【10期】赤雫☆激団第二章1

ダリアが覚えている一番最初の記憶は、白い空と、それに溶けるように舞う花びらの桃色だ。風が強くて、巻き上げられた花びらが、いくつもダリアの目に飛び込んできて、風の強さに息が苦しくなりながら、ダリアはずっと木の下に立っていた。

春だから桜が咲いて、その花は風に奪われてもうじき消えるのだ。
それから、もう二度と咲かない。
春はもう消えてしまう。
そんなことを意識しながら、じっと花を見つめていた。
見知らぬ大人が来て、ダリアの腕を引いて連れて行ってしまうまで。



そして、その日からダリアは裏世界を生きることになった。
金のない家族が、とある暗殺ギルドにダリアを売ったのだ。
よくある話で、感慨も何もない事実。
ダリアもそのことをすぐに受け止めたし、そこで習うすべてのことに反発はなかった。
子供であるダリアは、対象を油断させることも容易で、手先の器用さや、動じない度胸もあって、すぐにその仕事に馴染んだ、と思う。
馴染んだ、と言い切れないのは、ダリアにも、さすがに最後の工程には、身体が冷えるような忘れられない感覚を覚え、それからしばらくは、悪夢を何度も見たからだ。


世界中の悪意がダリアにのしかかる夢。
目を瞑ると襲ってくる悪意。嘲笑。喪失感。
べとべとと、つきまとう悪意の夢。
朝なのか昼なのか夜なのかわからなくなるくらい、何度も何度も襲い掛かってくるそれが、ダリアに命を奪われたものからの呪いなのだとしたら、幼いダリアには、受け止めるしか術はない。
そう諦めて、幻聴や悪夢と闘いながら狂いそうな毎日を過ごしていたあるとき、ダリアは救われた。


それはある日のこと。

仕事を終えて、部屋で膝を抱えて丸くなっていたダリアの顔に、ひらりと冷たい何かが当たった。
また、何かが襲いに来たのかもしれない。そう思って、緩やかに顔を上げる。

ひらり

と、また、目の前に落ちる何か。

「ゴミ」

その何かの先に、見知った少年の顔があった。
薄桃色の何かを握って、ダリアの前にゆっくりと、それを落としている。

「…ごみじゃないわよ」
「塵?」
「言い方変えただけじゃない。…ちがうわ」

少年が、「ゴミ」と言って落とした何かを手に取ってみる。
冷たくて滑らかなその感触は、ダリアに覚えがあった。

「…桜、この辺りにも、咲いているのね」
「ゴミの木?」
「桜よ。白くて、雪みたいに降ってくる花」
「ゴミみたいだった」
「あんたの感性って狂ってるわ」

少年はぴくりとも笑わずに、掌から花びらを落とし続けた。
少しずつ、ひらひらと。
雪のようにダリアの膝に積もる。
黒いスカートの上に積もった白は、とても綺麗だった。
とても綺麗で…ダリアは故郷のそれを、初めて懐かしく思った。
今はもう帰れない、丘の上の桜。
風が吹くと雪みたいで、春なのに雪が見えて得したみたいだと思っていた。

すべての花びらが落ちた時、ダリアは全てから解放されたような、それでいてもう逃げられないような、不思議な感覚を受け止めた。
襲い掛かってくるすべての悪夢が遠くにいったような、それでいて捕まえたような。
今思うと、覚悟だったのかもしれない。
すべてを受け止めると、知らずに決めた最初。
何とも言えないその感覚を俯瞰して、それからもう、ダリアが悪夢を見ることはなくなった。

