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ファスカルさん

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2014-08-24 : 依頼絵など : コメント : 0 :
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エミリアちゃんとどじっこ組合と赤雫激団。

5期とかそのへんじゃないかなーな、どじっこ組合さいしょのはなし。


******



オーラム首都アティルトの一角の屋敷の中に、そのギルドはあった。
数多くあるギルドの中で、とりたてて目立つことのない、小さなギルドである。
そんな小さな末席ギルドが、何故こんな大きな屋敷を活動の母体としているかというと、ギルドマスター、通称理事長が貴族ゆえに、そのいくつかの屋敷のうちの一つを借りているからである。

そんな屋敷の中で、いつものように、そのギルド員たちは活動しているのだが。

「だ、だめですよロイ、そんな恰好…!」
「可愛いよエミリア。ほら、ここも…」
「や、だめです…!そんな、はしたない…っ」
「そんなこと言って。ほんとはこういうの、好きなんだろう?」
「や、やめてくださいロイ、私…!!」


「おまえら、なにやってんの?」

目の前の現状に、扉を開いたことを心底公開しながら、ジャラヒ・ワートンは半眼で呻いた。
その先にいるのは、ギルドマスター理事長エミリア嬢のあられもない姿。それと、それを強いているのは、ジャラヒの仲間である男、ロイの姿だった。

「ジャラヒ!」
「遅かったなジャラヒ。お前も加わる?」

涙目のエミリアと、笑顔のロイを、順に見る。
しっかり4秒見守って。

「ごゆっくりどうぞ」

ジャラヒはパタンと扉を閉――じようとして、失敗し、ロイと押し問答することになった。

「離せくそロイ!おれは帰る!」
「遠慮しなくていいぞジャラヒ。お前も仲間だろ」
「鳥肌立つわ!帰らせろ!」
「薄情もの!薄情もの!」
「全身タイツのおまえら二人見て、逃げ出さないヤツ誰もいねーよ!!」
「ジャラヒ、これには事情があるんです!あるんですよ!」
「そりゃあるだろーよ!事情もなくてこんなん着てるやついねーよ!だがおれは知りたくない!知りたくない!」

立ちふさがるロイと、すがりつくエミリアを振り払い切れず、それでもあきらめきれないジャラヒは、這いつくばって扉に向かう。
だが、その距離はいつのまにやらあまりにも遠く、手を伸ばしても届かないそのドアノブに、ジャラヒは歪む視界を感じながら、それでもあきらめず、血を吐く思いで手を伸ばし続けるしかなかった。

「ああ、あきらめない。おれは諦めねえぞ」
「往生際が悪いなあ」
「諦めてくださいジャラヒ。運命です」
「そんな運命みとめねーー」

全身タイツのギルド長とその補佐の男は非情だった。
抗うジャラヒの背中にちょこんと乗ったエミリアは、立ち上がってジャラヒを踏みつけた後、彼の手を取って微笑んだ。
淑女スマイル。
高貴な有無を言わせぬ微笑み。しかしタイツ。

「はい。これがジャラヒの衣装ですよ」
「やだーーーーー」

黄色いタイツスーツを顔に押し付けられ、ジャラヒは半分本気で涙を流すのだった。


「で」

あらためて。
と、屋敷のふかふかのソファに少し落ち着いた心地を取り戻したジャラヒは、テーブルを挟んだ向かい側の二人に説明を仰いだ。
緑色のタイツを脱いだエミリアと、青いタイツを脱いだロイは、ようやくいつもの格好だ。
品のいいワンピースを綺麗にさばいて座ったエミリアも、見慣れた落ち着いた姿。ソファの後ろに掛けてあるタイツスーツは見ないことにしようとジャラヒは目を伏せた。その隣に座っているロイは、全身タイツだろうといつもの恰好だろうと変わらずふてぶてしい顔をしているので、置物だと思っておく。

「…なんだったんだ今のは」
「ジャラヒ。どじっこ組合についてどう思います?」

凛とした表情で、エミリアは背筋を正して、ジャラヒにそう尋ねた。
おもわずつられてジャラヒも背筋を伸ばす。
だけど答えられることは一つだ。

「ふざけた名前だと思う」
「お前の『赤き涙』っていう恥ずかしい二つ名よりマシだと思うなおれ」
「黙れクソロイ」

横から入った茶々につい反応すると、エミリアがトンとテーブルを叩いた。軽く。
ほんの少しの音なのに、やけに響いて、いつのも喧嘩がぴたりと止まった、と、その隙に。
思わず止まったジャラヒたちを見て、エミリアは微笑んで、頷きながら先を続けた。

「私はいい名前だと思うのだけど…」
「おれもいい名前だと思うよ。ギルド員募集の広告見て、すぐにこれだ!って思ったし。なにかドジをしても、変に悔みすぎずに、みんなでフォローしようって志、おれはとってもいいと思う」
「お前はただおもしろがってただけじゃねーか。おれを巻き込みやがって…」

エミリアが作ったそのギルドに、面白がって勝手に登録したのがロイだ。
同じ部隊であるジャラヒたちも巻き込まれ、今に至る。
べつに、ギルドに文句があるわけではないが、立派な志とやらを押し出すロイが気に食わなくわない。

「…あー、まあいいけどよ。で、ギルドとさっきの奇行となんか関係あんの?」

どじっこ組合の思想は、ジャラヒだって反対しているわけではない。
正直言って、なかなか楽しんでもいる。
理事長のエミリアは、先ほどの奇行に目を瞑ると、ジャラヒだって感心するくらい責任感も強く、自身が貴族なのもあって、ノブレス・オブリージュの精神を持った立派な女性だ。これで年齢はジャラヒとあまり変わらないのだからジャラヒも舌を巻く。
真面目ではあるが、反面ちょっとしたユーモアも持っていて、しっかりしているのに抜けたところもあり、加えて、長く輝く髪に大きな瞳にバラ色の頬。整った容姿をしているエミリアの人気は、ジャラヒも耳にしている。
ジャラヒももちろん、彼女に惹かれるところもあるが、ただ、それでも、たまに見せる奇行は、ジャラヒにとって目を瞑りきれないものだった。

「もうちょっと、どじっこ組合の活動をしっかりしなければならないと、思ったんです。私たち、まだあまり活動もできてないですし。ほら、もう少し、組合員増えたらいいって、思いません?」
「その結果がさっきの全身タイツなら、おれちょっと今後の事考え直させてもらっていい?」

ギルドに久々に顔を出したら、尊敬の念を感じている理事長と見知った男が全身タイツで踊っていた。それを見てしまったギルドメンバーの気持ちも考えてほしい。
だが、ジャラヒの皮肉はエミリアに通じなかったようで。

「もちろんです!ジャラヒ!ジャラヒも、組合の今後について、一緒にしっかり考えましょう!さすがはジャラヒ。ただの可哀想なチンピラに見えて、実はしっかり!真面目だったんですね」
「やー、ジャラヒはすごいなあ」

中途半端な相槌を打っている男は放っておいて、ジャラヒはそっと空を見つめた。
どじっこ組合。
立派な志を持っているものの。
名前が悪いのかなんなのか、いまいちまだパッとしないギルドだ。
ギルドメンバーは、エミリアの指揮する部隊と、ロイが勝手に申し込んだ結果、ジャラヒたち部隊、それから新人部隊が1部隊。騙されて入ってきたのではないかと心配になるくらい、純真な新人は、エミリアのこの奇行を知らない。たぶん、知らない。知ったら彼らも出ていくのではないだろうか。何せ、活動をしっかりするためのあの衣装らしい。ジャラヒは黄色を渡されたが、新人は何色だろう。紫とかだったらどうしよう。可哀想だ。そんな目に新人を合わせてもいいのだろうか。よくない気がする。たぶんよくない。

(…よし)

たったひと部隊の後輩のために。
ジャラヒは大きく決意をした。

「エミリア、仲間を増やしたいなら、そういうのじゃないだろ、もっと他にあるだろ…」
「やっぱり…タイツはダメですか」
「ダメすぎる。ダメダメ!女の子がああいう格好、どうかとおれは思うぞ?」
「でも、エミリア用にいっぱいリボンついてただろ?可愛くないか?あれ」
「ロイは黙ってろ」

エミリアを説得するには――とジャラヒは考える。
ようするに、彼女はもう少し、ギルドを大きくしたい。
それにはジャラヒも賛成だ。
エミリアの考えは悪くないのだから、もっとこのギルドは流行っていい。
では、何がいけないのか。

「なぜもっと、仲間が入らないんでしょう…」

不安げにエミリアは呟いているが、そんな答え、一つしかない。

「やっぱり、胡散臭い陰険魔神を補佐にしてるからじゃないか?」
「やっぱり、頭悪そうな金髪チンピラがうろついてるからじゃないか?」
「はい、喧嘩はやめてくださいね。そこのカップ、二人が払える金額じゃないですよー」

声をそろえての馴染みの喧嘩は、もちろん一蹴し、エミリアは憂いを帯びた表情で続けた。

「何が悪いか、じゃないと思うんですよね。きっと、何かが足りないんです」
「んー、エミリアは頑張ってると思うぞ」
「いえ!足りないんですきっと。だからタイツで…いえ!やっぱり、ギルド全員セーラー服の方がいいのかしら…!」
「その全員におれも入れられてるなら、やっぱりおれ、ちょっとしばらく消えるわ」

冗談に聞こえないところが怖い。
後輩のために一肌脱ごうと思ったが、そろそろ撤退の準備を始めた方が正しいのかもしれない。

「ところでエミリア」

立ち上がる隙を狙っているジャラヒの斜め前で、逃げるなんて考えてもいないだろう男が声をあげた。
タイツをすんなり着て、セーラー服を着させられるかもしれないというのに動じないロイは、ジャラヒが思っているより大物なのかもしれない。
なんて頭によぎりつつ、ジャラヒも顔を上げる。

「なんのための衣装なんだ?これ」
「お前はあんだけノッておいて何にも知らねえとか、いっそその生き方すげえよな」

ロイの質問に、エミリアはきょとんと顔を向けた。

「…えっと、ギルドを盛り上げようと思いまして…」
「うん、盛り上がったとは思う」
「お前はな」
「うん、おれはね。でもエミリア、おれの勘違いなら悪いんだけど」

そう謝って。

「エミリアがやりたいこと、もっと先があるんじゃないかなって。そうだな…なんであの恰好だったんだい?」

今更そう聞いたロイに、ジャラヒもツッコミを入れかけたのだけど、耐える。
それを聞きたかったのはジャラヒだって同じだからだ。

「あの恰好…」
「黄色とか青とか緑とか、ユニフォームみたいな」
「ああ!それは、もちろん」

合点いったという顔で、エミリアは可愛らしく、どやっとうなずいて。

「ヒーロー力ですよ!」

ジャラヒたちが何処かで聞いたような言葉を、胸を張って言った。


『ヒーローりょく…』

不本意ながら、ロイと声と顔を合わせて呻いたのは、仕方がない。とジャラヒは思う。
だって、その言葉は、その言葉を聞いてしまったということは、ジャラヒだってロイだって、他人事ではない。ギルド仲間ということを置いても、それはもう、身近すぎるほど身近で、慣れすぎるほど慣れている言葉だ。

「そうです!先日、不思議な少女に出会ったんですよ。
元気いっぱいの女の子で、一緒にプリンを食べて、ついでにギルドに誘ったんですけど、その勧誘を聞いた彼女がですね」

先はもう、聞きたくない気もした。
聞かねばならないが、もうなんとなくわかった。

「『どじっこ組合!かっこいい!!合言葉はてへぺろなんて、すっごい!!ヒーローみたいだね!!!』って、そう言って、熱くヒーローについて語ってくれたんです3時間半」
「それは…」
「なんていうか…」

もう、エミリアの顔が正面から見えない。
俯いて謝ってしまいたくなる。
認めたら終わりだ。エミリアの空回ったやる気に振り回されてなるものかと思っていたが、ばっちりぴったりこれ以上ないくらい当事者で、逃れられないくらい他人事にはなりえない自分事。
そんな予感はふり払わなければならない。
だがしかし…認めたくはないが、もう9割9分9厘そういうことだとわかっている。
だってもう、そういうことだ。わかっている。
胃が痙攣する。
それでもどこかまだ否定の欠片を探してしまう。
が、そんなもの、どこにもあるはずもなく。

「最初は、この子どこか頭が可哀想な子なのかな…と思ったんですが、私の語るどじっこの論理を聞きながら、熱心にヒーロー論を楽しげに語る姿に、こう、だんだん、…3時間も聞いたところで、ああ、そーいうものなのかなと。楽しそうだしなんかもういいかなって。段々感銘を受けてきまして…」
「洗脳だ…」
「怖い…」

エミリアが素直なのか、恐ろしいヒーローの洗脳なのか、議論の余地はあるだろうが、だんだん示されていく、エミリアに何かを吹き込んだ正体。
それはもう、もちろん…

「それで、彼女は…えっと、うん。やっぱいい。それで、どうなったの?どうして結局あんな恰好…」

それに、勇気をもって踏み込んだのはロイだ。
踏み込んで、何かを思って話題を少しずらしたが、ジャラヒはもう石のように固まるしかできないので、口を開いた分、ロイの方が偉い。

「ギルドに必要なのは団結力!そして、広がるどじっこの輪!それってまさしくヒーロー力!!ヒーローの力で、ギルドメンバーも増えてうはうは!!やっぱり正義!!!ヒーローすごい!!と言われて、それなら!と相談したところ、ヒーローはタイツかセーラー服だと彼女に教わりまして……あれ??」

そこまで言って、エミリアも気が付いたようだった。
神妙な顔でごくりと唾を飲んで。

「もしかして…」

ちょっと泣きそうな顔で、それを言った。

「よく考えたら、ヒーローとどじっこ、関係ない???」

「ごめんエミリア。ほんとごめん」
「私、なんであんな恥ずかしい恰好を…」
「すまんエミリア。おれ、ああは言ったけど、結構あれ似合ってたと思うし!うん!」
「全身タイツ…なぜ私が…そもそもなんで、メンバーを増やすのにコスプレなんて…あれ…??」
「よく気づいた!エミリア!偉いよエミリア!さすがだよ!!」

先ほどまでの自分の恰好を思い出して、我に返ったエミリアは、絶望をもってソファに倒れ掛かる。
ジャラヒも、彼女を責める気にはもうなれなかった。
ロイだってそうだ。調子に乗ってた楽しんだものの、原因がアレだと察すると、もう少し彼女に早く何か言ってあげたらよかったかもしれないと、心から悔やむ。
友人に、要らない傷を作ってしまった。

(いや、あいつに悪気はないんだけどな!)

