沙耶さん

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赤雫物語サツヤ編1

緋月サツヤ、16歳。
高校一年生にしては小柄な身体をもっていることをコンプレックスに思っていた彼だったが、彼の持つその肩書きが消えた今、晴れ晴れとした気持ちで朝を迎えることができた。
(とはいえ、べつに僕が背が低いってことに変わりはないけど)

肩書きが消えた。つまりもう高校生ではなくなった。とはいえ、別に中退したわけでも辞めたわけでもなく、背が高くなったわけでもない。
辞める勇気なんてあるはずもないし、辞めさせられるほどの事をする度胸があるわけでもなく、背が高くなる努力をしたこともなかった。
それでも、ひとつ、しがらみから抜けることができただけで、サツヤの心は、信じられないくらい軽い。
こんなに晴れ晴れとした気持ちで朝を迎えることなんて、元の世界では考えもしなかった。

(だから、背は低いままでも、いいんだ)

もっと言うと、こんなに軽い気持ちになったのは、生まれて初めてなのかもしれない。

(だってぼくは、来たんだから、ブリアティルトに!)



ブリアティルト。
戦続く3年間を延々と繰り返す大陸。
サツヤは詳しくは知らないが、もうずっとずっと同じ戦いを繰り返しているらしい、不思議な異世界だ。
そう、異世界。
ここはサツヤの住んでいた世界ではない。日本でもなければ、地球でもない。
だからサツヤは、もう学校に行かなくてもいいし、縮こまってひっそりと目立たないようになんて考えなくてもいいし、上履きや教科書を隠されることもないし、笑われなくていいし、もう誰にも何にも言われなくてもいい。ここには、サツヤを知る者は誰もいないのだ。

そんな異世界の大陸ブリアティルトにて。5国の中の1国、オーラムに、サツヤはいた。
それはある日、突然に。
部屋でうたたねをしていて、気が付いたらこの世界にいた。
前触れもなかった、ように思う。
勉強に疲れて、机の上で伏せていたら、知らない声がして。目が覚めて、顔を上げたら知らない部屋。
声の主は若いメイドで、サツヤを違う名前で呼んでいた。
違う名前。
でも、サツヤがよく知っている名前。
ソウヤ。
緋月爽椰。
その名は、もしかしたらもう二度と聞くことができないはずだった名前。
突然降ってきた知っている名前に、どういうことなのか問うてみたが、返ってきた説明は、サツヤを混乱させるばかりだった。
ここはブリアティルトのオーラムという国であるということ。
ソウヤというのは、赤雫☆激団という部隊の一員で、サツヤと同じ顔をしているということ。
メイドが口にしたのは、まとめるとそれだけだ。それだけなのに、サツヤは大きな衝撃を受けた。

ブリアティルトという名を。
その中の黄金の国オーラム、という名を、サツヤは知っていた。
明るく快活、しっかりしていて人気者、そんなサツヤの兄が――
現実主義で、妄想なんて口にしない兄が、たった一度だけ口にした与太話。

『ブリアティルトの黄金の国に行けば、願い事がかなうんだってさ』

兄はサツヤと違って人望もあり、学校では生徒会なんて入って、夜になるまで学校で活動をしていた。
だから、毎日学校に行くものの、授業が終わったらすぐに帰るサツヤとは生活時間が少しズレていて、サツヤが兄と、顔を合わせて話すことはあまりなかった。
だから、サツヤがその話を覚えていたのは、内容よりも、兄と久しぶりに話したという、気恥ずかしいような嬉しさが、胸に残っていたからだ。
優しくて明るくてしっかりものの兄。
その憧れの兄が、黄金の国なんてお伽話を口にしたのは、意外で、サツヤはそれに何と答えればいいのかわからなかった。
兄は、答えを期待していたわけではないらしく、思い出し笑いのように口の中で笑って、

『もし、そんな国があるとしたら、サツヤは何を願いたい?』

と、サツヤに尋ねた。
だけど、サツヤはそれに何と答えたかは、覚えていない。
願いなんて、考えたこともないし、期待するのも愚かだと思っていたから、きっと、何も答えられなかったか、適当に相槌を打ったかだったろう。
サツヤが覚えているのは、その兄の、優しく微笑んだ顔と、兄が口にした言葉だけだ。




そんな、兄が言っていたブリアティルトに。
サツヤは今、来ているという。
だとしたら、これは、兄を見つけ出す、重大な手がかりだ。









「大分、顔色が良くなったな」

気持ちよく目覚めて居間に行くと、テーブルについていた男が、サツヤに片手をあげた。

「お、おはようございます。ロイさん…あの、ここ、いいですか?」
「うん、おはようサツヤ。…なんかむず痒いな…」

頬を掻きながらそう言って、ロイはサツヤに端の席を勧めた。

ロイ。岸辺ロイ、という名を持つこの若い男は、この赤雫☆激団の、臨時リーダーを務めているらしい。
らしいというのは、もう一人、「いや、おれがリーダーだろ」とロイにつっかかっていた男がいたからなのだが、サツヤにとってはどちらがリーダーにしても何が違うのかわかりはしない。とりあえず、双方にお願いしますと頭を下げておいた。あまり追求しないのが上手くやるコツだ。

兄とサツヤはよく似ているらしく、顔を合わせた人物は、みんなサツヤを兄と間違えているようで。
サツヤは、しどろもどろになりながら、事情を説明したのだが、もっと疑われるかと思っていたサツヤの言葉は、案外あっさりと、彼ら――赤雫☆激団の面々に受け入れられたようだった。
どうやら、ブリアティルトではよくあること、らしい。


「いや、ごめん。ソウヤ…キミのお兄さんだっけ?すごくよく似てるから。そんなに丁寧にされるとむず痒くて…。ソウヤ、見つかるといいな…」
「あ、はい。ありがとうございます。親切にしていただいて…」
「ソウヤは、おれたちにとっても仲間だから」

それだけでなく、兄ソウヤを、彼らは知っているという。
赤雫☆激団と名乗る彼らの一員として、兄はここにいたらしい。
彼らは兄の仲間。
そう思うと、気持ちが昂揚する。
あの憧れの兄が、この世界にいて、この家で、この人たちと暮らしていたのだ。

「あ、あの」

聞きたいことはたくさんある。
いなくなった兄が、何か言ってなかったかとか。
なぜ消えたのかとか。

何をしていたのか、とか。
それから…


「兄って…どんな人でしたか?」

たくさんある疑問の中で、サツヤの口をついたのは、それだった。

「それは…きみのほうが、よく知ってるんじゃないかい?」

やんわりと答えるロイの言うことはもっともで。
兄弟なんだから、きっと、数年暮らしただけの彼らよりも、サツヤの方が詳しいのは、当然のはずだ。
だけど――

「そ、そうかな」

そう、言い切れないどころか、サツヤは目の前の彼らよりも、兄の事を知らない。そう認めざるを得ない。
憧れだった兄のことは、近くにいたときは見ているのも辛かったし、消えた後は、思い出さないようにしていた。
まだずっと幼かった頃は、ずいぶん慕って彼について回った記憶もあるけれど、それ以降は、話したことすら稀だ。
だけど、それをわざわざ、兄の仲間のロイたちに口にするのも躊躇われ、サツヤは曖昧に言葉を濁した。

「うん、えっと、兄は、いつからここにいたんです?」
「あー、いつからだったかな。まだあの子…リオがいたころだから、結構前…ここにいると、時間の感覚が見失いがちになるんだけど」

