第10期その5

久しぶりの赤雫☆激団本拠地の前まで来て、ジャラヒは重く足を止めた。

本当に久しぶりだ。
2年ぶり…だろうか。そう。リオが消えて、もう2年だ。
ジャラヒも2年、年を取った。
彼女がいた時は、このブリアティルトにいる自分の身体は、まるで時が止まったかのように変化はなかったというのに、彼女が消えた途端、全ての時は動き出したかのごとく、背も伸びて、髪も爪も伸びて、声も少しだけ低くなった。
それに気が付いたときは、笑い出したくなった。
まるで、リオがいた時間すべてが夢だったみたいだ。
あの子と出逢って、この世界に来て、繰り返すブリアティルトの3年間。
幸せすぎて悪夢みたいだと思っていたけれど、本当に夢だったのかもしれない。
だけど、リオがいたという存在の証はまだこの世界にあって、ジャラヒ自身もこの異世界にいて、ちゃんと存在しているのだから、ジャラヒが彼女を否定してしまうわけにはいかなかった。
もう一度、彼女に逢いたい。
逢うだけじゃなくて、夢じゃないという証明を、きちんとした証を得たかった。いや、別に夢でも、悪夢でも構わない。あの子がいればもう、ただそれだけでいい。
伸びてきた髪を乱雑に纏めて、ジャラヒは手がかりを追い求めた。

思い当たる手がかりは一つ。
『黄金の国の絵本』
ジャラヒが幼い頃に読んでいた、リオが主人公の絵本だ。
黄金の国というのが、オーラムのことなのだとしたら、その本に関する何か手がかりが、もしかしたら掴めるかもしれない。

そんなあるとき、ジャラヒはダリアに命を狙われていることを知った。
どうやら彼女は、酷くジャラヒを憎んでいるらしい。
絶対にジャラヒを処分すると言い切る彼女。
あ、これは確実にやられる。そう思ったジャラヒは姿を消すことにした。
彼女に狙われる原因は、ジャラヒにはわからない。
たしかに、前の巡りの彼女は「ジャラヒを生かすか処分するか見極めるために」と言って、ジャラヒを部隊長にしたのだったが、処分する方を選んだ理由、それと、そこまでジャラヒを憎んでいる理由に、全く見当がつかない。
だが、それをなんとかしようなんていう気力や余裕はジャラヒにはなかった。
誤解を解くよりも何よりも、重要なのはただ一つだ。
目の前から消えたあの子を取り戻すこと。
それしか考えられない。
正直言って、それ以外は全部邪魔でうざったいものにしか思えなかった。
ドロシーが寝込んでいることを知っても、ダリアが必死にジャラヒを追っていても、そんなこと、あの子を見つけ出さない限りは、どこか遠くの話にしか思えない。ピンと来なかった。
ただの邪魔な障害だ。

ダリアの手から逃れながら、リオの情報を探して、見つけた手がかりも不発。
元の世界に戻るために、黄昏の聖域を彷徨っても、全く無意味で。門はジャラヒの為に開かれることはない。
途方にくれかけながら、それでも諦められず、最後に選んだ手段。

あの魔神の力なら、元の世界に帰ることが出来る。

それに思い当たって、ジャラヒはそれでもすぐに行動には移せなかった。

あの魔神――ロイは、”こうなること”を知っていたのだ。
リオが消えることを知っていた。
知っていて、あのときジャラヒに忠告していた。
それを聞かなかったのはジャラヒだ。
あんな魔神の言うことなんて聞くもんかと、吐き捨てて、結果リオは消えた。
もう少し、あのとききちんとロイの話を聞いておけばよかったのだろうか。
リオに逢わずに、ロイの忠告通り避けていれば、リオは消えずにすんだのだろうか。

(あの時、リオに逢わずにいれば…)

後悔は、強く、深くしている。
だけど、ロイに何をどう言われていても、ジャラヒはリオに逢うことをやめなかっただろう。
後悔するとすれば、忠告を聞かずに逢ったことではない。
何が起こるのか、どうしてそうなるのか。
ロイの知っている何かを問いたださなかったことだ。
そして、それを言わなかった男のことを考えると、腹が立って仕方なかった。
きっと、あの男は、それ見たことかと言うだろう。
あんなに忠告したのに聞かないから、リオは消えたのだと。

その台詞を聞きたくなくて。それから、あの男の顔など見たくもなくて。
ジャラヒは、一番的確に目的を遂げることが出来る道を、ずっと避けていた。
避けて、それでも上手くいかなくて、どうしようもなくなって、初めて、ジャラヒはロイの元に行ったのだ。

面と向かって頼むなんて出来るわけなかった。
だから、罠を仕掛けて、痛めつけようと思った。簡単にはいかないだろうが、こちらだって、あの男の力を知っている。
ロイは、得意の剣術と、奇術のような蛇を操って戦う。
家の中での接近戦ではこちらが不利ではあるが、隙をつけばなんとかなるはずだった。
ロイは、魔神なんてやっていながら、敵ですらなるべく命を奪わないように戦う癖がある。
剣の道とはそういうもんだなんてよくわからないことを言って、礼を持って相手に対峙するのだとか。
何をバカみたいなことを言っているのかと思うが、ともかくそういうやつなので、ジャラヒが突然仕掛けても、まずは命を取ろうとはしないはずだ。
一気に攻めて、隙をついて、痛めつけた後、異界への道を開かせる。
そして、元の世界に帰れば、ジャラヒの目的はきっと達せられる。

