お絵かきマラソン

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2014-07-26 : 依頼絵など : コメント : 0 :
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うごうごー

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2014-07-20 : 依頼絵など : コメント : 0 :
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【12期】その4

「例えばだけど」

と、ヒューイが前置きをするので、リオは珍しく思って首を傾けた。
居間にて。なんとなくお菓子を食べているリオに、紅茶を差し出してからのヒューイの一言である。
珍しい、と言えど、リオは、ヒューイ・ワートンについて、詳しく知っているわけでもない。
ジェインが家出をする際、ジェインの祖父がつけてくれた、ボディガードがヒューイだ。
リオがヒューイのことを知ったのは、ジェインに連れられ屋敷を出て、紹介されてそれからである。
それから、この家に来て一年。リオもヒューイに慣れて、気安く話をするようにはなった。
だけど、彼について詳しいかというと首を捻る。
彼について知っていることというと、なんでも彼は、あの黄金の門からこの世界に迷い込んだ異世界人で、ジェインの祖父に助けられて以来、キャスケル家で、ジェインの祖父の下で世話になっているらしい。という彼の経緯程度である。
キャスケル家の世話になっている、という点において、お揃いだ、とリオは最初は思ったのだけど。
お揃いどころか、ヒューイは強かったし、頼りになるし、リオと似ている点なんて全然なくて、逆にリオは恐縮してしまった。

一見、ヒューイは大人しく、物静かで、目立つタイプではない。
リーダーシップを取るわけでもなく、かといって誰かの言いなりになるわけでもなく、どちらかというとマイペース。人に優しい言葉をかけるわけでもなく、かといって意地悪をするわけでもなく、適度に役目をこなし、そっとその場にいたり、いなかったり、なんとも不思議な人物だ、とリオは思っていた。
ジェインは彼のことを『地味』と称するが、それも少し違う気がする。
とらえどころがなくて、落ち着いていて、目立たない。
それは確かなのだけど、もっと先に、何かがあるような。だけど、それを捉えてはいけないような。
そんな不思議な感覚。

とにかく、そんな、地味なのに変な男ヒューイは、普段だったら、何かを人に尋ねることなんてせず、もくもくと勝手に実行するタイプだし、もし尋ねることがあったとしても、例えば、なんて前置きせずに、答えを持っている人物に、さらりと聞いて、さらりと答えを持ち帰る。そんな男だ。
そんな男が、なにやら少々気まずささえ感じさせながら、リオに声をかけている。

「例えば、リオ。拾い物したら、どうする?」
「えっと、持ち主に返すか、騎士団の人に報告するよ?」

拾い物、と言いにくそうにヒューイが口にするのは、何か意図があるのだろうか。
ヒューイなら、何かをもし拾ったら、それが誰のものかわかればすぐにその人物に渡すだろうし、そもそも誰のものか分からないなら、そんなもの拾わない気がした。

「もしかして、返しにくい人のもの?だったら、ワタシが言っておこうか?」
「いや…」

返しにくい人、というのもぴんと来ない。
ヒューイが誰かを苦手に思ったりするところを想像できなかった。
そつなく交流をこなしている彼には、苦手な人物も――逆に、仲の良い人物も思いつかない。
リオが首を傾げると、ヒューイは苦い顔をしている。

「あ、もしかして、壊しちゃったりとか??いっしょに謝るよ?ジェインも、ちゃんと謝ったら許してくれるよ」
「いや、そうじゃないんだけど」

これだ!と思った答えも違うようだ。
ヒューイとジェインは仲がいいから、喧嘩もたまにする。
始めは二人の喧嘩に、どうしようとびっくりしたけれど、なんでもないってことがわかってからは、仲がいいと思うことにした。
優しいジェインが怒るのはヒューイにだけみたいだったし、いつも落ち着いているヒューイが何かを言い返すのも、ジェインにだけのようだったから、きっと特別に仲がいいのだ。
と、思う。
二人の喧嘩にリオが困っているとき、今住ませてもらっている家の大家さん、ソウヤが、『仲がいいってことだよ』と言っていたから、きっとそうだ。
喧嘩は嫌いだけど、仲がいいなら多分大丈夫だ。

「んー、例えば、持ち主もわからなくて、騎士団にも渡せなかったら?」
「騎士団の人にも渡せないの??」

央国の治安を司る騎士団。
そのうち、ここでリオが口にしたのは、私設騎士団の方だ。
金色の騎士団の団長マルビタンはとても親切で、本家の騎士団がやってくれないような小さな事件も、親身になって解決してくれる。
落とし物だって、金色の騎士団にかかれば、あっという間に解決してくれるだろうに。

「えっと、そう、だね。んーっと、探偵さんとか…かな」

騎士団にも渡せない。
ということは、と、リオはヒヤリと弾んだ胸を抑えた。
ヒューイのことだ。
大丈夫とは思うが、逆に、ヒューイだからこそ、こっそりと何かを隠しているのかもしれない。
それに敢えて触れずに、リオは騎士団の次の選択肢を示した。
だけどヒューイは、うーんと唸るばかりで。

「探偵か…うーん、…ちょっとなあ。そういうわけにも…」
「え、えっと、ヒューイ、あの」

ヒューイは一体、何を渋っているのか、だんだん不安が広がってくる。
騎士団や、探偵にも渡せなくて、持ち主に返すこともできないもの。
しかも、ヒューイが。
となると、嫌な予感しかしない。

「たと、たとえばの話、だよね?」
「あ、うん。とりあえず、例えばの話だよ」

(とりあえず?????)

聞くのが怖い。
と、言葉をなくしたリオに構わず、ヒューイは額に手を当てて唸っている。

「やっぱり、元いた場所に戻すかなあ」
「え?」
「えーっと、例えばの話だけど、雨で濡れてて、なんとなく気になって、拾っちゃったとして」

たしかに、先程まで強い雨が降っていた。
たまにあるにわか雨だ。すぐに止んだので、洗濯物がびしょぬれになったくらいなのだけど、そういえば、ヒューイは外に出ていたのだっけ。
帰ってきたヒューイは、すぐには姿を見せなかった。
着替えていたのだろう、しばらく部屋に篭っていて。それからようやく出てきたヒューイは、温かいミルクを入れて、また部屋の中に帰っていた。
それからしばらくして、また部屋を出てきたヒューイが、リオの前に現れてからの一連の流れである。

「た、『例えば』じゃなくて!ヒューイったら!」

雨の中でつい、拾ってしまった。
持ち主がわからない。
騎士団や探偵にも渡せないというのは、ちょっと首を傾げるが、きっと彼のことだ。信頼できる人間にじゃないと、ということなのか、もしくは、拾ったそれに愛着を見出したのか。
とにかく。

「こんな雨の中捨てられるって、可哀想だもの!飼おうよ!」

猫だか犬だかは知らないが、拾ったそれを、ヒューイは部屋に隠しているに違いない。
さきほどまで、ミルクをやっていて、それで部屋に篭っていたのだ。
気がついてみると辻褄があった。
優しくも怖くもないなんて失礼なことを思っていたけれど、やっぱりヒューイは優しい人間なのだ。
雨の中泣いている動物を放っておくなんて、出来なかったに違いない。

「飼う、かあ。うーん。たしかに、誰かにやすやすと渡せないけど。まあ、僕が決めれるものじゃないし。あ、これは例えばの話だけどね」
「たしかに、ここはソウヤくんのお家だから、聞いてみないとダメだけど、きっと大丈夫。ワタシも一緒にお願いする!きっと、ジェインもよろこぶわ!」
「喜ぶかなあ…」
「ジェインは犬も猫も大好きなんだから!大丈夫!」
「そんな理由で喜んでくれるのか…実は器がでかいなジェイン…」

何やら驚嘆したように頷いて、ヒューイは考えを巡らせるように目を瞑った。

「…例えば、その、うちにおいてやるとして、リオは賛成なのかい?」
「例えばも何も!賛成だよ!もう!さっきから例えばって言わなくてもだいじょうぶだよ!だいじょうぶ!」

リオがヒューイの腕をひっぱると、ヒューイは目を開いたあと、困ったように視線を揺らして。
それから柔らかくリオを見つめた。

「だって、例えばってことにしないと、処分するときに、君が責任を感じてしまうだろう」

柔らかく。さらりと。
それは、見え辛いヒューイの優しさであろうことを、リオは正確に理解した。
たとえ、どういう結末になったとしても、責任を負わなくていいと、傷つかなくていいと、ヒューイは言っている。
ヒューイは、優しさで拾ってきたそれを、処分する覚悟もある。
可能性を吟味して、それすら選択肢に入れているのだろう。
それはとても優しくて、冷たくて、怖くて。

(悲しい)

きゅっと、胸が痛んだ。

黙るリオの頭に、ヒューイがぽんと手を置く。
それを受け入れながら、リオは何か適切な言葉を探した。

「…大丈夫だよヒューイ。ソウヤくんにちゃんとお願いしよう。ソウヤくん、優しいから、きっと大丈夫って言ってくれるよ」
「そうだなあ。まあ、あの人、リオに甘いから、許可はしてくれるだろうね」

大丈夫としか、リオは言えない。
何が大丈夫なのか、きちんと答えられなかった。
ヒューイが何を思って、処分を選択肢に入れているのか、問いただすことも、もう一度口にすることもできない。
それを、そんなリオの弱さを、ヒューイは何も言わない。
二人は顔を見合わせて、ゆるやかに笑って頷くだけだ。








「そんなわけで、例えばなんだけど、ソウヤくん」
「さっきからあんたの部屋からガサゴソ音がするんだけど、あんたが拾ってきたわけ?」

まどろっこしい、ヒューイの例えばを一刀両断して、赤雫☆激団本拠地のもともとの主、ソウヤは真正面から切り込んできた。

「…うん。まあ、見つけてしまった手前、放っておくのもなって」
「へえ、あんたでも、そんな人間みたいな心、あったんだね」

リオに対しては優しい大家さんであるソウヤも、何故かヒューイには厳しい。
面と向かって罵倒の言葉を浴びせたりはしないが、ところどころ、言葉の端が皮肉に溢れていた。
一方のヒューイは、まあそんな人なんだよと、その皮肉をとりあったりもしないので、喧嘩になりはしないが。
『でも、ちょっと可哀想よね』というジェインの言葉に、リオも同意する。
その可哀想が、何もしてないのに皮肉を言われるヒューイにかかるのか、取り合われもしないソウヤにかかるのかは、リオにも曖昧だけれども。

「えっと、あのね、ソウヤくん。ワタシからもおねがい!部屋とか汚したりしないから、飼ってもいいかなあ」
「んー、まあ、汚さないっていうなら…ちゃんと世話するなら、別に…」
「ほんとに?」

