クリスマスと魔王

暗闇の中、一人の女性が漏らした吐息を、ルゥチェは見逃すこともなく…されど、咎めることもなく、ただ黙って、彼女の言葉を待った。
ここには、彼女とルゥチェ以外は、誰もいない。
暗闇。
深い色は、彼女の髪の色と同じだ。
そして、瞳の色とも。
彼女は闇に解けるようにそこに立っていたが、ルゥチェにはわかった。
彼女の吐息も、迷いも。
ルゥチェに出来るのは、彼女が口を開くのを待つことだけだ。

「ルゥチェ、頼みがあるの」

ついに…永遠とも思われる闇の中で、彼女の口が動いた。
好機だ。
逃すと彼女は言葉を撤回するかもしれない。
逸る胸を押さえて、それでも静かに、ルゥチェは答えた。

「わかりましたダリアさん。ついに…ヤるんですね。お供します」
「本当に、いいの? 」
「ええ、もちろんです! ダリアさんの頼みなら、任せてください! 」

大きくうなずくと、彼女は…戸惑ったようだった。息が、揺れる。
戸惑って、揺れて、それでも…
ダリアは、言った。

「ありがとう」

少し微笑んで。

「頼りに、してる」

彼女のそんな言葉も表情も、珍しいものだとルゥチェは知っている。
だけど、それを指摘することもなく、ルゥチェも微笑み返した。

「と、友達ですから! 」







***

「おれは別におまえと友達になった覚えはねえよ? 」
「薄情ですねジャラヒさん…」
「血も涙もない男ね」
「お前らが言うな!」

女性二人のしたり顔に、ジャラヒは大きく声をあげて、それから自分の口を手で押さえた。
ダリアとルゥチェのとがめるような目に、すまんと頭を下げて、それから謝る必要はあったのかと自問自答する。

「……ところで、なんだ、その…この格好」

ダリアとルゥチェという黒い衣装の二人組に呼び出され、嫌な予感に身を震わせたジャラヒだったが、案の定逃れることは出来なかった。
暗殺者ダリアの隙のなさと、次元移動のスキルを持つルゥチェの二人から逃れられる者なんて、きっといないから仕方ない、と自分で自分を慰めて、ジャラヒは自分を省みる。

格好。

「うらやましいわ、ジャラヒ」
「うらやましいならお前が着ろよ!! 」

手を伸ばしてジャラヒの頭をもふもふっと撫でたのはダリアだ。
名残惜しそうに手を離し、ダリアは「自分で着たら意味ないのよ」と冷静にジャラヒに言い含めた。

「なんでおれだよ!クソ魔神でいいだろこんな格好!」
「ロイはクリスマスだから、逢う人がいるって、帰ってるわよ」
「ぐあーー!あのリア充魔神~!!!!」
「で、でもジャラヒさん、良かったじゃないですか。ジャラヒさんもこれでクリスマス気分味わえて。ほら、トナカイ」
「いらねーよそんなクリスマス気分!!! 」
「うるさい」

もふもふトナカイ着ぐるみに包まれて、ジャラヒはちょっと泣きたくなった。
こんな格好しなくても、家に帰ればドロシーがクリスマスプディングやら、チキンやらを用意してくれているに決まっている。家に帰れば十分にクリスマス気分だ。と思いながらもその言葉をため息で堪える。
せめて、この着ぐるみも、顔を覆うタイプのものであればまだ救われた。
道化を演じるのも諦めがついたかもしれない。だが、非情にもジャラヒが身に着けているこのトナカイは、顔の部分だけくりぬかれていて、誰がどう見てもジャラヒであるとわかるものだった。
まあいい、と良くない自分に蓋をして、ジャラヒは頭を振った。
巻き込まれた事態から逃げ出すには、さっさと彼女たちの希望をかなえてやるほかない。