あいつ。

犯人がわかってしまったら、もうジャラヒは被害者でもなんでもなかった。
ヒーローオタクの正義の少女。
三時間も延々と洗脳を続ける彼女と来たら、もう一人しかいない。

「…すみません、取り乱してしまうところでした…それにしてもジャラヒもロイも、どうしてそんな急に…」
「いや!なんでもねえ!なんでもねえよ!」
「気にしないでエミリア。それより、ちゃんと考えよう!メンバー増やす方法!」
「そうですね。うーん、おかしな子でしたが、あの正義中毒の洗脳少女、入ってくれたらいいんですけど…」

すでにその子はもうギルドメンバーである。
と、口元まで出かかったのを、ジャラヒは抑えた。
どうせすぐにばれるだろうが、しばし避けたい。

ああ、エミリアが逢った少女は、間違いない。
放浪の遊び人、正義のヒーロー、きらめき☆ときめきレインボーRIO。
リオディーラ。
ジャラヒとロイの部隊、赤雫☆激団のリーダーである。
遠征もサボって正義活動という名の遊びにいつも出ているので、不在にしていることも多く、公の傭兵の仕事は、ロイとジャラヒが全部やっているため、彼女がリーダーだということは知られていない。
ジャラヒもロイも、敢えてそれを言うことはなかった。
だって、方々のトラブルが、全部赤雫☆激団のリーダーの仕業だなんてバレたら、とんでもないしお金もないし責任も取りたくない。
リオが起こしたらしいトラブル話を耳にして、冷や汗をかきながら知らないふりをするのが、もうジャラヒもロイも日課になっている。
赤雫☆激団のリーダーなので、必然的に、彼女もロイが勝手に入ったこのどじっこ組合のメンバーに他ならないのだが、できればそっとしておきたかった。

「いやいや!エミリア。そんな目にあっておきながら、仲間にしたいという懐のデカさに驚くけど、それはおれはおすすめしない!な!」
「…すでに遅いけど、少しでもトラブルは後回しにしたいという気持ち、悔しいがよくわかるよジャラヒ…」


そんな切実な思いほど、いとも簡単に敗れ去るということも、よくわかっている。

だから


「あっそびに来たよ~!エミリアちゃーーん!!それにジャラにロイくん!やっほーー!!」
「あああああ…」
「……」

うめくジャラヒと空を見上げるロイ。
この展開は読めていたはずなのに、感じるのはやはり絶望にも似ていた。
その様子を見て、きょとんとしたエミリアは、しばし不思議そうにしていたが、すぐさま続いて扉を開けた少女の顔を見て、ぽんと手を打った。

「あなたは…!」
「正義のヒーローきらめき☆ときめきレインボーRIO!またの名をリオディーラです!よろしくね!」
「ご丁寧にどうも…エミリア・マルグレーテ・エルネスティーナ・フォン・ヴィルデンフェルスです。どうぞよろしく」
「長い!つおい!さすがだねエミりん!つよそう!どじっこヒーロー!!」
「すまんエミリア。諦めて仲良くしてやってください」
「???」

先ほどから謝るばかりのジャラヒたちに、エミリアの方は困惑するしかない。
どうやら、彼女はジャラヒやロイの近い知り合いらしい、と察したものの、彼らがなぜしきりに謝るかは、ちっともわからなかった。

「そんなに謝らなくても。お友達だったんですね?」
「すまん、悪い。条件反射。お友達というか…」

ごにょごにょと口の中で何かを言っているジャラヒの言葉を継いで、ロイが「保護者」と付け加えた。
ようやく、エミリアもなんとなく納得する。
条件反射で謝る。病気みたいなものなんだろう。仕方がない。仕方がないのだ。

と、そこでエミリアは、彼らについての思考をやめた。
リオの後ろから、ちょこんと金髪が…見知った少女の顔が見えたからだ。

「エミリアちゃん!お友達連れてきたの!正義の仲間だよ!」
「せ、正義はわからないけど…案内ありがとうリオちゃん。えっと、エミリアちゃん、遅くなってごめんね」

よいしょ、と現われたのは、エミリアも知っている少女だった。
年のころはエミリアと同じくらいか少し下。
明るくて、優しくて、大切なお友達の一人。

「お、エアロじゃん。リオの相手さんきゅー」
「あ、ジャラヒくんにロイくんも!なんだ、みんないるなら、もっと早く来ればよかったなあ」

ほっと胸を撫で下ろした様子で、金髪の少女、エアロはふう、と息をついた。

「あのね!遅くなったけど!私も、どじっこ組合、入れてもらおうかと思って!」

ほら、前にちょっとさそってくれたでしょ?あのとき、ちょっと色々あってすぐには答えられなかったけど、やっぱりエミリアちゃんと一緒にやりたいなって。ごめんね急に…!

早口でそう言って、それからエミリアの顔を窺って。だめかな、と首を揺らすエアロ。
駄目かな、なんて。そんなこと、言うまでもなかった。
だから、エミリアは、言葉より先に、エアロの手をぎゅっと握って。
それでも足りなかったから、エアロの肩に手をまわして、ぎゅっと抱き着いた。

「わ!」
「待ってましたよエアロちゃん!大丈夫です!これで、てへぺろの輪、広げられます!!」
「わーい!ワタシも!ワタシも~!」


きゃっきゃと戯れる女の子たち。
それをぽかんと見つめるしかないジャラヒとロイは、しばらく呆然としていたが、事態を把握してソファに突っ伏した。
どうやら、女同士の友情パワーが、どじっこ組合を救ったらしい。
何が救われたのかはよくわからないが、エミリアも嬉しそうなので、よかったのだろう。

「とりあえず…あの恰好をしなくても話はまとまった、ってことか?」
「残念だな。お前タイツ似合いそうなのに」
「お前ほどじゃねえよ」



かくして。
どじっこ組合は一歩ずつその輪を広げ、いつしかオーラムの顔役ギルドのひとつとしても名が上がるぐらい、大規模で、よりすぐりの傭兵を抱えるギルドにもなるのだが…。
それはまた、別の話。



2014-08-22 : SS : コメント : 0 :
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たまくんとジャラヒ

*****
注意!!!!

*この作品は、実際のたまさんや赤雫☆激団とはあまり関係がありませんフィクションです*

そこはかとなくなんだかアレっぽいっていうか男同志が妙に仲良さすぎる気配があります。ホモォ
そーいうのが苦手な人はお気を付けください。

お気を付けくださいっていうか読まない方がいいよ!!!!

あと、かっこいいたまくんや、可愛らしいたまくんが好きなのよ!崩さないでよ!!って方々もご遠慮ください。
危険は避けよう!!!



*****










ブリアティルト・オーラム。
その唯一の港の倉庫にて。

「んっふっふ」

楽しげに笑う男と

「たすけてー」

悲鳴をあげる男が、夜の緩やかな時間を満喫していた。

「いやあ、楽しいですねージャラヒさん」
「楽しくない!楽しくねえよおれは!?」

明るい声を上げた男は、ジャラヒのつっこみに、しょぼんと体を揺らす。
猫耳をあしらった赤いフードの先が、まるで落ち込んだように垂れた。白い尻尾をあしらったベルトも、応じてゆるりと揺れる。
ただの衣装のはずなのに、まるで本物のような動きを見せるそれはとても不思議で、いつもだったらジャラヒも、「それまじで生きてんじゃねーの?」とツッコむものだったが、現在、ジャラヒの目にそれが映ることはなかった。

「なあ、たま…」

その男の名を、慌てたようにジャラヒは呼んで、首を振る。

「遊ぶなら、もっと別の遊びしよーぜ?」

遊び、と称したジャラヒはというと。
現在、倉庫の柱にもたれかかったまま、顔を上げている。
その表情は、たまからも見ることは出来なかったが、相当に焦った顔をしていることだけは感じ取れた。
なぜその顔が見えないかというと、ジャラヒの目の上は、布が覆われていて、ちょうど目隠しをされたような形になっているからで。
なぜ彼が柱にもたれかかっているかというと、彼の手が手錠で塞がれていて、身動きが出来ないからだった。

「えー」
「えーじゃない!」
「だって、それ探すの大変だったんですよ」
「苦労は別のとこでしようぜ!」

なぜ、ジャラヒがそんな恰好でいるかというと、それはもちろん、目の前の男、たま(20歳、男)が創意工夫を果たした結果である。

(どうしてこうなった…)

ジャラヒがそう空を仰いでも、見えるのは真っ黒な布だけだ。
後ろに回された手は動かない。
目の前にいるたまは――
と、たまがいるらしい空間を睨んでみたが、たまにそれが通用するとは思えなかった。
たま。
ジャラヒの友人であり、オーラムでも有数の戦闘力を持った傭兵である。
猫のような素早さで相手の懐に入り、急所に打ち込む格闘術には、ジャラヒもいつも助けられていたのだけども、今はその素早い動きが有効活用されて、ジャラヒは御覧の通りの情けない姿になってしまっている。

「一体何がしたいんだよおまえは」

別に、たまの恨みを買った覚えはない。
怒らせた覚えもないし、そもそもたまはジャラヒが常日頃から感心するぐらい温和な男だ。頭に血が上りやすい性質だと自覚しているジャラヒが、たまによって宥められたことだって、一度や二度の話ではない。
温和な男ほど、怒らせたときが怖いとも言うが――

「…おれ、もしかしてたまに何かした?」

もしかして、とぞっとして情けない声を出すと、何言ってるんですか!とすぐにたまの声が返ってきた。

「ジャラヒさんがデートに誘うからですよ!」
「何の話!?」
「嬉しくて、つい調子に乗ってしまった結果です!」
「どんな結果だよ!」

怒ってはいないらしくて安心したが、頭が痛くなる。
たしかに今日、偶然、城の近くでたまと逢ったので、飯でも行ってブラつこうと誘ったのはジャラヒの方だった。
が、それはもちろんデートなどというつもりもなく、城に行く用事で緊張していた帰り、友人に逢いほっとして嬉しくなって誘ったというよくある理由なだけで。

「おれはデートなら可愛い女の子としてえよ…」
「…!たしかに、姫様は可愛らしくて、私も一度デートしてみたいなって思ったりもします。気が合いますねジャラヒさん」
「なんで姫様とロイヤルデート望む大それた無謀男になってんのおれ!?」
「さすが、ギャングは考えることが違いますね…」
「ギャング関係ねえしもうおれギャングでもねーし!」
「レッドレイニング、赤き涙ジャラヒ…!」
「それ若干黒歴史だからそっとしといたげて!」

ぐりぐりと心の深いところを抉り、半泣きなジャラヒの悲鳴を朗らかに聞き流して、たまは、まるで秘密話でも打ち明けるように声を潜めた。

「でもジャラヒさん。こないだエアロさんに聞いたところ、好意を持った仲良しの二人が遊ぶことをデートって言うらしいですよ。だから、これもデートなんです」
「間違ってねえけどこれは違え!!!エアロもちゃんと、『仲良しの男女』って言ってください!」
「仲良しの二人!」
「ちげえ!」
「あんなにジャラヒさん、私に逢って嬉しそうだったのに…。まさかの否定。ふふふ、さすがギャング、人の心を手玉に取るのもお得意ってことですか…」
「ギャングはやめい!」

ひどいや…と傷ついた風に言うたまに、ひどいのはどっちだと返す。
一緒に飯を食って、ちょっと遠出でもするかと港まで来たら、あっというまに当身を食らわされて、気が付いたら倉庫の中で目隠しに手錠。ひどいことをされてるのはこちらの方だと強く思う。
たまという男は、日頃は温和で強くて、人当たりも良くて親切で。
たまはジャラヒにとっても尊敬する傭兵の一人だ。
まだ見習いだったころのジャラヒは、たまのサポートをして戦いながら、その圧倒的な強さに、彼の力になれたらと、心底思ったものだった。
しかし、ごくまれに、こんなふうに変なことをしでかすことがある。
これが初めてのことではない。
この間は執拗にメガネをかけさせられた。素直にすぐに掛ければよかったのだが、思わず拒否したら恥ずかしい目に合わされたので思い出したくもない。
その前は、趣味の菓子作りで美味そうなものが出来たので、差し入れに持って行ったのだが、いつの間にかポッキーゲームをさせられて負けた挙句に猫耳を付けさせられた。
さらにその前は、趣味の絵を描くのにモデルになってもらったのだが、「おまえは黙ってるとイケメンだよなー」などと色々とポーズをとってもらっていると、「こういうポーズジャラヒさんはとれないですよねえ」なんて安っぽい挑発に乗ってしまい、気が付いたら思い出したくもないポーズを取る羽目になっていた。
そしてその前は…

(あれ?なんでおれそんなに何度も同じような目にあってんだ?)