それ以来、仕事を終えた後には、その遺体に一枚花びらを置くことにしている。
弔いでも贖罪でもないけれど、そうすることがダリアには必要だった。



少年――ジェインと名乗るその少年が、何を思ってダリアにあの花びらを持ってきたのかはわからない。
ジェイン。ダリアより6つ年上の少年。
黒い髪に、利発そうな目を眼鏡で覆っている。
頭がよく、度胸があり、仕事を失敗したことはない。
この若さで、組織から一目置かれている。
組織の中では年が近いこともあって、共に組んで仕事をすることもあった。
ダリアも人のことは言えないが、ジェインも口数が多い方ではない。
意思の疎通を取る行為を怠りがちな彼は、組織からも浮いていた。
もくもくと仕事をする彼は、失敗をすることはない。そして、他者を必要としない。
誰かと組まされても結局は一人で仕事をする彼と、共に組むことを承諾する仲間は徐々に減り、ジェインが誰かと組んで仕事をしないといけないときは、必然的にダリアが組むことになった。
不思議と、ダリアとは馬が合うのだ。
ダリアといるからといって口数が極端に増えるわけではないが、なんとなくダリアには、ジェインの考えていることが分かった。
苛立っているとき、眠そうなとき、喜んでいるとき、声をかけられたくないとき、わかりにくいジェインの表情を見るまでもなく、なんとなくわかる。
頭の良い彼の考えている意図までを察することは出来ないが、ダリアもジェインをわかろうと思ったことはないので、それは別にどうでもよかった。

だから、彼の正体がワートン財閥の長男で、彼の黒髪は染めたものだとわかったのは、つい最近のことで、知ってもそうなのかとしか思わなかったし、彼の態度も全く変わらず。違和感があったのはそのピカピカ光る髪だけで、ダリアはようやくその金髪になれてきた所だ。







■□■□

ブリアティルト10回目の周期。
その初めの日の朝、ダリアはすぐに部屋を飛び出した。
赤雫☆激団。団長室という名の寝室。
以前ここに寝泊りをしていた青年の姿はもうない。
9回目の周期を団長として過ごした男はここにおらず、今回の周期は、ダリアが団長を務める、ということになっている。前の周期の終わりに、それは決めた。
赤雫☆激団リーダー、岸辺ロイの要望と、ダリア自身の希望もあって、だ。

「ちょっと考えたいことがあるんだ」というロイの言葉を問い詰めることはダリアもしなかった。好都合だからである。
ダリアの目的、罪人「ジャラヒ・ワートン」を追い詰め、捕まえ、そして処分するには、赤雫☆激団というエサが必要だった。
ジャラヒは9回目の周期で赤雫☆激団の団長役をしていたのだが、それを最後まで全うする寸前に、姿を消した。
ダリアは今までの巡りで彼を監視していたのだが、あまりにもそれが唐突だったため、情けない事に、行方を追うのが一歩遅れてしまっている。
すぐに追って、見つけならない。
そして……なんとしても、処分しなければならなかった。



「ジャラヒ・ワートンを知らない?」

9の巡りから、10回目の巡りへ。
また新たに世界がリセットされた。あの男も何か行動を起こすはず。
そう思い、そうそうに街に入り、聞き込みを開始する。
ブリアティルトに住んでいるものは、二種類に分けていい。
世界が3年の周期でリセットしていることを、知るものと知らないもの、だ。
知らないものは、時折既視感を持ちながらも、いつもの毎日を繰り返している。
知っているものも、「そう」とは口にすることはほとんどない。
おおっぴらには暗黙の了解を是とし、時折、仲間内でひっそりと、今回の「周期」について耳打ちをする。
ダリアも、それは承知だった。
それを承知で、聞く。

「前回、赤雫☆激団の部隊長をした男よ」
「…ジャラヒ、ねえ」

案の定、尋ねられた男は顔をしかめた。
だが、ダリアの真剣な様子を見てか、何も聞かずに首を振る。

「悪い。今回始まってからは見てねえ。金髪のやつだろ?『前のとき』はたまに酒場にいるのを見たことはあるが…」
「そう、見つけたら教えてちょうだい」

ジャラヒがいるとしたら、どこだろうか。
酒場、市場、丘、港。
人が賑わっているところにいるようには思えない。
いるとしたら、裏通りだろうか。
あの男はスラムにも慣れている。
ブリアティルトでもそうだったかは知らないが、以前の世界でのジャラヒを考えると、それが一番ありそうだ。

