【SS】ドロシーと母の日【7期】

ぱたぱたと、箒を鳴らし、床を拭いて、テーブルを磨きクロスを掛ける。
その上に花瓶を置いて、一輪花を挿して、優しく整えて。
それからドロシーは、頷いて、周囲を見回した。
埃ひとつ落ちていない、綺麗な部屋。
ちょっと花瓶は欠けているところもあるし、テーブルクロスは少し黄ばんでいるが、それも生活感という言葉でごまかせる程度だと、ドロシーは思う。
この家に来て一年。
初めは散らかっていた部屋も、今では可愛らしくまとまっている。
できるだけの工夫はしてきたし、よく遊びに来る友人たちもそう言ってくれていることに、ドロシーは満足していた。
本来はお嬢様である、気品はあるのにどこか親しみやすい友人に褒められると誇らしく思ったし、先日18を迎えた、いつも素朴に見えるが、実は洒落たセンスを持つ金髪の少女が、食卓の花を見て可愛いと言ってくれると嬉しくなった。
見る目のある客人に、少しでも安らいでもらいたいという気持ちには変わりないが、どうせなら、良く思ってもらいたいと思うのも正直なところだ。
これはメイドとしての性分だからして、仕方がない。

今日のテーブルの花も、ダリア。
この家に住む黒髪の少女と同じ名を冠する花。
凛として大輪を咲かせる花は、どことなく彼女を思い起こさせる。
花言葉は、移り気、優雅、威厳、感謝。
これは、近所の花屋で店番をしている可愛い少女に教えてもらったものだが。
赤い花びらを、何枚も何枚も重ねて咲く大きな花。
最近、この花をテーブルに飾ることが多い。
同じ名前の少女は、まだ一度もそれに気がついてはいなかったけれども。

「今日も素敵な日になりそう」

朝、ひと掃除終えて、テーブルについて鼻歌を歌う、この時間がドロシーは好きだ。
もう少ししたら、この家の住人である、ジャラヒかダリアがやってくるだろう。
基本的にはダリアが早く扉を開くが、ほんのたまに、ジャラヒの方が早くやってくることもある。
今日はどちらが先だろうか。
そんな予想で頭を巡らせるのも楽しいことだった。


「はよー」

あくび交じりにやってきたのは、金髪の青年の方だった。
ジャラヒ。
ドロシーの現在の主人である。
彼に仕えてくれと、指示を出してきたのは別の人物なので、直接の依頼主ではないが、それでも主人には変わりない。
ドロシーとしても、この金髪の青年のことをここに来る前から知っていたのもあって、彼に仕えることに異存はなかった。
ジャラヒが4つだか5つだかの頃に、乳母がわりに、ドロシーがベビーシッターのようなことをしていたことがあったのだ。
その時の無邪気で可愛らしい姿は、今でもすぐに思い浮かべることができて、変わってしまった現在の彼の姿を見ても、つい微笑ましく思ってしまう。


「おはようございます。ぼっちゃん、紅茶にします?コーヒーにします?」
「コーヒー」

その頃の名残で、ついドロシーも、彼を「主人」ではなく「ぼっちゃん」と呼んでしまうのだが、彼に咎められたことはない。
その寛大さに敬服を表しつつ、ドロシーはコーヒーを入れに席を立った。
言葉や態度は横柄に見えるかもしれないが、主人は意外と気がつく男だ。
メイドの領分である台所に足を踏み入れたりはしないが、さりげなく今のように、ドロシーが通りやすいように、椅子を引いて道を作る。
それも無意識にやっているのだろう。椅子を引いたあとはドロシーには目もくれず、大きく伸びをして、眠い…などと呟いている。
珍しいわけでもないが、夜更かしでもしたのだろうか。
主人にそれを咎めるわけにもいかず、ならばもう少し寝ていればいいのに、とドロシーは思ったが、それを言うとここぞとばかりに夕方まで延々と寝ていそうなので、何も言わず、コーヒーの準備に取り掛かった。

