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すべてのはじまり

夕方になると、毎日絵本を読んでいた時期がある。
毎日毎日、飽きもせず、同じ話をゆっくり声に出して読んだ。
だって子どもたちは字が読めないのだから、仕方がないのだ。
お願いと、せがまれてしまったら折れるしかない。
ボス、だとか、リーダー、だとか、舌ったらずに呼んでくる子どもたちに、今日だけだからなと言いながら、毎日読んだ。

それは、ジャラヒが幼い頃、亡くなった母が枕もとで読んでくれた本。
世界のどこかに黄金の国があって、そこには幸せがなんでもあって、願い事が叶うという話。
女の子がその大陸を目指して、願い事を叶えるとかいう、よくある陳腐な話だった。

そんな夢と希望に溢れる陳腐な話を、静かに子供たちに与える時間を、きっとジャラヒは愛していた。
そんな時間は、すぐに途絶えてしまったけれど。








****

コホコホと咳をして、ジャラヒは口に手を当てたあと、舌打ちした。
冬が近づいているのを感じる。
薄手のコートひとつで、この冬を乗り越えるのは厳しいだろう。
せめて、風くらいは避けたい。と、狭く、薄暗い路地に身を寄せる。
路地に入ったからといって、暖かくなるわけもないが、往来の激しい道でつっ立っているわけにもいかない。身を潜めるのに丁度いい、かどうかはわからないが、そんな場所を探すのには適してはいるだろう。
最も、それなりの危険はある。
と、ジャラヒはコートのフードを深く被り直した。

「見ない顔だな」

少し路地に入っただけでこれだ。
思ったよりも治安は良くない街なのかもしれない。

掛けられた声は背後から。
ちらりと目を向けると、顔の赤い男が、舐めるような目つきでこちらを見ている。見たところ丸腰。
見たままを信じるつもりはないが、その赤い顔と、ふらふらとした足取り。微かに香る酒の匂い。ボサボサの髪を気にすることもなく、汚れた衣類は、浮浪者のそれを思い起こさせる。
酔っ払いか。

「こんなところをうろうろしてたら、危ないんじゃねーのかい?ブロンド坊や」

ゲラゲラと笑いながら、男はジャラヒに近づいた。
フードを被り直すのが、少し遅かったらしい。
金色の髪は高く売れる。
そんな話をジャラヒだって知ってはいた。だからこそフードで隠していたのだが、目敏いやつはどこにでもいるようだ。
いや、もしかしたら、この男はずっとジャラヒをつけていたのかもしれない。
その可能性も否定できないと、ジャラヒは苛立ちを深くした。
だとしたら、ここに入るまで気がつかなかった自分の迂闊さを憎む。そして、気づかせなかったこの男の力量を侮るわけにはいかなかった。
と、するならば。

すぐさま、ジャラヒは三歩駆けた。

「失せろ」

相手が口を開く前に、男のこめかみに、それを突きつける。

「…物騒なもん持ってるな、にーちゃん」
「失せろ」

会話をする気はない。
この酔っ払いに仲間を呼ぶ時間稼ぎをさせるつもりもない。
弾はもったいないが、仕方が無い。
遺体のひとつでも放ってやれば、こんな奴らも近寄らなくなるだろう。
男が見た目通りの浮浪者ならば、殺したところで事件にはならないだろうし、そうでないなら、この街に長居しなければいいだけだ。

もう一言でも男が喋れば、引き金を引くつもりだった。
男の頭に、銃を押し付ける。
殺すのはすぐだ。あっけないことを、ジャラヒは知っている。
すると、そんなジャラヒの本気がわかったのか、男はごくりと唾を飲んで、押し黙った。
どうやら、抵抗するつもりはないらしい。

「……行け」

ドンと男の背中を叩き、拘束を解く。
グリップを握ったまま、銃口をずらさず睨んでやると、男は小さく悲鳴をあげて駆けて行った。





この街の名前を、ジャラヒは知らない。
元々住んでいた街から、そう遠くはないと、思う。あの街から逃げ出したのは、そう遠い昔のことではないからだ。
数ヶ月前、の筈だ。ジャラヒにとっては、昨日のことのように思い出せる。あの憎々しい街。
こんなに憎くて、すぐにでも駆け出して潰してやりたい。そう思っているのに、今はまだそのときではないとも思う自分の冷静さ…そして腰抜けさに反吐が出る。
それでいて、あの街から遠く離れることもせず、近くの街を転々と、這いつくばるように生きている。
目に入った街に入り、薄暗い路地を見つけ、這うように数日暮らし、出て、また違う街に入り、路地裏を這う。
そんな代わり映えのない薄暗い毎日を、ただただ繰り返している。
目的は、多分ない。
殺意だけは明確にあるが、それがすぐに叶うことがないのもわかっていた。
何せ、殺意の向かう先は、ワートン財閥様だ。
その名前を思い浮かべるだけで、自嘲と共に死にたくなる。
ジャラヒ・ワートン。
呪わしい自分の名前。
ジャラヒの仲間をすべて葬り、徹底的に潰し、蹂躙し、全てを白紙にしたあの男と同じ血が、自分には流れている。
どうしようもなく、否定しようとも、事実だ。

そう。ジャラヒのせいで、みんなが死んだ。


『赤き雨』レッドレイニングという組織は、ジャラヒが作った、スラムの少年少女達からなる組織だ。
とあるギャングが顔をきかせていた街のスラムを、勢い余って乗っ取りついでに一掃し、頭の良い子供たちを集め、小さな自治組織を作った。
自治と言っても、所詮、暴力とカネでしか解決しないのだから、元のギャングとやっていることは同じだったかもしれない。
その頃、父や兄について世の仕組みを学び、帝王学の真似事のようなものを習いながら、経営、交渉の現場を真近で見ていたジャラヒは、それを組織に流用し、若き組織『赤き雨』は、街で知らぬもののない、大きな組織(ファミリー)になった。
その過程で、ジャラヒ自身も手を汚したし、スラムを救ったと仲間内に持ち上げられても、その自覚を忘れたことはない。
きっかけはどうあれ、ギャング、と呼ばれたのも仕方のないことだ。
だが、なんと言われようとも、子どもたちの腹は満たされたようだし、泣くこともなくなったので、それでいいと、ジャラヒはその組織をさらにさらに大きくした。
もっと多くの子供たちを救おうと。
そう言えば聞こえはいいのかもしれないが、何のことはない。
きっと調子に乗っていただけだ。

