【8期】ロイと仲間たち

「ただいま」

と、誰もいないワンルームに声をかけ、ロイはふうと息をついて鞄を置いた。
一人暮らしを始めて、まだ一週間と数日。おかえりなさいの返ってこない部屋が少し虚しい。
高校生活も残りあと少しだ。
大学の推薦が決まりしばらくして、もう登校の必要がなくなったので、卒業より一足先に一人暮らしをすることにした。
義父母はもちろん、卒業してから…と言っていたが、早いうちに慣れておきたいと、無理を通させてもらった。
余り普段我が儘を言うこともないので、こんなふうにたまに言うと、義母は戸惑うようにしながらも、頷く。
義父は、当然何も言わなかった。
実家からも遠いこの場所は、寂しくないと言うと嘘になる。
卒業式が近づいたら、実家に一度帰るつもりで、その日が待ち遠しいのも本当だ。
だけど…初めての単独生活は、まだ落ち着かないが、正直なところ気が楽だ。
そう言うと、育ててくれた養父母は悲しい顔をするだろうか。
厳格な養父と、優しい養母、それから明るく可愛い義理の弟妹を思い出すと、少しだけ胸が暖かくなった。
育ててくれた彼らや、慕ってくれる弟妹たちに気を使わずにすむ気楽さ半分と、彼らのいない寂しさ半分。
両方を同じだけ感じて、ロイは苦笑してから、学生服のポケットからケータイを取りだした。

水曜日の、午後4時ちょうど。
義弟から来ていたメール……どうやら、今度帰った時にサッカーの練習に付き合って欲しいらしい。義弟、龍斗はサッカー部のマネージャーをやっていて、いつか選手になるのだと、秘密の特訓にロイは付き合わされることが多かった……に、卒業式の前に一週間は帰るから、その時に。と返す。
それから、やっぱり服を着替えようかと、迷ってジャケットに手をかけたが、やめておいた。
最近は早く帰るので、着替える時間はあるのだが、やはり学生服の方が落ち着く。
一足先に大学近くに越してきたものの、卒業式はまだ迎えてないという言い訳で、まだ高校生気分を満喫させてもらおう。
というのは言い訳半分で、もう半分は、先週着替えて訪れたところ、とてつもなく私服が大不評だったからだ。
普通のパーカー(蛇柄)なのに何故か指をさして笑われたことは記憶に新しい。
コスプレ呼ばわりされるまでとりあえずしばらくはこの学生服で過ごさせてもらおう。
思い浮かんだその笑い顔を頭から打ち払うように首を振って、ロイは部屋の中央に立った。
もう一人暮らしなのだから、誰かが部屋をノックしたときのことは考えなくてもいいのだが、いつもの癖でドアの方を窺って、誰も訪ねてこないことを確認してしまう。
ロイの部屋は簡素で、ベットがひとつと、本棚がふたつ。それにテーブルがひとつ。本棚も全て埋まってはいない。殺風景な新居。
荷物が少ないのは、越して来てまだあまり時間が経っていないというのもあるが、実際のところ、元々の自分の部屋もそう変わりはない。
荷を多くするのは、ロイの趣味ではない。
何事も簡素でありたいし、持ち物も背負うものも、少なければ少ない程いいと思っている。
そう思えるようになったのも、ここ数年のことだ。
昔は何でも背負い込む性質があって、そのおかげで、高校では生徒会なんて入って、いらない苦労も背負う羽目になった。
もちろん良い思い出だってあるが、今の自分なら、そんな責務を背負うなんてまっぴらだと、のらりくらりと逃げることにするだろう。
よくも悪くも、なんでも背負いこむのが過去の自分だった。
お人好しとも違う。
自分がやれば、なんとかなると思っていたのだ。
そんな以前の自分を思い出すだけで、黒く塗りつぶしたくなって少し気が滅入る。
いわゆる黒歴史の一つだ。だけど、あの頃は何にでも必死だった。でもそれが――
と、憂鬱な気持ちを首を振って払って、ロイは手を掲げた。
卒業前に一人暮らしを始めたのは、これのためだ。
もう、こそこそとコレをしなくてすむ。

