【第8期】手に入れた力

強くなりたいと思っていた。

強さとは、つまりは、殴られても立ち上がるタフさだったり、心ないものたちの陰口を気にしない、心のありようだったり、冷たい世間を一人で歩き抜くことが出来る財力だったり、二度とバカにされないシンプルな腕力だったりする。
問われてロイがそう答えると、ロイを引き取り義父になった男は、そうかと呟いて、ロイに差し出した。
古ぼけた竹刀。
子どもだったロイには大きくて、重い、使い古された竹刀を。
手渡されて反射的にそれを受け取ると、寡黙な義父は言った。

「まずは、ここからだ」


そうして、義父に剣道を教わって10年。
それ以来、ロイにとっての強さの象徴は、剣の道だ。






「ねーロイ。飽きないの?」

背後から聞こえた声に、ロイは我に返った。
一心不乱に剣を振り続けていたつもりだったが、どうやら考え事をしてしまったらしい。
そんな自分を少し恥じて、ロイは剣を振るう腕を止めた。

「途中まで数かぞえてたんだけど、めんどくさくなってやめちゃった」

木にもたれかかって、あくび混じりにそう言う少女は、ブリアティルトに来てからのロイの連れの一人、シアンだ。

「……暇なのか?」
「相手してあげてもいいわよ!」

ジト目で睨んでやると、嬉々としてシアンは応えた。
傍若無人をまっすぐに体現しているこの少女。
この少女とロイが共にいるのも、行きずりの旅人を勇者扱いしてつきまとうという彼女のわけのわからない行動に、ロイが引っかかったことがきっかけだ。
なんでも、彼女はとある村の巫女で、伝説の勇者を巫女の力でみつけてくる!と村のみんなに豪語して、お供を連れて旅に出たらしい。
話を聞いてもまったく意味がわからないが、とりあえずはそういうことで、突然出合い頭に勇者呼ばわりされたロイは、なし崩し的にシアンと共にいることになった。
異世界なんてとんでもない所に来て早々、これまたとんだ詐欺にあったものだ。
嫌なら逃げればいいし、とりあえずはまあいいか。と、最初思ったそのままの気持ちは変わらないが、結局ロイは、彼女とすでに2年をブリアティルトで過ごしている。



「それでねロイ!面白い話があるのよ!」

素振りの手を止め、剣を腰に戻したロイに、にこにことシアンは笑ってそう言った。
素振りをやめたのは邪魔が入ったためだったが、シアンのほうは、ロイの相手をしてやっているつもりなのだろう。
恩義せがましく頷いて、ロイが口を挟む前に、彼女は何やら語り出した。


曰く、黄金の門近くの森に、怪物が出るという噂があること。
そこで少女のすすり泣きが聞こえるということ。
そんな噂を聞いて森に入ったシアンは、禍々しい気を感じて、探索もそこそこに切り上げてきたらしい。


「…一人で行ってきたわけ?」
「そう!あそこ何かあるわよやっぱり!すっごく嫌な感じがしたんだから!」

なぜか胸を張って言い切る少女は、ロイが眉を顰めた理由がわからないらしい。
きっとなにかある。きっとでっかい怪物がいるのよ!
ともう一度たたみかけてくるので、ロイは大きなため息をついた。

「こないだは、魔王の手下が現れたとか言って、おれに野良犬と戦わせたよね」
「あれは手ごわかったわねえ!」
「その前は、魔王の幹部との戦いとか言って、ルウィンにねずみ捕りさせてたな」
「あのねずみ、わたしのお菓子齧ったのよ。きっと幹部に違いないわ」

ルウィンというのは、彼女のお目付役の男だ。
シアンのお付きなんて苦労しているんだろうなあと初めはロイも同情していたが、結構イイ性格をしている男だったので、今となっては心を痛める必要も感じない。
ともかく、そのルウィンやロイを振り回し、まったく悪気を感じていないようなこの少女。
にこにこと笑う彼女を、もう一度ロイはまじまじと見て、大きく肩を落とした。

「で、今回は森でなんかあると思って、一人で行ったって?」
「だからそう言ったじゃない!ぜったいなにかあるのよ!」
「……」

まったく、伝わっていないことを悟る。
はっきり言わないとわからないのだろうか、彼女は。

「どうせ巻き込む気なんだったら、最初に言えよ」
「??」
「その話。おまえの言うことだから、大したことじゃないにしても。
 いつもは頼んでもないのにハナっから巻き込むくせに。
 もし、万が一、億が一、何かそこにあったとして。どうする気だったの?一人で行って」
「……?つまりロイは、一人で行って何かあったらどうするんだって、心配してくれてるわけ?」
「…つまりも何も」

