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3分電話の日。ダリア→ブラン

今日は3分間電話の日らしい。
意味はよくわからないけど、機嫌よさそうにロイがそう言って部屋に呼んだので、私はここにいる。
ここ、というのはロイ、岸辺ロイの部屋だ。
妙にすっきりとした部屋には、ダンベルだとか木刀だとかよくわからない器具と、それから少しの本があるくらいで、ジャラヒの部屋とは大違い。ジャラヒの部屋は、多趣味の彼らしくものが多い。結構な几帳面なので、ちょくちょく掃除はしているようだけど、ものの多さはどうしようもない。
私の部屋は…物は少ないので、汚くはないはず。掃除は好きではないけれど、乱雑なのも好きではない。何もないと言ってもいいくらいの部屋で生きてきたので、掃除をする必要も、以前はないくらいだったけど。最近はもらい物が多くて、少し散らかってきて…生活感が出てきたのだということにしている。生活感。以前、この部隊にいた男に教わった言葉だ。ジャラヒの親友でもある男、セリラート。彼のあの軽薄さは好きではなかったけれど、たまに使う言葉の選び方がなんとなく面白くて、いくつか覚えている。
ふわふわクッションやもこもこぬいぐるみといった、彼の言う「生活感が出てきた部屋」は、私も嫌いではないのだ。

それはさておき。
筋肉強化用品を生活感としている岸辺ロイは、朝から妙に元気だった。
コーヒーを飲みながら鼻歌を鳴らし、ジャラヒにおはようなんて笑顔で挨拶までしていたので、その顔を向けられたジャラヒは、朝だというのに大きく目を開いて、私に「おれってまだ寝ぼけてる?」なんて訊いてきた。「寝すぎておかしくなったのかもね」と返したら、ジャラヒは自分の不摂生を真面目に反省したみたいだから、ロイの奇行もたまにはいいのかもしれない。まあ、喧嘩ばかりの二人が仲良く爽やかに挨拶するなんて気持ち悪いこと、たまに以上はいらないけど。
その辺はどうでもいいと言えばどうでもいいので、そのとき私はロイの横で、黙って朝ごはんを食べていた。
ロイの隣でジャラヒの前が食卓での私の定位置。
首を傾げるジャラヒに、ドロシーがコーヒーを与えているのを見ながら、もくもくと食べる。
今日のメニューは、トーストとベーコンエッグとコーンスープ。
どれも温かくて美味しい。朝から温かいものが食べられるなんて、昔の自分が聞いたら信じないだろう。今の私だって、いつまで夢を見てるのかなんて言われたら、確かに夢なのかもしれないと納得してしまいそうだ。
仲間たちと楽しく温かい朝ごはんなんて、夢じゃなかったら喜劇。これが、この後一家惨殺されるかわいそうな家族の最後の談笑なんて喜劇だったら、少しは安心できるかしら。
そんなことを思いながらスープを飲んでいると、そのとき、ロイは言った。

「今日は3分間電話の日、なんだって」
「……」
「……電話?」

私が応えずにいると、しばらくの沈黙の後、ジャラヒが相槌を打った。
リオもサツヤも食卓にいない今、ドロシーも台所で洗いものをしているとあっては、例えロイであっても、世間話の相槌を打つのはジャラヒの役割。
妙なところで律儀なのがジャラヒらしい。
以前は死んでもロイの会話に加わろうとしなかっただろうけど、ここ最近は、世間話を保てるくらいにはなったみたい。とはいえ、さっきみたいな笑顔で挨拶というのは、稀にでも見えるものじゃないけれど。

「そ。ああ、こっちにはないのか。離れている相手でも、会話できる機械…」
「離れてる相手に?そんな便利な…ああ。いや、あった。そーいやおれんちにもあったわ!こっちにはないから忘れてたな。まあ、もともとあんな嗜好品、めったに使わなかったけど」
「嗜好品?っていうより必需品じゃないか?あれないと困るだろ?…って、まあ、こっちじゃなくても困ってないから、なくてもいいといえばいいんだろうけど」
「はあ?だって相手も持ってないと意味ないんだぜ?あんなデカくてたっかいもん、大貴族や大企業くらいしか持ってねえよ」
「おれんところは、電話といえばこんくらいの大きさ。そんなに高くないよ」
「…なにそれこわい。本より小さいとかどんなだよ。まあ、そんだけ小さきゃ普及するだろうな」
「一人一台で、これで本も読める」
「アホか。音が聞こえるもんだろ電話って。音楽が聴けるとかならまだしも、本は読めねえよ。顔まで映るとか言うなよ」
「写るし、もちろん曲も聴けるよ」
「うえ。お前の世界怖い。怖いけどちょっと興味あるそれ」