そう思って、ロイが帰ってくる別邸に潜んでいたのだが。
ロイと対峙し、隙をついて攻撃するまではよかった。
傷も与えた。
あとは言うことをきかせて…と思ったのだが。

予想外だったのは、あの男が、リオを覚えていたこと。

ダリアにも、ドロシーにも、なかったことになっていたあの子の存在を、名前を、ロイは言ってのけた。
そうしてロイはジャラヒの隙をついて一本取って。
剣を置いたロイは、それ見たことかとも言わなかったし、あんなに忠告したのに聞かないからリオは消えたのだとも、言わなかった。
いつもは、あの余裕めいた顔で偉そうに、何かあったら力を貸すなんて上から目線で言いながら、自分からは動こうともしないあの男。
自分のポリシーなのか何なのか知らないが、強くなるための鍛錬だとかは欠かさないのに、余裕ぶって敵にトドメも刺さない。一体何様だ。必死になった姿なんて見せようともしない。そんなところがジャラヒは大嫌いだった。

が、目の前にいるロイに、そんないつもの余裕ぶったところは見えなかった。
ジャラヒにやられた足を、しかめっ面で抑えて応急手当。
蛇が包帯を巻いている姿はとてもシュールだ。格好悪い。
魔神だからリオのことを覚えていたのかとジャラヒが問うと、頷いて、魔神だから自分はなんでもあり。なんて大げさに言う。そのちょっと得意げな姿は、いつもみたいに、気取って『別に大したことない』だとか言うときよりも、よっぽどマシに見えた。
それからロイは、何やら考えるように唸りながら、ひとつ舌打ちをした。
何か面白くないことがあったのか、不機嫌そうに眉を寄せて、それから頷いて、ふっと面白そうに笑った。
まるで愉快なことでもあったかのように。
でも、別に嬉しいことがあったわけではないと、ジャラヒは知っている。
あれはあの男の癖だ。
敵に囲まれたときや、逆境に追い込まれたときに見せるロイの癖。あの悪そうな顔。
追い込まれたくせに笑うなんてマゾかと、ジャラヒがいけすかないと思っていたあの癖で、にやりと笑う。

それを見て、ジャラヒはなんだか呆れたような気持ちになった。

(…バカだ)

いけすかないと思っていた、余裕ぶったこの男は、実はただのバカなのだ。ようやくわかった。
思わずため息が出る。

「…何笑ってんだよ。気持ち悪ィ」
「いや」

戦闘バカだと知っていたし、実際ジャラヒもロイをそう揶揄したこともある。悪口として言っていた言葉を、しみじみと胸の内で呟く。

(バカだこいつ)

不思議と悪意は湧いてこず、ああ、ロイはバカなのだなと、ストンと納得した。
だって、こいつは今、一人で何か考えて、何かに腹を立てて、その何かよくわからないものからの喧嘩を、ぽんと買ったのだ。
そういえば、ジャラヒもロイに喧嘩を売って、それを買われなかったことはない。
余裕ぶった態度で、いかにも自分は穏やか無害ですなんて顔をしながら、売られた喧嘩はすべて買うのがロイだ。敵と対峙しても命はとらないと言いながら、ジャラヒより好戦的だ。
喧嘩を売っていた時は、その上から目線の態度に腹が立って、全然気がつかなかった。
よく考えれば、放っておけばいいのに、毎回毎回よくぞ喧嘩を買っていたものだ。
売っていた自分が思うのもなんだが、バカだ。
そうして、今、何かよくわからないものからの喧嘩を買ったロイは、ようやく本気になったようだ。目が爛々としている。
その本気になった原因は、何か目的があってというわけでは無いに違いない。
何か不快に思うことがあって、喧嘩を売られてたと判断したロイは、それを買ったのだろう。
それがきっと彼のスイッチ。

(もっと早く本気になれよ)

とつくづく思う。
もっと早く彼が本気になっていれば、リオが消えることは…と一瞬思って頭を振る。それとこれとは関係ない。
というか、買いかぶりすぎだ。
足に蛇を巻いて止血している男の間抜けさを見ると、つくづく思う。
こんなバカに、今までのジャラヒは、余裕ぶった態度だなんて、上から目線だなんて苛つきながら、それでいて、ロイのことを、何でも出来る万能な魔神様だと買いかぶっていたのだ。
でもまあ、実体はこの通り、売られた喧嘩を喜んで買う、ただの負けず嫌いの戦闘バカだ。

ジャラヒも前から知ってはいたけれど、初めてそれを他意なく納得した。
そう気づいてみると。
まったくもって、今まで何に苛ついていたのか不思議だった。
むかつく男なのには変わりないが、あれほど感じていた嫌悪感はない。
ただの戦闘バカに腹を立てるのもおかしい。
得体のしれない魔神は、ただのバカな男だったのだから、焦燥感を覚える必要なんて、なかったのだ。
こんな男に何を期待して苛立っていたのかと、以前の自分に諭したいくらいだ。


