【幕間】ジャラヒとドロシーとジェイン

冬も真っ只中クリスマス。
まだ17時も過ぎたばかりなのに外は暗い。雪こそ降っていないのでホワイトクリスマスにはならないが、窓には白い霜がこびりついている。
普段も賑やかな屋敷ではないが、今日はいつも以上の静けさで、それがまた寒さを増して感じさせた。
体を震わせ、手を擦り合わせながら、ドロシーは急いだ。
無駄に広い屋敷の中では、走ることは許されない。
今は誰も見ていないが、それでもドロシーは屋敷の規律を破るつもりはなかった。
現在、クリスマスだというのに、屋敷にはほとんど誰も残っていない。
旦那様は大統領出席のクリスマスパーティに出て行ったばかり。召使も大半は駆り出されていて、屋敷に残っているメイドはドロシー1人。
それとは別に残ったのは

「ろろしー!ろろしー!」
「はいはい!すぐにお待ちくださいましね~!」

向かう先にいる、この屋敷の子どもたち、二人だ。


扉を開けると、小さい物体が飛びついてきた。

「ろろしー!おそい!」
「はいはい。ドロシーですよ、ジャラヒぼっちゃん。あら、泣いてないんですね」
「なかない!えらい?」
「偉いです!さすがぼっちゃん!」

飛びつかれた勢いで抱き上げる。
想像していた泣き顔ではなく、ほほ笑みを浮かべた金髪の幼子は、にっこりと得意げだ。
泣き虫な彼が珍しい、とドロシーはもう一人の少年に目を向けた。

「遅くなってすみません、ジェラルドぼっちゃん」
「べつに…」

ジェラルド・ワートン。このワートン一家の長男。わずか10歳にして、学校を既に卒業し、家庭教師らも舌を巻く神童。ベッドの縁に座って本を読んでいるこの貫禄のある姿は、10歳児とは思えない。
ワートン一家の宝にして、今ドロシーの抱えている幼子ジャラヒの兄である。

「僕一人で大丈夫だと言ったんだが」

眼鏡の奥の鋭い目をドロシーに投げかけ、小さく嘆息する。

「…まあいい。そこの小さいのを連れて行ってくれ。僕は本でも読んでいる」
「ろろしーろろしー!にいさまね!絵本!よんでくれた!」
「あらまあ、よかったですねえジャラヒぼっちゃん」

きゃっきゃと腕の中で飛び跳ねるジャラヒは、両手をジェラルドのほうに伸ばしてにこにこしている。
ドロシーがジャラヒを床に下ろすと、ジャラヒは飛び跳ねてジェラルドに駆け寄る。ジャラヒはにこにこしながらジェラルドの横に座り、兄をまねるように、すましたポーズでベッドに座った。
それを一瞥したジェラルドは、一瞬言葉に詰まって瞬きをしたが、それを悟らせる前に、手にした絵本をドロシーにつきつけた。

「くだらない。幼稚な話だ」
「あのね!ねがいごとかなうんだって!すごいのよ!」
「…何度読んでも感動できるのがすごいなこのバカは」

ジェラルドが手渡してきた本は、薄汚れて、擦り切れていた。
何度も何度も読んできた本。
まだ、奥様――母親が元気であったとき、ジェラルドに読み聞かせ、そしてジャラヒにも読み聞かせていた本。
ドロシーも、ジャラヒが寝る前に毎日枕もとで読んでいる。
何度読んでも、ジャラヒはその話が大好きだった。

「ねえ!ろろしー!よんで!」

何度読んでも、一番それが嬉しいことのように、ジャラヒはそれをせがむ。

「ジャラヒぼっちゃん、あとにしましょう。今日はクリスマスですから、三人で七面鳥とプディング食べましょう」
「三人って、僕はべつに…」
「”三人で”、ご飯食べましょう。ね?」