ダリアいわく、この格好をするのはわけがあるという。


「隣町に、孤児院があるでしょ? 」

ダリアが口にしたのは、ジャラヒも知っているとある孤児院の話だった。

ほそぼそと経営されている孤児院は、優しい院長が大切に子供たちを育てている、恵まれたところだ。
ジャラヒが元の世界で目にしていたスラムとはまるで違う。満ち足りた優しさのある風景。背後に貴族が手を貸しているらしく、決して裕福ではないものの、食料に困っている様子もなく、近くを通ると笑い声が聞こえてくるぐらいだ。
ジャラヒは中まで入ったことはないが、通りかかるとたまに声を聞くことはあるし、公園でぶらついているときに、そこの子供たちと二三言葉を交わすこともあった。
だから、ダリアの口にしたその孤児院の名に、頷くことはしたが…ダリアが孤児院の名を口にするという事態に、ごくりと唾を飲み込む。

「ダリア…なにも滅ぼすことはねーだろ?」
「誰が滅ぼすのよ」

頭に浮かんだ嫌な予感を、ダリアが冷たく一蹴する。

それからコホンと咳をして、ダリアは続けた。

いわく。
今度その孤児院でクリスマス会をすること。
子供たちを喜ばせたいということ。
その子供たちは最近可愛らしい犬を買い始めたこと。
すごいかわいいらしいから触りたいということ。

それらを遠まわしに、ぐだぐだねちねちと語りあげて。

「どう?」

と、ダリアは小首を傾げた。

「どうと言われても…」
「立派ですダリアさん!」

コメントに困るジャラヒと、何故か感動しているルゥチェ。
ジャラヒが頬を掻いている間に、ルゥチェはうんうん頷いている。

「クリスマスに獣で赤い血大作戦、いいと思います」
「いいのかよ」
「最近、オーラム美人暗殺者の座をトラウさんに奪われて歯がゆい思いをしていましたし」
「トラウって男だろ」
「どうせならこの勢いでトラウさんに挑戦状を叩きつけに行くのも賛成なんですけど!」
「おれは大反対するわ」
「まずは近くの獣を手なずけるところから始まる、ダリアさんのオーラム暗殺界殴り込み作戦!ですね」
「作戦名長ぇ」

拳を握るルゥチェと、うなだれてなにやらぶつぶつとツッコミを入れるトナカイを並べて見つめたダリアは、眉間に皺をしばし寄せたが。

「ちょっとよく意味がわからないけど、まあいいわ。そういうことよ」
「いいのかよ」

ひとつ大きく頷いて、綺麗に笑った。





とにかく、ようするに。
孤児院で飼い始めた犬が可愛いらしいから触りにいきたい。
という野望を胸に、ダリアは張り切っているのだろう。
子供たちを喜ばせたいはただの飾りだ。
クリスマス会にプレゼントを持ってきたお姉さんの振りをして孤児院にもぐりこみ、犬を撫でる。
ダリアが語ったのはそんな作戦だ。
普通に触らせてと言えばいい話だが、そんな器用なこと、ダリアに出来るはずがない。












「メリー!くりすまーっす!!」

子供たちがクラッカーを鳴らし、クリスマス会の幕は開けた。
きゃっきゃと笑う子供たちの声。
歌い鳴るジングルベル。
ただようチキンの香り。
クリスマスツリーには、控えめな明かりがチラチラと灯っている。
そんな中で。

「ここは…魔界ですかダリアさん」
「堪えましょうルゥチェ。我慢よ」

ルゥチェとダリアは怯えていた。

「おねーちゃん!!!いえーーい!!」
「いたいいたいいたいいたい」
「あ、こら!ダリアさんの髪ひっぱる…わ、私のも駄目だよ!」

髪を引っ張られて半泣きなダリアと、それを庇うようにして返り討ちにあうルゥチェ。
そんな反応を見て面白がり、余計に絡む子供たち。

「えーい!黒いの~!やっつけてやるぞー!」
「ちょ、ちょっと、その棒は止めなさいって、痛い、痛いわよ!」
「ああああ、手が汚れてるって!」
「とつげきー!」
「あんたたち…そろそろ許さないわよ…」

子供たちは楽しそうだが、女性陣は必死だ。
膨れる殺気。
気にしない子供たち。
そんな阿鼻叫喚が隠されている様子を横目に見ながら、ジャラヒはトナカイの格好のまま、子供たちを膝に乗せて、本を読んでやっていた。

