小話らぶりーべいべー

9期でのどこかのお話。
*****
その発言がされたのは、珍しく全員が揃った、赤雫☆激団、昼食のひとときのことだった。
「ねえジャラ。ワタシ、赤ちゃんできちゃった!」
世界が、凍る。
その瞬間、まさしく時は凍り、世界が終わったかのような沈黙が食卓を包む。
薔薇色の頬でにこにこと笑っているのは、発言の主リオディーラ。赤雫☆激団のリーダーである。
その横は金髪の青年ジャラヒ・ワートン。
そのまた横に座るのは、一味のニューフェイス、ソウヤ。
そのソウヤの前はドロシーの席だが、ドロシーはほとんど給仕のため席を立っているので空いている。ジャラヒの前に位置するのは、暗殺者ダリア。そしてダリアの隣は魔神ロイ。
リオから時計回りに、ジャラヒ、ソウヤ、向かってドロシー、ダリア、ロイと、テーブルを囲んでいる中。その瞬間、ぴたりと、リオ以外の一味全員動きを揃って止まった。
再び時が動いたのは、ドロシーがお盆を落とした音のお陰だった。
「…あ、あらあら、すみません…」
「ん、ドロシー。今日のシチュー、美味しいよ」
「私も好きだわ」
何事もなかったかのようにロイが顔をあげると、珍しくダリアも相槌を打つ。
いつもバラバラの一味だが、聞かなかったことにしようという団結を見せたらしい。
一名、金髪の男が顔を青くして震えていたが、その横のリオは、きょとんとした顔を一瞬見せたあと、聞こえなかったのかと判断したのだろう、もう一度、にこりと笑って、ジャラヒに顔を向ける。
「ね!あかちゃん!ジャラの子だよ?」
ジャラヒが大きく顔を皿の上にぶつけ、シチューが飛び散ったので、前に座っていたダリアが眉を潜めたが、それでも彼女は何も言わなかった。
再び沈黙が場を支配する。
シチューの海で窒息しそうになったジャラヒが、ようやく顔を上げたのと同時に。
「ロリコン…さすがだね…」
「ロリコンじゃねえ!!!!」
ぼそりとジャラヒの隣のソウヤが呟き、いやいやと首を振る。
「や、褒めてるんだよ?俺、ジャラヒのことヘタレだと思ってたから、びっくり驚嘆。
いや、ちょっと考えを改めるよ。まさか本当に手を出してるとは…」
一番新入りのソウヤが口を出したことにより、ようやく我に返ったのだろう。すくっと、ダリアが立ち上がった。
その動きはスムーズで、はらりとコートを舞わせた後、カチャリと音を立てて。
「ジャラヒ。言い残すことはある?」
「ちょちょちょ、銃向けんな!」
「安心しなさい。すぐには殺さないわ。リオと同じだけの苦しみを味あわせてあげる」
「待て!苦しみってなんだ!無実!無罪!」
両手を振って無実をアピールし、隣のリオの肩を掴む。
「リオ!おまえ、何あほなこと言ってんだ!?ってかお前どうやったら子どもできるとか知らねーだろ!いい加減言うな!」
「あのね、夜に一緒に寝てね、内緒の良いことしたら、あかちゃんできるんだって!」
「…知識に間違いはないようね」
「ありまくりだろ!何だよその内緒の良いことって!おい!」
女の子に何言わせる気?