3年を繰り返す巡り、というものは、話には聞いたが、サツヤにはまだピンとこない。
3回か4回ほど前の巡りと言われても、どう反応すればいいのかわからなかった。

「にしても、ソウヤはオーラム生まれだと思ってたよ。同郷だなんて、あいつは何も言ってなかったし」
「ひ、秘密主義ですからね、兄は…」
「ああ、サツヤにもそうなのか。弟にまで心配させて、だめなやつだなー」

ダメなやつなんて兄を形容されたのは初めてで、思わずきょとんとするサツヤの反応に、ロイは堪えきれずにふきだして、

「兄貴、見つけよう。困ったことがあったら、何でも言ってくれ」

ぽんとサツヤの頭を叩いてにこりと笑った。


不思議でならない。
兄が、ここでどう暮らしていたのか。
いや、ここでだけでなく、元の世界にいたときでさえ、兄がどう暮らしていたかなんて、ぼんやりとしか知らない。
兄は孤高のようでもあったし、仲間に囲まれていたようでもあった。人望もあり、友人も多くて。でもそれに媚びる様子は見えない。
その兄が、どうやって暮らしていたかなんて、今までは、知る権利もないと思っていたし、気後れして、兄の友人に近づいたことさえなかった。
だから、これは。
この、ブリアティルトで、兄の仲間たちに囲まれているというこの現状は。
もしかしたら、絶好のチャンスなのかもしれない。
消えた兄の行方を知る。それから、『兄』をきちんと知るという、最初で最後のチャンス。

問題は

(僕に、それを知る勇気が、あるかどうか)

それを問うと、どうしても、軽かった気持ちが少し冷える。

ブリアティルトに来たんだという高揚感が、少しだけ冷えて、平静を取り戻し、じわりとサツヤに問うのだ。
本当に知りたいのかと。
今まで兄に触れずに来た自分が、この機会をつかんで、本当にいいのかと。
じっくりと、重い、冷えた何かがお腹を通り過ぎ。

それからサツヤは頷いた。

「よろしくおねがいします」






覚悟を決めた、とは少し違う。
迷いが消えたわけでもない。
だけど、ブリアティルトに心が弾んだのは本当で、サツヤは、いまだかつてないほど兄に近い場所にいる。
だとしたら、選択肢はそれしかない。


と、

「朝ごはん、できましたよ」

柔らかな声と、美味しそうな匂いに、サツヤは姿勢を正した。

「あ」

ことんと、目の前に皿が置かれる。
皿の上にはハムと卵が挟まれたサンドイッチが2つとサラダ。
それから、すぐに野菜の入ったスープが置かれ、暖かな湯気がサツヤの前髪を撫でた。

「す、すみません」
「ふふ、何で謝るんですか?」
「あ、ご、ごめんなさい・・・じゃなくて、ありがとうございます」

サツヤが頭を下げると、彼女はふわりと笑った。

「お口に合うといいんですが」

なんと答えたらいいか迷っているうちに、ロイが「いただきます」と手を合わせたので、サツヤもそれに習った。
その様子をニコニコと見守る彼女はー-この朝食をすべて用意した彼女は、ドロシー。
この赤雫☆激団のメイドだという。
部隊にメイド、と首を傾げたが、彼女は微笑むばかりだ。
いつも笑顔で食事や洗濯、掃除までしてくれるメイドさん。
サツヤは戸惑うばかりだが、赤雫☆激団のメンバーは不思議に思わないらしい。感謝を述べて、それをあっさりと受け取っている。
今サツヤの前に座っているロイも、いただきますと言って美味いとサンドイッチを三口で平らげてしまった。どこのハム?なんて聞きながら、彼女の答えを聞いて頷いている。

「私はサンドイッチ、ひとつで良いわ」

いつのまにいたのか。
ロイの横には女性が座っていた。
手入れされた黒い髪を腰まで伸ばしているその女性。
色白で、瞳は鋭く、滅多なことでは笑わない彼女が、サツヤは少し苦手―というか、少し怖く思っていた。
ただでさえ、女性と話をするなんて、ほとんどなかったし、それがこんなに整った人となれば

「何」
「ひゃ!」

その目に射すくめられて、飛び上がらないわけはない。

「な、なんでもないです」
「その顔で怯えられると、すごく違和感があるわ…別に、とって食いやしないわよ?」
「は、はい!」

勢いよく返事すると、彼女は何か言いたそうにしたが、唇を尖らせてフォークをサラダに突き刺した。
その横でロイが笑いを堪えている。
それを一つ睨んでから、彼女―ダリアは、視線をドロシーに向けて、美味しいわと呟いた。ドロシーはうれしそうに頷いて、近所のだれそれに貰った野菜だと答える。

きっとそれは、この赤雫☆激団のいつもの光景なのだろう。
あのメイドさんがご飯を作って、食べたみんなが美味しいと言い合う。
暖かで、自然で、うらやましい光景。

この、光景の中に

(兄さんも、いたのかな)

あの兄が、この中で、美味しいといって、ありがとうと言っている姿。
冷たくて誰もいない暗くて広い部屋じゃなくて。
冷えた食べ物でもなくて。
誰の顔も見ずに口にする、味のするのかしないのかわからないようなものじゃなくて。
こんな、狭くても暖かで、美味しい食事を。

(……いいな)

馴染みのある、ずるさを責めるような気持ちを、サツヤは押し消した。
それから、サンドイッチの最後の一口をごくんと飲み込んだ。



「リオとジャラヒは?」
「リオは食べてから遊びに行った。ジャラヒは部屋」
「そういえば、あのバカ、まだ寝てるの?」

ため息混じりにダリアが言ったのは、ドロシーが皿にラップをかけてしまおうとしている様子を目にしてだ。

「ぼっちゃん、お疲れですから・・・」
「いつもの夜更かしじゃない。もう日も昇ってるわよ。そうやって、またあいつが起きて来たら食事の準備するんでしょう?ドロシー二度手間じゃない」

あのバカと呆れたようにもう一度口にする。
バカといわれている男のことは、すぐにわかった。
ドロシーが「ぼっちゃん」という男は一人だけだ。

「そういえば、昨日の夕食も結局ドロシーが部屋に持っていったんだろ?」
「ドロシーも、ほうっておけば良いのに」

当のドロシーは、まあまあと二人を宥めて、それからいつものふわりとした笑みで、皿を手にしてテーブルから離れる。

「食べたらお皿そのままで大丈夫ですからね」

サツヤにそう言って、彼女は部屋を出た。

まったく、ドロシーが甘いからあの男も付け上がるのよ。なんて呟いたダリアの言葉から察すると、きっとあの男のところに朝食を持っていっているのだろう。そして、それは珍しいことではないらしい。

あの男。
ジャラヒ・ワートンだ。
と、金髪の男の顔を思い出す。
サツヤもよくは知らない。
金髪ってだけで、日本人のサツヤからするとちょっと怖い。
あまりまだ会話はしたことないが、明るく人当たりもよさそうな砕けた話し方。それでいて、ちょっと悪そうで、サツヤの学校にいたとしたら、近づくことはないだろうタイプの男。
きっと向こうもサツヤには近づかないし、バカにされるとまでは言わなくても、同じ土俵には立てそうにない相手。