「こうして、黒い魔物は勇者によって倒されたのでした」
「勇者つよーーい!!」
「さすがゆうしゃだね!!」
「トナカイおにーちゃんもう一冊読んで!!」

元々子供たちを束ねていたジャラヒだ。
好きとまでは言わないが、子供の扱いは苦手ではないし、本くらい何冊だって読んでもかまわない。
昔は、子供たちが寝るまで一晩中本を読んであげたこともある。
ジャラヒも、このまま子供たちと戯れていたいが。

「読んでやりたいが、このままだと小さい勇者たちが黒い魔物たちに逆襲されそうだから、ちょっと待ってな…」

膝に乗る少女の体を持ち上げて立ち上がり、それから右腕にもたれていた少年の頭をぽんと撫で、ジャラヒは黒い闇が広がるほうへ向き直った。

「おまえらな…子供たちと遊んでやりにきたんだろ?」
「だって…」
「もふもふ…」

とりあえずコートの中の暗器に手を伸ばすのを止めさせて、ため息をつく。
子供たちと遊んでやる。
それが彼女らの本来の目的でないことは重々も承知だ。
しかし、目当てのもふもふ…犬は、ただいま散歩中。
いないものは仕方がない。
すぐに帰ってくるというので、手土産を渡し、大人しく待つことにしたのだが。
子供に不慣れな女性二人のギブアップは早かった。

「……群れになった子供が、こんなに手強いのなんて、初めて知ったわ」
「ちょっと本気で逃げることを考えました」

や、もちろんダリアさんを見捨てませんけど、というルゥチェに、ちょっと感動しているダリア。ダリアは友人が少ないので、彼女の気持ちが嬉しいのだろう。
いいことだ。とジャラヒは自分に言い聞かせた。ダリアもすぐに暗殺とか言わなかった。これは成長である。このブリアティルトにきて、友人もでき、いろいろあって、ダリアは成長している。大人になったな…なんてダリアとはほとんど歳も変わらないのだが、ジャラヒは親心で頷いた。ダリアからして見ると逆で、ジャラヒを見守っているつもりなのだろう。ダリアはジャラヒの兄と幼馴染の関係なので、ジャラヒに対しても姉ぶることがよくある。
まあ、それはともかく。

「何があっても銃を握らない。危害を加えない。いいか?」
「トナカイが説教ってちょっと笑えますね」

ぽつりと呟くルゥチェはこの際無視だ。
約束させて、それからジャラヒは子供たちに、このねーちゃんたちは初心者だから、手加減してやれと言うと、はーい!という元気のいい声が答えた。



やがて。

「帰ってきたって~!」

誰かがそれに気がついて、続けて子供たちが浮き足立つ。
それ以上にそわそわしているのは女性二人だ。
帰ってきた、というのはもちろん、ふたりの目当て。
町で評判の可愛いもふもふ。
子どもに大人気のワンちゃん。
これのために、ふたりはここまで来たのだから。

「それが…」

まず、部屋に入ってきたのは少年だった。
今日の犬の散歩当番の少年は、浮かない顔でうな垂れている。
とても、大好きな犬と楽しく散歩して帰ってきた顔ではない。

「どうしたんだ?坊主」

見かねてジャラヒが声をかけると、少年は訝しげにジャラヒを見たが、ぱっと顔を明るくした。

「…鳥のにーちゃん!?」

前に、ジャラヒが公園でぼーっと鳥を見ていたときに出会った少年だった。
そのとき少年も、嫌なことがあって公園に逃げてきたのだが、自分よりもさらに暗い顔をして空を見上げていたジャラヒに、必死で人生捨てたもんじゃないよと諭したのだった。
そのジャラヒの言い訳が、鳥を見てただけで、別に何があったわけじゃない、というものだったのだが、少年は、いいんだよと優しく頷いていた。子どもに慰められたという、ジャラヒにとっては情けない思い出の一つである。
実際、思い人のことを考えて暗くなっていたジャラヒだったので、鳥のにーちゃんなんて呼ばれると苦笑するしかない。もっとも今はトナカイだが。