だからジャラヒは、素直にあの物語のことを語ることが出来た。
幼い頃、しつこくしつこく読んだあの話。
優しい女の子が、みんなを幸せにして、自分も幸せになる話。

きっと関係があるに違いないと、彷徨い歩いて見つけた手がかり。
見つけた一冊の写本は、確かにジャラヒの知っている話に似ていたけれど。
短くて、大事なことは何一つ書いていなかった。
これでは…ダイジェストでは駄目なのだ。
やっぱり、元の世界に帰って、本物を探さないと。
そのことをロイに告げると、貸し一つだなんて受け入れて、あっけなく、ジャラヒは元の世界に帰る手段を手に入れた。




が、その前に、ダリアに逢ってこいとロイは言う。
異界に送るのには少し時間がかかるらしく、その間に、ということだったので、そんな時間などないと言うこともできなかった。
ダリアとはいつか話をしないといけないと思ってはいた。
きちんと話をすると、約束したのに、ジャラヒはそれを破る形で本拠地を出てしまった。
それが、彼女の逆鱗に触れて、彼女はジャラヒを始末することを決めたのかもしれない。
そうかもしれないとは思うが、それでは納得できなかった。
だから、話をしたいと思う。
思うが……

(こええ…)

ジャラヒがアティルトをおおっぴらに歩けないのは、彼女たちが街中にジャラヒを指名手配し、明らかな殺意を持って、街に包囲網を張ったからだ。
おかげで、友人たちにも逢いに行けない。
まあ、友人たちを巻き込むわけにはいかないので、顔を合わさないようにはしているのだが…
それでも、幾人かはジャラヒの姿をとらえ、そっと忠告してきた。

『見つかると、本当にまずい。やばい。死ぬぞ』

言っている内容はみんな同じだ。
毒殺刺殺銃殺絞殺。
彼女はフルコースで計画しているらしい。
考えるだけで寒気がする。
それともうひとつ。
正直なところ、こっちの方が命の危機が最大級にまずいと感じさせるのだが…
なぜか、ここに、あの人がいた。

(やばい。今、あの人がいたらまじでやばい。やっぱりやばい。)

今、ジャラヒが玄関先で扉を開けることに躊躇しているのは、9割以上がそれが原因だ。
扉の向こうに、暗黒がある。
あの男が、何故ダリアといるのかわからない。
わからないが、ダリアだけならまだしも、あの男と会話が出来る気がしなかった。
今までだってそうだし、これからもきっとそうだ。
考えるだけで背筋が凍る。

(…やっぱり、無理だ。無理)

扉にかけようとした手を引く。
それから体を反転させて後ろを向いて。


「ジャラヒ?」

ジャラヒは、馴染みの男と再会した。

「おー、ジャラじゃん。久しぶり!」
「わー、セリ?久しぶりだなー元気そうで何より!」
「ジャラも、髪とか伸ばしちゃって。いっそうにチャラくなったなー」
「いやいや、おまえも背、伸びた?ってなんだよこの会話!」

気安く肩を叩きあって、朗らかに笑って。
生死不明だった旧友との異世界での再会にはふさわしくない会話をした後、ジャラヒは頭を抱えた。


セリ。
セリラート。
元の世界で、ジャラヒが作っていた組織、レッドレイニングのナンバー2にして、ジャラヒの親友。

「いやあ、やっぱりお前のツッコミいいな。しびれるわ」
「おれは、なんていうか、あー…」

組織を潰され、逃げているときにはぐれた親友。
生きているだろうとは思っていた。

「あー…言葉になんねえわ。おまえ、なんでこんなところにいんの?」
「感動した?ジャラヒくん。泣いてもいいよ。つーかお前、俺がここにいること知ってただろ?」
「まさかなーとは思ってたけど、見て見ぬふりしてたんだよ」


殺しても死なない男だ。
生きているとは思っていた。
むしろ死ぬのなら自分が先だと思っていた。
だけど、ダリアの近くでその姿を見かけたとき、まさか…と思いながら、彼である可能性を否定していたのだ。
だって、まさかこんな異世界で再会するなんて、偶然ではありえない。
リオを追いかけるのに一生懸命だったこともあり、何より、ダリアの近くにいるもう一人の人物のこともあって、彼らには近づかないようにしていたのだが。

「ふっふっふ。残念。本物のセリラートだ」
「いや、残念つーか生きてて嬉しいけどな。お前なんでここにいるんだよ。なんでダリアと…」
「それ言ったらさ、ジャラ」

目をパチクリさせるジャラヒに、セリラートは肩をすくめた。
それから溜息のようなものをついて、目を閉じ、それからゆっくりと開く。

「お前も、なんでこんなとこにいる?逃げてたんだろ?逃げとけよ。なんでここに来た?捕まりたいのか」

責めるような口調で…いや、実際、セリラートはジャラヒを責めていた。
舌打ちすらしかねない顔でジャラヒを睨む。

「な、なんだよ。おれの勝手だろ?ここはおれの…」
「逃げ出しといて、自分の家とでも言う気か?何しに来たって聞いてんだよ。言えよ」

いつも陽気なセリラートは、その朗らかさ故に誤解されやすいが、短気だ。
言い訳が嫌いで、答えを急ぐ。
先ほどまで笑っていたのにすぐキレるその態度に、仲間たちも、あいつの着火点がわからないと頭を抱えていたものだった。
とにかく、ジャラヒの前で、セリラートは怒りを抱えているようだ。
それがどの程度のものなのか、すぐにはわからなかったが、昔から彼のその癖には慣れていたので、ジャラヒも動じなかった。