父の耳に届いたのは、その日より、もっと前のことだったのだろう。
ジャラヒが調子に乗らなければ、なかったのかもしれない出来事だった。
あっという間だった。
息子の悪行を見兼ねただろう父親、ワートン財閥総帥は、『赤き雨』を潰した。
徹底的に。
あっさりと。


それは、あっという間の出来事だった。
親友に、大変だと呼ばれ戻ってきた時には、『赤き雨』は、すでに跡形もなかった。
本拠地と称された一室に残っていたのは、拭かれて、掃除されただろう後でも分かる赤黒い汚れ。ドアノブの裏に残る赤い液体。小さなぬいぐるみのボタン。
こどもたちが大好きだった絵本は本棚に収まっていたけれど、中身は黒焦げだった。
あの子たちがいつか行きたいと言っていたお伽話の大陸は、もう煤けて手が届かない。
部屋を見て、呆然と立ち尽くしていると、SPがそっとやって来て、項垂れるジャラヒの肩に手を置いた。
行きましょう、坊ちゃん。
そう言うSPの顔を見た途端。
ジャラヒは全てを悟った。
悟って、男を殴り、銃を奪い、SP達に発砲し、逃げた。


逃げて、逃げて、数ヶ月後。
ジャラヒは今、近くの街の路地で、這いつくばりながら、腐っていた。
思い出すのは後悔と、憎しみ。
だって、あの、『赤き雨』がやられただろうあの時、ジャラヒは父と共にいたのだ。
父の横で、話される商談を、彼の次男坊の顔でしれっと聞き、問われたことに何食わぬ顔で答えていた。
商談を終えた後父がジャラヒに言ったのは

「掃除はしておいた」

「これでもう、終わりにしなさい」


思えば、あの男をやれるチャンスは、それが最後だったのかもしれない。
その直後、仲間の「大変だジャラヒ!来い!」という言葉と、必死に走り、辿り着いた時の衝撃と、銃を撃ったときの鉄の匂いだけが、後のジャラヒのその時の記憶だ。
逃げるときに、友人とも逸れた。
しかし、ジャラヒは既に友人を探そうという気も起こらなかった。
もしかしたら、死んだのかもしれない。
もしかしたら、生きているのかもしれない。
それを確かめる術も、気持ちも、ジャラヒにはない。

ただ、意味もなく、目的もなく、恨みだけ抱いて、生きているだけだ。
ここで死んだって構わないという気持ちと同時にある、父への恨みと、いつかきっと復讐してやるという妄執が、ジャラヒをそこから動かせないでいた。
死ねない。
でも、だからと言って、生きるのも難しかった。
もう歩きたくない。
日の当たる場所にいると、あの男に見つかって連れ戻されるだろうし、何より、自分が許せない。
のうのうと、父の下にいた自分。
遊びのつもりも、反抗心のつもりで組織を作ったわけでもなかった。
だが、まるでおもちゃのように一瞬で全て終わってしまった。
終わらせてしまった自分が憎い。
憎くて憎くてたまらない。
いっそ、何処までも汚れて、ぐしゃぐしゃになって、千切れて、消し飛んでしまいたかった。


コホ、と再び咳をして、ジャラヒは空を見上げた。
身体が少し重い。
こんなに死にたい気分なのに、死ねずに身体は苦痛を訴えている。
まるで生きたいみたいに。
白い空の下、空気は乾いていて、浮いた埃が喉に張り付く。
引きかけの風邪を認めたくはなかったが、こんな乱暴な生活をしていて、健康でいられるほうが不思議だ。
それならいっそ、妙な病気を拗らせて死んでしまえばいいのに、動く身体は不快さを伝えるだけ。
残念ながらこの命は、尽きそうにない。
死ぬというのは、案外難しい。
そう思いつつも、一方でよぎるのは、今日この街に来てから、水一つ飲んでいないという事実だ。
喉が渇いた。
金はない。
捨ててしまえばいいカードが何故かコートに入ってはいるが、もちろんそれを使う気にはなれなかった。
捨てても使っても足が付く、やっかいな、自分の身が何か嫌でもわかるカード。
それ以外にジャラヒが持っているのは、あのとき、逃げてすぐに現金で買った薄手のコートと、銃と、あとは血のついた紙幣が一枚。
ポケットの中に手をつっこんで、その紙幣を取り出してみる。
前の街で、あまり良くない手段で手に入れたその紙幣を使ってしまうと、生きる手段がまた一つ減ってしまう。
あまり目立ちたくはない。
犯罪を犯すことに、すでに抵抗感はないが、それによって足が付くのは避けたかった。
でもまあ

(別にいいか…)

面倒くさくなって、ジャラヒは紙幣をくしゃくしゃに丸めた。
考えるのも面倒だ。
さっさとこの金で食い物を買って、明日のことは明日考えればいい。
そう思って、顔を上げたジャラヒは、この場所に不似合いなそれを見た。


(……)

反射的に、気配を消す。
そっと、建物の角に身を隠した。
薄暗い路地裏で、ジャラヒが見たのは、先程見た酔っ払いとは天と地ほど違う。

(…子ども?)

青い髪の、少女。
浮浪者には見えない。
髪は整えられていて、着ているものも、赤いワンピース。細かい汚れや綻びは見えない。小奇麗なものだ。適当に拾ったものを着ているようには見えなかった。
こんな場所に少女がいるという事実もおかしな話だったが、ジャラヒが目を見張ったのは、少女であるということだけではなかった。

(…有翼、人種)

少女の背中には、小さな羽根が生えていた。

話には聞いたことはあるが、見るのは初めてだった。
もう滅んだともされるくらいの、おとぎ話の種族。
王族の庭には、今でも有翼人種が奴隷として住んでいるという話は聞いたことがある。父は見たことがあるらしい。酒を飲んでいるときに、機嫌良く語っていたこともあった。
ジャラヒも、博物館で剥製だけは見たことがある。
その剥製の羽根と、少女の背中のものは、よく似ていた。
少女についているものは、少し小さいが、確かに羽根だ。
いや、もしかしたら、ただの飾りかもしれない。もしかしたら、というより、そちらの可能性の方が高いだろう。

