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【10期】その3

「ダリアちゃん、お客さん」

玄関に向かったセリラートの声に、ダリアは肩を竦めた。
ダリアが部隊長になって1年。休まる暇がない。
こうまで忙しいとは思ってもみなかった。後悔しているわけではないが、部隊長の仕事をなんだと思っていたのかと、過去の自分に言いたい。
ここに傭兵として構えていれば、あの男、ジャラヒの情報も容易に手に入ると思った。部隊長になったのは、それだけの理由だったのだ。

「いやあ、忙しいな、ダリア」

そうのんきに言ったのは、本来部隊長を務める予定だった男、ロイだ。
赤雫☆激団一味のリーダーを務める男。
やりたいことがあるから、部隊長を外れると言ったこの男に、都合がいいと頷いたのはダリアなので、ロイに文句を言うのもお門違いだとわかってはいたが…。

「あなたが対応すればいいのに」
「部隊長はダリア」

恨めしく目を向けると、何でもないようにロイはしれっと答えた。
部隊長ではないにしても、赤雫☆激団を作ったリーダーなのだから、この本拠地に帰ってきているときくらい、仕事をしてくれてもいいのに、と思う。
が、何を言われてもロイにダメージはないらしい。
しれっと笑って、ふらりと出ていき何かをして、そしてまたふらりとこの本拠地に顔を出すのが常だ。
その余裕顔に腹が立つ、と睨んでやると、横からドロシーが、まあまあと顔を出した。
紺色のメイド服に白いエプロン。にこやかにほほ笑んでいる女性は、赤雫☆激団メイド、ドロシー。
つい先日まで寝込んでいたのだが、元気を取り戻したみたいだ。
その姿を見て、ダリアもほっとする。
いつも笑顔でサポートをしてくれる彼女がいないことには、安心してダリアも出かけられない。
彼女を傷つけた元凶は、未だ姿を見せないが、ドロシーが元気になっただけでも、ひとまずは良しとしないといけないだろう。

「ダリアちゃん、どうやらお客さん…お城の方みたいですよ」

玄関を覗いていたドロシーは、そうダリアに耳打ちした。

「城の?」

そう聞き返したのはロイだ。
耳がいい男はそれを聞きとめて、眉を顰めてダリアを窺っている。
何かしたのか?その顔はそう尋ねていたので、ダリアは首を横に振った。
傭兵組合から声がかかるのはわかる。だが、相手は城の人間。城…オーラム共和王国の中心から声をかけられるようなことをした覚えはない。
それはロイにとってももちろんだ。
赤雫☆激団は、設立以来ずっと、オーラムに籍を置いている。ダリアが部隊長を務めるずっと前からだ。だが、国から呼ばれたことなどほとんどなかった。
例外はいくつか。国の総戦力を傾ける2回ある戦。その戦に行く傭兵に選ばれた時だけ、国の使者がこの家の扉を叩いたことがあった。
いわゆる、中盤戦と呼ばれる戦と、英雄戦と呼ばれる戦だ。
今回も、その大きな戦に呼ばれるとならわかる。たしかに、もうそろそろその時期の一つ、中盤戦が行われる時期ではある。
が、次の大きな戦いに向かう戦力に、今回ダリアは入っていなかった。もう、すでに内々に傭兵の発表はあった後だ。今更、国の使者が、ここを訪れる理由などないはずだが。


「ダリア、おれが…」

心配そうに体を浮かせた後、ロイは体を止めて、それから首を振った。

「いや、なんでもない」

座りなおして、頷く。

「何かあったら、呼んでくれ」

あくまで、部隊長はダリアと。
おれが行こうか?という言葉を押しとどめて、ロイは判断したようだった。
その態度に、ダリアが眉を顰める番だ。
これまでロイは、この巡りのすべてのことを、部隊長だからとダリアに任せてきた。
今回も、結局はそう判断したようだったが…それを今、一度躊躇ったのも事実。この男が、一瞬でも自分が行こうと考えた理由がわからない。珍しいとはいえ、ただの城の使者だ。一傭兵であるダリアに、危害を加えるはずはないのだが…。

「わかったわ」

ロイが何を危惧しているのかは知らないが、慎重になるに越したことはない。
ひとつダリアは頷いて、使者の元に赴いた。







オーラム共和国。
何度も巡りを繰り返すこのブリアティルトの中心に位置する国。
ダリアもこの世界に来てから、ずっとこの国で赤雫☆激団の一員として籍を置いている。
が…


