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9の巡りへ

手を伸ばしたら、届きそうだと思った。
夜空に輝く満天の星。
キラキラ輝く一等星。
星がヒトデの形をしていないなんて知ったのは、いつのことだったろう。
とってもがっかりしたことを覚えているが、それがいつのことかはわからない。
そんなヒトデの形なんてしていない空の宝石に、懸命にリオディーラは手を伸ばしていた。
それが、絵本の星みたいな形をしていないことは知っていたけれど、それでもきっと、あの輝く宝石には手が届くと信じて。


伸ばす。
めいいっばい。
限界まで背伸びして、高く手を伸ばして。

「わ、わ!」

ふらりと、バランスを崩したリオは、身体を宙に投げかけた。







「…あえ?」
「おはよう、リオ。盛大な寝起きだな」

身体の衝撃に身を硬くしながら、リオは目を開けた。
すると、こちらを覗き込む、緑の宝石と目が合う。
緑の綺麗な目。
それを彩る長いまつげ。
それから、お星さまみたいにキラキラ輝く金色の…

「っ痛!!」
「おはよージャラ」
「なぜ!おれの髪の毛を引っ張った!?抜ける!抜けた!!」

禿げたらどうする!?などと情けないことを言うジャラヒに、へへへと笑って、リオは身体を起こした。
どうやら、ベッドから盛大に落っこちたらしい。
ベッドの上から手を伸ばしてきたジャラヒは、呆れた顔をしていた。
その手を掴んで、よいしょと起き上がり、ベッドの縁に腰をかける。
そのベッドで寝転んだままのジャラヒは、少し身体をずらして、リオが座れるスペースを空けたあと、彼女の身体を上から下まで見て、溜息。

「怪我はないみたいだな。ったく。ベッドから転がり落ちる寝相の悪さってどーなんだ」
「わ、悪くないよ寝相!」
「おれはおまえに蹴られて目が覚めたわけだが」

そして、寝ぼけたおまえに髪の毛抜かれた。とボヤくジャラヒの目の周りに、ほんのり青い痣が出来ているのは多分気のせいだろう。

「ゴメン」
「ん」

ちょこんと頭を下げると、ぽんぽんと、ジャラヒはその頭を叩いて、それから笑う。
怒ってはいないらしい。
ジャラヒがリオに怒ったことなんて、本当は一度も見たことがないけど。
そう知っていても、少し安心する。


ジャラヒは、赤雫☆激団の仲間だ。
いつも近くにいてくれる、大事な友達。
困ったときは助けてくれて、悲しいときは慰めてくれて、間違った時は叱ってくれる。お節介で、優しい友達。
初めて会ったときのジャラヒは、とある街の隅っこで、銃を片手に、真っ暗の闇の中佇んでいた。
金色の髪をフードで覆って、緑の綺麗な目も色硝子で隠して。
なんにもかんにも、全部が汚いみたいな顔で、綺麗なもの全部なかったことにしていた。


今のジャラヒは違う。
今日だって、くだらない話で夜じゅう笑って、くたびれちゃって一緒に丸くなって寝て、明るい太陽の光で目が覚めて、そんな太陽の光に負けないくらいの金色の髪を、キラキラさせている。

こっちの方がいいと、リオは思う。
ジャラヒが笑っていると、とっても安心する。
これで良いんだって言われたみたいだ。
ばっちり大丈夫。
全ては正しい方に向かっている。

だから、いつか、星を掴むことができる。

そこまで思って、リオは思い出した。

「さっきね夢を見たよ」
「んあ、ああ、盛大に暴れてたんだろ。ベッドから落っこちるくらい」
「ワタシが、ころされそうになる夢」
「……」

こくりと、ジャラヒの唾を飲む音が聞こえた。
それから、何かを言おうとして、やめて、そっと、その手をリオの手に被せた。
優しく、大丈夫だと言うように。
ジャラヒの手はいつも少し冷たいけれど、じんわりと、広がるような温かさが、ゆっくりゆっくり満ちて行く。

「夜にね。村のみんなしんじゃうの。ワタシも逃げてね。でも疲れてしんじゃうんだ」
「……」

この話をリオがしたのは、初めてのことではない。
夜、眠れないときに、何度かジャラヒには語ったことがあった。
そんな昔話。

「…死なない。おまえは生きてる」

短く言うジャラヒは、リオの方を見なかった。
ただ、握った手を、痛いくらい強くして、生きてる、ともう一度言う。

「助けてくれたんだろ?なんだっけ、紫の薔…じゃない、輝く星の人だっけ?」

『こどものころにね!助けてくれたの!星の仮面を被った、かっこいい正義のヒーロー!』
『ワタシも、そんなヒーローになるために、がんばるよ!!そんでね、いつかお礼を言うんだ!助けてくれてありがとう、ワタシもヒーローになりましたって!!』