だが…

緊張した面持ちで、ジャラヒは銃を握った。
彼女の羽根が偽物だとしても、だ。
こんなところにいる、小綺麗な格好をした少女。
捕まえたら、いくらかの金になるには違いなかった。
羽根をつけた小さな可愛らしい少女なんて、よだれを垂らして欲しがる連中が目に浮かぶ。
こんなところにいるなんて、どんな事情があるのか、迷子なのかはわからないが、ジャラヒにとっては運がいい。

ロックを外し、グリップを握る。

このまま銃を突きつけて脅してもいいが、騒がれるのも面倒だ。
今更こんな通りで、銃声や悲鳴一つで誰かが来るとも思えないが、少女を探している誰かがいるのだとしたら、その悲鳴で手掛かりを残したくはない。
ゆるりと銃を構え、少女の背後を狙う。
狙われてるとも知らない少女は、ぼうとつったって、空を見上げていた。
建物の隙間から覗く空は白く、彼女が何を見ようとしているのかはわからない。
その彼女の視線の反対側。
彼女の背中の右斜め上。

3
2
1

呼吸を読みながら、引き金を弾いた瞬間。
弾丸の爆ぜる音とともに、少女が倒れた。

「…!」

一瞬、ヒヤリと心臓が鳴る。
銃声で驚かし、悲鳴を上げさせる隙すらなく攫うつもりだったのだが。
もし、それで命を奪ってしまったのだとしたら、その獲物の価値の暴落への気がかりと同時に、少しの目覚めの悪さを思う。
売っぱらうつもりなのだから、殺す殺さないで目覚めが悪くなるも何もないのだが。
と、慌てて駆け寄って、ジャラヒは胸を撫で下ろした。

「…ぅ…」

運がいいのか悪いのか。
少女は生きていた。
痛そうに顔を歪め、吐息を洩らす少女。
その苦痛の表情に、思わずジャラヒは彼女の肩に手をかけて。
彼女の羽根が、本物だと悟った。

ごくりと、唾を飲む。
ジャラヒが撃った弾丸は、ほんの少し、彼女の羽根に掠ったらしい。
その小さな羽根から、赤い血が滲み、ぽとりと雫を垂らしている。
本物、生きている証の赤だ。

「銃声だ!いるぞ!!」

はっと気がついたのは、何処かから聞こえたそんな声だ。
慌てて、倒れている少女を抱き上げ、その身を翻す。
初めて来た街ではあるが、街の路地裏なんて、みんな同じようなものだ。
声がした方と反対の、奥だと思える方に足を進め、やがて見えた適当な割れた窓ガラスの一室に手を掛けて、身体を滑り込ませる。
少女を部屋に入れるのに少しだけ難儀したが、ガラスの破片が彼女に刺さっていないのを確認して、ジャラヒはほっと息をついた。
そして、息を整えて、耳をすませる。
みっつほどの足音が何処かから聞こえ、そしてやがて消えて行った。
銃声ひとつで誰か飛んでくるほど、治安がいい街には見えなかったが、ジャラヒとて追われる身だ。
あの酔っ払いに通報されたとも考えられるし、それに、この羽根の生えた少女だって、何故こんなところにいるのかわからない。
もしかしたら、この少女を探している誰かかもしれないし、何があってもおかしくないといえばなかった。

一息ついて、地面に寝かせた少女に目を走らせる。
青い髪を、肩まで伸ばした少女。
白い肌。
赤いワンピース。
思ったとおり、粗末なものではない。
ただの布を合わせたものではなくて、しっかりと仕立て上げられている。
浮浪者の子どもが着られるような服ではない。
そして、背中に生えた羽根。
血の滲む羽根を見て、ジャラヒはひとつ舌打ちをして、辺りを見回したあと、自身のコートを脱いだ。
それからそのコートを、彼女の身体に被せ、少し躊躇ったあと、彼女の羽根を手に取り、コートの袖を巻いてみた。
どれくらいキツくしていいものかわからなかったので、とりあえずのところで袖の先を絞り、ずれないように留める。
包帯の代わりにはならないが、とりあえずの止血にはなったかもしれない。
なったであろう。
そう決めて、ジャラヒは彼女から手を離し、その傍に腰を落とした。
膝を抱えて、目の前の壁を見る。
別に、壁に何かが書かれていたわけでもない。
とうの昔に捨てられただろうこの部屋はがらんどうで、何もない。
あるのは瓦礫。それと、ありがたいことに、雨風が防げる屋根。
こんな場所だ。浮浪者の類が寝床がわりに使っている場所かもしれないが、運良く今は誰もいなかった。
誰もいなくて、音もない。
これから…と考えて、やめた。
もしかしたら、誰かが来るかもしれない。
追っ手に追いつかれるかもしれない。
この羽根のついた少女を、どうやって売り飛ばすかとか、足が付かないようにする手段とか、明日どうやって飢えをしのぐかとか。
ジャラヒは、そういった一切合切を、考えるのをやめた。
それから、身を屈めて、両腕に頭を沈めて、しばらく、何も考えずにそうしていた。



こほん、
と、咳をして目を覚ました。
少し肌寒い。
身を震わせて、コートを着ていないことに気がつく。
寒いはずだ、と辺りを見回して、彼女と目があった。
赤い大きな瞳。
どんぐり眼の、らんらんと輝く、明るい目。

「!?」

おもわず飛び退く。
それから意識を覚醒させ、事態を把握した。
そうだ、逃げて来たのだ。
逃げて―――

「おはよー!」
「………」

少女が隣で手を振っている。
把握したと思った状況が一瞬で霧散する。ジャラヒは口を開くことができなかった。
羽根の生えた少女。
その羽根と身体に掛かっている血のついたコートは、ジャラヒのものだ。
何故血がついているかというと、ジャラヒの撃った弾が、彼女の羽根に掠って、彼女が怪我をしたからだ。
何故ジャラヒが彼女を撃ったかというと、珍しい少女を、売り飛ばそうと思ったからで、何故、その少女が笑っておはようと手を振っているのかというと。

