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第10期SSその4

嫌な予感がする。
と、ロイは、自宅…赤雫☆激団別宅に入ろうとした足を止めた。

遠征帰りの午後。
ドロシーは、本宅の方で部隊の手伝いをするために留守。ソウヤも今朝方どこかに出かけて行った。おそらく家には誰もいないはずだ。ぶらりと帰っている可能性はあるが、それならそれでいい。
問題は、そうではない場合だ。
検討しなければならないのは、なにかやっかいごとが舞い込んでいる可能性。
その、普通なら気のせいかもしれない予感を、ロイは静かに認めた。
認めて、腰の剣に手を添える。
ロイは、自分の直感を信じている。
直感。魔神アスタロトとしての力と言ってもいい。
手に入れたばかりの時は、その不可思議な気配や予感に戸惑っていたものだったが、今となってはもう自然に全てを感じることができる、不思議な力。
理屈は分からない。何が危険なのか、どうして危険なのか、原因は分からずとも、自分の直感がそう言っているのなら、それを疑う方が危険だ。

(ケツアルカトル)

胸の内で、名前を呼ぶ。
するとそれにこたえるように、ロイの袖元からするりと蛇が這いだした。
蛇は、ロイ――アスタロトにとっての力の源であり、象徴だ。
聖蛇ケツアルカトルと、邪蛇ウロボロス。
実体なく、魔力のみで出来ているその蛇は、ロイに忠誠を誓う、手足とも言える忠臣だ。
戦闘時ではロイの動きをサポートしてくれるケツアルカトルと、相手の動きを縛り付けるウロボロスの力を借りて、ロイは戦場で剣を振るっている。
戦時でなくても、手が届かないものを取る時だとか、尾行だとかにも使ってしまうその力。あまりにも便利すぎて、手足のようになるまで慣れ親しんものだ。

(頼むよ)

その力の一方であるケツアルカトルにそう小さく声をかけ、ロイは扉に手を伸ばした。
蛇は、ロイの手を伝ってドアノブに張り付き、それからすらりと鍵穴へと消えていく。
待つことしばし。
途端、蛇の気配が消え、ロイはごくりと唾をのんだ。

誰かがいる。
そして、その人物は、ロイが中を窺うために忍ばせた魔力の蛇を、簡単に潰した。
気配の消滅からそれを理解し、ロイは剣を抜いた。

只者ではない。気のせいでもなかった。
何かが、この中にいる。

(悪い、もう一度だ。カトル!)

その名を呼び、足元に蛇を呼び出す。と同時に、扉を開けた。
勢いよく一歩踏み出すロイを支えるように、足元で蛇が渦巻く。
ケツアルカトルの作りだした渦は、ロイの身体をどこまでも軽くする。
一気に加速したロイは、居間に躍り出て、そして。
居間に佇んでいたその男の姿を認めるのと、背後の扉に穴が開くのは同時だった。
一歩遅ければ、ロイの腹の真ん中にに穴をあけたその攻撃に、動揺する暇もなく、ロイは続ける。

「来い!ウロボロス!」

男の方に手を伸ばすと、先ほどと違う黒い蛇がロイに応じて伸びる。
漆黒の闇の蛇は、男に向かって直線を描き、それと並ぶように体を走らせ、ロイは剣を振り上げた。

「この…!ドア壊したら、ドロシーが怒るぞへタレヤンキー」
「てめえが避けるのが悪いんだよクソ魔神」

男は悪態をつきながら手を仰ぐ。その手から放たれた青い閃光が、振り上げられたロイの剣を弾いた。
そのまま青い閃光は、追随するウロボロスを跳ね除け、ロイの元に襲い掛かる。
右から、左から。
踊るように無軌道な青い火が、部屋中を照らす。
その一つ一つが破壊力を持っていることを、ロイは知っている。
範囲の広い、宝珠と分類されるその攻撃。
青い弾撃を2発避け、2発をケツアルカトルに庇われ、崩したバランスをくるりと反転させて、息を整えて。それからロイは男を睨みつけた。