はっと我に返ったのは自分の学習能力のなさだが、それはさておき。

「ったく。お前なあ、いい加減にしろよ。いつまでもおれが付き合ってやると思うなよ?」

今度は手錠に目隠しときたら、さすがにジャラヒも学習せねばならない、と自分に言い聞かせる。
きっと、たまにとっては遊びの一環だろう。
こうやって、ジャラヒが困っているのを見るのが楽しいのだろうが、いつまでも黙って遊ばれるのも癪だ。

「おれだって、堪忍袋の緒が切れるっつーの。おまえな、そういうのやめねえと、友達なくすぞ?」

たまを嫌っているやつなど聞いたことはない。
心の広さは大陸でも5本の指に入る男だ。たまーーに頭のネジが緩むこともあるが、基本的にはいいやつだということを、ジャラヒは知っている。
だけど、心を鬼にして言わなければならない。

「お、おれだって、これ以上こーいうことがあると、お前を嫌わざるを得ないっていうか…な?わかるだろ」

返事はない。

「だって、これはねーだろ。目隠し。おれ見えねえもん。手錠とか、動けねえし。困るだろ?お前がたまーにこういうことして遊びたがる変態要素持ってることはおれも理解してるよ?」

何が楽しいのかジャラヒにはちっともわからないが。
たまはすごく楽しそうだった。
もしかしたら、日頃心の広い良い人をやっているのに、ストレスがたまっているのだろうか。

「いや、変態っつーか、あれだよな。うん。ストレスなら仕方がない。別にそういう性癖を否定するつもりはおれにはねーよ?ねーけど…」

思い立ってみると、そうだ。
たまがこういう行動を取るときは、前触れがあった。
少し、寂しげにどこかをふと見上げるたま。
はっきりと表だっては見せないが、疲れたように、何かを考えているあの瞬間。
いつも朗らかで、強いたまが、ほんの一瞬、何か憂いのようなものを見せて。
それを見て、ジャラヒだって、たまを元気づけようと、声を掛けたのが最初だった。いつも世話になっている彼に、何か返したくて。
以来、なんとなくたまが寂しそうにしていると、ジャラヒはなんとなく反射的に、彼に声を掛けてしまう。
そういうきっかけがあったことを、ジャラヒもほとんど忘れていた。

「うん、そーだよな。いつもお前、大変だもんな…おれで遊んで気が紛れるなら、それでもいいっちゃいいけどさ」

いつだったか、戦闘中、たまに庇ってもらったことがある。
余計なことすんなと言ったら、反射的にだと言っていた。体力は自信があるから大丈夫だと。
彼は、いつもそうやって笑うのだ。
こちらが気にしないように、なんでもないことのように。
そんな、優しいたまの発散になれるなら、それはそれで、いいことなのかもしれない。
でも。

「なあ、たま…」

こんなことなら、ごくたまになら付き合ってもいいけど。

「こんな変態的行為に走る前に、つらいなら言えよ?」

返事はない。

「いや、変態って言葉悪いよな、お前のストレス発散だもんな。」

変態呼ばわりされて怒ったのか、たまの返事はやはりなかった。

「たまさーん。たまさーん?おれが悪かったから、返事しろって」

返ってくるのは、倉庫の壁に反響する自分の声だけ。

「うん、実はちょっと気が付いてたけど」

状況把握。

「くそたま!あいつおれ放置してどっか行きやがっただろ!おい!たま!出てこい!くそ!あほ!変態!変態!急所狙い系男子!あほ!」

大きな声を出すと、やっぱり倉庫によく響いた。
しかし、何の反応もない。
さっきから結構大きな声を出しているのに何もないとは、外にも誰もいないのだろうか。

「おーい。たまさーん」

返事はない。
そういえば、ここは港でも奥まったところにあって、朝は早いが、夜も早くて、静かに夕日が見える景色もきれいな知る人ぞ知る夜景スポットだとか聞いたこともある。
現在、夜…何時かは知らないが、夜なのは確かだろう。
遠出しようと、この港に着いたのが夕方だ。
数時間は経っているような気がする。

「たまー」

返事はない。
体をよじるが、手錠をされているので、上手く動けるわけもなく。転がったところで、目隠しされているのでどっちを向いているのかもわからなかった。
それから少し肌寒い。
こんなところで急に放置されるなんて。

(やっぱおれ、たまを怒らせたんだろうか)

覚えはない。
が、たまには、わりと気安く無茶な願いを持ち掛けた自覚も、ちょっとだけあった。
その可能性に気が付いて、ジャラヒは体の力を抜いた。
思いつくと限りがない。
ゆっくり、ひとつひとつ思い出す。
夜中に急に遠征の助っ人を頼んだこと。
メイドのドロシーに頼まれたお使いを、関係ないたまにお願いしたこと。
大事な戦争で間違えて味方を撃ってしまい、ロウハルト将軍に怒られそうになったときは、たまのせいにして代わりに怒られてもらった。

それから…

(そういえば、マルビタン印のプリン、たまが買ってきたやつ、間違えて、たま用の限定チョコ味食っちまったな…)

気にしないと言っていたが、今思うと、自分がされたら許せないレベルだ。
だって、あそこのチョコ味は、一日限定15個しか販売されていないのだ。
いつも売り切れなのをようやく購入でき、食べようと思ったら友人に食べられるなんて、許せないレベルではない。

「たま…すまん。おれ、そんときの、ちゃんと謝れてなかったよな…」

返事はない。

「やっぱお前、怒ってたんだな…。おれはいつも、お前に頼ってばかりだったし。その上チョコ味取られたら怒るよな。ってかでもその場で怒れよ!」

返事はない。

「いや、その場で怒れないほど怒ってたのか…。っていうかおれ、もしかしてそれでたまに嫌われたのか…」

嫌われても仕方のないことをした。
それはわかるが、そう自覚すると、がつんと、殴られたようなショックを覚えた。
こんな倉庫に放置されるぐらい嫌われていた。
ジャラヒだって、昔はギャングとして名を成したこともある男だ。こんな修羅場、何度だってくぐったことはある。倉庫に一晩放置されるくらい、どうってことない。
だけど何故か、今、ジャラヒは大きな絶望を抱えていた。
もう、どうしようもなくなるくらいの悲しさ。
嫌われている。
もしかしたら、あの嬉しそうな微笑みも、嘘だったのかもしれない。
それだけのことはしたと自覚しても、それを仕方ないと受け入れられるだけの、ジャラヒに強さがあるかと問われると、頷くことは難しかった。
難しいけれど。

(もし、嫌われてたとしても)

たまは、ちょっと変なところはあっても、優しくて、大きなところは、本物だった。
助けられたことも事実だ。
いつも朗らかで、嫌っていることを気づかせないくらい、人に気を使わせないように、周りの雰囲気を気遣っているのだ。

「おれ、たまのそーいうとこ、好きなんだけどな…」
「ジャラヒさん今なんて!?」
「おれは、結構たまのこと嫌いじゃないぜ……って、おい!おい!」

突然肩を掴まれて、ジャラヒはくらりと目をまわしそうになり。
突然かかったその声を正しく理解して、悲鳴をあげた。

「くっそたま!そこにいるんじゃねーか!あほがー!」
「ち、違うんですよジャラヒさん!手錠の鍵を落としたことに気が付いて、ちょっと探しに出てたんです!」
「言い訳はいい。どこにいるたま。見えねえけどこっちだな?声はこっちだな?動くなよ?今、おれの必殺の魔術で黒こげにしてやるからな」
「おおお、落ち着きましょうジャラヒさん!私のこと好きって言ってましたよね!?」
「まったく、たま…いいやつだったぜ。亡くした今となっては、本当に惜しい…」
「勝手に殺さないでください!ちゃんと手錠外しますから~!あ、手錠外しますけど、魔術撃ったらだめですよ!?」


知るもんか、一撃でやる!
と心に決め、イライラと待っていると、かちゃかちゃという音とともに、まず手が解放された。

「っと、危ない」

さすがはたまだ。すぐに手刀を繰り出したのだが、あっけなく避けられた。
だが、安心するのはまだ早い。

(ったく。絶対にくらわせてやる…!)

ジャラヒが決意を新たにするのと同時に、目元が楽になる。
倉庫の灯りがついているのか、緩い光ではあるが、先ほどまでずっと暗闇の中にいたジャラヒには、その光が目に痛い。
だが、回復にそれほど時間はかからなかった。

(1,2,3でやってやる)

少しずつ、目が楽になる。
目が開いたら、すぐに攻撃してやろう。
そう思って息をつき、カウントを始める。

















「覚悟しろ…!!」

「ジャラヒさん!!誕生日おめでとうございます!!」

決意を胸にジャラヒが目を開けると。
目の前にあったのは、生クリームいっぱいのホールのショートケーキだった。

「あ?」

白い生クリーム。
イチゴ。
それから

『ジャラヒさんお誕生日おめでとう!!』

チョコレートの板に書かれた、大きな文字。

「あ?」

それをじっくり見て、それから、それを持ったたまを見る。
たまの顔は、いつも通り整っている。
その綺麗な顔を彩るのは、赤いフードに隠れた銀の髪。
いつもは綺麗に覗いているのに、なぜか土にまみれていて、思わずジャラヒが眉をひそめると、鍵探すのに転んじゃいまして、とたまは笑った。
ようするに。

「…おれの誕生日、よく知ってたな」
「先週だったんですよね!ドロシーさんに聞いてびっくりしました。当日に祝えなくてすみません」
「いや、別にいいっていうか、えっと…」

ようするに、たまはサプライズで祝いたかったのだろう。
そのために、目隠しをして、手錠をしたのか、と納得する。
目隠しして、手錠で動けなくして、その隙にケーキを買って、驚かせようとしたのかと。

(…あほだ…)

もうちょっと、どうにか穏便に、普通に、祝えなかったのだろうかと、思う。

(ったくーーー!)

手錠で目隠しで放置とか、ひどい。あまりにもひどい。
ひどいけれども。

「……っ」

どうだ!とでも言うようなたまの顔は、本当に憎たらしかったのだけど。

そのケーキと、ろうそくと、それからもう一度、嬉しそうなたまの顔と。
順番に見ているうちに、何故だか、胸がいっぱいになって、ジャラヒはなんとか言葉を振り絞った。

「…ありがとな」









結局のところ。
やっぱりたまはいいやつである、というのはジャラヒだって認めざるを得ない。
やっていることはギリギリ笑えないレベルではあるが、目隠しだって手錠だって、それもこれもジャラヒを祝うためのものであることはわかる。

「…あれ?手錠は別にいらなくね?」
「何言ってるんですかジャラヒさん!!!ジャラヒさんに手錠!!思うように動けなくて身悶えしているジャラヒさんに私が身悶え!!必要です!!これは必要ですよ!!!」
「わからん。わからんぞ」

たまなりの強いこだわりがどうやらあるらしいが、さっぱり通じない。
追及するのも怖いので、さらっとジャラヒは話を変えた。

「っていうか、城にいたのって、もしかして、おれ待ちだったのか?悪いな…」
「いえ!あれは日課のルシルム陛下観察ですよ?陛下天使!天使陛下!なでなでしたい!なでなでしてあんなものやこんなもので可愛がって、それからですね…」
「待て待て待て待て!やめろ!そーいうの普通の人は受け止めきれないからやめよう!!おまえの冗談キツすぎんだよほんと!!」
「えー?ジャラヒさんは喜んでくれましたよ?」
「だからっておれ以外にやるのは違うだろ!間違ってるだろ!?……あれ?」

いつもの通りツッコんで。
それからジャラヒは、にこっと笑ったたまの顔を見て、ゆっくりと、自分の失言に気が付いたのだが…

「いいんですね?ジャラヒさんにならいいんですね!ジャラヒさん!!」
「待て!そーいう意味じゃない!違う!」
「どういう意味ですか?ジャラヒさん!喜んでたじゃないですかジャラヒさん!」
「そりゃ嬉しかったけどそーいうのじゃなくてな?ああいうのはおれだけにしとけよ?って、いや、そーいう意味じゃなくて、普通に危険が危ないし。な?」
「ジャラヒさんって熱烈ですねえ」
「違うわ!」

やっぱりいつも通りあやふやに丸め込まれて、まあいいや、とジャラヒは肩を竦めるのだった。





おわり。

tag : ジャラヒ

2014-08-21 : SS : コメント : 0 :
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12期エピローグ

夜になっても、ジェインもヒューイも帰ってこなかった。

「…遅いね」

ぽつりとリオが呟く。
独り言のように。
実際、家にはリオとソウヤしかいなかった。
もしかしたらソウヤに話しかけたのかもしれないけど――ソウヤは、独り言だと思うことにした。
そう思わないと、どこか罪悪感のような、重い気持ちが口を湧いて出るのを止められそうになかったからだ。

(だって、たぶん、あいつらは帰ってこない)
知ってたわけではない。
と胸の中で言い訳する。
気が付いたのは先ほどだ。
999年。その年の瀬。
巡りがそろそろ終わる。
門が活発化を始め、新しい3年を繰り返す準備に入る。
ジェインは。
それから、ヒューイは。

(たぶん、元の世界に帰る)

ソウヤが知っているのは、ジャラヒの母と父が、ブリアティルトからジャラヒの世界に落ち、そこで暮らしたということ。
ジャラヒが生まれてしばらくして、ジェインが死ぬということ。

(それを知ってて)

知ってて、ソウヤは気を付けなかった。警告もしなかった。
こんな時期に敢えて二人にしたのは、見捨てたと言っても過言ではないかもしれない。
そんな罪悪感と、それでもその出来事がない限り、ジャラヒが産まれないのだという言い訳とを感じながら、リオの斜め前に座ったソウヤは、頬杖をつきながら、曖昧に頷いた。

「まあ、二人ともいい大人だしね」
「でも、そろそろ一巡りするもの。ワタシ、二人には幸せになってもらいたい」
「……ん?」

返ってきたリオの言葉に、違和感を覚える。

「ジェインには、巡りに捕らわれてほしくないの。幸せになって、欲しい」

幸せになってほしいと、何度も繰り返して。

「きっと、巡りから外れたらいいのかなって」

なんて、自分がまるで変なことなんて何も言ってないみたいに、普通にソウヤに尋ねるもんだから。

きょとんとして、ソウヤはごくりと唾をのんだ。

「巡りって、リオ…」
「どうしたの?ソウヤくん」

巡り。
その概念は、傭兵の半数が知っている概念。
ブリアティルトが3年をくるくると繰り返していることを、知っているものは多い。
だけど、巡りの外からここに紛れ込んだはずのリオや、ジェインや、ヒューイは、それを知るはずはなかった。
知るはずがないと、ソウヤは思っていた。

「ソウヤくんも、ぐるぐる回っているんでしょ?大変だよね…」

うんうんと頷いて。

「ジェインがね、家を出て、アティルトに来たら、せんそーに参加したら、巡りに巻き込まれちゃうからね、ワタシもついてきたの」

そんなことを、別に問題なんてないみたいに言って。

「ねーソウヤくん。巡りから外れるのと、ぐるぐる回り続けるのと、ジェインにはどっちがいいのかなー」

テーブルの上で、手を遊ばせながら、八の字眉で悩んでいる。
それは普段のリオの態度と全く変わらなくて。
ソウヤは、自分の方がおかしいみたいだと思った。

「だって、戦争にずっと巻き込まれちゃうんだよ?巡りの存在に気づかない限り、ずっとヒューイのことも忘れちゃうし、せっかくジェラるん生まれたのに、それもなかったことになっちゃうし、ずっとずっとずっと終わらない戦争するのも可哀想だよねえ!」

リオは友人の身を本気で案じているのだ。
それはわかる。だけど、その案じ方が余りにもソウヤの考えを超えていて――

「…可哀想だったら、どうするの?」
「もちろん!ばーんっと、超えちゃうよ!」
「…?巡りを??」
「やだなー。そんなことワタシに出来るわけないよお。んーちょっとね、こう、門を開いて、脱出してもらうの」
「門…?」
「うん、聖域は怖いし、危ないから…聖域じゃないとこでちょっとだけ…うん。ジェインたちくらいなら通れるよ」

にこりと笑って。

リオは、それをした。

そして、よしっとリオは呟いて、ぽんと手を叩く。
この時期、干渉しやすくなっている黄金の門を、ちょっと開いて閉じた。
今のほんの一瞬の間に彼女がやったことがソウヤにもわかった。
そして、それが彼女の力なのだと。

(これだ)

