第10期SSその6

999年ももう終わる。
1000年まではあっという間だ。
英雄戦が終わって、凱旋があって、1000年を迎えて。
気がついたらすぐに元通りで、ブリアティルトは11度目の周期を迎えるのだろう。

「飽きたってわけじゃ、ないんだけど」

ベッドに寝転がりながら、ソウヤは独りごちた。

やる気が無い。
と言ってしまえば簡単だった。
何をやればいいのかは、なんとなくわかっている。
やるための、駒も出揃っている。
お膳立てはしっかり整っていた。

「なんかもう、わかんなくなっちゃったんだよね」

誰に向かって、というわけではない。
強いて言うなら自分に、だろうか。自分で自分に言い訳、というのが一番近い気がする。
言い訳したところで自分で納得ができるかどうかは別だ。
だけどソウヤは意味のない言い訳を続けざるを得なかった。
なにせ、ソウヤは、この巡りでしなければいけないことを、全て放棄してここまで来たのだから。

「だってさー、ダリアがジャラヒのことどうでも良くなっちゃうなんて、予想外じゃん」

あんなにジャラヒを追うと言っていたダリアは、もう時折気にするくらいで、今はもう、ジャラヒのことを口にすることすらあまりない。
中盤の戦で何かに感化されたのか、今は傭兵の仕事を、文句も言わずにこなしている。おそらく最後の戦に、彼女は呼ばれることになるだろう。
あんなにジャラヒを憎んでいたというのに、何かで吹っ切れたのか、もうその片鱗は見えない。
ソウヤは何もしなかったのに。いや、ソウヤが何もしなかったからだろうか。

本当だったら、ジャラヒとダリアを、もっと早く逢わせるつもりだったのだ。
逢って、話をさせて、誤解を解かせる。
そうしたらもっと自体は簡単だっただろう。
二人で協力して、ジャラヒの目的に向かえばさっさとハッピーエンドだ。いや、ハッピーエンドを迎えられるかわからないが、ジャラヒも楽になれただろうし、ダリアも意味の分からない憎しみに踊らされなくてもよかった。
だけどソウヤは、ジャラヒとダリアを結託させるという仕事を放棄した。
その結果、こんな最後になってまで、二人は顔を合わせていない。おかげでダリアは長いこと、ジャラヒを憎んで意味がわからなくなっていた。まさかそこから自分で抜けだすなんて。本当にびっくりした。
女の子はすごいなあ、とつくづく思う。


なぜソウヤが仕事を放棄したかというと。

原因は、まあ、ひとつしかない。
予想外のことを、彼が――ジャラヒがしたからである。

(なんで、ドロシーまで傷つけてんのさ、あの男)

ジャラヒ・ワートン。
おとぎ話の娘が好き好きで大好きで、いろいろとこじらせている男だ。
初めて彼女への愛を聞いた時は、熱烈というかこじらせすぎててどうしたものかと思った。
男前なのにもったいない。残念だなあという印象を持って彼を見ていたのだが。
リオが消えて、案の定、気が狂うかのごとく、彼女を追い求めて失踪したジャラヒは、どさくさ紛れで何をしたのか、ドロシーを傷つけて消えていた。
半ば廃人のように、何も言わなくなったドロシーを看病することになったのは、することないから引き受けるよと手を挙げたソウヤだ。
予想外だった。
ソウヤが予期していたのは、このままだと、ジャラヒがあのおとぎ話の少女を消してしまって、慌てふためいて大変なことになるだろうなあ。というくらいだったので、残されたドロシーが、ジャラヒに何かをされたのだと知った時は耳を疑った。あの男は、ただの可哀想な青年どころか、立派な加害者だ。
ドロシーは、ジャラヒは悪く無いと庇うだけで、なにも言おうとしない。
一体何をしたのかわからないということも、苛立ちを誘う。
毎日ドロシーの面倒を見ながら、もうなんだか、あっという間に時が過ぎて…
もう、ダリアとジャラヒの間を取り持つ気もなくなっていた。

だけど、ダリアは、勝手に立ち直って、独自の道を進んでいる。
それと、もう一つ予想もしていなかったのが…

「ロイとジャラヒも、か。なんであいつら仲良くなってんだよ」

仲良く、とまでは言いすぎだが、お互い生きて会話して協力しているというだけで、この二人の間では奇跡だ。
絶対に、ロイがジャラヒをぶちのめすと思っていた。
もしくは泥沼になって延々と繰り返すのかと。
ロイはあの性格だ。飄々とした仕草を崩すことなんてありえない。
となると、ジャラヒも、ロイに頭を下げるなんてありえっこなかった。元から嫌い合っているというのもあるが、リオのこととなると、ジャラヒは余計に頑なになる。
到底、ロイに歩み寄るなんて、あの男が出来るはずがない。
リオの憧れのヒーローがロイだったというだけで、口には出さずともジャラヒはロイが憎くてたまらなかったはずだ。口には出さないことで、彼の中で負の感情が、どんどんどんどん膨らんでいっているのは、見ているだけでよくわかった。
ロイもロイで、そんな弱い男を気遣うことはしない。

(あんなに相性悪すぎる二人なのにな)

