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頂き物【ジャラヒ・ワートンと謎のプリンス】by幽しの剣様

幽しの剣さんからSSをいただきました!
出演は、「幽しの剣」のルゥチェさんと、「通行集団」のユーリさん。と、赤雫のジャラヒです。



【ジャラヒ・ワートンと謎のプリンス】

身体は疲れ切っているのに眠れない。
そういう時はつまらない事を考え出して憂うつになるものだ。

だから――オーラム共和王国の傭兵部隊赤雫激団の一員――ジャラヒ・ワートンはいっそ眠らないことに決めて、粗末なベッドから身体を起こした。



昨日はまったく長い一日だった。



周期を記憶する者の間で“13期”と記録される今回の“巡り”―――王都アティルトの地下にある《黄昏の聖域》の謎の拡大現象により、戦場は広大な地下遺跡群へと広がった。

ジャラヒが他の幾つかの部隊と共に駐留していた地下闘技場跡を巡り、イズレーン皇国軍と激しい戦闘になったのが正午前。一旦撤退して負傷者を後退させ、部隊を再編し闘技場跡を奪還したのが日没後であった。

増援と交替して駐留を任せ、ようやく地上に戻ってきたジャラヒは日付の変わった深夜、軍が臨時に借り上げた安宿の小汚いベッドに身体を投げ出したのである。




そしてその数時間後――窓際にある机からしばらく窓の外を眺めることにした金髪の青年は、音を立てないよう静かに椅子を引いた。

階下では同じ部隊に編入された戦士のユーリと女剣士のルゥチェが疲れ切って寝ているはずだ。起こしては悪い。元いた世界で昔ギャングだったというとマナーとは無縁と思われがちだが、実はジャラヒは細かいところに気が回るほうだ。彼自身は、半分は乳母の躾けのおかげで、半分は自分の生来の気質だと思っている――犬猿の仲の赤雫激団の同僚ロイは忌々しくも後者を否定するだろうが!

そういえばそのロイ青年も昨日の戦闘で重傷を負って王都へ送還されたのであった。

まーあいつのことだから死にはしねーし、怪我人として周囲から優しくされるのが腹立たしい。
そんな事を考えて、ふ、と笑う。
なんだか嫌いな男のことばかり考えているじゃないか。
(紙とペンでもあれば、落書きでもして時間つぶせるんだけどな)
そう考えて無意識に机の引き出しを開けようとしたジャラヒはようやく“異変”に気がついた。

僅かに“しゅうしゅう”と湯でも沸かす時のような音が引き出しの中から聞えてくる。
心なしか引き出しそのものも熱をもっているようだ。

(な、なんだ?)

恐る恐る引き出しを開けようとしたジャラヒは突然手前に伸びてきた引き出しに強く突き飛ばされて吹っ飛び、椅子ごと後ろ向きに転倒した。

「うお!なんだよ、いっ・・・」

ジャラヒは言葉を続けられなかった。

引き出しの中から褐色の肌の筋骨隆々の男が裸の上半身を現したのだ!


「う  お  あ  あ  あ  あ  あ  あ  あ !!!」

この不幸な青年は叫びながら扉まで這って行き、ドアノブを回して退路を確保すると、ようやく後ろを振り返った。男はまるで湯船から上がるかのごとく引き出しの縁に足をかけて机の前に降り立ったところである。何も身に着けていないのは上半身だけではない。全裸だ。見事なまでに。


「な、なんですか・・・夜中ですよ、騒々しい・・・」いかにも寝起きという寝癖だらけで半目のルゥチェが扉の隙間から部屋の中を覗き込んだ。「・・・・・ん」

少女の視線は部屋の中央で全裸のまま仁王立ちする男に真っ直ぐに注がれる。上から下に動いた視線はもう一度上に上がって身体の真ん中より少し下の一点でしばし止まった。それから腰をぬかさんばかりにドアノブに縋りついたままのジャラヒを見、顔を引っ込めて静かに扉を閉めようとしたところで、ルゥチェは慌てたジャラヒに腕を掴まれた。
「おい!なにスルーしようとしてんだ、おまえ」
「だ、大丈夫ですよ・・・誰にも言いませんから・・・わ、私だって小さな子どもじゃ、ないんで。どうぞ楽し「いや、違えよ!なに考えてるか言わなくてもわかるけど、それは違えから!」