最初からそう言っているというのに、言われたシアンはきょとんと首をかしげている。
ロイの言うセリフがまるで理解できないみたいに、きょとんとロイの顔を見て、それから彼女はすぐに首を振った。

「そんなことよりロイ!その怪物、退治しにいきましょうよ!」

なんて、やっぱりなんにもわかってなさそうなその姿に

「…おれはその話、心底めんどくさいと思ってるんだけど」

一応の抵抗を見せて

「まあいいや、ちょうど、腕試ししたかったんだ」

ロイは仕方なく、と強調した後、頷いた。






黄金の門近く。
その樹海を思わせる大きな森に、一人で足を踏み入れるのは無謀だ。
視界は遮られ、足場はぬかるんでいる。
うっそうと茂った木々のせいで道はわからず、時間さえ迷いそうになる。
そこを慣れた山賊がねぐらを構え、迷い込む旅人を襲う。
歴戦の戦士たちだけが、なにかの理由で森に入り、その話が武勇伝として、酒場の肴になるぐらいだ。
ロイも、懇意にしている傭兵たちからそんな武勇伝を聞いたことはあったが、こうして足を踏み入れるのは初めてだった。

「そうそう、この先にね、大きな岩があって、その向こうなのよ!」

だから、シアンが物知り顔でそう言うのに、ロイはひやりとしたものを感じて、ぐっと拳を握りしめた。
どうやら、その慣れたような足取りと口振りから、彼女がこの森に入ったのは、一度のことではないらしい。

「ねえ、ロイ!どーお?なんかいそうな気がするでしょ?」
「……」

無言で応えるロイを見て、シアンは不満げに、隣にいたルウィンにあたっていた。

「ねえルウィン。ロイが感じ悪いわ。あれは私の巫女力に恐れ入った顔かしら。
 それに、ロイのくせに魔王にびびってる顔ね。
 ルウィン、あんたから根性なしって罵ってあげなさいよ」
「シアンさま、あれは怒ってるか拗ねているかの顔だと思います。
 僕は関わり合いになりたくないです」
「さてはあんたも根性なしねルウィン!これから魔王退治にいくのに!」
「いつのまに魔王退治になったんですか。根性なしでいいので僕は帰りたいです」

手ぶらのシアンと、横に並ぶ自分の背よりも大きな荷物を背負ったルウィン。
ロイは、その一歩前を、剣だけ携えて歩いていた。

深い森。
鳥の声すらもしない。
数メートル先しかわからない、獣の道を歩く。
何が出るかわからない、と思うと、ごくりと喉が鳴った。
自分はおびえているのだろうか。
シアンですら、ひとりで入ったこの森に。
山賊が出るかもしれない。魔物のような動物も。
良くないものが出ると、聞いたことがある。
それをロイに言った傭兵は、腕の傷を見せながら、それでも一撃でその動物を打ち払ったのだと言っていた。
その話を聞いて、ロイは、ここが日本ではないことを痛感しながら、同時にどこか物語のように聞いていた。

強い戦士が、脅威を払う物語。
一人で何でもできる強い戦士は、魔物や山賊なんかに屈しはしない。

この世界、ブリアティルトには、ロイの思う強さを持った者がたくさんいて…
正直なところ、彼らと接するうち、ロイはそれに少しだけ、近づいた気さえしていた。
いや、今でも。
魔物だって、山賊だってなんだって、出てきたからといってどうとでもないと、思う。多分。

「なあ、シアン」


自分は、強くなっている。

この国に来て、大きな戦も体験した。
人だって、斬った。
英雄と呼ばれる人たちと、ともに大きな戦で戦ったこともある。

「おれは…」

だから、シアンがここに一人で来たなんて聞いたときに、いらつきもしたし、自分が一緒なら大丈夫だと思った。
シアンだって、それを疑う素振りを見せなかった。
彼女はいつだって、何だかんだ言ってロイを頼るし、ロイにできないことなんて何もないみたいに無茶を言うのだ。
それがロイには、めんどくさいことと思いながらも、どこか嬉しくて……。

でも本当は、彼女は、思わず一人で森に行く選択肢を選ぶほど、頼りないと思っていたのだろうか。
きっと、ただ、思いついたことをすぐ実行しないと気が済まない彼女だから、とっさに行ってみただけのことだとは思う。
わかってはいるけれど、ふとよぎった憂鬱さに、ロイは頭をふるった。