男。金髪の青年。冷たい碧の目をこちらに向け、部屋の中心で佇んでいる。
見なれた顔だ。知っている。あれがジャラヒ・ワートン。
元の世界では、何百人も血に染め上げ、ギャングを立ち上げ、それから自らの手で潰し、逃走した、未だ捕まらない悪逆非道の犯罪者。
ダリアが、必死になって追っている男。危険人物だと、彼女は言う。
そう言われるのに似つかわしい凶悪な目つきを持った男は、ソファをするりと飛び越えて、無言でロイとの距離を詰めた。
ジャラヒは。
ロイが知っている彼は、その魔力を弾にして、それを弾いての攻撃が得意だ。
遠距離、中距離から襲いかかる無軌道の閃光。それが彼の攻撃手段。
距離を詰めた接近戦は、彼の体格上も得意ではないはず。
好んでではないが、共に戦った経験から、ロイもジャラヒの戦闘パターンは熟知していた。
もっともそれはお互い様だが。
詰められた距離に焦る必要はない。むしろ、焦らせることが目的なのだろう。

(落ち着け。接近戦はむしろこちらの方が得意だ)

一歩前に出て、ロイも剣を構えた。
ジャラヒの攻撃は素早く、威力もそこそこあるが、言ってみればそこそこでしかない。
避けてしまえば問題ない。当たりそうになっても、剣で払えば威力は落とせる。それに、攻撃威力は此方の方が上だ。
もっとも、それでも油断できないのは、ジャラヒの得意とするのは攻撃だけではなく、むしろそれを目くらましにした奇策であることを、ロイは知っているからだ。
だが、知っているからこそわかる。
ジャラヒは、奇策に強い分、正攻法の攻撃に弱い。
懐に入って、斬る。焦らずとも、それで大丈夫だ。

「久しぶりだな」
「…ああ」

世間話をするような間柄でもなかった。それでも、なんとはなくそう言うと、ジャラヒの方も、少しの間を開けて、頷いた。
だが、依然ギラついたその目に油断はなく、ひとつロイが気を抜くと、たちまちその青い火で蜂の巣にされかねない。
なんたって、犯罪者。『赤き雨』ジャラヒ・ワートンだ。
部隊の仲間だったとはいえ、そんなもの、あの彼が手心を加える理由にはならない。
彼は、やろうと思ったら徹底的に潰す男だ。
今回もきっと、残りの部隊員を始末しに来たのだろう。
ダリアが追ってくるのがめんどくさくなったとか、そんな理由だ。
その冷たい目で人を射抜く。そして、その手を振り下ろすのだ。ためらいもなく。
だって、それがジャラヒ・ワートン。
ロイの知っている、悪逆非道の…

(…そうか?)

思考にノイズが走った。

(…あれ?)

違和感。
何かが引っ掛かる。憎々しいあの男。悪逆非道。犯罪者。元仲間。何故仲間になったかというと、ジャラヒは犯罪者であることを隠していて、気の良さそうな態度で取り繕っていて、ロイとも気があって、一緒に赤雫☆激団を作ろうと…

(いやいやいやいや)

ジャラヒというキーワードから導き出された思考に、慌てて首を振る。
この違和感には覚えがある。
「あの子」がいないことから生じる記憶の齟齬。
意識しないと塗り替えられそうになる偽りの記憶。
これは――



と。
混乱した記憶を正そうとするロイの隙をついて。

「…アトム」

ジャラヒが小さくそう呟くのが聞こえた。

考える前に、とっさに跳ぶ。
と、同時に突然、ロイの足元が弾けた。


「あーあ。これで避けるんだから、ほんとやな奴だよな、おまえ」

カトルが足元をかばってくれていなければ、危なかったかもしれない。
その攻撃は、淡々とぼやいているジャラヒの方から飛んできたわけではなかった。
文字通り、ロイの足元が弾けたのだ。彼の声と同時に。

「敵の前で油断とか、さすが魔神様は余裕だな」

ポケットに手を突っこんだまま、ダルそうにジャラヒは顎で地面を示した。

「そこ。右足に二つ、後ろに一つ」

微かな笑みを浮かべて、ジャラヒが一歩近づく。

「おれが一つ合図出したら、そこが弾け飛ぶ」
「地雷…?」
「みたいなもん」

どうやら、部屋にいる間に罠をしかけていたらしい。
いつも人を陰険呼ばわりするくせに、どっちが陰険なんだと言いたい。

「おまえが避けておれを斬るのと、おれが合図して爆発させるのと、どっちが早いか」

足元には、見たところ、すぐにわかる地雷のようなものはなかった。
とはいえ、これは彼の何かしらの魔術の一種なのだろう。奇策が得意なジャラヒのことだ。ハッタリの可能性は考えない方がいい。
ジャラヒの用意した罠を掻い潜って、一撃を食らわせる。
幸い、ジャラヒの攻撃の殺傷能力はそれほど高くない。
罠というだけあって、その一撃も、直接放たれるそれよりも威力は低いはずだ。多少くらったところで、我慢できないほどではない。