さっぱりわからなかった。

「羽根が痛いよ」
「……そうか」

えーん、と顔を歪める少女の動作はどこかコミカルで。
事態を忘れそうになったが、我に返ったジャラヒは、ふうと息を吐いて目の前の少女を睨んでやる。

「…大人しくしろ」
「わー、すごい、その金髪ほんもの??」
「………」

痛がっていた顔を反転させて、ジャラヒの頭を指す少女。
こちらの方こそ、本物かと聞きたいのは彼女の羽根だが、流れた血が本物であることを主張しているので、それには言及せず、ジャラヒは彼女の手を払った。

「…質問に答えろ。何処から来た。何者だ」
「えーっと、あっちから来ました。リオディーラです!」

あっち、と指したのは、何処かわからない明後日の方向で、きっと彼女本人もわかってないのだろう。
続けて名乗った名前は、ジャラヒの聞き覚えのない名前だったが、きっと偽名ではないだろう。
偽名を名乗る頭があるように思えない。
そんな失礼なことを思って、ジャラヒは顔色を変えずに続けた。

「…なぜあんな所にいた」
「迷子になってました!」

元気良く手を上げての返事。
どうやら、本当にただの迷子らしい。
着ているものとその素振りから、何処かの金持ちのペットか何かだろう。
奴隷との違いはわからないが、奴隷というには着ているものが良すぎたし、大事にされているだろうことが見て伺える素直さ。
騙されたことがないのだろうか。
有翼人種なんて生まれで、人の悪意に接したことがないのだとしたら、何処かの金持ちに、大事に飼われていたとしか思えない。

「はいはい!質問です」
「答える義理はない」
「おまわりさんの名前はなんですか?」
「………」

おまわりさん。
とは、自分のことだろうか。と思わずうろたえそうになる。
どうやら、彼女は、迷子になったところをジャラヒに助けられたと誤解しているらしい。
そのまま誤解させて、騙して売り飛ばそうか、と考えて、それからジャラヒは頭を振った。
偽事でも、彼女と馴れ合うつもりはない。

「…これが何かわかるか?」
「てっぽう!」

正解。
それは知っているらしい。
自慢げな少女に頷いてやる。
それから、彼女の背中を、その銃の口で、ちょんちょんと示す。
わかりやすいように、ゆっくりと。

「その羽根をやったのは、おれ。痛いだろ?」
「手当てしてくれたのも?」
「血が垂れないようにしただけ。消毒もしてないから、化膿するかもな。まあ、知ったことじゃないけど」

そこで、ぱちくりと少女は瞬きをした。
状況を理解したのか、ジャラヒから一歩身を退く。

「わるもの!?正義をくじくわるいもの!!?よーっし!このきらめき!ときめき!リオディーラが貴方の邪悪な心を」
「ここでこれを撃ったら、あんたは死ぬ」

ちっとも理解してなかったのか、大声を出した少女に、頭が痛くなりながら、銃をつきつけてやる。
すると、ようやく少女は大人しく黙った。

「良い子だ。さて」

さて、と銃口を向けたまま、ジャラヒは頭を巡らせた。
正直なところ、これからどうするか、まだ考えていない。
全てがめんどくさいから、銃口を引いて死体から羽根をもいで売る。これが最終案。
だけどまあ、それだと価値が下がるので、あくまで最終案だ。
ならば、少女から主人を聞き出し、身代金を請求する。
それなら多額が毟り取れるだろうが、失敗するリスクも高い。
計画的にならまだしも、単独で練られてもいない思いつきを実行し、成功させるのは、不可能と言ってもいいだろう。
もしくは、当初の予定通り、さっさと奴隷商人に売りつける。
買い叩かれる可能性もあるが、いくらかまともな商人を探せば、妥当な金額で取引出来るだろうか。
本来なら、傷なんて不利でしかないが、この場合、本物であるという証明にさえなるかもしれない。となると、有翼人種の妥当な金額というものが、足のつかない金額で収まるかどうかが問題だが。

「とりあえず希望を聞こうか。おもちゃにされるのと、死ぬほど働くのと、檻に入れられて鑑賞されるのと、どれがいい?」
「どれも嫌だよ!」
「ごもっともだな」

別にどれか選ばれるのを期待していた訳ではない。
思いつく奴隷商人を頭の中で思い浮かべ、選択肢を潰していく。
売ったあとどうなるか知ったことではないが、多少マシなところに売ってやろう。そう思うのは、偽善にすらならない自己満足だ。

と、

「あ」

突然、少女が小さく声をあげた。
何事かと眉を上げて、それから気づく。
音が、いくつか聞こえる。
はあ、と息を吐いて、銃口を下げた。

「…来い」

有無を言わさず、少女の手を強く引っ張ると、彼女は小さく悲鳴を上げたが、抵抗する様子はなかった。



追っ手だかなんだか知らないが、こちらを探しているらしい物音は、5つ聞こえた。
始めより、2つ増えている。
その足音を避けながら、建物の隙間を縫って行くと。

「…っ」

頬に掛かる冷たい感触に、思わず舌打ち。

「やっぱり降って来たね。雨の匂い、したんだー」

長閑な声を上げたのは傍らの少女で。少女と空を交互に睨んで、ジャラヒは足を速めた。
身体が冷えるのは厄介だが、雨音が強まれば、追っ手をまけるかもしれない。
意外にも、少女は黙ってジャラヒに引っ張られるままになっている。うるさくされないのはありがたい。なんとかこのまま身を隠して、もうこの街は出て、他所にいこう。

「おにーさん、だめ」

曲がり角を過ぎようとしたそのとき、少女が声を上げたのと

「いた!こっちだ!」

左右から声が聞こえたのは同時だった。

「間違いない!金髪だ!あの男だ」
「捕まえろ!!」

どうやら、追われているのは、やはり少女ではなく、ジャラヒの方だったようだ。

「…おまえ、その羽根で飛んで逃げれねえの?」
「浮くくらいできるけど、飛べないよー」

となると、ここで全員やるしかない。
弾は残り何発残っていただろうか。
相手も何の武器を持っているかわからない。
やはり、先手必勝に限る。
すぐさまジャラヒは腰を屈めた。