と銃をさらに突きつけられて、ジャラヒは他に助けを求める。
リオは当てにならない。…あとでじっくり言い聞かせる必要はあるが。
ソウヤはニヤニヤしているだけだ。
ロイは論外。顔色も変えていないが、普段からこちらに興味を示さない男だ。ジャラヒも係わり合いになんてなりたくもないので放置。
「ドロシー!」
となると、ジャラヒが頼れるのは、元乳母の存在だけだ。
いつもジャラヒの味方のドロシーは、きっと助け舟を出してくれるに違いない。
「ぼっちゃん…」
ドロシーは、震える手でお盆を握っていた。
(あ、だめだ)
「…たしかに、ぼっちゃんにそこまでの教育はしておりませんでした、私の責任です…」
ドロシーがジャラヒの乳母をやっていたのは、彼が8つの時までだ。
だから、子どもがどうやったら出来るとか、二次成長だとか、保険教育は、ジャラヒにはまだ早すぎると、ドロシーは気にもしていなかったが。
「私が、身を持ってぼっちゃんにお教えしていれば、ぼっちゃんはリオさんを襲ったりしなかったでしょうに…」
「ドロシー何言っちゃってんの!?」
「…メイドから手取り足取り性教育授業、…一体何を考えているんだ…。さすがはワートン財閥の坊ちゃんってところか…」
「お前が何考えてんだよソウヤ!」
味方はいなかった。
これぞ四面楚歌。
第一、ジャラヒだってまだ混乱しているのだ。
なぜ、リオがいきなりそんなことを言ったのかわからない。
あの子が変なことを言い出したのは理由があるはず。
まずはそこをきっちり聞き出したいが、この周囲が喚いているこの状況でそれも難しそうだ。
自分の混乱は置いておいて、とりあえずはこの状況を何とかしなければならない。
と、机の上にある布巾で、シチューまみれの顔を拭く。
落ち着かねば。
と、
「何か問題はあるのか?」
さらりと口を出したのはロイだった。
我関せずを貫くと思っていた男が、口を開いたのにぎょっとする。
ロイはリオににこりと微笑んで。
それからジャラヒに眉を潜めて、ふうと息をついた。
「正直、時間の問題だと思ってたんだ。二人とも、寝室は別なのに結局いつも一緒に寝るし」
「や、だって最近寒いし、別にリオがいても邪魔じゃないし」
ロイのため息に、ジャラヒがきょとんとしていると、さらにソウヤが口を挟む。
「そういえば、リオはおれの魂だとかクサイこと言ってるよね」
「変なこと言ってないだろ?リオのお陰でおれは…」
「あ、そのくだり長いし聞き飽きたからいいや」
ロイと同じように、ソウヤもため息をつく。
「うん、ロイの言いたいことはわかった」
「だろ?事実はともかく、さっきからずっと否定もしない。そーいうことだ」
「どーいうことだよ!」
顔を見合わせた後の、二人分のため息をくらい、ジャラヒは憮然とするしかない。
よくわからないが、バカにされていることはわかる。
「おれの世界にも、クソヤンキーみたいなクソヤンキーで、学校を中退して子どものためにひーひー働いている、計画性もなく作ってしまった責任を負っているやつはいた。がんばれクソヤンキー」
「よし、悪意は伝わったぞ陰険魔神。表出ろ」
立ち上がろうとしたジャラヒだったが、服の裾を掴まれ、席に身を戻した。
「喧嘩はだめっ!」
と、言われてしまえば仕方がない。
リオの笑顔が曇るのは、ジャラヒの本意ではない。
ロイはいけすかないどころではないむかつく男で大天敵だが、ジャラヒの優先順位は断然リオディーラだ。
頬を膨らませて、肩をすくめるリオは、怒っていてもどこかコミカルで、いつもジャラヒたちを和ませる。
「もー、ふたりとも。仲良しなのは良いけど、今はお食事中なんだか……」
今日も、彼女はいつものように口を開いて…、途中で言葉を止め、口を押さえてうずくまった。
「リ、リオ???」
あわあわと慌てるジャラヒを涙目で見上げたリオの顔色は、思ったより悪かった。その肩を支えようとジャラヒも立ち上がったが、その手をすり抜けて、リオは席を立って、どたばたと居間を出て行った。
「……」
「……」
「……なんだよ」
視線が痛い。