そうして、慣れた手つきで、空に複雑な紋様を描く。
右に、左に、ぐるりと、点々と。
初めはこんな紋様覚えられるかと憤慨したが、悲しいことに体は自然とその紋様を描いていく。
覚えられるかどうかというより、どうやら自分の体は、元々それを知っているようだった。
考える間もなくするりするりと手は自然と動き、やがて紋様はすっかり描き終わる。

描き終わって一瞬の間を待つと。

ぐらりと世界は揺らぎ、形を変える。




毎週水曜日。
岸辺ロイは、異世界を訪れている。





「やっほーロイ!おっかえり~」
「こんにちはロイさん。今日はいつもの格好なんですね」

先週、黄色い蛇柄パーカーを着て行ったロイを見て、なにそれ変な格好似合わないと指をさして笑った二人が、ロイを出迎えた。
この二人は、初めて会った時も、学ランを見て変な格好だと言ったくらいだから、気にしない方がいいのだろうが、ほんの少しでもロイが傷つきそうになったのは確かだ。卒業したら学ランを着続けるわけにもいかないから、慣れた方がいいんだろうが、着れるうちは着ておきたい。
というか、私服って何着たらいいかわからない。
高校があるときは、休日も部活や生徒会で、絶えず制服だったツケがここにきている。

と、そんなロイはともかく。
ロイに明るい笑顔で飛びついて来たのが、シアン・バイオレット。
他人の格好を見て指さして笑うような女だが、巫女なんてやっている18歳の少女だ。
巫女、といっても和風巫女ではなく、ファンタジーでありがちな西洋風な巫女。
よく、ドラゴンあたりに生贄で食べられそうになる、ギリシャだとかその辺の神話に出てきそうな神殿にいる方のジャンルの巫女だ。
それも、その巫女の長なんてやっているらしい。
コネではなく実力、とは彼女の談だが、彼女の父親は村長で、そこの娘が代々巫女長をしているのは話に聞いている。
もっとも、彼女に実力があるのは明らかになったので、今となっては陰口を叩くものもいないが。
陰口を叩かれていた時も、さらに陰で、相手の靴に、ロイの世界で言う画鋲だとかマキビシだとかを入れていた女なので、その陰口が彼女にダメージを与えたかどうかは定かではない。
ロイも、彼女にやり込められたことは一度や二度ではない。うんざりするほどタフで迷惑な少女だ。
加えていうと、彼女は現在、なぜかロイの恋人であり、なぜかそれにロイ自身も文句はなかった。
彼女と出会ったばかりの自分が聞いたら、自分はおかしくなってしまったのかと発狂しそうな展開だが、残念ながら満更ではない。
そんな点でも、自分の成長を感じ入る。

その隣ににこやかに笑っているのが、彼女のお付きルウィン。
陽の光に赤く輝く金髪がまぶしい、天使のような少女な顔をしているが、その実態は、二十歳を充分に超えた大人の男である。
見た目は細いが、格闘家としても名を馳せていて、傷ついても倒れないタフさは不死鳥とすら呼ばれている。
見かけによらないが、そもそも、あのシアンのお付きとしてやっていけていることから、その実力は明らかだ。
ロイやシアンに振り回されてばかりだと嘆いているが、意外としたたかで、美味しいところはさらっていくような男である。
彼には幼馴染の綺麗な婚約者がいて、尻に敷かれているようだが、それがもう、とっても綺麗な婚約者なので、見かけるたびにロイは歯ぎしりしたくなる。
彼はシアンのお目付け役として神殿に勤めているが、神官としての力はあまりなく、身体能力を活かして神殿の警備に当たっていた。