クリスマスパーティで家中出っ張らっていて子供だけ残されているなんて、ドロシーには許せない。二人の子供を預かった責任もある。
こうなったらはりきって…と七面鳥のようなものを焼き上げてきたのが先ほど。
当のぼっちゃんたちは、兄の方は心底どうでも良さそうで、弟の方はクリスマスが何かもわかっていなそうだったが、ドロシーは有無を言わさず、まず兄をにらむと、兄は押し黙って諦めたようだった。
弟のジャラヒは、むうと頬を膨らませている。

「ねえぼっちゃん、お兄様とドロシーと、三人だけで寂しいですけど、楽しく過ごしましょうね」
「さびしくないよ、ろろしー」

金髪の幼子は首を振ると、ドロシーが脇によけた絵本を手に取って、それをぎゅっと抱きしめた。
それから絵本越しに顔を覗かせて。

「ろろしー、クリスマスはとくべつでね、ねがいごとがかなう日なんだよ?しってる?」
「…ジャラヒ、それは間違ってるぞ。色々と混ざって…」
「もーにいさま!ばか!」
「ば、バカ??」

ジェラルドが眉を寄せて訂正しようとすると、小さな手の短い人差し指をぎゅっと前に突き出して、

「ぼっちゃん、人に指をさしてはいけません」
「はーい」

突き出した手を開いて大きく返事をした。
それからしばし考えた風に頭をひねって、絵本を手にしながら、ジェラルドに訴えかける。

「だからね!にいさま。クリスマスはいいこはねがいごとかなうの。わるいこはろろしーにたべられちゃうの。わかった?」

振り向いて、ぼくいいこだから!と得意げにドロシーにアピールしてから、ジャラヒは兄の横にもう一度よじ登ってぎゅっとその腕にくっついた。

「ぼく、にいさまがろろしーに食べられるのいやだから、いいこにしようにいさま」
「…僕もドロシーには食べられたくないけど…そのドロシーが睨んでいるからとりあえず謝ろうな、ジャラヒ」

先制の二人そろってのごめんなさい攻撃に、怒るタイミングを失ったドロシーは、ふう、と息をついて、ジャラヒの隣に腰かけた。

「そうですね、さびしくないですよね」
「うん!ろろしーがいま絵本よんでくれたら、もっとさびしくないよ!」

にこっと邪気のない笑顔に、ドロシーはしてやられたことに気づいた。
ジャラヒの向こうのジェラルドは、諦めたように虚空を見つめている。
この少年は意外と押しに弱いのだ。これにやられて、今日ももう何度かこの絵本を読んであげていたのだろう。
いつだったか、聞き飽きたとかもう空で言えるとか、一度で覚える頭の良さが憎いだとか言っていた。
10歳児にしてその悟った顔を見ると、少し将来が不安になるが、逃げださないその根性は褒めてやっていいものだ。

「じゃあ、一度だけですよ」

一度だけと念を押して、元気なジャラヒの返事を聞く。
ドロシーも、何度も何度も擦り切れるほど読んで、見なくても覚えている絵本。
願い事を叶えるために、女の子が冒険をして幸せになる絵本。

「『昔々あるところに女の子がいました』」

女の子は、願い事が叶う国の話を聞いて、旅に出る。
旅に出て、いろんな冒険をする。
その冒険の話を聞きながら、ジャラヒの目はいつも輝いていた。

「『女の子は旅の途中、倒れている魔神を助けました。
魔神はありがとうと泣きました。お礼に黄金の国につれていくと言います』」
「だめだよ!まじんはわるいやつなんだ!だまされちゃうぞ!!」
「ジャラヒ、黙ってろよ」

何度も聞いた話に、ジャラヒは何度も聞いたところで声を上げる。

「『魔神は女の子を食べてしまうつもりでした。だけど出来ませんでした。女の子はだまされなかったのです』」
「よかった!!」
「『それから女の子は許しました。魔神はおうちに帰りたいと泣きます。女の子はおうちにおくってあげることにしました』」
「えー、またとおまわりになっちゃうよ!」