何度も、何度もそう語っている。
理想で憧れのヒーローが、幼いリオを助けてくれたと。
嬉しそうに、楽しそうに。
いつも語っていたけれど、こうやって、しんみりとそれを言及するのは、初めてのことだ。

「…うん。そう、助けてくれたの」

真っ暗な森の中。
逃げて逃げて、疲れても逃げて。
走って走って、転んでも走って。
もう、上も下も、前も後ろも、どこに逃げたらいいのかもわからなくなって。
どこかから輝く星の光だけを頼りに、走って走って、それから、暖かい手に、助けられた。

「ロイくんが、助けてくれた」
「………は?」

暗い暗い森の中で、逃げて、走って、もう何もわからなくなったとき、助けてくれたあの暖かい手。
そして、輝く星の下で、優しく微笑む顔。
仮面じゃなかった。
ちゃんと、人の顔をしてた。
そして、その顔は、リオのよく知る顔だった。
赤雫☆激団の仲間。
リオの友達の一人。
ニホンという異世界から来た、魔神。
リオが拾った魔道書から出てきた、不思議な男の子。
岸辺ロイ。

「ロイくんがね!助けてくれたの。ばーんって」
「…夢だろ」
「うん!お礼言わなくちゃ!」

思い出した。
そうだ。
あれは、ロイだ。
なんで今まで思い出さなかったんだろう。
思い出してしまったら、視界がとてもクリアになった。
彼だ。
彼がリオの、目的の鍵。
ロイがいれば、星だって掴めるし、全部、なにもかも、叶うかもしれない。
と、パチンと両手を合わせて、立ち上がる。

「おい、リオ?」
「ジャラ、ありがとう!思い出したよ!いってくるね!!」
「えっ?あ…」

くるくると、踊るような足取りで。
走って、それから扉を閉めたリオは、ジャラヒの溜息に気がつかなかった。








「やっほーー!ロイくんロイくんロイくんくん!」
「やあリオ。相変わらず元気だな」

ノックもなしに、赤雫☆激団本拠地の扉が開いて、入って来たのは赤雫☆激団リーダーリオディーラだった。
リーダーなのだから、突然入って来たことに対する文句はない。
が、ロイが少し安心したのは、現在、シアンが買い物で不在なことだった。
なぜ安心したのかというと…
上手く言えないが、なんとなく、二人が合いそうにない…というか、合わさってしまったら、ロイの苦労が二倍どころではなくなるような気がしたからだ。

「…ふーん」
「何が『ふーん』だルウィン。天気も良いんだ。外出ろよ」
「いえいえ、家にいろというシアン様のお達しなので、ここのソファでのんびりしてます。どーぞどーぞ。ロイさんも女の子と二人で仲良くいちゃいちゃしててください。全然僕のことは気にしないでいいですから」

ソファにだらりと腰掛けて、雑誌を読みつつ、意味深に頷いているのはルウィンだ。
にこりと笑うルウィンが、本当にシアンに待機を頼まれたのかどうかは知らない。でも、あのシアンのことだ。ロイを見張ってろの一言くらい言うだろうし、もしそうでなくても、間違いないのは、ルウィンが面白がっているという事実だ。
シアンに虐げられる可哀想な下僕もといお目付役、と思いきや、案外イイ性格をしている。
優しそうで気の弱そうな童顔ベビーフェイスな男だが、騙されてはいけない。ハタチは超えている大人だ。もう長い付き合いになっているので、ロイは慌てず騒がず、さらりと告げてやった。

「休暇を三日やろう」
「…?」
「元の世界に帰ったら、シアンの面倒を見る日々から、丸三日。解き放たれる休暇だ。シアンに文句は言わせない。三日間、好きに過ごすといい」
「そ、そんなのロイさんが勝手に決められるわけじゃあ」
「シアンの親父さんとはおれも顔が利く。シアンの面倒はおれが見よう。
…三日間の休みで、婚約者と温泉旅行とか行きたいんじゃないか?」
「…!」
「リリスさん、温泉行きたいって言ってたぞ」