食事の手を止めてジャラヒを睨むのは、残された一同だ。
それに応えようと眉を寄せて見回したものの、正直それどころではなさすぎてそわそわしている。
「…リオさん、食事、残してますね…」
「珍しいな」
「…正直、冗談か勘違いだと思ってたんだけど、あれってやっぱり…」
「あんな子どもに手を出すなんて、やっぱり暗殺…」
「あ、あほか!」
思考をストップしていると、一味は勝手に何やら不穏な空気を出していた。
その声にはっと気がついて、息を吸ってジャラヒは一喝する。もうひとつ、深呼吸。
「あいつ、なんか昨日夜更かししてたから、体調でも崩したんだろ」
変なことを言い出すから、慌ててしまったが、きっとなんのことはない。
昨日、ジャラヒはお休みを言ってリオの隣の自室に戻ったが、彼女の部屋はいつまでも明かりがついていた。
確かに、一昨日は、リオの部屋で本を読んでいるうちにそのまま寝てしまったが、別に、毎日四六時中一緒にいるわけではない。昨日は別だった。だから、リオが何のために夜更かししていたのかは知らない。
体調崩すまで起きているなんて、やっぱり昨日も一緒にいればよかったと悔やむ。
いつも日付が変わる前に寝ている彼女が、あんなに遅くまで起きているのは珍しい。
となると、体調くらい崩すのも当然だ。体調を崩して、いきなり肉山盛りシチューなんて食べたから、気持ちが悪くなったに違いない。
「ドロシー、粥でも用意してやってくれ。あと、暖かい生姜ミルクでも。あとー、リンゴ摩り下ろしたヤツな。あいつアレ好きだろ」
「あ、はい。ぼっちゃん。後ほどお持ちいたします」
メイドに指示を下し、ジャラヒは食卓をささっと片付ける。
残して悪いと一声かけると、当然首を振ってドロシーは食器を受け取る。
それから、頼むな、とだけ言って、ジャラヒは席を立った。
どこに行く気かなんて、誰も尋ねる気も起きない。
早足で向かう元は、当然彼女の元だ。
「なんにしろ、過保護だよね」
ソウヤの呟きに、応える声はなかった。
ソウヤがこの部隊に来る前から、彼の行動原理はいつも同じだ。もうそれを指摘することすら無意味だと、誰もが思う。
過保護だなんていったところで、ジャラヒから返ってくるのは、きょとんとした顔で、「普通だろ?」という答えだけだ。
とりあえず、洗面所でタオルだけ冷やして、ジャラヒは彼女の部屋をノックした。
しばし返事を待つ。
リオと共にいるようになって、どれだけ経っても、ジャラヒは彼女の私室に黙って足を踏み入れることはなかった。
リオだからというわけでもなく、単なる癖の一種だ。勝手に人の部屋に入らないこと。幼いころに意識するまでもなく叩き込まれたマナーの数々は、いつまで経ってもジャラヒから消えることはない。
それが、いくら自分に近い彼女に対しても、同じだ。
そうしてノックをして返ってくるのはいつも同じ。「いいよ~!」という明るい声。その声は、ジャラヒを拒むことは一度だってない。
ジャラヒだって、彼女が部屋にいるかどうか、気配くらい読めるのだから、彼女がいないときに部屋の扉を叩いたことはない。部屋の中にいるリオに、一度だって入ったら駄目だと言われたことはない。どんなときだって、笑顔で迎え入れてくれる。
例外は、返事の代わりに寝息が聞こえたときだけだ。扉を開けて、彼女がお腹を出して寝ていたときだけ、ジャラヒは毛布を抱えて部屋に入ることにしている。
「いーよー」
いつものように返ってきた声は、いつものような明るさはなかった。
少し焦りながら扉を開く。
リオはベッドの縁に座って、何かが入ったバスケットを見つめていた。
「寝ーてーろーよー」
ため息混じりに、無理やり彼女の肩を押し、彼女の手のバスケットを離して、足元に置く。
何か文句がありそうだったが、少し唸ったあと、リオは為されるがままに、背中からベッドに倒れた。
実際、逆らう元気もなかったのだろう。彼女の肩が少し熱い。
そのままジャラヒは彼女に額を合わせて、その暖かさ…というより熱さに顔をしかめると、冷やしてきたタオルを、乱暴に額に置いた。