もしくは…
と、ダリアは息をついた。
もしくは、誰かに匿ってもらっているか、だ。
内面はいざ知らず、あの男は外面は良い。
わりと誰とでもすぐに仲良くなり、交友を深めていたように思える。
仲良くなった人物に匿ってもらっている、という可能性もありえた。
取り入って、仲良くなり、良い人ぶって油断させて、それから裏切る。
ジャラヒ・ワートンはそういう男だ。
危険すぎる。

と、ダリアは踵を返し、見知った家に向かった。




「…ジャラヒを知らない?」
「だ、ダリアちゃん…ジャラヒくんがどうかしたの?」

いつもあの男が懇意にしていた仲間の一人。
少女はいきなり問われて驚いた仕草を見せたが、ジャラヒの名前を聞くと、すぐに心配したように顔を上げる。
心優しい少女だ。その様子には嘘をついているような様子はない。

「もしかして行方不明??だ、ダイチにも探してもらうように言わなきゃ…!あ、あとエミリアちゃん!エミリアちゃん顔広いし、ギルドのみんなで探したら…」

どうしよう!と顔を青くし、よく知る名前を上げる少女に、ダリアは首を横に振った。

「いいの。もし見つけたら、教えてちょうだい。でも、なるべく、気を付けて」
「気を付ける??」

なんと言えばいいか、言葉に詰まった。
罪人だと言っていいのだろうか。
心優しい少女を困らせはしないだろうか。
いつものダリアなら…ブリアティルトに来る前のダリアなら、躊躇いもせず協力を要請しただろう。その方が効率がいい。
あの男が大罪人だと、もうすでにどれほどの人を傷つけて生きていて、これからもきっとそうだと、すでにこちらの仲間も傷つけられていると、すぐに告げたに違いない。
だけど、ダリアはそれを口にするのを躊躇った。

もしかしたら、少女は信じないかもしれない。
ジャラヒはそんなやつではないと、ダリアを否定するかもしれない。
それとは反対に、頷くかもしれない。そして、そんな男だったのかと、傷つくのかもしれない。
その両方とも、ダリアの負担だった。
どちらも見たくない。
だけど、このまま放っておいて、もしあの男が現れて、少女に助けを求めたら…。
次に裏切られて泣くのは彼女かもしれない。

「…貴方の知っているジャラヒではないかもしれない。気を付けて。それで、もし見つけたら、教えて」
「ダリアちゃん?」
「それだけ。みんなにも、もし会ったらそう言っておいて」

唐突に、怖くなった。
怖い、と確認できる感情を持ったのは、久しぶりだ。
このブリアティルトで出来た仲間のようなもの。
彼らはみんなジャラヒと仲が良く、いつも笑っていた。
ジャラヒと共にいたダリアにも、笑いかけてくれた。
ジャラヒが彼らを裏切ったら、きっと彼らはもうダリアに笑いかけることはないだろう。
ダリアはここで得たすべてを喪失する。
また、ダリアがジャラヒを断罪したとして、それに同調してくれるかどうかはわからない。
ジャラヒと培った友情で、彼の味方をする者はいるかもしれないが、ダリアと共に、その彼を処分するという選択を選ぶものは、いるとも思えなかった。

いや…
いて、欲しくない。
彼らにそんなこと、させたくない。

どちらにしろ…どうなったとしても、ダリアは友を失う。
ジャラヒを断罪する味方など、欲しくないと言っても良い。

なんにせよ、考えると恐怖だった。
ダリアに選べるのは、なるべく彼らを巻き込まないようにすることしかない。


「ねえ、ダリアちゃん。何があったかしらないけど…」


神妙に黙ったダリアを気遣うように、彼女はそっとダリアを見上げた。



「私ね、ジャラヒくんに知らせたいことがあるの。ダリアちゃんにも。みんなにも」

それから、そっと、優しく自分の腹を撫でて微笑む。
その優しい顔は、いつも以上に今まで以上に優しい。
ダリアの知らない顔だった。

「ふふ、きっと驚くと思うな。でも、きっともっと楽しくなる。だから、ジャラヒくんにも、ね」

その笑顔に、ダリアは何も言えなくて

「頼りにしてるんだ。お願いって、伝えて?」

こくりと頷いて、ダリアは玄関の外に出た。












華やかなアティルトにも、裏通りはある。
比較的裕福な民の多いオーラムだが、例外はどこにでもあった。
それがこの辺りだ。
市場の裏を抜けて、一本道を入ると、ダリアはどことなく落ち着く自分に気が付いた。