リリスというのは、ルウィンの幼馴染で、彼の婚約者だ。
とても綺麗で優しいお姉さん。
正直ロイも、ルウィンが憎い。

「ロイさん」
「うん」
「僕、用事があるの、思い出しました。留守番、お願いします」
「任せてくれ」

ぐっと親指を突き出すと、ルウィンはこくりと頷いて、それから音も立てず、するりと扉を開けて去って行った。

「あれ、るーくんだっけ?行っちゃうの?もっとお話したかったなー」
「いつでも話せるさ。さて、と」

これでゆっくり話せる。
と、ロイはリオに向かい直った。
ロイも彼女に聞きたいことが山ほどあった。

黄金の門の近くの森で、出会った一人の少女のこと。
今のリオよりも幼くて小さかったけれど、あれはリオディーラに間違いなかった。
痛ましいほど傷ついていたけれど、青い髪、赤い瞳。背中の小さな羽。
あの少女と、目の前のリオは、同じ。

「ねえロイくん」

まっすぐに見つめる目。
そらすことなく受け止めて、ロイは頷く。

「ありがとね」

それが意味するのは、間違いない。
あれが、あのときの少女が、リオだという事実。

「カッコイイお星様の仮面、被ってる仮面の人だと思ったのに、すっごく残念だったけど…」
「や、リオ、ごめん。なんの話?」
「助けてくれてありがとって話だよ!」
「あ、うん、おれもその話聞きたかったけど、仮面???」
「うん、まさか、輝く☆の人がロイくんだったなんて!」
「えー」

思い出した。
リオが度々言っていた、輝く星の人の話。星の仮面を被った正義のヒーローが助けてくれたとかなんとか。
覚えてはいたが、仮面がどうこうとは…

「…別人じゃないかな」
「間違いないよ!キラキラしてたもん!」

確かに、あの助けた小さな少女も、星がどうこう言っていたけれども。
あの記憶が曲がり間違って星の仮面を被ったヒーローになっていたらしい。

(ちょっとそれは否定したい)

小さく呻いて、それからロイは頭を振った。
そんなことはどうでもいいのだ。

「…リオは、なんであんなところにいたんだ?」

今の姿のリオではない、小さな子どものリオ。
小さい頃に、リオがオーラムに住んでいたという話は聞いたことがない。
と、思って、それからロイは愚問に気がついた。

(黄金の門か)

何よりもわかりやすい、納得できる答えだ。
異世界と、百万の世界とつながっている黄金の門。
聖域に近いあの森だ。
なにかがあって、逃げていた幼いリオが、門を通ってここに来たのだろう。
見つけられて、よかった。
彼女が門を通って、よかった。

「ロイくんがいたからだよ。ロイくんが、キラキラって、目印つけてくれたから、行けたの」

ああ、とロイは頷く。
魔神の力だ。
あの時、16のロイが、18のロイを受け入れて、融合したとき。
魔神の力がぶつかって、混ざり合って、大きな力が爆発して。
それを目印にリオが、ここに逃げてこられたなら。
よかった。
強くなりたいというそれだけで選んだ道だったけれど、リオを助けることも出来たのだ。間違っていなかった。

「そうだ。いきなり消えて驚いたんだ。…あのあと、大丈夫だったのか?」

手を振って、溶けるように消えた少女。
ロイの元に来て助かったとはいえ、あのまま彼女に危害を与えた元の所に戻ったのだとしたら、その身が心配だ。
最も、育った彼女がこうやって元気に立っているので、心配ないとは思いたいが。

「あの、あと」

ぽつりと呟いたリオは、何かを考えるようなポーズを取った。
小さい手を顎に当てて、唇を撫でる。それから、瞬きを二回して、頷いて答えた。

「…うん、大丈夫」

なんだろう。
と、ロイは思った。
何か、違和感が頭を過ぎった。
思わずリオの顔をまじまじと見たが、にっこりと笑うリオは、いつものリオで、何にひっかかりを覚えたのか、もうわからない。気のせいかもしれない。野生のカンのようなものは持っていると言われたこともあるが、同時に鈍いと言われたこともあった。
これがジャラヒなら、きっと彼女の違和感を、見逃すこともないのだろう。妙に目敏い、まるで小姑のような男なのだやつは。
だがまあ、そんなことより、ともかく。
元々、聡い方でもなく、考えても無駄だということもわかっていたので、ロイも、そうかと頷いて返した。
無事ならいい。
無事でないなら、彼女はここにいないはず。
大丈夫だから、彼女はここにいるのだ。
心配なら、魔神の力で、彼女の未来と過去を覗けばいい。
いや、何故か彼女の未来も過去も覗くことはできないが、それでも、その力を集中して読めば、何かしらの手掛りを得ることは出来るはずだ。
…この未来や過去を覗く力をフルパワーで使うには、幾つかの制約や条件があるので、あまり使いたくはないのだが、必要となればそうも言ってられない。
ともかく、大丈夫。
それより、これからの話だ。