いいけど、という言葉を遮って、やっぱりソウヤは優しい。とリオは手を叩いた。
口では文句を言うけれど、雨の中濡れている動物を放っておくなんて、ソウヤにも出来ないはずだ。
にこりと笑ってソウヤを見ると、彼はコホンと咳を一つして。

「で、今はまだヒューイの部屋?もう餌はやったのか?」
「ああ、うん。そうだな。連れてくるよ」
「あ、じゃあ、ワタシ、ジェイン呼んでくる!きっと喜ぶもの!」

はやる胸をおさえて、慣れた手で車椅子を方向転換。
器用にするりとテーブルの端を抜けて、扉を開ける。
ジェインの部屋はリオの部屋の隣だ。
こんなにうきうきと車椅子を動かすのは久しぶりだ。
一秒でも早く伝えたい。
ちょっと休むと寝ているジェインだが、動物好きな彼女だ。一人だけ立ちあえずに、あとから知らされたとなると、残念がるに違いない。
たたき起こしてでも連れて来ないと。

「ジェイン!たいへん!たいへんよ!」
「なに?私眠くて…」

ノックもせずに扉を開き、起きたてで目を擦っているジェインを急かす。
最近のジェインは、夕方に昼寝をするのがマイブームらしく、昼過ぎからは、まったりと部屋にこもっている。
趣味の小説書きをするわけでもなく、横になっていることが多いので、病気か何かかとリオも心配したのだが、そういうわけではなくそんな気分なだけ、とジェインが言い張るので――それに、病気にしては、そうではないという言葉通り、ご飯はしっかり食べているようなので、そのジェインのその寝すぎマイブームを、リオも受け入れることにしていた。

散漫な動きで身なりと整えるジェインを少し手伝って、腕をひっぱって部屋の外を指す。
危ないわよと言いながらも、リオの気持ちを汲んだのか、ジェインはそろそろと車椅子の後ろにまわり、リオに従うまま車椅子を押した。

「あのね、うちにね!ふふふ。家族が増えるの!ヒューイがね!拾ってきたんだって!」
「家族、ねえ…」

驚くと思っていたジェインは、口の中でごにょごにょと何かを呟いて、それから首を傾げた。
きっと、リオが何を言いたいのかわかってないに違いない。
突然家族が増えるなんて言われても、混乱するだろう、とリオも気がついて、苦笑して舌を出した。

「へへへ、でもすぐわかるよ!さっき雨でね、ヒューイが…」

リオが言い終わる前には、もう先ほどの居間だ。
リオがよいしょと扉を開けると、すでにヒューイは居間にいて、それから、少し離れたところで、ソウヤがぽかーんと立ち尽くしていた。
ぴくりとも微動だにせず。
目を見開いて。

「??」

それから、そのソウヤの視線の先には。
ヒューイの背中で、隠れるようにちょこんと顔を出している何かの影。

(あれ?おっきい?)

それは、犬でも猫でも動物でもなくて。

「…ヒューイ、その人、だれ?」

疑問符を浮かべるリオの後ろから、冷やりと問うたのは、ジェインだ。
その声の冷たさに、リオはなんとなく後ろを向くことができなかった。

(あ、あれ?)

もう一度、事態を把握する。
ヒューイが雨の中、犬だか猫だかを拾って連れてきて、飼うことになった。

(のよね?)

だけども、連れてくるといったヒューイの周りには、犬も猫もいなくて。
ヒューイと、それを見てぽかんと立ち尽くすソウヤと。
そのヒューイの後ろにいるのは

「あの…」

恐る恐ると、ヒューイの背中から顔を出したのは、もちろん動物ではない。
背はヒューイの肩まであるし、目は2つで2本足で立っていて、声だって発している。
猫や犬ではありえなかった。

「マスター、これは、怒りの波動です??」
「いや、問題ないよ。たぶん」

目が2つで2本足で立っている、ヒューイの背中のものは、ひょこんと顔を覗かせた。
目に飛び込んできたのは、黒くて長い三つ編み。
それから、膝下まであるスカートと、エプロン。
怯えるようにヒューイの背中に隠れていたそれは、恐る恐る、その背中から抜けだして。
ようやく、全身を一同の前に見せたあと、ぺこり、と大きく頭を下げた。

「こんにちはございます!!」

それから、言ってやった、というような満足げな顔を上げて、周囲を見回して。
返ってこない反応に、困ったようにヒューイを見上げた。

「マスター、失敗です?原因は不明」
「いや、原因はわかってるけど、成功では確かにないな」

淡々と応えるヒューイに視線が集まる。

(えっと)

リオもヒューイを見ながら、事態を把握しようと努めたのだけど。

(…わかんないや)

三つ編みの女性がヒューイの後ろにいて、みんな驚いているという事態しかわからなかった。
もしくは、それで十分なのかもしれなかったが。

「で、ヒューイ、その人は、誰?」

事態の把握をそうそうに諦めたリオ。だけどその後ろのジェインは、ただ一人冷静だ。
淡々と尋ねるその声からは、驚いている様子すら見えない。
リオはジェインを振り向く勇気すらなかったけれど。

「誰というか…そうだな、…君、名前は?」

冷ややかとすら言えるジェインの声に、ヒューイは動揺もせずに答えて、その女性に尋ねる。
返ってきた答えも簡潔だった。

「ありません。マスター」
「ないらしいよ?」

爽やかとすら言えるヒューイの返答に、ジェインが納得するわけもない。
ふーん、と呟くジェインの温度は下がるばかりだ。

「え、えっと、つまり、えっと」

さすがにこれ以上放置するわけもいかなくて、リオはぽんと手を叩く。

「えっと、つまり、ヒューイがさっき言ってた、拾ったのって、その子なの?ヒューイ」

そういうことね!と明るく言うと、ヒューイもああと頷いた。
たしかに、ヒューイは犬とも猫とも動物とも言ってなかった。
処分することになったら…なんて物騒なことは言っていたが、あまり深く考えると泥沼になりそうなので気にしないでおく。
つまりはそういうことだ。
そう、ヒューイが女の子を拾ってきたのだ。

(あ、駄目かも。ちょっとフォローできる自信ない)

何のフォローかと言われると困るが、フォローしなければいけないという使命感を強く感じる。
強いて言うなら、先程からただならぬオーラを発している背後の親友に対して。
なんとかしなければいけない。そう強く思って。

「そ、そっか!あ、じゃあ、マスターって?」

その女性が称しているヒューイの呼び方を尋ねたが、聞いたそばから藪蛇だったかなと後悔が頭をよぎる。
そう問われた女性はというと、リオの戸惑いやジェインの静かなオーラなど気にもせず、はい!と元気よく答えた。

「マスターに拾われたので、マスターです!」

やっぱり、リオにはさっぱり理解はできなかった。
と、ヒューイを見上げる。
その顔を見てヒューイはようやく――たぶん、リオではなくて、リオの背後にいる人物に対してだろうが――観念したように、ぽりぽりと頭を掻いた。

「今朝、ちょっと出かけたんだけど」
「ちょっと?どこに」
「――黄昏の聖域」

問うジェインから目線を逸らして、呻くようにヒューイは答える。

「……黄昏の聖域に?」

黄昏の聖域。
オーラムに、ブリアティルトに住んでいて、知らないものはいないだろう。
異界とをつないでいるという黄金の門があるという古代遺跡である。
周囲は深い森に覆われていて、入り口には名の知れた野党たちが、奥には恐ろしい何か悪いものたちが、どこかしこにいるという、大変危険な遺跡だった。

その名を聞いて。
リオは、自分の体温が冷やりと下がるのを感じた。
がくがくと、動かないはずの足が震える。
実際は、動かないのだから震えるはずもないのだが、天地が揺らぐような感覚に、きゅっと目を閉じる。
黄昏の聖域。
そこは、リオにとっては忘れたくても忘れられない場所。
その付近の森で、リオは体の自由を失った。
痛くて辛くて怖くて泣きたくて。
未だに震えが来る、思い出したくない事実。
出来事だとか事件だとか、そんな言葉で言いたくもない。ただただ、幼いリオに襲いかかった悪意。
今でも夢に見る、恐ろしい現実だ。
だけど。
それだけではなかった。
恐ろしい記憶の中に見える、唯一の希望。
あのとき、逃げ出したあの瞬間。リオは輝くヒーローに逢ったのだ。
幼い頃だったので、もう顔も覚えていない。
汚れたリオのことを、星みたいにキラキラしていると言ってくれた、輝く星の人、と心の中で呼んでいるヒーロー。
その言葉のお陰で、リオは全てを投げ捨てずにすんだ。
全てが駄目になってしまったときも、どんなに痛くても苦しくても。
リオの支えだった。

(だいじょうぶ)

黄昏の聖域は、名前を聞くだけで恐ろしくなる場所だけど、ちゃんとリオに救いをくれた場所でもある。

だから、その名をヒューイが言った時、ジェインが体を固くしたけれど、リオは大丈夫だと頷くことが出来た。
そんなリオの様子を見て、ジェインは心配そうに言葉を揺らしたが、ひとつ息をついて、ヒューイに向かい直った。

「あんな危ないところに、一人で行ったの?」
「ああ、…大丈夫だよ。ちゃんと気をつけてる」

ヒューイの言葉はとても自然で、大それたことをしたようなつもりはないらしい。
きっと、初めてではないのだろう。
ヒューイが黄昏の聖域に足を踏み入れたのは、きっとこれが初めてのことではない。
だから彼は、大丈夫だと、心配することはないと言っているのだ。
そう言いたいのはわかるが、だからといって、それなら大丈夫だと思うはずもなかった。

「そういう問題じゃないわ。あそこがどういうところか、知ってるでしょ?」
「知ってるからだよ」

黄昏の聖域。怖くて危険なところ。
と、同時に、とリオは思い出した。
異界を繋ぐ門のあるところ。
その扉は、いつどんなときに開くのか、誰にもわからない。
故に、異世界から門を通ってこのブリアティルトに来た人間は、そこがどんなに危険な場所かわかっていても、足を運ばずにはいられない。
いつ開くかわからない扉を探すために。
ヒューイは。
そう、ヒューイも。
異世界からこの世界に来たのだと、言っていた。
だから彼は、異世界人の常として、この地を訪れては、開いた門を探していたに違いない。
そんなこと、彼の口から聞いたことはなかったけれど。

「……ごめん」

ジェインやリオが口を開く前に、ヒューイはそう謝罪の言葉を口にした。

「リオにとってどういう場所か知っているのに、配慮が足りなかった」
「えっと、ワタシは大丈夫、だけど…」

自分のトラウマは自分のもので、他の誰が背負うものではないと、リオは思う。
ジェインはいつもリオの全てを背負ってくれる優しさがあって、申し訳なくなると同時に、それを嬉しくも思っていた。だけど、それをヒューイに強いるつもりは全くない。気にしないで欲しい。
でも、それとは別で、ヒューイに危ないことをしてほしくないと思うのも事実だ。
ヒューイが、黄昏の聖域が気になるなら、言ってくれればいいのにと、リオは思う。
どんな危険な場所だって、嫌な思い出がある場所だって、ヒューイが探ってみたいというなら、リオだって力になりたかった。
そう、リオの思っていることが、ヒューイには伝わらっていないのだろうか。

「そういう…問題じゃないわ。そうじゃなくて」

だから当然、リオの親友の優しいジェインは、仲間のヒューイが、勝手にそんな危ないことをしていたなんて、見逃せない。
ジェインがそれを怒るのは当然だし、リオも同じ考えだ。
と。

(…あれ?)