その二人のもとに、毎週のように顔を見せるのが日課。
そんな自分が岸辺ロイ。18歳。もう少しは高校生。
もう引退したが、当時は剣道部で、生徒会に入って、1年生なのに副会長なんて押し付けられて、いっぱいいっぱいな生活を送っていた。
本当の家族は昔々に死んでいて、施設育ちでグレかかっているところを、10年くらい前に、今の養父母に救われた。
それから、学校や、義理の両親、義弟や義妹に慕われるための仮面を被って過ごしていた日々。
それでも充分に普通だと言える生活が終わったのは、この世界に来てからだ。
召喚され、気が付いたらいきなり知らない村にいた。そんな何も知らない少年が、二年前の自分。
あの頃は、本当にただの高校生で、初めて来た世界に、半泣きの毎日だった。
力もないただの少年に、世界を救えなんて頭がイってしまっていることを押しつけた少女は、まあ、言うまでもなくこのシアンという少女なのだが、当時は彼女も巫女としての力を発揮できてなく。彼女は訪れた少年にテキトーにそんなことを言っただけだったのだが、そんなイってることを無理やり実行したら、本当に世界を救ってしまった。
なんていう、ちょっとふざけた…でも切実で痛々しい展開を経て、今に至る。



ようするに、今はRPGのエンディング後だと、ロイは思っている。


普通の少年が力を手に入れて、世界を救い、ついには、元の世界とこの世界を、水曜日限定とはいえ、自由に行き来する力を身に付けた。
旅の途中で、自分の力についても知って、もう昔の何も知らない少年ではなくなった。
出来ないことは、もう何もない。
ヒロイン?(未だに彼女をヒロインと言い切るのは抵抗があるが)とは、良い仲になり、めでたしめでたし。
そんな幸せなエンディング後の世界。
エンディング後も世界は続いているので、問題は多々、いっぱい、山ほどあるが、それはそれで、クリア後のストーリーとして楽しんでいたし、その問題の主人公はもう自分ではないので、気負うこともない。


「ただいま、シアン。ルウィン。…恰好はほっとけ」

お帰りやただいまを言えるこの世界は、ロイにとって、ただの異世界ではない。
クリア後の終わった物語だと簡単に言うこともできない。
この世界は、ロイにとってはすでに自分の世界であって、向こうの日本がある世界と、全く同等の価値をもった世界だ。
だから、こちらに通うことは、苦でも義務でもなく、我が家に帰る気持ちで、用がなくても来るようにしている。
ただ、今回はきっちりと、用件があったので、さて、どう切り出そうかと思案していると、シアンと目が合った。

「話終わったら、遊ぶ時間あるかしら」
「は?」

意図のわからないセリフについ聞き返すと、察しが悪いわねえとでも言うように、シアンは眉を上げる。

「私、今日は買い物つきあってもらって、水辺でごはん食べたかったのよ。水辺の花、結構咲いたんだから」
「はあ、別にそれくらい付き合うけど」
「だ、か、ら、ロイの話次第でしょ?長くなったら、夜になっちゃう」
「おれの話は、その水辺でごはん食べながらでもいいんだけど」
「やあよ!もしヤな話だったら、ごはんが不味くなっちゃう!」

いつものわがままを言う態度でそう言って、シアンはくるりと背中を向けた。
そして、ロイの返事も聞かずに歩みを進める。
少し進んだ後、ようやくふりむいて、ぼーっと立っているロイに、手を振った。

「何してんのよ。早く終わらせて、買い物よ!」

そうして、彼女が向かう先は、いつもの彼女の家だ。

「…ロイさん、何か話があるんです?」
「え、あ、ああ」

ルウィンに聞かれ、生返事する。
話があるなんて言わずとも通じたのは、巫女の力か、自分が分かりやすいのか知らないが、切り出すタイミングを与えてくれたのには変わりない。
なんとなく、今から処刑すると言われた罪人の気持ちを味わえた気もするが、あきらめてロイは彼女のあとを追った。






「で、話というのは、ここ最近、こっちに顔を出さなかったことと関係があるの?」

椅子に座って即行の直球。
気持ちの準備をしていたつもりだったが、充分ではなかったらしい。
いきなりの先制攻撃に、気分は浮気の証拠をつきつけられた男のような気持ちである。
となりで薄ら笑っているルウィンに八つ当たりしたい。と視線をルウィンにずらそうとしたら、「じゃあ僕は、お茶を入れてきますね!」と逃げられた。