何を言ってるかさっぱりわからないけれど、二人の会話は盛り上がっていた。
もしかしたら、もうそんなに仲は悪くないのかもしれない。
私がこの部隊に入ったばかりの頃の二人は、目を合わせることもほとんどなかったというのに。
それとも、電話とやらが、それほどに会話の弾む題材なのかしら。
ジャラヒは盛り上がっているけれど、私はその電話とやらを、目にしたことはなかった。
存在は、聞いたことがある。お偉い方々の屋敷にはあるらしいそれ。
もしかしたら、仕事中に目にしたことがあるのかもしれないけど、どんなものかも想像もつかないので、例え目にしていたとしてもわからなかった。
ジャラヒが知っている、というのは、彼がワートン家の一員だからだ。
ワートン財閥の次男、ジャラヒ・ワートン。
かつてはワートン財閥の真なる後継者とさえ言われた男。
グレてギャングになんてなって、家出して今ここにいる彼も、元々は大貴族、大企業の大御曹司だ。
スクールを主席で卒業し、中でも芸術方面に秀でていた彼は、卒業してすぐに新規事業として劇場運営を打ちたて、金融界、工業界を軒並み傘下に置いていたワートン財閥に、芸術という新たな力を与えた。
それを手土産に早くも14歳にして、ワートン財閥の次男としてお披露目。その会は、私も仕事で出席していた。
そのときは、まさか17歳で、早くもグレるとは思ってもいなかったけれど。
まあ、ワートン財閥は長男も長男で、グレにグレているので、ジャラヒだけを責めるのも可哀想かもしれない。

「ダリアはさ」

と、ロイが私の方を向いた。

「話したい人っている?」
「…?」
「いや、実はさ、さっきシアンと電話したんだけど。やっぱり電話はいいもんだよ」
「何の話がしたかったかと思えば、ノロケかよ」

今日のロイは、チッと元貴族とは思えない舌打ちをするジャラヒをも気にしない寛容さを持っているらしい。
なるほど、さっきから妙に機嫌がいいのは、彼女と話をしたからだ。
シアンというのは、ロイと交遊を深くしている女性。
私は逢ったことはない。
こうやって、たまにロイの口から名前を聞くくらい。
どんな女性だろうと興味はなくはないけど、私と同い年の、巫女をしている女性なんて、近づく気にもなれない。巫女なんて、世界が違いすぎる。きっと私と正反対の清楚で可憐、なんて風な子に違いない。
一度訊いてみたら、ロイはすごく微妙そうな顔をしたけれど…。まあ、いくら風変わりなロイでも、暗殺業についている私を、大事な彼女に近づけたくないだろうし。

「だからってわけじゃないけど、よかったら、ダリアもさ、話したい人と話してみない?」

そう提案されてみると、私も興味がないわけでもない。
こくりと頷くと、ロイは満足そうに笑った。

「よし!たまにはおれも良い事しないとな。任せとけ!」










でも、電話なんてこのブリアティルトでは聞いたこともない。
もしかしたら、帝国あたりにあるのかもしれないけれど。
と言ったら、例の胡散臭い笑いを浮かべて、魔神の力でどうとかこうとか言っていた。
ロイは魔神の力が使える。
出来ることと出来ないことはちゃんとあって色々制約もあるらしいけど、説明されてもよくわからないので聞かない。

「で、ダリア。誰と話したいんだ?」

生活感が筋肉増強用品で満ちているロイの部屋に招かれて、問われた私は少し考えた。

話したい人。

「ブラン?家族?向こうの大事な人でもいいし、ああ、もちろんこっちの人でもいいけど」

ブランは来週逢う予定だし、私には厳密には家族はない。友達もそう多くはないし、急に考えても、どの人物を思い浮かべてもためらいがあった。
とはいえ、躊躇いながらも思い浮かぶのはやっぱり彼しかいないのは事実だ。

「じゃあ、お願いロイ」
「了解。あ、制限時間は3分間だ。3分経ったら切れるから、覚えといて」
「わかったわ」

私が頷くと、ロイは気を使ったのか、手のひらサイズの機械だけ置いて部屋を出て行った。


>>幸せをくれたあの人の声を聴く

とぅるるるるという聞いたことのない奇妙な音の後、声が聞こえた。

「??な、なんこれ…」
「ブラン?聞こえる?」
「!?ダダダ、ダリアさん!?」

悲鳴のような音が聞こえ、私は機械から少し耳を離した。
声の主は、やっぱり、彼。
ブラン。
ブリアティルトでも英雄として何度も名を轟かせている男。
まあ、なんというか、私の大切なひと、だ。

「どうしようダリアさん」
「ん?」
「俺、幻聴きこえるようになったわ…」
「幻聴でもなんでもないわ。安心なさい」

ロイの力だと言うと、ブランは納得しているようだった。
赤雫激団のドラ○もんだもんなあ、とかよくわからないことを言っているが、よくわからないのでよくわからないことにしておく。