ジェインを見上げて、リオはひとつ違和感を持った。
ジェインは確かに、怒っていた。怒っていたけれど。

「……もういいわ」

と、小さく呟いて、最後まで言い切らずに、言葉を押し潰した。

(ジェイン??)

一瞬、ジェインが泣くのかと思って、ヒヤリとする。
だけどそんなこともなく、諦めたようにジェインは首を振って、真正面に向いたそのあとは、いつもの彼女の顔だ。
対するヒューイはというと、何かを言おうと口を開いたが、結局何も言わずに肩をすくめて終わる。

「…そう。まあ、そこで、黄昏の聖域の遺跡で、拾ったんだよ」

それから、彼が仕切り直して続けたのは、例の女性のことだ。
リオたちのやりとりの間も、ヒューイのすぐ後ろに付いている謎の女性。
三つ編みで、エプロンとスカート…あれはおそらくメイド服だ。ジェインの屋敷にいたときに、似たような格好の女性たちを見たことがあった。
マスターと、ヒューイを呼ぶメイド服の女性。
年の頃は、リオやジェインと同じくらいだろうか。
20歳そこそこ…いや、もう少し上にも見える。そして、もっと下にも見えた。
凛とした佇まいは年齢を上に感じさせ、それから、そのとぼけたような顔は、リオたちよりも下の年齢に感じさせる。
彼女はそのとぼけた、きょとんとした顔でヒューイを見上げている。
見上げて、ヒューイの言葉に続けて、軽やかに答える。

「はい!マスターに拾われました!」
「黄昏の聖域で?」

黄昏の聖域なんて危ないところにいる、名前がないというメイド服の女性。
怪しい。
あまり外に出ない世間知らずのリオですら、怪しいとわかるその女性。だが、ヒューイは警戒もしていないようだ。
ヒューイはもともと何を考えているのかわからない男ではあるが、警戒しているような人物を、背後に置くようなことはしないだろう。

「おそらくコレは」

と、ヒューイは彼女の肩を気安く叩いてすらいる。
コレ、と彼女を称して、顔色も変えずに、淡々と。

「ゴミ、かな。黄昏の聖域の」

なんでもないことのようにさらりとそう言って。
ヒューイは彼女の三つ編みを、そっと撫でた。


「は?」

ヒューイが何を言っているのか、リオにはわからなかった。
ジェインもそうだろう。
突然の得体の知れない女性。拾ってきた等のヒューイは、その女性をゴミだと紹介した。
驚く以前の問題だ。何を言っているのかわからない。意味がわからなすぎて、驚くより戸惑いしかない。

だから、その場で正しく反応したのは、リオでもジェインでもなかった。

「…っ」

声を震わせて、言葉にならないうめき声で。
先程から、ずっと何も言わずに、その女性を見ていたソウヤは、リオたちが今まで見たことがないくらい、動揺していた。
その視線を受けているその女性は、きょとんとして、何もなかったかのように、首を傾げて、それからまたヒューイを見上げている。

それを一切気にせずに、ヒューイは口を開いた。

「オーラムの歴史は長い。世界の始まりと同じくらい。もうじき千年になる、ということになっているのかな。
最古の国家オーラム。全てはオーラムの地から始まった。オーラムの地、すなわち黄昏の聖域、黄金の門。
そう言う人もいるみたいだ」

唐突に始まったのは、一度は聞いたことのある、オーラムの歴史。
それを、まるで授業でもするかのように、ヒューイは落ち着いた声で、淡々と続ける。

「国が5つに別れる遥か前から、千年も前から、異世界に繋がるその門はあった。」

ブリアティルトの歴史。戦年も前の話。それは、もう誰も事実を知らないのだから、お伽話にすら似ている。

「今のブリアティルトが人種のるつぼなのも、きっとその名残だね。
ブリアティルトでは、異世界から流れ着いた人たちが先祖だという人が多い。
帰りたくても帰れなくて、ブリアティルトにそのまま居着いたんだろうね。
帰ることを諦めた人は、オーラムを出て方々に散って自分の生活を続けただろうし、まだ諦めきれない人たちは、黄昏の聖域近くに居を構えた。
それから、この地にいた元々の民はどうしただろう。異世界からくる不思議な人を歓迎しただろうか。そもそも、この黄金の門は何なんだろう。もしかして、原住民が、異世界人を呼び寄せるために作ったものなのだろうか。それとも、この地に原住民なんていなかった?どうなんだろうね。謎はまだ、誰にも解けていないんだ」

そこまで言って、ちらりとリオの方を見た。

「そんな当時のことを考察する書物は山ほどある。どれも面白いけど、一つ一つを信じていたらキリがない。
そうだな、共通するのは、黄金の門が異界と通じているという事実。普段は門は閉じていて、その門を開くには<上位>の介入が必要だということ。
そして、それ以外に門を開く手段はいくつかあるらしくて…その手段は、本によってぜんぜん違う。
その中の本の一つに、ディーラのことが書いてあったよ。リオが狙われたのは、そのせいだと思う」

眉唾ものだけどね、と加えて。

「まあ、とにかく。この人形のことだけど」

示したのは、先程から目をぱちくりしている三つ編みの女性。
肌も目も、首を傾げる動きも、ただの人間にしか見えない。
だから、ゴミだとか人形だとか、ヒューイの選ぶ言葉は、ちぐはぐに聞こえて、なんだか居心地が悪くなる。

「遺跡の奥の箱に入れられていたんだ。箱には丁寧に、古い言葉で『おもちゃ箱』と記されていたよ。
精巧な技術だ。異世界から来た人物が作ったものか、古代の原住民が作ったものかはわからないけど。古代の遺産だろうね。」
「なんで…」
「なんで?古代語で書かれたおもちゃ箱に入れられてて、ゼンマイ巻いたら動き出したんだ。精巧すぎるくらいだけど、黄金の門を作った古代人か、技術を持った異世界人かと思えば、納得できなくもない。おもちゃ箱に入ってたってことは、おもちゃの人形だろうけど…」
「はい、マスター。訂正します。おもちゃではありません。私は子守り人形です。おまかせください」
「ほら、僕がゼンマイを巻いてから、ずっとこれ」

ヒューイの言葉を支持するように、三つ編みの女性――人形らしいが――も手を上げた。
突っかかろうとしていたソウヤも、それを見て、二の句が継げない。
リオやジェインだって、人形本人にそう言われると、納得するしかなかった。
それに、ヒューイはこんなふざけた嘘をつくような男でもない。


「なん、で、―ロシーが…」

ソウヤが、ぽつりと。
小さく口の中で呟いた。
誰かの名前。それをリオが聞き返す前に。

くるりと身を翻して、ソウヤは居間を飛び出した。

「あ、ソウヤくんっ」

車椅子でなければ、引き止めることが出来たのかもしれない。
だけど、リオが手を伸ばしても、ソウヤに届くことはなかった。
すぐにバタンと扉は閉ざされ、残された一味は顔を見合わせるばかりだ。

「な、なにか、あったのかな?」
「ただごとではなかったわよね…」

どう見ても人間にしか見えない女性が、古代に作られた人形であるというヒューイの発言は、リオだってそれは驚いたけれど。
ソウヤの驚きは、ただ事実に驚いた、だけではなかったように見えた。

「もしかして、きみ、ソウヤくんと知り合いかい?」
「いえ、マスター。私がこんにちはしたのは、マスターが初めてです。よって、マスターがマスターなのです」
「そうか…」

ゼンマイを巻いてしまったからマスターなんだろう。と、ヒューイは大きく肩を落とした。

「まあ、つまり、いつものように黄昏の聖域調査をしてたら、遺跡で変なもの拾ってしまってどうしようかなって。まあ、そのまま捨てようかとも思ったんだけど」

いつものように、というのはちょっと聞き捨てならないので、これからはヒューイの出先も気にしたほうがいいのかもしれない。
ヒューイはふらりとどこかに行くことも多いのだが、この分だと、他にも危ないことをしているかもしれない。
そんなふうに思うリオの横少し上を。
さらりと見たヒューイは言った。

「聞いたら、子守り人形って言うし、子守り人形なら、まあ、…必要かなと思って」
「……知ってたの?」
「まあね」

ジェインが勝手なことを言っているヒューイに、怒りもせずに答えたのを、隣にいたリオはとても不思議に思ったのだけど。


半年後、その事実を知って、さらに驚くことになったのだった。

2014-07-11 : SS : コメント : 0 :
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第8期RPログその4

その4ストーリーSSにあるエピソードを終えて、元に戻ったロイ。
外面はかっこつけてて、かっこよさげを気取っているのに、内弁慶で内心は気持ち悪いほどデレなのが岸辺さんです。
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期末のED。
9期はジャラヒが部隊長として活躍予定ですが、ジャラヒには思うことがあるようで。
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そんなわけで、何か鬱々と腹に溜めているジャラヒが部隊長の9期に続く。
ジャラヒの心が晴れるには、自分の気持ちに向かい合って、受け入れることが必要ですが、受け入れた先に待っていたのは…
ということで、9期、10期に続きます。

tag : 岸辺ロイ 第8期 ジャラヒ

2014-07-07 : SS : コメント : 0 :
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第8期ログ3

8期ログその3
お友達のダイチくんエアロちゃんに弟子入りを申し込んで断られたり、どじっこ組合でエミリアちゃんのサポートをしたりでがんばるロイくん。
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からの、ストーリー大詰めエピソード
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tag : 第8期 岸辺ロイ

2014-07-07 : SS : コメント : 0 :
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8期RPログ2

8期ログ2。
少年ロイを、不本意ながらも陰ながら助けることになっているジャラヒさん。8期はメガネ。

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tag : 第8期 岸辺ロイ

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8期RPログ1

今更8期のログを見つけた。

強くなるために16歳の頃の自分をブリアティルトに送り込んだロイ。
彼女とお付も無理やり連れて来たのですが、16歳の頃のロイたちは、もちろん18になった自分のことなど知るはずもなく初対面、的な設定。

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tag : 岸辺ロイ 第8期

2014-07-07 : SS : コメント : 0 :
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【12期】その3

その日。

家出をする。
そうジェインが決めたのは、突然だった。
突然で唐突。でも、気まぐれでも思いつきなんかでもない。
もっと早く決意してもよかったし、もう少し後だったとしても、きっといつかは決めていただろう。