「関係あるっていうか…」
「あるっていうか?」
「ありますけども」

つい、何故か敬語が口をつく。
別に、やましいことは何一つないのだ。
毎週行くようにしているとはいえ、決まりではない。
これまでだって、予告なく行かないことはあった。
そもそも、ここに来るのは自分の意思だが、来たくても必ず来れるとは限らないのだ。


第一、ロイの持つこの「世界を移動する力」というのは、厳密に言うと、自由自在ではない。
ロイの持っている力は、レメゲトン72柱が魔神の一柱、アスタロトの力である。
魔神は、使役される義務を持っていて、何者かに召喚されたら、駆けつけて契約をしなければならない。
その契約の代償として、更なる力を得ることができるのだ。
アスタロトなんて大魔神を召喚できる魔導師なんて限られているから、毎週呼び出されるということもないので、大体は自分の好きなように動けるが、それでも呼び出されてしまったら、シアン達のもとに向かうのは難しくなる。
アスタロトとは、72柱の29番目に名を記されている魔神で、あの魔王ルシファーや、邪神ベルゼブブにも次ぐ力を持つ魔神だ。
ルシファーやベルゼブブは、そんな呼び出し無視しろよ、などと言っていたが、魔神の自覚を持って数年のロイは、まだそうもいかなかった。

そんなわけで、ロイがシアンの元に来ないのは、初めてというわけではない。
なので、普段なら、後ろめたいことなど何もないのだが…
今回は、いくつか彼女に頼み事をしなければならないため、少し心拍数が上がってしまう。


「鳥族の女の子の話はしただろ」
「ああ、ロイを召喚できたっていう不思議な女の子ね」
「うん。リオっていう、ブリアティルトの」

ちらりとシアンの顔を伺うと、なぜかその目がキラキラと輝いていた。

「……べつに面白い話はしないぞ?」
「え?その子と浮気したんじゃないの?」
「それって面白い話なのか?」

シアンの行動指針は、面白いか面白くないかに偏っているのは知っていた。
だから、話したことが面白くなかったらとたんに機嫌が悪くなる。
それを危惧して前置きをしたら、浮気だなんて突拍子もない単語がでてきた。
いきなりなんだというのだろう。
きょとんと首をかしげるシアンは、なーんだと呟いて、乗り出しがちだった身を、椅子に深く投げ出す。
もしかしたら、しばらく姿を見せなかったことを、本気で浮気でもしていたのだと思っていたのかもしれない。

「だって、先週、ひさしぶりにこっちに来たかと思ったら、いつもと違う格好をしてきたじゃない?
 これは浮気よ!ってリリスも言うし、そっかー。だったら修羅場ね!って思って」

リリスというのは、シアンのお付きルウィンの婚約者だ。
シアンとも仲が良い、おっとりとした美人のお嬢さんなのだが、たまにいらないことを言う。

「…話、続けていいか?」

修羅場ね!が、面白い話好きの彼女の、今回のおもしろポイントだったのだろう。
なんでそうなる!?だとかなんとかつっこみたい気持ちを抑えて、ロイは、シアンが「どうぞどうぞ」と促すのを待った。


「ブリアティルトってところは、三年の周期をぐるぐると繰り返している」
「へーおもしろいわね」

少し興味を持ってくれたらしい。
彼女の目がこちらを向いたので、ロイはこくりと頷いた。

「おれは、その5度目と6度目の周期を過ごした」
「え、それって、6年間ってこと?あんたおっさんじゃない!」

相変わらず彼女のツッコミの内容に予測がつかない。
おっさんかーともう一度呟いて、それから彼女はため息を付いて肩を落とした。

「………うーん、悩むけど、仕方ないわね…」
「何に悩んでるのか知らんが、向こうの3年って、体感すぐだから。おっさんじゃない。おっさんじゃないから」
「そんなに必死になってるとおっさんに見えるわよ?」

第一、リオの力で、向こうにいる間は歳を取らないのだというと、へーというわかったのかわかってないのか、気のない返事。
ともかく、とおっさん談義をひとつおいて、ロイは折られた話の腰を戻すことにして、コホンと咳をした。