「サツヤ、あいつ苦手だろ」
「へ?」

突然、そう声をかけられて、サツヤは心を読まれたのかとぎょっとした。
顔を上げると、ロイが爽やかに笑っていた。

「おれもあいつ大嫌い」
「え?あ、あの・・・」
「ルールとか無視して迷惑かけるヤンキーもどきとか、おれ、学校でもそういうやつ好きじゃなかったんだよなー」

嫌いといいながら、向けられるその笑顔に、どう返していいかわからない。

「クラスでもいただろ?変に規則破って、注意されても従わず教師に迷惑かけるやつ」

突然、異世界で繰り出される、よく知った日常の光景の話。
学校、クラス、教師。
異世界では似つかわしくないキーワード。
そうだ、ロイも、日本から来たのだと言っていた。
共感を呼ぶように、語りかけられたその言葉に、サツヤは少し唾を飲んだ。
学校なんて窮屈な場所。
教師に迷惑をかける不良。
好きではないそれらだが、たしかに、サツヤたちの世界のその国では、誰もがわかりえる共通事項だ。

「ロイさんは・・・学校、好きでした?」

その共通事項を示したロイに、サツヤもそれを返す。
問われたロイは、一瞬きょとんとした顔を見せた。

答えようとして、口を閉じて、それから少し考えて、また開く。

「…どうかな」

答えたそのロイの顔に、サツヤは、満足のような、寂しさのような、悔しさのようなものを思う。
同じ国に生まれて、学校なんていう共通事項があって。
ロイには、即答できないだけのものがあるのだ。
好きとも嫌いとも言い切れない何かが。
彼を戸惑わせたことに満足をした。だけど、戸惑わせるだけの何かが彼にあることに、さびしく、悔しく思う。
学校は、嫌いだ。
教師に迷惑をかける不良どもがいる。苦手だった。
それから、優しくて誰にも分け隔てなくて、クラス思いで、みんなを纏め上げるような人たちもいた。苦手だった。

「僕は、クラスにいるかいないかわからないような…休んでも誰にも気づかれないような、人でした」

どこの学校にも絶対にいる。ありふれた人たち。
その中に、いる場所もわからず、ただ立ち尽くすしかない自分。
多くの人と、学校を構成する一部であることの苦痛。

「だから僕は、学校は嫌いだった、な」

早口でそう言って、サツヤは笑った。
ロイは、それに気まずい顔をするわけでもなく、謝るわけでもなく、答えた。
飄々とした口調で、彼らしく。

「おれは、四方八方に良い顔して、頼りになる親切なクラス委員だったよ」
「…わかります」

こくんと頷くと、ロイは笑った。
親切でもおせっかいでもない、意地悪そうな顔で。












「ロイさん、ダリアさん、サツヤさん、ちょっと出てきますね」

ドロシーの声が聞こえたのは、しばらくたってのことだった。

「どこ行くの?」
「市場まで。ぼっちゃんのお使いです」

結局、今日はまだあの金髪の男は、顔を見せていない。
サツヤが来てからはずっとだ。
どこかにふらっと出ていて一日中帰ってこないか、部屋に閉じこもっているかのどちらか。
そんなにサツヤと顔を合わせるのが嫌なのかと思ったが、ロイもダリアも首を振って、そういう奴なのだと言うばかりだった。

「荷物、大丈夫?おれが行こうか?」
「帰ってきた後のぼっちゃんとの喧嘩と、その後片付けが大変なのでそれはちょっと…」
「……」

ロイの申し出をそう言って断ると、ロイも押し黙るしかない。

「えっと、僕が…よかったら……」

続けて、そうサツヤが申し出たのは、なんとなくだった。
強要されたわけでもない。親切心から、というわけでもなかった。
ただ、なんとなく、口にしただけなのだが…
その声に、一同に注目されて、声が小さくなる。
もしかして、まずいことを言ってしまっただろうかと、一瞬肝が冷える。
だが、誰も顔色を変えることもなく、

「じゃあ、お願いしようかしら」
「ちょうどいいから、ドロシーに市場案内してもらいなよ」

差し出された是の声に、サツヤは胸をなでおろした。








サツヤがアティルト広場に来たのは、これが初めてだった。

「ここの角を右に行ったら市場なんです。…大丈夫ですか?サツヤさん」
「え、あ、うん!大丈夫、です」

思わず、ぽかんと口を広げてしまった。
石畳の床、路上の馬車の轍。
土のような、埃のような匂いと、それにかすかに混ざる花の匂い。
高層ビルもないから、太陽の日差しが、建物の石の白に反射して眩しい。
洋画でだって、この空気は感じることができない。

これが異世界。ブリアティルト。

「オーラム」
「はい。マッカのほうはもっと暑くて、砂が飛んでるそうですよ。あと、今の時期は帝国の方はずっと寒くて、こんな格好じゃ出歩けないそうです」

オーラムは、5カ国の真ん中に位置していて、各国の流通が盛んだから、いろいろ話が聞けるのだ。とドロシーは言った。
頷いて、サツヤはあたりを見渡す。
家を出てしばらくすると、噴水のある広場についた。
周囲の憩いの公園なのか、木陰で昼寝をしている人や、たって井戸端会議をしている婦人、子供たちの笑い声、暖かな雰囲気にサツヤが気圧されている横で、ドロシーは歩みを進める。
すれ違う人たちに会釈や、軽い挨拶を加えて、彼女が道を行く先を、サツヤはただおたおたとついていくしかない。
広場をすぎると市場に入った。
色とりどりの布を売る店、宝飾店、その向こうには、見たことのない肉がぶらさがっている。

「何か、欲しいものがあったら言ってくださいね」
「あ、えっと」

ほしいものといわれても、見当がつかない。
もともと物欲が高くないのもあるが、この世界に何があって何がないのかもわからない。
だからサツヤは、それには答えずに言葉をつないだ。

「えっと、ドロシーさんのお買い物は、その…頼まれたんですよね?ジャラヒさんに」
「ええ、それと、ついでに、季節の変わり目ですし、そろそろぼっちゃんたちに新しいコートを買いたくて・・・」

そう、彼女は弾むような明るい声で言った。
サツヤは、彼女のことを、赤雫☆激団のメイドとしか紹介はされていない。
だけど、彼女が「ぼっちゃん」と呼ぶのは一人だけだ。
それがいったい何を示しているのかはわからない。
それに、突っ込んで聞く勇気もない。

「あ、ぼっちゃんには勝手なことするなって、よく怒られるんですけどね」

でも最近はそうでもないかしら・・・諦めたのかもしれない。なんてことを笑って言うドロシーが、「ぼっちゃん」ジャラヒを特別に思っていることは確かだ。

「サツヤさん、ぼっちゃんとはまだお話してないんですよね?」
「え、あ、はい」
「とってもお優しい方ですから。いっぱい頼るといいですよ」
「は、はあ」

その「お優しい方」のことは、ちょっと挨拶した姿と、ロイと喧嘩している姿と、朝も夜も部屋に食卓に現れず、ドロシーにお使いを頼んでいることしか知らない。
こうやってドロシーに、優しいなんて言われるような人物であるところなんて見えなかったし、ロイもダリアもそのように評してはいなかった。

「ドロシーさんは…ジャラヒさんが好きなんですね」
「もちろんです!ワートン家自慢のぼっちゃんですからね!」

当然至極と頷かれた。
その勢いに押されそうになりながら、サツヤは、「いつからジャラヒさんに仕えているんですか?」と尋ねた。
赤雫☆激団のメイドと紹介はされたが、つまりはその「ワートン家」ジャラヒのメイドなのだろう。
彼が所属する赤雫☆激団のこともついでに見ているのだと思うと、彼女の態度にも不思議はないように思えた。
聞かれたドロシーは、少し考えるように目を伏せた。