「大丈夫ですって・・・ただちょっと」

「びっくりした」

「だけです」

「ま、待て。とにかく説明させろ。俺もよくわかってねえけど、わかってる事だけ説明させろ」ここで逃げられては後々色々困りそうなジャラヒが、ルゥチェの腕を掴んで部屋に引っ張り込もうとしているところで、廊下がみし、と軋む音がした。
音の方に反射的に目がいくと、廊下の先に少し困ったように赤面したユーリが立っていた。完全に「見てはいけない場面に出くわしてしまった」という顔だ。彼もまた騒ぎを聞いて様子を見に来たところであった。


「す、すみません!」踵を返そうとするユーリに、ジャラヒがまた慌てて声をかける。「おい、おまえもかよ!違えよ!待て、とにかくおまえも部屋に入れ。説明できるところだけ説明させろ、頼むから!お願いだから!」

*****


ジャラヒが口早に説明を終えると、並んで体育座りして聞いていた二人はとりあえずは納得したような顔をした。
「・・・ユーリ、おまえもおまえだ。だいたいこんな女、俺が部屋に連れ込むわけねーだろ」
ジャラヒが忌々しそうに隣に座ったルゥチェを見ると、女剣士も「ま、まあ、私はようじょ、じゃありませんからね・・・」と反撃する。
「消し炭にするぞ、おまえ・・・」さすがにルゥチェはダリア――赤雫激団の同僚でありながら、一度はジャラヒの命を狙ったこともある暗殺者の少女――の友人である。相性が悪い。
「ジャラヒさん、それより、この人ですよ」
ユーリに言われて思い出した。そうだ。この全裸男だ。人の部屋にいきなり現われ――しかも全裸で――今も自分の身体を見詰めながら難しい顔で突っ立っている。何を考えてても構わねえが、そんな事は他所でやってくれ、とジャラヒは思った。

「おい、あんた」
ジャラヒが声を掛けると、たっぷり3秒は置いてから男はゆっくりと顔を向けた。
「あんた誰だ?なんでそんなとこから出てきた?きちんと説明してくれ。・・・いや待て、説明は後でいい。その前に服を着ろ、隠せ、とりあえず」

そうは言ったものの、全裸で現われたのだから男が服など持っているはずがない。荷物に着替えはあるが、どちらかといえば細身な自分の服が合うとは思えなかった。ジャラヒがそう考えた時、男はようやく口を開いた。



「余は第129614525662798層地獄の王が第2子バミルである」



今度は3人の息が合った。
「・・・はあ!?」

「ここはブリアティルトであろう?やはりかの門により力を制御される、という噂は本当だったのだな」

地獄の王子?
この世界に流れ着いた者の中には神やら半神やらいなくもないが、目の前で名乗られるとやはり突拍子もない話である。
「ほ、ほんもの、ですかね・・・」
見た目は人間と同じに見える。それらしい蝙蝠のような翼やら角やら牙やらは何もなかった。
「わからねーな。とりあえず頭に角は・・」
耳打ちしてきたルゥチェに小声で答えたジャラヒは危ないところで言葉を飲み込んだ。
ユーリの前だ。取り返しのつかない事を言うところだった。



「あ   く          ま   」



ユーリが小さく呟いた。
彼は羊角族だ。幼い頃、その角ゆえに心ない者から時に刃のような言葉を浴びせられてきた。
怯え、恐れを目に浮かべたものたちが通り過ぎざまに囁くのが聞こえる。
――悪魔――と。


「な・・・・なにしにブリアティルトに来たんです!?まさかこの世界を征服しようとか人間を滅ぼそうとかいうつもりですか!?」ユーリが気色ばんでバミルに詰め寄る。それでも敬語を使ってしまうあたりが彼らしい、と場違いにもジャラヒは思った。
「神も人も自分の都合のいいように我らを語る。地獄とて輪廻の輪の一部に過ぎぬ。応報はその基礎ぞ。魂が地獄で責めを受けるのは、おまえ達の言葉を借りるなら自業自得というものだ」

バミルが窓のカーテンに向かって手をかざすと、それは引き千切れて彼の身体に巻きつき、一瞬で黒の礼装へと変わった。
「ブリアティルトには見聞を広めに来た。褒美はとらせる。案内せよ」


*****


(どうしてこうなった)
市場を興味深げに歩く“地獄の王子”の後に続きながら、ジャラヒは額に手をやった。
(生まれ変わったら魔神とか悪魔とかと関わらない一生を送りたい)