そんなことを考えている場合ではない。
シアンが言い出すことにいつも信憑性はないが、場所がこの森。
何があるかわからないのだ。

「…悪い、シアン。あの岩の向こうだっけ?」

先ほどのシアンの言葉を思い出し、ロイは木々の隙間から辛うじて見える岩を指した。
なんてことない岩。
シアンより少し小さいくらいの、隠そうと思ったら体を隠せるくらいのサイズの岩だ。
シアンは不吉な、禍々しい気がすると言っていたが、ロイには何も感じない。

「なあ」

返事がなく、振り向こうとしたロイは、止まった。


「……?」


これを、嫌な気、というのだろうか。

「シアン…?ルウィン?」


喉が渇いた。
ごくりと喉を鳴らして、なじみの名前を呼ぶ。
いつも騒がしいシアンの声はない。
ルウィンの疲れたような声も、ない。

加えて言うなら、振り向いても、その姿はなかった。


「え……」

すぐ近くにいたのに。
はぐれたのだろうか。

あわてて周囲を見渡す。
そんなはずはない。あの岩を指したのはシアンだ。
こんな大きな目印がある。はぐれるはずがない。

ばくばくと、心臓が鳴って、落ち着けと、ロイは自分に言い聞かせる。
剣を、手に取る。
強さの象徴で、ロイの心の支え。
それを片手に握りしめて、ようやくロイは呼吸ができた。

岩だ。
あの岩の上に登ってみよう。
少しは視界もましになるはず。




「――――。」



そのとき、どこかで声が聞こえた。

「シアン!?」

咄嗟に名前を呼ぶ。
返事はない。
それを確認する前に、ロイは剣を抜いた。
大丈夫。
剣はある。
落ち着こう。
落ち着いて対処するしかない。
そう自分に言い聞かせ、剣の柄を握る。
手に馴染んだそれは、いつもロイを落ち着かせてくれた。
シアンは大丈夫。
ルウィンがついている。
あの男は頼りなく見えるが、ずっとシアンのボディガードをしていた男だ。なんだかんだいいながら、彼女の身に危険が及ぶようなら、真っ先に駆けつける男。タフで、彼も強い男だ。
落ち着いて、彼らと合流しよう。
と思いながら、ロイは剣を構えたまま、息を飲んだ。
動いてはならないと、頭の奥が警告を発している。

黄金の門の近くだ。何が起きてもおかしくない。

そう言ったのも、懇意にしている傭兵の一人だ。彼も、黄金の門を通ってこの世界に来たと言っていた。
何が起きても、不思議はない。
左右に目を配りながら、言い聞かせる。
それから、だから一人でこの森に来るなんて無謀だと言ったんだ。
と脳内でシアンを罵倒して、ロイはそのまま右に飛んだ。
そのまま走る。
視界も足場も悪いため、遠く逃げることはできない。
目指したのは、すぐそこの、あの岩だ。
あそこなら、身を隠すことができるだろう。
数歩走って近寄り、とんと、地面を蹴って、その岩陰を目指して身を縮めた。
身体を丸めて、受け身を取ろうとした瞬間。

何かが足に絡みついた感触に、ロイはふわりと脚を取られた。
おかげで身体はバランスを崩し、少し不恰好なまま、肩から地面に崩れる。
受け身をとってなかったら、強く強打していただろう。
訓練に付き合ってくれた傭兵に、心の中で感謝する。
仲間との訓練のお陰で、戦いに不慣れなロイも、少しずつ痛みに強くなっていた。

舌打ちをしながら頭を起こし、剣を支えに身体を、それに向けた。


そこには何も見えなかった。
こんな闇の森の中だ。
見えないは安心材料にならない。

脚を取られたのは、木々に引っかかったからではない。
なにか、いるのだ。

「誰だ」

人ならぬものであれば、全く意味がないのを承知で、ロイはそれに問いかけた。
案の定、答えはない。
だが、その少しの沈黙で、ロイは少しの冷静さを取り戻した。
化け物だ。
目の前にいるのは人ではない。
シアンの言っていた禍々しい気とは、これのことであろうか。
言葉はなくとも、そこにそれはあった。
闇に隠れて見えないが、うごめく気配はロイの目にわかる。
あれを、ロイは、知っている。
見えないはずなのに、しっかりとわかった。

闇に塒を巻く蛇。

あれは、良くないもので、この世のものではないものだ。
この世のものではない。ロイの世界のものではもちろんなく、この世界、ブリアティルトのものでもない。
と、何故だかロイにはわかった。
そう、あれを知っている。