「ロイくん!」

ロイの心を読むように、リオは続けた。

「ワタシね!したいことがあるの!」
「したい、こと?」
「うん!そんでね!ロイくんにお願いがあるの!」

いいこと思いついた!という顔で、目を輝かせて。リオはロイの手を取って、ぶんぶんと振り回している。
興奮しているのはわかるが、腕が痛い。

「ちょ、リオ、落ち着いて。わかったから」
「ありがとう!」
「いや、まだ何も言ってないし。
…魔神に願い事とか、勇気あるね。寿命取られたり呪われたらどうするんだ」

ようやく離された手を撫でながら、ロイは肩をすくめた。
魔神に願い事をするには、代償がいる。
今回リオを助けたのも、彼女の部隊の隊長をロイにするという代償を経てのことだ。ということになっている。
ロイが強くなるために赤雫☆激団という場を自由していいという条件で、彼女に力を貸したという建前。
建前は単なる建前で、リオを助けたいと思ったのも確かだが、リオを助けたのはついでの産物で、ただ強くなりたかっただけ、というのも本当なので、これは嘘てはなく、建前としてでも、代償の事実は成り立っていた。

「そっか、ロイくんにお願いするには、何か代わりにあげなきゃいけないんだっけ」

なんでもないことのようにそう言ってリオは腕を前で組んだ。
はい!飴ちゃんあげるからお願い聞いてね!なんて言い出しそうな軽さだ。
そういえば、初めて彼女に召喚されたとき…と、ロイは思い出した。

リオが、アスタロトという高位の魔神を呼び出せたのは、今でも不思議だ。
それが、呼び出そうとしたわけでなく、偶然、本を開いて読んだら出てきた。なんて言うんだから、不可解にもほどがある。
あまりにも不可解なので、
「魔神さん!ロイくん!面白そう!一緒にくる?」
なんていう『願い事』を、夕食の焼き鳥一本と引き換えに引き受けてしまったのだが、それは誰にも秘密である。
だから、今度のリオのお願いの代償が、飴ちゃん一個、と言ったとしても、不思議はないのだが…

ロイが心の中でどうしたものかと唸ってると、知ってか知らずかリオは、朗らかに笑って言った。
先ほどと同じ、何でもないような軽い口調で。
飴でも出すような気楽さで。

「探してる男の子がいるの。見つけてくれたら、ロイくんのお願い叶えてあげる」

それを聞いて、ロイは思わず身構えた。
ごくりと、唾を飲む。

「…そういうのは、ジャラヒに言ったら喜ぶんじゃないか?」
「ジャラの願い事は、だめだよ」

唇の前で人差し指を立てて。にこりと笑うリオに、軽口を叩きながら、ロイが考えているのは、もちろんそんな、ジャラヒが喜びそうなイイことではない。
魔神に、願い事を叶えてやるなんて、バカかことを言った彼女への恐ろしさだ。
ロイが酷いことをするはずないという自信からくるものなのか。
魔神にそんなことを言うなんて、殺してくれと頼むようなものだ。
バカなのか、大物なのか。
図りかねていると、彼女は慌てたように付け加えた。

「心配しないでロイくん!
ワタシ、ロイくんに会えて、お礼が言えて、すっごい嬉しいもん。
そのうえお願いするのも気が引けるけど、えっと、だから、なんでも叶えるよ!」

必死に手をぱたぱたと振るその姿に、ロイも苦笑する。
やっぱり、彼女はわかってないのかもしれない。

「なんでもって…」
「ロイくんに新しいパワーだってあげるし、そうだ!シアンちゃんとずっと一緒にいられるようにしてあげるよ!
それとも、ロイくんのお母さんの病気が良くなるようにしようか?ロイくんの亡くなったお友達と、また会えるようにしてもいいよ!」
「…は?」