バミルの言によれば、彼の国――というか地獄――では父王が定めた世継ぎ以外は自ら新しい地獄を創らなくてはならない。その為に人間を深く理解したい――という事らしい。
情報収集に配下をブリアティルトに送ったものの、さっぱり戻ってこないので、“黄金の門の歪みが大きくなった――つまり入りやすくなった”この機会に自ら視察に赴いた・・・・・そうだ。

軍からは宿にて待機の命令を受けている最中だから本来ならツアコンの真似事などしている場合ではないのだが、あの人を監視します!と息巻くユーリを一人にするのは危険に思えた。面白がったルゥチェが私も付いて行く、と行ったものの、たぶんこいつは頼りにならない。
―――自分の目の届かぬところで大切な人間が消えるのは、もう沢山だ、とジャラヒは思う―――(仕方ねーか。ユーリになんかあったら寝覚めがわりいし)


夜明けを待ってアティルト散策に繰り出したこの珍妙な一行は、とりあえず名所旧跡を練り歩いたものの、地獄の王子は全く興味を示さない。関心無さそうにされると、適当でいいと思っていたのに悔しいもので、なんとか面白そうな顔させてやろう、という気分になってくる。
「き、きっと人がいるところが、いい、んじゃないですかね・・・人間を理解したいって言ってたし・・・」
「でも、人ごみに連れていくのは危険じゃないですか?」
「まーいきなり暴れたりはしねーんじゃねえかな」
「わ、悪そうな場所が嬉しいんじゃ、ないですか・・・?悪い感情を体内のデビル袋に吸収するんですよ、きっと」
どこまで適当なんだこいつ、と思ったがルゥチェが言うことにも一理あるような気がしてきた。そこで午後から賭場や私娼街、貧民街に行ってみると確かにそれまでとは表情が違う。人間の感情が渦巻くようなところがいいのかもしれない。もっとも万一に備えて3人は武装していたから恐ろしく悪目立ちし、絡んでくるチンピラを巧くあしらう役を任された――というか生真面目なユーリや変人のルゥチェには無理なのだ――ジャラヒはいい加減疲れ果てていた。「・・・・おい、悪いとこはもういいだろ、市場とか行こうぜ・・・」

うんざりした顔のジャラヒと表情のないバミルが並んで歩く、その後ろ。

「・・・ん、・・・リさん、・・・ユーリさん」
「え、ああ。ルゥチェさん・・すいません。考え事してて」
南門近くの市場を目指す道すがら、隣を歩く女剣士に声を掛けられ、角持つ青年はハッとした顔をした。
「そんなに恐い顔しなくても、あの人は悪い悪魔じゃ、な、なさそうだよ・・・」
「・・・・俺、そんな顔してましたか」
「し、してた」
「ルゥチェさんは・・・平気なんですか、あの人は悪魔なんですよ。今まで何ともなくたっていつ本性を現すか」
「そしたら、そん時やっつければいいんじゃない?わ、私はべつに正義の味方でも光の使徒でもないからねえ・・・・」
ユーリだって本当は分かっているのだ。“彼ら”を敵視するのは筋違い・・・言ってみれば逆恨みだ――幼い自分を傷つけたのは悪魔じゃない。悪魔を恐れただけの“普通の人間”なのだから。

だがもし悪魔というものが存在しなかったなら。

俺は――――今の俺になっていたんだろうか?


*****


「ジャラヒ、あれは何だ」
市場を見終えた一行が次に噴水前広場へ向かう途中、人家や商店が途切れ、空き地がやや目立つ辺りでバミルは足を止めた。
ん、と地獄の王子が指差したほうに目を向けると空き地にカラフルなテントが立ち並び、人だかりができていた。
「あれは、サーカスだな」
「・・・サーカス」
「見世物小屋だ。動物や道具を使った芸を見せるんだ」
「ゲイっていうのは・・・・」
「ルゥチェ、おまえは黙ってろ」

興味が湧かないのか、ぷいと顔を背けて再び歩き出したバミルだが、数歩歩いたところで何かに気付いたように急に立ち止まった。

「・・・やはり、サーカスとやら、見ておくとしよう」

テントを潜ると既に芸は始まっており、4人は入り口近くに適当に腰を下ろした。

ピエロの軟体芸、ジャグラーの玉乗りジャグリング、トランポリンを使った曲芸と続き、大男が口輪をつけた熊と格闘を始めたところで、バミルが急に明後日の方向に目を向けた。

「どうした?」ジャラヒが視線の先を追う。


風船だ。

出口を潜り、ふわりと外へ飛んでいく。


ひとりの小さな男の子がそれに気付き、テントから飛び出した。
男と熊のレスリングに釘付けの父親は手を離した息子に気付きもしない。
外に出た男の子はさらに風船を追いかけ走る――まるで何かに魅入られたように。

風船は手繰りよせられるかのように、一番奥のテントの前に佇むピエロの手に納まった。

男の子がピエロの前で立ち止まると、ピエロは風船を彼にゆっくりと差し出し―――


「シャァァッ」
獣のような唸り声を上げながら、赤黒い牙を剥き出しにした!