鼓動が鳴った。

あの化け物は。



「おれに、何か用か」

言葉が返ってこないのを承知で、ロイは問うた。
闇が揺らぐ様を見て、悟る。
あれは良くないもの。
良くないものだが、ロイは恐れを感じなかった。

「もう、いいのか?」

見えない闇の蛇の目が、光る。

「おれは力を、手に入れたのか?」

一歩、ロイは闇に近づいた。
自分でも、何を言っているのかわからない。
だが、その蛇に触れたら、全てがわかる気がした。
一切合切の全てが。
自分がここにいる意味も。
戦う理由も。
理の全てが、きっとわかる。



そう自覚しながら伸ばす手は、我ながら震えていた。
力が欲しいと思いながら、知りたいと欲しながら、目にわかるほど震えている。

「……」

震えながら痛烈に思ったのは、足りていないということだ。
この蛇に触り、全てを得るのに、自分には足りていない。
力をすでに得ているなんて、そんな期待はなかった。
こんな森に入るのも、恐れを感じていた自分だ。足りているはずがない。
シアンの期待にも応えられている自信も本当はない。
この蛇が欲している力を、まだ自分は得ていない。
英雄が指揮を取る大きな戦だって、呼ばれて誇りに思っていたけれど、結果は、自分の自信に爪を立てただけだった。
あんな英雄たちのように、まだなれない。
力のなさを自覚させられただけだ。

「い、いいのか?まだだろう?」

蛇に問う声まで震えていた。
こんなに情けない声が自分の声だとは、思いたくない。
だけど真実は変わらなくて、ロイはそれに向かい合うしかなかった。
蛇は、化け物は、ただこちらを見つめていた。
ロイが震えながら伸ばす手を、避けようともしない。
光る目は、ロイを捉えて離さず、ロイもまた、その蛇から目が離せなかった。
だってこの化け物は…



『大丈夫だ』



この蛇は、自分だ。



ロイの手が、闇に触れた。
響く声は、聞き覚えのある自分の声。



「足りてないのがどうした」



闇の蛇が、ロイの身体にまとわりつく。
うねり、胸元から、ロイの身体に入り、吸い付いた。
急激に、力を吸われるような感覚。
上に下に、何か巨大な力が、体中を這う。


「力が欲しい。そんなの、いつものことだ」


そして同時に、溢れんばかりの力が、ロイを満たした。
じわじわと、吸われながらも満たされる。
じわじわと、ゆっくりと、満たされ、吸われ、体の中の自分がひとつになり、それでいて、全く新しい力を感じる。



「足りてない、強くなりたい。もっと、もっと」



剣を、握る。
いつもより、軽い。
馴染んだ感触は、まるで自分の身体の一部のようだ。
こちらに来て、一番に買った、苦楽を共にした剣。
それを握る、自分の手。
一見細いけれど、鍛錬され、筋肉が確かについた、力強い手。
全てを掴みたいと願っていた、確かな手。



「それがおれだ」




二、三振って、剣を鞘に納めると、目も慣れてきたのか、辺りの光景が、さっきよりも確かに見えた。
周りを見渡して、それから。



「うん」


こほんと、咳をひとつ。
なんだか、すごく久しぶりな身体だ。
とても軽く感じる。
しっかりと、鍛錬を続けた証拠かもしれない。
出来上がった身体に、岸辺ロイは満足して頷いた。


「確かに、おれが思うパーフェクトじゃないけど、おれは、よくやったと思うよ」

こういう独り言も、自画自賛に入るのだろうか。なんとなく苦笑して、ロイはぐっと伸びをして、それから慣らすように肩を鳴らした。



「さて、復帰そうそう働きますかね」






岸辺ロイは、18歳だ。
リオディーラという少女に召喚され、初めてこのブリアティルトにやってきた。
この世界の巡りが、まだ5回だかそこらの時の話だ。
そこでロイは、その足りない力を痛感し、二年前のまだ力に目覚めてない自分に戻り、この世界で再び過ごすことにした。。
二年前の自分なら、ここで過ごして体を慣らし、努力するとこによって、更なる力を得られると思って。
結果は…
成功なのか、失敗なのか、わからない。
既に、今現在のロイには、しっかりとここで過ごしたこの巡りの日々の記憶が残っている。
初めて戦に出たことも、シアンに会ったことも、友人として傭兵たちと慣れ親しんだことも、全て自分の記憶。
それと同時に、リオやジャラヒと過ごし、魔界で力をつけた自分も、また自分の記憶だ。
この記憶と、以前の記憶が、全てひっくるめての今の自分。
成功だとか失敗だとか、既に言うことは出来なくなっていた。
だが、成功だろうが失敗だろうが、強かろうが足りなかろうが、全て自分だと言い切れる強さを取り戻せたことと、この世界に順応するように鍛えられ、世界に馴染んだこの肉体を得たことは、成功と言えるのだろう。