いや、これ、なのだろうか。
ソウヤの求めている力に、似ていた。
おそらくこれが、彼女が幼いころから狙われていた理由。キャスケル家が見つけ出し、切り札にしていた≪ディーラ≫と呼ばれる力。
黄金の門に干渉することができる幾つかの力のうちの一つ、と伝承には記されている、とヒューイが言っていたものか、とソウヤは幾つかの情報を頭の中で纏めて、ぐっと拳を握った。
たった今、ジェインとヒューイとドロシーに赤ん坊が、門を通って消えたのだと、わかってなお、彼らの心配より何より、ソウヤは、今突きつけられた事実に、そっと、壊れないように触れていく。

「…リオのその力は、他の世界から、この世界に、人を呼ぶことも、出来る?」

どくどくと、心臓が鳴った。
ずっと、願っていたことだ。
ソウヤは、リオにそれを頼むため、赤雫☆激団に近づいた。
ジャラヒの妄想から生まれた不思議な女の子。
彼女は不思議な力を持っていて、『人の願いをかなえることができる』。
あの時、リオに頼んだときは、それが為される前に彼女は消えてしまって。もう、リオの力を頼らずに、自分でする他はないと思っていたのだけど。
まさか、オリジナルのリオにもそんなものがあるとは知らなかった。
このリオは『願い事をかなえる』ではなくて、門に干渉する力を持っている、らしいけれど、ソウヤにとっては似たようなものだ。

対するリオの答えは、あのときのリオと同じもので。

「んー、ワタシと繋がりがないと無理なの」
「つながり?」
「昔逢って仲良くしてたとか、そういうの。知ってる子じゃないと門をくぐらせられないんだあ」

ごめんね、と謝るリオは、本当に申し訳なさそうに頭を下げている。
以前、ソウヤはそれを聞いて引き下がって、リオはそれでも、ほかの手段探してみる!と張り切ってくれていたのだった。
だけど、今度のソウヤには、引き下がる気はない。

「俺を媒介にする、とかじゃ無理なのか?リオの力だけ借りて、あとは俺がどうにかするとか、そういうのは…」
「ソウヤくん」

ソウヤの言葉を、リオは途中で遮った。
遮って、じっと、その顔を見る。

「…無理かな?」
「ソウヤくん」
「出来るだろ?」

じっと見つめて、名前を呼ぶリオの顔を、ソウヤの方がまともに見るのも難しい。
彼女の目は、まっすぐでつらい。

「…他に方法、ないからさ」

ここでリオに断られると、先はない。
もう長くブリアティルトにいるが、もうそろそろ限界だった。
3年の巡りを、もう何回繰り返したのか。
心も体も、もう全てを投げ出したがっていた。
単純に、異界を超える方法は、他にもある。
ロイに頼めばいい。実際、前にリオに頼んだときは、ロイならなんとかしてくれると、リオも言っていたのだけど。
それでは駄目なのだ。
彼の力では、連れてくることは出来ない。

「頼むよリオ」

黄金の門を使って、アイツはここに来なければならない。
アイツは、ソウヤが黄金の国にいることを知っている。知っていて、逢いたいと思っている。逢いたいと思っているから、全てが駄目になっているのだ。
逢う手段はひとつ。きちんと、童話通りに、黄金の門を通って来ないと、アイツはここに来ることができない。

だから。

「ソウヤくんは、すごいね」

拝むように頼むソウヤに、ぽつりとリオは言った。

「うん。なんか…うん」
「?」
「ワタシね、ずっと怖かったの。夢を見て……」

怖い怖い夢の話。
ひとりぼっちになる夢の話だとリオは言った。

「自由になりたくて。でも、自由はひとりぼっちだから、怖いの。王子様が助けに来てくれるんだけど、ワタシを助けようとして、消えちゃうの。最後には、自由も消えちゃって、またどこにも行けないの」

ただの独り言を諳んじて、リオは返事なんて求めてないように、首を振った。

「ワタシね、巡りを回ってる人とか、門の外から来た人とか、わかるよ。だから、ソウヤくんが言ってることも、わかる」

わかるよ、ともう一度言って、それから少し、怒ったように頬を膨らませた。
目の端に滲む赤を見て、ちょっと悪いことをしたと思う。
それを見て、
(ジェインのことは黙っていよう)
と、ソウヤは思った。
優しい彼女の、優しさゆえの行動の結末がどうなったかなんて、言わない方がいい。さすがの彼女も、未来はわからないだろうから。
ただでさえ、気分の悪くなることを頼むのだ。
できればなんて、ソウヤが思うのも憚られるが、それでも思う。

(罪悪感なんて、彼女が抱きませんように)

「ちょっと力借りるだけだよ。俺がちょちょっとアイツ連れてくるから、リオは俺に力貸してくれるだけでいいから……」

何でもないことのように言ってやる。
だけどリオは騙されてくれなかった。

「うん。ワタシは、ソウヤくんを誇りに思うよ」

ぎゅっと、目を閉じて。
腕を伸ばして、ソウヤの額に手を触れながら。
リオは歌うようにつぶやく。

「願わくば、ワタシも、ソウヤくんみたいな選択ができますように」

優しい声を聴きながら、緋月ソウヤは肩の荷を下ろした。












巡りはひとつまた超えて。
ブリアティルトに13回目のその時が来る。










(大丈夫だ)

(大丈夫)

(お前ならきっと大丈夫だから)

(ちゃんと拾いに来い)

(大丈夫だって)

(ちゃんと大丈夫なようにしてあるから)

(ほら)









だって、もう何もかもめんどくさいし、楽しいことなんてないし、息をするのもしんどいってたまに思う。
しんどいというか、怖い。

(うるさいなあ)

耳鳴りがやまない。
しんどい。
こわい。
うるさい。
学校に行くのはめんどくさい。というか怖い。
朝起きるのもめんどくさい。というか怖い。
だけど起きないともっと面倒くさいから起きるし、学校にも行くのだ。
今日も行かないといけない。さぼるなんて怖いし、怖いから。

(うるさいなあ)

口に出せない文句が、ずっと頭をぐるぐるしている。
ぐるぐるぐるぐるしていて、頭が痛い。


「……!?」
「………」
「……ですか!?」


(…うう)

いくら脳内でぐるぐるしていても、うるささは消えなかった。
それどころか、肩までゆすってきて物理的なところまで干渉してきた。
仕方ないので目を覚ますことにする。

目を覚ますと、柔らかいものが頬を包んでいて。

「ソウヤさんーー!!!しなないでください~!!!!」
「ぐぐぐ、ぐるじい…」

頬を包んでいるどころか、ホールドされすぎて圧迫死しそうになって、サツヤはテーブルを叩いた。

(テーブル…)

「…えっと……あ、あれ??」

ようやく解放されてみると、何故かそこは自分の部屋でもなければ、教室でもなく、誰かの知らない家、としか形容しようのない、こざっぱりとした、それでいて可愛らしい部屋だ。
四角いテーブルの上にはオレンジ色のテーブルクロスと、花瓶に赤い花。壁には絵が幾つか飾ってあって。
つまりは、まあ、知らない部屋だということしかわからない。

「ソウヤさん?大丈夫ですか?」

加えていうと、先ほどホールドしてきた女性。
三つ編みに黒くて長いロングスカート、いわゆるメイド服…だろうか。
直視できない。
胸のあたりとかちょっとサツヤには暴力的だ。

「あの、えっと、その、えっと、ぼ、僕、なんで…???」

しどろもどろに尋ねると、女性はきょとんとした顔でサツヤの額に手を伸ばしてきた。

「んー、ちょっと熱がある…かしら。ソウヤくん、机で伏せて寝てたんですよ。風邪ひきますよって、起こそうと思ったんですけど」
「え、え??あの、えっと」

どうやら、誰かと勘違いしているらしい。
あわてて、サツヤは首をぶんぶん振った。

「ぼ、僕、緋月サツヤって言います!!あの!!そ、ソウヤさんじゃないっていうか…あのソウヤって僕の兄の名前なんですけど、あの」

自分で言って、自分ではっとする。
ソウヤ。先ほどから女性が言う名前には聞き覚えがあった。

「あの、兄さん!兄さんを、知ってるんですか!?」


2014-08-17 : SS : コメント : 0 :
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12期その7

ジェインが子どもを産んだ。
体重2900g 元気でよく笑う男の子。
名前はジェラルド。
ジェインが子どもを産んでいる間、家の中でヒューイがあれでもないこれでもないと考えた名前だ。
子どもを抱いて帰ってきたジェインに、ヒューイは何でもないことのように、顔色も変えずに淡々とその名前を提案したけれど、一睡もせずに決めた名前だということは、一緒に留守番していたリオとソウヤは知っている。
結局のところ、ジェインが不安に思っていたことは、全て杞憂だったのだろう、とソウヤは思う。
だって、彼女の言うような、元の世界に帰りたがっている、父親の自覚も何もない男が、あんなに必死でうろうろと家中を回りながら名前を考えるだろうか。

「ねえ、ドロシー。もうよだれでベトベトよ。新しいよだれ掛けあるかしら」
「はい!黄色いのまだあるます」
「あ、これ可愛いわよね。買ってくれたの?ありがとう」

などと、彼女たちが手にしているよだれ掛けも、ヒューイが作ったものだとは、ジェインは知らない。ソウヤもついこの間知ったのだが、この男はジェインが悩んでいる間、ジェインと話もせず、ただただ部屋でよだれ掛けやらおもちゃやらを作っていたらしい。
作ったヒューイ本人はというと、彼女らの話に顔色も変えず、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。背景に溶け込んでしまって、いるのかどうかわからない地味さが、彼の彼たる所以だが、もう少し自己主張してもいいのではないだろうか。
どうやら、ヒューイは悪気はないのだろうが、必要性を感じない限り前に出ない癖があるらしい。目立たずに、顔に出さずに、裏から手を回し、物事を進める術は、貴族のサポートをするのに最適だろう。ヒューイを拾ったというキャスケル老が、彼を重宝している理由もわかる。だが、その適性は、結婚生活を始めるにあたっては、適しているとは言い難かった。
ジェインもヒューイも、同じ空間にいても、目を合わせようともしない。
以前は、ケンカになれど、よく顔を合わせていたものだったが。


「ねえ、大家さん、天気もいいし、お散歩がてらピクニックに行こうと思うんだけど、大家さんもどうかしら」

と、ジェラルドを世話しながらのジェインの声が、自分にかけられているものだと気が付かなくて、ソウヤは一瞬戸惑った。

「え?えーっと、あー…」

ジェインもジェインだ。こういうときにヒューイに声を掛ければいいのに。
ヒューイはこちらをちらりとも見ないが、聞いているのだろう。彼の持っている新聞が、かさりと音をたてた。

「おれ、ちょっとすることあるんだ。ごめんね」
「そう、残念ね。リオは行くでしょ?」

振り向かれたリオは、きょとんと目をぱちくりさせたあと、あたりを見回して――ソウヤを見て、それからヒューイを見て――、ぽんと手を打った。

「ごめんねジェイン!ワタシも予定あるんだ!ちょっとね、えーっと、ソウヤくんのお手伝いするの!」

わざとらしいが、リオが空気を読んだことに驚く。
驚きすぎて、相槌を打つのが遅れてしまった。

「そ、そうそう。リオに頼んでたことがあってさ、な、リオ」
「うん!そ、そうなの!」
「へー…」

二人の会話を聞いたジェインは、残念そうな顔をした後、何やら納得したように「いつのまにそんな関係だったの…」などと呟いていたが、ソウヤとしてはお前が言うなと心から言いたい。

「二人が駄目なら仕方ないわね。ドロシーと二人でだったら、ピクニックよりお散歩って感じだし…」

せっかくいい天気なのになあ、とボヤくジェイン。
退院して少したったとはいえ、先日まで身重だったというのに元気なものだ。

「ちょっと疑問なんだけど…」

と、持っていた新聞をたたんで。
立ち上がったのは、先程から彼女の話題に全く上がってない男だ。

「なんで僕を除外してるんだ?」
「あら、いたの?気付かなかったわ」
「いたよ」

肩をすくめて、ヒューイはゆりかごで寝ているジェラルドを見た後、抱き上げようとして手を止めた。それから頬を掻いて、背後にいるドロシーに指示をする。
返事をしたドロシーは、そっとジェラルドを上手に抱いて、持ち上げた。ジェラルドはぐずる様子もなく、ドロシーの腕の中だ。
それを確認したヒューイは、まとめている手荷物を取って、それからぽかんとしているジェインに向き直った。

「荷物、これでいいか?」
「え?あ、うん。あ、ジェラルド、それは私が…」
「まだ君も身体が辛いだろ。あれに持たせればいい。乳母車代わりだ」
「…あれじゃないわよ、ドロシーよ。…ドロシー、お願いね」

すっかり定着した子守り人形の名前を繰り返して、ジェインが頬をふくらませるが、取り合わずにヒューイは部屋を出て行った。

「まったくもう…」

そのやりとりは、仲がいい、とは言えないのかもしれない。
ふたりとも、やっぱり意思は通じ合っていない。
だけど、一人でベッドの中にいたときのジェインより、よっぽどマシな顔をしている。
と、ソウヤが息をつくと、リオもそう思ったようで。

「?どうしたのよ」
「ふふ、なんでもないわ」

くすくすと笑う彼女ををジェインが訝しがると、ぶんぶんと首を振って、なんでもないと言いながら、やっぱりリオは嬉しそうだ。

「楽しんできてね!ジェイン」
「ただの散歩よ?リオにも今度付き合ってもらうんだから」
「ふふふ、おみやげ話、待ってるから」
「話すような事ないわよ」

からかうように言うリオに頬を膨らませて、支度を急いでいるジェイン。
そんな様子を見ながら、リオはしみじみと頷いている。

「ワタシね、ジェインのお話大好きなの。竜と友達になる話とか、魔神と一緒に戦うお話。お姫様の話でしょ。それから、金髪の王子様の話。ふふふ、これからもっと、ジェインからロマンスなお話が聞けるんだわ。楽しみ!」
「な、なによそれ…」
「ふふふ、いってらっしゃい!」

手を振るリオに、後ろ髪を引かれるように、ジェインは立ち止まって何かを言おうとしたが、首を振って、行ってくるわと片手を上げて、先に出たヒューイとドロシーの後を追った。




*****



「ま、待ってよ」

先を行くヒューイに声を上げると、振り向いたヒューイは足を止めた。
それから、何の文句を言うでもなく、歩幅をゆっくりとジェインに合わせるので、ジェインは何だか拍子抜けした気持ちで、彼の斜め後ろを歩く。