思わず、一瞬、思考が止まった。

彼女の言葉の意味が、わからない。

「ロイくんの願い事は、どれも全部大丈夫だから、いいよ」

そう、にっこりと、笑顔が、とても綺麗に、邪気もなくはにかむように。
目の前にいるリオは、いつもの知ってるリオディーラだ。
ブリアティルトで、巡る周期を、共に過ごした仲間。
リーダー。
ロイの召喚主。
何かに追われて逃げて来た、可哀想な少女。
彼女に、ロイは家庭の事情も、昔のことも、シアンたちのことも、話したことはない。
もしかしたら、何かの勢いで、漏らしたことがあるのかもしれない。
不思議な娘だ。誰かから聞いたのかも。
だけども、それでも、事情を知っているとしても、彼女が叶えると言った願いは、どれもあまりにもあまりなもので。

「リオ、キミは何者なんだ」

乾いた口をようやく開くと、リオは元気良く手を挙げて答えた。

「はい!ワタシはリオディーラです!って、何言ってるんだよーロイくん!!」












赤雫激団別宅。
傭兵登録をしている本部隊の本拠地とは別に借りているこの別宅を、リオはじめ、ドロシー、ダリア、ジャラヒは拠点としていた。
離れたところから見守っていて欲しいという、この巡りの部隊長だったロイの頼みを聞いた形である。
その別宅の一室で、ジャラヒは天井を見つめていた。




面白くない。

リオがぱたぱたと去ったあと。
二度寝をしようと思ったが、寝れそうにない。
そりゃあ、太陽ももう眩しいくらい高く輝いていて、多分もうすぐ昼だろうし、もう少ししたら、ドロシーが、煩いくらいの足音でやって来て、『いつまで寝腐れてるんですかぼっちゃんー!!!』と、大音量を響かせて、布団を剥ぎに来るだろう。

面白くないけれど、こうやって眠れない布団に包まっていても、さらに面白くないことになるだけなので、大人しく身体を起こした。

欠伸をしながら服を着替えて、部屋を出て、顔を洗う。
それから、キッチンに向かって、おはようを言って

「ドロシー!悪い。今日おれ、飯いらないから!」

そう大きく続けて、それから、ドロシーがどうしたのかと追いかけて来る前に家を出た。


外に出たのに、理由はない。
あえて言うなら、ドロシーと顔を合わせたくなかった、だろうか。
もちろん、目的もない。
友人の家に行く気にも、今は少しなれなかった。

多分自分は…と、ジャラヒは自嘲した。
きっと良くない顔をしている。
面白くない。
つまり、むしゃくしゃしている。
つまり。
とんでもなく。
何かを、誰かを殴りたくてたまらなかった。
それはもうめちゃくちゃに。
遠慮なく。潰してしまいたいくらい。

だから…
知り合いに会わない所がいい。
広場も、商店街もダメだ。
酒場もダメ。
宮殿方面も、河辺も、港も。

(ダメだ。全部)

場所を一つ思い浮かべる度に、見知った人間の顔が浮かぶ。
気のいいやつら、友人…と言ってもいいなんて思うとは、昔の自分が聞いたら、鼻で笑うに違いない。
その誰にも会いたくない。顔を見られたくない。
一人で、まず静かに落ち着きたい。
そう思うのに、足は勝手に、見知った路地に向いていた。

(なにやってんだか、おれは)

せめても、と思い、路地を一つ外れて、暗い通りに入り込み、壁に背を向けて足を止めた。
ふうと、息をついて壁にもたれかかる。
暗い裏路地は、少し落ち着く。
とはいえ。
ここは、赤雫☆激団本拠地の、すぐ裏だ。

(よりにもよって、なんでここに来てんだよ。あほか。)

ロイの名を呼んでジャラヒの部屋を出たリオは、きっと今、この家の中にいる。
そして、ロイと話をしているのだろう。
楽しそうに。

(バカバカしい)

あの子が誰と何を楽しくしようと、別に構わないのだ。
怪我もなく、笑ってくれていたら、それでいい。
本心で思う。
あの子の幸せの為なら、なんだってすると誓ったのだ。
ロイと話しているくらいで、こんなに苛立つ自分に腹が立つ。
そう、ロイだから、かもしれない。
あの胡散臭い、得体の知れない男。
魔神だとかいう、ばかげた男だ。
魔神なんて、ジャラヒはよく知らないが、碌なものではないことはわかる。
あれは良くないものだ。
裏社会にいた頃からの危険察知能力が、そう告げている。
あいつには関わらない方がいいと。
だがそれと同時に、あの男、ロイが、リオに害を成さないだろうということも、わかっていた。
何せ、これまで長い間、嫌でも一緒にいたのだ。
本当に、本心から嫌だと言い切れるが、それでも、赤雫☆激団というふざけた名前を背に負っている仲間、である。
あの男は、大嫌いで、胡散臭くて、関わり合いにもなるつもりはないが、リオを傷つけたりはしない。
そんな妥協点で、ジャラヒだって今までいたのだ。
あの男が、リオと共にいるなんて今更だ。
それなのに、こんなに不快なのは。