「入れ」

ごくり、と息をのんで、ダリアは扉を開けた。
城の執務室。
ロウハルト元帥の執務室の扉。
この国に長く居ながら、こんなところにまで来たのは初めてだ。


部屋の中は、微かにインクの匂いがした。空気が凛としている。
黄金の国の執務室でありながら、華美なところは一つもない、質素とすら言ってしまいそうな部屋。
黄色い絨毯の向こうには、一つの大きな机。その机の向こうにいるのは、紫がかった髪の精悍な男。
評議会委員であり、戦場ではその剣の才能を鬼神のように奮っている。かつての戦、ギボール戦役で立てた手柄の話は、世論に疎いダリアでも知っていた。
オーラム共和国軍部を統括する元帥。
評議委員長ベルリッテンと双璧をなす、オーラムを動かす者の一人。
実質この国のトップの一人だ。
ロウハルト元帥は、入ってきたダリアを見て頷いた。

「黒き桜ダリア。赤雫☆激団の部隊長だったな」

何やら、手元の書類をちらりと見て、正面のダリアをもう一度一瞥する。
その書類に何が書いてあるのかは知らないが、一度見た後は、興味が失せたのか、机にそれを置いてからは、元帥がもう手元を見ることはなかった。

「君は…暗殺者、だったな」

どきりと胸が鳴った。
隠しているわけではないので、それを知られたことは仕方がない。が、何故それをロウハルトが言及するのか、それがわからない。
ダリアは、所詮は傭兵だ。
傭兵なんていうと聞こえはいいものの、ただのゴロツキと変わりはない。
ダリアだけでなく、この世界では暗殺者なんてごろごろいる。だからダリアも隠してはいなかった。
そもそも、ダリアにとってこの世界が奇異に見える理由の一つがそれだ。
過去がなんであれ、何を生業としていても、傭兵として登録し、実力さえあれば、国の中枢にのし上がれる。ことになっている。
オーラムだけでなく、世界中で。傭兵という職業は、誰でもなることができ、そして実力があれば、どんな人物であっても成り上がることが出来る。
夢のようなシステムだ。
異世界から何者かが迷い込んでくるという黄金の門なんて得体のしれないものがこの世界にあり、各国が少ない国土を取り合う現状、出来たシステムなのだろう。
異世界人たちを取り入れ、国の力にするシステム。
傭兵たちに夢と生活をもたらし、その力で国は反映する。
そして…

「仕事、かしら」

ダリアは、ロウハルトの静かな目線を受け止めた。
ロウハルトがここに呼び出した理由を、そしてダリアがそれを認めたことを、交わす視線で双方理解した。

「次の戦を、知っているな」
「ええ、大きな戦があると聞いてるわ。中盤戦。オーラム傭兵の中でも、英雄という武勲を立てた者たちが、各国の中心を攻める」
「そう。もちろんのことだが、この戦で我々は負けるわけにはいかない」

口髭を撫でながら、それからロウハルトは何でもないことのように言った。

「君には、偵察を頼みたい」
「…私は、今回の戦には呼ばれてないんだけど」

大きな戦に呼ばれるのは、これまでの戦いで、戦果を挙げる遠征をしたものたちだけ。
呼ばれる実力もなかったのだということと、呼ばれていないのだから関係ないということと、二つの意味をにじませてそう言う。
だが、ロウハルトは眉ひとつ動かさなかった。

「だからだ。誰にも気取られない。すでに、幾人かにも協力を要請している。君には、帝国に偵察に行ってほしい」

ロウハルトの答えは、つまりは…
一つには、この戦に選ばれないということは、敵味方内外問わずノーマークだから、偵察もしやすいだろうということ。それと、もし失敗したとしても、そんな傭兵が消えたくらいでは、国にとっては痛手も何もないだろうということ、だろうか。
ましてや、暗殺者崩れの傭兵だ。そんなごろつきの一人や二人、どうとでも使い捨てられる。

「褒美は充分にしよう」

まったく、良くできたシステムだ。
傭兵に夢を持たせ利用するだけするその機能…と、ダリアは自嘲して、それから頷いた。

「わかったわ」

そんな見え透いた欺瞞のようなそれを、ダリアは嫌いではない。
利用されてこその仕事だ。
傭兵なんて、国のために働くなんて、ガラでもないことよりも、裏で囁かれるそんな欺瞞に満ちた仕事の方が、よっぽど落ち着く。