「うー…きもちいい」
目にかかったタオルを上に押し上げて、ひんやりとした感触にリオも目を閉じる。
それを見届けて、ジャラヒは毛布を彼女の肩まで押し上げると、黙ってその横に腰掛けた。
毛布が鬱陶しいのか、身じろぎするリオだが、その毛布はジャラヒが押さえてしまっているため、動くことすらままならない。
「ジャラが重い」
「寝てろ」
「病気じゃないもーん」
「ほー」
風邪だか、夜更かしゆえの知恵熱だか知らないが、額はしっかり熱かった。
顔も少し赤い。
食卓で、あまりに突拍子のないことを言ったため気がつかなかったが、きっと朝からそうだったのだろう。
熱があるとテンションが上がるタイプだ。
数は多くないが、いつも元気なリオだって、体調を崩して寝込んだことは、一度や二度ではない。その度、看病をしているのはジャラヒだ。
「病気でなかったらなんですかね、リオディーラさん。知恵熱ですか」
腕を組んだポーズで、毛布を押さえたまま、わざと丁寧に言ってやると、彼女の赤い頬が膨れた。
「赤ちゃんだよ?」
「あほ」
その頬を、つんと指で潰して、ジャラヒは眉間を押さえる。
そうだ、それを追求しなければいけなかった。
どこからの発想なのか。
場合によっては、この発想をリオに与えた人物に制裁を加えなければいけない。
「ジャラの赤ちゃんなのに~」
彼女の口から出た名前が自分の名前でなければ、制裁を加えるとか生ぬるいことを言っている場合ではなかったが。
だが、一方で、自分の名が出たことにも平静ではいられない。
突然胸だけピンポイントに熱湯をぶっかけられたような気分だ。
病人の戯言とわかっているのに、突然の大火傷だ。
急いで水で冷やさなければならない。
「ばーか」
だから、ジャラヒは顔をしかめたまま、リオの額を小突いた。
耳の端で、バカはジャラだよという呟きが聞こえ、そうかもしれないというのは重々承知で、もう一度その額をはじく。
それから、落ちてしまったタオルを、もう一度彼女の額に乗せた。
たかだか13歳の少女の戯言に、火傷しそうになっている自分の方がバカでアホで間抜けなのはわかっている。
「寝ろよ。子守唄でも歌ってやろうか?」
「だってあかちゃん…」
「そういう保健体育の授業は元気なときにドロシーにしてもらえ。間違っても陰険魔神には聞かないこと」
きっと、何かがあったんだろうとは思う。
だけど、それを今ここで問いただすのは躊躇いがあった。
問いただして、彼女の間違いを訂正するには苦労がありそうだ。
彼女が元気であったら、ドロシーでなくても、――最悪自分が教えてやっても良い。
つとめて冷静に淡々と何事もなく教えてやれるだろう。
(たぶん)
何故か言い切れないのは、自分も疲れているからかもしれない。
リオのためなら、なんだってするつもりではあるし、なんだって教えるし、なんだって躊躇うつもりはない。殺しを示唆されればやってくるし、命を絶てと言われたらそうする覚悟もある。
そんなことを言う彼女ではないので、そんな日はやってこないのだが、彼女に何か不都合があるなら、言わずとも排除するつもりではあるし、実際そうしてきた。
それとこれとを一緒にするのもおかしな話だが、今回の彼女のおかしな発言も、誰かの仕業ならそれに対処せねばならないし、今後のために彼女の間違った知識を訂正しなければならない。
13歳の少女に何をどう言い聞かせようかと悩まなくもないが、そろそろ知っておかねばならないだろうし、ジャラヒだって13の頃は…
(いや、おれのことはいいとして)
嫌なことを思い出しそうになって慌てて頭を振って思考を戻す。
ともあれ、今は弱っている彼女を寝させるほうが先である。
案の定、リオはまだ寝ておらず、不服そうにジャラヒを見上げていた。
「ジャラの鬼畜…」
「なんでだよ」
「認知してくださーい」
「おまえ、やっぱその知識どこで仕入れて来たのか白状しろ」
寝させる前に、やはりしっかり問いただしておいたほうがいいかもしれない。
「もー。それくらいワタシだって知ってるよ?