結局、ロイは譲り、ジャラヒは礼を言った。
おかげで、ロイの力で元の世界に戻るなんて、反則技みたいな方法で、ジャラヒは手がかりを掴みに行っている。
ロイの力は反則技だ。
異世界に飛ぶ、願い事を叶える、強くなって冒険する。リオがお伽噺の住人になってまで夢にしていたそれを、生身で全てやってのけるスーパーヒーロー。
だからロイは、リオにとって憧れで、正義の味方で、かがやく星の人、なのだ。
おそらく、ロイが本気を出して、自ら全ておわらせようとしたら、こんなこと全て暴かれて、あっというまに終わるのだ。反則技だ。
だけど、ロイ自身もそれを知っているので、彼は本気なんて出さないだろうと思っていた。
ロイは自分が強くなるのには貪欲な男だが、その分、周囲になるべく深入りしないように、線を引きながら接している。ジャラヒは彼のそういう所が嫌いなようだったが、事情を知っているソウヤから見ると、そりゃそうするだろうと思う。だって、一々深入りして、本気になっていたら、全てが破綻してしまう。そういう反則技を持っているのだから。

(でも、もうあいつ、やる気満々って感じだったなー)

遠慮無く扉をこじ開けて、聞きたいことを聞くだけ去っていった。先ほどのことだ。


結局のところ、ソウヤが何もしなくても、事態は進んでいた。
ダリアとジャラヒが手を組んで、悪を倒してハッピーエンドという筋書きは消えてしまったが、ジャラヒはロイなんていう反則技で道を開いているし、ダリアも自ら吹っ切っている。
このまま行くと――

(どうなるんだろ)

ジャラヒは、ダリアからの情報なしに、きちんとあの子の秘密を見つけられるのだろうか。
ダリアは、ジャラヒと協力なしに、ジェインと向かい合うことができるのだろうか。

(おれは、どうあればいいと思っているんだろうか)

(リオちゃんが、戻ってくればいいと思っている)

(あの子はおれ達の希望だから)

複雑な思いはあるが、その気持ちは変わらない。

「…じゃあ、さっさと終わらせるか」

やる気が出てきたわけではない。
別にもう、どうなったっていいかなという気持ちもまだある。
だけど、それではダメだと、自分で自分を叱る声もどこかにあって。
その声があまりにもうるさいので、ソウヤは立ち上がることにした。

「ダリアには悪いけど」

自分で自分の道を見つけて歩き出した彼女には、少しだけもうしわけなく思う。
彼女にとっては、このままのほうが幸せなのかもしれない。
わからない。
だけど、ジャラヒにはロイが一手打ったのだ。
だとすると、終わらせるためのソウヤの一手は、こちらに打つしかない。
彼女のとなりにいる『あの男』が何を考えているのか掴めない以上、放置するよりも、こちらから打って出た方が懸命だ。これ以上の不確定要素は増やしたくない。

ベッドから這い上がって、部屋を出る。
煤けた汚い居間に、これはドロシーが留守でよかったと心から思いながら、ソウヤは赤雫☆激団、本拠地に向かった。









「あら、ソウヤ。珍しいわね」

出迎えたダリアは、薄く微笑みを浮かべてすらいた。
紅茶をいれて、和菓子を添えて。
客間にソウヤを招き入れる姿は、本拠地のホストとして非の打ち所もない。
前の巡りで、ジャラヒやドロシーと共にいたときは、外にいるか、部屋にいるかのほとんど二択で、客間にいることなんてなかったというのに。
話には聞いていたものの、目の前にすると強烈だ。
ダリアが普通の女の子に見え…なくもない。
部屋の中だというのに、コートの中に銃をたくさん忍ばせているのが見えるので、普通の女の子と言い切ることはできなかったが。

「や、ちょっと、ジャラヒを見たって情報があって。それを伝えに」
「へえ…」

ジャラヒの名前を出しても、もう飛び出そうとはしない。
ただ、まだ思うことはあるようで、その目を薄く光らせて、口元をゆるりと曲げるその顔は、怖い以外の何ものでもなかったが。

「もしかして、もうジャラヒのことはよかった?」

そうカマをかけてみる。
するとダリアは、にこりと笑って。

「そう見える?」
「見えません。ごめんなさい。すみませんでした」

ダリアの笑顔がこんなに怖いとは思ってもみなかった。
少し柔らかい態度にはなったが、彼女は暗殺者だ。一度狙った獲物は逃さない。必ず依頼を全うするが信条。プライドを持っているのだ。ジャラヒを諦めたのか?と聞かれて、そうなの!なんて答えるはずがなかった。

「ちょっとね。気になっていることがあるの。あいつのことで」

怯えたソウヤに、ダリアは身を少し引いて、危害は与えないことを手を振って示した。

「あいつ?」
「凶悪兄弟のことよ。ジャラヒとね、ジェイン。…兄弟なの、知らなかった?」
「いや、知ってたけど…」

どうやら、ダリアなりに色々と考えているらしい。
ジェインからの依頼でジャラヒの殺害を企てていたダリアは、もっと盲目的なのだろうと思っていた。
ジャラヒを追っていた時の彼女がそうだったから。
リオの記憶がないので、ある程度は仕方がない。
ジャラヒ・ワートンは犯罪者だ。彼を危険視するのは仕方ないのだが、それでも、彼女はそれ以上にジャラヒに拘っていた。
拘らせていたのは、そう仕向けたのは、

(ジェイン・ワートン)

得体のしれない、ジャラヒの兄。
ダリアの幼馴染。暗殺者。
ドロシーも、彼のことは知っているという。
あまり詳しくは聞けなかったが、気高く優しい方だと、そうドロシーは言っていた。
まったくそうは見えないが。
ドロシーは人を悪くいうことはないので、その辺りは話半分に聞いておく。