「ッ、アトム」
子どもの首に伸ばした腕が青い魔弾に弾かれ、ピエロが痛みと衝撃で数歩後退する。
「おいなんだよ、ぼっちゃんよりも悪魔っぽいのがいるじゃねーか」
駆けつけたジャラヒが僅かに息を弾ませながら言った。
さらにその横を鋭く踏み込んだルゥチェが抜打ちで胴を横に薙ごうとしたが、ピエロは人間離れした跳躍で飛び退いてみせる。

けけッ。
道化師の瞳が濁った黄色に輝く。
魔力を感じる能力など無くても本能で分かる。


――こいつは“魔”だ。人間じゃない――


ユーリは固まっている男の子を抱き上げると、急転換してジャラヒの数歩後ろまで怪人から距離をとった。腕の中の小さな少年は、憑き物が落ちたようにすっかり怯えており、今にも泣き出しそうな顔をしている。
そうだ――俺はこんな顔をしていた――周囲に怯えて。
「ぼく、名前言えるかい」
「え、エド・・」
「ようし、エド。泣くのはもうちょっと我慢して。あそこにテントがあるね。そこでお父さんが待ってる。そこまで後ろを振り返らずに走るんだ。できるね?」
ぶるぶると男の子は首を横に振り、ユーリにぎゅっとしがみついた。怯えきっている。
「エド、これは君にしかできない。ここは危ない。お父さんに知らせてみんなでここから逃げるんだ。君はお父さんを助けたいだろ?」
少しだけ考えて男の子は頷いた。
「よし、行くんだ。エド!」
ユーリに背中を押された小さな勇者が一目散に駆けて行った。
(今の俺は違う、あの頃とは。あの時泣いたから――今の俺は誰かが泣かないように戦える)
きっ、とピエロに向き直ったユーリが砲槍を突きつけながら叫ぶ。
「何者だ、あなた」

撃たれた腕をさすりながら、ピエロは不敵に口の端を吊り上げた。
「芸を見ても催眠にかからんとは・・・・驚いたな」
ピエロの隣にどこからともなくジャグラーや大男たちが現われた。芸をしていた4人全員が共犯というわけだ。


「くく、邪魔するなら貴様らの魂もい「おまえ達、余の命を放り出し、こんなところで何をしておった」


背後からのいきなりの声に、驚いたピエロたちは飛び退いて身構えた。いつの間にかバミルが怪人たちの背後に立っていた。
「いつの間に!なんだ貴様!?」
「余の顔、見忘れたか」
「なにぃ、余、だと?」
記憶の糸を手繰るように目を細めたピエロの顔がハッとしてから大きく歪んだ。
「で、殿下・・・!」
「輪廻の外で勝手に魂を収集し、私物化しておったな!」
バミルの喝に一瞬ひるんだピエロだったが、すぐに覚悟を決めたようである。見られた以上やる事はひとつしかない。
「で・・・殿下がこのようなところに来られるはずがない。構わん、やれッ」

ピエロたちの身体がみるみる膨張する。衣装が裂け、変身を解いて地獄の住人の本来の姿を現した。

ピエロは――燃え盛る炎を纏う巨大な車輪に――
大男は――岩塊の巨人に――
ジャグラーは――鎖を全身に巻きつけた黒き人形(ひとがた)に――
トランポリン使いは――鉤爪を持った猿のような獣人に――



近くで悲鳴が上がった。
催眠が解けた見物客たちがテントから出てきて、異形の魔物の姿に気付き、恐慌をきたして逃げ始めたのだ。エド少年もあの中にいるはずだ。
バミルに付き合って戦う義理はないが、せめて彼らが逃げる時間は稼がねばならない。



「くるぞ」バミルが色のない声で告げると、それが戦闘開始の合図となった。


鎖の悪魔が展開した数十本もの鎖で視界がいきなり黒に染まる。
「ルゥチェさん、俺の後ろに!」漆黒の鎖は無数の軌道を描いて、最も近くにいたルゥチェと彼女をかばったユーリをその渦に飲みこんだ。