『ロイくんがね!助けてくれたの!』


舌打ちをして、地面を蹴った。砂埃が跳ねる。
何故、苛立っていたかなんて、どうでもいいことだ。考えるだけ、損だったのかもしれない。
食いしばった歯の隙間から、もう一度薄く息を吐く。
落ち着かなければならない。
怒りは、思考を鈍らせる。
それはよく知っていたし、ジャラヒが最も嫌う状態だ。
目を閉じて三秒数える。それから、目を開けて。

「おっさん、どーしたんだ?ひでー顔してるなー」

何やら面白そうに眉を上げた男と、目があった。

驚いて、一歩下がる。
顔色を変えないことには成功したはず。
隙を見せてはならない。
護身用の銃は、着ているベストの中。
ここも裏路地とは言っても、表通りに近い通りだ。
危ないことはそうそう起きないだろうが、それが油断していい理由にもならない。
それに何より苛立っていたジャラヒは、友好的に笑みを浮かべることもなく、苛立ちそのままの顔で、男と距離を置いた。
男、いや、少年。
癖のある茶色の髪を流している。髪の長さはそんなにない。肩に着くか付かないか。
目の色も同じ赤茶色。
年の頃はわからないが、ジャラヒよりは若く見えた。
背は、ジャラヒの頭一つ分は低い。

「おっさんって…いきなりご挨拶だな。誰か知らねえけど、そんなにおれと歳が離れてるように見えないが?」

軽口を叩いて、身構える。
三歩で懐に入れる距離。
相手が銃をもっていたら、危ないかもしれないが、避けられる。とジャラヒは思った。
素人だ。
少年の隙だらけなそれに思う。
手の半分をポケットに入れて、小首を傾げながらも、ジャラヒの顔をじっと見ている。こちらの装備を見定める気はないらしい。
少年は、素人らしい態度で、手をぱたぱたと振って口を開いた。

「ん、よく見るとイケメンだなあ、おっさん」
「おっさん言うな」
「おっさんだろ。まあ、見た目は俺と同じくらいだけど、どーせ何度も何度も三年間、ぐーるぐる回って、何年いるの?しらねーけどおっさん確定」

ブリアティルトが、約三年間を繰り返しているのは、傭兵たちの間では公然の秘密というやつだ。
だれもが知っているが、口にしない、密やかでも確かな事象。
その事象に意味があるのかはわからない。
だが、ここはそういう世界なのだという共通認識で、誰もがここにいる。
ジャラヒだってそうだ。そろそろ次の巡りについて、口には出さずとも考えていたし、そろそろリオが「次はどうしようか」と言う時期だと意識していた。

それをいとも簡単に口に出すこの少年は…

「…あんたは、見た目通りガキみたいだな。新人さん。わからないことがあるなら教えてやるぜ?」

警戒を解かずに、ジャラヒは軽く言う。
それに答えて、少年は両手を打った。

「そりゃ助かる、おっさ…おにいさん。えーっと、赤雫☆激団って知ってる?」
「…赤雫☆激団?」
「そう、探してるんだけどさ、このへんだよな?」
「……お前は誰だ?」

やっぱり、もういっそ、殴り倒したほうがいいかもしれない。
と、物騒なことをジャラヒは思った。
警戒を解く解かないというレベルではない。怪しい。
こんな子どもをジャラヒは知らないし、噂を聞いたこともない。
もしかしたら、リオやロイの友人なのかもしれないが、それを考えるのは正直面倒臭かった。
苛立っている八つ当たりだと言われても否定しない。それでもいい。
面倒くさいからもう殴って終わりたい。
肉弾戦は得意ではないが、こんな細くてチビな少年くらい、ジャラヒにだってわけないだろう。

「って、ちょっと待てって。殺気立つなよおにーさん!
 おれはソウヤ。赤雫☆激団に、用があってきた。
 察するに、おにーさん、赤雫☆激団の知り合いかなんかだろ?案内してくれよ」
「案内、ねえ」

案内もなにも、すぐそこが赤雫☆激団だ。
チラリと赤い屋根の家を見る。
本拠地なんて名ばかりの、小さな家。
部屋はいくつかの個室と、客間とキッチン。
それだけの小さな家に、この巡りではジャラヒは帰っていなかったけれど、それでも懐かしい我が家だ。
恋しいとは思わない。だが、我が家と言って思い浮かべるのは、今の家よりこちらの赤い屋根の家だ。