ジャラヒがここにいればいいと思う。
友人たちを頼って匿ってもらおうなんて思わずに、こんな裏通りで、ひそかにまたギャングなんか作っていたりして、盗みや詐欺を働いていて、悪事にまみれて、ひそかに警察にチェックされていたりして、その悪事の現場をダリアが見つけて、とらえて、撃つ。
それで終われば一番早い。
だけど実際は、ジャラヒは陽気な仮面をかぶりながらも頭の良い男だ。
きっと、誰にも裏を見せずに、どこかに潜んでいる。



『ジャラヒ・ワートン』



ワートン財閥の次男坊にして、若くして名を広めた犯罪者の名前。
この世界でそれを知る者はほとんどいないが、ダリアの住む世界で、暗殺者なんて仕事をしていると、その名前は嫌でも聞こえてきた。

幼くして経営学、帝王学を学び、将来を約束されていた男。
父親に従順な顔をしながら、裏ではスラム街を滅ぼし、その頂点に君臨し、ギャングとして名を広げていた少年。彼は、表立っては治安維持を気取っていたものの、彼の言う治安維持は、思いつく限りもっとも過激な方法と言ってもいい。彼が関わると血の雨が降る。赤き雨ジャラヒ・ワートン。
スラムに居座っていた厄介者たちを、彼は一夜で全て消した。
その後、裏の世界でその彼の名を知らない者はいない。
それが、彼がまだ15の時の話だと言うのだから、将来を思うと末恐ろしい。少年にして、ギャングの力と、家の財閥の後ろ盾をもった男だ。
ダリアの所属する裏稼業の組合も、ジャラヒに手を出せないでいた。

そんな中、ジャラヒは二年後、彼の17の誕生日に、自らのチームを潰した。

解散なんてそんな生易しいものじゃない。文字通り潰したのだ。
誕生日のその日に、彼は自らのチームを、自らの手で、潰し、蹂躙し、残ったのは雨のような赤い血のみ。
彼のことを慕う仲間たちをも全てなかったことにして、むごたらしい現場を残したまま、その日、ジャラヒ・ワートンは姿を消した。


赤き雨の悪夢と呼ばれるその日は、のちの裏稼業の人間にとって、発端はこの日だ、とされる日である。
ただの1人のギャングが自らの組織を潰して消えた、だけには収まらなかった。
そのギャングがワートン財閥の次男坊なのだから、その衝撃は裏社会だけにも留まらない。ワートン財閥全体をも揺るがしかねない、ひいては世界すらも巻き込みかねない事件ですらあった。
もちろん、ワートン総帥の力で、事件自体は揉み消されたが、総帥が払った犠牲は軽いものではない。
バカ息子にどのような処分を下すのか話題になっていた中、ワートン総帥は、ある日ダリアを呼び出した。

ダリアは、以前の事件でワートン総帥に一つ借りがあり、一度だけ総帥のどんな依頼をも条件問わず受ける、という約束をしていたのだ。
事件の後の緊張の中、ダリアが意を決して総帥の元を訪れると、総帥の依頼は、意外なものだった。

『ジャラヒ・ワートンを見つけ、護衛すること』

暗殺者であるダリアに、処分の依頼でもなく、総帥はそう命じたのだ。

『ジャラヒは今、ブリアティルトにいる』

そんな、血迷いごとと一緒に。

おとぎ話の世界。ブリアティルト。
そのオーラムにいたジャラヒ・ワートンは、なんでもないような顔をして、善良な風を装って傭兵をしていた。
ダリアが、彼に銃をかざすと、腰が抜けたような驚いた情けない顔さえ見せた。