「向こうの世界じゃ、おれの力がほとんど使えない。
 魔神としての力がほとんど意味をなさないんだ。向こうには、色んな世界のすごい力が、こう有象無象に渦巻いててさ…
 たぶん、その影響で、おれの力の干渉が弱くなるんだと思う」
「へー」
「聞けよおれの話」

気のない風なシアンは、テーブルに肘をついて、自分の髪を指先でつついていた。
そんな見るからに興味のない素振りに、ロイも少し苛つく。

「だって、私は行けない世界の話なんて聞いても、やっぱりおもしろくないわ」

三年でくるくる回る世界なんて、興味はあるけど、ロイはそこに行けても、私は無理じゃない。
拗ねたようにそう言って、唇を尖らせる。

「私だって、またロイと冒険っぽいことしたいのに。ロイだけずるいもの」

果たして、その言葉の比重は、「ロイと」冒険したいのか、冒険しているロイがずるいのか、どちらに置かれているのだろう。
そんなことを考えて、苦笑しながらロイは口を開く。

「話っていうのはな、シアン。お前も来るかってそう言おうと」
「行く!!!!!」


ばんっと手をテーブルについて、輝く笑顔。
ロイが言い終わる前にそう言い切ったシアンは、立ち上がったまま、何を持って行こうかしら、と呟いている。

「ちょ、ちょっと待て」

今すぐにも飛び出しそうなその様子に、ロイは慌てて待ったをかけた。

「ったく、おまえは!話を落ち着いて聞けよ。後悔するぞ!そのための話だ!」
「後悔?」

言われたシアンは、きょとんと首をかしげて笑った。

「やあねえ、しないわよ。ロイと一緒でしょ?後悔なんて、何があってもしないわ」

そんなことを言うもんだから。
ロイの中で八割を占めていた、彼女と付き合う後悔となんでこいつと付き合ってるんだっけ?という疑問は、二割の、なんて言ったらいいかわからない、何物にも代えがたいものにによって、瞬間に消えてしまう。
じわりと胸に広がったその何かを、苦笑で堪えて、ロイは彼女を再び椅子に座らせた。
じゃあ行こうか、で飛び出せるようなことじゃない。

「もし、一緒に来るなら」

ロイだって、シアンと一緒にいたい。
だけど、今回の本当の目的は、それではない。
ロイの譲れない目的のためには、言いづらいけれど、この条件は、捨てることができないのだ。

言いづらいけれど、と一つ深呼吸して、ロイは告げた。

「おれたちのこれまでを、なかったことにしよう」

シアンは、すぐには反応しなかった。
きょとんと目を開いて、ロイの言葉を、胸の内で反芻するかのように、時間を置いた後

「それって、別れるってこと?」

そう正しく理解して、口を開いた。










*****

さて、7期も終わる間際。
赤雫☆激団は、相も変わらず賑やかだ。
リーダーのリオディーラは、椅子に座り、足をばたばたさせている。
その前に座っている金髪の男がジャラヒ。
今期の総決算と、台帳に向かって格闘中。
どうやっても数字が合わないと呻く姿は、どう見ても、昔は冷酷ギャングと恐れられた男には見えない。
その姿を微笑ましく見ながら、テーブルの上を片付けているのが、メイドのドロシーで。

「と、いうわけでだ」
「何がというわけでだ、陰険魔神!おれの仕事中にいきなり現れるな!!」

魔法陣を輝かせて、いきなり現れたのが岸辺ロイ。魔神アスタロトの力を身に宿す男。
以前はこの男と、ジャラヒとリオで赤雫☆激団を担っていたが、今はロイはこうやってたまに現れるものの、基本は実家に帰っているらしい。

「挨拶だよ。リオに当分の間会えなくなるから。おまえは知らん」

ロイとジャラヒは仲が悪い。
顔を合わせる度にお互い罵詈雑言なので、そこに居合わせる一同も慣れてはいるのだが、終わらないそのやり取りは、めんどくさいものでしかない。
鼻歌混じりでうきうきと座っていたリオも、その喧嘩が始まる前に声を掛けた。