ソウヤから見ると、ジェインという男ほど怪しい男はいない。
ジェインは偽名。ワートン財閥の跡取りで、暗殺者で、ダリアと幼馴染。
ダリアにジャラヒを処分するかどうするか任せるなんて、曖昧な依頼をして、このブリアティルトにやってきた。
ソウヤ自身、自分は怪しく見えることを自覚しているが、ジェインという男の比ではないと、思う。
そんな怪しい男の幼馴染であるダリアは、彼のことをどう思っているのか、そちらもいまいち掴みきれない。
幼馴染というくらいだから、仲がいいかと思えば、何日も口もきかないこともあるらしい。
特に行動を共にしている様子もない。
セリラートのほうが、ダリアにしつこくしているぶん、彼女と共にいることが多いくらいだ。
部隊メンバーとして以上の関係は、少し探ったくらいでは見えなかった。
それでも。

(きっと、なにかあるんだろうな…)


そう思うのは、邪推かもしれない。
けれど、ダリアはジェインの依頼を覆そうとはしないのだ。
盲目的にジャラヒを追うのは、ジェインの依頼だからというのもあるのだろうかと、そう思っていたので、ここでダリアが、ジェインを疑うようなことを言ったのは、少し意外だった。

そして、もっと意外なのは

「私がね、ジャラヒを追っていたのは」

ダリアが、自分の考えを、ソウヤに話そうとしていることだ。
思わず息を飲んだ。

「えっと、ダリア、いいの?」
「ん?」
「おれに話しても」

ドロシーに話すならわかる。彼女はなんでも聞いてくれるから。ダリアは、一味の中で、ドロシーを一番信頼している。長い間、同じ部隊で戦っていたからなのもあるだろう。
ロイに話すのも、わからないでもない。ダリアはロイを苦手と言うが、ロイと対等に並べるのは、おそらく一味の中ではダリアくらいだ。ジャラヒはロイとお互いぶつかり合いすぎる。淡々と仕事をこなす者同士、ダリアとロイのコンビネーションは悪くなかった。きっとダリアの考えも、ロイに話すことによって、何か得るものがあるだろう。
それなのに、部隊の誰でもなく、ドロシーでもロイでもなく、ソウヤに話そうとするなんて。

「何言ってんのよ。あんたしかいないじゃない」

それは、今この場に、という意味だったのかもしれない。
だけどダリアは、誰でもいいから、その場にいるから話すような、そんな人間ではない。
少し柔らかくなってきているとはいえ、まだぶっきらぼうで、初対面の人間と朗らかに話ができるわけでもなく、慣れてきても、自分の考えなんて、伝えようとするような、そんなことが出来る人ではなかった。
だから、その『あんたしかいない』は、『あんたでいい』の肯定に他ならなくて。
ソウヤは、何も言えずに、こくりと頷いた。

「そう、ジャラヒを追っていたのはね、ひとつは、何も言わずに消えたジャラヒに腹がたったから。銃殺確定、って思って。まあ、勢いってやつね」

勢いでやられる方は溜まったものではないが、ダリアの中では問題ないらしい。

「でも、まあ、一応仲間だったわけじゃない?そんな勢いで、いつまでも、殺す!とか思えるはずないのよ、ほんとは」

冷静に、自分を分析しながら、ダリアは目を背けずに言った。

「きっと私は、ジャラヒに執着があったのよね。だから、固執したんだわ。だけど…」

ジャラヒ・ワートンとダリア。
元は、護衛対象と、護衛という関係だった。その頃の話は、ソウヤも伝聞でしか知らない。
ドロシーと、ジャラヒとダリアと。リオが部隊長を降りた後、三人で部隊を組んでいたのだという。
ソウヤが知っているのは、9の巡りの時。
一度は元の世界に戻ったダリアが、ジャラヒを処分するかどうか見極めると言って、ブリアティルトに帰っていた。
ジャラヒもダリアも、殺されるだの処分するだの言っている割に、二人はどこか通じ合っているようで、楽しそうですらあったのだ。
二人の仲は悪くない、はずだった。

「だけど、その…私があの男に固執する、原因が、根底が見えない」

原因、根底、なぜ、ジャラヒに拘っていたのか。執着していたのか。
感情は確かにそれを告げるのに、冷静に考えるとわからない、とダリアは言う。

その答えを、ソウヤは知っていた。
リオディーラの存在だ。
ダリアの中では、もうリオの存在はない。

「何かすっぽり、抜けている気がするのよね」

リオの存在がないとなると、ジャラヒの存在も変わる。
それはもう、ソウヤに向かって「リオはおれの命」なんて真顔で熱烈なことを言える男のことだ。
リオがいないジャラヒなんて、すっぽり何かが抜けているどころではなく、まるでもう、腑抜けた掴めない霞のようなもの。
ダリアの中でジャラヒはどんな男になっているのだろう。
さぞかし悪逆非道なギャングに違いない。
ロイは、そのギャップの激しさで、リオがいない今と、リオの居る真実を見極めることが出来たと言っていたが、彼でなければそんな芸当なんて出来るはずはなく、ともすれば、ダリアのようにそのまま矛盾を抱えて苦しむしかない。

「それと、ジェインよ。実はね、ジャラヒを処分するかどうするか判断しろって意味の分からない依頼、持ってきたのはあの男なのよ」

ソウヤはそれを知っていたが、ダリアにとって、それはトップシークレットのはずだ。それをさらりと口にして。

「あの男は、怪しい!」

そう言い切った。

「い、いいの?幼馴染なんでしょ?あの人」
「あら、知ってたの?だから、あの男の怪しさは、私が一番良く知ってるわよ」

そう力強く言われれば、ソウヤも、「そう…」と頷くしか出来なかった。
どうやら、心配するまでもなく、彼女は彼女なりに、考えて、先に進もうとしているのだろう。
ソウヤが出る幕は、なかったのかもしれない。
だけど、ソウヤに話をしてくれたダリアのために。
ソウヤは、やっぱり、終わりの始まりのキーを打つことにした。
きっと彼女は自分で見つけるだろうけど、あの男の立てているだろう計画の一部として知らされるより、こうやって先に示した方がいい。
悩むかもしれないけれど、突然告げられて、混乱させられるより、よっぽどマシだ。