国のためも関係なく、部隊長なんて責任もなく、ただ一人の暗殺者として、その依頼を飲み込む。

「偵察だけでいいのかしら」
「こちらの”依頼”は偵察だ。向かう英雄たちが、持ちうる力を存分に発揮できるように、しっかりと頼む」

ダリアの問いに、イエスともノーとも答えなず、元帥は話を打ち切った。
もっとも、ダリアもそう答えるとは思っていた。国のトップが暗殺を仄めかすわけはない。
それでもそれを問うたのは、やっぱり偵察だけでなく暗殺も頼むだなんて、言い出すような者ではないと、確認を取りたかったからだ。
どうやら、やはりそんなばかげたことを言い出す男ではなかったらしい。
だが、やはり否定はなかったことを思うと、甘い男でもないようだった。

(まあ、こちらが勝手に暴走して暗殺なんてしたら、切り捨てるけれど、それはそれで、ということかしら)

上手くやれば報酬を上乗せさせることも出来るだろうが、割に合いそうにはない。

(まあ、状況次第ね)

国の為に危ない橋を渡る気はない。
別に忠誠を誓っているわけでもない、ただの傭兵だ。使い捨てされる気もない。
ダリアがこれを受けたのは…

(あの男を探して処分するより、よっぽど楽だわ)

探しても見つからない、あの男を、一時でも忘れるため、かもしれない。
ダリアが部隊長になると決めたのは、あの男…ジャラヒ・ワートンをおびき寄せるためだ。
だけどあの男は現れないし、探しても見つからない。
見つけて処分を下す。その決意は確かなものだったのだけど。
その決意が、何に対するものなのかわからない復讐なのか、それとも使命なのか、今となっては、言い切ることができなくなっていた。
ジャラヒに生かす理由がないなら処分しろなんて、中途半端な依頼を投げかけた男、ジェインは未だ何も語らない。
ジャラヒともう一度話す、と決めたものの、姿を見せないならどうしようもない。
となるとダリアに出来るのは、毎日、国のためなんて似合わない大義を背負って遠征に出ることか、こんなきな臭い依頼を受けるか、だ。
今のダリアにとっては、このきな臭い依頼は、本来の自分を取り戻す、救いの手のようにも見えた。


ヴァルトリエ帝国。
オーラムの北方に位置する巨大帝国は、皇帝エリュシオンが治める、科学と魔道の国だ。
と、一般的な知識しか持ち得ていないダリアは、覚えたばかりの要人の名前を胸の内でもう一度暗唱した。
既に、一通りの人物の確認は果たした。
クラニオにナイトガルム、ルシフェリアにゾーロト、ヴォルフムントにナグルファル。
聞き込みや、見張った結果、各人の呼ばれと、その所以を知り、注意すべき点を箇条書きにしてメモを取る。
さすがは魔道科学の国。圧倒的な魔力と、それをサポートする科学の力は、オーラムにはないものだ。
本当だったらもう少し近づいて、その情報をもう少し得たかったが、諦める。必要ない所での無茶はしない。戦闘能力さえ把握すれば依頼としては充分だろう。
国の中枢を治める人物と、あとは、戦で指揮を執る英雄たち。
今回の依頼は、その英雄たちのデータを取って終わりだ。
事前に調べた情報が正しいのかの確認を取り、実際に英雄たちを目視する。それからこっそりと後をつけて様子を伺い、英雄らの予行演習の情報を得た。運良く、数刻の後に、有志の英雄らが揃って遠征に行くらしい。願ってもない機会だ。そろりと何食わぬ顔で後をつけ、更に調査を続けた。
ダリアも、遠征中に英雄らの姿を見かけたことはある。だが、戦う相手として見るものと、離れて伺うものと、得られる情報量は違った。
戦いのクセ、武器をしまうタイミング、避ける時の体のブレ、よく使う技と、その練度と制限。それから彼らのチームワーク。

(…こんなものかしら)
ルシアにコールにカイ、三人の帝国英雄の情報をひと通り記したあと、ダリアはさて、と息をついた。
ここで得た英雄の情報は、三人分。
英雄は、各国四人。
残りの一人は、白道者ブランだ。
現在、この予行演習の場にはいない。
どうやら今は国を出て遠征中、らしい。
らしいというのは、調べても、正確にどこにいるのかはわからなかったからだ。この中盤戦前の忙しい中、全員が全員、国内にいるというというわけでもないので、いなかったとしても不思議はない。

(まあ、仕方ないわよね)

ダリアも、他の英雄たちと同様、彼の姿は戦場で見かけたことはあった。
彼に狙われたら、誰も避けることなど出来ないと称されるその攻撃。接近しても離れても駄目なのだと、他の傭兵からも聞いたこともある。素早い剣技は、どこにいても素早く追いつき、あっと思う間もなく、狙われたものは地に落ちる。
ダリアは直接刀を合わせて戦ったことはないのだが、その剣筋の綺麗さは、遠くから見ても記憶に残るものだった。
できることなら、彼の剣筋を、近くで見て調査したかったのだが、いないものは仕方がない。
しばし躊躇したが、いつまでもこうしているわけにもいかなかった。
本番の戦は、もう迫っている。