「な、なんだ!?」

そして、少女の手を掴み、男たちの間に突進する。
虚をつかれた男たちの足を乱暴に蹴り倒し、転ばせたあと踏みつけて、飛び越えた。

「くそ…!」

通り過ぎる瞬間、服を掴まれ、肘鉄を食らわせる。
誇れることではないが、スラム街を制していたころから、乱闘には慣れている。
この誰に当たるかわからない狭いところで、徒党を組んだやつらが銃を打つことは恐らくない。そう踏んでの行動だ。
相手は5人。
倒れた2人に相手が気を取られているうちに、ジャラヒは身を翻して、路地を曲がった瞬間。


「いたか、ジャラヒ」

見知った声が頭の上から降り、ジャラヒは、はっと顔を上げた。
その先には白い空と。
きらりと光るそれ。
そして、それと同時に降ってきた背後からの衝撃に、何が起こったのか把握する前に、ジャラヒはなす術もなく気を失った。




******



自分の家が、歪な家庭だとは思ってなかった。
幼いジャラヒにとって、家族とはそういうものだった。
父親は滅多に帰ってこず、母親の顔も、たまにしか見ない。兄と会話をした覚えはない。
世話はメイドがやってくれたので苦労はしない。
そのメイドもほとんどが印象なく、ただ用意されたものを食べ、学校に行き、家に帰り、家庭教師の授業を受け、それからまたメイドたちの作った飯を食べ、寝て、起きる。
たまの休日は、家で本を読むか、勉強をするか。それと、両親に呼ばれて行く社交会。
今となっては、くだらない生活だったと思う。あの生活で培った知識は、確かに役に立ったこともあるけれど、結局は、あっけなく全てを壊して消えた。
虚しい日々の中で、それでも何か、と思い出すのは、小さい頃に接していたメイドが一人、絵本を読んでくれたこと。
そのメイドは、嫌がるジャラヒを連れてプールに泳ぎに行ったり、食卓では決して出ない珍しいものをこっそり食べさせてくれた。
彼女が読んでくれた絵本。
それは、亡くなる前の母親が読んでくれた話。
どこかに黄金の国があって、願い事を叶えてくれる話は、小さなジャラヒのたった一つの希望だった。
その国の名前ももう覚えてないけれど、母や父に連れて行ってと頼んで、失笑されたことを覚えている。
4つだか5つだかの頃の記憶だ。
そんな幼い頃の記憶が、ジャラヒの人生の中で、二番目に楽しかったものなんて、自分で笑ってしまう。
そんな記憶を与えてくれた、そのメイドの彼女は、いつのまにか消えてしまった。
いついなくなったのかは覚えていない。ジャラヒが10になるずっと前のことだったと思う。
彼女が消えて、また繰り返しの毎日が始まって。

そして、15の時だ。
父に連れらて、会社を訪れ、なにか喋って、用無しになって解放されて、気まぐれに歩いて帰ったその帰り道。
スラム街に極近いところ。
ある少年と出会い、初めて友人になった。
そして、赤き雨なんてチームを作って、ギャングを気取って、街を仕切った気になって、調子に乗って。
そんな、ジャラヒの人生で一番楽しかった時間は、父に見つかって全て潰され壊され消された。
仲間はもういない。
たぶん、死んでしまった。




「これが、走馬燈か…」
「あ!ジャラ!起きたー?」

嫌な夢を見た。
と、伝う冷や汗を自覚してジャラヒが目を開くと、四方を壁に囲まれた、カビ臭い部屋の中にいた。
地面が冷たい。
手脚も縛られている。
見回して悟る。扉は一つ。窓はない。扉にもどうせ鍵がかかっているのだろう。逃げるのは不可能。
まるで牢獄だ。
牢獄なんだろうけど。
と、隣りにいる少女に目をやる。
不思議な少女。羽が生えてる。

「おまえも捕まったのか…つっ」

捕まるまで共にいた少女は、捕まったにも関わらず元気そうだった。
地面に這いつくばったままのジャラヒを笑顔で見下ろして、きょとんとしている。

「大丈夫?」
「…に、見えるか」

身体を捻じるが、自分の身体はいうことを聞こうとはしなかった。
頭が割れるように痛い。
捕まった時に殴られたからかもしれない。
加えてこの寒さ。
コートを着ていないのもあるが、石の地面の上だと、底冷えする。
響く痛みを堪えて、もう一度身体を捻じるが、手を後ろ手に縛られていて、足も縛られている今では、身動きのとりようはやはりなくて、ジャラヒは静かに諦めた。

「……」
「ジャラ?いきてる?」
「…おまえ、…なんでおれの名前知ってんの」
「さっき来たおにーさんが呼んでたから」
「あ、そう…っ」

身を固めても、頭を振っても、痛みを誤魔化そうと会話をしても、やはり痛みは消えそうにない。
ぐわんぐわんと耳鳴りさえした。
寒さと同時に身体が熱い。
そういえば、最近寒かった。情けないことに、雨に打たれて本格的に風邪でも引いたのかもしれない。
痛みを堪えていると、少女がジャラヒに手を伸ばしているのが見える。
もう痛くて、目を開けられそうになかったので、ジャラヒはぎゅっと目を閉じた。
と同時に、ふわりと、暖かく小さな手が、ジャラヒの頭を撫でる。

「あたま、いたいの?」
「…大したことない」
「お熱あるみたいだよ」
「…ほっときゃなおる」

よいしょと、ジャラヒの頭を持ち上げた少女は、自らの膝の上に、その頭を乗せ、よしよしと撫でる。

「痛いの痛いのとんでいけー」
「あほか」

ほんの少し、痛みが引いた気がした。
気のせいかもしれないが、少しだけ、楽になった。
こんなところでリラックスしている場合ではないのは充分承知だが、彼女の独特のテンポは、ジャラヒには、少し可笑しくて、緩やかで、心地いい。
牢獄の中なのに、陽だまりみたいで笑える。

「おまえさ」
「リオディーラだよ、ジャラ」
「ん」

そう言えば、そんな名前だと言っていた気がする。
どうでもいいから覚えるつもりもなかった。

「…逃げたら?おまえ…小さいから、隙見て逃げられるだろ」

手脚を縛られているジャラヒと違って、少女は自由だった。
拘束する価値もないと思われたのだろうか。
ここにくるまで、逃げる隙を見つけられなかったのかもしれないが、やつらは、ジャラヒを警戒している。その隙をつけば、ジャラヒが目覚めた今、彼女一人くらい逃げるのも不可能ではないだろう。