「ダリア。おれからはひとつだけ」

混乱させられる、というのは同じかもしれない。
だけど、彼女なら、きっと答えを見つけ出すだろう。

「ダリアはどうやってここに来たか、覚えてる?」
「?」
「君は、ちゃんと知ってるはずだ。君が、ジェインが、どうやってここに来たのか」

この世界には、黄金の門なんて便利なものがある。
だけどそれは、例外はあれど、本来、自由自在に使えるものではない。

「考えてみて。それで、全部わかるから」

話は終わりだ。お茶を飲み干して、ソウヤは立ち上がった。

「ごちそうさま。美味しかった。英雄戦、出るんでしょ?がんばって」

ダリアはしばしきょとんとしていたが、手を振るソウヤに頷いて見せたので、大丈夫だろう。

とりあえず。
これでソウヤの出来ること全てだ。
あとは、英雄戦と呼ばれる最後の戦いを待って、1000年を迎えて、新しいめぐりに入って…

(ちゃんと、みんなで、迎えられたらいいんだけどな)

ソウヤには、そう祈ることしかできないけれど。



□■□■□■



鼻につんとくる鉄の臭いと、煙たさに、ジャラヒは思わず咽返りそうになった。
咳払いして、胸をとんとんと叩く。

「っひゃー、懐かしいな…」

降り立ったのは更地だった。
以前はきちんと本拠地としての建物があった場所で、こんなすっからかんな土地を見るのは初めてだったけれども、それでも感じる懐かしさは、ブリアティルトとはまるで違う空気のせい。
普段あまり気にはしなかったが、都会とされるアティルトでも、空気は綺麗だったんだなと思う。
見上げても汚い鉛色の雲しか見えないここと、青空で明日の天気がわかるオーラムと、比べるまでもなかった。

懐かしいを連呼して、きょろきょろと周囲を見回すセリラートを放置して、ジャラヒは目を瞑った。
ここはスラムの一角。
廃ビルだったここを根城に、赤き雨はあった。
入り口はガキどもの中でも鼻の利くやつらが陣取っていて、何かあったら、その隣の部屋にいるセリラートに報告することになっていた。セリラートが入り口近くの部屋を陣取ったのは、彼いわく、奥まで行くのが面倒臭いから、とのことだったが、それだけが理由ではないことは、仲間全員が知っていた。
何が攻めて来ても、その部屋の奥に怪しい物が足を踏み入れたことがないのが答えだ。
赤き雨の特攻隊長にして守り神なんて、相反する二つ名で子どもたちに憧れられていたセリラート。
この部屋が破られたのは、最後のあの一度だけ。
あの日、セリラートがジャラヒを呼びに行かなければ――。
そんな悔いを彼は決して口にしない。
言ったところで何も変わらないと知っているからだ。
――あの日。仲間たちは、何かを悟ったようで、セリラートに、すぐにジャラヒを呼んできて欲しいと言った。
ジャラヒが居るのは、ワートン財閥のあの高いビル。街を象徴するビルの中。街中で一番セキュリティが高いあそこに、ジャラヒを呼びに行けるやつなんて、セリラート以外にはいない。
絶対に大丈夫だから。すぐにあの人を連れてこれるのはセリラートしかいないから。信頼してここを任せて、すぐにジャラヒを呼んできて欲しい。
そう言われて、セリラートはここを後にして…ジャラヒを連れて戻ってきた時、もう誰も生きてはいなかった。
後悔がないわけないのに、セリラートは何も言わないから、ジャラヒだって何も言えなくなる。

更地になってしまったそこを一歩歩く。それからもう一歩。
もう少し進んで、ここがセリラートの部屋だった所。
それからもう少し奥に行って、右に曲がって、ここが…

「セリ。お前の言う、おれが何か探してたって場所。…お前がブリアティルトに飛ばされた時の場所、ここでいいか」

ここは、いわゆる談話室。
本棚のある部屋。ここでジャラヒは、よく子どもたちに絵本を読み聞かせていた。

「ん。ああ…」

今はもう何もない。更地だ。

別に、ちゃんとした手がかりが残っているとは思わなかった。
感慨はある。だけど、それに見合うだけのものなんて、ここにはない。ただのスラムの一角の更地。
だけど、どうしてもここに来たかった。
もう一度目を閉じて、静かに手を合わせる。
それに習って、セリラートも息を鎮めたのがわかった。
手を合わせて祈る。
後悔は口にできない。だけど…

(不甲斐ないボスで、本当に、ごめん)

ジェームズに、エイミー、ベネッタ。トルノにモンテーザ、ここで死んだ、たくさんの子どもたちに。

(遅くなって、ほんとにごめんな)

子どもたちには、謝りたかった。
きっと、ジャラヒが帰ってくるのを最後まで待ち望んでいたに違いない。
許してくれとは言えないし、許されるとも思っていない。だけど、謝らない理由にはならない。謝罪と、こんなジャラヒを慕ってくれたことに対する感謝を。
手を合わせて祈って、しばらくして、ジャラヒは立ち上がった。