(…もう報告に戻ったほうがよさそうね)


既にロウハルトから求められた情報は充分手元にあった。
各英雄の細かい情報、現地の地形、陣形、命令系統、細かな作戦。特に、オーラム攻めの指揮を執るカイの情報は細かく記しておいた。
依頼は一応の達成を見せている。危ない橋を渡るつもりもないので、今回は暗殺云々は考えない。

一つ頷いて、ダリアはその場を後にした。
英雄たちを見て歓喜し、熱狂の声を上げる兵士や傭兵たちの間をすり抜け、町外れへと足を向ける。
今から帰りの馬車を手配したら、明後日の夕方には国に戻れるだろう。



「ああ、オーラム行きだな。お嬢ちゃん運がいいな、オーラム経由セフィド行き。丁度来たところだ。」

乗合所につくと、気の良さそうな男が馬車を示して言った。
金を出し、言われるがまま荷台に乗り込む。
馬車は中型。半分に荷物が積まれているのは、物の輸送も兼ねているからだろう。経由するオーラムは商業国だ。ブリアティルトの中央に位置する地形上、各国の流通はオーラムを経由する。故に、乗合馬車に荷物が積まれることも珍しくない。
荷物の他にはダリアを除いて三人。
戦士風の若い男。その前に座る小さな少女。それからその横に少女の身内であろう老人が座っていた。
それを一瞥してから、ダリアは空いている席、男の隣に腰を掛けた。
男はこちらを見て会釈をし、ダリアが座りやすいように少しずれる。それに礼を示してダリアも会釈を座り腰かけ、前を向くと、老人の横で少女がニコリと笑った。その少女に、少しバツが悪く思いながら、ダリアは意味なく頷いて、それから窓の外に目を向けた。
待つことしばし。
まもなくして馬車は揺れて、かたりことりと音を立てながら動き出した。




「ねーねー!おにーちゃん、おめめ悪いの?」

しばらく景色を眺めていると、斜め前方の少女が明るく声を上げた。
横目で見やると、彼女は、その前に座っている男に声をかけているらしい。
男…ダリアの隣に座る黒髪の青年は、少し驚いたように間を開けたが、すぐに、違うよと首を振って答えていた。

(…目?)



少し気になって、ダリアも横目で男を窺う。

と。

(あ)

その男の正体を悟って、ダリアは小さく息をのんだ。

黒い髪で覆われていて、ダリアのいる側からではよく見えなかったが、彼の左頬を覆うは、冷たい仮面。素材は分からない。
ひやりと冷たさを感じるそれとは裏腹に、ダリアから見える方、右側は穏やかな顔をしていた。
年のころは、ダリアより少し上だろうか。20代前半か、そんなところ。
黒髪、仮面、額の布。若い青年。帝国。

(白道者、ブランだわ)

おそらく、そうだ。
帝国の英雄の一人、ブラン。
帝国で見ることができなかったと思ったが、こんなところにいたのか。

と、視線に気づいたのか、ふとブランがダリアの方を向いた。

右目の青い目。
それから、左目の仮面。そこから覗く金の…

「…っ」


目が合ったのは一瞬で、どちらからともなくすぐに目を逸らした。

「おめめ、わるくないのに、なあにそれ?」

無邪気に続ける少女は、立ち上がって興奮したように手を叩いている。

「これは…」
「これこれ、やめなさい」

はしゃぐ少女を、横から老人が宥めていたが、効果はいまひとつのようだ。
動いている馬車の中だというのに、上手くぴょんと跳ね、少女はブランの隣に収まる。
ブランが少女の為にこちらにひとつ寄ってきたので、ダリアも窓の方に少し身を寄せた。
それを見て、ブランは謝るように会釈し、なんとなく居心地悪くダリアも目を伏せて返したのだが…。

(……)

胸の内に、なんとなく違和感がよぎった。

「おなまえなんていうの?お兄ちゃん」
「え、ああ、ブラン…」
「ええ?ブランって、あの英雄の?!」
「えっと、いや、そーいう柄じゃあないんやけど…」
「おにいさん英雄なんだ!すごーい!」



無邪気に問う少女に、戸惑いながら頬を掻くブラン。
その光景は、まるで兄弟のように微笑ましいものだったが。

「元気なお子さんね」
「ええ、はい、ご迷惑おかけします」

目の前に座る老人に声をかけて、ダリアは目を細めた。
老人の目線を追って、もう一度ブランたちを見る。

先ほどまで戸惑うようにしていたブランは、少女の明るさに慣れてきたのか、やわらかく微笑んで、彼女のとりとめない話に付き合っているようだ。
ダリアの方も、少し落ち着いて来たので、前に座る老人に世間話を持ちかける。