「っっあーぅっ」

突然上がった響く笑い声は、ジェインの愛する息子の声。
産まれたばかりの息子、ジェラルドは、よく笑う子だった。
よく笑い、あまり泣かない。すこし心配ではあるが、楽しそうなら、まあいいかともジェインは思っていた。
ジェラルド。その名をつけたのは、彼の父であるところのヒューイである。
ジェインがアティルト病院で子を産み、退院して家に帰ると、お帰りとおめでとうの言葉をリオがかける横で、ヒューイは一言、ジェラルドはどうだ?と言ったのだった。
どうだ?とは何かとジェインが問いただす前に、子どもの名前?ぴったり!とリオが相槌を打ち、どうかと尋ねられたため、ジェインも頷いたのだけど。

と、斜め前の男を見る。
ヒューイ・ワートン。
異世界から来た男。
ジェインの祖父に助けられて以来、祖父の秘書をしている、無口で地味な男だ。
家出するときに、祖父からボディガード代わりにと付けられたこの男は、目立たなくて地味で、あまり口も出さないので、都合がいいと思ったのだけど。一緒にいるにつれ、彼のいたる点が目につくようになった。
人当たりは良く、余計なことを話さないが、何を考えているかしれたものじゃないし、優しさは人付き合いの面倒臭ささの裏返しだし、気を使っている風でマイペース。利益のあることじゃないと動こうともしない。何が好きで何が嫌いかですらも表に出さないし、地味どころか生きてるのか死んでるのかもわからないし、大体やっぱり性格はとっても悪いと思う。
だけど。
なんやかんやで、そんな合わない性格の悪い男の子どもを産んでしまった。
何故と聞かれても困る。
リオの言うような、「ロマンス」なんてあるのかどうかもわからない。
愛を囁かれたこともないし、好かれているとも思えない。
大体、これからどうするかなんてわからないし、どうしたいかなんて、考えることもできなかった。
ただ

(名前が、ついたから、いいわ)

未だに子守人形の名をドロシーと呼ばない彼が、息子にジェラルドとつけたのだ。
それはちょっと、やっぱり驚きだ。
何も言わないし、明確な態度を表さない男だけど、子守り人形なんて連れて帰ってきたし、子どもに名前を付けたし、今だって、ジェインとジェラルドの荷物を抱えている。
ここまでされたら、ジェインだって、ひとつ納得せざるを得ない。
彼は、ジェラルドを歓迎している。
それがわかったから、もういい。

(いつまでいるのか分からない人だけど)

積極的にではないけれど、穏やかな気持ちで、ジェインはまあいいかと思った。

「?どうした。変な顔して」

と、突然止まったヒューイにつんのめりそうになって、ジェインは慌てて立ち止まった。

「変な顔ってもう…ん、…ここは??」

市場の脇を抜けて、川を越えて。
しばらく歩いてやってきたのは、見晴らしのいい丘だった。
大きな樹と、それを囲むように咲いている小さな花。
日差しは柔らかく、空気もどこか澄んでいて気持ちがいい。風がふわりとジェインの髪を撫で、慌ててジェインは髪を押さえた。

「今日は大きな戦の凱旋をやってるから、人がいないみたいだな」

いつもはちらほらいるんだけど、と言いながら、ヒューイは木陰にジェインを連れて、シートを引いて、座るように促した。

「都合が良かった。あまり人が多いのは好きじゃない」
「マスター!おべんと!持ってますおべんとにぎり!」
「…ああ、いただくよ」

ジェインの隣に腰を下ろすヒューイを確認して、ドロシーが騒ぐ。
ジェインはドロシーからジェラルドを受け取って、その重さをぎゅっと胸に抱きしめた。

「あーっぅ」

ジェインの金髪をぎゅっと握りしめるジェラルド。
引っ張られて痛いのに、ジェラルドがにこにこ笑うものだから、ついつられて笑ってしまう。

「ジェラルド、そろそろ眠いでしょう?ねーんねん、ね」
「…僕もいいか?」

ゆらゆらとジェインを抱きかかえて揺らしていると、伸びてきた手はヒューイのものだ。
予想外だったので戸惑ってしまったが、ジェラルドを落とすわけにはいかないので、戸惑いながらぎゅっと抱きしめて、少し諮詢した後、
「難しいわよ」
「努力する」
という安心できそうにないやりとりをこえて、ジェインはそっと、赤ん坊をヒューイに渡した。

「うーあぅ…」
「あー、泣いちゃう?」
「…泣かないよ。たぶん」

顔をしかめるジェラルドに慌てつつ、ヒューイは憮然と眉を曲げつつも、その両腕を揺らして、彼なりにあやそうと苦戦しているようだった。

「これは、…ドロシーからあとで特訓受けないとだわね…」
「うん、…努力する」

あまりにも様になっていない抱き方にふと呟くと、返ってきた真顔のその返事は、あまりにも躊躇がなくて、ジェインはなんだか不思議な感覚を覚えた。

(…バカみたい)

こんな太陽の日差しをゆっくりと浴びて、まるで家族みたいで。
特訓だなんて、まるで未来があるみたいで。
ずっと、続くみたいに言って。

「…やっぱり、特訓なんて、しなくていいわよ」
「なんで?」

なんでと問われても。
途方に暮れたいのはジェインの方だ。
せっかく割り切れたというのに、ここにいるつもりもないくせに、まるで傷つけたみたいなその言葉は、今のジェインにとっては残酷すぎる。

「意味ないじゃない」
「失礼だな。僕は、そんなに不器用じゃないぞ」
「ええ、知ってるわよ。貴方が器用なことくらい」

器用すぎると思う。
子どもができて慌てるばかりか、子守り人形なんて拾ってきて用意周到。名前なんてつけるし、子どもとの時間を楽しんでるみたいだし、でもこの男は、ずっとここにいるつもりはないのだ。
いつか離れるつもりなら、最初から―――

(あれ?)

「…まあ、少なくとも、僕は君よりは器用だとは思うけど。君ほど鈍くもないし。」

子どもを抱きかかえてあやしながら、ヒューイはどうしようもなく呆れたような、怒っているような、それでいて全然怖くない顔を一瞬見せた後、ふう、と息をついた。
それから、ジェラルドをドロシーに預けて、ドロシーの差し出すおにぎりを受け取る。
それを一口食べて、普通に美味くてびっくりした、なんてドロシーに言って、もう一つのおにぎりをジェインに差し出して。
ジェインはそれを受け取って、確かに美味しいなんて相槌を打つ。
その姿を見ていると、急に胸がきゅっと音を立てた。

(……あれ?)

胸の内に浮かんだ疑問をじっくり吟味する。
おにぎりは美味しい。
日差しは暖かくて。
ジェラルドはとてもかわいい。
隣にはヒューイがいて、子どもの抱き方を特訓するなんて言って。
まるで幸せな家族みたいなことを言って。
未来を期待させるようなことを言って。

(そんなことないのにって)

残酷だと思った。
帰りたいと思ってるくせにと。
それなら、最初からああいうことをしなければいいのに。
優しいふりなんてしなければいいのに。

(でもそれって、もしかして)

「…私って、鈍いのかしら」
「何をいまさら」

残酷だと傷つくのは、期待しているからだ。
何を期待しているかって、ヒューイと、こんな風に一緒にいること。未来をともに築くこと。
こんな簡単なことに、ジェインは初めて気が付いた。
なぜ、そんな未来を期待してるかというと、それは――

(私はたぶん)

(そう、たぶん、この人が好きなんだわ。私)

子どもまで作っておいて今更――と、自ら思うが、はっきり自覚したのは初めてだった。
産む前も、産んだ後も、頑なに、それを考えないようにしていた。
【結婚】なんて、生まれた時から、貴族の道具のひとつだとしか思ってなくて。それの外で出来てしまった子どもに、ジェインはどうやって生きていこうと、将来を考え、覚悟はしていたけれど。
それ以前の何か、その大切なものを、考えたことがなかった。
傷ついたのも、期待したのも、好きだからだと思えばしっくりくる。

(そっか、これが…)

「ほんと鈍いわね私…」
「僕がどうしてここに来たかも気づいてないくらいだしね」
「?」

きょとんと振り向くと、ヒューイが笑っていた。
優しく、微笑んでこちらを見ている。
思ったよりも距離が近くて、手が当たりそうだ。
それに気が付いて、ジェインは一歩体を引いた。
追うように、ヒューイの大きな手が重なる。
どきりと、心臓が生まれて初めて動いたみたいな、体中に激しくて、それでいてやわらかい衝撃がジェインを包んだ。
なんだか体温が一度上がって、熱いような沸騰しそうな、そわそわした感じ。
改めて意識するとなんだか―――

「ま、待って、ちょっと。ちょっとストップ」
「なに?」
「や、あのね、ジェラルドもそろそろぐずるだろうし」
「ドロシーが寝かしつけてくれてる」
「そ、そう、ドロシーもいるし」
「いるね。問題ない」
「あのね、私、なんかちょっと体調おかしいみた―――」

体温が、もう3度は上がったみたいだ。
唇が熱い。
繋がって、離れて、振れて、繋がって。
くらくらと目が回りそうだ。
力が入らなくて、縋るようにヒューイの腕を握ると、ようやくヒューイは顔を上げて、それからそっと、ジェインの髪を掬った。

「君は鈍いから、これでもわからないよね」
「…わからないわよ」
「僕のモットーは、無言実行なんだけど」
「唐突すぎて、いつもわかんない」

ぐるぐると、ジェインの髪を手の中で弄って遊んでいたヒューイは、まるで意外だとでもいうように、きょとんと首をかしげて。

「唐突、かなあ。そうか…」
「そうよ」
「難しいもんだな」

そんな弱ったような顔を見て、ようやく、ジェインはヒューイを知った。
今まで何を見ていたんだろうか。
なんにも全然見ていなかった。
見ようとしていなかったのもあるけれど。

「…人に興味がなくて、性格が悪くて、人の心が薄い」
「?」
「君が言ったことだよ。秘密主義者で地味だっけ?破壊衝動があるとかなんかめちゃくちゃ言われた」
「い、言ったかしら…」

言ったかもしれない。
思い出すのは、初めてヒューイに逢ったときのこと。
祖父から、家出するならお供が必要だと紹介された男は、口数も少ない地味な男。気が弱いわけでもなさそうなのに、文句ひとつ言わないで、一体何を考えているのか不気味に思っていたものだった。
それから、ある日、自分の事は何一つも言わない彼が珍しく口にしたのは、彼の故郷の食べ物の話。ハムトーストという食べ物を、ジェインは聞いたことが無くて、わがまま言ってせがんだのだけど。その食べ方を聞いてものらりくらりとかわすヒューイに、何だか悲しくなったのを覚えている。
だから、その時に、性格が悪いだのなんだのを言った覚えは確かにあった。

「それから、生きるための導も、守るための理も、僕には何もないと君は言った」

何のために生きて、何を守るのか。
大切なものや、拘り。自分を自分たらしめるもの。
譲れない何か。

「確かに、僕には何もない。ワートンの家を継ぐこともどうでもよかったし、この世界に流されても、正直、何でもよかった。君のお祖父さんに助けてもらって、恩義は感じてるから、まあ、利用されて…それでも別に何でもよかった。ずっとそうだったから、これからもそうで、別に構わなかった」

ヒューイの希薄さは、彼自身が非物質的なものを何も持っていないことに由来している。
野望もなく、望みもなく、希望もなく、それでいて絶望もしない。
それは、彼が生きてきた人生、何不自由なく、与えられるがまま富を享受し、責任を受け入れてきたからだろう。ヒューイの世界がどういうものかは知らないが、それは、末端とはいえ、貴族に生まれたジェインにもなんとなくわかった。そして彼には、ジェインと違って、リオのような共に泣いて、喜んでくれる友人はいない。
かといって、ジェインの父達のような貴族のように権威や家に対する執着もない。
それをヒューイは是として受け入れていた。
受け入れながら、その反面、全てが壊れてもどうでもいいのだと。

『ほんとは、全部ぶち壊したいと思ってるんだわ』

そう指摘したジェインは、きっと正しい。

「うん、正しい。あのときは腹がたったけど――ああ、正直、腹が立つってのも初めてだったな。だけど」
「?」
「腹が立ったり、どう思ってるか気になったり、心配したり、何かできることはないかって考えたり」

よだれ掛けもおもちゃも初めて作ったよ。
と、そこまで言われて、ジェインはようやく、彼が何を言いたいのかを察した。

「…鈍い君も、ここまで言ったら通じた?」
「……い、今までのでわかるわけないじゃない」

彼が言いたいこと。
それは、ジェインが先ほど気が付いたことと同じこと。
慌てるジェインに、ヒューイはくっくと口の中で笑って、それから、今までにない、優しい言葉で口にした。

「きっと、僕の生きる導も、守るための理も、全部君だよジェイン」

これから、生きるための道標。守るための理由。

ヒューイに何もないのが、見ていてジェインには悲しかった。
いつか足を踏み外しそうで、それすらもどうでもいいと思っていそうなヒューイ。
だから、きっといつか彼は消えてしまうだろうと、ジェインは思っていた。
執着がない彼を好きになったら、消えてしまう彼を好きになったら、ジェインはきっと辛い思いをすると、そうどこかで悟っていたのだけど。

(…いいのかしら)

ルールなんて、決まりなんて、理なんて、どうでも良いと希薄だったヒューイを、繋ぎ止める楔になっても、いいのだろうか。
それを認めたヒューイを、とても嬉しく、それと同時に恐ろしさを感じる。

(このまま…)

ヒューイを留めて。

(私は、彼を、幸せにする覚悟を持たなければならないんだわ)

唐突に、ジェインは気がついた。
何にも執着のなかった彼の、楔となる覚悟を。
それから、それでよかったと、彼を幸せにする覚悟を。
生半可な気持ちではなく、受け止めて、自覚しなければならない。

(怖い、けど…)

それは容易くはない。
そんな予感がした。
ヒューイには、まだジェインに見せていないものが、きっとある。
彼と共に行くのは、それと向かい合うことに他ならない。

「だからジェイン、僕と………」



と。

ジェインに真正面から言葉を紡いでいたヒューイの声が、そこで止まった。
言葉を止めて、視線も、ジェインから離し、辺りを見回している。

「ど、どうしたの?」

訊ねるジェインに、人差し指を自らの口に当てて沈黙を示唆。
合わせて口を閉じると、そこに、それまでにない音の世界が――

「え…」

音がない。というのは、先ほどまであった鳥の囀りもなく、風の音も消えて、草葉の擦れ合う音もないということで。
違和感だけが肥大する沈黙の丘で、ジェインはヒューイの顔を見る。
ヒューイは、慌てず騒がず、ただ真剣な顔で頷いて、

「ドロシー、状況は?」
「危機的状況にはありませんことを保証が微妙。空間に微妙たる異物の要素を感知が微々」
「…恐らく危険はないけど、空間に異物の存在を多少感知ってことか?」
「マスターぴんぽん。恐らく、黄金の門が開いたと思われます」
「…そうか」