「相変わらずでけーな。おまえんち」

向かったのは、ワートン邸。
自分の家だ。自分の家だが…ひさしぶりに見るそのデカさに、今までそんなことを思ったこともない圧倒感を感じる。
アティルトで暮らしていた家と比べてはならないことはわかっている。
だが、あの赤雫☆激団の本拠地と、別邸にいた頃のことを…本拠地はやっぱり広くていいよな~などと言っていた自分の言動を思い返して、少し虚しくなった。

「っていうか、お前のしたかったことって、里帰り?」

脳天気に後ろで言う男のことは無視しよう。
話すと言ったのに、長い話は嫌だと拒否したのはセリラートだ。
せいぜい、わけがわからず翻弄されるがいい。

「さて、どっから入るか…って、おいセリ!」

自分の部屋の方向を探っていたジャラヒだったが、堂々と玄関で呼びベルを鳴らしている男の姿を見て悲鳴を上げた。









「おまえんちだろ?別に忍び込まなくても…」
「傭兵生活が長くて忘れてるかもしれないが、おれは指名手配犯だ」
「あー。やっちゃったのか…」
「…なんでおれ、お前が頼りになると錯覚したんだろ」

執事か誰かが出てくる前になんとか逃げ出した。
ぐるりと屋敷の周りをまわって、どうにか目の届かない所で落ち着く。

「よくわからんが、つまり、おまえの部屋に行きたいってことか?」

やっぱり説明は必要だったのかもしれない、と頭を抱えたジャラヒ。
その思惑をようやく読み取ったセリラートは、ぽんと手を打った。

「まったく、そういうのは早く言えよ」

やれやれと肩をすくめて、ジャラヒの肩を叩いた後、どこからかロープを取り出し、それをひょいと投げて。
窓枠に上手く固定させ、ぐいとロープをひっぱり、強度を確認。

「あそこの窓は死角になってるから、そこから入って右に真っ直ぐいけば、おまえの部屋だろ?」

身軽にロープを使って窓に乗り上げたセリラートは、

「おい、ジャラ。早くしろ」

やっぱりとても頼りになることが発覚したので、ジャラヒは頭を下げて、それからロープを掴んだ。

「頼りになりますセリラート先生」
「任せなさいジャラヒくん」


そういえば、昔から、ジャラヒがどこにいても、セリラートは呼べばすぐに姿を見せたものだった。
屋敷の警備もそんなに甘いものじゃないはずなのに、必要なときに、彼は必ず現れる。
屋敷でも、ワートン財閥のビルでも、どこでも。
自分の家のセキュリティがそんなにザルなのかとちょっと心配もしたが、だからといってジャラヒにとっては好都合でしかなかったので、気にはしていなかった。
セリラート曰く、セリラートに全てを教えた育ての親のほうがもっと上手く忍び込めていたらしい。
ともかく、セリラートは屋敷の住人だったジャラヒよりも屋敷を理解していた。

「まあ、もう何年も経ってるわけだし、俺が知ってた頃と同じとは限らないけどな」

と言いながらも、「そこに監視カメラ」「そっちは見張りの溜まり場」などと誘導し、あれよあれよという間に、ジャラヒは見覚えのある部屋に来た。

「鍵は…かかってないみたいだな」

ゆっくりと扉を開ける。
開けると、そこは懐かしき自分の部屋だ。

「……」

自分の部屋、だった場所。

「ん、まちがえたか?」
「いや、あってる」

何かを期待していたつもりはなかった。
もう、何年も経っている。
自分の居場所だったその空間が、そのまま残っているはずはないと、わかってはいたけれど。

「……」

その何もない空間を見回して、何の感慨もわかずに、ジャラヒは首を振った。
ここが、自分の部屋だったことは間違いない。
柱の傷…ドロシーに身長を測ってもらったときにつけたものだ。
床の、古ぼけていたが、絨毯の染みも。夜中に気取ってブラックコーヒーなんて作って、あまりの苦さについ吹き出してしまったときのもの。
それ以外に、もう机もベッドも棚もない。何もない空間。
だけど、ここが自分の部屋だったことはわかる。

「何か、探してたのか?」
「それも言ってなかったっけ、本だよ」

黄金の国の絵本。
燃えてしまったあの絵本は、一冊ではなかった。
全何冊だったかは忘れたが、長い本だったので、いくつかに分かれていたことは覚えている。
その内の一冊を、スラムの子どもたちに、と持っていったのだったが、数冊は、ジャラヒの部屋にあったはずだった。

「弱ったな…」

処分されていたとしても不思議はない。だが、自分は思っていた以上に期待もしていたらしい。ここにないことに落胆する。
他にあるとすると…

(父さんの書斎か母さんの部屋。図書室、か)

目星をいくつか付ける。
一番ありそうなのは母親の部屋だ。
なにせ、あの物語を一番最初に語ってくれたのは、ジャラヒの母親だ。
ジャラヒが物心ついた頃に亡くなった母親。
ほんの少しだけ覚えがある。ベッドの中で、ジャラヒを膝に乗せて、あの絵本を読んでくれた微かな記憶。
すぐに母は寝たきりになって、ジャラヒに本を読んでくれる役目は、ドロシーに変わった。
亡くなって数年経っても、母の部屋はそのままだったから、もしかしたら、今もあのまま残っているかもしれない。
あの絵本が、厳格な父親の書斎や図書館に置いてあるとはなかなか思えなかったが、母の部屋なら、1冊くらいあるのではないか。そう思うのは簡単だった。

「セリ、もう一箇所いくぞ」
「了解」

母の部屋は、屋敷の奥だ。
表通りに面している側ではなく、静かな、物音もしない廊下を通った先。ジャラヒが屋敷に住んでいた時も、めったにこんな奥まで来たことはなかった。