「リオ、私、家を出るわ」

胸に宿った決意を、ジェインは一番に彼女に報告した。
ベッドの上に腰掛けて、きょとんとしているのはリオ・ディーラ。
ジェインの一番の親友である。
小さな羽を持つ、青い髪を肩より少し下に伸ばしている、笑顔が優しい女性。
彼女は『ディーラ』の一族の生き残りであり、幼いころ、ジェインの祖父が屋敷に連れてきた。
初めてジェインが彼女と逢ったのは、彼女が6つか7つか、そのくらい。
リオは、実際年齢よりも幼くて、うまく言葉も喋れない様子で、いつも屋敷に閉じこもっていた。
ジェインは年上ぶって彼女の面倒を見るつもりで、一緒に絵を描いたり、物語を読み聞かせたり、彼女の部屋で過ごしていたのだけど。外であったあれこれや、悩み事をいつもニコニコと聞いてくれるリオは、いつのまにかジェインの支えになっていた。

リオがどういう目に遭ってキャスケルの屋敷に来ることになったのかを知ったのは、ジェインが10の時。
その衝撃は、今でも忘れられない。
いつも朗らかにニコニコ笑っているリオは、足を悪くしているから屋敷から出れないのだと、そう知ってはいたけれど。
翼をもがれ、暴行を受け、傷めつけられて、足を悪くして、言葉も失って。
そうして、この屋敷にやってきたことを、ジェインは知らなかった。
リオが歩けないことも、飛べないことも、外が、争いが怖いことも。
すべてが結びついた。
でも、いつもリオは笑っていたのだ。
笑って、ジェインが学校であった話を聞いて、父親に対するグチも頷いて、ジェインの話す空想に、手を叩いて喜んで。
そんなリオが。
そんな優しいリオが、幼いころ、そんなひどい目に遭っていたなんて。
ジェインは知らずに、いろんな事をリオに話していたのだ。

何故襲われたかについて、リオも詳しくは知らないという。
ジェインも、詳しく問いただす気にもなれなかった。
ただ、もう胸が痛くて、苦しくて、ぼろぼろと涙が零れ落ちるのを止めることができなくて。
リオが、ごめんねと微笑みながら頭を撫でるのを、必死で首を振ることしかできなかった。

『泣かないでジェイン。ワタシは大丈夫なの。だって、ヒーローが助けてくれたのよ』

そう、リオは笑う。

『キラキラ輝く、お星様みたいなヒーローがね、お星様みたいだねって、ワタシのことを言ってくれたのよ』

だから、大丈夫なの。

そう言って、なんでもないことのように、笑う。

なんでもないわけはない。大丈夫なわけなかった。
だって、リオはもう歩けないし、翼ももう小さくて飛べやしないし、外に出るのだって怖がっているのを、ジェインは知っている。
助けてくれたというヒーローを、ジェインは知らない。
命を助けてくれたこと、リオの心が亡くならなかったこと、それには感謝しなければならないが、もっと早く助けてくれたらと、思う。もっと早く、ちゃんと助けてくれたなら、リオはこんなにたくさんのものを失わずにすんだ。
何も知らなかったジェインには、何も言えないけれど。

だからジェインは、お話を作ることにした。
キラキラした、お星様みたいなお話。
リオが、笑顔になれる話。
リオが大好きだって言うお星様を、お星様みたいなキラキラしたリオが、手に入れる話。
ジェインが知っているお伽話をちょっと混ぜて、たくさんの幸せをブレンドした、夢みたいな話だ。
完成するまではまだ少し遠いけど、いつかできたら、リオに読んで聞かせるのだ。
そう、ジェインはずっと思って生きてきたのだった。




ともかく、そうして、その日リオを訪ねたジェインは、リオに決意を告白した。
家を出ること。
もう決意は揺るがないことを。

「何かあったの?ジェイン」

心配そうに首を傾げるリオに、ジェインは首を振る。

「婚約者が、決まっちゃったのよ」
「あらまあ」

あらまあ、という反応は、ジェインの胸の内そのものだ。
ジェインは、あらまあどころか、思わず椅子ごとひっくり返ってしまったけれど、驚いたという事実は同じだと思う。

「でも、おめでとう?えっと、確か、ジェインのお友達のマルグレーテさんの嫁ぎ先が決まった時、ジェイン、寂しいって言ってたじゃない。これで、ジェインもお仲間じゃない?」
「いやいや、あっちの超貴族と、こっちの低男爵と、貴族は貴族でもぜんぜん違うわよ」

貴族たるもの、結婚なんて夢を持つものではないと、ジェインだって知っている。
結婚なんて、政の道具にしか過ぎない。
その道具にすらなれずに、もう20になろうとしているジェインは、貴族の間では、行き遅れですらあったのだが。
その行き遅れを甘んじていたのには、わけがあった。

「でも、ふふ。ジェインは可愛いもの。もっと早く決まるかと思っていたわ」
「1回お見合いしたら二度と逢いたいと言わせないのが私よ。
 いいの!敢えて、逢いたいと思わせないようにしてたんだから!」

結婚なんて、したくない―――とまで、言うつもりもない。
男爵家とはいえ、曲がりなりにも貴族の末席にいるのだ、政略結婚だって、仕方ないと思っている。
だけど。

(まだ。まだしたくないのよ。だって、まだ完成しないんだもの)

政略結婚したところで、末席の男爵家だ。野心なんて持ったところでどうしようもないのだから、まだいいじゃないかとジェインは思う。
20にもなるというのに、何を言っているのかとは思うが、まだジェインには、やりたいことがあった。
あと少しだけ。
幼い頃から考えている物語を。せめて、もう少し、形になるまで。
それくらい、待って欲しいと思う。

「ジェインが、結婚したくないって言うなら、仕方ないけど…。相手のひと、いい人じゃなかったの?」
「まだ逢ってもないわ」
「え??逢ってもないのに、決まっちゃったの??」

実際、逢う気もなかった。
年頃になる前は、もっとお見合い話もいっぱいあって、家の顔を立てるために、ジェインだってお見合いに出ていた。
出て、二度と逢いたくなられないように、精一杯の創意工夫を凝らし、数々の『お断り』を頂き、最近は、お見合い話も出てこないようになっていたのに。

(お見合いどころか、顔も合わせずに速攻婚約なんて、ろくな人じゃないわ)

娘の縁談のまとまらなさに、焦ったキャスケル男爵が、急ぎ足で縁談を固めたのだろうか。
にしても、こんな落ちぶれ貴族の縁談に乗っかるなんて、ろくな男ではないことは間違いない。

「お顔くらい、見たんでしょう?ほら、写真とか」
「向こうはどうだか知らないけど、私は速攻捨てちゃったわ」
「ジェイン…」

大きくため息をつくリオに、少しだけ胸が痛む。
リオは、真剣にジェインの幸せを願ってくれているのだ。

「結婚が、嫌だから家を出るの?」

そう改めて言われると、図星をつかれた気になる。

(そうじゃなくて、まだ少し、時間がほしいのよ)

結婚が嫌なわけではない。時間がほしいのだ。
貴族に生まれて結婚が嫌なんて、そんな子供のようなことを、思うつもりはない。
ないけれど、でも、もしかして、自分の心の底では、それが本心なのだろうか。

(ううん、完成させるまで、待って欲しいだけ)

リオを元気にする、物語が書きたい。
幼い頃から、ジェインの語る物語が好きだというリオに、とっておきの物語を聞かせてあげたい。
それが、ジェインの10歳の頃からの夢だ。
それから10年たって。
たくさんの小さな話をリオのために作ってきた。
だけどまだ、彼女に捧げるとっておきの話は、できていない。
もう少しで出来そうなのに、まだ何かが足りないのだ。
せめて、もう少し、何かきっかけがあれば、出来上がりそうな感覚はあるのだが、そのきっかけがうまく掴めなかった。
それを掴んで、とっておきの話が作れたら。
せめて、形だけでも。
もしくはひとつ、はじめの話だけでもできたら。

(できたら、私はもうどうなってもいいと思ってる)

きっと、結婚なんてしてしまったらできない。
単純な物語を作ることは出来ても、リオのために、リオの枕元で、話を作って聞かせるなんて、出来なくなることはわかっている。

(それまでは、リオから離れたくないもの)

結局は、それだ。

色々下手な理由を考えても、結局のところ、ジェインが強く思うのは、それなのだった。

「ずっとじゃないわ。家を出るのは、少しだけ」

少しだけ、と言い訳して。

「少しだけ――そうね、今、ちょっと戦争みたいなのおきてるでしょ。それが落ち着くまで、かな」

国が大変なのに、結婚なんて、落ち着かないし、と付け加えて。

「ちょっとだけ、家出――というか、考えたいことがあるの」
「そっか。ジェインがちゃんと考えたことなら、ワタシ、応援するね」

そんな、ジェインの言い訳を、何も言わずに受け入れて、リオは笑う。


ジェインが結婚なんてしたら、リオは一人になってしまう。
リオは、もう結婚なんて出来ない。
幼いころのそれで、『ディーラ』の血はもう残すことは出来なくなってしまった。
だからといって。
いや、だからこそ、キャスケル男爵が、最後の『ディーラ』であるリオを、手放すことはしないだろう。
リオはずっと、屋敷の中で暮らしていく。
ずっとずっと。
死ぬまでずっと、永遠に。
ジェインが結婚したら、もうこの屋敷に戻ってくることもほとんどないだろう。
だからリオは一人だ。

(そんなの、やっぱり嫌だもの)

ジェインが結婚することは、きっといつかは避けられないのかもしれないが、だったら、やっぱり、リオを元気にするとっておきの物語は、作っておかなければならないのだ。

「何言ってるのよ。リオ。応援なんて。あなたもよ」

だから、ジェインは決めたのだ。

「へ?」
「リオも行くの。いっしょに」
「え?え?どこに?」
「家出よ。まだ場所は決まってないけど。行くのよ。私と一緒に」

ベッドに腰掛けるリオに、手を伸ばす。

「行くって…ワタシ、歩けないし…」
「大丈夫。お祖父様に頼んで、とっておきの車椅子頼んでおいたの!」
「ジェインに迷惑かけるよ?」
「大丈夫。私のほうがリオに迷惑かける自信があるわ」
「二人でって、きっと危ないよ?」
「その点においても――お祖父様に、家出の条件で、ボディーガードつけられたから、大丈夫よ」
「ボディー、ガード??」

実際、苦く心配に思うのは、祖父の用意したそのボディーガードのことだったが。
と、何を考えているかわからない物静かな青年を思い出して、それから頭からそれを振るい払って。