「帝国から、セフィドまで行くの?」
「ええ、一度教会に行ってみたいと思いまして、孫と旅行なんです」
「教会…それでなのね」
「?」
「いえ、なんでもないわ」

ふう、と息をついて、堅い背もたれにもたれかかる。
気がかりな、その違和感の正体がわかった。
なんてことはない。
わかってしまえば話は早い。

「ねーねー、おにいちゃん!いいものあげる!」
「ん?」

少女は得意げにふふふと笑いながら、腰元のポシェットを探って何かを小さな掌に忍ばせた。

「ブランおにいちゃんが、がんばって勝てるように、おまじないだよ!」

彼女が取り出したのは、小さな飴玉だった。
桃色の包み紙にくるまれた、小さな飴玉。
小さなポシェットの飴玉は、彼女のとっておきなのだろう。
宝物のように大事に握って、それを差し出す。

「これ食べてたら力が出るよ!絶対勝ってきてね!」

小さな手でブランの掌を握って、無邪気にぜったいだよ!と繰り返して。
そんな少女の応援に、ブランは頬を緩ませた。
ぽんぽんと彼女の頭を撫でて、キャンディを受け取る。
それから、包み紙を開けて、キャンディを口に運び…

「知らない相手からもらったものは、食べないほうがいいんじゃないかしら」

隣から投げかけられたそんな冷たい声に、ブランは手を止めた。

「べつに、私の知ったことじゃないけど」

そんな風に言って、かと言って強く止めるでもなく、ダリアはブランに視線を投げる。
少女はちらりとダリアを見たが、ダリアが動かないのを確認して、すぐにブランに向かいなおった。

「おいしいよ?元気が出るの!おにいちゃん、いらないの?」
「え、いや…」

「…そんなに美味しいなら、あんたが食べたらいいんじゃないの」

目の前の少女と、飴玉と、ぽつりと呟くだけ呟いて、何もしようとしないダリアと、戸惑うように順に見やったブランは、最後に少女に視線を戻して、彼女の顔と同じ高さに屈んで、困ったように頬を掻いた。

「この飴、ほんとに貰っていいの?」

そんな風に聞いて、大きくうなずく少女に微笑む。

「大事なものなんじゃないん?」
「大事だけど!元気が出るの!おにいちゃんに、勝ってほしいから食べていいよ!」
「そっか。元気が出るんか」

うんと頷いて、ブランはその飴のを空に透かした。緑色の、輝くように透き通った飴。
それを口元に持ってきて、手で弾くような仕草をした後、

「ごめんな」

そう言って、それからぺろりと、口の中に入れた。

それを確認して少女は笑う。
笑って、一歩、身を引いた。
身を引いて、それから動く馬車の扉に手をかけ、かちゃりと音が鳴り、扉が開いたと同時に。

「――!!!!」

大きく、馬車が揺れた。
大きく弾む。
天と地が逆さになるような衝撃に、ダリアの身体も宙に浮き、咄嗟に受け身をとる。
大きな爆発音がはじけた途端、隣にいたブランが、身体を崩してダリアに覆いかぶさった。

「…っ」

ブランの身体を受けとめながら、ダリアは背中の衝撃を覚悟した。
男の身体の向こうに見える煙で、馬車が爆発したことを悟る。そして爆煙の向こうに二つの影。
やっぱりだ。
おかしいと思ったのだ。とはいえ、こんな強硬手段を取るとは思っていなかった。
来る身体の衝撃に、骨の2,3本折れたことを覚悟して―

覚悟したのだが、その来るはずの衝撃は、ダリアに襲ってこなかった。
代わりに、なにかの力が加わって、ダリアの身体が反転する。
くるりと反転して、それから、身体がぎゅっと圧迫された。
同時に視界が真っ暗になる。
真っ暗になって、圧迫されて、かすかな汗の匂いがダリアの鼻孔をくすぐって。
それが何なのか考える間に、反転した身体は、くるくると回った。
振り落とされないようにダリアも掴む。
掴んで、いくらかの身体に襲いかかる衝撃を耐えた後。

「ふう」

耳元で吐かれた息に耳をくすぐられ、もう爆発音が聞こえないことに気がつく。
それから、もう何の衝撃もないことにも。
最後に、きつい圧迫感からふっと解放されて。
ぽんぽんと背中を撫でられて、ダリアは事態に気がついた。