「ん?次の周期はロイくんがリーダーなんだよ?
 私たちはお出かけするけど、ここに帰ってきたら、いつでも会えるよね??」

次は自分に任せてくれ。
そう言ってきたのはロイからだ。

「ああ、そうなんだけど…。今のおれとは当分会えないっていうか。とくにおれは、会うわけにはいかないっていうか」
「はっきり言えよ陰険遠回し魔神」
「察しろよアホ金髪」
「どういうこと~?」

いとも簡単に始まる口喧嘩を無視して、リオが割り込む。
それに応えて、ロイは「ああ」と片手を上げた。

「今度ここに来るのは、16歳の、まだ何の力にも目覚めてないおれだから」

『は?』

「なるべく、正体を隠して、こっそりおれを助けてくれ」

普段、助けてくれなんて、何があっても言わない男が、今だって、そんなこと言いたくないんだろう、苦虫を潰したような顔をして。

「おれの名前と顔をした、別人だと思っていいから…」

頼む、と呟いて少し頭を下げたので…ジャラヒですら、何も言えなかった。



******



異世界に行ったくらいで、力が使えないなんて、あってはならないことだと思う。
ブリアティルトに行って、ロイは散々思い知らされた。
所詮、自分の力は魔神の力であって、その力を抑えられると、ただの生意気な高校生でしかない。
つまり、いくら成長したと思っても、強くなったと思っても…
自分は、魔神の力に目覚める前の、高校1年生のガキの頃と、何も変わっていなかったのだ。
RPGをクリアしたって、プレイヤーはなにも変わっちゃいなかったのだ。

強くなりたいと欲した自分が手に入れたのは、結局のところ、膨れた自尊心と、余裕ぶった誤魔化し方。
唯一、手元にあってよかったと思えるのは、シアンの存在だが……異世界なんてものに触れる前の、強くなりたいことを純粋に望んでいる自分が聞いたら、絶望する他ないだろう。

この数年間、魔神なんて名乗って、色んな所に召喚され、力を望む他の人物を、助けてやった。
でもそんなことしている場合じゃなかったのだと、思う。
魔神の力なんて関係ない。
自分自身が、もっと強くならねばならない。

それは、人間、岸辺ロイ個人の元からの希望であり、そして、魔神の力なんて関係ないと言いつつも、魔神アスタロトとして生じる、強い切望で、欲だった。
魔神は力を欲している。
強い力を手に入れたいというのは、魔神の本能であり、力を得るために、人間の望みを叶えている。
成ってまだ数年とはいえ、ロイの体を蝕むその血が、もっと強くなれと、騒ぐ。

だからロイは、自分を召喚した少女に、助けを求める少女に言った。



『リオ。キミの望みを叶えてあげる。おれにはそれができるから…赤雫☆激団を、おれに任せてくれないか』


彼女は、ロイの顔をじっと見た後、微笑んで頷いた。
契約成立。
魔神の甘言に、彼女は乗った。



ロイがリオに言ったことは、嘘ではない。
自分の世界に戻って、魔神の力で、幾千、幾万、幾億の未来を覗き見たときに、それは確かにあった。
このままでは、リオの目的は果たせない。
けれど、ロイの、これから取ろうとしている行動によって、リオを救うことは確かにできる。
できるが、確実とは言えなかった。
むしろ、とても難しい。
それが実際に成し得るかは、ロイにはわからない。
だけど、その難しさを、ロイはリオに言わなかった。
それが、魔神の甘い罠。

だってロイの目的は、実際は彼女の望みを叶えることではなくて。
16の力のない自分を、魔神の力の薄いこのブリアティルトで過ごさせること。
それにより、更なる力を得ること。
ブリアティルトは、多種多様な、異様なまでの力が渦巻いている混沌の地。
他にはない、格好の修行場。
若き自分が、この様々な力の影響が渦巻く環境で修行をしたら、きっともっと、大きな力を得るに違いない。
この魔神の力の薄い世界で、果たしてアスタロトの力に目覚めるかどうかはわからないが、強くなろうとする自分のことだ。
きっと、その力を呼び覚ますことができるはず。
そうして、ブリアティルトで修行した力と、本来のアスタロトの力が合わされば、今よりもっと、大きな力を得ることができる。