そんなジャラヒの目線を追って、少年、ソウヤはぽんと手を叩いた。

「あそこね!了解。おにーさんさんきゅっと」
「…!!ちょ、ちょっと待て!」

言い終わる前に駆け出したソウヤに一歩遅れてジャラヒも走る。
そんなに距離はない。すぐに追いついた。
少年の首根っこを掴んだときは、玄関の目の前だったけれど。

「可愛い家ですねえ」
「…まあ、見た目はな」

捕まえられて、いつの間にか敬語になっている少年は、少し引き攣った顔で、おざなりな褒め言葉をかける。
それを気にかけず、さてどこにこの少年を捨ててやろうかと、ジャラヒが辺りを見回したとき。

明るい声が響いた。

「ロイくんのお願い、叶えてあげる!」

リオだ。
…何言ってんだ。と思わずジャラヒも顔を顰める。
大方、助けてくれたお礼に、なんてはしゃいでいるのだろう。
魔神なんて得体の知れないものに、願いを叶えてあげる、なんてふざけてるにもほどがある。
じゃあ代わりにお前の命をもらおう!なんて言われたらどうする気だ。
…ロイはそんなこと言わないことくらい、嫌でもわかっているが。
その代わり、あいつは茶化すように言うのだ。

「…そういうのは、ジャラヒに言ったら喜ぶんじゃないか?」

ほら。
思った通り。ロイはからかってそう言った。

(っておれが喜ぶってなんだよ)
と、ジャラヒも顔を顰める。
確かに、ジャラのお願いなんでも聞いてあげるとか、ジャラの言うことならなんでも聞くよとか、リオが言ったらジャラヒだって、テンション上がるに決まっているが、それは別にそういう意味でなく、いつもこちらを振り回してくるリオが、少しでも殊勝な態度を取ることが嬉しいだけで、それ以上の意味なんて…


「ジャラの願い事は、だめだよ」

ピシャリと、リオが言った。

拒絶を感じる声で。

(…ああ、そうか)

決して、ジャラヒは変なことお願いするからダメ、なんて、そんな甘い口調ではなかった。
ジャラヒの耳に届いたのは、拒絶だ。またの名を単なる絶望。
嫉妬とは少し違う。そんなものではない。
ロイのことはどうでもいい。
ただ、リオは…


「おー、女の子と男か?逢引現場か。って自宅で逢引もなんもないか。リア充爆発しろ!とか言ってみたりして。まあどーでもいいけど。っとおにーさん?」

いつの間にかジャラヒの手から逃れたソウヤは、窓から部屋を覗きこみ、何やら頷いて、それから窓から隠れるように身を屈めたあと、立ち尽くすジャラヒに気がついて顔を上げた。

「…ど、どうしたんだよ、顔色悪いけど」
「なんでもない。そう、ここが赤雫☆激団だ。窓から見たか?小さな女の子がリーダーで、男の方は、今期の部隊長を務めてる」
「は、はあ」
「おれもここの団員。ジャラヒだ」

ジャラヒは、説明しながらソウヤの横を通り過ぎ、赤い屋根の小さな家の扉に手をかけた。

「ようこそ、赤雫☆激団へ。客は歓迎するよ。たぶんな。」

決まり文句を乱暴に言って、乱暴に扉を開して、ソウヤを中に押し込んだ。
それから、乱暴に踵を返し、戸惑う声を無視して、扉を閉める。
バタンと、閉じた扉の音が耳に響く。

(ああ、扉壊れてたら、ドロシーに怒られる…)

そんな、くだらないことが頭に浮かんで、こんな最悪な気持ちで浮かんだのがそれかと自嘲する。
だって、ドロシーはいつもあの家の扉の立て付けが悪いことを気にしていたし、乱暴な住人に小言ばかり言っていた。

(いや、まあ、それはどうでもいいんだけど)

だって他に、考えたくない。
考えると駄目だ。気がついたら、思考が堂々巡りしてしまう。
良くない。これは、怒りで頭がいっぱいになるのと同じくらい、許せないことだ。

リオを守ろうと、ずっと思っていた。

(ひとりよがりだけど)

何があっても。
地の底から、こんな所まで救ってくれた彼女に、礼にはならないけれど、何かあったら手を貸そうと。何があっても、手を貸そうと。

(きっと、伝わっていなかったんだろうけど)