たしか、豆を粉にしたものがまだあったはずだ。


「ん、…今日もこの花なんだな」

蒸らしたコーヒーの匂いに包まれるドロシーの背中に、眠そうな、そんな声が届いた。
テーブルの上の花のことだろう。
独り言だったのかもしれないが、嬉しくなって「綺麗でしょう」と返すと、「『花』は、綺麗だ」と含みを持たされて返ってきた。
ジャラヒに、その花についてそうと言ったことはなかったが、ドロシーの意図は、彼に伝わっていたらしい。

「花も、です」
「花は危なくないからなあ」

そろそろ良いだろうかと、泡の色が変わったコーヒーを見て手を止める。
この瞬間が、コーヒーの一番良い一瞬だ。
存分に、ドリップされたコーヒーのふんわりした香りを楽しみながら、カップに注ぐ。
とても幸せで、鼻歌が出てしまう瞬間。
ふわりと幸せに包まれて、入れる相手のことを思った。
ジャラヒは濃いめのブラックが好きだから、そこにミルクはつけないほうがいい。
こぼさないようにそのカップを盆に乗せ、テーブルに運ぶと、彼は椅子をひいてカップを受け取った。

「さんきゅ」
「いいえ。お口に合うとよろしいのですが」
「今更」

そう笑って受け取ったジャラヒは、カップに口をつけたあと、口の中であちっと呟いて、ふーとカップに息を注いだ。
猫舌なのを知ってはいるが、彼が熱いのが好きなのも知っているので、ドロシーは、気が付かないふりをして熱めのものをいつも出す。
ジャラヒも、苦渋を顔に浮かべながらもそれに文句は言わない。
そうして少し冷めたのか、安心したように今度こそ口を付けて、ジャラヒはふうと息をついた。

「ふう。あー、目が覚めた」
「今日は早かったですね」
「ていうか、寝てない」
「お身体にさわりますよ?」

聞きはしないだろうとわかってはいるが、それでも言わずにおれずにいると、やはりジャラヒは聞きいれるつもりもないようで、はいはい、と手を振って流している。

「今日は特別。すること終わったから、もうちょいしたら寝る」
「これから寝るのに、コーヒーですか?」

しかも、目が覚めた。なんて、目を覚ますのが目的のように。

聞き返すと、ジャラヒは苦笑するように顔をゆがませて

「あー、寝る前に、これからが本番だからなー」
「??」

きょとんとするドロシーを横目に、もう一口コーヒーを口につけ、やっぱり熱いと呟いた。







と、突然

バンッという大きな音と共に、玄関が開いた。

入ってきたのは、黒髪の、テーブルの上の花と同じ名の少女。
いつも落ち着いている彼女の姿は、今は影も形もない。
振り乱した髪のまま、はあはあと息を整え、それから後ろ手で玄関の扉を閉めた。

キィィ、と怪しい音を立てながら、扉が閉まる。
パタン、と閉まる音に、ふうとドロシーは胸を撫でおろした。
ただでさえ古びた扉だ。
今の衝撃で壊れたかと思ったが、なんとか機能は果たしているらしい。

「ど、どうしたんですダリアちゃん。…お出かけしていたんですか?」

ドロシーの声に、ダリアがはっと顔をあげる。
その顔は、見たことない色に染まっていた。
普段、白く、崩れることのない綺麗な顔が、今は赤に染まって、なにやら顔に戸惑いをめいいっぱい浮かべて。
何かを言おうとしては言葉にならず、口を開いては閉じている。
慌てながらも、その目はきょろきょろしながらも、ドロシーを捉えて、
…どうやら、ドロシーに言いたいことがあるらしい。