危うく飛び退いてかわしたジャラヒには猿面の獣人と燃える巨大な車輪が向かってきた。
バミルは岩の巨人と対峙している。

傭兵たちとバミルは――三手に分断された。

「おかしいだろおまえら!なんでぼっちゃんに1人で俺に2人なんだよ」
ジャラヒはそう叫んでみたものの、既に互いの距離は離れてしまっている。加勢は期待できなさそうだ。何とかどちらかだけでも倒しておきたいが、ジャラヒはすぐにそれが簡単でないことに気付いた。まず車輪のほうは炎を纏っていていかにも火に――こちらの攻撃も火なのだ――強そうだ。おまけに猿のほうは動きが変則的で狙いがつけにくい。
(・・やべーな、これ。死ぬかも)




(・・このまま打たれ続けるとまずい)
ユーリは槍で捌ききれなかった無数の鎖の鞭を全身に受けていたが、彼の白き鎧はダメージを最小限に止めていた。とはいえ高密度の鎖の攻撃は――黒っぽい木乃伊のような――貧弱な本体の防御を兼ねており、反撃に転じる隙がない。
「ルゥチェ、さ、ん・・・なんとか、なりませんか」

ユーリが後ろで頭を抱えて丸まっているルゥチェに声を掛けると、女剣士はようやく顔を上げて彼の顔を見た。
「よ、よし・・・作戦考えたよ・・・いくよ!」
「え、ちょっ・・・せつめ「次元跳躍!」

幽刃剣士の転送能力は、鎖の悪魔を上空に吹っ飛ばした。
落下の衝撃で倒すつもりなのか―――だが今度は全ての鎖が高跳び棒のように地面に突き刺さり――その衝撃を吸収してしまう。

「今だ!次元跳躍」
すぐさま、ルゥチェは2度目の転送を発動した。
今度は飛んだのが――ユーリ――だ!

一瞬思考が停止しそうになったユーリだが、飛ばされた自分の遥か足下に“鎖を全て支えに使って無防備な悪魔の背中”が見える。青年は女剣士の意図を瞬時に理解した。
「おおお!」
全体重を預けながら逆手に持ち替えた槍を痩せこけた黒い背中に叩き込むと、奇怪な叫び声を上げて悪魔はぼろぼろと乾いた砂のように崩れ落ちた。
「き・・決まった流星ユーリ作戦・・・」
呟くルゥチェの前にどさりとユーリが落ちてくる。
「作戦には着地を含んで下さいよぉ・・・」



「どうした、金髪の小僧!逃げるだけか?ヘタレか貴様!?ヘタレヤンキーか!?」
どこかで聞いたようなムカつく罵声を浴びせられてもジャラヒは敵の波状攻撃を避けるだけで精一杯であった。撃ち返す余裕がない。
元々向き合ったところからヨーイドンで一騎打ちするタイプではないのだ。
身体を捻って猿の攻撃をかわしたものの、弾みで思わず尻餅をついてしまう。
そこへ燃え盛る地獄の車輪が迫った。
――――――が


「アトム」
ジャラヒは小さく術発動のキーワードを呟いた。
吹き飛んだのは地面。
攻撃をかわしながらこっそり仕込んでいた地雷代わりの大量の魔弾が爆ぜて地面を混ぜ返し、車輪を凹凸にとられた悪魔は、ジャラヒから逸れて無人のテントに突っ込み幕に絡まった。
「キィッ・・!」
猿面の悪魔が焦ったような声を上げる。
車輪と交互にジャラヒを攻撃していた猿面だが、いきなり1対1になったからといって急に止まる事はできなかった。
「アトム」
魔力で誘導された4発の青い炎弾がついに獣人を捉え、燃え上がった悪魔は地面に落ちて砂粒のように砕けた。
(来るタイミングが分かってればカウンターくらいできるんだよな)




ユーリたちが勝ち、ジャラヒも一体を斃すと、まるでそれを待っていたかのようにバミルが攻勢に出た。それまではあしらうように巨人の拳打を受け流していたが、彼がすっと手をかざすと巨大な岩の拳がぴたりと止まる。
「おのれぇ!」
絡みついた天幕を燃やしてテントから飛び出した車輪の悪魔がジャラヒを無視してバミルに襲いかかったが、地獄の王子が反対の手をかざすとやはり金縛りにあったように動けなくなってしまう。
「成敗」
バミルが両手を交差するように振ると、巨人と車輪は浮かび上がり空中で――悲鳴を上げながら――激突して爆散した。
「す、凄い・・・」よろよろと近づいてきたユーリが息を飲んだ。「私ら、べつにいらなかったですね・・・」ルゥチェも呆けたように呟く。