「にーちゃん、犬に詳しい?『魔王』の様子がおかしくてさ」
「魔王???」

ぶっ飛んだ言葉に、ジャラヒは首を傾げたが、少年は頷いて続ける。

「出るときは元気だったんだ。
だけど、いつもの散歩コース通ったら、いつも出てくる『大魔王』がいなくて…メイドさんに聞いたら、大魔王は今留守にしてるって言われて…大魔王に逢えなくて、落ち込んでるのかなって思うんだけど…魔王、病気じゃないよね?」

意味が良くわからない。
頭を抱えそうになったジャラヒだが、整頓しようと息を吸った。
流されて混乱しては駄目だ。
魔王、というのは犬の名前だろう。
物騒な名前をつけるその孤児院のネーミングセンスは一旦置いておこう。
そのワンちゃん魔王くんが散歩中に逢う大魔王くんだかちゃんだかに逢えなくて凹んでいる。
というか大魔王て。
どんなネーミングセンスだよその家。
ツッコミが止まらない脳内に見切りをつけ、ジャラヒは諦めた。

「すまん、さすがに病気か恋わずらいかは、おれもわかんねー…獣医でもねえし」
「鳥のおにーちゃんでもわかんないの??」
「その信頼どっからくんだよ。まあいいや、わかんねーけど、ちょっと見るくらいなら…」

でも期待すんなよ?っていうか獣医さっさと呼んだほうが……というジャラヒの声は、途中で途切れた。

とっさにジャラヒは跳躍し、ダリアとルゥチェに目を配る。
「それ」は、ジャラヒの先ほどいた場所を抉った後、まっすぐにダリアに向かった。が、危なげなくダリアもそれを避ける。そしてダリアはそのまま銃に手をかけ―――

『魔王!!!!』

子どもたちの声で、手を止めた。


「魔王、ねえ」
「もふもふくん…」

ため息をつくジャラヒとルゥチェは、目をそれから離さないまま、ダリアの左右に回った。
すぐに動けるように。
だが、動くわけにはいかない。
子どもたちに目を配り、庇うように一歩前に歩み出ながら、面倒なことになりそうだと眉を潜める。

「私にも襲い掛かったということは、ジャラヒのそのバカみたいなトナカイの格好に興奮した、というわけではなさそうね」
「もしそーならちょっとおれはお前に色々言いたいことがあるけどな」

部屋の中心にいるのは、まさしく、犬だ。
まさしくもふもふ。
ジャラヒは犬に詳しくはないが、貴族が飼っていてもおかしくはない可愛い犬。

(トイプードルだ)

昔、社交界でどこかの奥様の自慢話で聞いたことがある。そのとき見聞きしたものは全て覚えておかねばならなかったので、ジャラヒもその名が耳に残ってはいた。
そういえば、ブリアティルトに来てからも、近所のおじさんが飼っていたと聞いたことがある。可愛らしい、よくある犬だ。
ただし、トイプードルというのが、こんなにデカくて、目が血走っているのかどうか、ジャラヒにはわからないが。
と、自分の腰の位置をはるかに超える大きさの犬を見て思う。

「ジャラヒ、よく聞いて!」

切羽詰ったような声で、ダリアの声。
彼女が焦ることは珍しい。
もふもふしたものが何より好きなダリアのことだ。動揺は当たり前だろう。
可愛い可愛いと常日頃思っていた生き物に襲われたのだ。
暗殺を生業にしていても、愛したものに裏切られるという経験が、彼女にあるかわからない。
なんにしろ、彼女は相当のショックを受けたに違いない。
だが、暗殺者の彼女のことだ。自分に牙を向いた生き物を、許すはずはないとも思えるが――
ジャラヒは首を振った。
わかっている。

「今回私は戦力にならないわ」
「知ってた」
「私には、あのもふもふを、撃てない」
「知ってた」
「死んで。ジャラヒ」
「なんでだよ!」

さすがに冗談なのか、ダリアの銃口がジャラヒに向くことはなかった。
ほっとする。
ダリアには何度も命を狙われたので、ちょっとの冗談がどこまで冗談なのかわからない。

「ダリアさん、その気になったら私もお手伝いしますね」
「たのむわ」
「たのむわじゃねーよ!ルゥチェまでサボるなよ!」


掛け合いを続ける三人の前で、未だに魔王はうなり声を止めない。
襲い掛かってこないのが不思議なくらいだ。
赤い、赤い眼を向けて、うろうろと、部屋を回り、間合いをとっている。