「ダリアに逢いに来たんだよ。話がしたくて。もう、逃げるのにも飽きたしな」
「今はダメだ。許可出来ない」
「……なんでお前の許可がいるんだよ」

きっぱりと言われて、その言い草に次に腹を立てたのはジャラヒの方だ。

「おれがダリアと話がしたいっつってんだ。どけよ。あいつだっておれを探してるんだろ?丁度いいだろ。おれから行くってんだから」
「今はダメだ」

梃子でも退く気はないらしい。
短気な癖に強情で、融通の利かないセリラート。
それはお互い様だろうと周りは言うが、対立していつも折れるのは自分の方だ…とジャラヒが言うと、それはこっちのセリフだとセリラートも返す。
そんな仲ではあるので、このまま対峙していたところで、キリがないのはジャラヒにも分かっていた。
チ、と舌打ちして、セリラートを睨む。

(なんだ…?)

何故、そんなところで強情なのだ。
「だから、おまえにそんな権限あるのかよ」

それに何故、この男が出しゃばるのか。
ダリアが今まで追っていたのは自分だ。
その自分が逢いに来たのだから、喜ばれこそすれ、断られるとは思わなかった。
それに、これはダリアとジャラヒの問題。セリラートの出る幕ではない。
もしこれが、ジャラヒの身を案じての言葉なら、わからないでもなかった。
親友が、ダリアの手にかからないように、今は逢うなと、逃げろと言うならわかる。
だが――

「逃げた男よりかは、”そんな権限”あると思うがな」

目の前の男の言いぶりに、ジャラヒの身を案じるそぶりは全く見えなかった。

「とにかく、今まで通りお前は逃げてろよ。
 彼女に命乞いしたいなら、今度チャンス作ってやるから。今はダメ」
「…んだよ、それ」

(命乞い…だと…)

よりにもよって、お前が、それを言うのかと。
胸がカッと熱くなる。
何故彼がここにいるのかは知らないが、ここでジャラヒがダリアと共に過ごし戦ったことも、ジャラヒがどんな気持ちで逃げながら彷徨い、リオを求めていたかも、この赤雫☆激団のことも、セリラートは何も知らない。

だけど、彼は知っているはずだ。
絶対に折れない。命乞いだけはしない。まだ今より二人が少しだけ子どもだった頃の、二人だけの掟。
あのスラムで、共に組織を作って、彼の『親』の復讐を果たして。
子どもたちとあのスラムで、「ギャング」なんて、組織を気取って言っていたのは、彼ら…あのスラムの子供たちを守るためには、絶対に、何があっても自分たちだけは折れてはいけないと、そう誓い合ったからだ。
お互い、例え何かがあって、捕まっても、死にそうな目にあっても。
命を守ること、生き延びること。それよりほんの少しだけ上に位置づけた重要事項。
絶対に、折れない。命乞いをしない。
してしまったら最後だ。自分は良くても、スラムにいる大勢の子どもたちの命は、その瞬間消える。
ギャングだなんて、危険な犯罪者を名乗って街を掌握しているからなんとかなっているのだ。そのボスが命乞いなんてしたことが知れたら、その邪悪さは一気に地に堕ちる。命乞いなんてする小物組織に未来はない。
その砦が崩れてしまったら終わり。すぐに大人たちに蹂躙されて、スラムは元通り、あの汚い死の世界に舞い戻ってしまう。
逆に言うと、その砦さえ守れば、例えどちらかが死んだとしてもなんとかなる。
絶対に手を出してはいけないギャング組織「赤き涙雨・レッドレイニング」
その名前を守るため、二人だけが守る不文律がそれだった。

セリラートのセリフは、その二人の掟を踏みにじるようなものだった。
それだけは、許すことが出来ない。

「セリ、お前、それ本気で言ってんのか?」

本気だとしたら、どうしても許せない。
もう、組織は無くなってしまった。
守るべき子どもたちも、もういない。
全てが消えてしまったのだから、もう関係ないと、セリラートは言いたいのかもしれない。
だけど、だからと言ってジャラヒは、それを認めるわけにはいかなかったし、それはセリラートも同じことだと思っていた。