女の子は、冒険をするうちに、自分の願いを後回しにして、出会った人たちの願い事を叶えていくのだ。
悪い魔神の願い事を叶えて、意地っ張りなお姫様の願い事を叶えて、道端に落ちているお人形さんの願い事を叶えて、騙されたり、挫けそうになったりしながら黄金の国を目指す。
長い長いお話は、眠気を呼び込むのにもぴったりで、ドロシーは毎日、ジャラヒの好きな部分を少しずつ読んで、彼を寝かしつけているのだった。
案の定、今日もジャラヒは、聞きながらうつろうつろと首を揺らし始めた。

「ぼっちゃん、少し寝ます?晩御飯食べましょうか?」
「おんなのこのねがいごと、かなったぁ?」
「まだですよ。まだまだです」
「じゃあだめ。かなうまでよんで」

いつもはこのあたりでドロシーの背中におぶさり寝息を立てるところなのだが、ジャラヒは目を擦りながらも言うことを聞かない。

「いつも聞いてる話だろう。おまえも聞き分けよくしたらどうだ」
「だって、おんなのこのねがいごとかなわないと、ぼくのねがいごとかなわないもん」
「なんだよそれ…」

隣で聞いていたジェラルドが肩を竦める。

「だって、ぼくがねがいごとしちゃったら、おんなのこが、またがんばって、ぼくのねがいごとかなえてくれようとするでしょ?かわいそうだよ」

眠い目をこすりながら、ふてくされているようにジャラヒは言う。

「ぼく、今日はねがいごとかなえてもらいたいんだから、ろろしー、はやくよんで?」

クリスマスに願い事を叶えてもらう、というジャラヒの夢は捨てていないらしい。
だけども、それを先に言ってしまうと、女の子の願い事を叶えてあげようとまた頑張って自分のことを後回しにしてしまうから、ダメなのだ。
そんなわかるようなわからないようなことを言って、ジャラヒは意固地に横になろうとも、起きて食事に向かおうともしない。
どうしたものか、とドロシーは頭を悩ませた。
昨日の続きからではなくて、後ろの方から読めばよかった。
今からでも、少し飛ばして、最後の方だけ読もうか。

そんなことをドロシーが悩んでいると、ジャラヒの向こうのジェラルドが、はあ、と息をついて立ち上がった。

「あの子の話は僕が聞いてやる。おまえは少し寝てろ。
おまえの願い事も一応言っておけ。おまえ、起きれなかったら困るだろ?
こっそり僕にだけ言ってたら、彼女にも聞こえない」

そう言って、ジャラヒの手を引いて、横に寝かせる。
為すがままに体を倒しながら、ジャラヒは目を開けて口をひらいた。

「にいさま、あたまいいねえ」
「…当たり前だ。早く言え」
「えっと、ぼくのねがいは…えっとね…」

横になったジャラヒは、両手を出して、指折り数えるような格好で何かを考える仕草をして。
それからそのまま、口に出すことはなく、夢の世界に旅立った。

「…まだ聞いてないぞ…」

待ち構えていたジェラルドは、ジャラヒの手をそっと取って布団をかけて、それからもう一度ため息。
そんな姿をほほえましく見ながら、ドロシーはくすりと笑う。

「さすがお兄様。さて、お話の続き、代わりに聞きます?それとも、せっかく作った七面鳥とプディング、ジャラヒぼっちゃんが起きる前にここに持ってくる手伝いしてくれます?」
「…この寒いのに…」
「ありがとうございますジェラルドぼっちゃん」
「…ぼっちゃんはやめろ」

息をついて立ち上がるジェラルドに、彼のコートを差し出して、ダリアは扉に手をかけた。
廊下の向こう側の窓から、白く何かが滴るのが見える。
雪。
吹雪いてまではいないが、確かに白い雪だ。

「ホワイトクリスマスですね」
「どうでもいい」

寒いはずだとぶつくさ言うジェラルドの手を引いて、ドロシーは食堂を目指す。
相変わらず屋敷は静かだったが、それでも少し暖かいような気がした。
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tag : 第10期 ジャラヒ ドロシー ジェイン

2013-12-11 : SS : コメント : 0 :
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