「落ちつけよ」

ダリアやドロシーよりも先に、口を開いたのはジャラヒだ。
それが幸いだったのか、ダリアが我に返って――激昂はしていたが――言葉がようやく口をついた。


「ああ、あんたねえ!知ってたの?」
「何を?」
「あのっあれ…あのっ」

あれ、と言い、指を上げたが、震えているその手は、何を指しているのかわからない。


「さっぱりわからん」
「……あんたが言ったんでしょ!買ってこいって!」
「そりゃ、ダリアが協力したいって言うから」
「だからって!!」

どうやら、ダリアは、何かを買うために家を出ていたらしい。
が、話の内容がわからないドロシーには、きょとんとすることしかできなかった。
それでも、まあまあと二人の間に入り、座って話をしましょうと促す。
と、促されたダリアは、導かれるままテーブルに目を向け、それから再び固まった。


「で、ダリア。買えたのか?」
「う、うるさい!あたりまえでしょ!ちょ、ちょっと黙ってて」


それから、もじもじと身体を震わせた後、自身が着ているコートの中をそっと覗くと、そこにあるものを確認し、ふうと、深く息を吸い込んだ。
その姿は今までに見たことがないもので、ドロシーは、きょとんを超えてぽかんと彼女を見ていたが、そのダリアの目線の先が自分だと認めると、どきり、と胸が鳴って、思わず姿勢を正した。


「ド、ドロシー!!」
「は、はい!」
「おめでとう!!」
「は?」


真っ赤な顔の彼女から出てきたのは、何故かそんな祝いの言葉。
思わず首をかしげる。
もちろん、祝われるような、身に覚えはない。
その上、祝いながらも赤い顔で睨んでくるダリアは、どう見ても祝っているとは何か違う気がしたが、ともかく、何を言っているのか全くわからなかった。


「って、おめでとうじゃねえし!ありがとうだし!ていうか打ち合わせと違うだろうが!」


割って出たのはジャラヒだ。
事情を知ってそうなそぶりに、ドロシーは解説を求めるように目を向けたが、更にダリアが声を被せる。

「う、うるさいわね!それどころじゃないの!あんたが黙ってたのが悪いんだから!」
「知らないほうが悪いだろ!ったく、おれがせっかく徹夜で考えた盛大なシチュエーションを無駄にしやがって」

「え、ええっと」

またしても喧嘩がはじまりそうで、それを制そうと身を乗り出そうとしたドロシーに、はっと気付いたダリアは、こほんと咳をし、そこでようやく冷静のようなものを取り戻した。
顔はまだ少し興奮の色があるし、髪も乱れているが、先ほどよりはいつものダリアにほんの少し近い。


「ド、ドロシー、これ、私から、なんだけど!」

コートをばっと開いて、そそっと取り出したのは

「…花…?えっと、これは」
「あんなテーブルの花より、これを飾ってちょうだい!それに、えっと、そうね、おめでとうじゃなかったわ。いつも、ありがとう」

出されたのは、白い、クリーム色の花。
花びらの先が桃色づいていて、とてもかわいらしい。
カーネーションだ。

「ええっと…」
「今日あれだろ、カレンダー見てみろよ?」

ジャラヒに言われ、カレンダーを見る。
誕生日ではない―そもそもドロシーは自身の誕生日すら忘れていたので、ジャラヒたちに話したこともない。
きょとんとしていると、焦れたように、ジャラヒが答えた。

「母の日だよ!母の日!いつもありがとうって!な!」
「……あらまあ」

答えを言われても、きょとんとするしかない。
口癖が口をついて、しばし固まった。


「…母の日?」


反芻してみる。


「そ。って、別にドロシーが、その、おばさんとか、そう思ってるわけじゃねえよ?
 正直、ちょっとニュアンス違う気もするしな…。でもまあ、中身の意味は一緒だ。
 わかってるよな?意味。」

母の日。
母親に、産んでくれたことを感謝する日。
言うまでもなく、ドロシーは、彼らの母親ではない。
どんなに愛していても、想っていても。
心配していても、喜んでも、悲しんでも。
母親だなんて、おこがましいこと、思えるはずもない。

ジャラヒは主人で、彼に従うのは本意だ。
だから、彼が夜遅くまで兵本を読んでいても、心配はすれど口にせず、そっと夜食を用意するに留めた。
昇進して隊が大きくなったときは、共に喜べど、幾度も続く戦に向かうことを、止めることはしない。
彼が油断して怪我をして帰って来た時は、さすがに怒ってしまったが、それでも、なるべくもう、過ぎたことはしないと誓ったのだ。