「んな怖い顔すんなよジャラ」

ジャラヒが睨みつけると、逆にセリラートは少しその顔を緩めた。視線を外して、自嘲するように口を歪める。

「俺だって、恨み事の一つや二つ言いたくなるってーの」
「…何が言いたい。」

茶化すような言い方に、思わずジャラヒが一歩前に出る。
だが、セリラートはそれに取り合わず、首を横に振って、ぽんぽんと顔の前で手を打った。

「あー、もうやめやめ」
「はあ?」
「お前が変わってないことは分かったから、なんかもうもういいわ」
「何の話だよ!」

何やら納得したようにセリラートは頷いていたが、意味がわからない。
喧嘩を売ってきて勝手に納得されてもこちらとしては溜まったもんじゃない。

「お前が相変わらずそーいうやつだなってこと」
「そーいうって」
「高慢で俺様基質でテンパると人の話を聞かないとこと独占欲強いとこ?」
「はあ?」
「まだ聞くか?」

突然始まった人格批評に、とまどうのはこちらの方だ。
セリラートはあまり人についてどうこう言う男ではない。
それを敢えて言うということは、やはり彼は怒っているのだろう。
怒っているから、先ほどから暴言ばかり出るのか。
セリラートは短気な男で、いつもカッとなりやすいが、それを後には引きずらない。こんな皮肉ばかりを連ねるような男でもない。
先ほどはついジャラヒも釣られてしまったが、もし、彼がそこまで何かに腹をたてているなら、こちらが冷静にならねばならない。
では、彼が何を怒っているかというと…

(…あ)

思いつくのは、ただひとつだ。

「ああ……悪い」

今更気づくなんて、自分で自分を消滅させたい。
バカだ。死んだらいい。
ぞっとした。
身体が冷える。
ほんとはもっと早く謝らなければならなかった。
セリラートがいるかもしれないとわかった時点で、すぐに、ダリアに殺されてでも来なければならなかった。
毎日毎日、罪悪感で打ち震えていなければならなかったのだ。
あのときみたいに。

リオと出逢って、ジャラヒは救われて、それから数年間、ずっとずっと考えないようにしていたこと。
絶対に忘れてはならないのに。ジャラヒはそれに蓋をした。
彼女が消えてからも、ジャラヒは彼女のことしか考えていなかった。
考えたくなかったのだ。
いつかは…と思っていたけれど、できることなら、悪夢でもいいから幸せな夢に浸っていようと、ずっと逃げていたけれど。

でも、セリラートにとっては、違う。

「おれが不甲斐ないから、あんなことになってしまって…」

組織を潰してしまったこと。
彼の怒りはもっともだ。もっともどころではない。
本当だったら、顔を合わせた途端殴ってきてもいい。
ジャラヒのせいで、組織は潰れ、みんな死んでしまった。
あんなに守ると粋がっていたのに、守れなかった現実。
そして、その上、ジャラヒは逃げてきたのだ。
リオに出逢って、救われさえして。
救われる価値なんて、あったもんじゃなかったはずなのに、ジャラヒはその手を取ってブリアティルトに辿り着き、そのうえ、その手をまだ欲してさまよっている。

「本当に、すまない。セリラート」

殺されても文句は言えない。
ずっと、心にはあった。
あんなことになったのに、ブリアティルトで、こんなに幸せに生きていていいのかと、悪夢ばかり見ていた。
でも、忘れてはならないと思いながら、のうのうと生きて、そっと、同時に忘れようとしていたのは事実だ。

「あんな、ジャラ」

唇を噛み締めて頭を下げたジャラヒの上から降ってきたのは、セリラートのため息混じりの呆れ声だ。

「人の話聞けって言ってるだろ?」

彼は、がしっとジャラヒの頭を掴んで。

「おれが怒ってんのは、2つな。一個は、ダリアちゃんに追いかけられてるだけでも羨ましいのに、彼女を自分都合で振り回そうとしてること」

ぐいっと顔を上げさせる。

「もう一個は…今解消した。まあ、これは怒ってたっつーか、もやもやしてたっつーか、まあ、すっきりしたからいいや」

顔を上げさせられたジャラヒの前に、ぐっと拳が握られる。
ほら、と促されて、きょとんとしていたジャラヒもようやく何がしたいのか気がついた。
よくわからないが、ともかく。

「おかえりジャラ。生きててよかった」

右手を上げて拳を出すと、ニカッと笑ったセリラートが、力強く拳を押し当ててきた。








セリラートが口を開くのを、ジャラヒはぽかんとした顔で見ていた。
とりあえずこっちに来いと連れて来られたのは、先程までいた赤雫☆激団別邸だ。
帰ってきたジャラヒの顔を見たロイは、セリラートが手を振るのを見て、溜息をついて席を外している。
部屋にいるから、何かあったら呼べとのことだ。
ジャラヒとセリラートが顔を突き合わせているのは、床の煤けていいる居間。
ドアは辛うじて直っている。おそらくロイが直したのだろう。見つかったらドロシーに怒られる。その脅威は魔神である彼も恐れている。
そんな中、汚れたソファに腰掛けて、ジャラヒはセリラートの話を聞いていた。