「怪我、ない?」

耳元の声に、慌てて抱きしめていた腕を離す。

「え、えっと」

どうやら、爆発した馬車の中で、毒に倒れたと思ったブランは、そうではなく、ダリアを爆発から守り、落ちた衝撃からも身を呈して守ってくれたらしい。
と、同時に。

「……なんで生きてるの?」


暗殺者の毒の飴玉を舐めて死んだはずのブランが、生きていることに驚いた。









セフィド西方教会には、ごく一部、過激派と呼ばれる思想をもった連中がいて、その連中は、お抱えの暗殺者集団を囲んでいるらしい。表に出るのは主に老人や子供たち。油断させて、丸薬に似た毒薬や、仕込杖、毒針などで対象を始末するのだ。

ダリアがそれを知っているのは、もちろん調べたからだ。
この世界に初めて来たとき…オーラムも密かにハイドストークと名乗る暗殺者集団を抱えていると知った。
同業者として。裏世界で生きるには、闇の情報が必要不可欠だ。
だからダリアは、この世界に来て一番に、ブリアティルトの各国の闇組織と、その特徴を調べ上げた。
不自然に身のこなしの良い少女。少女を監視するように見る老人。
孫娘と祖父を名乗っていたが、そんな愛情で結ばれたような関係には見えなかった。

ダリアも、幼い頃にそんな孫娘役をやったことがある。
初めの印象は良いのだが、老人と子供という油断を誘う組み合わせだというのに、ターゲットはなかなか隙を見せなかった。これなら、自分ひとりでやったほうがいいくらいだと、コンビを組んだ老人に心の中で悪態をついていたものだったが…。
何のことはない、お互い様だ。
本当の家族なんて知らない暗殺者に、油断を誘う孫娘の演技なんて、中途半端でしかなかったのだろう。
上手くやろうとすればするほど、浮き出る違和感。
そんなものに当時は気がつかなかった。

今のダリアがそれに気がついたのは、不思議ではある。
家族なんて、今だって知らない。
だけど何故だか、その違和感に気がついてしまったくらいには…もう昔とは違うのかもしれない。

ともかく、あの老人と孫娘を演じていた二人は、暗殺者だろう。
確固たる証拠はなかったが、一度違和感がよぎると、もうダリアにはそうにしか見えなかった。
彼女たちの狙いは、もちろん英雄ブランだ。
セフィド遠征の指揮を執る英雄の始末。
おそらくは、セフィドの過激派の暴走であろうが。

その暗殺者に狙われ、毒薬を口にした英雄ブランは、毒薬を飲んだにも関わらず、爆発する馬車からのアクロバット脱出さえ決めて、ぴんぴんした姿でダリアの前に立っている。

「えっと、生きてて、ごめん?」
「あ、別に、悪いわけじゃないのよ」

助けてもらったうえに、なんで生きているの呼ばわりさえした自分に気がついて、ダリアは慌てて首を振った。

「お礼、遅くなったわね。お陰で怪我しないですんだわ」

骨の2,3本覚悟していたが、おかげで無傷だ。
ブランはというと、こちらを庇って地面にたたきつけられたはずなのに、どこかを痛めているようには見えない。
仮面も割れていないし、その穏やかな顔もそのままだ。もちろん仮面からのぞく金の目も。

(白道者ブランは不死身って噂、ほんとかしら)

礼を言うと、慌てたようにブランは両手を振って。

「あ、いや、俺も、いや自分も、さっき止めてくれて気付いたから」
「…気付いたのに食べたの?飴」
「いや、毒薬の匂いがしたから、こりゃまずいかなーとは思ったんだけど、俺なら多分死なないかなーって…」

飄々とそう言うブランに、呆れたようにダリアは額を押さえた。

「た、多分で食べたの?」
「俺、腹強いから!それに、女の子必死だったし!食べてあげないとかわいそうかなって…」

思って…。
と、段々と声をすぼませて、最後には、ははは…、と乾いた声で笑った。
それから、小さく息をついて。

「せっかく止めてくれたのに、ごめんねダリアさん」

ダリアと、こちらの名を正しく呼んで、ブランは頭を少し下げた。
きょとんと、ダリアはそれを見つめる。
突然名前を呼ばれたのに、何故か不快感はなかった。
初対面なのに、名前を知っていたことに対しても、不思議と警戒心が湧いてこない。
胸にあるのは、何故こちらの名前を知っているのだろうという、疑問だけだ。
仮面で、毒を飲んでも死ななくて、毒を盛った少女がかわいそうだからと大人しく飲むような不思議な男なのに、何故か湧かない警戒心。彼のお人よしそうな人柄からだろうか。
警戒心や不信感というなら、彼に対してよりも、そんな自分に対するものの方が大きい。
が、それはひとまず置いておいて、ダリアは疑問をまずは口にした。