「ずっと…昔からです。途中、ちょっとお勤めを離れたことも、あるんですけど…」

言葉をためらうように言って。

「でも、あの、今は、違うんです。私は赤雫☆激団のメイドであって、ぼっちゃんとは、もう、関係なくて・・・」

ごまかすように両手を振りながら、ドロシーは笑った。

「ぼっちゃんにはもう、私は必要なくて、ほんとはぼっちゃんって呼んではいけないんですけど、ね」

必要がない、と言いながら、彼女は毎日食事を用意し、お使いまでやっている。
そのことを非難するつもりはサツヤにはなかったが、「あ、これは、私が勝手にやってるだけで…」とドロシーは続けた。自嘲する呟きは、サツヤに向かってのものではなく、彼女自身に言っているのだろう。最後には、言葉も消えてしまった。
もう、ジャラヒのメイドではないと言いながら、その世話を焼くドロシーは、勝手にやっていることなのか、それともジャラヒに強要されていることなのかはわからないけれど。


「ジャラヒさんは、幸せ者…だね」

サツヤは、深く思った。

彼女がジャラヒを深く想っているのは確かだ。
心配されて、想われて、誰かの心にそんなに強く存在することが出来るなんて。
サツヤにとっては、羨ましくて、それでいて、妬むこともできないほど、不思議で、縁のないものだ。

「それに、ドロシーさんは…すっごく優しい、から」

ジャラヒに対してもだが、あの家にいる全員に、ドロシーは優しい。
まだ知り合ったばかりのサツヤにだってわかる。
それに、この世界に来たサツヤに、一番最初に言葉をくれたのはドロシーだった。
最初はソウヤと勘違いしていたが、支離滅裂なサツヤの言葉を、ドロシーはじっくり聞いてくれた。事情を聞いてくれ、それに疑いもせず、大丈夫ですよと微笑んで、ロイたちに紹介してくれたのだ。
おかげでサツヤは、今ここにいる。

「僕は、その…えっと」

何と言えばいいのかわからないし、言える資格もないけれど、そんな悲しい顔で笑うドロシーを見るのは嫌だった。
まだドロシーのこともよく知らないし、ジャラヒのことを悪く言うつもりもないけれど、もし悲しませているのがジャラヒなら歯がゆく思う。

「ドロシーさんは、すごいって、思うよ。
 ドロシーさんにそう想われるジャラヒさんは、羨ましいと思うし…」

ジャラヒだけじゃなく、あそこに住む人を暖かく見つめるドロシーは、すごいと思う。
思われるみんなが羨ましい。
あんなに暖かく想われていたら、なんて、サツヤも少し苦しくなるくらい。
それに

「そんな風に暖かく人を想うドロシーさんは、素敵だし、すごいし、羨ましいよ」

それを胸に抱くドロシーに対しても、サツヤは胸が苦しくなった。
暖かくて、苦しくて、羨ましい。
そんな風に思えたら、何かが変わっていただろうか。
家で。学校で。あんな冷たい世界で。
その暖かささえあれば、もしかしたら…いや、きっと変わっていたのだろう。
変わる筈がないと言えないくらい、サツヤにもわかっている。
あの冷たさを招いたのは自分自身だと、気がつかないほどバカではない。
だから、こんなに優しいドロシーが、サツヤは羨ましかった。

「素敵で、すごくて、羨ましい、ですか」

ドロシーは、サツヤの言葉を小さく繰り返して。

「ありがとうございます。だけど――」

何かを言いかけた後、そっと首を振った。

「…早くしないとお店がしまってしまいますね。行きましょう」

すぐに歩き始めたので、サツヤにその顔は見えなかったのだけど。
何故だか、サツヤにはその顔が、悲しそうに見えた。











ジャラヒに頼まれたという買い物は、すぐに終わった。
事前に伝えていたのだろう。ドロシーが露天に顔を出すと、2,3言葉を交わした後に、すぐに包みが渡される。
手のひらに収まるそれを受け取ったドロシーは、そのままポケットに入れて、店主に礼を言い、それからサツヤににこりと笑った。

「さて、行きますか」
「え、もう終わり、ですか?僕、荷物持ちするつもりだったんですけど…」
「それはこれからですよ。帰り道に、洋服屋と食料店があるので、ちょっとだけ見て帰りましょう」

夕飯は何がいいですか?と語りかけるドロシーには、先ほどの憂いめいた表情はない。
少しほっとして、サツヤは彼女の後に続いて。

「わっ」

何かに背中を押されて、つんのめった。

「だ、大丈夫ですか?」
「ご、ごめん」

咄嗟にドロシーに縋るような形になってしまい、慌ててサツヤは体を直した。
ドロシーの方は、いきなり寄りかかられても動揺も身じろぎもしない。
サツヤなんて軽いものなのだろうか、ただ優しくその体を支えて、怪我がないか確認した後、「あ」と小さく呟いた。

「サツヤさん、…財布、持ってます?」
「え?も、持ってきてるけど…」

この世界では、日本の硬貨なんて使えないだろうとわかってはいたが、いつもの癖でポケットに忍ばせている。
ポケットにさえ収まるくらい小さな二つ折りの古い財布は、サツヤが小学生の頃から使っているもので、大事にしているとまではいかないが、肌身離さず持ち歩いていた。
言われて、右のポケットに手をやると、当然あるだろう膨らみがそこにはなくて。
慌てて、左を探り、後ろを叩いたが、そこに返ってくる馴染みの感触はない。

「…忘れちゃった。かな」
「何言ってるんですか!スリですよ!スリ!」

ほら、さっきの!と言って彼女は、首を傾げるサツヤの腕を握り、周囲をしばらく見回して、指をさして声をあげた。

「ほら、向こうの!スキンヘッドとモヒカンですよ!あれ!サツヤさんにぶつかった男たちです!」

スリ?と頭の中で何のことか把握し切れていないサツヤだったが、もう一度、ポケットに手をやる。
やっぱり、財布はない。
忘れたのかもしれない。
だけど、出かけるときに入れた覚えはあった。
自分の記憶なんて、信用できないとも思ったが、たしか、入れたはず。
ドロシーが指す男たちに見覚えはない。が、後ろから誰かに押されたのは確かだし、スリと言われるとそうかもしれない。
スリなんて、平和な日本に生きてきたサツヤにとって、話にしか聞いたことがないのでピンと来ないし、その手口もわからないが。

「ほら、サツヤさん、行っちゃいますよ!」
「って、ドロシーさん」

言うなり駆け出したドロシーは、考え込んだままのサツヤの腕を手に取って、するりと人混みを駆け抜け、市場を抜けて路地に飛び込んだ。

「わ」

転ぶと思ったが、サツヤは地面に強打されることもなく、強く引かれた手にひっぱられるまま、視点がころころと回転した。
ただでさえ、運動神経のそんなにないサツヤだ。腕を引かれてついていくというより、文字通り転がされている。
八百屋を過ぎ、酒場を過ぎ、くるりと回って商店。それから喫茶店のような店のあと、公園のような広場をすぎて、店も建物も消えて、それからまた雑居な建物がいくつか現れて。ドロシーに誘導されたサツヤは、彼女が止まるまで何が起こったのかわからなかった。
ようするに、ドロシーが走って止まったのだと気がついたのは、その雑居な建物のいくつかの道を曲がったあたりで。
ようやくサツヤは、しゃがみこみたいのを押さえながら、離された腕を胸元にやって息を整えた。