「そうだな。おまえなら耐えられるかもな。試してみるか?」

ロイの心を読んだかのように、ジャラヒはそう言ってにやりと笑った。
からかうようなその台詞。だが、遊びの色はない。
淡々と、声色も冷たく、まるで本当のギャングみたいに、ジャラヒはロイを見ていた。

冷酷で、仲間だって顔色を変えず手をかけることの出来る男。
たとえ過去の仲間だって、やろうと思ったら躊躇いなくやれる。

(…違う)

まただ。また、生じる違和感。
確かに、敵に手心を加えることのない男だと、ロイも知っている。
なるべく命を取るまいと剣を振るっていたロイに、戦いなんだから、そこはお互い覚悟すべきだと、食いかかってきたこともある男だ。
ジャラヒは戦闘中は常に冷静で、非情になることができる。あいつはそういう役割だった。
だけど…
そんな姿よりも、ジャラヒはもっと…

「アトム」
「…っ」

ロイが口を開く前に、ジャラヒはポケットに手をつっこんだまま、躊躇いもなく言葉を発した。
彼の攻撃のキーワード。
彼の殺意を示す言葉。

それと同時に、ロイの右足が弾けた。
途端に激痛が走る。
上げそうになった声を堪えて、ロイは顔を上げた。ぐっと剣を握りなおす。
大丈夫だ。思った通り、殺傷能力はそれほどではない。
命に全く別状はない。ただの足の怪我だ。砕けてはいないのだから、動けないほどではない。
魔神が、たかが足の怪我一つで動揺するわけにはいかない。
大丈夫だ。
冷やりと流れる汗を自覚しながら、そう自分に言い聞かせ、蛇を巻き付かせ、包帯代わりの止血をする。
痛みはある。
攻撃力の低い一撃とはいえ、痛いものは痛い。

(くそジャラヒめ)

(ヘタレヤンキー)

剣の柄を握り締め、心の底から悪言雑言でなじる。

(意気地なしのメンタル豆腐な金髪ヤンキー!)

仲間でも躊躇いなく攻撃出来るくせに、肝心なところでヘタレな男。
リオのことだって、気を窺うだけ窺って、最後の最後まで動こうとしなかった。
今だって、罠を張る時間があったなら、ロイを始末する作戦だって、実行しようと思ったら幾らでもできたはずだ。
でもやらないのだ。ヘタレだから。
やらないけど攻撃はする。
性格の悪さがにじみ出ている。

(…あれ?)

思い切り睨みつけてやる。
と、ふとロイは気がついた。

(……ジャラヒ、だ)

ロイの知っている、そのジャラヒ・ワートンは、性格悪そうに顔を歪めてから、足を庇うロイに向かって、悪態をついている。

「…おまえのその蛇、いつ見ても気持ち悪いよな」

その声は記憶の中にある彼の声よりも、掠れて聞こえた。

「なあ、でもこのくらいじゃおまえ、やられねーんだろ、かかってこいよ」
「言われなくてもそうするつもりだが…」

別にロイは、仲間だった男に、遠慮しているつもりはない。
何せ、他の者ならいざ知らず、相手はジャラヒだ。この機会にぶちのめしてやりたいことに異論はない。
ジャラヒだってそうだろう。手加減するつもりはないだろうし、そんな性格でもない。今だって、彼が有利にもかかわらず、驕ることなく、こちらの弱点を冷静に突こうと窺っている。その目に迷いもなく、こちらがかつての仲間だろうと、関係がないみたいだ。
それはこちらも同じこと。遠慮するつもりはない。
ないのはたしか。だが…