赤ちゃんはね~いっしょに寝て、イイコトしたらできるの」
ふふふ、と嬉しそうに言うリオの言葉は、食卓でも口にしていたことだ。
間違ってはない。
間違ってはないが…
ジャラヒは頭を抱えたくなる。
「あのな、リオ。おれは別に…イイコトなんてしてないぞ」
「ワタシと寝るの、嫌だったの?」
「…おまえなあ」
「ワタシはよかったのに、ジャラは嫌だったんだ」
「あのな…」
「あんなに気持ちよさそうだったのに」
「勘弁してください」
実際にジャラヒは頭を抱えた。
間違ってはいない。
だがしかし。
いつもまったく気にしていなかったが、もしかしてマズイことだっただろうかと、初めて思った。
朝、寝室から二人で出てくるのを見て、いつもロイが微妙な顔で何かを言いたそうにしていたしていた理由が、ちょっとわかった気がする。
ジャラヒにとってあまりにも日常的すぎたので、相変わらず朝から変な顔をする男だなーとしか思っていなかった。
もちろん、当たり前だが、ジャラヒにやましいことは何一つない。
誓って言える。
過保護といわれる行動だって、ジャラヒにとっては普通のことだし、リオと一緒にいるのだって、したいからしている。もちろん、彼女が拒めばそばにいないつもりではあるし、彼女の自由を阻もうとも思わない。リオだって、ジャラヒに何も言わずにふらりと出て遊んでいることなんて、たくさんあるし、よっぽど遅くならない限りは、ジャラヒもそれを咎めたことはなかった。
縛り付けたつもりもない、リオだって拒んでいない。部隊長をやりたくないと言った彼女には、自分に任せてあとは楽しんで行って来いと、送り出すことだってできた。
それで、ジャラヒとしては、一緒にいたいと思ったのは事実なので、いたいと思ったときは一緒にいるようにしている。それだけである。いたいときに一緒にいて、そのまま部屋に帰るのが面倒くさくなって彼女の布団にもぐりこんでいただけなのだが…。
(…あれ。もしかして、結構まずいことしてる、のか?)
「ジャラだって、あんなにぎゅーってしてくれたじゃない」
「ごめん、リオちゃん。10秒時間ください」
思わず敬語でストップをかけると、リオはこくりと黙って息を止めた。
いや、でも添い寝くらい、昔から子どもたちにしていたし、と思う。
「赤き雨」というギャング組織で、ボスと子どもたちに慕われていたジャラヒだ。
時間が取れるときは、子どもたちに添い寝しながら、絵本を読むことは多々あった。それでそのまま一緒に寝てしまうことも。
だが、それとリオを一緒にするのもおかしい話だ。
赤き雨の「ガキども」と「リオ」は明らかに違う。
決まっている。ジャラヒが魂を賭けたっていいと思っているのは、リオディーラただ一人だけだ。
全てがどうでもいいと思っていたジャラヒに、生きる意味をくれた、リオだけ。
彼女だけが違う、とジャラヒは知っている。
(…だから、駄目なのか???)
だからマズイのだろうか、と思ったが、それもしっくりこない。
一緒にいたいからいて、何が悪いのだ。
じゃあ、結局、何がマズイのかというと…
「んーっ」
と。苦しそうな顔で、頬を膨らませていたリオが、ジャラヒの手を叩いた。
10秒待てと言われて何故か息を止めていたのが、苦しくなったらしい。
「あ、ああ。もういいぞ」
答えが出てないので良くはなかったが、苦しそうなので許可を出した。
ぷっはーと息をついたリオが苦しそうにコンコンと咳をしたので、言わんこっちゃないと、跳ねたその体を擦る。
ようやく落ち着いて、リオはふうと息をついた。
「ねージャラ」
それから、ジャラヒの袖の裾を掴む。つんつんと引っ張るその仕草にジャラヒが首をかしげると、ゆっくりと、もう一方の手もそろりと出して、彼女は腕をまっすぐ、足元に指した。
足元にあったのは、リオを寝かせるときに、ジャラヒがそこに置いた、バスケットだ。
「あかちゃん」
「へ????」
まったく気にもしてなかったそれを指さされ、一瞬戸惑うが、ジャラヒは立ち上がって、そのバスケットを手繰り寄せた。
軽い。
思ったよりそのバスケットは軽く。
それでも、ごろりと中にあった何かが揺れるのがわかった。