「大丈夫」

もう一度、ジェインは言った。

「リオがいないと、私がダメなの。ついてきてよ」


いつか離れてしまわないといけないのなら。
きっと、今決断すべきは、一緒に行くことだ。
一緒に行って、過ごして、そうしたら。
きっと、とっておきの物語の、最初で最後の欠片を、見つけることが出来るはずだ。

ジェインの伸ばした手を、リオはじっと見つめた。
見つめて、それから顔を上げる。
不安げなリオのその顔に、もう一度ジェインは頷いた。
頷いて、恐る恐る伸びてきたその手を、ぎゅっと掴む。

「さあ、のんびりしてられないわね!行くわよ!リオ」
「えっと、うん、がんばろー!だね」

それから、やれやれと肩をすくめているボディーガードに、用意した車椅子を部屋に運ばせて、準備万端の家出は、こうして幕を開けたのだった。

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【12期】その2

ジェイン・キャスケルという娘について。

20も過ぎた行き遅れたじゃじゃ馬娘。とは、彼女の父親の弁だ。
容姿は決して悪くない。長い金髪は絹のように滑らかで、手足は細く長く、所作も優雅。それから小さな唇と、緑色の瞳。それを縁取る長い睫毛。まるで人形のようだと、初めて見た時、ヒューイは思った。
二度目に見た時は、彼女の振る舞いはあまりにもあまりだったので、人形のようだなんて欠片も思えなかったけれど。
ともかく、貴族の娘なのに、20も過ぎて貰い手もいないなんて、そんな不名誉な思いをするはずはない娘なのだ。本来であれば。

「何ジロジロ見ているの?ヒューイ」
「いや…」

人形のような容姿を持つ美しい娘は、今は頬を膨らませて、テーブルについていた。右手にフォーク、左手にスプーン。その前には白く輝く皿があって、皿の上には何も乗っていない。

「ヒューイが言ったのよ。パンに、チーズとハムを乗せて焼いたら美味しいって。ねえ、まだなの?」

彼女が待ち望んでいるのは、ただのハムチーズトーストだ。
ヒューイが久しぶりに食べたいなあと漏らしたら、目を輝かせてこの娘はテーブルについた。ご丁寧にオーラム貴族御用達の限定100枚しかこの世に存在しない皿まで出してきて。何を誤解しているのか、いつもより上等なドレスに身を包み、わくわくとヒューイを見つめている。

「えっと、ジェイン…その服はなに?」
「この間、お友達と買い物に行ったの!綺麗でしょ?安かったのよ!60万G!知ってるわよ。安くて良いのを探すのが庶民流!でしょ」

胸を張るジェインは、褒めて貰いたいようだった。
求められたヒューイは、何かを言おうとして、口を閉じる。
下手なことは言うまい。なんと答えようとも、彼女をどうにかすることはできそうにない。

ジェイン・キャスケルは、20歳。
キャスケル男爵の一人娘だ。
キャスケル家は新興貴族である。
一代前の先代が商業で身を立て、王家の経済的危機を、その寄付で一度救ったことがあることから、末席ながらも貴族の称号を手に入れた。
先代は、良く言えば豪快、悪く言えば無鉄砲な性格で、財をなしてはばら撒きを繰り返し、得た財産をそのまま使い、思うがままに贅沢をなした。一方、惜しむことなく他人のためにもその金を使うことも有名で、贅沢品を買う一方で、孤児院にも惜しみなく財を分け与えていた。彼はその金に無頓着な性格で、みんなから愛される人物ではあった。
しかし、そのおかげで、その入ってくるお金に比例せず、キャスケル家は財を持ってはいない。それに危機を覚えたのが、現キャスケル家当主。先代の息子であり、ジェインの父親である。
彼はまず、支出を抑えた。贅沢を控え、寄付金も抑えた。お陰でキャスケル家は持ち直したものの、寄付金も抑えたことにより、寺院や民衆からの支持は薄くなり、もとより貴族の後ろ盾もないキャスケル家は新たな危機を迎えることになる。
頭を悩ませた当主が選んだ道は、彼の一人娘、ジェインを使って、貴族との関係を強固にすることだったのだが。
関係を強固にする。簡単なのは、すなわち他の貴族と繋がること。つまり、娘のジェインを他の貴族と結婚させることにより、強い貴族の後ろ盾を得ようとしたのだったが。
大切に育てたジェインは、器量良く育ったものの、その実、祖父の影響を強く受けた娘になった。
良く言えば豪快、悪く言えば無鉄砲。なんにしろ、貴族の一人娘には相応しくない性質である。
その上、教養豊かに育てられたはずの彼女は、どこをどう間違ったのか、その教養は彼女の空想力を加速させ、気がつくと、年頃のジェインは、妄想力豊かで無鉄砲な娘に育ってしまい――
せっかくの婚約を蹴り飛ばす実行力を加えて、現在家出中である。

その家出に付き添うはめになったのが、ジェインの祖父、キャスケル家先代の秘蔵っ子と呼ばれる男、ヒューイなのだが。

しばらく彼女に付き合っているものの、ヒューイには、彼女を理解することはできなかった。
やっていること全てが無駄だ。
生まれた時から、結婚相手が決められていることなど知っているはずなのに、今更、20歳という、行き遅れと言っても良い年になって逃げるなんて、ふざけているとしか思えない。
貧乏貴族とはいえ、普通よりも贅沢を受けて育てられ、教養まで授けてもらっている。それを20歳になるまで許容したのだから、大人しく父親に従って嫁げばいいのだ。
嫌だったのなら、もう少し早く意思を示せばよかったのに、見合い話が現実化されて初めて行動に移すなんて、往生際が悪い。この歳で逃げるなんて、どうするつもりなのか。
とはいえ、こちらだってジェインに興味もないのだから、彼女の選択に口出しする気もなかったが。
ヒューイが彼女とともにいるのは、彼女の祖父への恩義の為である。
先代は、黄金の門というわけのわからない仕組みに巻き込まれてブリアティルトに来てしまったヒューイを拾い、面倒を見てくれた。だから、その彼の頼みであるなら、わがまま娘の面倒くらい見るのはどうってことない。
それが、60万Gを安いという世間知らずの娘でも。
仕事なのだから仕方がない。
その60万Gがどこから出たのか、という疑問や不安にも蓋をしておく。
いざとなれば彼女を売ろう。60万Gくらいにはなるはずだ。

などと心の中で思いつつ、ヒューイはオーブンを開けて、トーストを取り出した。
パンに、ハムとチーズを乗せて、ケチャップをつけて焼いただけのもの。
ヒューイが、元の世界で通っていたスクールの帰りに、友人たちとよく食べていたものだ。

「…はい。ハムトースト」
「待ってたわ!…思ったよりグロテスクね!どうやって食べたらいいのかしら」
「…好きにすればいいよ」

ケチャップが飛び出ているそれに対してグロテスクと表現したジェインに呆れながらヒューイが言うと、彼女はフォークで器用にパンを押さえ、丁寧にナイフで切り取った。
それから、一口サイズのそれを口に運ぼうとし、ふと、手を止める。

「…どうしたの?」

そうヒューイが尋ねたのは、手を止めた彼女が、ヒューイをじっと見つめたからだ。
見つめるというより、睨みつけるように、瞬きもせずに、じっと、ヒューイの行動を見ている。

(…なんだ?)

「気がついたのよ」
「何を?」
「これは、罠ね」

そう得意気に、彼女は笑う。
見破ったと言うような、勝ち誇った顔。
出た。得意の陰謀論だ。
彼女が何を言い出すかなんて、気にしてはおしまいだ。そうわかってはいるものの。
何が罠なんだか。食べたいと言い出したのはそっちじゃないかと、ヒューイがため息を押して肩をすくめると、それを見たジェインは頬をふくらませた。

「なによー。今呆れたでしょ?」
「変なこと言ってないで早く食べたらどうだい」
「だったら早く食べ方教えてよ。失敗したところを笑うつもりなんでしょうけど、そうはいかないんだから」

(笑ってどうするんだよ…)

別にどんな食べ方だって構いやしない。そのまま齧ってもいいし、ナイフを使うのだって彼女の自由だ。ルールなんてない。
ヒューイはそのままかぶりつくのがトーストの美味い食べ方だと思ってはいるが、それがハムトーストのルールだとまでは言うつもりはなかった。
そもそも、そんなルールや決まり事なんて、意味のないものだとヒューイは思う。

「笑わないよ」

たとえ、トーストの食べ方が決まっていたとしても、それを強要する意味を見出せない。
好きに食べて、それが美味ければいい。
どうせどう食べようと味なんて変わらないのだ、好きに食べればいい。

「…ヒューイって」

笑わないと言っているのに、ジェインの顔は晴れなかった。
ジト目で見上げて、ふうと息をついている。

「わかんないやつだと思ってたけど…なんかわかったわ」
「なにが?」
「性格が悪いのね」
「は?」

笑わないと言っている紳士に向かって、ジェインがきっぱり言い切った。

「人の心が薄いんだわ。可哀想に」
「ちょっと待って。意味がわからない。好きに食べなよ、笑わないよと言ってるだけだろう?」

面と向かって性格が悪いと言われたヒューイは、自身を性格が良いとはもちろん思っていない。
だけども、たかがトーストとはいえ、それを作ってくれた人物に対する言い草がそれと思うと、抗議しないわけにはいかなかった。

「だってあなた、教えるのがめんどくさいんでしょ」
「……」

それはそれで図星だったので、ふと視線を泳がせてしまったけれども。
それでも、誤魔化すようにヒューイは口を開いた。

「…食べ方なんて、決まってない。ナイフで切っても、そのままかぶりついても、手で割いても、好きに食べるのが一番美味いよ」
「…食べ方、ないの?」

そう問い返すジェインは、目をぱちくりと瞬かせている。

「好きに食べればいいんだよ」

もう一度、ヒューイは言った。
だけど、ジェインはというと、納得出来ない様子で、憮然とした顔をしている。
何を納得出来ないのか、ヒューイにはそれこそ疑問だ。
好きにすればいいと言ったヒューイのことを性格が悪いなんて言い切った失礼な彼女には、なんと言ったら納得してもらえるのかわからない。

「私はね」

少し気まずい沈黙を、先に破ったのはジェインだ。
唐突に口を開いて、それから、躊躇うように言葉を諮詢している。そうやって一度口を開いてから言葉を少し選んでいるのは、彼女にしては珍しい、とヒューイは少し意外に思う。

「そう。ナイフの使い方も、パンの食べ方も、必要のあることだと思うのよ」
「……」
「窮屈なマナーも、ルールも、大事なことだと思ってる」
「…それは、うん」

世間知らずで破天荒なお嬢様のその言葉。
唐突で、何が言いたいのかはわからない。
だけど、婚約者から逃げてきたお嬢様なのだから、ルールなんて知らないと破天荒に突き進むのかと思っていたので、口から出たそのセリフに、少し驚いた。
マナーやルールでがんじがらめの窮屈だろう貴族生活が嫌で逃げ出したのではないなら、何故彼女はここにいるのだ。
そう思いながら曖昧にヒューイが頷くと、ジェインはくすりと笑う。