「ほんとはどっかに売り飛ばそうと思ってたけど…なんかこのままじゃ…出来そうにないし…っ」

咳き込みながら言うのも頼りないかもしれないが

「…まあ、おまえも、巻き込まれただけだしな。隙なら…作ってやってもいい。だから…」

そう言ってやると、彼女は黙った。
黙って、じっとジャラヒの額に手を当てたままで、数十秒。
沈黙したあと、口を開いた。

「ジャラ、やっぱお熱すごいよ」
「…そーいう話は…して、ない!」

癒されると思った独特のテンポは、同時に苛立たせる。体調を崩しているときは尚更。
興奮すると同時に咳き込んで、自覚すると尚更体調も悪くなる。やっぱり風邪だ。
情けない。

「…ジャラも逃げなきゃ」
「…無理」

逃げて、生き抜いて、絶対に復讐しようなんて気概は、もうとっくに、既にない。
どうせ、なんとなく、這いつくばって数ヶ月生きて来たのだ。
生きたいという衝動に似た欲望はあっても、その先の展望はない。
積極的に死にたいなんて思わないが、このまま逃げて何になるかもわからない。
だから、ここで終わっても仕方ない。

それに…

思い出して、ジャラヒはきつく目を閉じた。

殴られて気を失う前に聞いた声。
あれを聞いて、これで終わりだと、全て悟った。

「…じゃあ、ワタシ、いくよ」
「ああ。そうしろ。…悪かったな。おれがお前を攫わなきゃ、こんなことにならんかったのに、お前にはいい迷惑だな」
「大丈夫だよ!」

にこりと笑って、少女はそっと、ジャラヒの頭を床におろした。

「だって、ワタシは、ジャラを探してたんだもん」
「は?」
「じゃあ行ってくるね!無理しちゃダメだよ!」
「って、おまえ、待て、ちょっと!」

ジャラヒを置いて立ち上がった少女は、そういうとくるりと身を返し、部屋のたった一つしかない扉に向かうと、そのまま扉を開けて飛び出して行った。

「…鍵、閉まってねーのかよ…」

なんにせよ、身動きの取れないジャラヒには、どうすることもできないが。
固い床に横たわったジャラヒは、じっと扉を見つめる。
巻き込んだ形になった少女は、上手く逃げるだろう。たぶん。
ジャラヒの追っ手は、どうやら少女を気に留めてもいないようだった。
有翼人種なんて珍しい生き物、普通なら何を押してでも欲しいところだが、きっと「あの男」にとってはそうではないのだろう。
そんな生き物、ワートン財閥の力を持ってすれば、いとも簡単に手に入れることができるに違いない。
ジャラヒは彼の仕事に深く関わっていないが、そう言われても納得はできた。
あの男なら、そんなもの、価値としない。
それよりは、いなくなった、一族の汚点である弟を捕らえる方が先だと判断したのだろう。

捕まったときに聞いた声。
あれは、ジャラヒもそんなに数多く聞いたことがあるわけではない。
ただ、一度聞くと、忘れることはできない。あの声だ。
ワートン財閥、本物の御曹司。
長男である、ジャラヒの兄の声。
顔を合わせたことも、声を聞いたことも数度しかない、兄。
顔も朧げにしか覚えてないのに、彼を思うと、急に身体が冷えて、頭が白くなる。
逆らってはいけない。
幼い頃から、何故かそう思っている。ジャラヒにとって強い光。
コンプレックスはない。そんな、比べる対象ではなかった。年の離れた兄だ。

そんな兄が来ている。
果たして、ただのお出迎えなのか、命すら取るつもりなのか。
なんにしろ、いい予感はしない。

そして、ジャラヒは一つ決めなければならなかった。
ジャラヒの組織を潰したのは父であり、そして、父に命令されて、直接手を下したのは、兄だ。
つまり、ジャラヒの復讐の直接の相手が、今、ここに来ている。これは復讐の格好の機会だ。
亡くなった仲間たちの仇を取る、絶好のチャンス。
このチャンスを、活かすかどうかを、決めなければならない。
復讐を選んで兄に向かい死ぬか。
諦めて兄に服従し、死ぬか。
前者は肉体の死。後者は精神の死だ。

(どっちにしろ、ここで終わりだ)

そんなことを思いながらジャラヒは再び目を閉じた。
どちらにしろ、少しでも体力を回復しなければ、決断どころか、あの兄と向かい合うことさえ出来そうになかった。
寝て、起きて、それから考えよう。
もしかしたら、起きたら全て終わっているのかもしれないけれど。



起きたら解放されていた、わけもなく。
家に強制送還されていたわけでもなく、目覚めたのは、先ほどと同じ牢屋のような部屋。
それを認識したと同時に、ジャラヒの腹に鈍い痛みが走った。
まあ、死んで永遠に目覚めなかったというオチでないだけマシかもしれない。
と、舌打ちして、ジャラヒは覚醒した意識を掻き集めながら、痛みを堪えて顔を上げた。
男が一人。
顔を凶悪に歪めて、足を上げている。
男はそのまま足をジャラヒに降ろし、踏まれたジャラヒは、体を固めながら苦痛に耐えた。
どうやらジャラヒが目を覚ましたのは、この男に蹴られた結果のようだ。

「お目覚めかいぼっちゃん」
「…ここが地獄ってわけじゃないなら、目が覚めてんだろうな」

呻きながらジャラヒが口を開くと、髭面の男は鼻で笑って、その足でジャラヒの頭を小突く。
髭面の、腹の出た小汚い男。40代くらいだろうか。ジャラヒの知らない男だ。
もちろん兄ではない。
兄が雇ったチンピラか何かか、とあたりをつけて、ジャラヒは、まだ少し朦朧とする頭で男を見上げた。

「おれをどうするつもりだ?」

そう聞いたのは、探りを入れるつもりだったからだ。
兄が関与しているのは間違いない、と思う。
しかし、すぐさま兄が姿を表さないのは、意味があるのかないのか。
単に忙しくて、弟の面倒を見る気がないのか。それとも、兄の関与を隠して処分するつもりなのか。
そうジャラヒが尋ねると、男はにやにやと顔を歪めた。