決して、人間の赤ん坊がいる重さではない。当たり前だが。
「かわいいのよ。あったかくて、きゅーんってなるの」
笑うようにそう言われ、中を覗き込む。
そこにあったのは、ジャラヒの拳くらいの大きさの
「卵??」
クリーム色の卵だ。
恐る恐る手を伸ばして触れると、なるほどたしかに温かい。
「・・・っ」
それから、触れる感触がぴくりと動いて、ジャラヒは思わずたじろいだ。
脈打っている、というのだろうか。
確かに、それは紛れもなく、生きていた。
疑いようもなく、その卵は生きた卵で、その中の存在が、しっかりとここにあるのだと主張している。
「…ええっと…」
ジャラヒの口の中は乾いていた。
リオの言うとおり、たしかに、これは赤ちゃんだ。紛れもなく生きている卵。
卵から何が孵るのかわからないが、うまくいけば、きっとこれは孵るのだろう。
頭の中がなにやらごちゃごちゃして、ジャラヒは自分が混乱しているのがわかった。混乱のまま、言葉を選ぶ。
「産んだ?」
嫌でも思い当たるのは、リオのその背中にある小さな翼。
リオは、ブリアティルトではたまに見る鳥人だ。
ジャラヒのいた世界では、伝説にすらなっていて、剥製でしか残っていない鳥の人。
このブリアティルトでは、珍しくはあるが、いないわけではない。ジャラヒも、鳥人の友人が何人かいる。
彼、彼女たちとリオが違うのは、その翼の小ささと、空を飛ぶことができないということ。リオが出来るのは、ちょっと浮かぶことくらいだ。
そう、浮かぶくらいなのと、その翼の小ささで、あまり意識したことはないが、リオは鳥人だ。
ジャラヒも、その小さな翼が好きで、近くにいるとつい毛づくろいしてしまうのだが、ともかく、リオは鳥人である。
鳥人が、鳥のように卵を産むかどうかは知らないが、目の前にあるのは生きている卵で、リオはそれを赤ちゃんだと言うのだから、もしかしたらそうなのかもしれない。
恐る恐る聞くと、リオはふふふと笑った。
「わかんないの。でもね、ジャラヒとね、寝てて、幸せだなあって。そう思って起きたらね、その子がいたのよ」
全然気がつかなかった。
昨日、起きたジャラヒは、抱えていたリオがいないことに気がついたのだが…
朝に強いリオが先に起きて朝ごはんを食べたり、遊びに行くのはよくあることなので、気にもしなかった。
案の定、食卓に行くとリオが朝ごはんを食べていて、おはようを交わし、ジャラヒが食事に手をつけたのと入れ替わりに、リオは自室に帰って行った。
夕方、リオの部屋にまた顔を出したが、そんなにまじまじとリオの部屋を見渡したわけでもなく、少し滞在して、ジャラヒは自室に戻って行った。
その夜、リオが、体調を崩すほど遅くまで起きていたことは知っていたけれど――。
「その子を見ててね、わかったの!あかちゃんだって。
あのね、赤ちゃんを産むためには、進化が必要なの。認められた進化を遂げて、大人になった人だけが、赤ちゃんを産めるのよ」
「え?えっと、鳥人ってそーいうの…なのか?」
ジャラヒが知っているのとは相当違っている気がするが、もしかしたら鳥人はそうなのかもしれない。
進化というものが何かは知らないが、そう思わせる説得力がそこにはあった。
「うん、そーやって、赤ちゃんを産む進化を遂げたら、最終章の再生へと向かうの。そのために、えらばれし人が必要で、そのえらばれし人といっしょに寝て、イイコトすると赤ちゃんがやってくるのよ」
「…よくわからんが中途半端に生々しいな」
リオの言っていることはよくわからない。
だが、鳥人はそうなのかもしれない。
違う気はしているが、そうなのかもしれない。
よくわからないが、リオは嬉しそうに笑っていた。
その笑顔を見ると、ジャラヒはいつも、何かすとんと納得してしまうのだ。
「ジャラヒがえらばれし人で、よかった」
リオがよかったというのだから。
(まあ、いっか)
何かもやもやとしたものがあったはずなのに、その笑顔でいつももやもやはどこかに消えてしまう。
難しいことなんて、なんでもないみたいに。
この卵がいったい何なのか実際のところわからない。