「えーっと?」
「ああ、お前が『赤き涙雨』に火を付けて、出て行ったあとにな」
「ちょちょちょ、ちょっとまて!」

話がしたいとセリラートが言うので、素直に聞くつもりだったが、第一声から聞き逃せなかった。

「おれが火をつけたってなんだよ!」
「だから、お前が、ガキどもをみんな惨殺。組織に火を付けて逃げた後の話だ。大犯罪人ジャラヒ・ワートンくん」
「はああ!??」

聞き逃せなさすぎて立ち上がる。
いや、聞き逃せないというレベルではなかった。

「なんでおれがあいつらにそんな事するんだよ!
 おれがオヤジに呼び出されて仕事してたときに、組織が大変だって、知らせてきたのはお前だろ!?」
「そーそー、だけどそれはお前が仕組んだ罠で、お前は部下を用いて組織に陽動をかけた後、俺をそこから離して、その間に一網打尽で組織全滅。その後、俺と一緒に組織に戻り、嘆いたふりをした後、俺の隙をついて火を放ち、俺もろとも証拠隠滅。という筋書き。まあ、俺はこうして生きてるけど」

セリラートの語るそれは、めちゃくちゃだった。
だが、違っているのはジャラヒの行動のみで、その時のセリラートの行動や、周りの様子を話ても、齟齬は全く見当たらない。
曰く、なんとなく遊びで組織を作った、ワートン財閥の次男坊ジャラヒ坊ちゃんは、ギャングごっこにすっかり飽きてしまい、頭だけはキレるので、陰険で緻密な計画を作って、仲間を裏切って組織を壊滅させたそうである。

「……それをお前は信じたのかよ」
「信じたっていうか…」

淡々と語っていたセリラートは、そこで言葉を濁した。
珍しく言いづらそうに口ごもって、それでも言うことはきっぱりと。

「俺は、お前が火をつけるところは見たからな」
「は??」
「お前がそんなことするはずないのは、俺だって知ってる。あいつらを大事に思ってたことも。でもお前は火を放った。それは事実だ」

思わず、セリラートの目をじっと見る。だけど、彼が嘘をついている様子は全く見えなかった。
もとより、嘘を付くくらいなら沈黙を選ぶ男だ。
嘘などないことは知っている。

だが、

「おれは、火とかつけてない、ぞ」
「本拠地に辿りついて、血が落ちていて。ジェームズが死んでた。隣の部屋にはエイミーとベネッタ。俺は他の連中を探して飛び出した。お前は、…何か、探しているようだった」

ジャラヒをボスと慕うジェームズが倒れていたのは覚えている。
仲間たちがみんな死んでいたことも。
ジャラヒも駆けずり回って、生存者がいないことを確認した。
それから、セリラートとはぐれ、いつのまにか横にいた実家の黒服共に、「行きましょうぼっちゃん」と声をかけられ…
ジャラヒはその男を撃って逃げた。
この騒動は、ジャラヒの父が起こしたもので、その男もここをやったうちの一人だと気がついたからだ。

それがジャラヒの記憶だ。
火を付けた覚えも、何かを探した覚えもない。

「お前は、火をつけた後、走って逃げた。それは俺も見ている。
だけど、お前がジェームズたちをやったところは、俺は見ていない。みんなお前がやったことになってるが、俺はそうとは思えなかった」

正直もやもやしてたけどな。
と付け加えるセリラートの言葉も、ジャラヒを混乱から救うことはない。
むしろ、混乱は大きくなるばかりだ。
他の奴らが、ジャラヒがやったことだというのはまだいい。ただの陰謀だ。痛くも痒くもない。
だが、他でもない、一緒に過ごした仲間のセリラートが、火をつけるところを見たという。

「どういうことだ…」
「知らねえよ。そーいうことを考えるのはお前の役目だろ。俺は難しいことは知らねー」

胸を張って言い切るセリラート。
火を付けた所を見たと言いながら、かつての役割を示唆するのは、ジャラヒを信頼していると暗に言ってくれているのだろう。

「でもまー、わからんことを考えても仕方ないだろ」

脳天気にそう言うが、きっと彼は本気でそう思っているわけではない。思い悩み癖のあるジャラヒに、考えるのはお前の役目だが考えすぎるなと、いつも言っていたのがセリラートだ。それは当時のジャラヒにとって、ひとつの支えになっていた。
今もだ。もう何年も顔を合わせていないのに、そういうところは変わらない。そんなことが、少しジャラヒを落ち着かせる。

「まあ、そうだな。で、セリ、お前はどーやってここにきたんだ」

合わせるように、ジャラヒも思考を切り替えた。
ブリアティルトには、異世界人が多い。
黄昏の聖域の、黄金の門が原因だ。
異世界を繋ぐ黄金の門は、今回ジャラヒが利用しようとしても全く何の素振りもなかったように、利用しようとして出来るものではない。
何かの<上位>魔力の介入で開くことがあるらしいが、その詳細は明らかになってはいない。
ただ、狙って開かないのに、狙わなくても開くことがあるのが黄金の門だ。
ジャラヒの友人たちも、門を通って、気がついたらここにいたというものが多い。
ジャラヒたち赤雫☆激団のメンバーは、ほとんどが、リオの介入でこの世界に来ている。
ロイだけは別で、その魔神の力に寄って、異空間を自由に行き来出来る。よって、ジャラヒも今回、彼に力を借りようと頼んだのだが、リオディーラの存在も、ロイともオーラムで初対面だというセリラートが、どうやって、この世界に来たというのか。