「そう聞かれたら、こう聞けと言われてる」

面白そうに。

「旦那様から伝言だ。おまえはどうしたい?だとよ」
「はあ?」

どうしたいと言われても

「そんなの、解放されてここから逃げたいに決まってるだろ」
「だよなあ」

ジャラヒの答えに、うんうんと頷く男。

「で、こうも言われてる。答えを聞いたら、あとはおれらの好きにしていいとよ」
「は?」

今度は答えを待たずに、男はジャラヒの腹を蹴りあげた。
体が転がり、跳ねた。
口の中で血の味がする。

「傷物にしても、売っぱらっても、うっかり殺しちまっても、なんでもいいんだとよ。ぼっちゃん、愛されてんねえ」
「…誰が…っ」

右頬を蹴られた。
じんじんする。

「…傷物になったら、売れねえんじゃ、ねえの?」
「あいにくおれは金髪が嫌いだからな」

今度は転がされて左に2回。
腹にもう一撃。
ぼきりと鈍い音がして、肩が外れた。
体は頑丈なつもりだったが、肋骨あたりは危ないかもしれない。
体の痛みを自覚しながら、冷静に傷んだ箇所を数え上げ、ジャラヒは受け身を取り続けた。
まだ大丈夫だ。これくらいなら死なない。
今までだって、こんな修羅場、迎えたわけがないわけではない。
今までと違って、仲間が助けに来るわけでもないし、そもそも、この場をくぐり抜けて、何が出来るわけでもない。
本当は、ここで死んだほうがいいのかもしれないと思う。
さっさとくたばって、向こうにいる仲間に謝って…

「…へっ」
「何笑ってんだよ!!」
「…っ」

痛い。
蹴られている体中が痛い。
それと同時に、謝るなんて殊勝なことを思った自分がとても痛い。
生きているか死んでいるかわからない親友が聞いたら、きっと指をさして笑うだろう。
お前らしくない、悪いものでも食ったのかと、絶対に笑う。
赤き雨を共に作った親友。
逃げ出してから、行方も知れず。ジャラヒも探そうとも思わなかった。
その存在を、考えようともしなかった。
考えると、進まなければならない。
生きるか死ぬか、決めなければならない。
決めたくなくて、考えないようにしていた。

(そういえば、あいつがくたばるとか、ちょっと想像がつかないな。)

ならきっと、あいつだけは生きているに違いない。
あの事件があって、逃げ出して、一度も考えなかったことを、ジャラヒは思った。
あいつが生きてるなら、おれも生きてて、不思議はない。
だったら

(おれは、死ねない)

生きたいとか、死にたいとか、そんなのじゃない。
まだ、死ねない。


「悲鳴の一つくらいあげたら可愛げがあるってもんだがな!」

人を傷めつけるのは体力を使う。
男の蹴る足の力も、先程よりは全然弱く、耐えられる程度だ。
そろそろ終わりかと、顔を上げたジャラヒは、腫れた目をぎょっと開いた。

男の背後。
扉の向こう。

「…っ!」

開いた扉の向こうにいる少女。
小さな羽。
青い髪。
赤のワンピース。

見覚えある少女。
腫れた目ではその表情は見えないが、はっきりと見えるのは、彼女が担いでいるもの。
どこから拾ってきたのか、彼女の体には大きめの、バズーカを抱えて、こちらに銃口を向けている。

「…ぐ、…ま、待て…」
「あ!?今更泣きが出てきたかいぼっちゃん」

もう一度男が蹴ってくるが、それどころではない。
一体何をしに来たのかわからないが、逃げたはずの少女は、こっちにむかってバズーカを構え、言った。


「さん!にー!いっくよー!どっか~~~ん!!」



(これは死ぬかもしれない)

爆風に巻かれ、吹っ飛びながら、ジャラヒは空に向かってVサインをする少女を見た。



この一日で、何度気を失っているのだろうか。
そう思いながら目が覚めると、青い空の下、穏やかに微笑む少女と目があった。
そう、青い空。

「おはよージャラ」
「……どういうことか、説明してくれる?」
「だいじょうぶだよ!悪い敵は、ぜんぶ、ばーんって吹き飛ばしちゃったから!」

吹き飛ばした結果がこれらしい。
辺りを見回すと、瓦礫と共に、気を失っている男の足が見えた。
動いているから生きているだろう。
おそらく少女がしたのだろうが、ジャラヒの身を縛っていたロープは解かれている。
それどころか、脱臼していた肩は入れられ、足は痛むが、包帯が巻かれていた。

「骨、折れてないって。がんじょーだねジャラ」
「…おれもほんとにそう思うわ」

そう相槌を打つと、少女はふふと笑った。

「がんじょーでよかった。
ジャラのお熱がすごかったから、お医者さん呼んでこようと思ったんだけど、遅くなってゴメンネ」

どうやら、医者を呼んでくれていたらしい。
当の医者は?と尋ねると、ジャラヒの応急処置をとりあえずしてくれたが、状況が状況だけに、助っ人を呼んでくると、一度立ち去ったらしい。
もうすぐ戻ってくるよ、と言うので、ジャラヒはそうかと応えた。

「コートに入ってたお金、使っちゃった。ごめんね」
「いいよ。てか、むしろ礼を言うのはこっちの方だろ」

まさかあんな助け方をされると思ってはいなかったが。
そういえば、と思って彼女をもう一度見たが、さきほどのバズーカは見当たらなかった。
まあいいか、と思う。
死ぬかと思ったが、生きているのだ。それで良い。
生きても死んでも、どっちでもいいと思っていたけれど、やっぱり、生きているほうがずっといい。
生きていないと、何も出来ない。
何も。

(おまえは、どうしたい?)