「…私のこと、知ってるの?」
「いや、知ってるってほどじゃなくて…前に、8の巡りの時かな、オーラムにいたころ、ほんの少し見かけただけで…」

べ、別に怪しい理由じゃないよ、と慌てるブランがおかしくて、少し笑えた。
8の巡り――丁度、ダリアは元の世界に帰っていて、ほとんどいなかったときだ。
そのときにブランはオーラムにいたのか。
何故だか少し、惜しい気もした。
あの巡りの時、最初からこちらにいたら、この不可思議なブランという青年のことが、少しはわかったのだろうか。
ブラン。金の瞳。
この目に見つめられると、何故だか心が軽く、全ての心の鎧を、引き剥がしたような気がして。


(…??)

ふと、ダリアは何かが晴れた気がした。
何がと言われてもわからない。
なにか、鎖が切れたような。心が晴れたような。
別に、何があったわけでもないのに。

「ダリアさん?」

いや、そんな事はどうでもいい。
ダリアは早く帰らなければならないのだ。
早く帰って、ジャラヒを処分しなければならない。
こんなところで油を売る暇はない。


(…あれ…)

処分?こんなところ?油を売る?
突然過ったその意識に、違和感を覚える。
早く帰らなければならない?何故?
仕事帰りのトラブルだ。急ぎの仕事もない。別にそんなに焦らなくてもいいではないか。
ブランを知りたいと思うことだって、いつもの自分の好奇心だ。
毒薬を飲んで平気だというお人よしの英雄に、何か秘密があるのなら、知りたいと思うのは自然のはず。いつも通りの好奇心。

それなのに

(ほらやっぱり、早く、追わなければならないのだから)

(そもそも、こんな仕事、受けている場合ではなかったのよ)

(早く、追わないと、いけない。早く早く早く早く )

脅迫するように、どこかから自分の声が聞こえる。

(だって、ジャラヒを追うのが、目的でしょう)

必死にそう響く焦った声は、自分の声だ。
胸が騒いだ。
そうだ、ジャラヒを追わなければならないのに、こんなところにいるわけにはいかない。
そうだ。この巡りに入って、ずっと追い立てる声。
急いで。見つけて。処分。早く。

(でも)

何故追わなければならないのか。
冷静なもう一人の自分の声が、微かに聞こえた。

(何故急ぐの?何故ジャラヒを追うの?)

小さな声。でも、諭すように静かに強く語りかけてくる。

(復讐のために、ではないのよね)

あの男を処分しなければならない。そう強迫観念に迫られていたけれど、前にセリラートと話したときに、気がついたはずだ。
復讐ではない。
ただ、似たような思いはあった。
きちんと話すと言ったのに、話をする前に消えたジャラヒに、何故消えたのかと、問い詰めたい。
だけどそれは、処分しなければならないという、殺意のあるものでは、本来なかったはずだ。

それでもジャラヒは処分すべき男なのだから、追わなければならないのだけど。
そもそも、処分すべき男だというのは、ジャラヒがとてつもない犯罪者で、嘘ばかりつく男で、組織を潰して逃げ出した男だからで、仲間を裏切って、ドロシーを傷つけて、話もせずに逃げ出したからで、

(……あれ?)


犯罪者?裏切った?傷つけて、ドロシーを?あの男が??







『そーいえばさ、おまえ、知ってるか?母の日。ドロシーにさ、こう、花でもプレゼントしたら、驚くと思わねえ?』


朝一番に、カーネーションなんて買いに行かされて、ドロシーがテーブルの上にいつも飾っている花の名前が「ダリア」ということを知った。あのときの、恥ずかしいような、いたたまれない気持ち。




『あのクソロイが、また――の周りをうろつきやがってさ。――があいつを頼るから、おれは仕方なくこうやって…』

たまに聞かされたグチに、意気地なしねと言ってやったら、落ち込みながらも何かを奮起して、あの子の元に駆けていった。たまに背中を押してやらないと立ち止まって沈むのだ。あの男は。







『なぁダリア』

ある晴れた日、あの男はダリアに言った。

『おれ、たまにこれ、夢じゃないかって思う』

薄く笑って、ドロシーの入れたコーヒーを飲みながら、どこか遠くを見るように。

『だから、ある日起きたら、みんな死んでんだよ』

食卓で、熱ィなんてコーヒーに文句を呟きながら、何でもないようにそう言う。

『そんで、おれはほっとすんの』

ぽかぽか陽気は暖かくて、台所でドロシーが鼻歌をうたっているのを遠くで聞きながら、上機嫌に。

『悪い夢だったなって』

幸せな日常を悪夢だなんて言って、それでも、その日常を愛しそうに、大事に大事に壊さないように抱きしめていたことを、ダリアは知っている。



(あれ…)