足音を立てないように静かに進んで、奥の部屋の前まで来る。

「鍵が掛かっているはずだ」
「了解。任せろ」

主人が亡くなってもそのままになっていた部屋には、いつも鍵が掛かっていた。そういうものだと思っていたから、幼い頃のジャラヒは、それを疑問に思ったことはない。
だが、今となっては、思う。
何故、いつも鍵がかかっていたのだろう。
いなくなったジャラヒの部屋は、全て取っ払われ、鍵も掛かっていなかった。消えた犯罪者である息子のことはどうでもいいが、亡くなった妻の部屋は大切に取っておきたいのだろうか。
そう考えると納得は出来たが、あの父に、そんな感傷があるようには思えないのだが…

「ジャラヒ」

ジャラヒの思考は、セリラートによって止められた。

「鍵、空いてる」

ジャラヒを庇うように前に出たセリラートは、腰を低く屈めた。

「どうするジャラ、開けるか」

扉に手を掛け、ジャラヒを見ずにそう問うた。
部屋の中に、何かあるらしい。
ごくりと喉を鳴らして、ジャラヒも構えた。
いつもの癖で精神を集中させ、魔術を…使えるように、脳内で描いたビジョンは、すぐに霧散された。
舌打ちしそうになる。
ここでは魔術なんて、気軽に使えないことを忘れていた。
道具を使って、擬似的に似たようなことは出来るが、ブリアティルトにいたころに、ホイホイ使っていたものとは違う。この世界でジャラヒが頼れるのは、主には銃。
そんなことすら忘れていたことに自分で呆れる。すぐさま、懐に忍ばせていた銃を手に取るが、戦いでこれを使うことなんて、ブリアティルトでは殆どなかった。護身用に持ってはいたが、便利な魔術に頼りきりだったので、久しぶりの銃は、少し不安が残る。上手く撃てるかどうかなんて、こっちにいたときには思ったこともなかったのに。
それでも…と、息を飲んで、ジャラヒは、セリラートに目配せをした。
開けろの合図だ。
躊躇している場合などない、何があっても、この扉の中にあるものは、きっとジャラヒの望む手がかりに違いないのだから。




扉を開けて目に入ってきたのは、桃色のベッド。白いカーテン。古びているが上品な装飾の施された机、棚、本棚。
薄い空色の絨毯はカーテンの隙間から入る日差しを受けて輝いていた。
それから…

「…っ」

まるで、この部屋の主が亡くなっていることなんて感じさせないくらい整えられた部屋のソファで、コーヒーカップ片手に寛いでいたのは、グレーのスーツの壮年の男だった。
白金色の髪を後ろに撫で、短く整えられた顎鬚。刻まれた顔の皺は歳を感じさせたが…切れ長の緑の瞳が、彼を実際の年齢よりも若く見せていた。その瞳を、開いた扉に向けて。

「お帰り、ジャラヒ」

ワートン財閥総帥は、ジャラヒを出迎えた。

「父、さん…」
「え?オヤジさん!?」

全身が、時が止まったかのように硬くなった。
目の前に居るのは確かに、もう、何年も逢っていない父。

(待てよ…)

口の中が乾く。
ここで、こうやって逢うことは、もっと早く想定していてもよかった。
この家に行くということは、その可能性を、もっと吟味していて、よかったはずだ。
だけどジャラヒがその顔を見て思ったのは、

(何で、こんなところで…)

想定外という言葉だけだ。
まだ、早い。
まだ、顔を合わせるつもりはなかった。

だって、まだジャラヒはそれだけの力を持っていない。
もっと後で、もっと力をつけて、ここに帰ってくるつもりだった。
蘇るのは、あの日、この街を飛び出したあの衝動。
リオに出逢う前の、あの自分。
許せなくて、殺したくて、壊したくて、死にたくて。
死にたいのにしねなくて。どうしていいかわからなかった。
死にたかったのは、全てが自分のせいだったから。
死ねなかったのは、いつか、この男に…

(殺してやる)

復讐を、遂げようと思っていたからだ。
だけど、あの時の自分には、無理だともわかっていた。
嫌になるくらい冷静な自分は、父を殺めることは無理だと知っていた。知りながら復讐に舞い戻る勇気なんて、なかった。

ぐっと、拳を握る。睨みつける。
今ならやれるだろうか。
隣にはセリラートもいる。一人ではない。
対する父との距離は、7歩程度。
撃って当たらない距離ではない。

「お前もジェラルドも、目つきが悪いな。誰に似たんだ」

唇を噛みしめるジャラヒの前で、父は睨まれてもたじろぐことはなかった。
静かに見返して、それから、手にしたコーヒーカップを仰ぐ。一口。
喉を潤して、微笑みすら浮かべていた。

厳格なあの父親が…ワートン財閥総帥が、形だけでも微笑む姿を、ジャラヒは初めて見た。

「ダリアとは、逢えたか?ジャラヒ」

「何を…」
「聞いただろう、彼女から。君の護衛。頼んだんだ。お前は弱いから、すぐに死んじゃうんじゃないかと思って」

親切心とでもいうように。
投げつけられた言葉は、ジャラヒを強くえぐった。

(何を…)

何を言っているのだろうか。
ジャラヒの大事な組織を潰し、逃げ出したジャラヒを追い、それから突然護衛だなんて、ダリアを送り込んで。

(バカにするにも、ほどがあるだろ)