それでも

それなのに

「ええっと…」

これは、曲解ではないだろうか。
間違って受け止めてはないだろうか。
彼らが、母親のように、想ってくれているなんて、そんなふうに捉えてもいいのだろうか。

だとしたら…

「ドロシー」

まだ赤い顔のダリアが、少し笑っていた。

「えっと、花、いつも飾ってくれて、ありがとう」

少したどたどしくも、伝わるように。

「ダリアという、あの、名前の花を、毎日、あんなに優しい顔で、大切にしてくれて」

感謝の気持ちを口に乗せてから、ダリアは、それから吹き出すように笑った。

「…ドロシー、顔真っ赤だわ」


指摘されて、ドロシーは顔を押さえて、「あらやだ…」とうずくまりそうになるのをこらえた。

本当は、幸せで幸せで、壊れてしまいそうなくらいだ。


まるで家族のように大切なあの子と、同じ名前というのが嬉しくて、つい飾っていた花。
戦いに向かう彼女が、この花のように元気で、綺麗に咲いていますようにと、毎日眺めて、大切にしていた。
もちろん、花の種類に詳しくない彼女は気付かないみたいだったけれど、それはべつにかまわなかった。
だけど、いつか彼女が気がついたら、なんて言うだろうと思っていたのだけど。
こんなに幸せを返してもらえるなんて。

「母の日だからカーネーションだろ、買いに行ってくれって、ジャラヒに言われて…
 朝、花屋に行って…そこの女の子に聞いたの。
 いつもうちにある花と私、同じ名前だって。
 もう、私、慌てちゃって……恥かいたわ。ドロシー。どうしてくれるの?」

膨れながら睨んでくるダリアだが、そこに怒っている様子はない。
その後ろでニヤニヤしているジャラヒは、知っていたのだろう。
計画通りになったことが嬉しいらしく、満足そうだ。

そういえば、彼は昨夜から寝ていないと言っていたが。何か企んで…

と、ジャラヒに目を向けると、それに答えるように、彼はにやりと笑って、それからドロシーに向かって手招きした。


「で、ドロシー。こっちはおれからな。これからもよろしく」

手渡されたのは、白いエプロン。

「おれの手作り。ドロシーのエプロン、フリルのとこほつれてるから、気になってたんだよなー。今度から、それをつけるように!な」

赤いカーネーションと、白いエプロン。
これはもう、疑う余地もなく『母の日』だ。
こんな、わざわざ、典型的な、母の日でしかありえないプレゼント。
ドロシーが、疑わないように、素直に受け止められるように、これでいいのだと、背中を押してくれる。
ジャラヒの心遣いが、痛いほどわかる。

そうか。とドロシーは思った。

これでいいのだ。
「主人」じゃなくて「ぼっちゃん」でもいい。
夜更かしを叱っても、無茶を怒っても。
主人だから踏み入れてはだめだなんて、思わなくてもいい。
母親だから。家族だから。いいのだ。

「ありがとう、ございます」

曲解なく、ちゃんと受け止めて…
ドロシーは胸が苦しくなった。
ドロシーはエプロンをぎゅっと抱きしめて、それから、ダリアの花の横に、カーネーションを飾った。

赤いダリアの横に、白いカーネーション。
ダリアは赤い花を捨てろと言ったが、そんなこと出来るはずない。
よかったな、とあくびして笑う主人に、感謝を述べて、ドロシーはジャラヒにもう寝るように言った。
今日はもう仕方がないけれど、明日から、夜更かしするようなら、ちゃんと怒鳴りつけてやろう。傭兵は身体が資本なのだ。
お許しをもらったのだから、これからは、もっとちゃんと、遠慮なんてしないで。
そうドロシーは、胸の奥でそっと誓った。


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2013-09-01 : SS : コメント : 0 :
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