「…おまえ、痩せたな」
「は?」

ロイにはもう、目の前の男、ジャラヒ・ワートンが、噂の血も涙もない冷酷なギャングの男には見えなかった。

ジャラヒが喧嘩を売ってるなら、遠慮なく買うつもりだ。ぶちのめしてやるつもりで行きたい。全力で。
悪逆非道のギャング、赤き雨のジャラヒではなく、金髪クソヤンキーを、だ。
だが、目の前に立っている、金髪クソヤンキージャラヒ・ワートンは、なんだかとってもみすぼらしかった。
いつも整えていた髪はばらついていて、頬も少しこけている。
ひょろ長い手足は、以前の力強さはない。
目だけギラギラと輝いているのは、その意思の力だけで体を動かしている表れかもしれない。
そこにいたのは、先ほどまで感じていた、闇の底からギラギラと目を光らせている残虐非道なジャラヒ・ワートン…ではない。
偽りの記憶を断ち切って、改めて見ると、そこにいたのはただの見知った青年だ。
クールで冷静、時には非情にはなれるけれど、普段はお人よしで、よく貧乏くじを引いていた、ただの青年。
『へタレ金髪ヤンキー』。
何があったのか知らないが、そんなボロボロな恰好で現れて、フラフラした体を支えながら、最小限の動きでロイに向かっている。
こんな罠を仕掛けたのは、普通に向かったのではこちらの動きに対応できないと、読んだからかもしれない。

「はあ?おまえ何言って…」
「ほんっとアホだよな、おまえ」
「はあ???」

目を見開くジャラヒに、ため息をついてやる。
彼がここに来た理由。
それは、冷酷ギャングがかつての仲間を始末しに来たわけではない。
それはきっと…

「リオ」
「!?」

その名を言うと、ジャラヒは明らかに動揺した。
その動揺の隙を見逃すロイではない。
息をのむジャラヒに踏み込んで、剣を前に突き上げた。

「っアト…!」

ジャラヒが舌打ちと同時に右手を握ったのと、ロイの剣が彼の首元に突き付けられたのは同時だった。




「…このっ!陰険卑怯魔神…っ」
「おまえに言われたくない」

罠を張って待ち伏せなんてする男に言われたくない。
だが、本気でこちらに殺意を持っていたなら、ジャラヒなら、その魔術でもっとスマートにやれたはずなのも事実で、ようするに、ジャラヒはロイの殺害までは考えていなかったのだろう。
はあ、とため息をついて、ロイは剣を下ろした。

それからしゃがんで、足の怪我に包帯を巻く。少し魔力を集中させると、痛みが和らいだ。完治するには時間がかかるが、致命傷ではないので放っておけば明日には治るだろう。
ジャラヒはどう出るか、と彼を見やると、彼はもうこちらに危害を与えるつもりもないらしい。バツが悪そうに舌打ちして、近くのソファにどっと腰を下ろしている。
それからだらりと身体をもたれさせ、まるで自分の家みたいに足をソファの上に投げ出した。

(…まあ、自分の家、なのか)

その姿に違和感がないことに違和感を覚える。
偽りなく、全てを思い出してみると、ジャラヒは赤雫☆激団の仲間なわけで、ここでこうやってくつろぐのも自然なのだが、あの悪逆非道のジャラヒ・ワートンがソファでくつろいでいる、という違和感もまだ少しだけあって、そのギャップに戸惑ってしまう。
が、その戸惑いも、すぐに消えた。

「リオを…」

掠れた声で、ジャラヒがその名前を呼ぶ。
その名は、彼にとっては特別な名前だ。
いつも、いつでも、ロイが彼らに逢うずっと前から、彼はその名前を大切に、愛しげに呼んでいたのだ。


(リオ)

赤雫☆激団すべての者から忘れ去られた名前。
魔神の力でロイはかろうじて保っていられたが、油断するとその記憶は奪われそうになる。
ジャラヒが犯罪者であるという偽りの記憶の中で、その作られた記憶にはない名前は、真実を示すカギだ。

「おまえさ、リオのこと…覚えてたんだな…」

ソファの上に身を投げ出したジャラヒの顔は、ロイの位置からは見えなかった。
近づいて見る気にもなれない。
『リオ』は、ジャラヒにとって特別だった。
それをロイは知っている。
だから、ロイは何を言おうか少し迷って

「ああ」

と、軽く、何でもないことのように頷いた。

「魔神様のお力ってやつ?」
「そんなもんかな」
「すげえな魔神。ダリアもドロシーも忘れてんのに。
 おまえ本当にそーいう力あったんだな。なんでもありかよ」


ジャラヒの口からすごいなんて言われても、気持ち悪いしかない。
だけど、ほんとは魔神の力でギリギリ覚えてただけで、お前への反感心のおかげで、偽りの記憶に騙されずにすんだんだ、なんて言う気にもなれない。
だからロイは頷いて、そういうことにした。

「そうそう。なんでもあり。おれは魔神アスタロトだからな。
 別に、リオと通じ合う何かがあっておれだけ覚えてたとか、そんなわけじゃないから、安心しろよ」
「べ、べつにそんなことは気にしてねーよ!あほか!」