ヒューイは笑っていた。
先ほどまでの優しい笑顔とは少し違う、楽しそうな顔。
おもちゃを前にした、子どもみたいに。

「ヒューイ?」
「ごめんジェイン。話したいこと、まだあるんだけど、僕、ちょっと見たいものがあって。すぐ帰ってくるよ」

嫌な予感がした。
突然のものではない。ずっと、ジェインにはわかっていた予感。
ヒューイが何処かに消えてしまう、離れてしまう、帰ってしまうという確信はずっとあった。
黄昏の聖域がどんなに危険なのか知っていても、彼は躊躇わずに行っていた。子どもが出来てもそれは変わらず。何度も足を踏み入れていて、そこまでして彼は元の世界に帰りたいのだろうと、ジェインも思っていたのだけど――

「そんなに、帰りたいの?」
「ん?」

心を通わせても、それは変わらないのだろうか。
門が今開いているのが事実なら、今、彼は帰る最大のチャンスなのかもしれない。
でも、ジェインがいて、ジェラルドもいて、リオもいる、この世界では、本当に駄目なのだろうか。
それだけじゃ足りないのだろうか。
選んでもらえないのだろうか。

「ねえ、ヒューイ」

本当に帰りたいのなら、快く送り出してやりたい。
そんなふうには、もうジェインは思えなかった。
怖がってる場合ではない。
ジェインは、彼を縛る楔になりたい。
引き止めるだけの、力が欲しかった。

「そんな顔しないでジェイン。僕は、別に元の世界に帰りたいんじゃないんだ。ただ、あの聖域は…」

強張るジェインを落ち着かせるように、微笑んでヒューイはジェインの手を取った。

「あの聖域は、リオのディーラの力にも関係しているみたいだから、調べてみたい。君も、リオが狙われた理由、きちんと知りたいだろう」

突如出たリオの名前にはっとする。
リオ・ディーラ。
ジェインの親友。
幼い頃に襲われ、逃げ延びた彼女に何が起こったのかは察することができたが、なぜ襲われたのかは、ジェインも詳しくは知らない。
ただ、彼女を引き取った祖父も父も、リオを手放すことだけは絶対になかった。
ジェインが幼いころからずっと、キャスケル家に匿われたリオは、ジェインと同じように育てられていた。
同じように、というのも少し違うかもしれない。
ジェインが何か悪戯をして怒られることがあっても、リオは怒られることはなかったし、それはリオは悪戯なんてしなかったからだと思っていたが、どこか腫れ物に触るような扱いだったことも確かだ。
父も祖父も、リオに優しくて、彼女を不自由なくそれはそれは大事に育てあげた。
彼女がディーラだから。彼女はキャスケル家の切り札だということは、ジェインも知っている。
だけど、ディーラとは何なのか。彼女はなぜ襲われたのか。
そんな大事なことを、ジェインは考えたことがなかった。
ずっとずっと、当然のように思っていた。彼女は大事な存在。鳥かごの中の鳥。キャスケル家の切り札。
だけど、だとしたら、なぜ祖父は、ジェインがリオを連れ出すことを許可したのか、それが疑問だ。

「…ヒューイ、私も…」

知りたいと。
そう口に出そうとしたジェインの言葉は、最後まで口にすることができなかった。

突然。

それはあまりにも突然だった。
想定外で、予想もしていない。
まず感知したのは、ぶつんと、何かが切れた気配。

「マスター。転移です。歪み。門です。来ます。」

それから、ぐるりと視界が回る。
ドロシーが何か冷静に口にしたのだが、何を言っているのか理解することは出来なかった。
ジェインが出来たのは、繋がれたヒューイの手を、しっかりと握ることだけ。
その肩を抱きかかえるようにしてヒューイが支える。
耳鳴りがした。
体がぶれる。
一体何が起きたのかわからなくて、どくどくと鳴る心臓と、支えるヒューイの存在だけが確かで。

「マスター。転移終了。欠員ありません」

ジェインが我に返って、一番に思い出したのは、我が子の存在だった。

「ジェラルド!!」

ドロシーの胸に抱かれる我が子を確認し、胸を撫で下ろす。

一体、何が起こったのか。
そこまで思考するのには、少し時間が必要だった。
でも、本当はわかっていた。
何が起こったかなんて、すぐにわかった。知覚するよりも早く、その事実を悟る。

だってもう、そこは丘ではなかった。
木々も、草も、風もない。
灰色の空と、灰色の建物。カビた匂い。

「……聖域には行かなかったんだがな…」
「ディーラの作用を感知。あり得る事態」
「…まあ、門が開いたら、転移が起こるのは聖域に限らないって例もあったっけ」

ヒューイとドロシーが何を言っているのかもわからない。
わかっているのは…

「ここ…どこ…」

灰色の空の下で、あたりを見回しながら、痛烈にジェインはわかっていた。
ここが、ブリアティルトではないこと。
どこか遠い遠い世界の国だということ。

それから、もう一つ、ヒューイの顔を見て悟る。

「ごめんジェイン」

目を伏せて、頭を下げて。
ヒューイはすまないともう一度謝って、ここが、ヒューイの生まれた世界であることを告げた。
何に対して謝ったのかは明白だ。
この世界に、黄金の門も、聖域もない。
だからもう、ブリアティルトに帰れる術を、彼は知らない。
そう、彼は言わなかったけれど、彼の顔はそう告げていた。
それから、そのことを言う代わりに、ヒューイは真剣な顔で言った。

「…こんな所で急に言うつもりはなかったんだけど…」

ぐっと、握りしめてくる手が痛い。
それだけが、この場所も、彼の決意も、現実なのだとジェインに告げていた。

「僕と、結婚して欲しい。ジェイン」

全然知らない地で。
戸惑いで崩れ落ちそうなジェインを、ヒューイは繋ぎ止めるみたいに言った。
ジェインの答えはもう決まっていたけれど。
答えることなんて出来るはずがなくて、ただ、黙ってぎゅっと、彼の手を握り続けていた。











謎の失踪をしていたワートン財閥御曹司、ヒューイ・ワートンが、ある冬の日に、妻と息子を連れて帰ってきたことは、とある地方を揺るがすニュースになった。
ヒューイ・ワートンは、かつての実行力・決定力に欠けると言われていた姿なんてなかったみたいに、すぐさま、ワートン財閥の不正を摘発、先代総帥を追放し、歴代で一番若い総帥の地位を手にすることになった。それから、瞬く間に街の顔から国の顔になったワートン財閥は、ライバル企業を次々と傘下に収め、表の顔だけでなく、やがて裏社会にも通じ、ワートン財閥という名前には、様々な意味が込められるようになる。
その表裏、四方八方に手を広げるワートン財閥だが、その真意を明らかにしたことはない。
数年前、ワートン総帥の妻、ジェインが若くして亡くなって後、長男であるジェラルド、次男のジャラヒの息子たちが公の場に顔を見せるようになっていたが、最近は一家が顔を見せることは少なくなってきている。
2014-08-17 : SS : コメント : 0 :
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12期その6

ヒューイ・ワートンがブリアティルトに来たのは、ジェインたちに付き添うはめになる数年前のことだった。
たしか、スクール帰りだったはず。
帰ったら、父親の仕事の秘書の真似事をすることになっていて、スクールから職場に向かって帰宅中。面倒くささを心の隅で弄びながら、それでも足を早めていた、いつもの放課後。
いつもと変わらない日だったはずなのに、気がついたらヒューイは見知らぬ森の遺跡の中で。
薄暗い森の中――黄昏の聖域に放り出され、途方にくれて空を見上げていた。
そこを実際に助けてくれたのは、帽子を深く被った、銀髪のガンナーだった。
ヒューイは動転していて満足に礼も言えなかったが、そんなヒューイを気にもせず、慣れてでもいるように、タバコを片手にそのガンナーは、ヒューイを街道まで連れ出し、通りかかった初老の商人に預けて去っていった。
その、通りかかった商人こそが、先代キャスケル男爵。
ジェインの祖父である。

親切にも彼は、街に着いてもヒューイを放り出したりせず、何が気に入ったのか、行くあてもないヒューイを手元に置くようになった。
ヒューイも秘書の真似事には慣れていたので、貴族付き合いのサポートにもすぐに対応することができ、一年後にはキャスケル老の懐刀として貴族の間でこっそりと噂されるような存在になっていた。
最初はヒューイをばかにしたような態度をとっていた男爵の息子、現キャスケル当主も、次第にヒューイの手腕に思うところがあったのか、積極的にヒューイを利用するようになった。
ヒューイも、別に文句があるわけでもなく、このままキャスケル老の元で、静かに仕えていくものだと思っていたのだが。

ある日、キャスケル当主に呼び出され、ヒューイの未来は大きく変わることになった。


「ヒュー坊、ちょっと話があるんだけど」
「ヒュー坊ってなんですかそれ。体調でも悪いんですか当主」
「父上には呼ばせておいて、僕には呼ばせないんだ…もう家族も同然だと思ってたのに…」
「さて、ご用件をどうぞ」

父親のキャスケル老とは違って、普段はどちらかというと頭の固いキャスケル当主だが、場を和ませようとすると空回る癖があった。
その癖のおかげで、最近は妻や娘とも上手く行っていないという噂。その噂が本当かどうか、ヒューイは知らないが。

「娘が…また振られた」
「ああ。例のお見合い騒ぎですか。よく続けますね。娘さんも嫌がってるみたいだし、諦めたらどうですか」
「僕だって、娘は可愛いし手元に置いておきたいよ。
とかやってたら、あのじゃじゃ馬娘ももうすぐ20!あっというまに行き遅れ!イイトコの貴族と結婚させようと思ってたのに、あっというまに行き遅れ!片っ端からお見合い全部ぶち壊すクラッシャー娘に…!」
「あ、僕、そういう話興味ないので、奥様やお父上にグチってください」
「あれにも父上にも既にグチり済みだ」

妻や父親では足りないからと、父親の部下を呼び出してまだグチを言うとは、敏腕当主の名が泣くに違いない。
豪快な先代とは違っているが、消極的ながらも堅実確実に事を進めていく当主には、ヒューイだって一目置いている。
一目置いているが、こういうところは尊敬できないな、と冷ややかに当主を見つめ返した。
が、そんなヒューイの視線にびくともしない当主は、伊達に末席とはいえ貴族の当主を勤めてないということだろう。

「そう、実はな。父上に良い案をいただいてな」
「はあ」
「あのバカ親父もたまにはマシな提案をするのだと、少し見直したのだが…」
「老と当主の仲が良いのか悪いのか、僕にはたまに掴めなくなります」
「まあそう言うな。僕は、今まで君のことは、また親父が拾ってきた変な胡散臭い地味野郎と思っていたのだが」
「僕、帰っていいですか?」
「これからは義理とはいえ親子になるんだ。歩み寄らなくてはな」
「は?」

当主はにこやかにそう言い切った。
当たり前のことを当たり前に言うように。
しかし、その発言を、ヒューイの方は受け付けられなかった。
意味がわからない。
やりとりのどこかにそれがわかる答えはあったのかと、脳内で反芻してみたが、やっぱり意味がわからなかった。

「当主、すみません、どういう…」
「君はもっと察しのいい男だと思っているが…」

にこりと、当主は笑った。
有無を言わせぬ笑み。彼が男爵という末席の貴族であるのに、社交界で渡り合えるのは、この笑みのせいだとわかる貴族たらしめるそのスマイル。
嫌な予感がヒューイの背中を走り、身をよじると、カタリと椅子がなった。
だがいつのまにやら。ヒューイは両手をぐっと握られ、逃げることが出来なくなっていることに気がつく。

「娘と君が結婚すれば丸く収まるんだ」
「は?」

娘、というのは言うまでもない。ジェイン・キャスケル嬢。キャスケル老の溺愛する孫娘にして目の前の当主の一人娘である。
ヒューイは、彼女と直接話をしたことはない。
もちろんその顔は知っている。一度パーティの付き添いで老の後ろで控えていたとき、見かけたことはあった。
金色に輝く綺麗な髪。宝石のような瞳。長い睫。
祖父に見せる綺麗な笑顔。
まるで人形のように整ったその顔は、ヒューイの印象にも強く残っている。

「…うちの娘が気に入らないとでも言うのかね」
「い、いえ、そういう問題ではなく」

キラリと当主の目が光って、ヒューイはあわてて首を振った。
気に入るとか気に入らないとかそういう問題ではない。
むしろ、どんな問題にもならないと思っている当主側の方がおかしい。
そもそも、結婚が嫌で見合い話をぶち壊している娘に、さらなる見合い話を持ち込んで何が変わるというのか。

「娘さんは、結婚がまだ嫌だと言ってるんでしょう。相手が誰でも関係ないんじゃないですか」
「うむ。婚約者が決まったと報告したら、逃げ出す準備を始めたらしい」
「って、見合いすっとばかして婚約者だと報告したんですか…」
「ああ、まどろっこしいのが嫌なのかなと思って」
「そういう問題じゃないでしょう」
「写真も見ずに突っ返してきたよ。家出するとな、父上には言ったらしい。僕には内緒で」

数々のお見合い話を壊してきたジェインに、お見合いどころか、決まった婚約者だなんて報告したら、どうなるかは日を見るより明らかだ。
空気が読めないどころの話ではない。
敢えて彼女の地雷を踏み抜いてどうするというのだ。
もしかしたら、娘が家での算段をしているのは、今回の件があってだけのことではないかもしれない。

「…もう放っておいたらどうです?」

だが、ヒューイがひっかかるのはそれだけではない。
貴族に生まれながら、その責任を放棄しようとしている娘に対してもだ、呆れてしまう。
貴族に生まれたのだから、生まれた時から結婚に自由がないことくらいわかっているはず。
今更逃げるなんて我が儘、ふざけている話だ。
彼女の気持ちもわからないではないとはいえ、ヒューイはどうしても、まあ、言っていることは多少むちゃくちゃではあるが、恩義を感じているキャスケル男爵たちの肩を持つ方が、心情的にも自然ではあった。
勝手な娘だ。同情しなくはないが、それでも彼女に好感を持つことはできない。
放っておいて、野垂れ死にすればいいとまでは思わないが、苦労すればいいのだ。
もっとも、目の前の彼女の父親や祖父としては、どんな無責任な娘だろうと、見捨てることは出来ずに、こうやっていろいろ裏でしているのだろうけれども。