「ド…ドロシーさんって、足が速いんだね…」
「す、すみません。見失いそうだったんで…このあたりだったんですけど」

言葉を返す彼女は、息切れもしていないし、髪も乱れていない。
おっとりとした容姿はそのままで、あんなスピードで駆け抜けてきたなんて信じられないくらいだ。
申し訳なさそうに頭を下げて、それから辺りを見回して。
いったい何を…と思ったが、何をもなにもない。彼女は、サツヤの財布を盗んだ犯人を追っているのだ。
それを認識するまで、少しの時間が必要だった。
サツヤに構わず、ドロシーはまた路地を一つ入り、足を進めていく。

「ド、ドロシーさん、もういいです。お金、そんなに入ってなかったし」

そもそも、ブリアティルトのものではない。こちらでは使えない金だ。

「お買い物、急ぎじゃなかったら、もう帰りましょう。もう少ししたら、日も暮れそうだし…」

財布なんてどうってことない。
気にしないで欲しい。
そう笑いかけようと、慣れていない笑顔を出そうとしたけれど。

「…サツヤさん。駄目です」

言い切ったドロシーは、サツヤよりもとても綺麗な笑顔で。

「大事なものは、ちゃんと取り戻さないと」

きゅっと、サツヤの手を握って。
それから、そっと離した。

「…いましたね」

呟いて、ドロシーが顔を上げるのと同時に。




「よー。さっきから騒々しく追って来たのはおまえらかい?」


路地を塞ぐように1人。
ナイフを遊ばせながら、もう1人。
その後ろから、もう2人。

ニタリと笑う男たちを見て、ドロシーは、サツヤを庇うように一歩前に出た。

「あなた達ですね。サツヤさんの財布を盗ったのは」
「しらねえなあ。俺たちは、誰かが俺たちを探してると聞いて、親切に姿を見せただけだぜ?なあ?」

最初に現れた男が、後ろに相槌を求め、男たちも下品な笑い声を返した。

「この辺はオーラムでも、治安が悪いところだ。お嬢ちゃん二人で歩いてたら、ひどい目に遭うかもしれないぜ?」
「どうでもいいです。あなたたちのようなチンピラに心配される必要はありません。早く財布を返しなさい」

突然現れた男たちは、先ほどのスリだろうか。スキンヘッドとモヒカン。それから短い髪を逆立てた男と、長い髪を縛っている男。サツヤには断言することが出来なかったが、先ほどぶつかってきた男に似ている気もする。ドロシーの方は、疑うこともなく、まっすぐに男たちを見据えた。
柄の悪い男たちは、サツヤの住んでいる所に、日本にいた不良やチンピラよりも輪をかけて近づきたくない容貌をしている。汚れた服、ニヤニヤとした笑い方。まるでこちらを同じ人間とは見ていないような、何かを値踏みするような視線でねっとりとこちらを見ている。

(関わったら駄目だ)

はっきり判った。コンビニに集まって座っている少年たちよりも、夜の駅でタバコをすっている集団よりも、バイクの音を響かせて駆けている群れよりも、もっと。
もっと危ないものだ。
だって相手はナイフなんて持っているし、まったく動じてないし、体つきだって、サツヤのような日本人とはかけ離れた筋肉を持っている。


「ど、ドロシーさん」

ドロシーは、サツヤとは違って、男たちに怯えも震えもしていなかった。
真っ向から彼らの罪を指摘し、引く気も譲る気もないらしい。

「大丈夫ですよサツヤさん。財布、返してもらうだけですから」
「返す、ねえ。やだなー。変な疑いもたれて不快だから、お嬢さん二人に慰めてもらわなきゃなー」

ナイフを手で弄んで、男は一歩前に出た。

「ドロシーさん、逃げ…」
「無駄無駄。逃げ場所はないぜ。こんな奥まで入ってきたんだ。泣こうが喚こうが誰も気づかねーよ」

男に応えるように笑い声。
逃げようとサツヤは辺りを見回したが、逆方向に逃げようとも、後ろの路地は薄暗く、よく見えないが、バタバタと足音が聞こえる。

「まったく。前に4人、後ろに…これは4人…ですか。か弱い女性と少年に対して、大げさすぎません?」
「とんでもないスピードで追いかけてくる怪しい人物って聞いてな。用心には用心を重ねるタイプなんだ。俺たちは」
「…お財布を返してくださいと言ってるだけなのに…」

ため息をついたドロシーは、なんでもないことのように落ち着いている。
これだけの男たちに囲まれて、前も後ろも四方八方塞がれているというのに動揺も見せず、サツヤに安心させようと微笑んでいた。
もしかしたら、見た目によらず、腕っ節に自信があるのかもしれない。ここまで来たときの足取りもそうだ。ただのメイドとは思えない素早さを見せた彼女は、もしかしなくても只者ではない。
だけど、こんな細い路地でこんな多人数を相手に立ち回るなんて…

「サツヤさん、期待していただいてたら申し訳ないのですが…」

ぼそりと、ドロシーがサツヤだけに聞こえるように呟いた。
笑顔のままで、なんでもないように。

「私、実は戦えなくて……この人達を傷つけることは出来ません」
「え?」
「だからサツヤさん、隙を作りますので、合図したら逃げてください」
「…っ」

一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。
戦えないのに、こんなにも毅然と男たちを挑発していたのかということ。
それを笑顔で告げていること。
だけどそんなことより

「ドロシーさんは!?」
「私は大丈夫です。戦うことは出来ませんが、受けることは出来ます。打たれ強いので」

打たれ強いなんて軽い言葉で言ってのける。
そこに悲壮感は見てとれない。
冗談ではないらしいとわかるのは、彼女の目が真剣だからだ。
真面目に、逃げろと言っている。
戦えないと言ったその口で。
置いて逃げろと。

「大丈夫ですから、ね」

サツヤを安心させるように、笑って。
もしかしたら、本当に大丈夫なのかもしれない。ここまで来たときの早さを考えると、彼女なら、足手まといのサツヤさえいなければ、簡単に逃げられるだろう。
だから、サツヤは安心して逃げるのが正しいのかもしれない。

だけど。
サツヤが感じたのは、安心とか、彼女を置いていくのは不安だとか、そういうものではない。


(なんだろう…すごく、むかむかする)

むかむかして、もやもやする。
心の奥底で、熱く、黒く、舌打ちしたくなるような。
拳を握りしめたくなる。
サツヤが今まで感じたことないような。

(気持ち、悪い)

「サツヤさん、来た方向ですよ。私が合図したら…」
「ドロシー」

咄嗟に、サツヤはドロシーの言葉を遮った。
咄嗟に。衝動的に。
衝動。勢い。
顔が熱くなる。
こんなの、初めてだ。
いつもうじうじ考えて、考えて考えて口を開いて、開いた後にも後悔しての繰り返しだったサツヤには、考える前に言葉が出るなんて、初めてのことだった。
だけど、気持ち悪さに、熱さに、浮かれるような感覚は消えない。
衝動のまま、口を開くのを止められない。

「…勝手に、決めないで欲しい」
「サツヤ、さん?」

これは、怒りだ。
怒りなんて、サツヤの身近にない。
サツヤが今まで身近に感じてきたのは、絶望だとか諦めだとか、虚しさだとか悲しさだとか、そんなもの。
こんなに気持ちの悪い、熱い、感覚は、馴染みのないものだ。