返ってきたツッコミが予想通りのもので、少し安心した。
安心、というのも変な話だが、すごいだなんて下手な褒め方をされるよりずっといい。
いつも通りに返してやれば、この男だって、いつも通りなのだ。
少し痩せてて、声は掠れているけれど、ロイの知っているジャラヒ・ワートンは、ここに帰ってきた。
薄れがちだった真実の記憶も、今度はしっかりと確認できる。
リオという少女と、それを見守るみたいにいつも一緒にいたジャラヒと、リオに召喚されて、彼女を手助けすることにした自分。
それから、ジャラヒをどうにかするために来たと言うダリアと、彼の元乳母にして赤雫☆激団メイドのドロシー。何を考えているのか、未だに言おうとしないソウヤ。
そんな一人一人の、本当のあるべき記憶。

ようやくロイは、実感を持ってそれを掴んだ。
これが間違いのない赤雫☆激団だ。
この真実の記憶をしっかり掴む。
もう、騙されない。
そう決意して、それから湧いてきたのは、怒りのような何かだ。

(偽りの記憶、ね)

リオがいないというだけで、一斉に塗り替えられた記憶。
冗談じゃない。
魔神である自分の記憶すらも手にかけようとしたそれが何なのかはまだわからないが、無性に腹が立った。
プライドを爪で引っかかれ、傷つけられたような怒り。
それは、自分に叩きつけられた挑戦状みたいなものだ。

「…何笑ってんだよ。気持ち悪ィ」
「いや」

べつに、誰かに喧嘩を売られたわけでもない。
だけど、ここに来て、ブリアティルトに来て、初めてロイは怒りを覚えていた。怒りを覚えたり、逆境を自覚するとつい笑ってしまう。ロイの癖だ。
わくわくする…と言ったらおかしいかもしれない。
だけど、こんなに心が揺れたのは、この世界に来て初めてだった。
ジャラヒに対して腹が立ってする喧嘩は除外しても、今までだって、オーラムの双子陛下を傷つけた黒幕に対しても、憎く思った。戦争で亡くなった兵士の話を聞いて、ふがいなく思ったことだってある。
だけどそれらは、自分には関係ない、異世界の話として、聞かされた物語のようなものとして、ロイはその怒りを感じていた。
ロイはリオに召喚された魔神である。
魔神は、召喚者に力を貸す存在だ。
今まで、ずっとリオに力を貸している。それだけのつもりだった。
召喚したリオの助けに、それから、せっかくオーラムにいるんだし、オーラムの傭兵として、みんなの助けにはなりたい。そう思っていたのも事実。
でも、いちばん最優先だったのは、この、三年間を繰り返すブリアティルトなら、もっと自分も強くなれるのではないかという期待。それしか考えてなかった。
そのついでに、誰かが望むのなら、それを助けてやってもいいと。
助けたいではない。望むなら、手を貸すという、そんな気持ち。
正直言って、他人事だった。

今回の事件で、リオが消える前だってそうだ。リオが何かしようとしているのには気がついていた。
だけどロイは、その力になるつもりではあったけれども、リオが何をしようとしているのか、それが何なのか、それに足を突っ込むかどうかは、ずっとためらっていた。


『ロイくんは特別だから、知りたいことなんでも、知ろうと思ったら、ちゃんとわかるよ』


それでも、消える前のリオが、そう言った言葉を頼りに、彼女について、知ろうとしたこともある。
それで出た結果。知ったことについて。
ジャラヒに提示をして、未来を暗示して。ロイにとっては、出来ることを、手助けしたつもりだった。
その結果が、これだ。
ジャラヒは止まらなかったし、リオは消えた。
リオのために最善を尽くしたつもりだったが、結果はこれ。
その、リオが消えたという結果すら、「こういうことだ」と分かるまで、事態を俯瞰していた。

そう。「こういうこと」

こうやって、記憶を実際に塗り替えられて。
自分の記憶を弄られるようなことになって初めて…ロイは、自分のこととして腹が立った。
魔神アスタロトの記憶にまで影響が及ぶなんて。
力足らずを笑われたようで、我慢できない。

そうだ。今までは、他人事だったのだと認める。
つくづく、この自分の性格を自覚して、ため息が出そうになる。
結局のところ、ロイは自分勝手なのだ。
8の巡りで部隊長をしたときもそうだ。あれは、…あのときリオを助けたのは、自分が強くなるため。
今もそうだ。自分の力を、プライドを傷つけられて、ようやく本気で奮い立った。