「で、何?なにかあったの?」
「いえ、別に…なにもないけど…」

何もない。
それに、来週逢う約束もしている。
だから、ほんとは躊躇ったのだ。
でも、やっぱり思い浮かぶ少ない名前の中で、話したいと思うのは、そういうわけで…。

「声、聞きたかったから。えっと、迷惑、だったかしら」
「…ダリアさん、それ反則」
「反則?ルールがあったのね。ごめんなさい」
「あ、いや、そーやなくてえっと」

突然ルール違反を指摘され戸惑う。
正直なところ、私は世間のルールに詳しくない。
幼い頃から閉じられた暗殺組合にいて、ジェインというなんていうか変な保護者の影響を受けて生きてきたのだ。
世間慣れしていないことは自覚済み。
だから、ブランと話していると、たまに何か悪いことをしてしまったのかとどきりとすることがある。
ブランも世間には疎いと言っていたが、私から見ると、多くの仲間に囲まれて、英雄と呼ばれているブランは、まぶしくて仕方ないのだ。

「だ、ダリアさん。その、嬉しい。声が聞けて」
「よかった」

嬉しいならよかった。
ブランの優しさが染みる。
けど、同時にこんなもので喜ぶなんて、ちょっと優しすぎないかと少し心配になる。
声が聞けて嬉しかっただなんて、そんなに話し相手に困っているようには見えないのだけど。

「ねえブラン。大丈夫なの?」
「な、なにが?」
「私からノワールさんやリーベルさんたちに言ってもいいけど…」
「ちょっと待って本気で何の話?!」

ブランの部隊の仲間の人たち。
話はしたことがなかったけれど、とてもいい人達に見えた。
ただ、女性ばかりだったから、ブランもほんとは話しづらいのかもしれない。

「ほら、あの人達、女性じゃない。だから…」
「や!違う!違うよダリアさん誤解!仲間だから!何にもないから!」
「そうなの?ならいいんだけど…」

仲間だから、会話がなくても充分なのかもしれない。
そういえば私も、部隊の仲間とそんなに会話があるってわけでもない。それは私が口下手というのもあるけど。
ブランは仲間と上手くいっているらしい。それならよかった。
それでも少し心配で、私は頷きながら言う。

「いざとなったら、私が行くから。話せば判ると思うし」
「何故だろう。話せばって言ってるのに撃ち合えば<ヤリアエバ>って聞こえるんやけど…」

まあ、私がしゃしゃり出るのもおかしいのはわかる。
でも、近すぎて気がつかないっていうのもあるだろうし、ブランが人から声かけられるのを奇声あげるくらい喜んでる現状をきちんと伝えたら、仲間の彼女たちも気にかけてくれるだろう。

「だ、大丈夫だってダリアさん。ほんと。おれ、一途やし。浮気しないし」
「浮気???何の話???」
「え????」
「え??」

なにやら話が食い違っていたらしい。
私は口下手だから、上手く伝えられていなかったのだ。申し訳ない。
きちんと謝って、ブランが人寂しすぎて奇声を上げた現状を憂いたのだと説明すると、長い沈黙が訪れた。
長い深い沈黙。
なんかちょっと鼻をすする音が聞こえた。

「ダリアさん!俺、別に孤独に耐えかねてたわけやないからね!」
「そうなの?」
「そう!なの!ダリアさんだから、嬉しかった」

私だから、と言われて首を傾げる。
すると、それが見えていたわけではないだろうけど、ブランはもう一度言った。

「ダリアさんだから。俺は、ダリアさんが好きだから。やから、好きな人の声が聞けて嬉しかった。わかる?」
「え、えっと、その…」

今度の沈黙は私からだ。
ブランのストレートの言葉で、流石に私でも、何を言われているかわかる。
それはとても暖かくて、情熱的で、まっすぐで、避けられなくて、銃よりも強力だった。
どんなスナイパーと向かい合っても怯まない自信はある私だけど、こんな強い弾、どうしようもない。
ブランは優しいけど、容赦ない。
こうやって、私が逃げる隙なんて、くれるはずがないのだ。

「好きだダリアさん。…ダリアさんが俺に電話くれたのはなんで?」
「えっと…声が…聞きたかった、から…」
「なんで?」

普段は、こっちが心配になるくらいなのに。
たまにこんなに意地悪。
きっと私がどう思っているかなんて、知ってるに違いないのに。
それでも、許してくれないのだ。
こうなると私は逃げることなんて出来なくて、震える声を抑えながら、観念するしかない。
熱くなった唇を開いて、私に初めて幸せをくれた人の名を、そっと呼ぶ。

「…好きよ、ブラン」

赤くなって俯くと、同意をくれた彼の声が、いつもよりずっと近くに感じた。
帝国にいるはずの彼が、近くに。もっと近くに。
3分間だけの魔法は、私にまた一つ知らない気持ちをくれた。

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2015-01-30 : SS : コメント : 0 :
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