「ドロシーさんが足止めして、僕が逃げる。確かに、僕は弱いから、そのほうが良いだろうという考えは、わかるよ」

逃げたらほうがいい。
それは、わかる。
ドロシーは戦えないと言うが、サツヤよりは強いだろう。サツヤは逃げて、助けを呼べば良いのだ。
だけど、それをサツヤは認めるわけにはいかなかった。
認めたら、駄目だ。
それはただの強がりかもしれない。
女性を置いて逃げるなんて卑怯な真似はしたくない、なんて、ヒロイックな感情が自分にあるとも思えないが、これまで逃げだけできた自分の人生を、更に逃げで彩るのは御免だった。
だけど、それも、また逃げてしまったという事実を受け入れたらいいだけの話だ。どうせ、これまでも逃げて逃げて逃げて、こんなところまできてしまったのだから。
だから、逃げたくないという気持ちもあるけれど、それだけで、突き動かされているわけでもなかった。

(ドロシーの『それ』を認めたら駄目だ)

サツヤの中にあるのは、怒りと、その思い。
自己犠牲を躊躇いなく選ぶ彼女を、認めてはいけないという、決意。

(なんでだろう。やっぱり、むかむかする)

「だけど、それじゃだめだよドロシーさん。僕は、足が速くないから、逃げられない」
「時間は稼ぎますから、大丈夫ですよ」
「その間に、あいつらは仲間を呼ぶよ。他所から来た男たちに僕は捕まる」
「そんな…」
「来るときに見たんだ。ここのひとつ前の通りにあった空き家。何人か中に人がいて、こっちを窺ってた。きっと彼らの仲間だ。あれが彼らの根城じゃないかな…ぼくの足じゃ、そこを通過する前に捕まる」
「サツヤさん?」

サツヤが言い切ると、この危険の中、初めてドロシーは戸惑いを見せた。

「うん。五つ前の通りに入る前にあった公園。その横に喫茶店があったよね。そこには、騎士団巡回のステッカーが張ってあった。今はちょうど夕方だし、そこまで行けば、ちょうど交代前の騎士団の巡回があるはず。なくても、喫茶店の人に頼めば、呼んでもらえるはずだけど」
「えっと、サツヤさん??」
「だけど、ぼくの足だと、そこまでは行けない」

ドロシーにひっぱられて転がる中の記憶。
八百屋があって酒場があって商店。それから喫茶店に公園。何があって、どうなっていたかは覚えている。
だけど、そこまで行くには、男たちの隠れている仲間を避けなければ行けない。
サツヤの足ではそこまで行くなんて、不可能に近い。
いや、無理。不可能だ。

「だから、ドロシーさん。ぼくが合図したら、そこまで行って騎士団を呼んできてよ」

ドロシーが言ったように、サツヤはそう返した。
なるべく、なんでもないことのように。
ちょっと声が震えていたし、上手く笑えてないけれど。

「そ、そんなことできるはずないじゃないですか!」
「で、でも。それが一番合理的だから」

決して、ドロシーを守りたいなんて、ヒーローみたいな考えじゃない。
衝動的に言ってしまっただけだ。
ドロシーに腹が立って。
その自己犠牲が気持ち悪くて。
それから、自分の考える最も合理的な案を口にしただけ。
怖くないわけじゃない。
コンビニの駐車場にいる茶髪の中学生ですら怖くてたまらないサツヤだ。こんな本物を前に、自分を置いて逃げろなんて、言えるわけなかった。
だけど、言葉を撤回するつもりはない。

(これが、きっと一番良い)

きっとボコボコにされるだろう。
痛いに決まっている。
死ぬかもしれない。

だけど、ドロシーを置いて自分が逃げても、きっと捕まってボコボコにされるし、その上気分も悪くてむかむかする。どちらでもボコボコにされるなら、合理的なほうを選んだほうがマシだ。
あの速さで走れるドロシーなら、素早く逃げて騎士団を呼んでくるなんて簡単。
サツヤが逃げるより、確かな選択だ。


「ん、なんだ?仲間割れか?」

急に慌てだしたドロシーに、男たちはにやりと笑った。
ちょうど、路地の裏からの応援部隊もたどり着いたらしく、遠くからの足音はもうなく、男たちの人数が増えていた。
増えたのは2人。ドロシーは後ろから来るのは4人だと言っていたから、残る二人は、どこかから窺っているのだろう。

「さて、お嬢ちゃんたち。喧嘩は結構だが、俺たちも仲間に入れてもらおうかね。
てめぇら!かかれ!」

にやり、と男が刃物を掲げた。
思わずサツヤも体が震える。
逃げろなんてドロシーに言ったけれど、体は正直に、ここから逃げたがっている。
だって、こんな乱暴な奴らに囲まれるのなんて、初めてだ。
靴を隠されたり、トイレで水を掛けられたことはあったけど、サツヤの回りの人物は、こうやって表に出て何かしてくることはなかった。
こんなふうに、真正面から悪意や危険にさらされたことはない。
実際の危険は、思っていた以上に重い。
逃げようにも、足はもたつくように動かない。
これじゃあ、たとえドロシーの言う通りにしたって、サツヤが逃げ切れるはずはない。
だから、やっぱり。

「ド、ドロシーさん、に、逃げ…!」
「出来るわけありません!」


震えるサツヤの手を引いて。
ドロシーは、襲い掛かる男の腕を弾いて、刃を地面に叩き落した。
それから、素早く男の脇を抜け、すぐ近くの路地を曲がる。
しかし、案の定そこにもスキンヘッドの男が待ち構えていて、ぶつかりそうになったドロシーは、体を小さく折り曲げた。
急に消えたように見えただろう、男は一瞬、隙を見せてつんのめり、そこをとらえたドロシーは、強くサツヤの腕を引いて、また駆け抜けた。

ドロシーは、戦わなかった。
彼女がそう言ったとおり、男たちを傷つけることなく、すり抜けて逃げるだけ。
男たちは虚をつかれるものの、消耗もなく、ドロシーたちを捕らえようと掛かってくる。

「ちょこまかと逃げやがって…」

いつのまにか、追う人数も10を超えていた。
きっと次々合流しているのだろう。ここは男たちの根城。本拠地らしい空き家は近くにある。
次々と増える人数は、道を塞ぐには充分で、いとも簡単にサツヤたちの行く手を塞いでいる。
右も左もない。
文字通り囲まれてしまうと、もう、ドロシーが逃げるだとか、サツヤが逃げるだとか、そんな問題ではなくなってしまった。

「すみません、サツヤさん」

小さく謝って。
ドロシーは、庇うように、ぎゅっと、力強く、サツヤの体を抱きしめた。
ドロシーは、サツヤより、頭一つ分背が高い。
ぎゅっと抱きしめられると、サツヤの視界はすぐに塞がれてしまう。

「ど、ドロシーさん」
「大丈夫です。サツヤさんには指一本触れさせませんから、大丈夫です」
「大丈夫って…」

大丈夫なわけはない。
もはや逃げられるわけもなく、囲む男たちは、詰め寄るように近づいていて、もう今にでも触れられそうな距離だ。
すぐにでも男たちは手をあげて、ドロシーは引きづられ、サツヤは殴られる。それから身包みはがされて、最悪命はないだろう。
きっとすぐにでもそれは始まる。
だけど、ドロシーの腕の中は暖かくて、その胸の鼓動は、一瞬の狂いもなく、トクトクと、サツヤを落ち着かせるように、ゆっくりと音を刻んでいた。

「危ない目にあわせてすみません。ちょっと我慢していてくださいね。大丈夫ですから」

そう言ったドロシーは、更にぎゅっとサツヤを抱きしめたので、もうサツヤは言葉を発することもできなかった。
何も言えない。抱きしめられたまま、暖かいまま、衝撃に耐えるしかできない。