リオが言うとおり、自分とリオの赤ちゃんだなんて、信じているわけでもないが、リオが喜んでいるなら、まあいっかと思う。
「わかったから、もう寝ろ。卵…あかちゃんだっけ?それはおれが見といてやるから」
「はーい」
ぽんぽんとリオの頭を撫でてやると、ようやく彼女は納得したようで、やがて、寝息の音が聞こえてきた。
(卵ね、そーいや、おれも経験あるな…)
ニワトリに貰った卵を寝室に持ち込んで、孵化させたことが、子供のころにあった。
たしか、6つか7つのとき。ドロシーがまだワートン家でメイドをしていたころの話だ。
幼いジャラヒは、卵は温めれば孵るものだと信じていた。
当時のジャラヒは、何の疑いもなく信じていたのだけど、今となってはおかしな話だ。
ちゃんと覚えている。
農家のニワトリに頭を下げて、卵をもらってきたのだ。ニワトリは最初は怒っていたのだが、大事にすると言ったら最後には卵を譲ってくれた。
有精卵か無精卵かはわからない。当時はそんな区別知らなかった。だけど、出荷用の卵と一緒にあった卵なのだがら、本来なら、羽化するはずなかった卵だ。
だけど、その卵は羽化した。
それから、しばらくは幼いジャラヒの友達だった。
朝のコケコッコーが煩くて、父親に怒られて、最後にはその農家に返したのだけど。
ちゃんと孵って、一度は友達になったのだ。
だからこの、リオが大事にしている卵も、ちゃんと孵ればいいと思った。
きっと、リオが喜ぶから。
(さっさと生まれて、喜ばしてやれよ)
そんなことを思いながら、ジャラヒはいつの間にか、リオの隣で眠りの世界に誘われた。
このときのジャラヒは、自分の力を知らない。
知るのは、大事な彼女を幸せにして、消滅させて、彼女を追い求めた後のこと。
望んだものを、在ると確信したものを実在させる彼の力は、幼いころは卵を羽化させ、大事なあの子を生み出した。
そしてこの時は、大事なあの子の大事な卵を羽化させる手伝いをしたのだった。
彼女を幸せに、ハッピーエンドに導くまで、ジャラヒの力は自覚なく続いていく。
「ジャラ!おーきて!」
明るい声に叩き起こされて、ジャラヒは目を開けた。
どうやら、突っ伏したまま寝ていたらしい。
リオに揺り動かされ、わかったわかったと宥める。
枕もとに、お粥と何かをすりおろしたようなものがある。リンゴだ。ドロシーが持ってきてくれたのだろう。
それらはほとんど減っていて、きっとリオが口にしたのだろう。
ドロシーが食べさせたのか、リオが自分で食べたのかは知らないが、これだけ食べたのなら、大丈夫だと思う。
リオは、ベッドの中にいたが、少し顔色はよくなっている。
ニコニコと笑って、手元には、あのバスケットがあった。
「ほら!ジャラ!赤ちゃん」
「…え…」
ぐいと突き出されて、バスケットの中を恐る恐る覗き込む。
「ほら、やっぱり!黄色いし、ジャラの子だね!!」
得意げに示された先にいたのは、たしかに、卵からかえった、それだった。
黄色くて丸々して、それでいて凶悪な目つきのそれ。
何の鳥かわからないが、鳥なのだろう。翼がある。
しかし、それは鳥だというのがどうでもよくなるくらい、ともかく凶悪な目つき。
生まれながらにして、殺人鬼の目だ。
ぜったいもう何人かやっている。
「リオ。違う。これはおれたちの子じゃない」
「えー、ジャラヒの頭の色だよ!おひさまみたいっ」
「関係ねーよ!認めるか!!良いかリオ!子どもっていうのは、そういう出来方しないからな?」
「よろしくね!つくねちゃーん!」
「…って、え?食べるのか…?」
それから、ドロシーを呼んで、リオに教えてやってくれと頼んだものの、結局リオはイマイチわかっていないようだった。
だけど、どうにかこうにか、子どもではないということを伝えるのに、ドロシーは成功したらしい。
少し悲しそうにしていたリオには悪いが、ジャラヒはドロシーに感謝と尊敬を新たにするのだった。
それからのち、この凶悪な鳥は、気が付いたら5匹に増えていたのだが、それはまた別の話。
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