それでもいい。
リオがどう思っていてもいい。ジャラヒ自身が決めたことだ。
そう、ずっと思っていた。
今だって思っている。
正義のヒーローは皆に優しく、お客様には親切に!
そういつも彼女が言っていたことを、さっきだって守ったつもりだ。
例え、怪しいやつだったとしても、ロイがなんとかするだろうし、リオだって、長いことここにいるんだ。どうとでも対処できるだろう。
心配と過保護は違う。
あいつなら大丈夫だ。
後ろ髪引かれる自分に、そう言い聞かせ、ジャラヒは歩いた。

そして振り向かずに歩いて、とにかく歩いて、どれくらい歩いたかわからなくなった頃、めんどくさくなって足を止めた。



「……相変わらず辛気臭い顔してるわねえ」

立ち止まった途端声をかけてきたのは、きっと後をつけていたのだろう。
馴染みのある声に、ジャラヒは振り向かなかった。

「どんな顔だよ」
「3人の殺害に成功したけど4人目で失敗して、組織から失敗するような者はいらないと暗殺されそうになるんだけどなんとか逃げ延びて、4人目と5人目の殺害に成功するんだけど、実は2人目が生きていたと知った時の同僚の顔に似てたわ」
「どんなだよ」

相変わらず、例えの意味がわからない。

「どっちかっつーと、殺してやろうと思ってた相手がボスの息子で手が出せなくて、事故を装おうと思って色々罠仕掛けてたら、組織のやつらに先を越されて、ボスは別に息子が死んでも怒らなかったときのような気分」
「それは最悪ね…」
「いや、てきとーに言ってみたが、おれはわからん」

何やら神妙に頷く女に、思わず頭を抱えると、女―ダリアは、くすりと笑った。

「…ちょっとはマシな顔になったわね」
「おかげさまで。ていうか、なに?なんでダリアがいるんだよ。おかえりなさいと言うべきか?」

意を決して振り向くと、案の定、見知った女がそこにいた。

ダリア。

以前、ジャラヒの父に頼まれたと言って、ジャラヒの護衛にあたっていた暗殺者である。
そう、元々は暗殺者の彼女が護衛なんて、ジャラヒはおろか、彼女自身も不思議に思っていた。
ジャラヒにとっては尚更。
彼女に暗殺を頼んだジャラヒの父は、ジャラヒの組織を潰し、仲間を抹消した張本人だ。
ジャラヒだって、いつか必ずこの手にかけてやると、決意している男。
その男が護衛をよこすなんて、良い話でないのだけは確かだ。
しかし、ダリア自身とは、ジャラヒは良好な関係を築けていたと、思う。
彼女は、ここでの生活を報告してくると、前回の巡りの終わりにブリアティルトを去っていった。
今度来るときは、ジャラヒの護衛として再び来るのか、それともジャラヒの命を狙って来るのか、それはわからないけれど、と告げて。


そうして、戻ってきたダリアは、相変わらず飄々とした顔をしていた。
敵意は見えない。だからと言って、不用意に近づいたら、さっとナイフでひと刺し、ということも否定出来ない。
充分な距離をとって彼女を警戒する。
それに対して、ダリアは何も言わなかった。
是とも否とも言わずに、じっとジャラヒを見て。

「お願いがあるの」
「……お願い?」

彼女がそんな、殊勝な事を言うとは、とてもではないが思えなかったので、余計に警戒を強める。

「……おれ、今そのセリフがトラウマでな。一番聞きたくないんだけど」
「まあ、お願いっていうか命令ね」
「尚悪い!」



一応のツッコミをしてみるものの、彼女は気にもしない。わかっていたことだが、眉も上げずに、お願い。ではなく、命令を告げた。


「次の巡りの部隊長、あんたがやりなさい」
「…は?」
「私は、あんたを近くで見てるわ」
「そ、そんな堂々とストーカー宣言されても!」
「ばかね。ストーカーは近くから見るんじゃなくて、遠くからよ」
「おれにとっては変わりねえよ!」

全く意味がわからない。
いや、彼女の主張はわかるのだが、何を意図してなのかがわからなかった。
元々人に何かを伝えるのが苦手な彼女だ。
そう簡単に意図がわかるとも思わないが、護りに来たのか、命を奪いに来たのか、イエスかノーか、その答えすらも、まだ口に出していない。

「近くで見て、決めるわ」
「…何をだよ」

ジャラヒの問いに、ダリアは珍しく、口元を緩めて微笑んだ。

「もちろん、貴方を護るか、手にかけるか、よ」



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2013-09-16 : SS : コメント : 0 :
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