とてもではないが、赤き雨の悪夢をもたらした男には思えなかった。
お人好しそうに笑って、オーラムが好きだと言っていた。
そんな彼と共に、オーラムで過ごしたのは、ブリアティルトが7つ目の巡りを数えていたころの話だ。

正直なところ、ダリアは、彼を信じたのだと思う。
あんな事件を起こす素振りなんて見せなかった男とともに過ごして、仲間だと思って。


だからダリアは一度元の世界に戻って、彼の父親に、もう大丈夫だと言った。
彼はブリアティルトから出るつもりはない。改心して静かに暮らしていると。
死んだと思っていいと伝えると、総帥はそうかと頷いて、それで『赤き雨の悪夢』は終わった。


それからダリアは、ジェインに会って、ブリアティルトにもう一度来ることになるまで、ジャラヒはブリアティルトで平和に暮らしているのだと思っていた。
ブリアティルトで出来た仲間たちと、仲良く楽しく生きて、生まれ変わった生活を過ごしているのだと。
あの光景をみるまでは。

信じていた分、彼の裏切りはゆるせない。

ダリアは、自らの手で、あの男を処分することを誓った。








と。

「そこのお嬢ちゃん」

裏通りで佇んでいたダリアは、不意に声をかけられ、身を構えた。
ぼうっと考え事をしていたとはいえ、気配を読めなかった。自分の失態と、気配を消して声をかけてきた男への警戒心で、自分を叱咤する。
振り向くと、若い男。

「ジャラヒ・ワートンを探してるんだって?」

気安くそう笑いかけて、男は一歩前に出た。
それに合わせるように、ダリアも半歩下がる。構える銃で、すぐに狙えるように。
距離を意識して、ダリアは静かに頷く。

「ええ。貴方は誰?私は知らないけれど、ジャラヒの友人かしら?」

男は、中肉中背。背は高くも低くもない。武器も見た目では手にしていないようだ。が、警戒は怠らない。身軽な服装だが、その装備は使い込まれているように見えた。少なくとも、素人ではない。

「友人っていうか…こう言えばわかるかな。『赤き涙雨―レッドレイニング―』」

ダリアが警戒していることに気づいてないかのように、男はその名を軽く口にした。

『赤き涙雨』
赤き雨という名は、ジャラヒの二つ名として、知る人ぞ知る呼び名だ。
ジャラヒはこの世界では、それを自分からおおっぴらに名乗りはしなかった。彼にとっては静かに収めておきたい二つ名。
彼の過去を知るものだけが、ひっそりと呼ぶ。

そして、その赤き雨を、カタカナでレッドレイニングと呼ぶとき、それはそれはジャラヒ自身を示している二つ名とは違った意味を持った。
その名は、彼が率いていたギャング集団の名前。
ジャラヒが潰した、あのもうないギャングたちの名だ。

「あなた…何者?」
「んー、その名で言うと青き稲妻?みたいな?」
「…茶化してるの?」

とぼけたような口調で、男は頬を掻いた。

「赤き雨ジャラヒに、青き稲妻セリラート。聞いたことない?」
「ないわ」
「うん、広めようとしたんだけど広まらなかったからなー」

残念だと頷いて、男はもう一歩前に近づいた。
ダリアとの距離はおよそ8歩。銃は充分届く距離。
だが、ダリアに油断はできなかった。
ふざけたようなことを口にしているが、その姿に隙は見えない。
手慣れているのだろうか。そんな風に感じられる。
もしかしたら、するりと弾を避けて、ダリアが二撃目を撃つ前に、距離を詰められる可能性も否定できない。