「…そうだな、放っておこう」

ところが、返ってきた当主の答えは、少し予想外のものだった。

てっきり、連れ戻して来いと命令されると思っていたので拍子抜けする。
すると、当主は笑みを崩さずに、続けて告げた。

「君には、ジェインについて行ってもらいたい」
「は?」
「表向きは、あの子の護衛として、父上がつけたということにする」
「いや、表向きはって…」
「もちろん、君の役目は、あの子と好い仲になることだ。おせ!おしまくれ!おしたおせ!」
「えっと」
「孕ませてこい。できれば跡取り。男の子がいい」
「ちょっとま…」
「たのんだぞ」

なんということを言うんだこの父親は。
娘を簡単に売ってしまうこの強引さは、さすがは貴族というところだろうか。
こちらの意思も知ったことではないらしい。
助けてもらった恩もあるので、彼らに基本的には逆らうつもりもないが、だからと言って、さすがにホイホイと全てをのむわけにはいかない。

「まさか、聞けないわけじゃないだろうね」
「いや…でも、僕は貴族でもなんでもないですよ?当主はずっと、娘を貴族に嫁がせたいって…」
「そんなものは諦めた。…というか、もう若手貴族には全部断られたし、さすがに娘を脂ぎった爺さん連中に嫁がせるつもりはない。それに、お前の力は、僕もそれなりに認めているんだよ」

出逢った当初はあんなに、なんだこのガキはという態度でつっかかってきたこの男が「認めている」と発言したことは、感慨深いことではある。
しかし、それにも勝る胡散臭さがそこにはあった。

「よろしく頼む息子よ」

ようするに、傀儡にしたいだけだろう。
恩があり、身寄りもなく、どんな扱いをしても文句も出ない。
どこの馬の骨ともしれないが、黄金の門を通ってきたということは、ブリアティルトに何の後ろ盾も持っていないことだけは確かだ。
それは弱点でもあり、武器でもあった。
そして当主には、弱点を帳消しにして、武器として活用する道が見えているのだろう。
そのことを、ヒューイは理解していた。
百も承知で、それを十分に吟味した後。
ため息を付きながらも、頷いて、是を示した。












とはいえ。

正直なところ、本当はどうでもよかったのだ。
もちろん、あのわがまま娘をどうにかしようとするほど、彼女に興味を持ってはいなかった。
命令故にと考えなくもなかったが、積極的にどうこうしようとは思っていなかった。
どうでもいいし、どっちでもいい。断固拒否する気もないが、積極的にも動かない。考えることを放棄して、まあいいかと深く考えずに同行したのだけど。
共にいる中、わかったこと。どうやら彼女は、本気で逃げようとしているつもりはないらしい。
数年ふらついたあとは、家に帰って、今度は結婚を受け入れるつもりだと彼女は言う。
どうしても、結婚前に家を出てみたかったのだと。
それならヒューイは、その帰った時に彼女の意思を当主につたえ、彼女に結婚の条件に合う適当な貴族を充てがってもらうように進言すればいいだけだ。数年経てば、彼女の悪い噂も消えて、貴族の結婚相手でも簡単に見つかることだろう。
そう思っていたのだが。


(適当に、家出の相手をするだけのつもりだったんだけどな)


気がついたら、市場で布を買って、よだれ掛けまで作ってしまっていた。
この間は、雑貨屋で買った入れ物に砂を詰めて、音の鳴る簡易おもちゃまで作ってしまっている。
店で見つけた可愛らしいクマのぬいぐるみも、つい部屋に招き入れてしまって、シンプルなこの部屋には、完全に不似合いなものになっていた。もう誰もこの部屋に入れたくない。


つまり。

(わからないもんだなあ)

父親になることが発覚してから、ヒューイは日々そわそわしっぱなしだ。
あまり顔に出るタイプではないが、浮き足立っていると自分でも思う。

(当主や老になんと言うべきか…)

間違いなく、でかした!と言うに決まっている。
念願の跡取りが出来るか、娘なのか、それはまだわからないが、二人の思い通りになったのだから、ヒューイも使命を果たしたのだといってもいい。
だが、一方、困っているのはジェインに対してだ。

(ジェインは、怒るだろうな…)

最初から、仕組まれていたと知ったら、きっと彼女は怒るだろう。
厳密に言うと、ヒューイは乗り気ではなく、どうでもいいと思っていたので、積極的に仕組んだわけではないのだが、何にしろ、彼女にとっては気に食わないことだろうと思う。
だから、ヒューイは彼女に何も言えなかった。
もう少し、落ち着いて、子どもが生まれてから…と思う自分は、情けないという自覚もある。
落ち着いて、というのは、臨月が近くなってからというもの、ジェインの様子が少しおかしいからだ。
そわそわして、不安げで。どうしたのかと聞いても、頑なに、大丈夫と言うだけ。
何か言いたいことがあるなら言え、と言いたいところだが、彼女を興奮させたくもない。
妊娠中は気が立つ女性が多いと聞いたこともあるし、そっとしておこう、と思っていたのだが、きちんと話し合うことも大事だと、わかってもいた。

(話し合う、か)

正直なところ、ヒューイが一番苦手なことである。
誤解されやすい性質を、わかってくれる相手ならまだしも、ジェインのような我が強い相手と、向かい合うことも正直苦痛だ。
その性質を、ジェインは最初から見抜いていたように思う。
彼女には、性格が悪いとか、人の心が薄いとか、散々に言われた。
図星すぎて腹が立つくらいだ。
他人に何を言われようとも、普段は気にならないのだが、彼女の言葉は、何故かヒューイの心をささくれ立てた。
何度も喧嘩をし、気に食わないと思いつつ、その喧嘩の延長線上でこういうことになってしまったが、結局のところ、喧嘩になるくらい、彼女が気になった、ということだろう。
と自己分析をし、ヒューイは首を振った。

(…悪いことしたな)

こんなはっきりとした罪悪感を持ったのは、初めてのことだ。
子どもの頃から、他人が何を思おうとどうしようと、関係ないと思っていた。
他人とは、自分が利用できるものと、自分を利用しようとしているものと、その両方と、そんなカテゴリーの中でしかなかった。
拾ってくれた男爵たちには、利用されてもいいかと割り切っていたけれど、それを許容すれど、それだけだ。利用されることを許容するだけ。その中で何を考えていようが関係無かった。
だけど。

と、手にしたよだれ掛けを見る。
なんとなく、布を買って、それから作ったもの。
作りながら考えていたのは、これからのこと。生まれてくる子どものこと。
それから…生まれてくる子どもの、母親の事。
ジェイン。
子どもが出来たことを、最初彼女はヒューイに言おうとしなかった。
身体がだるいと言って、味覚も変わって、何を食べてもすぐに洗面所にむかう彼女に、もしかしてと気がついたのはヒューイの方だ。彼女は何も言わなかったが、身に覚えもある。だとすると自分の子だと、すぐにわかった。
それからだ。
遺跡で古代の遺産の子守り人形を見つけた時も、すぐに彼女を思った。
何かを見て、意図せず誰かを思うなんて初めての事だった。
正直なところ、悪い気もしない。
よだれ掛けなんて作ってしまう日が来るなんて思いもしなかったが、それもまた悪くはなかった。

(…話す…ついでに、他に何が必要か、聞いてみようか)

赤ん坊の必要なものなんて、ヒューイに想像つくものはそこまでだ。
話をしなければ、ならない。それから、少しの謝罪を。
意を決して、というほどの覚悟ではないが、それでも少し、慣れない緊張のようなものを感じながら、ヒューイは席を立った。
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12期その5

意を決して、それでもすぐには聞けなくて、言葉をいくつか探した後、もしかしたらなんだけどと、リオは横たわって腹を擦るジェインに尋ねた。
微笑みながら、なあに、と上げるジェインの表情は、やっぱりいつもと違って見える。
これは、リオの知らない顔だ。
それを見て、リオは疑いが現実のものだと悟った。
最近感じるようになった違和感。
彼女はもう、以前のジェインではないのだ。









「ジェインは進化しちゃったのよ…」
「へえ…」


赤雫☆激団別邸。通称秘密基地。
小さな部屋が三つと、リビングと呼ぶには小さな食事部屋を有するその家で。
車椅子を玄関に置き、食卓に腰掛けたリオは、テーブルに伏せつつ呟いた。
応じるソウヤは、気のない風に、それでも無視することなく相槌を打っている。

「さすがジェインよね。人の進化の道はとても険しいというけれど…」
「進化論で来たかぁ」
「少しさびしいけど、応援しなきゃ。選ばれし人しか進化できないっていうのに、ジェインは選ばれたんだから」
「コウノトリ説よりはマシなのかな」
「進化の最終章での儀式、ジェインが再生するためには、選ばれし人が必要なのよね」
「あ、マシでもなかった」
「ジェインのための選ばれし人って、誰なのかしら…ワタシが選ばれたら、ジェインに悲しい思いなんてさせないわ…」
「これっておれが性教育までしなきゃいけない流れ?」

俯き呟いているリオは、ソウヤのやる気のない相槌を聞いてはいないらしい。
しかし、もう呟き飽きたのか、ようやく顔を上げて、やる気を表明するように、とん、とテーブルに手を打った。

「ジェインが自分から言ってくれなかったことはショックだけど、ちゃんと、応援しないと!ね!」

ね!と訴えられたソウヤは、勢いで頷きそうになったが、はあと息をついて肩をすくめるに留めた。


ジェインが妊娠している。


ヒューイが【子守り人形】なんて拾ってきて半年。
ジェインの腹もすっかり大きくなって、ようやくその事実にリオも気が付いたらしい。
ジェインの腹の中の人物を知っているソウヤとしては、複雑な気持ちでいっぱいだが、事実を知っていてもなお、いつの間にと思わざるを得ない。
ジェインもヒューイも、仲が悪くはないが、夫婦になるほど仲が良いとも思えなかった。
この巡りの間に、仲を深めて行くのだろうかと思ったが、そんな傾向もなく。しかし突然、降って湧いた結果に、複雑な気持ちを禁じ得ない。

(いつの間にというか読めないというか…)

ソウヤは、ジャラヒの家族について、詳しいわけではない。
今、ジェインの腹の中にいるのは、ジャラヒの兄であろうとは思うが、その人物についても、以前の巡りで顔を合わせたことはあるが、話したことなどほとんどなかった。
仲間のダリアの幼馴染で、何を考えているのかわからない冷酷な暗殺者。そんな対外的な印象でしか知らない。同じ触れ込みの冷酷な暗殺者のはずのダリアは、案外抜けている普通の女の子だということは知っているが…あの青年にも、そんな普通の一面はあったのだろうか。
何を考えているかわからないという点では、あの青年の父親であるところのヒューイもそうだ。
が、ソウヤも、最初にそうだと気が付かないくらい、ヒューイの印象は地味で、暗殺者(ジェラルドのことだ)やギャングをやるような青年(ジャラヒのことだ)の父親になるような男には見えなかった。ジェインもそうだ。明るくて、思いやりを持つ普通の女性。息子がそんな日の当たらないことをするなんて、思いもしないだろう。
ジャラヒの口から両親について言及されたこともほとんどなかったので、実際目にするまで想像もしていなかったし、まさか目にするとも思っていなかったのだけど。

「ソウヤくん!聞いてる?ワタシたちが応援しないと、ジェインは進化の儀式を越えられないんだよ!」

この巡りの中で唯一、ソウヤの見知った存在であるところのリオは、何やら明後日の方向に張り切っている。

「……」

見知った、とはいえ、ここにいるリオもソウヤの知っているリオではない。
この目の前のリオは、ソウヤの知っている14歳の少女ではなく、20前の妙齢の女性だ。
あのお気楽ご気楽元気娘とは違って、思慮深いところだって見せてさえいるオリジナルの女性。
20前の女性が何やら妙なことを信じている様子は、不思議といえば不思議だが、でもまあ、あの子のオリジナルだと思うと、らしいと言えばそれらしくもあった。

(こういうの、ジャラヒならどうするのかね)

彼女を、リオのことを一番想っているだろう金髪男を思い浮かべる。
昔の両親や成長した姿の想い人を前にしてしまったら、きっと彼はそれどころではなくなるのだろうけど。
ともかく、彼女を観察対象として見ているソウヤが出来ることと言ったら、ため息をついて、彼女の考えを正す努力を見せるだけだ。

「応援ねえ。あいつらに任せて、手伝いくらいしか出来ないと思うけど。それに、ドロ…子守りの本職も付いてるし」
「あいつら…って、お人形さんとヒューイ?だったらワタシたちもよ。がんばらないと!」
「まあ、手伝いはするけど、本職と当事者が真っ先にがんばるべきっていうか…」

現在、父親と母親、それにベビーシッターまで揃っているのだ。
手伝いはするが、あくまでも手伝い。そういうスタンスをソウヤは保ちたい。
さもないと、ジャラヒやジェラルドの育て親なんてなってしまったら、笑えないどころではない。考えただけで背筋が寒い。
リオの知ったことではないだろうが、将来的に好きな子が育ての親だったなんて要素をジャラヒに与えるのも、これ以上の悲喜劇は勘弁してやりたい。
鳥肌を立てるソウヤの前で、リオは何を言っているのかわからないという風に、きょとんと首を傾げていた。

「当事者??」

(あ、そこからなんだ…)

「えーっと、…そうだな。つまり、子どもが産まれるのは、ある日、愛する男女が、えーっと、なんていうか、おしべとめしべで説明すると…」
「???」
「…なんかもう面倒くさいから直球で言ってもいいかな」
「??」
「あいつら、いつの間にか二人で」
「ああ!そっか!わかった!!儀式のことね!ジェインの為の選ばれし者は、ヒューイだったってこと?」

わかった!と、両手で挙手するリオの得意顔に、一瞬考えた後、ソウヤは手で丸印を描いて答えた。わかってくれたならもう何でもいい。間違ってはいない。

「でも、おかしいなあ。ジェインに聞いたら、それはわからないって言ってたのよ?」
「ん?」
「選ばれし人!誰なのって聞いたの。いないなら立候補しようと思って。だけど、どうだろうって、わからないって言ってた。だから、立候補するよって言ったら、考えとくって…」

選ばれし人とは一体何なのかという疑問はさておき。
おそらく、そのニュアンスからすると父親のことだろう。
リオは、ジェインに父親が誰なのかを聞いた。
その答えは、明確には返ってこなかった。ということだろうか。

(リオの言ってる意味が、ジェインにはわかってない…ってこと、だといいんだけど)

なんとなく。
そんなことはない気がした。
ジェインはリオの幼なじみだ。きっとリオの言いたいことはわかっている。
それでいて、親友であるリオに、そのことを隠したのだ。
リオにすら言いたくないことなのか。
言えないことなのか。
どちらにしろ、何か含みを感じさせた。

(嫌な予感、ってほどじゃないけど)