(そんなの、駄目だよドロシー)

身動きもとれず、何も見えないまま、サツヤは唇を噛み締めて。


『――――ム』

次の瞬間、揺れる地面の上で、緑の光と、音を聞いた。













サツヤがはっと気がついたのは、静かな闇の中だった。
暖かい何かに包まれたまま。
しばらくぼうとしていたが、さっきまで感じていた圧迫感はあまりないことに気がついて、慌てて腕を伸ばす。

「ど、ドロシーさん、ドロシーさん、大丈夫ですか??」

包み込む暖かいそれから手を伸ばし、背中をぽんぽんと叩くと、ようやくドロシーは、サツヤを解放した。

「え、あ、す、すみませんサツヤさん!」
「えっと…いったい、何が…」

ドロシーから解放され、あたりを見回すと、そこはやっぱり、先ほどまでいた路地の中。
薄暗い入り組んだ路地。
先ほどまでは大勢の男たちが、サツヤたちを囲んでいたが、今は誰もいない。サツヤとドロシー、二人だけだ。

「私も、何がなんだか…」

首を傾げながらドロシーは、ぽつりぽつりと思い出す。

「いきなり、とても大きな爆発が近くであって…」

男たちは、その爆発に気がつき、慌てて駆け出したのだという。
向こうに…とドロシーが指差したのは、サツヤが気がついた空き家…やつらの本拠地だろう方角だ。

「えっと、何かに根城が襲われて、慌てて戻った…ってこと?」
「恐らく…。ここまで地面が揺れるくらい、結構大きな爆発でしたから…なにかあったのでしょうね」
「ば、ばくはつ??だ、大丈夫なのかな、ここも、危ないかもだよね??」
「テロリストでもいたんでしょうか…なんだか判りませんけど、一応騎士団の皆様に報告しておきましょうか…でもあれは…」
「そ、そうだ、ドロシーさん。早く逃げないと!あの人達、戻ってくるかもしれないし」
「…戻って…これるかはわからないですけど…そうですね」

ぽんぽんと自分のスカートを叩き、それから、サツヤにハンカチを渡して、顔を拭くように示して。
ドロシーはにこりと笑った。

「ありがとうございます、サツヤさん」
「へ?」
「嬉しかったです、すごく」
「ぼ、僕はなにもしてないよ??」
「あ!!そういえば!お財布取り戻せなくて、すみませんでした!!」
「い、いや、それはいいよ」

先ほど見せた笑顔とはうって変わって、泣きそうな顔でひたすら頭を下げる。
本当にすみません、もうしわけございません、すみません。と、延々と繰り返すドロシーに、サツヤは困るばかりで。
何でもしますとまで言い出すもんだから、弱り果てて、晩御飯のメニューをハンバーグにしてもらうことで、一応の了承を取り付けることに成功した。

「ハンバーグは得意なんです!ソウヤさん…お兄さんも、喜んでくださってたんですよ!あまり口に出さないですけど、きっと好物ですねあれは。サツヤさんも好きなんですか?」

兄の好物がハンバーグだなんて、サツヤは知らなかったけれど。
あの兄と共通点が、こんなところにあったのだと思うと、少し嬉しい。
頷くと、ドロシーは、腕によりをかけますね!と言って、袖をまくった。














「いただきます!」

夕食は、大きくて温かなハンバーグ。
サツヤの前には、この食事を手がけたドロシーが座っていて、その横にダリア。そしてその横にロイ。
ロイの目の前には、サツヤよりも年下だろう少女、リオディーラがいて、リオに手を洗ったか?と訊いているのは、リオの隣に座っているーーそしてその位置はサツヤの隣でもあるーージャラヒだ。
赤雫☆激団6人が勢ぞろいで囲む食卓は、サツヤがここに来て、初めてのことだった。

「目の隈、見苦しいわよ」
「うるせー。寝てねーんだよ」
「ぼっちゃん、寝てなくて大丈夫ですか?」
「ああ、もう全部出来たし、これ食ったら寝るわ」

ダリアの静かな指摘に軽く返して、ドロシーの心配に手を振って応えた。ジャラヒだ。
サツヤはまだ、まともに話したことはない。
彼は、サツヤが来てからほとんど部屋に篭っていて、たまに見かけたかと思うと、夜遅くまで帰ってこない。
金髪に整った顔と、その少しすれた雰囲気は、ただでさえ、サツヤには声をかけるにハードルが高い。とてもではないが、仲良くなれるタイプではない。もしクラスにいたとしたら、一度も話をせずに終わるだろう。自分とは全然違うタイプ。
そんな男が隣で食事をしているというだけで、サツヤはどうすればいいかわからなくなる。
もともと、人と話すのも苦手なのだ。声をかけるべきかかけないべきか、いつもなら、迷わず声をかけないほうを選ぶ。
今日だって、そうすればいいのだが、同じ赤雫☆激団に所属することになったのだ。兄の捜索も、彼らは手伝ってくれるらしい。となると、やはりきちんと挨拶くらいするべきだろう。ドロシーだって、この男を慕っているのだ。避けては通れない。
けれど、やっぱり声は出なくて。
サツヤは、目の前のハンバーグをひたすらに味わうしかない。

「美味いな」

ジャラヒがそう呟いたのは、独り言だと思った。

「ドロシーのハンバーグ。美味いよな。最初はなんでハンバーグにひじきが入ってんだよとか思ったけど。この味…んー、ちょっと今日はいつもと違う気もするけど。気合入れてんのかな。これ、お前の歓迎会だろ?」

話しかけられているのだと、気がつくのに、少しの時間が必要だった。
気がつけたのは、ジャラヒの緑の瞳が、しっかりサツヤに向けられていて、返事を求められたからだ。

「お、美味しいです。慣れたら、ひじきや大根が入ってるハンバーグも、なかなか美味しいし…あ、大根なくても、いっぱいのたまねぎが入ってるこれも、僕は、好きです」
「あーそれ!大根!おかしいと思ったんだよ!それだ。
今日のこれ大根入ってない。え、何?大根入ってるのって普通なのか??シェフの作るのは入ってねーから、これはドロシーアレンジだと思ったんだけど…」

薄く隈のある目つきは鋭かったけど、そう手を打つジャラヒは、なんだかとても

(…あれ?)

「そっか…結構ありなのか大根…。でもまあ、美味ければな。ありだよな…。おれの美意識ではナシだけど、美味ければ仕方ないよな…。あ、あとそういえば…」
「食事中くらい静かに食えよ」
「うるせえクソ魔神!おまえ、新人におれのあることないこと悪口吹き込んだらしいじゃねーか!あとで覚えてろ!」
「あることしか言ってないよ。忘れる。お前とやりあっても、訓練にもならないし」
「ほー。言ったな陰険魔神」
「喚くなヘタレヤンキー」
「ん??喧嘩???だめだよ!ロイくんも!ジャラも!」
「け、喧嘩なんかじゃ…」


なんだかとても、普通だ。
ロイと言い争う姿は何度か見たことがあったが、そのときは、怖い人だなとしか思わなかった。
今だって、怖くないとは言えない。
だけど、隣に座る少女に窘められる姿は、とても情けなく見えて。

(そっか)