「嘘だわ。きっとヒューイは、ルールもマナーも気にしないタイプ、でしょ?」
「そう言われると失礼だな。マナー破りをした覚えはないけど?」

この世界に来て自由にしているが、ヒューイだって、元の世界では貴族みたいなものだった。ワートン財閥総帥である祖父母から、厳しくしつけられ、ひと通りのマナーは知っている。知っているからこそ、そんなもの意味が無いと思っていることは否定しないが。
貴族流の挨拶や、暗黙の了解なんて、めんどくさいし、くだらない。
口に出さないが、ヒューイはそう思っている。
幼いころだって、黙って言うことを聞きながら、頭の中では、スープをぶちまける妄想ばかりしていた。
ナイフやフォークを使うお上品な食べ物よりも、そのままかぶりつけるハムトーストが好きだ。
ぐっちゃぐちゃに手が汚れても構わないし、それが美味いと思う。
そんなこと、家の中で実行したら小うるさい祖父母が卒倒して、面倒なことになりそうなのでしないけど。

「面倒だから従ってるだけでしょ、ヒューイは。波風立てるのが嫌いなの」
「…まあ、否定はしない」
「でも、ほんとは全部ぶち壊したいと思ってるんだわ」
「またいつもの妄想?」

彼女の類まれなる妄想力は、もうヒューイも熟知している。
勝手に決めつけられる方としてはたまったものではないが、彼女の悪癖だとわかっていれば、聞き流すことも容易だ。
肩をすくめて、先を聞かなければいい。

「かもね。自分のことを何も言わないあなたのことなんて、妄想でもしないとわからないもの」

そう返すジェインの声は、少し刺があった。
皮肉げに言って、それからひとつ息をついて、首を振る。

「私があなたについて知ってるのは、お祖父様に恩があって、頼まれて私についてくれてるっていうことと、ハムトーストの食べ方も教えてくれないくらい性格が悪いってことくらいだもの」
「…それはどうも」

結局のところ、ヒューイには、なぜ彼女がこんなに機嫌を悪くしているのかはわからない。
ヒューイがしたことといったら、わざわざ彼女が食べたいというハムトーストを作ってあげたくらいだ。
これだから…
と、ヒューイは肩をすくめる。
妄想癖のあるお嬢様の付き合いは、まともに取り合うほうがおかしいのだきっと。

「悪かったね。僕は君の事がさっぱりよくわからない。わかりたいとも思わないけど」

わけがわからないものには近づかないに限る。
そうそうと退散を決意し、ヒューイは居間を脱出するために背中を向けた。
しばらく放っておこう。
きっと、明日には彼女もケロッと機嫌を直しているに違いない。



「ヒューイのバカ!!」

ヒューイの顔の横を、ひゅっと光が掠めた。
疑問符が浮かぶ前に、テーブル上の花瓶が割れる。
パリンという音と、砕け散る破片。
テーブルクロスを滴る水と、倒れた花の赤を見て、ヒューイは正しく理解した。

「バカは君だ!」
「だ、だってヒューイが逃げようとするから」
「だからって家の中で攻撃魔法を仕掛けるバカがいるか!?」

睨まれたジェインは、しまったという苦い顔を浮かべつつも、ヒューイに言い返す。
彼女が弾みでやってしまったことはわかっているが、だからといって、はずみで攻撃を食らって怪我する寸前だったなんて、笑って流せることでもなかった。

「大体、君はいつもそうだよ!何言ってるか僕はさっぱりわからない。今日だって、君が食べたいというから僕は作ったのに、ぶつくさぶつくさ文句ばかりで…!」
「ヒューイが何も教えてくれないからでしょ!?好きにすればってそればっかり!私は、あなたがどんなのものが好きなのか、知りたかっただけなのに!いつも何にも教えてくれないんだから!ばーか!秘密主義者!地味!」
「地味は余計だ!聞かれたことには答えてるだろ!?それに、食べ方なんてどんなでも良いって言ってるじゃないか!被害妄想癖!」
「どうでも良いっていうのがダメなの!あなたはどうやって食べるのか、教えてくれたらいい話じゃない!」
「それならそう言えばいいだろ!食べ方だのルールだの言うから…」
「決まり事は大事よ!人を作り、人を守る支えなんだから!意味はあるの!ちゃんと!
食べ方だけじゃないわよ。ヒューイはそういうの、全部どうでもいいと思ってるから…」

ぐっと拳を握って、開いて。
それからジェインは首を振った。
何かを諦めたような顔で、ヒューイを見る。
それは、あまり見たことがないような表情で。
いつも夢見がちなことばかり言っている彼女が、夢なんて全部放り投げたような、そんな顔だったので、ヒューイは何かをためらった。

「ヒューイは、生きるための導も、守るための理も、そういうの、何もないでしょ?なにもないから、心配なの、私」

もう一度彼女が呟いたその言葉の意味が、ヒューイには掴めなかった。
あやふやで掴めない。
意味がわからないいつもの彼女の妄想癖の暴走なのか、それともヒューイが悪いのか。
前者だと言い切ってしまいたかったが、彼女の顔を見ると、無性に、何故だか躊躇う。
意味がわからないことに、微かな罪悪感を覚え――それが微かでしかないことに、少しだけ、危機感を抱いた。

(――危うい)

何が危ういのかわからない。
だけど、いつかきっと、このままだと踏み外す。
彼女の悲しげな顔は、何かの警告なのだ。
彼女はヒューイの何かを危ぶんでいる。だから彼女は怒っている。
だけど、ヒューイにはそれはわからなくて、わからないことを危ぶむ気持ちを持ちながらも、それでもだからと言って、それを積極的に認める気にもなれなかった。

「ジェイン――」

認められないながらも、彼女の名が口を突く。
何を言えばいいのかわからないけれど、きっと、言葉が必要だった。

と。


「はいはいストップ。痴話喧嘩もラブシーンも後にしてくれる?」

ぱんぱんと手を叩き、溜息付きながら間に入ったのは、この家の現在の持ち主だった。

「リオが呼びに来たから何かと思えば…まったく、…親子そろって…じゃれ合い喧嘩で家を破壊するのって遺伝なのかなこれ…」

などと訳のわからないことを呟いている、赤雫☆激団本拠地の大家は、名をソウヤという。
この赤雫☆激団本拠地である屋敷は、元々はジェインの祖父の屋敷だったのだが、ジェインの父が、金銭難故に屋敷を売りに出したらしい。それを買ったのがソウヤとその仲間たち<赤雫☆激団>の面々で。
ジェインたちは、そうとは知らずに、家出の目的地としてここに来たのだけれども――ソウヤと出逢い、途方にくれながら事情を話して、しばらく住ませてもらうことになったのだった。
その大家ソウヤの横で、困ったようにきょろきょろと伺っているのは、リオ・ディーラ。
ジェインの幼なじみの少女である。ヒューイは彼女のことを詳しくは知らない。
ただ、昔、野盗に襲われて以来足を悪くしていて、歩くことができなくなったのだと、車椅子に乗るリオから聞いて、同情と怒りを覚えるくらいには親しくしていた。

「えっと、ゴメンネ。声がしてたから顔出そうと思ったら、二人が喧嘩みたいになっちゃってて…びっくりしちゃって…ほんとにゴメンなさい」

ごめん、と何度も謝って、何も悪くないのにリオは頭を下げる。

「リオは何にも悪くないでしょ。悪いのはそこの爆裂破壊魔夫婦」
「…夫婦?」
「あ、まだだっけ。まあいいや。
 ともかく、リオは悪くない。というか、家が破壊される前に呼んでくれて助かったよ」

そうリオに微笑んで、それからソウヤは、居間に立ち尽くす二人に、冷たい視線を投げかけた。

「は、破壊なんてそんな大げさな…ちなみにそこの倒れてちょっと曲がっている椅子は、ヒューイがさっき倒したやつね」
「そっちの木っ端微塵の花瓶と、焦げたテーブルはジェインだろう」
「ふーん、二人共、反省の意思はなしと」
「「ご、ごめんなさい」」

どう見ても年下の少年の謎の威圧感に、二人は揃って頭を下げた。

「壊したのは、ちゃんと直すわ」
「よろしく。ついでに、ちゃんと息子にも部屋の中では暴れるなってしつけといてくれる?」
「む、息子?」
「それにさ、二人共、俺に謝るより、他にあるだろ」

意味不明な約束を取り付けられて、目を白黒していたジェインだったが、ソウヤの言葉に、「あ」と口の中で呟いた。
それから、ヒューイが何のことだとジェインを伺う前に、ひらりと素早く、彼女の元に駆け寄って。

「ごめんねリオ!」

車椅子の前にしゃがみこんで、リオの手を、ぎゅっと握った。

「驚かせてごめんね。心配させてごめん」

声を絞るように、まるで泣きそうなくらいに。

「ごめん。…ほんとにごめんね」

ヒューイには。
ジェインが、何故そんなに必死に謝っているのか、わからなかった。
口論になって、ジェインが部屋の中で攻撃魔法を使い、家具を壊した。
ヒューイも、かっとなって椅子を倒してしまった。
家の持ち主である、ソウヤに謝罪するのは当然だ。
もちろん、口論になっている二人を心配したリオに謝ることだって納得する。
だけど、こうまで必死になって謝るのは―――

(あ、)

二人に目をやって、ヒューイは唐突に悟った。
リオと、目が合う。
彼女の赤い目。
謝るジェインに、首を振って、それから、ヒューイを見て、困ったように首を振った。

リオはきっと、泣いていた。
ジェインはそれを知っている。
だからジェインは彼女に謝罪しているのだ。

(リオの前で、争いは厳禁)

ジェインの家出に、ヒューイとリオが付き合うことになったとき、こっそりと、ジェインはヒューイに言った。
ボディーガードとして雇われているのは知ってるけれど、なるべく、リオの前での争いは避けろと。
幼いころ襲われたトラウマで、リオは争いを見ると身体が竦むのだという。
彼女は珍しい有翼人種で、加えて、ほんの少しの不思議な力を持っていた。
それを狙われ、羽も千切られ、乱暴を受け、無残にも彼女は歩けない身体になってしまった。命が助かっただけでも、奇跡だ。
争いを嫌うのも無理は無い。
リオの心が壊れなかっただけでも、よかった。
そう、ジェインは言っていた。
苦しそうに。その場にいなかった自分を、リオと出逢ってもいなかった自分を悔やむように。

だから今、喧嘩なんてしてリオを驚かせてしまった自分をジェインは悔いている。
悔いて、その分まで謝っているのだ。
事情を察知しても、ヒューイは不思議だった。
なぜそこまで、ジェインが感情移入できるのかわからない。
リオを、可哀想だとは思う。
襲った奴らを八つ裂きにしてやりたいとも、思う。
だけど、ヒューイに理解できるのは、そこまでだ。
どうして、まるで今、自分の体中を千切られたくらいに苦しそうに、ジェインが嘆くのか、わからない。
わからないけれど――