さてと、
一息ついて、ロイは周りを見渡した。
復帰そうそうの大事な仕事。
このタイミングで自分が復帰できたのは僥倖だった。
魔神である力を取り戻せたため、森の魔力を感じることができる。
そして、未来を見通すことのできる、その力。
発動すると、確かにそれは、以前この世界に来た時よりも、強く感じられた。
以前はこの魔神の力は、この世界では上手く作用できなかったのだ。
やはり身体が、この世界に馴染んだということだろうか。

気を張って、探る。

近い。

それを充分に意識して、ロイは彼女の名を呼んだ。



「リオ!!!」




かつて、自分を召喚した少女。
リオディーラという鳥族の娘。

初めて会ったときから、不思議に思っていた。
この世界でも、力がいつも通り使える元の世界に帰ってからでも、見ようとしても、彼女の未来を見ることができなかった。
いや、見えないということ自体は、彼女以外でもままある。
ロイ以外の力の強大な魔神の未来なんて見えないし、もう少し言うと、リオの仲間のジャラヒの未来だって、ロイには見えない。それはリオが関わっているからかも知れないが。
ともかく、見えないというのは、今までもあることだった。

だけど…
ロイがリオの未来を見ようとすると、わかった。
問題なのは、彼女の未来は見えないということではない。
見えないのではないのだ。
彼女には、未来がない。
ないのだ。
どこにも、彼女に未来なんてなかった。

すでに彼女は、「終わっている」のだから。




「リオ!!!」

もう一度、名を呼ぶ。
ロイが知った、その彼女の終わりが、ここだった。
ないことを知ったとき、ロイはその終着点を探した。
すべてがないはずはない。
リオは「いる」のだ。
どこかまでは、続いているはず。
そして、どこかで終わっているのだとしたら、その終着点を探せば、なんとかなるかもしれない。

探してみて、わかった。
彼女の未来の終わり。
8度目の周期の中盤戦後。
黄金の門近くの、深い森の中。
そこで彼女の未来は途切れている。ぷつりと。不自然に。


今回の計画は、賭けだった。
まず、自分が過去の何も知らない姿に戻って、力をつけること。
彼女が何かあった時に、助けられるように。
そのためには、今までのロイの力では、足りなかった。

それから、近づきすぎず、彼女の近くにいること。

近づいて、仲良くなってはだめだ。それでは、彼女に影響されてしまう。
まだ詳しくはわからないが、リオディーラという娘は、不思議な力を持っている。
周りを巻き込み、彼女の都合の良いように周囲を変えている。
彼女の一番近くにいるジャラヒが一番影響を受けているように見えた。あの男は少し歪だ。
きっと元々は、ああではない男なのだろう。
悪い変化ではないのかも知れないが、是か否かというのは、問題ではない。
ロイも、彼女に召喚され、不可思議な干渉を受けているのは感じていた。
まず、ここに、ブリアティルトという世界に召喚されてから、歳を取らない。
たしかに一巡り三年を繰り返しているのに、その三年分ですら身体の年齢は進まないのだ。
それが一体、何を示しているのかはまだわからない。
それが、どう影響するのかもわからない。
ともかく、何も知らない、吸収力や順応力の半端ない若き自分を、彼女の側に置くのは危険過ぎた。


彼女と接触をせず、成長した自分が問題の日にこの森に入り、覚醒を得ること。
そして、リオディーラの終わっている未来を救う。これが今回の目的の大筋だ。
成功するかどうかはわからなかった。
成功しなくても、力を得たい。そう思ったのも事実だ。
とりあえず、ここまでの賭けは、妥協できるくらいの合格点を見せている。


あとは――



「――っ」

近くで、声が聞こえた。
はっと振り向き、声の方を向く。
声にならない、すすり泣き。
少女の声だ。

それに気づくと同時に、ロイは剣を払った。
黒い影が横を過ぎる。

「っち、かすっただけか」

何者かはわからない。
わからないが、少女の声の方からやってきたその影を見逃すわけにはいかない。

「ケツアルカトル」

静かに、使い魔を呼ぶと、白い蛇が浮かび上がり、黒い影に突き進んだ。
それを追うように跳躍し、足止めをする白蛇目掛け、黒い影に剣を突き刺す。
あっけなく影は消え…
手元に戻った蛇に礼を言い、ロイは身を翻した。