「やっぱ。黄金の門?」

尋ねるとセリラートは首を縦に振った。

「ああ、ジャラが火を…すまん、その後。お前が何を探してたのか、火の中でちょっと探ろうとして…」

火を付けた後、と言うところを少し濁して、彼は続けた。

「灰が…あの本棚のところに、不自然に灰があって、それに触れて…気がついたら、黄昏の聖域にいた」

そのあとは、ここではよくあることだと街の住民に言われ、そういうものかと傭兵になって、オーラムでダリアと逢うまでは、マッカにいたらしい。
端折った説明だったが、リオの力でもロイの力でもなく、他の傭兵たちのような、黄金の門の作用でここに来たのか。
と、ジャラヒは納得して…

(いや、まてよ)

思考に待ったをかけた。
灰。
本棚。
燃えた、本。

(あ)

ひとつ、思い当たることがあった。

本棚のある部屋。煤けた本。
組織が健在だったころ、子どもたちに毎日読み聞かせていた、絵本。
少女が、願い事を叶えるために黄金の国を目指す話。
あの絵本。

あの部屋で、あの場所で、あのとき、ジャラヒもその本を見た。
灰にはなっていなかったが、煤けてもう読めなくなっていたあの絵本。
ジャラヒが見た時には、セリラートの言うような、黄金の門を繋ぐようなことはなかった。
あの時は、もう読んでやることはないんだと虚しくなるだけで、そこに意味なんてなかったけれど。
あれが、リオの本だとわかっている今、無理やりのこじつけかも知れないが、その本とこの世界を繋ぐ何かが、きっと何かがあるのではないかという、小さな希望が、どくどくと胸を鳴らす。

(手がかりだ)

何がどんな手がかりなのか、ジャラヒにはわからない。
だけど、それは、かつてないほど明確な手がかりだった。

「…セリ。おれ、行ってくるわ」
「は?」
「ほんとは、ダリアと話してからにしようと思ってたんだけど、今まずいんだろ?」
「いや、まずいっていうか、ダリアちゃん今大事な時期だし、おまえがまだ何を考えているのかわからなかったから、気を散らしたくなかったっつーか…」

言われて、ジャラヒは自分のことしか考えてなかったことに気がつく。
何を考えているかわからない危ない男を、リーダーに逢わせるわけにはいかないというのも、冷静になればわかった。
赤き涙雨にいたときだって、彼はそうして、ジャラヒに振りかかる火の粉を払ってくれていた。
今は、それをダリアにしているだけだ。
そう思うと、少し寂しくもあったが、ダリアに彼がついていてくれることを思うと、心強くもある。
なにせ今、ダリアの近くにはあの男もいるのだ。
ジャラヒが心配するのは大きなお世話かもしれないが、それでも、同じ部隊で何度も共に戦った仲間。
仕事だから護ると言ったり、処分すると言ったり、はた迷惑な女性ではあるが、ジャラヒも彼女が嫌いではない。
口は悪く、その態度から冷たさが目立つが、あれでいて結構お人好しのところもあるのだと、ジャラヒは知っている。
ジャラヒがリオについて悩んでいる時は、なんだかんだ言って相談にも乗ってくれた。
その口から出てきたほとんどが『意気地なし』だとか『ヘタレ』だとか、そういう言葉ばかりだったが。
ダリアのことは、なんとなく、部隊の中で自分が一番知っていると思っていた。
だから、このほんの少しの寂しさは、ダリアに向けたものなのか、セリラートに向けたものなのか、曖昧な寂しさだったが、どちらにしろ女々しいものではあるので、自嘲混じりに笑って、ジャラヒは首を振った。

「わかってる。まあ、そっちは任せた。おれはちょっとやることがあるから、しばらく留守にする」
「やること?」
「んー、話せば長くなるが、ちょっと元の世界帰ってくる」

セリラートは、長い話なら今度でいいやと首を振って来たが、多分今後も聞く気もないのだろう。面倒くさい話が嫌いな男だ。
苦笑してジャラヒが立ち上がろうとすると、待て待て、とセリラートはジャラヒ手を伸ばした。
ぽん、と肩に手を置いて。

「じゃ、おれもいくわ」

あっさりと、そう言う。

「は?」
「だから、お前だけじゃ心配だから、俺も行く。別に何か準備が必要なもんはねーよな?」
「いやいや、ダリアは任せたっておれ今言ったよな?」
「ダリアちゃんには旦那がついてるけど、お前はどうせ友達いないロンリー・ボーイだろうが」
「いるわ友達くらい!じゃなくて、旦那??」
「ジェインの旦那。おまえの兄貴!」

セリラートが答えた名前は、ジャラヒの兄の名ではなかった。
だが、あの男がダリアの近くにいるのはジャラヒも知っている。セリラートの言う『ジャラヒの兄ジェイン』があの男なのは間違いない。