そう、兄の声が胸のうちから聞こえた。
どうしたいかと、ジャラヒに聞くように指示したらしい兄。
そのくせ、ジャラヒを助けるつもりはないようだったし、殺すつもりもあったのかどうか。
何をしたいのかわからない。
男にも好きなようにしろと言っていたらしいことから、ただジャラヒをバカにしたかっただけなのかもしれないが、少し、違う気がする。

(何がしたい、か)

正直言って…未だに、答えはわからなかった。
復讐がしたい。その気持ちは、たしかにある。
父や兄に。ジャラヒの大切な仲間を奪ったあいつらに、復讐してやりたい。しなければならない。
だけど、それと同じくらい、それはまだ無理だと言う冷静な自分がいた。
冷静で、臆病な自分は、復讐に立ち上がっても、身を滅ぼすだけだと告げている。
その行為に向かい、身を滅ぼすこと。それはとても楽なことだ。
復讐はとても甘美で、甘い。仲間のために、困難に立ち向かうなんて、美しくて、誘惑される。それに乗ってしまいたい。
きっと親友は生きているだろうから、彼を探して、共に復讐するのだ。一番それがきっと正しい。二人で復讐に向かって、それで…
それで、二人して命を落とす。
そこまでがワンセットだ。
そんなものに乗れない。誰も乗れないし、乗らせないし、乗らない。
危ない橋は、必要がない限り渡らない。
必要があっても、確実に勝てる方法を見つけるか、逃げ道を用意するか、策がない限り実行しない。
これまでもそうだったし、それが、赤き雨のボス、ジャラヒだ。
冷静と言えば聞こえがいいけれど、ただ臆病な、それだけの話。

「ちがうよ」

まるで、心を読んだかのように、少女は大きく首を振った。
そして、ジャラヒの手をとって、その目をじっと見る。

「ワタシは、ジャラが生きててくれて、ほんとに嬉しいよ。
 ありがとうって、ワタシが言いたいよ。ジャラは、生きていいんだよ。
 生きて欲しいの。ジャラに」

その言葉はとても真摯で。
本当の言葉で。
そんなこと、聞いたことも、言われたことも、初めてだったけれど。
するりとジャラヒの心に入って、なんだかジャラヒは泣きたくなった。
握られた彼女の手は、小さくて、暖かくて、よく見ると傷まみれだ。
手も、足も、服もちょっと破けている。
そして、ジャラヒが撃った、その小さな羽。
ジャラヒのコートに覆われて、その傷は見えない。
撃ったあと、コートで巻いただけだから、手当なんてほとんどしてないも同然だ。
ジャラヒを医者に見せる前に、自分の羽を手当してもらえばよかったのになんて思う。

「なんで…」

そもそも、逃げればよかったのだ。外に出れたのだから、戻ってくる必要なんて、全然なかった。
ジャラヒが傷つけて、攫ったから巻き込まれただけで、本当は怪我をする必要もなかった。
初めて会った人攫いに、こんなことしてくれなくていいのだ。

「なんでだろうね。でも、ワタシがそうしたくてしたんだよ」

はにかむようにそう笑って、ジャラヒの握った左手をぶんぶん振る。
空いた右手で、ジャラヒは彼女の羽にそっと触れてみた。
彼女の手と同じくらい温かな羽。
びくり、と彼女が震えたので、その手を離す。
悪いことをしてしまった。怪我をさせて、痛かっただろうと、今更ながら思う。

「なあ、リオ。何かおれにできること、あるか?」

助けてくれた彼女に…なにより、生きて欲しいと言ってくれた彼女に、何かしたかった。
ジャラヒの言葉に、彼女は驚いたように目を開いて。それからまた笑った。

「名前、呼んでくれたから、満足!」
「なんじゃそりゃ」
「いーの。ジャラが生きててくれて、名前呼んでくれたら、ワタシは満足なの」

初めて会った人間が、生きて名前を呼んだくらいで、何が満足なのか。
だけどジャラヒは、それを問う気になれなかった。
彼女の言うことに、意味があるのかないのかわからない。
ただ、彼女が言うことは本当で、本気でよかったと、ジャラヒが生きていて、本当によかったと言っているのはわかった。
なんでも疑ってかかるジャラヒには珍しいことだったが、これだけは信じられた。
彼女は、ジャラヒの生を、求めている。
まっすぐに、綺麗な笑顔で。
純粋に、生への許可をくれた。

(ああ…)

この先、どうすればいいのか、何がしたいとか、そんなことより。
いつかしなければならない復讐だとか、考えたら発狂したくなる悔みだとか、憎しみだとか、自分で自分を絞めころしてやりたい感情だとか、亡くなった仲間立ちへの贖罪だとか、山ほど山ほど、泣きたくなるほどどうしようもないものすべて。
すべてを、投げ出すことも、背負うこともできなくて、それでも生きなければならないのなら。

「生きる、か…考えたこと、なかったけど」
「うん」

生きることを、もし肯定できるとしたら、ジャラヒには理由が必要だ。
その理由は、もしかしたら、復讐の代わりにしているだけなのかもしれない。
守れなかった仲間たちの代わりにしているだけなのかも。
死んだ仲間たちは怒るかもしれない。もしあの親友が生きてるなら、親友は…きっと怒らず指差して笑うだろうけど。
怒られても、笑われても、ジャラヒは決めた。

「なんで生きるのか、まだわからないけど…もし、生きていいなら」
「うん」

生きることを、肯定していいなら。

「おまえのために、生きる」

唯一、生きてほしいと言ってくれた彼女のために。
それが、今唯一、ジャラヒにできることであり、したいことだ。
彼女のために生きる。

そう言ったジャラヒに、きょとんとした顔を見せたリオは、でも、躊躇はせずに、嬉しそうにわらった。

「ありがとう、ジャラ」








****

「そうと決まれば、医者とやらが来る前に行くか。この街はやばいから、違う街でお前の羽治そう。応急処置くらいならおれもできるから、後で包帯巻こうな。
 っていうか、リオ、迷子なんだろ?家に送ってやるから、家はどこだ?それとも、どっか行きたい場所があるのか?」

矢継ぎ早にそう言うと、リオはきょとんとして、それから答えた。

「黄金の国に行くの。ブリアティルトにあってね、そこに行きたいんだ」
「ぶりあてぃると?聞いたことないな。まあいいや、探そう」
「えっと…」
「どしたんだ?行くぞ?」
「え、あ…うん!」

少し迷うようなしぐさをした後、リオは駆け寄って、ジャラヒを支えた。
小さな体は、ジャラヒの胸の高さまでしかない。
少しでも体重をかけると、潰れてしまいそうだ。
とりあえずは、体を治そう、とジャラヒは思う。彼女の為に生きると誓ったのに、支えられているようでは先が思いやられる。

「どしたの?ジャラ」
「いや、よろしくな、リオ」

ぽんとリオの頭に手を置くと、リオは笑ってよろしくと返した。




ブリアティルトに着くのは、それから半年後の話。

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