようやく口を開いた。

「ダリアはよかったのか?帰らなくて」
「いいわ。やることがあるもの」
「やること?」
「最後の戦よ。英雄戦。呼ばれたの」
「英雄戦て。…おまえ、すっかりここの傭兵だな」

ジャラヒの知っていたダリアは、もっとストイックで、国のことなんて、この世界のことなんて、どうでもいいと思っているようだったのに。
と、意外に思って顔をあげると、何やら面白そうに、ダリアはこちらを見下ろしていて。

「応援されてるもの。当然でしょ?あんたより人望あるのよ私」
「人望…。お前の口から聞くとは思わなかった言葉ベスト3に入るわ」

人望。とてつもなく胡散臭い言葉だ。
ジャラヒがいない間に、ダリアも色々あったのだろう。
わかっていても不思議で、思わずダリアをじっと見る。

「なによ」
「兄貴はいいのか?」
「あいつのことだから、またふらっと現れるわよ。ゴキブリ並の神出鬼没さなんだから。驚かないわよ私」
「ゴキブリて」

ジャラヒがあんなに恐れていた兄を害虫呼ばわりする彼女の方が恐ろしいかもしれない。

「それに」

だけど、ダリアは笑っていた。
不自然じゃない笑い方で、ジャラヒの頭を小突いて、それから。

「あの男より、あんたより、もっと興味持てることが私にはあるのよ。
 私は私。だから、あんたもジェインも、好きにしたらいいわ」

そう言って、背中を向けたダリアは、下手な鼻歌のようなものを口ずさみながら、台所の方に姿を消した。

「…好きに、ねえ」







「ただいま帰りましたー!!ぼぼぼぼ、ぼっちゃんが!ぼっちゃんが帰ってきているときいて!!!!!」

扉の開く音と同時に地鳴り。
何だと思う前に、後ろから強く衝撃を感じて、ジャラヒはテーブルに強く鼻をぶつけた。
痛い。
涙がにじむ。

「ぼぼぼぼ、ぼっちゃんん~!!!!心配してたんですよ!!まったくもう!!!どこに行ってたんですかあああああ!」
「ま、待て待て待て待て」

すぐさま肩を掴まれ、がくがくと揺すられ、魂すら天高く飛んで行きそうになり、慌ててその手を振りほどく。

「死ぬ、死ぬからおれ。はあ。悪い。心配かけて」
「ぼっちゃーん!!!」
「だから掴むな!悪かったって」

ジャラヒを振りまわしているのは、赤雫☆激団メイド、ドロシー。
三つ編みのこの若い女性は、ジャラヒが物心つく前からの乳母で、物心ついた少し後くらいに去って行って、この世界に来て再会した女性だ。
彼女は鼻水たらした泣き顔をジャラヒに見せながら、よかった、よかったと繰り返している。
ジャラヒは、ここを去る前に彼女を傷つけてしまった。
そしてまた、こうして泣かせてしまっている。そのことに罪悪感を覚えながら、ゆっくりと、言葉を続ける。

「えっと、ごめん。それから、ただいま、ドロシー」
「ぼっちゃんーー!いえいえ、いいんです!無事でさえいれば!あ、いえ、ぼっちゃんは、禁止でしたね」
「あー、もうそれはいいよ。好きに呼べば」
「ぼっちゃん…」




ともかく。
これで一件落着だ。
セリラートは元の世界に帰った。
ジェインも、消えた。
ドロシーも笑顔になったし、ダリアももうジャラヒを追わない。
ロイも、ジャラヒも、みんな――

「リオ」

先にその名を出したのは、ロイだった。

「どうなったんだ?」
「…ああ。リオは―――」


―――


長い説明を終えて。
口を挟まず聞いていたロイは、深くため息をついた。

「リオがお前の妄想、ねえ」
「…お前だって、知ってたんだろ。リオが普通じゃないって」

普通じゃないのは知っていた。
彼女が、ジャラヒによって消されてしまうことも。

「おれが知ってたのは、リオが絵本の主人公だってだけ。お前のとこの世界に行ったときに、その絵本を読んだ。一部だけどな。お前とこのままいたら、彼女はやがて、目的を達成して、エンディングを迎えて、消えてしまう。それは、予想してたよ」

彼女は、物語の人間。
話を最後まで辿ってしまったら終わりだ。

「ああ。それが妄想とどう違うんだよ」
「おれは、お前の妄想と契約してここに来たと思いたくない」
「そんな理由か!」

一番大きいのはそんな理由だ。
魔神アスタロトが、可愛い女の子に召喚されて付き従ってるというならまだしも、ヘタレ金髪ヤンキーの妄想に召喚されて振りまわされているというのはあまりにも聞こえが悪い。
それはともかく。