暗い森の、藪の中。
影はこちらから来た。
少女のすすり泣きはまだ続いている。
焦りを押し殺し、気配を読む。
きっとそう

「…ここか」

木々に手をつっこみ掻き分ける。
どくどくと心臓が鳴るが、焦ってはいけない。確実にとらえないと、落ち着いて、1つ呼吸をする。
と、彼女の確かな気配が、そこにあった。


「リオ?」

そう優しく名前を呼んで、鬱蒼と取り囲んでいた、小枝や、草葉、木々を払う。
やがて青が見えた。
小さな頭。
草木が腕を傷つけることも問わず、ロイは優しく、彼女に降り積もった枝葉を取り除く。
そして…

「……っ」

息を飲んだ。
酷い有様だった。
小さな少女がそこにいた。
5,6歳くらいだろうか。
隠れるように膝を抱えた小さな少女。
小さな羽根は、傷つき、赤く滲んでいて。
白い頬も細かな傷がたくさん。
赤い瞳を大きく開いて、幼い少女は、ぼうと顔を上げた。



「ほし」
「?」

幼いリオは顔を上げたまま、その小さな手を伸ばして、何かを掴もうとしている。



「ほし」

もう一度手を伸ばした彼女につられて、ロイも顔を上げる。
繁った森の木の隙間から、輝く星が見えた。
気がついたら、もう夜だったのだ。

「星だね」

ほし、ほし、きらきら、
そう呟く彼女の頭に、ぽんと手を乗せ、ロイはその頭を撫でる。

「君みたいだ」
「?」

柄にもないことを口にしてしまい、きょとんとこちらを向いた少女に向かって、誤魔化すように苦笑する。

「キラキラ輝いてね、いつも星みたいだなって。君は。…リオ」

不思議そうな顔をしたリオは、ロイの顔と空の星と、両方を同じだけ見て、それから笑った。

「おにいちゃんも、おほしさまだよ」

きらきらかがやく、星のひと。

リオは歌うようにそう言って、その小さな手を伸ばし、しゃがんでいたロイの頭を撫でる。
撫でられるままにロイは、少し恥ずかしくなって、小さなリオを見つめていたけれど。


「あ…」


にこりと笑った少女は、撫でたその手をゆっくりと戻して、顔の横で、静かに左右に振って、それから

何事もなかったかのように、闇に溶けて消えた。









「…助けた、んだろうか」

まるで、幻みたいだったけれど、確かに、生きている彼女に触れた。
傷だらけだったけれど、ちゃんと生きていた。あの黒い影はよくわからないが、生きていたのだ。助けることはできたと、思う。
13の歳の今の彼女ではなく、何故か幼い子どもの彼女だったけど、間違いなく、あれは確かにリオディーラだった。
小さな羽、青い髪、赤い瞳。
リオだ。

彼女の未来を見通そうと、そっと目を閉じてみる。
やっぱり、全然見えなかった。
だけど見えないだけだ。
今、この瞬間、先ほどまで見えていた、彼女の未来が途絶えるような危険は消えていた。もう大丈夫なのだろうと、思う。
あのぶつぎれたような暗黒は、ない。
見えないだけで、きっとどこかに続いている。

「星のひとねえ」

思い出して、苦笑する。
そういえば、リオが旅に出たのは、昔助けてくれた輝く星のひとを探して、お礼を言いたいからなんだっけ。
輝く☆ってどんなだよと笑って呆れたことがあったが、これがそうだとしたら、もう笑えない。
もしそうなら、お礼なんていらないのにと、ロイは思った。







「ロイーー!どこよおおお!?」

聞きなれた声が森に響いて、ロイは笑った。
懐かしいような、そうでもないような、聞きたいような、聞きたくないような、そんな声。


もう一度、あなたとやり直せるなんて、素敵じゃない?


そう言って、二つ返事で二年間のやり直しに同意してくれた、ロイの絶対に離したくなかったもの。

「シアン!」

その名を呼んで、ロイは大きく手を振った。
やり直しは終わりだ。
ここからは、前に進む。

(見てろよ)

誰にとはなく、挑戦的にそう心の中で宣言して、ロイは進む。

もっともっと強くなるために。



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