「あ、警戒しないで。ほら、両手挙げるし。ほら、俺何も持ってないし、危害加えないし。
 っていうかさ、お嬢ちゃんめちゃくちゃ可愛くない?」

そう言いながら両手を上げて一歩二歩。

「止まって」
「はい」

5歩と半分の距離まで進んだ後、ダリアの静止に、男は大人しく止まった。

「あの、お嬢ちゃん、俺は君に良い情報あげられると思うし、どうかな、お茶でも」

機嫌を窺うように言う男からは、殺気も警戒心も感じられない。
しばし考えて、ダリアは銃を下げた。

「お嬢ちゃんはやめて」
「じゃあ何て呼べばいい?」
「ダリアよ」

ダリアちゃんか~!と手を打つ男は、どう見てもただのナンパ男にしか見えなかった。
やっぱり、適当に言っているだけかもしれない。その可能性のほうが高い。
話を聞くことを承諾したことに少し後悔しながら、ダリアは男の横を通り過ぎた。

「あ、ちょっと待ってよ!」









アティルトでも評判が悪い故に客の少ない酒場にて。
ダリアは隅の席に腰を下ろし、男のにやけた顔を見た。
身軽そうな黒い衣服を身にまとった男。年の頃は20前後だろうか。
ダリアをお嬢ちゃんなんてふざけて呼ぶくらいだ。ダリアより少しばかり年上、そう辺りをつける。

「俺の名前はセリラート。流れの傭兵をやってる」

店内でもまずいと噂のエールを手にした男は、一口それを口に含んで、満足したように頷いたあと、そう名乗った。
何も注文する気になれなかったダリアは、その様子を観察しながら、頷いて男に先を促す。

「セリって呼んでくれていいぜ。ダリアちゃん。ダリアちゃんはオーラム長いの?おれさ、オーラムは二度目なんだけど、マッカの方にずっといたから、あんまり詳しくなくて。ダリアちゃん、オーラム案内してくれない?」

頷かれて何を勘違いしたのか、セリラートは機嫌よくまくしたてた。

「セリラート」
「セリでいいって」

名前を呼んで、あとはただじっと男を睨んだ。
じっと。
目を逸らさずに見てやると、根負けしたのはセリラートの方だ。
両手を挙げて降参のポーズ。

「俺、結構修羅場こなしてるつもりだったけど、女の子に睨まれてこんなにドキドキしたの初めて…や、言います言います!」

ただのナンパ口実にジャラヒの名を持ち出してきたのかと思ったら、一応本題はあったらしい。
言う気になったらしいので、この銃は使わずに済んだ。と銃をコートの中にしまう。
それを見て、セリラートはホッとしたように息をついて続けた。

「ジャラヒは…赤き涙雨<レッドレイニング>のリーダーだった」
「ええ」
「で、おれはそのチームの一員だった」

赤き雨はジャラヒによって潰されている。
一人残らず全て手に掛かったとは聞いていたが、その生き残りがいたということだろうか。

「大変、だったのね」
「ああ、そうだな」

もうぬるくなったエールを一口飲んで、それからセリラートはグラスをテーブルに置いた。
弄ぶように手でグラスを弾き、それからふうと息をつく。

「ダリアちゃんは、あいつのなんなの?」

そう言ってダリアを見たセリラートが、何を考えているのかわからなかった。
軽薄な色はない。
かと言って憎しみがこもっているような、感情の色もない。
少しの違和感を抱いたが、それが確実におかしいと言えるものでもなかった。
過去を話す時は、どういった顔をしていなければならないなんて決まりもない。
だから、この無表情が何の意味を持つのかはわからない。
もしかしたら、この話は、彼にとってあまりしたくないことだったのかもしれない。
それはそうだ。
彼にとってジャラヒは、彼の居場所を潰し、彼を手に掛けようとした男。
そいつを聞き回っている女がいるなんて、何者かと問いたくなるのは当たり前だ。

「私は、ジャラヒを追っているの。あの男を処分するように依頼を受けた、暗殺者よ」

厳密には、少し違った。
処分するようにという、明確な依頼ではなかった。
依頼主、ジェイン・ワートンは、そんなわかりやすい依頼をダリアに持って来たわけではない。
ジェインが、そんなわかりやすいことを言うはずがなかった。
彼がダリアに依頼したのはひとつ。