辺りに静寂が戻るとバミルはふっと何かを追うように空を見上げた。
沈みゆく太陽を背にしたその姿は少しばかり神々しく映る。

飛んでいく魂でも追っているのかな―――とジャラヒは思った。

*****


「・・・どうする、観光続けるのか」
服の埃を払いながらジャラヒが言うと、バミルは金髪の青年の方を見ずに首を横に振った。
「もう少し滞在したかったが、生憎愚かものどものした事の始末をつけに帰らねばならなくなった。奴らが集めていた魂は我が名にかけて元の身体に戻しておこう」
地獄の王子が腕を一振りすると、一瞬視界が暗転し、次の瞬間には全員がジャラヒが泊まっていた宿の部屋に移動していた。
「すげーな、さすがなんでもできるな、王子さまは」とジャラヒが呆れたように呟く。

バミルはジャラヒたちをぐるりと見回すと「世話になったな、約束どおり褒美をとらせよう」と厳かに言った。
3人は顔を見合わせた。
「金や宝物は望まぬのだろう。申せ。記憶を変える、想い人に会う、なんでもよいのだぞ」
“記憶”はユーリに、“想い人”はジャラヒとルゥチェに向けられた言葉である。
あの・・・とユーリが躊躇いがちに小さく手を挙げた。
「俺はなにもいりません・・・・もしどこかだけ都合よく変えたらそれはもう俺じゃなくなってしまう気がするんです・・・それに俺はずっとあなたの事疑ってたし、何も受け取る資格がありません」
そう言うと、ユーリはばつが悪そうに苦笑した。
次になんか偉そうに腕組みしたルゥチェが、私はァと口を開く。
「明日1日、ロウハルト元帥の語尾を“にゃ”に変えてほしい」
「ルゥチェやめろ。マジやめろ」
「えー!・・じゃあべつにいいや褒美とか。急には他に面白そうな事思いつかないし」
「・・いやべつに面白くなくていいんだけどな」
「ほう、おまえは両親の顔を知らんのだろう。会わせてやる事もできるのだぞ」
「ん・・・お、お父さんお母さんには会ってみたいけど、自然でいい。会えたら会えた、会えなかったら会えなかったで。・・・・だからべつにいい」
バミルは納得したようなしなかったような表情を浮かべ、最後にジャラヒを見た。

「おまえはどうする」

ジャラヒは唾をごくりと飲み込んだ。
彼が捜し求める少女――また、会いたい――リオディーラに。

でも――
思わず、ふっと笑う。

「俺も止めておく、魔神とか悪魔とは相性が悪くてな。まー貸しにしとくから俺が地獄に落ちたら減刑してくれよ」


3人の答えを聞いたバミルは意外そうな顔をした後、可笑しそうに微笑んだ。
「人間とは面白いものよの」
彼が手をかざすと机の引き出しがひとりでに開き、地獄の王子はふわりとその中に飛び込んだ。上半身だけを引き出しから出したバミルは一度振り返り、3人を見渡してニッと笑う。
「ではさらばだ。地獄に落ちたら会いに来てくれ」
彼の逞しい背中が異空間の闇の中に消えると、引き出しは元通りにぴしゃりと閉じた。


「ああ!縁起でもねーがな!」


*****


少し話しをしてユーリとルゥチェが各々の部屋へ消えた後、ジャラヒは硬いベッドに身を投げ出し、ふうとひとつ息を吐いた。
長い一日だった。明日からはちゃんと待機命令を守らなければ。
そう考えながら、窓のほうへ寝返りを打つ。そろそろ日付が変わる時間だろう、明日は天気いいのかな、そんなとりとめもない事を考えていた――その時。


がたがた、と机の引き出しが揺れ、ジャラヒはびくりとベッドの上で飛び上がった。


引き出しがひとりでにすうっと手前に伸びてくる。


のそり、と裸の男が上半身を現した。金色の髪、背中にはまるで鳥のような白い翼。
凍りつくジャラヒにゆっくりと顔を向け、男が問う。
「君・・・・ここはブリアティルトかね?」

「ひっ!」


[終わり]
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