もしかしたら『クラスで迷惑をかける典型的なヤンキー』というのとは、ちょっとだけ違うのかもしれない。まだ、何が違うのかわからないけれど。

「って、クソ魔神のせいで忘れるとこだった。えーっと、サツヤだったよな。手、出してくれ」

ロイとの喧嘩を振り切って、ジャラヒはごそごそとポケットを探り、目当てのものを見つけたのか、頷いてから、サツヤの手にそれを放った。

鈍く光る、シルバーの指輪。
シンプルな指輪を持ち上げると、内側に何か模様が彫ってあり、琥珀色の小さな宝石がひとつ埋まっている。

「今日、ドロシーと一緒に買いに行ってくれたんだろ?魔法石。リングの方は不恰好で悪いがサイズは合うはずだ。石に増幅の魔法が掛かってるんだ。それが上手く働くように陣も彫っておいた。おまえのいた世界では、戦うこともないって聞いたから、護身用にって。その石は、慣れたら目くらましとか、回復とか、色々使いこなせるようになるらしいから。剣とか振り回せっていうよりは、そっちの方がいいかなと」
「ああ、ぼっちゃんが最近夜遅くまでやってたのは、それですか?」
「ちょーっと思い立ってやってみたら、ハマっちまったんだよ」

よく考えたら、裏の模様はもっとシンプルで良かったんだが、指輪作って彫り始めたら、なんかもうとことんまでやってやろうと…
などと、続けるジャラヒが言うことは、サツヤにはよくわからなかった。

「えっと…」

ただ、手の中にある指輪。
少しずつ理解すると、これはジャラヒが作ったもので、それを掘り込んで、何かを施して、魔法が掛かっていて、使えるものらしい。
器用だなあ、と思った。
不恰好と彼は言ったが、サツヤから見ると、とんでもない。立派なアクセサリーだ。

「気に入らなかったか?」
「え、えっと、いえ!…えっと。え??」
「勝手に作って悪かったとは思うが、おまえ、この世界は結構危険だ。悪いことは言わん。もっとけよ」
「えっと、危険は身を持ってわかりましたけど…え??」

つまり

「これ、僕に…なんですか?」
「さっきからそー言ってるぞおれは」
「えっと、こんなすごいもの、僕…」
「だから、危険だっつってんだ。持っとけ!」

理解すると。
つまり、ジャラヒは夜も寝ずに、サツヤへのこれを作ってくれていたらしいということ。
ありえない。
一番にそう思う。
だって、サツヤなのだ。
よくわからないけれど、こんなすごいものを…いや、贈り物だとかそういうものを、サツヤは他人から貰ったことはない。
誕生日に何かを貰ったことすら、最後に覚えているのは中学生になる前、幼馴染からのシャーペンのプレゼントくらい。たぶん、シャーペンを忘れて借りたときに、誕生日だからそれやる、とついでに貰ったものだ。
その幼馴染だって、もはや口をきくこともないくらいで、ずっと避けられて生きてきた。
そんなサツヤに。
ありえないけれど、手の中に指輪があって。
ジャラヒは、それをサツヤのだと言う。

「あ、あ、あ、ありがとうございます!!!」
「お、おう」
「だ、だ、大事にします!!」
「えっと、まあ、ほどほどに頼む」

「サツヤ。騙されるなよ。不良が雨の日の放課後、猫に傘を差し出すと良いやつに見える法則だ。良いやつに見えるかもしれないが、こいつが毎日ドロシーに迷惑かけてたのは事実だぞ」
「つい集中してたんだよ!ドロシーには悪かったって!」

朝食を何度もすっぽかされ、夕食も何度も無駄にされ、お使いだけ頼まれたドロシーは、気にしてませんよーと手を振る。それでもバツが悪そうに、ジャラヒは唸りながら、サツヤに顔を向けた。

「まあ、そーいうことだから。気にすんな。それだって、お前の世界に戦いとかなかったって、クソ魔神が言い出したのがきっかけだし、お前に何か身を守るもんがあったほうが良いって言ったのはダリアで、指輪が良いって言ったのはリオだ。石を買いに行ったのは、ドロシーと、おまえ自身」

一人ひとり名前をあげて。

「だから、おれに感謝する必要はねえっていうか…あれだ。歓迎会だろこれ。ただの歓迎の印ってやつだと思っとけ」

ただの、とジャラヒは言ったけど、サツヤにとって、その「ただの歓迎の印」というのは、信じられないほど貴重で、まぶしくて、ありがたくて、きっと、夢じゃないかと思うくらいのものだ。
逃げて、逃げて、逃げて生きてきたサツヤにとって。
歓迎だなんて、胸がつっかえて鼻が痛い。
言葉なんてもう出るはずないけれど。

「…あ、あり、ありがとうございます!」

なんとかそう口にして、にじむ瞳を手でぬぐった。

「あ、あとこれついで」

それから、ぽんとジャラヒが放ったそれを、なんとか受け止める。
古くて、小さくて、ほつれている、二つ折りの

「…財布…」

スリに盗られてなくしたはずの財布が、サツヤの手の中にあった。

「拾ったんだ。お前のだろ?」
「拾ったって…これ…。まさか…」
「拾ったんだ」

言い含めるように繰り返して、ジャラヒは面倒くさそうに指を鳴らした。

「それ、ソウヤと同じヤツだろ?あいつが持ってたのを見たことがあったから。拾ったとき、お前のかなと思って。ソウヤの手がかりになるかもしれないんだ。失くすなよ?」

「…兄も…この財布、持ってたんですか…」

小学生のときに、祖母に貰った財布。
祖母はとても厳格な人で、サツヤは叱られた記憶しかない。優しく撫でてもらった記憶も、話しかけてもらった記憶もない。祖母が可愛がるのは、出来の良い兄だけだ。要領の悪いサツヤは、祖母から兄を見習えと叱られ、その姿は、今でも畏怖を持って頭に残っている。そんな厳しい祖母が、兄とサツヤに、同じ財布をくれたのが、10歳になる少し前のこと。あの祖母が、兄と同じものを自分にくれるなんて思ってもみなかったので、とても衝撃的だった。きっと、祖母としてはついでだったのかもしれないけれど。
宝物と呼べるほど、快く貰ったわけでも、大切にしていたわけでもない。
兄と同じものというのは、嬉しいけれど、嬉しいだけじゃなかった。
あの兄と同じものをという喜びと、きっとついでだという僻み。兄のようになれないという現実。全てひっくるめて、それでもいつも肌身離さず持っていた財布。
手放してもよかったのだけど、手放せなかった。
その財布を。

(兄さんも、ずっと持ってたなんて…)

こんな古い財布を、兄が持っていたなんて、似つかわしくない気がした。
意味はないのかもしれない。なんとなく使いやすくて、持っていただけなのかも。弟が、同じ財布を使っていることを、彼は知っていたのだろうか。
わからない。
わからないけれど、サツヤは今、紛れもなく、僻みもなく、ゆがみもなく、まっすぐに

(…嬉しい)

色々な感情をとっぱらって、残ったのはやっぱり嬉しさだった。

兄を探しながら、でも、兄のことを探るのは、怖い。
そんな迷いが、解かれていく。

(探さなきゃ、兄さんを)

どこに消えたのかわからない、たった一人の兄。
ある日、突然失踪した、人当たりがよく、優しく、なんでも一人で出来る、不思議で、よく出来た兄。
赤雫☆激団にいて、仲間たちと暮らしていた兄。
ここで、何をしていたのか、何を今しているのかわからないけれど。
ここに、兄がいるのなら、何としてでも逢わなければならない。
兄をここで探すということは、きっと、簡単なことではない。
傷つくかもしれない。だけど――

(勇気、出さなきゃ)

サツヤの覚悟は、そっと、静かに決まった。
2015-04-18 : SS : コメント : 0 :
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紅音さん

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ルゥチェちゃん

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