ジャラヒ・ワートンを監視し、本当に生かす価値があるかどうか見極めること。

監視し、見極めたダリアは、その価値はないと判断した。
あの男の処分は的確で、それを実行すると。

「へえ、ジャラヒをヤるのか…」

セリラートは、目を見開いた後、しばらく考えるように目を伏せて、それからもう一度頷いた。

「それさ、よかったら、俺も一枚噛ませてくれない?」
「…は?」

聞き返すダリアに、男は両手をぱんと合わせて頭を下げる。

「頼むよ。俺はジャラヒのこと知ってるし、わりと腕もたつぜ?役に立つと思うなあ」

セリラートの言っていることは、わかる。
組織を潰した男への復讐。
ダリアがジャラヒを処分しようとするのなら、手を組みたい。そう言い出すのは自然に思える。
だが、この言い方にはやはり違和感があった。
手を貸してくれでも、組みたいでもなく、一枚噛ませろ、役に立つ。そんなとても他人事のような言い方で、その口調には、憎しみなんて感じさせない。

「あなた、本当に赤き雨にいたの?」
「疑うの?やだなあダリアちゃん」

さも心外という風に頭を振って。

「ジャラヒ・ワートン。ワートン財閥の御曹司。赤き涙雨のリーダーで今は失踪中。好きな食べ物はキノコリゾット。嫌いな食べ物は納豆。絵が趣味。楽器は何でも弾けるけどすぐ飽きる。器用貧乏でなんでもできるわりには貧乏くじばかり引いてるしょうがないやつ。兄はジェラルド・ワートン。ジャラヒはお兄さんを苦手に思ってる。ジャラヒには頭が良くて強くてイケメンでキレものの親友がいて…」
「もういいわ」

長々と続けるセリラート言葉を、ため息をつきながらダリアは遮った。
そこまで丁寧に説明されたら、嫌でも悟らざるを得ない。
気づくのが遅すぎた。彼の正体を悟る。

「セリラート。赤き涙雨のナンバー2でジャラヒの右腕。…こんな軽薄でいいかげんな男とは思わなかったわ」
「あたり!」

何度も名乗られているのにすぐに気づけなかった自分に呆れる。
わかったからといって、何がどう変わるわけでもないのだが。
ジャラヒ以上に冷酷な、赤き涙雨の特攻隊長と言われる男。
スラム生まれのスラム育ち。ジャラヒをギャングに誘ったのもこの男だと言われている。
その根っからのギャングと呼ばれていた男と、目の前の軽薄な男が結びつかなかった。

「で、どうするダリアちゃん。今なら、君の愛で俺が買えるよ?」
「いらないわよそんなもの」
「えー」

ジャラヒの親友。
全く何を考えているのかわからない。
親友に殺されかけたことを、恨んでないのだろうか。
これは全て罠なのだろうか。
ジャラヒの仕組んだ罠なのか、それとも、ジャラヒに復讐するために、この男がダリアを利用しようとしているのか。

(…きっと何らかの罠だわ)

確信があるのは、その一つ。
何の罠なのかはわからないけれど、これは罠だ。
そう思って、安心する。
信じるよりよほどいい。
ちゃんと罠だとわかっていることは、なんて気分が楽なのだろう。
ジャラヒみたいに、まるで本当みたいな、信頼みたいな、あんな柔らかい感情を押し付けられるのは、もう嫌だった。
あんな優しいものを認めて、信じてしまうなんて、あれほど恐ろしいものはない。

「…いいわよ」

だから、ダリアは頷いた。

「ちょうど傭兵が必要だったの。貴方を雇うわ」

罠ならちょうどいい。
隠れているものが何であれ、そこにジャラヒを捉えるための何かがあるのは間違いないのだから。
ダリアがそう言うと、セリラートは弾けるように立ち上がって手を叩いた。

「っしゃ!よろしくダリアちゃん!おれは君のナイトになるぜ!」
「騎士じゃなくて傭兵が欲しいの。わかる?」

このまずいエールを美味そうに飲める男の得体の知れなさはちょっといただけないが、これで一歩進めた。
きっとジャラヒ・ワートンを捕らえるのももうすぐだ。
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