「どうしちゃったの魔王…」
「クリスマス会先にはじめちゃったから怒ってるのかなあ」
「大魔王にも逢えなかったらしいし…」

子どもたちは心配そうだが、そこに悲壮感はない。
むしろのんびりしたその調子に、ジャラヒたちも気が緩みそうになる。が、はっきりと抉られている床は、最初に魔王がジャラヒを襲ったところで。
くっきりと、色濃く魔王の攻撃力を示していた。

「ゥゥゥ…」

(目をそらしたら、ヤられる)

それは事実だ。
子どもたちを庇いながら、応戦せねばならない。
犬と戦って負けるわけにはいかないが、これだけの子どもを庇ってとなると、少々骨が折れる。

「あ、あのうなり声。そろそろ魔王がブレス吐くね」
「一億度の炎!」
「あー、魔王、おうちの中では吐かないって言ったのに~」

無邪気な子どもの声が痛い。
いちいちツッコミしてたら集中力が途切れるのでシャットアウトだ。
息を吸う魔王の喉元?を見る。
豊富な毛で隠されているが、揺れる体の中、ふわふわと動くそれ。
ごくり。
喉の動きが変わった。

(来る・・・・・・!!!)

防ぐことはジャラヒには出来ない。
だから、その前にと右手の指輪の仕込みを最大限にする。
それから――

「そうだよ!大魔王と逢ったら、魔王も落ち着くんじゃないかな」
「でも大魔王お出かけしてるんでしょ?留守って…」
「でも、大魔王だから、呼んだら出てくるよ!大魔王だし!」
「うん!大魔王だもんね!」
「大魔王だから!」

大魔王だから!の合唱に

(大魔王どんだけだよ!!)

とツッコミをどうしても堪えられなかったジャラヒが、そのツッコミに詠唱を途切れさせるのと。

『だいまおーー!!!!』

召喚に応じて、それが出てくるのは同時だった。








「呼んだ?」
「お前かよ!なんとなくわかってたけど!」

腹立ち紛れに唱えそこなった光線をそのまま『大魔王』に飛ばしたが、右手一振りで光が消える。
顔色一つ変えない『大魔王』は、自ら描いた召喚魔方陣をひと撫でして消し去り、旧友に目を向けた。

「魔王、哀れな姿に…」
「説明しろよなクソ魔神」
「それよりお前のそのふざけた格好を説明して欲しいけど…まあいいや」
「あ、ロイさんだ。こんにちはー」
「やあルゥチェ。メリークリスマス」

『大魔王』の姿を認めたのか、魔王のブレスはすんでのところで止まった。
ふりふりと、赤毛の魔王の尻尾が高速で動く。
だが、魔王の邪悪な気は、収まることはなかった。
ただ、その気は、ジャラヒから大魔王の元へと対象を変えている。

大魔王。

現れた『大魔王』は、ジャラヒたちの知っている人物だ。
岸辺ロイ。赤雫☆激団の仲間である。
一見普通の青年だが、その身に魔神アスタロトの力を身に宿しているという男だ。
うさんくさい男なので、今回の黒幕だと言われても、ジャラヒはすっきり納得できた。

「いや、別におれは黒幕とかそんなんじゃないって」

一方、うさんくさいと言われても、ごく普通だと思っているロイ本人にしてみれば、心外でしかないのだが。
コホンとひとつ咳をして。

「ほら、魔王だよ魔王。知らないのか?近所の!リオの正義ごっこに付き合ってくれた魔王爺さん!」

リオの正義ごっこ。
今となっては懐かしい話だが、赤雫☆激団のリーダーとして君臨していた少女、リオディーラ。
ジャラヒの思い人でもある彼女は、正義のヒーローオタクで、毎日ヒーローごっこと称しては遊び歩いていた。
それに付き合ってくれた近所のお爺さんがいたという。

「あの爺さん、結構厳しい方だろう。昔、シアンが爺さんの家の窓ガラス割っちゃって…あまりにも怖かったらしく、シアンが爺さんのこと魔王呼ばわりしたのが最初なんだけど」