普段は温和な風に見せて、出来ることなら誰かを傷つけたくないと思っているのも事実だけども、本当はこんなに自己中心的なのだと自覚する。
まあ、それが自分だと、認めるしかない。
認めてしまえば、話は早い。
手を貸してやる、なんて上から目線はもう辞めだ。
ここからは、自分自身の戦い。
今までだって手を抜いたつもりはなかったが、アスタロトを本気にさせたことを、後悔するがいい。
と、正体も何もない何かに悪態をついて、ロイは表情も変えずに拳を握った。

それから、

「で、おまえはなんでおれを襲ってきたんだ?」

一つ覚悟を決めて、ロイはジャラヒに尋ねた。
聞かれたジャラヒは、観念したのだろう。顔は上げなかったが、抵抗をする気もないようだった。

「…ああ。今までおれは、おれなりに探ってたんだ。絵本…リオの絵本。黄金の国を目指して旅立った、女の子の話。
黄金の国がこのオーラムなら、ここに何かあるかもしれないと、思って」

ロイも、リオから聞いたことがある。
『黄金の国の絵本』
『そこに行ったら、願い事が全部叶うっていう国を目指す話』
彼女は、絵本を読んでその国に行きたいと思っている少年がいるから、連れてきてほしいと、ロイに頼んだのだ。
それがきっかけで、ロイもリオのことを知ることが出来たのだが…。

思考の海に飛びそうになって、ロイは頭を振った。
今はジャラヒの話だ。

「で、何か見つかったのか」
「ああ。絵本の…おれが知ってるあの話の、ダイジェストみたいなもんはあった。
 女の子が黄金の国に来て、悪い悪魔を倒して、王子様と結婚してめでたしめでたしって話」

手掛かりのようなものを見つけたと言いながら、やはりジャラヒの顔は晴れない。

「でもまー、そんだけ。
 ほんとはもっと長い話なんだ。
 あのダイジェストの話には、魔神を助ける話も、お姫様と友達になる話も、人形に命を吹き込む話も、何にもない。中身がなかった」

ロイは、その絵本の中身を知らない。
だから、ジャラヒの言っていることは、その見つけた絵本の話は、ジャラヒが知っているものを短くしたものだった、ということしかわからない。
それに納得がいかないのか、ジャラヒは何かに苛ついたように、苦しそうに拳を握っていて。
きっと、ジャラヒにとって、何か譲れないものだったのだろうと、ロイにもそれだけはわかった。

「あの話はさ、ほんとはすっげえ長いんだよ。
 女の子は張り切って黄金の国を目指すんだけど、いっつもいっつも他のやつの願い事ばっかり親身になってさ。あいつの目的である黄金の国に辿りつくなんて、あんな短い話じゃほんとは辿りつけねーの」

そう捲し立てて、ジャラヒはふと気が付いて、気まずそうに咳払いをした。
ロイは何も言っていないのだが、熱くなっていた自分に気が付いたらしい。
気にしなければいいのに、こういう恰好つけをするのがこの男だ。

「で、まあ、それで。やっぱり、あっちの世界に…リオと出逢った元いた世界なら、何か掴めるんじゃないかと、思って」

気まずそうな顔を、さらにバツが悪そうに、視線を外して。

「黄金の門に行ったら、帰れると思ったんだよ。」
「ほう」
「で、聖域の奥の、門のあたり、ずっと彷徨ってたんだけど、全然門が開く感じがしなくて…」
「まあ、そんなに都合よく開かないよな」
「…おまえ、異世界自由に移動できるんだろ?だから…」

バツが悪そうな顔で、視線を合わさないようにしながら、語尾を濁らせて、ジャラヒは呻いた。
つまり。
殴って脅して言うことを聞かせようと思ったのか。
納得する。この男の考えそうなことだ。
普通に頼めばいいのにそうしなかったのは、ロイに頭を下げるのが嫌だったのだろう。

この男はアホだとつくづく思う。

ロイは、異世界を自由に移動できる力を持っている。
水曜日限定ではあるが。
ジャラヒがさっさと姿を現してそれを言いさえすれば、別にこの力を出し惜しみなんてするつもりもない。さっさとジャラヒを元の世界とやらに送ることが出来た。
それなのにこの男は、ロイに頭を下げるのが嫌で、それでもどうにもならなくて、もう最後の手段に喧嘩を売りに来たのだと言う。
もし逆の立場なら…ジャラヒに頭を下げるなんてまっぴらごめんなので、気持ちは分からないでもない…が、やっぱりアホだ。
だが、ロイはそれを口にするのをため息だけに留めた。
こんなにやつれたこの男を見ると、文句を口にする気も失せる。