違和感だ。
ソウヤは、事実、父親がヒューイだと知っている。
最初はそうと気づかなかったが、名前を聞けば確信せざるを得なかった。
『ヒューイ・ワートン』が、ジャラヒ・ワートンの父親でなくて何だと言うのだ。
未来のワートン財閥総帥が、こんなに普通の地味な男だとは思わなかったが、彼がそうには違いない。
そして、母親のジェイン。
見た目もあの兄弟にそっくりな女性。
その名前も、ソウヤには聞き覚えがあった。
ワートン兄弟の兄は、本名であるジェラルドではなく、ジェインという偽名を名乗って、ブリアティルトにやってきたことがある。
その偽名は母親の名前だと、趣味が悪いと、その弟であるジャラヒは苦笑していた。
それらは、赤雫☆激団にこの巡りで出逢った二人――ヒューイとジェインにしっかりとしっかりと繋がっている。

だとしたら。

(なんだかなあ…)

それを隠す理由が、ジェインにはあるのだろうか。
それにヒューイ。
子守り人形なんて連れ帰ったんだから、父親としての自覚があるのだろうと思っていたが、リオが気がついていないくらい、彼は自分が父親だと主張していないのだろうか。

(いや、おれは、ただ見守るだけのつもりなんだけど)

だけど、と胸の内で言い訳したが、ソウヤの内のもやもやは消えない。
お節介は嫌いだし、そもそも、ソウヤの役目は、リオを見守ることで、ジェインやヒューイのことはどうでもいいはずだった。
当のリオは、何故か成長した知らないリオになって目の前にいるのだが、それならそれで、彼女がどうなるのか、見届けるのがソウヤの役目。
決して、リオの友人夫婦がどうなろうと、知ったことではない。

(でもまあ、なんか曲がり間違って、ジャラヒが生まれなかったら、それはそれで困る、のか)

思いついた言い訳は、とても都合がよかった。

(あの二人に何があって、ジャラヒが生まれなかったら、あのリオも生まれないわけだし)

ここにいるリオをモチーフにして、ジェインが書いた話の主人公が、ソウヤの知っている『リオディーラ』だ。
『リオディーラ』は、ジェインの手で生まれ、ヒューイが絵本にし、ジャラヒが現実に具現化させた少女。
そして、ジャラヒによってハッピーエンドを向かえ、消えてしまった。
その更に先の結末を見るのが、ソウヤの使命だ。
だからジャラヒの両親が、曲がり間違って一緒にならなければ、話も始まらない。

「どうしたの?ソウヤくん」
「いや、別に…」

何か問題でもあるのかと心配そうに首を傾げるリオに、大丈夫だと苦笑を返す。

「リオの言うとおり、まあ、ちょっとだけお節介しようかなあと」
「お節介じゃないよ!お手伝いよ!」

胸を張るリオはさておき。
不慣れなお節介の実行のため、ソウヤは立ち上がって、ふうと息をついた。



*******







さて、一体どうしよう。
ジェインがそれに気がついた時、最初に思ったのは、当然今後の不安だった。
身に覚えも予感もあったので、疑いはない。
だけど、それをなかったことにすることは、何故か頭を過ぎらなかった。
腹の中にある小さな命は、もうそこにあるのだから、振り返ってどうこう考えるより、未来に悩むほうが建設的だ。

(お父様は、卒倒するわね…)

縛られるような結婚が嫌で逃げ出したのに、よそで子どもが出来たなんて冗談にもならない。
これで婚約破棄は確実になっただろうが、じゃじゃ馬なんて言われていたとはいえ、曲がりなりにも良家のお嬢様として育てられたジェインとしては、そのことに多少の罪悪感は拭えなかった。

(しばらくしたら、帰ろうと思ってたんだけど)

リオと旅に出て、彼女の話を書けるくらいの何かを得たら、帰って大人しく結婚しようと思っていた。
夢の様な冒険を経て、その夢を子どもに語って、平凡に生きるのだと、漠然と。
だけど、子どもが出来たなんて聞いたら、父は許さないかもしれない。
帰っても、ジェインを認めずに、受け入れてなんてくれないかもしれない。

(…私は、帰りたかったのかしら)

何かがつんと鼻をついて、慌ててジェインは首を振った。
考えても仕方のないことは考えない。
現実逃避なのかもしれないけれど、ジェインは不安に心が揺れた時は、目を閉じて、自分の大切な役目を果たすことに専念することにした。
目を閉じて、考えるのだ。
創らないといけない。
楽しい世界。
リオが…それからこの子が幸せになれる、とっておきの話を。



ソウヤが本拠地を訪れると、家の中にいたのは、部屋で横になっているジェインと、その世話をしている子守り人形だった。
甲斐甲斐しく動き回る子守り人形。
その姿を、ソウヤは知っている。
似ているだとか、そんなもんじゃない。顔形、姿、全てがそのままだ。
だから、彼女がドロシーだということは、疑う余地もなかった。
違うのは、きょとんとした焦点の定まらない表情と、舌っ足らずな口調。
黙って紅茶を入れているその姿は、前の巡りまで共にいたドロシーそのままで。
その正体が、人間でなく人形だなんて知ってしまった今となっては、何をどう受け止めたらいいのか、ソウヤにだってわからなかった。

(…いや、ドロシーのことは関係ない)

そう自分に言い聞かせる。
ドロシーは、ソウヤの目的には無関係だ。
リオがどうなるか、ジャラヒはどうするのか、それを見届けるのがソウヤの役目。
ドロシーの生まれがどうであれ、それは関係ない。
だけども、彼女を見ると、どうしてもソウヤは冷静でいることに苦労してしまう。

「リオ、悪いけど」

関係ないと言い聞かせながら、ソウヤは後ろのリオに頼む。

「ドロシーと、買い物行ってきてくれる?そろそろ夕飯の買い物しなきゃいけない時間だろ?」
「???どろしー??」
「…あの子守り人形だよ。…人形だって、買い物くらい出来るだろう」

現在、子守り人形に名前はない。
彼女を拾ってきたヒューイは、無頓着な性格だったので、拾ってきた人形に名前をつけようとはしなかった。
リオやジェインは、何かしらのアダ名を呼んでいたようだが、彼女を避けてきたソウヤは知らない。
だから、つい出してしまった名前は、元々彼女自身が名乗っていたものだ。
その知らない名前にきょとんとしたリオだが、特に気にならなかったのか、うんと頷いて答えた。

「ドロシーちゃん?ふふ、良い名前ね!今度からワタシもそう呼ぼうかな。うん、お買い物行ってくるね!」

リオが手招きすると、ドロシーは困ったように首を傾けたが、ソウヤが「ジェインは見ておくから」と言うと、しばらく迷った仕草を見せた後、こくりと頷いた。

「了解できました。マスターから指示がないため、第三指示者、リオ・ディーラ   の指示で上書きするのでます。サポート者、ソウヤ  の状況確認。問題あるません」
「やっぱり言葉の勉強は必要だよね…」


ともあれ。
ドロシーとリオが買い物に行き、ヒューイがどこかにいない今、本拠地にいるのはジェイン一人だ。
ジェインやヒューイ、リオがこの本拠地にやってきてから一巡り。年月にして2年少し。ソウヤは本拠地の客間より奥に足を踏み入れたことはなかった。
だからといって、ソウヤは彼らが来る前から、本拠地よりは、秘密基地と言われる別邸の方を主な住まいとしていたので、2年ぶりに奥に足を向けても、それほど懐かしさのような感慨を抱くこともないのだけども。
目的の部屋の前まで来て、ノックを2回。この部屋は、以前はジェインの息子が使っていた部屋だ。ソウヤも、ジャラヒを呼びに何度かこの部屋をノックしたことがあった。
「はい」と、ノックに答えた声は、当たり前だが、以前住んでいた男の声とは違う声。それから、それに応じて開けた扉の向こうも、以前見た風景とは違っていて、感慨とまではいかないが、何か不思議な心地がする。

ピンクの布を引いたベッドの上に、ジェインは横たわっていた。

「大家さん?珍しいわね」

起き上がって招こうとするジェインを制して、ソウヤはベッドの脇に腰を下ろ…そうとして、机から椅子を引っ張りだして、それに腰掛けた。

「気にしなくていいのに。紳士なのね」
「臥せっている女性の元に手土産もなしに突然来るのが紳士って言うならね」
「臥せってるっていっても、病気じゃないもの。ちょっとだるいだけ」

口元で笑って身体を起こしたジェインは、そっとその腹に触れた。

「やっとね。実感が湧いてきたのよ」

優しい顔。
おそらく、これが母親の顔というものだろう。
と、ソウヤにだってひと目でわかる。
彼女はちゃんと子どもを望んでいて愛している。
子どもは望まれて生まれてくる。
それを確認して、ひとつソウヤはほっとした。

「父親はヒューイ?」
「……」

前置きなしにそう尋ねる。
しかし、ジェインは反応を返さなかった。
俯いて、腹に触れたまま、沈黙を破ろうともしない。

「おれには言えなくても、リオには言うべきじゃないか?親友なんだろ?」

言う気はないらしいジェインに、そう促す。
すると、そこでやっと顔をあげたジェインは、先ほどの優しい顔とは打って変わって、冷ややかとすら言える熱のない目をソウヤに向けた。
一瞬、どきりとする。

「…リオに何を言ったの?」
「何って、リオから相談してきたんだ。ジェインが妊娠してるって」
「あの子は、そんなこと言わないわよ」

ぜったいに、言わない。
そう言い切ったジェインは、まるで何かソウヤが問題あることを言ったかのように――実際言ったのだろう、ひと睨みして、冷たく繰り返す。

「あの子は、何も知らないもの」
「…たしかに、変なことは言ってたけど、君が妊娠していることは気がついてたよ」
「あの子は知らないわ」

何を言っているのか。
怪訝に思って、ソウヤは眉をしかめた。
たしかに、進化だとか儀式だとか変なことは言っていた。
だけど、リオは、ジェインの変化にちゃんと気がついている。気がついて、ジェインの力になりたいと、心から想っているのは、ソウヤにだってわかる。

「リオが…私を心配して、力になろうと思ってくれていることは、わかってる」

ソウヤが口を開く前に、ジェインは続けた。
躊躇いながら、言いたくないことを振り絞るように、言葉を選んで。

「でも昔、リオは…辛い目にあったから…。リオには、ほんとはそういう心配、させたくないの」

選んで言ったらしいその言葉は、ソウヤを納得させはしなかった。
心配させたくないと言っても、既にリオは、もう心配している。
ジェインが何も言わないことの方が、彼女の心配を助長させるというのに。

だけど。

(……あ)

ジェインの言う『そういう心配』の指すものに気がついて、ソウヤは口を噤んだ。

(リオが『何も』知らないのは、ジェインのせいか)

進化だとか儀式だとか、意味不明の言葉で煙に巻いていたのは、きっとジェインだ。
それはきっと、リオの足が動かないことの原因が理由。
リオはもう飛べないし、歩けないし、子供もできない。
探るのも、掘り返すのも憚られる「それ」を暗に示されると、ソウヤは返す言葉を持てない。

「…特に、あの子に何も言ってないよ。なに?進化の儀式だっけ?」
「ふふ、そう。特別な人間にだけ起こる進化の儀式。儀式を経て再生した人間は、自分の分身を生み出すことが出来るのよ」
「…どこからそーいうの思いつくわけ?」
「それから、選ばれし者は、パートナーとしてその手伝いができるの。リオったら、それを聞いて、選ばれし者になるにはどうすればいい?って。答えに困っちゃった」

くすくすと笑って。
そこには悪意も害意もなく、ただの彼女の優しさだけが見て取れた。
物語が好きだという彼女が、リオ語ったたくさんのおとぎ話のひとつなのだろう。
だとすると、ソウヤがそれに口出しすることは出来ない。
それなら、彼女たちの話はさておき、余計に気になるのがもう一人の人物だ。

「父親のこと、言いたくないの?あいつだろ?酷いことされたんなら、おれにも考えはあるけど…」

あからさまに口を閉ざされると、そんな風に勘ぐりたくもなる。
しかし、ジェインは慌てず騒がず、口元に苦笑を浮かべたままだ。

「あいつって…大家さんは、なんでわかってる風に言うのか、不思議だわ」

そんなに私はあの人と仲がよかったかしら、と首を傾げられると、ソウヤだって沈黙を返すしかなかった。
ワートンの名以外で、あの男をジャラヒたちの父親だと断言する理由はない。
ソウヤは、ジェインについて詳しいわけでも、ずっと追って見ていたわけでもない。
だから、外に仲の良い男がいたとしても、知るはずもなく、他に父親がいたとして、それを否定する材料も持っていない。
それでも、あの男が父親なのだろうと納得する気持ちも確かにあった。
彼のあの、どこか狡さを感じさせる生き方は、あの兄弟に少し似ている。

「私には…あのひとが何考えてるか、よくわからないんだもの。何も言わないし、止めないし」

ソウヤが黙っていると、ぽつりとジェインが示したのは問いの肯定。
ゆっくりと、責めるわけでも悔やむわけでもなく、怒りも悲しみも見せずに、まるで、自分自身に確認するように。

「言おうかどうしようか迷っていたら、いきなり、わかってるみたいに子守り人形だなんて連れてくるでしょ。だけど、それだけ。何も言わないんだもの」

乱暴されているわけではない、と、付け加えられて示された答えは、ようするに、ソウヤの望んでいたものだ。
母親と父親が彼らなら、ジェラルドが産まれる未来は、おそらく変わりない。
だけど、その答えはやっぱり歯切れの悪いもので。
ここからどうやって次男が生まれるのだろうかという疑問が禁じえない。
なんだかなあ、とソウヤは息をついた。

「ちゃんと話し合いなよ」

ようするに、よくある恋人同士のすれ違いだろう。
聞いただけでは、すれ違うどころか擦り合わせようともしていないように思える。
子どもにだってわかる。
わからないことは聞けばいい。
すれ違ったらきちんと話しあえばいいのだ。

「意味ないわ。私は決めたの。あの人は違う世界の人だから…。いつか、黄金の門を通って、帰る人」

時間を見つけては、ふらりと姿を消し、あんなに危険な黄昏の聖域に通う。
ヒューイはあまり考えを言わない男だから、どう思ってのことかは知らないが、危険を侵してまでそこを探るということは、きっとあの男だって、元の世界に帰りたいという思いを持っているのだろう。
その思いは、恋人がいても子どもが出来ても変わらない。
だからきっと、ヒューイは変わらず遺跡に通っているのだ。
だとしたら

「私は、いつか消える人と…消えたいと思っている人と一緒にいられるほど、強くないもの」

強くない。
そう言いながら、ジェインの眼差しはとても強くて。
やっぱり、ソウヤには、それ以上何も言えなかった。

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