シアンというのは、ロイの懇意にしている娘で、一時期このブリアティルトに来ていたこともあった。そのときの話だろう。ジャラヒはあまり彼女らに関わらないようにしていたので、よくは知らない。
ぶっとんだ娘で、ロイのことを勇者呼ばわりして、勇者なら魔王爺さんに謝ってと、ロイの背中を押していた。そのときに仲良くなったらしい。

「そのとき爺さんが飼ってた犬がこの魔王だよ。気性が荒くて、爺さん以外の人を襲うんだ。だから、いつのまにか爺さんじゃなくてこの犬が魔王って呼ばれるようになった。
魔王は、魔の力に影響を受けやすくて…おれがその魔の力をなだめて、ずいぶん大人しくなって…。爺さんももう歳で、娘さんたちのいる実家に帰ることになって…それで、この孤児院が可愛い魔王を引き取って育てるって言ってね。おれも、もう大丈夫だと思ってたんだけど…」

たまに、おれも様子見て、魔の力宥めてたし。
と言って、ロイは肩をすくめた。

「最近、シアンに逢いにいけるって浮かれてたら、ここのとこうっかり様子見るの忘れてた」
「つまりおまえのせーじゃねえか!」


魔王は、ロイの姿を求めたのだろう。
うなり声をいっそう激しくして、今にも襲い掛からんとしている。

「…つまり、ロイが、いつものようにあの子の気を静めたら、あの子はもふもふさせてくれるのね」
「んー、ちょっとこうなったら無理じゃないかな…満足するまでは」
「満足って?」
「闘争本能的意味で」

と、

「ダリアさん!来ます!!」

いち早く気がついたルゥチェの声に、ダリアも顔を上げたが、すぐに遅いと悟る。
大魔王の出現の興奮から気を取り直した魔王のブレスだ。
部屋全体が白く染まり、遅れて果てのない炎が部屋中を舞い――

「…!!」
「っディアボロス!」

突如、部屋中に開かれた魔法陣によって、炎が消えた。
間一髪、と冷や汗をかきながら、ロイが息をつく。
魔王からの追撃を覚悟したが、すぐにブレスの第二派は、すぐにはこないようだった。

「よーするに、魔王の闘争本能が満足すればいいんだろ?クソ魔神が相手してやればいいじゃん」
「こんな狭い場所で延々とみんなを庇いながら闘えと?」
「魔神様なら余裕だろ」

ジャラヒの言葉は明らかに皮肉だ。
思わずロイもむっとする。
この男はいつもそうだ。
何でも出来るかのように挑発する。
ロイは、ジャラヒのそういうところが嫌いだ。
が、こんなところで喧嘩をするわけにもいかない。
首を振るだけに留める。

「さっきの炎は、純粋な魔の波動だったから、それを応対する魔の力で打ち消しただけだ。魔王のブレスが本物の炎だったら、おれは自分を防御するくらいしか出来ない。魔王の攻撃がわからない以上、みんなを守れる保障はできない」
「周りを気にしなければ、自分の分は防ぐことも、それから勝つことも可能ってことか」
「しれっと条件を変えるなよ。まあ、防戦一方じゃなくて、勝つのもアリならここでも可能だけど」
「もちろん怪我もさせないって条件でだ。子どもたちの可愛い魔王くんだぞ」
「…ここでは無理だ。広い所なら可能。これでいいか?」
「ん」

ロイから答えを聞き出したジャラヒは、背後のダリアに目を向けた。

「退路の確認だけど、びくともしないわ。部屋、封印されて
る」

ジャラヒが問う前に、ダリアは答えた。

「せっかく逢えた大魔王さんとの戯れを、あの子も逃したくはないんじゃないかしら」
「や、ヤンデレってやつですかね…」

気持ちはわからんでもないが迷惑だよな…と呟いたジャラヒに、わかるんですか、とげっそりと返したルゥチェだが、それを聞き留められたのか、ジャラヒと目が合った。

「ルゥチェ。どうだ?」
「ジャ、ジャラヒさんのヤンデレっぷり…についてじゃないですよね。
えっと…外に飛ばすのは、出来ます。けど、もうちょっと近づかないと…あ、あと隙が欲しいです。あと、ロイさんと魔王さんを一緒に飛ばすのが…」
「難しい?」
「次元跳躍は、その、単体用だから、それに、あの、恐らくあの魔王さんは、別次元から、来たもので…えっと、たぶん、ロイさんも。だから…」
「うん」
「大丈夫という、確証が持てません。ロイさんも魔王さんも変な力の干渉があって、次元の狭間とかに落ちちゃう可能性も、あるし…」