それは、ロイにとって、ぞわぞわと鳥肌がたつほど、いてもたってもいられないほどの誘惑だ。

もちろん、16歳の自分が、彼女を救うことはあるかもしれない。そうであればと、思う。
だがそれは、確定ではなかった。
だから、嘘ではないが、騙していることには変わりない。
自分の魔神らしさに自分で呆れる。

二年前の力に目覚めていない自分が聞いたら、軽蔑するに違いない。
当時の自分は、どちらかというと潔癖な質だった。
そんなちょっとした罪悪感と―――

もっと大きな罪悪感を目の前にして、ロイはシアンの前に、テーブルを向かい合わせに座っていた。


「この二年間をなかったことにしてくれなんて…浮気より酷いこと言ってるわよ。ロイ」


自分を、16の少年時代からやり直させるということは、シアンと過ごした二年間を否定するということである。
それが一番の、何よりもの罪悪感だ。
それでも、強さという欲求は、捨てることが出来ない。
幾億通りの未来の中で、一番輝かんばかりの、未知なる力を得ることが出来た未来。
それが、ブリアティルトにある。
魔神の力が目覚める前に、ブリアティルトで時を過ごすこと。
成し得て手に入れた力の輝き。
あれを手に入れるためなら、なんだってする。

「はあ…あんたって、変な所頑固よね。
 こないだだって、力を得るためとか言って、魔界の奥深くで騙されて変な男と結婚したじゃない?
 私、あんたのことわりと本気で心配…」
「そ、その話は、今回関係ないから!」

そんな言い返すことの出来ない説教は今はいらない。
慌てて遮ると、肩をすくめてシアンは、で、と先を促してくる。
促されて、ロイは心を決めた。
シアンには、申し訳ないと思っている。
だが、自分はシアン以上にワガママで、諦めることが出来ない。
それが、彼女を巻き込むことになっても。


「だから、おれに付いてきて欲しい」
「私、別れた男と一緒に行くとかちょっと意味わからないんだけど」
「あー。悪い。肝心なこと言ってないな。別れるとかじゃなくって、なかったことっていうか」

気が焦りすぎて、説明が足りてなかった。
というか、半分は、彼女が聞こうとしていなかったからだが。
そこでようやく彼女に説明する。
強くなるために、2年前の自分で、ブリアティルトをやり直さねばならないということ。
ここでの二年間を捨ててでも、そうしたいということ。
でも、この二年間で得た、たったひとつの譲れないものは、絶対に持っていくつもりだということ。

なんていう勝手な言い草だろうと、自分でも思う。
彼女が過ごしてきた二年間は、ロイが過ごした味気ない高校生活二年間よりも、きっと大きなものだ。
村をたてなおして、新しく神殿を建てて、村の皆を見返して、ようやく、内からも外からも認められる、正々堂々とした巫女長になった。
表には見せないが、きっと苦労したに違いないと、ロイも知っている。
それを全て、壊せと言っているのだ。自分は。
それでも譲るつもりはなくて、ロイはまっすぐにシアンを見つめた。
するとシアンは、ぱんと両手で手を打って。

「つまり、それって、もう一度、あなたと一からやり直せるってことよね。一粒で二度美味しい感じ。
 うん。それって、なんだかとっても素敵じゃない?」

にっこりと笑った。







「シアン様~話は終わりました?」
「どこ行ってたのよルウィン!出かけるわよ!」
「どこに行くんです?そろそろ夕飯ですよ」
「ブリアティルトよ!二年前の私達に戻って、ブリアティルトを冒険するの!!」
「え?は?はい?にねんまえ…?え、あの、そろそろ僕、リリスと結婚しようって話で、二年前に戻るのはちょっと…」
「二年前もそう言ってたわよ!ルウィンは強制!いくわよ!」






こうして、三人はブリアティルトに降り立ち、黄金の門近くで、再会することになる。


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2013-09-16 : SS : コメント : 0 :
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