「…確証は持てないことは言いたくないんだが…気になることがいくつかある」
「なんだよ」
「一つは、お前の後生大事に抱えてるそのペンダント。リオの羽だろ。それが消えてないこと」

シルバーの鎖に止めてあるその首飾りの先には、茶色の羽がついている。
ただのファッションアイテムのように見せかけているが、その色合いはロイにも見覚えがあった。

「…ここでは実体化するって」
「ここではな。元の世界に戻った時はどうだった?」
「…覚えてねえよ。それどころじゃ…」
「そうか」

リオが消えたのだ。羽だけ消えないというのはおかしい。と思うが、妄想の具現化だからと言われてしまえば、反論はできない。
ブリアティルトでしか実体化できないなら、元の世界ではとも思ったが、それを思い出せというのも酷だろう。
ロイは頷いて、言葉を続ける。

「もうひとつ。おれは、前に幼い頃のリオを助けている」

8の巡りの時だ。
ロイは、そのときも、リオが消える未来を見て、彼女を助けるために策を打った。

「ああ、そんときに助けられて、リオはお前のことをヒーロー扱いだもんな」
「お前は、リオの子ども時代を妄想するか?」
「…変な言い方するなよ」
「あの時おれが助けたのは、黄金の門で迷い込んだ、幼いリオだ。助けて、それで彼女は帰って行った」

13歳のリオではなく、5,6歳くらいの幼いリオ。
傷だらけで、何かから逃げてこの世界まで来たリオは、泣きながらロイを見上げていた。
小さな体で、傷だらけで、ぼろぼろで、…あれはとても妄想から生まれたものとは思えない。
ジャラヒがそんな彼女を妄想で生み出したとは思えないし、それにそのとき、ジャラヒは別の場所で、リオと共にいた。

「…っじゃあなんだって言うんだよ」
「…これ以上はまだ何も確証が持てない。そんなことより、だ」

ロイは、ぱんと手を打った。

「リオを呼ぼう」
「は?」
「お前も待ってたんだろ?」

唐突に言われて、ジャラヒも戸惑うしかない。
リオが、ジャラヒの妄想だとするのなら――
ジャラヒはもう、リオと逢うことは出来ない。
逢いたいけれど、今はもう、それは難しかった。

リオのことを思い出すことはできる。
共に歩くことも、遊ぶことも、きっと出来る。
だけど、それが妄想であるということを、どこかで囁く声がする。
そうなってしまうと、駄目だ。
もう、知ってしまったから、駄目だ。まだ逢えない。
ジャラヒが、時を重ねて、狂ってしまうくらいに彼女を思って。ずっと思い続けて。
そうしないと、ジャラヒはリオには逢うことはできない。
――いつかは、逢うことはできる。
そのことはジャラヒは確信していた。
だけど、そのときは、それはもうジャラヒではなくて、妄想で狂った男の姿だ。
そうしてようやく、ジャラヒはリオと物語を再会することが出来るだろう。
でも、今は無理だ。
その時が来るまで、ジャラヒはずっと生きなければならない。

「ジャラヒ。逢いたいんだろ?」

魔神は、そう囁いた。

「おれは、逢わせることが出来るぞ」

胸を張って、揺らぐことなくロイは言う。

「魔神だからな。それくらいの願い、叶えてやるよ」
「…うさんくせえな」

まるで、悪い魔神に惑わされる愚かな男みたいだ。
そう思って、ジャラヒはふっと笑った。

どうせ彼女を狂うまで思って生きなければいけないなら、魔神に魂を奪われるのも同じことだ。

「えーっと、お代は魂だっけ?」
「お前の汚い命なんてごめんだな」

呆れたようにロイは言って、少し考えた。

「リオには焼き鳥で手を打ったんだけど…そうだな、お前には、おれの立派な肖像画描いてもらうってのでもいいかな。魔界のおれの部屋にどーんと飾れるようなやつ」
「おまえ、自分の部屋に自分の肖像画飾んの?いや、いいけど。ひくわ」

それからロイは、リオを呼んだ。
必要なのは、ジェインが残したあの絵本と、ジャラヒが取っていたリオの羽。
それから、ロイの魔神の――魔神であるアスタロトの、真の力を解放して、その魔力で目印をつけて、彼女を呼ぶ。

リオが帰ってきたときには、時はもう1000年。
やがてブリアティルトは、11度目の周期を迎えようとしていた。



――
10期ストーリー完
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