次元跳躍には、自信がないわけではない。
これまでだって、この力で生き抜いてきた。という事実は認めている。
ただ、だからといって、大丈夫です!任せてください!という気はない。ましてや、変な犬と変な男だ。変な次元の干渉が、ルゥチェにはわかる。ロイだけとか、犬だけならまだしも、それを同時に移動させろだなんて…。

「まあ、大丈夫だろ」

と、軽くジャラヒは頷いた。

「あの男は残念ながら死なねーだろうし、犬は何かあったらならあのクソ魔神がなんとかするだろうしな」

げっそりしたように肩をすくめて。

「瞬間移動?次元跳躍?なんて便利なもんルゥチェしかできねーからな。頼む」

ぽんと手を合わせて拝むので、なんだかルゥチェは笑ってしまった。

「ジャラヒさんはロイさんを大丈夫って信頼してるんですねー」
「違うわ!あの男なら別にどうなっても良いやっていうどうでも良い感っていうか、あーもう!まあいいや、ルゥチェ。近づくのはおれが隙を作るから」

いけるな?ともう一度聞かれたら、ルゥチェも頷くしかない。
あの愛らしい魔王を攻撃しろと言われると躊躇うが、どうなってもいいとお墨付きをいただいた次元跳躍なら、まあ、なんとかなるかもしれない。
というのは、隣にいる友人が、ちっとも焦っていないから、こちらも焦る気にもなれなくなってきた…というのもあるが。

その隣にいる友人は、先ほどから、部屋の真ん中で繰り広げられる魔王VS大魔王の戦いをはらはらと見つめていた。

「がんばれだいまおー!!」
「まおうふぁいとー!!」
「……もふもふ、ファイト」

子どもに混ざって応援している。
その平和っぷりに、このまま放っておいても大丈夫じゃないかなーとは思ったものの、あの犬が部屋の様子や子どもたちを気にしていないのは確かで、さっきから何度か飛んできた炎を、ロイが気にして消しているようだった。
怪我をさせないようにと剣を振りながら、こちらも気にして蛇を飛ばす様子は、確かに大変なものだろう。
ロイの手から出てくる小さな蛇がちょっと気持ち悪い、と言うのは禁句だろうか。
ともかく、ルゥチェは首を振って、もう一度頷いた。
それを横目で見て、それからジャラヒは犬の方を向かう。

「アトム!」

まずは一つ目、とジャラヒが呟くと、対峙しているロイと魔王の間が爆ぜた。
突然何もない空間が爆ぜたことに、ぴくりと反応する魔王と、気にしていないロイ。

「2発目!」

今度はロイの後方が爆ぜる。ちょうど、ロイと子どもたちの間の空間。
大した威力はもちろんないが、魔王の気を引くことは成功した。
魔王の目が、ロイから逸れこちらに向く。

「3発目…!」

ジャラヒが大きく手を振り上げた。
それに、魔王が気がつく。
せっかく大魔王と仲良く遊んでいたのに、邪魔をしたのが誰なのか。
金髪がニヤリと笑いながら手を上げているのを見て、邪魔者を認識し、それを排除するため、ジャラヒに飛び掛ろうとして―

「あのバカ」

ロイが舌打ちするのと、ジャラヒがそれを出すのは同時だった。

「ワンコロ!ほれ!肉だぞ!」

ジャラヒが肉を大きく放り投げる。
それに飛び掛るのは魔王の本能だ。
それから、魔王を追うようにロイも飛び掛って――

「ルゥチェ!いまだ!!!」
「次元跳躍!!!」

ロイと魔王。
姿が同時に掻き消えた。































ダリアが本懐を遂げるには、大きな犠牲が必要だった。
とてもとても、大きな犠牲が。
そのために、ダリアは何でもした。
この世に生れ落ちて。
後悔は幾度もした。
だけど、その後悔だって、きっと今日、この日のため。
多くの犠牲も、このため。