「セリは、あの男を信用してるのか」

口の中が乾いて、ごくりと唾を飲む。

「は?お前の兄貴だろ?」

聞き返したセリラートは、ジャラヒの顔色を見て、しばし考えてから首を振った。

「傭兵としては信頼はしている。部隊の仲間としても頼りにはしてる。
 だけど俺は旦那のことはあんまり詳しくないから、信用してるかと言われると、わからんね」

ジャラヒの問いに、そう正しく答えて。

「お前が何を危惧してるのか知らん。だけど、あの人は、ダリアちゃんを傷つけない。それは言い切れる」

それから、ニッと笑った。

「旦那とお前なら、お前を信じるよ俺は。だけど、まあ、それ以上に自分を信じるとすれば、お前が危惧しているのがダリアちゃんの身の安全という意味なら、旦那がいりゃ大丈夫だろって思う。あの人過保護だからな」

そういう風に言われてしまうと、ジャラヒも反論などできなかった。
反論してしまえば、それはジャラヒがセリラートを信頼していないことになる。

「いやね、俺も悔しいのよ。ダリアちゃんの身は俺がかっこ良く守って、まあ、やっぱりセリってかっこいいのね。とか言ってもらいたいわー。そうそう、ちょっと聞けよジャラ。最近ダリアちゃんったら俺以外の男と仲良くしちゃってさ。みんなに配るってお菓子なんか作ってんの。でもあれ、目当ているのかなー、たまに考え事して赤くなってんの!かわいいけど!俺もおこぼれにあずかったけど美味かったなーお菓子。やっぱりさ、ダリアちゃんには幸せになってもらいたいし、変な男は叩きのめすって思ってたんだけど、変な男じゃなかったときは俺どーすればいいのって話で」
「あ、そういう話はどーでもいいわ」

ちょっとどこのダリアの話をしているのかわからないが、これ以上はいけない気がした。想像してはいけない。精神崩壊の危機だ。
ともあれ、話すと長くなるセリラートの雑談をぴしゃりと打ち切って、今度こそジャラヒは立ち上がった。

「セリ。今回は急ぎだ。サポート頼む」
「了解リーダー。俺に任せときゃ大丈夫だ。期待してろ」

おうと応えるセリラート。
どんと胸を叩いて。

「レッドレイニングの力、見せてやろうぜ」

この台詞を聞くのも、本当に久しぶりだ。
ここに来て、そっと、ジャラヒは自分の幸運を痛感した。

(アホだな、おれ)

リオが消えて、ダリアに追われて、自分は呪われているのではないかと思っていた。
全部全部、ジャラヒの元から消えていく。
脳内にあるのは呪詛のような恨み事ばかり。
ロイを恨んで、自分を責めて、寝ても覚めてもリオのことばかり考えていた。
自らの不運を嘆いて、恨んで、…でもそれは、本当は今に始まったことじゃない。
もっとずっと、昔から、恨み事ばかり思っていた。
いつからかはもうわからない。
幼少の頃はもっと、そうじゃなかった気もする。幸せでいっぱいだった。
だけど、物心ついたときからはそうだ。何でこうなんだといつも恨んでいた。
自分の生まれについて、ドロシーがいなくなったことについて、優秀な兄について。スラムの過酷な状況を知って、組織を作って、いい気になって、潰されて、守りたかったものも消えて、逃げて、彼女に出逢った。それから、ロイを恨んで、想いを告げたら彼女も消えて。
組織が潰されたのも、リオが消えたのも、全部自分のせいで。それを責めて。
全部、自分が手にしたものは消えるのかと、恨んで。
恨んで恨んで。

だけど違ったのだ。
ほんとはジャラヒは、誰よりも幸運だった。
あの家に生まれたおかげで不自由もない。これに関しては幸運かどうかはわからないけれど、それでも幸運だったのは、ドロシーと逢えたことだ。
彼女が乳母としてジャラヒを育てたから、今のジャラヒはいる。
それから、セリラートに出逢えた。
スラムを根城にする少年と友達になれたことは、奇跡中の奇跡で、幸運だった。
彼とともにスラムにギャングを作って、一時はスラムの子どもたちを救うことも出来た。
それを潰されて逃げた時だって、そうだ。
リオに出逢えた。ジャラヒの全てを救ってくれた少女。
彼女に関しては、言葉も無い。いなかったら、生きていけなかっただろう。それだけは事実だ。

ジャラヒは、少なくとも生涯で、三度の幸運を得ている。
失った事ばかりに気を取られ、嘆いていたけれど、この三度の出逢いは、その一度だけだって、幸運という言葉では足りなかった。
そうして、今はその幸運の一つが、もう一度手を差し伸べてくれている。
ずっと、自分は不幸だと思っていたが、まったく、そんなことはありえなかった。
気づかなかったのがアホらしい。

こんなに幸運なのだ。
なんだって出来る。
消えたから、奪われたからなんだっていうのだ。
もう取り戻せないものは、確かにある。
だけど、それは、まだ微かにある希望を否定する材料にはならない。

「…さんきゅ、セリ」
「ん?なにジャラ、感動して泣いてんの?」
「泣いてねーよ!」

ふう、と大きく深呼吸をする。湧いてくる力を受け止めて、拳を握った。
負ける気は、もう全然しない。

「よし、レッドレイニングの力、見せてやるか!」
「いや、それさっき俺が言ったよな」














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2014-02-17 : SS : コメント : 0 :
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