そうでもすれば、息子が言うことを訊くとでも思ったのだろうか。
それだけのために、殺したのだろうか。
スラムのあの子どもたちを。
そうすれば、息子は大人しくなると。
この男は、思ったのだろうか。

(…殺してやる)

もう一度、強く思った。
出来る出来ないではない。
やらないと、もうどうしようもなかった。
衝動で無謀なことをするのは、ジャラヒは好まない。だが、もうどうしようもない。
生まれて消えない殺意は、結果なんて求めずに、溢れ出るばかりだ。
目の前が真っ赤になる。
縋るようにセリラートを見ると、彼はただ、ひとつ頷いたので、ジャラヒはもうそれでよかった。
銃を取る。
当たるかどうかはいい、それを構えて放てば…

「リオちゃんには、逢えたかい?」

そうして、構えようとした銃が、手から、するりと落ちた。

「は…?」

床に落ちて、がちゃんと音がする。
だが、そんなこと、どうでもいい。

「お前、昔から好きだったな。あの子の話。今はブリアティルトにいるんだろう?」
「どう、して」
「それとも、魔法を解いちゃったのか、ジャラヒは。解かなければずっと幸せにいれたのに。残念だ」

父親の言うことが、よくわからなかった。

「ダリアから、お前がリオと幸せに暮らしてるって聞いて。それなら別に、いいかと思ったんだよ。ほんとは」

耳をすり抜けて、脳に入らない。
何故、ブリアティルトを知っているのか。
何故、リオのことを知っているのか。
リオのこと、それと、その結末まで。
するりと全部、まるで見たことあるみたいに当てて。

「だけど、お前は戻ってきた。物語を終わらせて。
 となると、もう良いだろう。幸せな物話はもう終わったんだ。ジャラヒ。ほら、めでたしめでたし。な?」

見たこともない、笑顔で。ジャラヒに微笑みかけた。

ジャラヒの知る父親は、違う。
いつも厳格で、妥協を一切許さず、現実的。
圧倒的カリスマで、財閥をまとめている、泣く子も黙るワートン総帥。
物語なんて読まなかったし、ジャラヒが小さい頃は、子どもである自分にも近づいてこなかった。
だからジャラヒは仕事に向かう父しか知らなかった。
ジャラヒだって厳しい父を避けていたし、二人で何かを話したこともない。
父についてなんて、ほんとは何も知らない。
だから、本当は父が、物語が大好きで、あの子の話も読んでいて、黄金の国を知っていたとしても不思議はないのかもしれないが…。

『もう良いだろう』

そう言った父の示すことは一つだ。
物語は終わったのだから、言うことを聞けと。
そう言っているのだと正しく理解できる。

「お前は、もう一度あの話を見たくてここに来たんだろう。ジェイン…母さんも、あの物語が大好きだったから」

ジャラヒには馴染みの薄い、母親の名前。最近でもどこかで聞いたことがあった。どこだっただろうか。そんなことをふと考える。
父親の戯言なんて、聞きたくなかった。

「残念だが」

ぱんと、手を打って。
まるで、ジャラヒが聞くまいとしていることなど承知しているかのように。
注意をもう一度寄せ付けてから、父はゆっくりと言った。

「ここにあの本はない。諦めろ。お前の部屋を処分するときに、ジェラルドが全部処分した」



「ジャラ」

父がそう言ったのと同時に、隣のセリラートが声低く呼びかけてきた。

「お前が探してる本ってやつ、絵本か?」
「へ?あ、ああ」
「表紙が黄色でタイトルがないやつ?」

何故急にそんなことを問うのか。
疑問に思ったが、セリラートの顔は真面目だ。冗談を言っている様子はない。
こちらを見ようとせず、視線はジャラヒの父親に向けたまま。
拳だけを腰の下で握って、息を飲んでいる。
その様子を見て、ジャラヒもはっと気がついた。
父親に気を取られて、注意を怠っていた。完全にミスだ。

「その本、ジェインの旦那の部屋で見た。ブリアティルトの。間違いない」
「ジェイン?」

聞き返して、それからすぐに思い出した。
この会話は、ここに来る前に、した。
ジェイン。ジャラヒの母親の名前。だが、ここで言っているのは、母親のことではない。
セリラートの言うジェイン。
それは、ジャラヒの兄、ジェラルドの偽名だ。

ジャラヒが納得したことに気づいたのだろう。セリラートは小さく頷く。
それからセリラートは薄く笑った。

「いいか、ジャラ。3つ数える。それから窓から飛べ」

視線をワートン総帥から離さないまま。
それでも、ジャラヒには、セリラートが指しているのは、総帥の死角、左隣の窓だとわかった。
幸いここは1階。少し地面より高い位置に接しているが、飛び降りるのに全く問題はない。

「何人だ?」
「知らん。多いのは確かだ。だが、隙をつけばやれる。だろ?」

(3)

本当は、ここで、父親を撃ったほうがいいのかもしれなかった。

(2)

だが、撃って、満足して、捕まって。
それで得られるものを考えると、復讐心には割にあわない。
憎いのは事実だ。
いつか、復讐を遂げてやりたい。
復讐を遂げて、子どもたちに、やってやったぞと、言いたい。

(1)

だけどジャラヒには、今はそう出来ない理由があった。
復讐よりも、優先すべきものが今のジャラヒにはある。

(0)

ゼロを頭に刻んで、大きく跳躍する。
父親が、何かを叫ぶのが見えた。
途端、扉が開いて、数人の黒服達が、部屋の中に飛び込んでくる。
銃を撃とうとしたジャラヒだったが、先ほど落としたことを思い出して、舌打ちしながら、窓の縁に手をかけた。
応戦するよりも、やはり逃げたほうが早い。
そのまま窓を飛び越えて、着地。大きく走る。それから―――