「…貸しひとつな」

それだけロイが言うと、ジャラヒはようやく顔を上げて、こちらを見た。
きょとんとした顔で瞬きして。
何か言おうと口を開いて、閉じて、視線を逸らして頬を掻く。
それから、最後にロイの顔を真正面から見て、少し笑った。

「…さんきゅな」

ドロシーに飯を作らせるから食っていけ、と言うと、ジャラヒは首を横に振った。
ドロシーの世話にはもうなれないのだという。
何があったのか問おうと思ったが、やめた。
ドロシーは今、元気を少し取り戻して、赤雫☆激団本拠地にいる。それならそれでいい。
だけど、ロイはこれだけ付け加えた。

「ダリアには、会っていけよ」
「…殺されるだろおれ」
「それはそれで仕方ないだろ」
「他人事だと思いやがって…!」
「まあ、今の所はな」
「?」

他人事、と言われてしまえばその通りだ。
ダリアのことは、ジャラヒが解決しなければ意味がない。

「でもまあ、ダリアはもう大丈夫だ。たぶんもう、お前も撃たれないんじゃないか?」
「たぶんて…」
「それくらいお前がしっかりしてこいよ。
 で、さっさとあっちの世界に行って、大事なもん取り戻して来い」

ダリアのことも、あの子のことも、ジャラヒがやらなければ意味がないのだ。
これに関しては、あっちの世界に送り届けるという手伝いしか、ロイもするつもりはない。
ジャラヒだって、それ以上の手伝いは望まないだろう。
あの子のことは、ほんとはなんだって自分でしたい男なのだ。


それなのに、何故だかジャラヒは変に遠慮なんかしていて。
リオを手伝っていたロイは、ジャラヒからしつこくしつこく睨まれる羽目になっていた。
睨むくらいなら、やりたいことやれよと、見ていて腹が立った。
言いたいことも言えず、やらずに、調子の良い男を演じる仮面を被ったまま、あの子の望んでいるだろうことを、あれこれ先回りしていたジャラヒ。
それが、ロイは嫌いだった。
だけど、目の前にいる、やつれたジャラヒは、なんだか吹っ切れたようで、ロイの言葉に、反発もせずに頷いて。

「ああ。絶対に、掴んでくる。それからすぐに戻る。だから、頼むな」

なんて言うもんだから、言葉に一瞬詰まったのはロイの方だ。

「…当たり前だ」

それだけ返して、それからまだぐずっているジャラヒの背中を押して、ダリアの元へ向かわせる。
防弾チョッキ来ていこうかなんてぶつくさ呟いていたジャラヒだったが、やがて諦めたように、玄関を開けて、本拠地の方に歩いて行った。


まあ、最悪撃たれても死にはしないだろう。ジャラヒの悪運は半端なく強い。
でも、まず撃たれることはないだろうとロイは思った。

最近のダリアに、ジャラヒを追い始めたときの、あの殺気はない。
リオがいたころの、あの以前のダリアに戻ったみたいだ。

(いや…)

部隊長になって、他者と接する羽目になったからだろうか、以前よりも、穏やかになった気さえする。
良い傾向だと思う。ジャラヒを始末するだなんて、殺気をふりまいているよりよっぽどいい。
だけどまだ、ジャラヒの名を聞くと、彼女はぎゅっと、つらそうに銃のグリップを握るのだ。
彼女が何を考えているのか、ロイにはわからない。
わからないが、彼女のその何か、ひっかかりのようなものを消すには、ジャラヒと話す以外道はないように思えた。

(話したら、なんとかなるだろ)

そんな、後先考えない思いつきではあるが、これをなんとか出来るのは、ジャラヒでしかないのだから、あとはジャラヒに任せることにする。
なんだかんだ言って、なんとかする男だ。
あんなに軽薄で薄情でヘタレた男なのに、どこか大事なとこは誠実で、人の心を掴むのは上手い。
きっと、ダリアのことは、ジャラヒに任せたら大丈夫だろう。

かといって、もうロイも、全てを他人任せにするつもりはなかった。
手助けに甘んじるつもりは、もうない。

(さてと)