わからないからこそ、ヒューイには、ひとつだけわかった。
ジェインに謝罪され、手を握っているリオの、困ったようにヒューイを見た意味がわかる。
リオが、喧嘩を見て、慌ててしまったのは確かだろう。
慌てて、ソウヤを呼んだ。泣いてしまってもいたのかもしれない。
だけど。

(リオは、ジェインが思うほど、弱くはない、と僕は思う)

リオが困っているのは、ジェインの謝罪に対してだ。
と、ヒューイには見てとれた。
彼女は確かに、過去に対するトラウマは、まだある。
まだあるけれど、きっとそれを脱したいと思っている。
ヒューイはまだリオに出逢って日は浅いけれど、それでも彼女の人となりはわかった。
臆病そうに見えるが、結構頑固で心が強い。
いつも明るく前向き。
ジェインは健気だと彼女を評するが、ヒューイから見ると、リオがあまり深く物事を考えてないからではないかと思う。
明るく前向きなのだろうが、彼女の口癖は、「まいっか」だ。
きっと彼女は、ジェインが知っている通り、深い傷を負っているのだろうけども、だからといって、それに打ちのめされ続けない強かさは持っている。

だから、ヒューイはその困ったようなリオの視線に、肩をすくめて。
それから、しゃがみこんでいるジェインの肩に手を置いた。

「何よ、ヒューイ」
「僕もリオに謝りたいんだけど」

目を腫らしたジェインは、一瞬きょとんとした顔を見せたけど、慌てて立ち上がって目を押さえた。

「そ、そうよね。喧嘩両成敗だし、ヒューイにも謝るチャンス、必要だもの。ごめんね占領して」

身体を引いて立ち上がる。
その肩をぽんぽんともう一度叩いて、ヒューイはジェインの横に立って、リオに向かった。

「リオ、心配させてすまなかった。あと、聞きたいことがあるんだけど」

軽く謝罪し、手を上げる。
その軽い態度に、ジェインは納得がいかなかったようで、何か口を開こうとしたけれど

「なぁに?」

遮った間延びしたようなリオの声に、結局は何も言わなかった。
大したことじゃないんだけど、と前置きするヒューイに、大丈夫だよと頷いて。
それを確認してから、ヒューイは聞いた。

「ハムトーストの食べ方って、知ってる?」
「えっと」

何のことやらときょとんとしたリオは、質問の意味をしばらく考えて、ヒューイの顔と、ジェインの顔を見比べた後、それからテーブルの割れた花瓶と、その横の白い皿を見てから、うん、と頷く。

「よくわかんないけど、あったかいうちに食べるのが、一番美味しいと思う」

そんな、至極もっともな答えに。

「そっか」
「そうよね」

頷いたヒューイとジェインは、顔を見合わせて。
それから、テーブルを片付けて、新しい皿を4枚出した後、ケチャップのたくさんかかった、あつあつのハムトーストを美味しく食べることにした。
途中、ヒューイがトーストにかじりつくのを、不思議そうにぽかんとジェインは見ていたけれど。
結局、何も言わずに、彼女は手でトーストを千切って、美味しそうにそれを頬張った。
その姿を見たヒューイは、なぜだか少しほっとして、それから、次は何を食べさせようか考えた自分に気がついて、ひとつ苦笑した。
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第12期その1

結局、ジャラヒはあの子を選ばなかった。
おそらくは、失敗だ、ということなのだろう。
それなのに、なぜか気落ちすることもなく、ソウヤは不思議と納得するような、安心するような、不思議な感覚を持て余していた。


リオディーラ、という存在は、ソウヤにとっては希望でもあり、不安でもあり、妬みの対象でもあり、幸せになってほしい存在でもある。
彼女の始まりは、一人の不幸な少女。
その少女の夢を叶えるために、彼女の友人の女性が作った物語がルーツだ。
その物語を読んで育ったジャラヒによって命が吹きこまれ、あの子は生まれた。
生まれて、生きて、幸せになって、消えた。
それはソウヤにとっては、羨ましくも妬ましくもあり、悲しくもあり、落胆でもあり、決まっているエンディングを読み終えたのに、気落ちしているような、安心しているような、なんとも言えない感情をもたらしたが、それは必然の出来事ではあったので、結局のところ、ソウヤはただ自分の仕事をこなすだけだ。
仕事――ソウヤの目的を遂げるためには、忘れるわけにも、感情を乱すわけにもいかない。
ただ、ソウヤは見張っていなければいけない。
彼らが何を選び、どんな結末を迎えるのか。
リオディーラは、夢を叶えることが出来るのか。
どうやって成功し、どうやって失敗するのか。
きちんと見守って、覚えて、参考にするのだ。
ソウヤは、失敗するわけにはいかないのだから。


リオが消えた後、ロイの力と、ジャラヒの努力によって、『リオディーラ』は復活した。
真実を知ったジャラヒが諦めなかったことによって、あの子は再び実態を持った存在として、この世界に生まれることができた。
小さな赤ん坊、リオディーラ。
彼女はロイの魔力によって、どんどん成長し、ついには元のリオと同じくらいの歳にまで成長した。

彼女は、間違いなくリオディーラで。
そして、間違いなく、リオディーラとは別の存在だ。

大きくなればなるほど、それは顕著になった。
それは、別に何かの悪意でも、罠でもない。
彼女の成長を誰もが喜んだし、それはまさしく希望だった。
優しく、明るく、人懐っこくて、学ぶことに対する好奇心も旺盛。愛されて育った彼女は、周囲を愛し、幸せに育っている。
まったく、問題なんてなかったはずだった。
ジャラヒが頷きさえすれば、彼女は非の付け所のないリオディーラであり、ジャラヒの目的も達成され、彼らは今度こそ、ちゃんと幸せのエンディングを迎えられるように、新章に進むことが出来る。
今度こそ、リオが消えないように。
彼らのその奮闘こそが、ソウヤが見たいものだ。

だけど―――
ジャラヒは、それを選ばなかった。
新しいリオディーラをきちんと愛しつつも、それでも、彼女をあの子だと認めなかった。
ジャラヒの望むエンディングまで、あと少しだったのに、ジャラヒはその手を拒絶した。

(だから俺は、ジャラヒが嫌いだ)

悩んで悩んで、いつも間違った答えばかりを選ぶのに、彼にとってはいつもそれが一番正しいのだ。
ジャラヒが母親にブリアティルトの話をせがまなければ、母親は狂うこともなかったろうし、兄が暗殺者になることもなかった。だけど、リオはきっと生まれなかっただろう。
ジャラヒが赤き雨なんてギャングを作らなければ、父親はジャラヒの力に気づくこともなく、ブリアティルトのことを忘れていられた。だけど、ジャラヒはセリラートと親友になることもなかっただろう。
ジャラヒがリオに助けを求めなければ、彼の作った組織の子供たちは命を失わずにすんだ。だけど、ジャラヒはブリアティルトに来ることもなかっただろう。
彼は、いつも間違った答えばかり選ぶ。
だけどその結果は、全てがジャラヒにとって、大切で、必要なものばかりなのだ。
リオの存在も、親友の存在も、ブリアティルトに来たことも、ジャラヒにとってなくてはならない。
だからソウヤは、最初はそのジャラヒの選択を、否定する気はなかったのだ。
だけど、と煮え切れない何かがソウヤを捕らえたのは、リオが消えた、あの前後のこと。
あの日。ジャラヒがドロシーの存在を切って、前に進もうとしたことは、ジャラヒにとって必要なことではあった。だから、ジャラヒは吹っ切れて、リオのことを諦めずに立つことが出来るのだ。ドロシーという後ろ盾を切り、前に進んだことは、ジャラヒにとっては正しい。
だけどドロシーにとっては――。

(可哀想だ)

と、ソウヤは思う。
ドロシーも。それから、小さなリオも。
ジャラヒの中の正しさのために、切り捨てられた存在。
きっと、ジャラヒにそんなつもりはないのだろう。
だけど、ドロシーは傷ついたし、小さなリオも、きっとこれから傷つく。
小さなリオの小さな思いは、まだリオ自身も気がついてはいないようだったけれど、一度芽生えた思いは、きっとまだまだ広がっていく。
それをジャラヒが手に取れば、全ては丸く収まったのだけど、もうあの頑固者が考えを変えることはないだろう。
だから、失敗だ。
彼女を選ばないジャラヒを、嫌なやつだと思う。
だけど、何故かソウヤはそれに納得すらしていて、自分で自分が更に不可解だった。
早く、ジャラヒと彼女のその先が見たいのに、その方法を探りたいのに、それが先延ばしになったことに、安心すらしている。

(もう、あんまり時間はないのに)

時間は無情だ。
ソウヤは最初、リオに助けを求めようと思って、赤雫☆激団にやってきた。
しかし、もう彼女はいない。
ソウヤは、彼女の助けなしで、その方法を自分で探らなければならない。
助けてくれるはずだったリオを、自ら探って、学ぶのだ。
消えない方法を。生きる道を。

(早くしないと、あいつは消えたがってる)

厳密なタイムリミットはソウヤにはわからない。
だけど、体中から感じる希薄さが、もう時間がないことを感じさせていた。





刻碑歴1000年。
ブリアティルトの巡りが変わった。
その瞬間を理解できるものは少ない――と、言われている。
3年を延々と繰り返していることを知っているのは、ある種の傭兵たちと、一部の者だけだ。
赤雫☆激団の面々が、ある種の傭兵たちであり、一部の者でもあるのは、この世界に生まれ落ちたものではなく、外から来たもの達だからであろう。
そしてそれは、未だこの世界に存在を許されていないという証かもしれない。
そんな自嘲を胸に残しつつ、ソウヤはその日の朝を迎えた。

(12回目、だっけ)

世界の巡る回数なんて、もう関係ないことはわかっている。
だけど、ついカウントしてしまうのは、新しい年を迎え、西暦を確認する作業に似ている。
ソウヤは毎年、今が西暦何年かを忘れてしまって、下手をすれば年賀状に記す年すら間違うこともあるタイプだったけれど、「彼」はそれを忘れることはなかった。
ソウヤを尊敬していると言って憚らない純真な彼は、こんな大雑把なソウヤの一面は、見ないふりをしているところがあった。
見たいところしか見ない。繊細で純真で、綺麗な少年だ。

(いやいや、そんなことはいいとして)

何故か珍しく思い出した少年の姿を、ソウヤは頭を振って追い払った。

(おかしい)