「もふもふ~…!!」
「あ、ダリアさん!次!次は私にもふもふさせてください。だいじょうぶだよ~なにもしないよ~」

赤毛のもふもふが、ダリアの頬をくすぐる。
つぶらな瞳が、ダリアの胸のうちまで見つめている。
嬉しそうなその揺れる尻尾は、ダリア全てを認めてくれているようで。

「もふもふ~~」
「ダリアさーん!変わってくださいって!」
「いいわよ。…友達だもの」



結局、外に飛ばされ、丘の上までロイが誘導し決着した戦いは、30分の後に決着した。
両者満足の行く戦いだったのだろう。
しっかりと交わした握手・・・があったのかどうかは知らないが、孤児院に帰ってきた魔王は、ロイを背中に乗せて満足そうだった。
引きちぎれそうなほど尻尾を振って、走り寄る子供たちの顔を舐める。
それから、子どもたちにモフり方をレクチャーされたダリアとルゥチェが、交互に恐る恐るもふっていた。

「そーそー、魔王。土産の肉。さっき食えなかったもんな。メリークリスマース」

ジャラヒが魔王に向かって肉を放ると、魔王はダリアとルゥチェを振り切って肉に駆け寄る。
ハアハアと肉に食らいつく魔王を見て、ジャラヒは思い出したようにニヤリと笑った。

「っぷ。クソ魔神。おまえはいいのかよ?」
「は?」
「肉。早くしねーと魔王に食われるぞ。おれが魔王に肉投げたあのとき、お前まで肉に反応して飛びつくから、おかしくっておかしくって。おまえ、肉好きすぎだろ」
「…おまえな、あれはお前がいきなり…」

いきなりジャラヒが魔王を挑発して、魔王が彼に向かって飛び掛ったから、それをどうにかしようと咄嗟に飛び出したのだが。

そんなこと言える筈もなく、ロイは何でもないとため息をついた。

「まあ、魔王とは和解したから、今後は毎週ちゃんと時間決めてあいつの魔を払うってことになったし…おい、ダリア」

肉に被りつく魔王に、どう触れたものか行ったり来たりしているダリアを呼び止めて、ロイは得意げに言った。

「毎週、魔王が家に来るから、そのときにダリアももふっていいぞ。クリスマスプレゼント」
「!!!…さすがロイね」
「安いクリスマスプレゼントだな!おい今回の原因作ったのこの男だからな?」

毎週もふれる権利という特別なクリスマスプレゼントを貰ったダリアは、いつになく上機嫌で。

「ルゥチェ!」

笑顔で友人を呼び止めた。

「クリスマスパーティしましょ!どうやら、もふもふできるいい機会だと学んだわ」
「子どもはちょっと嫌ですけど…」
「私も嫌よ。もふもふと、と、友達と集まって、囲んで食事会…クリスマスパーティって、そうよね?みんなでお話しするのよね。何を話すのかしらないけど…」
「わ、私も詳しくは知りませんけど、闇の中でロウソク灯して語り合うのが通ってききました!」
「それなら出来そうだわ。暗闇とロウソクともふもふと、友達?」
「そ、そうだ!ジハードさん呼びましょう、私の友達なんですよ、紹介します。あと、犬とか、ウサギとかですね、もふもふ。わかりました」
「たのしみだわ。あ、あとクリスマスには七面鳥!ってきいたわよ」
「七面鳥って、もふもふしてますかねえ…」


真っ暗で動物と囲んでロウソクを照らすとかなんの儀式だ。というツッコミは、彼女たちには大きなお世話だろう。

まあいいかと、気をつけて帰れよと手を振ってその場を後にしたジャラヒだったが。

家に帰って、どうしたんですかその格好!!とドロシーに指摘されるまで自分の格好に気づかずに、トナカイ着ぐるみで平気な顔をして街を闊歩していた現実に、恥ずかしさに頭を抱えるしかなかったのだった。
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2014-12-24 : SS : コメント : 0 :
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