(なに、この記憶…)




悪逆非道のジャラヒとは、矛盾するジャラヒの姿。
でも、たしかにジャラヒだ。
ダリアが知っているそんなジャラヒは、ちゃんとダリアの中にあった。
それは、こちらを信じさせて裏で裏切るなんて、できるはずのない男の姿と、その横に微笑んでいる、見知らぬ一人の少女の姿。
めんどくさそうにしながら、彼はその少女をしっかり見ていて、かったるいふりをしながら、ドロシーを、ダリアを、傷つかないようにと見守っていた。


(でも、ジャラヒは処分すべき男だから)

(だって)

処分しなければならない。
犯罪者なのだから。
でも別に、ダリアは犯罪者だからという理由で始末するような、正義感の強い人間ではない。
なら、なぜ始末しなければと思うかというと。

(ジェインが、そう望むから。始末しなければならない)

ジェインの依頼だからだ。
依頼だから。依頼――ただのその言葉では足りなかった。
ジェインが、ジャラヒが生きる価値のある男なのか探れと、その価値がないのなら、処分しろと、依頼を出してきたのだ。
ただの、幼馴染からの依頼。
だけど、いつの間にかダリアの中で、ジャラヒへの憎しみが増幅されて―
依頼というにはもっと強い脅迫観念で、ダリアは強く思ったのだ。

(ジェインが言うから、ジャラヒを処分しなくちゃ)

(でもこれは)

――違う。

(……ジェインが、私に何かしている?)







「――さん!ダリアさん!」

肩を揺さぶる衝撃と、自分を呼ぶ声。
ゆがんだ焦点を少しずつ合わせると、金色の目が此方を見ていた。
黒い髪、仮面、金色の目、吸いこまれるようにそれをしばし見て、それから、その横の青い瞳を捉えた。

「……ブラン?」
「突然ぼうっとしだして…焦った。大丈夫?ダリアさん」

その声に頷いて、頭の靄を追いだすように首を振った。

「も、もしかして、さっきの爆発で頭とか打った?」
「いえ…大丈夫よ」

むしろ、頭はすっきりしている。
何かの呪縛が解けたような、そんな気分だ。

「ブラン、そのあなたの仮面…それとも目は…いや、なんでもないわ」

その仮面にひとつ思うことがあったが、確証がない以上保留にしておく。
何にしろ、もうダリアの中に、混乱する部分は消えていた。
何かに急かされるような、強迫観念はない。
あんなにうなされる様に感じていた、ジャラヒを追わなければいけないという殺意も、今はすっかりなかった。
今となっては、あんなにあの男が憎かった理由もわからない。
あれは、ただのヘタレでめんどくさがり屋の気概の足りない男だ。
あの男が赤雫☆激団から逃げ出したのは、きっとヘタレだったからだろう。
―ダリアが血眼になって処分すると追っていたのも大きいだろうが。
まあ、とにかく。お陰で、肩が軽くなったような感じだ。
急に呪縛のようなものから解けたのは、何故かはわからない。だけどそれが仮面の――ブランのおかげなのだとしたら、ダリアはそれに報いようと思った。



「それより、あなたを襲った暗殺者、あの爆発で逃げたみたいだけど、追わなくてよかったの?」
「あー、まあ、わざわざ、俺生きてますよって伝えなくてもいいやんって。ダリアさんは追いたい?」
「もう、なにかを追うのは当分こりごりだわ…」

そうわざとらしく肩をすくめる。
ブランは、その意味がわかっていないようだったが、ダリアが何かを吹っ切れたのがわかったのか、少し微笑んで言った。

「ダリアさん、オーラム行くんだったよね?やったら、オーラムまで送るよ。俺もその先のセフィドに行かなきゃだし。大きな戦があるんだ」
「知ってるわ。中盤戦。がんばって。…と言いたいところだけど、歩いて行って、間にあうの?」
「……ちょっと急ごう!」


そう右手を掲げて、とりあえず、ひっくり返った馬車に戻って、荷を集める。
その後ろ姿に、なんとなく可笑しくなって。
ふふと笑って、ダリアはその背中を追って歩きだした。




■□■□■□■□
特別ゲスト、マヨイゴ団RXのブランくん<277r>ありがとうございました!!
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2014-02-10 : SS : コメント : 0 :
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