「行け、ジャラ!!」

部屋の中で、器用に身体を回転させて、黒服に蹴りを上げているセリラートを見た。
セリは、ジャラヒにそう叫んで、そのまましゃがみ、黒服の背後に回ってから、肘鉄を食らわせる。
一人、そのままもう一人。
攻撃を食らわせて、また叫ぶ。

「俺なら大丈夫だ。知ってるだろ!?お前なら!」

行けるかよ!と叫びたかった。
もう、あの時のような後悔は、したくなかった。
力足らずな自分を、悔やんでいる。
今の自分なら、なんとか出来るかもしれないのにと、そう思っていた。あの、全てを失った日のこと。
でも、今のジャラヒは、魔術は使えないし、銃だって落としていて、戦おうにも、もう窓の外にいて、もう一度舞い戻るなんて、バカのすることだとわかっている。

「元に戻る呪文!わすれんなよ!」

そう言って笑って、セリラートはもうジャラヒを見なかった。
窓に近づこうとする男たちを端から殴り倒し、攻撃を避け、蹴りを繰り出す。
セリラートは強い。
死なない。
殺しても死なない男だ。それは一番、ジャラヒがわかっている。

(…っ!!)

わかっているから、もう振り向かなかった。
唇を噛み締めて、走る。走って、走って、それから。
叫んだ。

あの世界に帰る、ブリアティルトの黄金の門を開く呪文。

踵を、三回鳴らして。

「―――おうちに、帰りたい!」





―――
――



空気が澄んでいた。
煙臭くない。

気がついたら。
あっという間に、元の世界の森の中。
黄昏の聖域。黄金の門がある、オーラム奥深くだ。
深い森なのに、青空が見えて、雲なんて、ひとつもなかった。
その青空の下で、ぜーぜーと息を吐きながら。

ジャラヒは、剣を片手に首元に蛇を巻いている男を睨んで言った。

「…あの、元の世界に戻る呪文ってやつ、間抜けすぎねえ?」
「ああ、あれな。あれはリオが使ってたやつ。おれのは呪文とかいらないんだけど、お前には、おれの方式より、リオの使ってたやつのが良いかなって思って。まさかほんとにそれで帰れるとは思わなかったんだが…すごいなリオの呪文」
「…そうかよ」

そういえば、ダリアが一度ブリアティルトから元の世界に戻った時、リオは彼女に、ブリアティルトに戻れる呪文を教えてあげたと言っていた。その呪文を使ってこちらに戻ってきた…と聞いていたが、こんな呪文だとは知らなかった。

「やあ、でも、あれだ。その呪文、おれの世界の本では、異世界に飛ばされた子が、もとの世界に戻る呪文としては結構有名所。そっから取ったのかな、リオは」
「へー」

雑談を重ねる元気もなかった。
もういいや、とジャラヒはその場にへたり込む。
すう、と息を吸って、やっぱりこっちのほうが空気は断然綺麗だな、なんて思って。
ともすれば、何かを考えそうになる自分の頬をパンと殴った。

「よし」
「で、どうするんだ?」

一人で帰ってきたのかと、ロイは聞かなかった。
何があったのか、とも。
今後の予定だけ、そう聞くので、ジャラヒも、淡々とそれに答える。

「兄貴にあってくる」
「兄貴?」
「ダリアと一緒にいる、ジェインなんて女の名前名乗ってる変態」
「変態なのか」
「知らん」

母親の名前を偽名に使うような男は、変態呼ばわりで充分だ。

正直な所、恐れる気持ちはあった。
何よりも恐ろしかった父親と対峙しておきながら、今更かもしれない。
だけど、ジャラヒにとって兄とは、父親とはまた違った恐ろしさを持っていた。
誰にも興味を持たず、一体いつも何をしているのか悟らせもしない。神出鬼没な男だ。
いるのかいないのか、わからない、優秀な兄。
得体のしれない、という言葉が一番合うかもしれない。
得体のしれない。それなら放っておけばいいはずだった。
だけど――
兄が、明確に自分に殺意を向けたことを、ジャラヒは覚えている。

幼いころに一度、リオと逢ったときのいざこざで一度、それから今回、ダリアを通じてもう一度。
未だかつて、兄から向けられた感情は、その殺意だけ。
それ以外は、こちらに興味なんて全くないみたいに、目を合わせたこともなかった。
いや、それともうひとつ。

『おまえは、どうしたい?』

リオと出逢って、兄の放った追手に追われて追い詰められた時、兄は、追手を通じて、ジャラヒにそう尋ねてきた。
ジャラヒが兄から受けたコンタクトは、殺意と、その意味不明な問いだけ。
それだけなのに、――それだけだからこそ、あの男が怖くて、震えてくる。

だけど、逃げるわけには行かなかった。
セリラートが教えてくれた手がかりだ。これを逃す訳にはいかない。
震える身体を抑えて、ようやくジャラヒは息を整えることに成功した。
立ち上がって、歩く。
ロイはそれ以上何も聞かなかった。
何もする気もないらしい。しばらく歩いた後、じゃあ、終わったら呼べ、とだけ言って、家の…赤雫別邸の方に向かう。
ジャラヒが向かうのは、本拠地の方だ。
別邸よりは大きいが、実家の屋敷とは比べるまでもなく小さな、ジャラヒの家。
そして、ここに、兄も居る。
ふう、と息をついて、ジャラヒは扉を開けた。



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2014-02-19 : SS : コメント : 0 :
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