ロイの仕事は、ジャラヒを元いた世界に送ること。
それから、帰ってきてからのことだ。

ジャラヒはきっと、手掛かりを見つけてくる。
見つけてきたそれを、どうにかするのはロイの仕事だ。
そう決めて、ロイは家の奥に足を進めた。
家の奥。赤雫☆激団本拠地より小さなこの家は、奥にあるそれぞれの私室も狭い。
だから、居間を出て、ドロシーの隣の部屋に行くのは、本当に数歩の距離だ。
その部屋の前に立って、トントンとノックをする。

「ソウヤ、いるんだろ」

ソウヤの部屋から、返事はすぐになかった。
すぐ近くの部屋でどたばたとドンパチしても姿を見せなかった彼は、普通に考えるなら、外に出ているに違いない。
だけど、ロイにはそこにいるのがわかった。
となると、根気比べだ。
根気強さには自信がある。先日、何時間だってしつこくしつこくトレーニングを重ねる姿を見られて、まるで蛇みたいだと彼女に好評を得たばかりだ。
しばらく待つと、はあ、とため息のようなものが聞こえた。
「ったく。なんだよ。ほんとあんたらってうるさいよな。じゃれあいの喧嘩は外でしろよ」
「それは喧嘩を売ってきた方に言ってくれ」

扉が少し開いて、心底嫌そうな顔が覗いた。
扉を閉じられる前に、ロイは足を―怪我をしてない方の足をつっこむ。

「そんなことしなくても逃げないって」
「ならいいけど。…教えてほしいことがあるんだ」

そう言うと、珍しく少年の顔がゆがんだ。
やっぱり逃げればよかったと、その顔にはありありと浮かんでいたが、もう他人事のふりはしないと決めたロイは、退くつもりはない。
微かに開いた扉を押して、強引に部屋の中に入る。

「ロイってさ、温和そうだけど強引で自分勝手だよね」
「知ってる」

部屋の中は、特に何があるというわけでもない。
何かを飾るほどのスペースもなく、ベッドひとつと机一つでいっぱいになる小さな部屋。これはロイの部屋もドロシーの部屋も同じだ。広いスペースが欲しければ、本拠地の方に移動して、客室なりを一室借りてくつろげばいい。
ようするに、別邸のこの部屋は、寝るためだけの部屋だ。
その部屋に一人いたソウヤは、何をしていたのか知らないが、机の上には何もなかったし、ベッドで寝ていたにしても、シーツの乱れはなかった。

「…まあいいや。どうせロイには、黙ってたところでいつかは全て暴かれるんだ」

諦めたようにそう言って、ソウヤはベッドに腰掛けた。
緩いスプリングのベッドは、ソウヤの身体を鈍く受け止めた。
ロイもベッドに腰掛けようと思ったが、やめて机に凭れ掛かる。
どうせ、すぐに終わる話だ。
気分のいい話でもない。立って話した方がいい。

ロイが口を開くと、ソウヤもぽつりと答えた。
途切れ途切れに。でも確かに。
彼に、言いたくないことを言わせている自覚は、ロイにもある。
だけど、それが真実知りたいことなので、躊躇いはしない。
それが、ロイがあの子のために出来ること。
これはジャラヒには出来ない、ロイの役目だ。

聞きたいことをすべて聞いて、ロイは部屋を出た。
ソウヤの顔は見ない。
きっと、見られたくないだろうと思ったからだ。
扉を閉じて、ふうと息をつく。

聞いたのは、ようするに、あの子の――リオの復活方法だ。

彼女を復活させるには、二つが必要らしい。
一つは、ジャラヒに任せた。きっとあの男なら、意地でも持って帰ってくるだろう。
もう一つは、それに加える、力だ。

(やっぱり、おれがやらなきゃ、だめか)

ため息をつきたくなったが、もう他人事にしないと、決めたのはロイ自身だ。
本気を出すと決めた。
だから、ソウヤにも言いたくないだろうことを吐かせた。

もう一度覚悟を決めて、それから、やっぱり出るため息に…
ロイは、今だけ身を任せることにした。
そのことを思うと、溜息でもつかなきゃやってられない。
でも、やると決めたなら、やるしかない。

(本音を言うと、できればやりたくなかったが…)

これさえやりとげたら、全てが解決することを信じて。
それでもロイが項垂れると、どこかから這い出たケツアルカトルが、慰めるように頬を撫でた。



■□■□
続く
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2014-02-16 : SS : コメント : 0 :
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