頭が重い。
でもまあ、それは巡りを越えるとよくあることだ。
だけど、ざわついた胸は、ソウヤに何かを伝えたがっているかのように、早鐘を打って急かした。
手足が冷たい。
体調がおかしい――わけではない。
ただの嫌な予感。
それを受け止めて、ソウヤは体を起こす。
ドアを開けて、気配を探ったが、誰もいない。
それは、別段不思議なことではなかった。とくに、巡りを越えた直後だ。
今ソウヤがいるのは、赤雫の小さな別邸の方である。他の一味は、本邸の方にいるのだろう。
幾度目かの巡り越えなので、もう慣れてしまって、普段通り過ごすことも多いが、なんとなく本邸に集まって、みんなで過ごすのが通例にはなっていた。
だから、きっと本邸の方にいるのだろうと。
何故か収まらない胸のざわめきを抑えつつ、ソウヤは本邸に足を伸ばして―――
誰もいない、がらんどうの本拠地の中で、途方にくれることになった。


(ようするに、つまり、どういうことかと言うと)

結論はひとつだ。
彼らは、巡りを越えなかった。
彼らがどうなったかは知らない。
この12回目の巡りの中に、ジャラヒも、ロイも、ダリアも、ドロシーも、リオも、いない。
それだけが事実だ。

(みんな一緒に買物に行ってるとか――ないか)

赤雫☆激団の面々は、ソウヤを入れて6人。
リオをリーダーに、ジャラヒ、ロイ、ダリア、ドロシー、それからソウヤ。
仲が悪いわけではない。が、ソウヤが覚えている限り、6人全員でどこかに行ったり、行動したりすることはほとんどない。
ソウヤを含め、マイペースな奴らだ。
昼食や夕食はドロシーが用意するため、集まることは多かったが、それは決まりではなかったし、1,2名抜けることも多々あった。
買い物だって、2,3人で行くことはあっても、全員で行くことはない。大体が単独行動だ。最近はマシになったとはいえ、ロイとジャラヒは未だに喧嘩が多い。敢えてお互い時間をずらして行動するようになった分、成長はしているようだったが。ともかく、あの二人が連れ立ってどこかに行くことはないだろう。
第一。

(ドロシーがいなかった)

ドロシーだけは、家にいるはずだった。
彼女は心配症だ。巡りを越えた日は、全員の顔を見ないと安心しないらしい。
だから、昨日、ソウヤが別邸に戻ると言ったら、構わないけれど、必ず翌日に顔を見せること、と約束したのだ。
だから、ソウヤが顔を見せるまでは、ドロシーは本拠地にいるはず。絶対だ。

(…俺だけ、巡りを越えたってのが、一番ありえるよな…)

どんな理由だかわからない。
だけど、この不思議なブリアティルトにあっては、何があってもおかしくもない。
なぜ自分だけが…とも思うが、赤雫☆激団の面々で、誰か独り取り残されるなら、自分だろうとも思った。

---と


「ここのはずなんだけど…もしかして、誰か住んでるのかしら」

玄関から、ガチャガチャと物音と声がし、ソウヤは顔を上げた。

「ここが、キャスケルのお祖父様の別荘?」
「そう。長らく使っていないから、勝手に使っていいってお祖父様が…」
「使っていない…にしては、庭も荒れてない。…ん、何だろう…赤雫☆激団?」

女の声が2つと、表札を読み上げる男の声。
騒ぐ外のその声が響いても、赤雫☆激団のその家の中からはやはり誰も出てくることはなかった。
いつも真っ先に来客応対するドロシーも。人当たりよく挨拶するロイも。面倒臭そうに席を立つジャラヒも。静かに紅茶を飲むダリアも。
やっぱり誰もいないのだ。と、静かな部屋の中で、ソウヤは改めて自覚した。
ため息をひとつついて、仕方なく、玄関へと向かう。
無視しようかとも思ったが、漏れ聞こえる内容からすると、放っておくと余計な面倒事が増えそうだ。

「……何か用?」

扉を開けると、そこにいたのは、声に聞こえた通り、3人の男女だった。
一人は、長く輝く金髪と上品な帽子の女性。彼女が身につけている桃色のコートは華美ではなかったが、皺やほつれひとつもなく、ひと目で上等なものだと見て取れた。それから、その後ろに立っている男。中肉中背。もし今までに彼と逢ったことがあったとしてもそうとはきっとわからないし、今後道ですれ違ったとしても、この時の男だと気づくことはないだろう。印象に残りにくい男だ。ソウヤも男から視線を滑らせて、それからもう一人の人物で、視線を止めた。

「…っ」

思わず息を呑む。
そこにいたのは、ソウヤの知っている人物だった。
青い髪を、赤いリボンで飾った少女。――いや、少女というにはもう少し年齢を重ねている。18,19,成人しているかしていないか。大人というには若く、子供でもありえないその女性は、ソウヤを見上げて、ぱちくりと瞬きをした。

「ん?リオ、知り合い?」
「んーん、はじめましてだよ?」

小首を傾げる『リオ』
リオだ。
青い髪、赤いリボン、背中にある小さな羽。
赤くて大きなどんぐり眼。弾むようなその声。
ソウヤの知っているリオにほかならない。
だけどその目の前のリオは、リオではなかった。
ソウヤの知るリオは、14歳の少女だ。ヒーローオタクの元気な少女。もしくはもう一人、しばらく前まで共にいたあのリオだって、生まれてすぐの赤ん坊から、リオとなる12歳の少女の姿だった。
こんな――長い髪で、穏やかに女性の顔つきをしているリオを、ソウヤは知らない。
それに何より。

「ええっと、ワタシの顔、何かついてる??」
「えっと…」

ソウヤを見上げるリオ。
見上げる体制に彼女がなっているのは、彼女が座っているからだ。
あまりこのあたりで見ない、金属製の椅子。その椅子には取っ手がついていて、その取っ手は大きな車輪に繋がっている。

(…足が悪いのか?)

ソウヤが疑問に思って口を開こうとした瞬間、リオが座っている車椅子を、男がさり気なく後ろに引いた。と同時に、金髪の女性が、割って入るように、ソウヤの視界からリオを消した。

「あなた、ここの家の人?」
「そうだけど…」

怪訝な顔でこちらを見つめる金髪の女性。
綺麗な緑の目と、整った顔つき。少々幼さの残る顔つきをしているが、成人は迎えているだろう落ち着きを感じさせる。

(…既視感)

どこかで見たことがある、という感覚。
リオほどあからさまではない。知らない女なのに、どこかで見たことがある顔つきに、ソウヤは歯がゆいような感覚を覚えた。
見たことがある。

いや、この状況を、自分は知っている。

(…ただの来客じゃない)

どこかの家とここを間違えているだけでは、きっとない。
ただの間違いならば、追い出せばいいと思っていた。だけどこれは、きっと何かある。何かきっと意味があるのだ。
何の意味があるのかは、まだわからなかった。
だけど、考えたらきっとわかるであろうある種の予感。
彼女たちがここに来たのは、意味がある。
ごくりと喉を鳴らして、ソウヤは慎重にひとつ頷いた。

「ここは、赤雫☆激団だよ。君たちは?」

ソウヤが貼り付けた営業スマイルに、金髪の女性は首を傾げて、表札とその顔を見比べる。

「確かにそう書いてあるわね。…私はジェイン・キャスケル。
…ここは、キャスケル家の別荘だった筈なんだけど…聞き覚えはない?」
「キャスケル…」

その名前は、聞いたような覚えがしなくもない。確信も何も持てない。なんとなく聞いた覚えがする程度の記憶。
たしか、…この家の前の持ち主の名前だ。ジャラヒが、この要らなくなった土地を格安で譲ってもらったとか何とか言っていた。とある新興貴族が調子に乗って土地を買いまくって別荘を大量に建てたが、その息子がいらないそれらを処分しまくっているらしいとかなんとか。
その貴族がキャスケルといっていたような気がする。確信は持てないが。

「ああ、前の持ち主さん。この家、使わないからって、安く譲ってもらったんだよ」

確信は持てなかったが、気にせずソウヤはそう言い切った。

「君は、キャスケルさんの娘さん?聞いてなかった?」

しれっとそう返すと、金髪の女性ジェインは、しばしきょとんとしたあと、数歩後ろに下がる。
それから、およよと泣き出すように顔に手を当てて、倒れこむようにしゃがみこんだ。

「お父様の陰謀だわ…!」
「陰謀って言葉好きだなあ君は」

ぼそりと後ろで地味男が呟いていたが、ジェインは気にもしていない。

「お祖父様が買った大切なお家を、債権処理だかなんだか汚い理由で、売りまわっているという悪どい噂!本当だったのね…!」
「悪どいかなあ。正当な理由だと思うけど」

どうやら、ソウヤの言葉は疑われなかったらしい。
勝手に打ちひしがれている女と、顔色も変えない男。その間で一同の顔を順に見上げているリオ。
そのリオと目があって、ソウヤはふうと息をついた。
すがるような、困ったような彼女の微笑に、頷いて応える。
別に、頼まれたわけではない。目があって、微笑まれただけ。
それでも、ソウヤは彼女が何を望んでいるのかわかってしまった。
やっぱり、彼女は『リオディーラ』だ。
ひしひしと感じる。
彼女に何かを期待されたら、応えなければならない。そんな気持ちにさせられる。

「困ってるなら…よかったら、しばらくここに住めばいいよ」

彼女が『リオディーラ』なら、ソウヤの仕事は今までと変わりない。
彼女が何をするのか、何が起きるのか、今までどおり、じっと見守るだけだ。
どうせ、今この家には誰も居ない。
だとすると、きっと、これがこの巡りでの正解だ。

ソウヤが半ばやけっぱちでそう微笑むと、目があったリオは、嬉しそうに頭を下げて、左右に立つ男女を見上げて、にこりと頷いた。

「そうさせて貰おうよ!ね!ジェイン、ヒューイ!」
「……向こうがいいなら、それしかないわよね…」
「旅館に泊まろうにも路銀もないし、野宿もそうそうできないからなあ」

リオの明るい声に、残る二人も頷く。
ソウヤは、三人の話がまとまり切る前に、扉を引いた。

「ようこそ、赤雫☆激団へ。赤雫☆激団は、だれでも歓迎するよ」

ギャングだって、魔神だって、暗殺者だって、メイドだって、得体の知れない、正体も言わない者だって。
リオは、誰だって歓迎だと言った。
だから、今はいないリーダーに変わって、彼女がそうするように、ソウヤは彼らを招く。
たとえ、誰もいなくても、ここは赤雫☆激団で、自分はその一員なのだ。
そう思うことが、ソウヤ自身不思議ではあったが――悪い気はしない。
開かれた扉に、顔を見合わせた三人は、しずしずと足を踏み入れた。




ブリアティルト12回目の巡りの始まりは、ブリアティルトにとって、変わりないいつもの始まりだ。
いつものように回転する時の中で、『始まり』が何の始まりなのかは誰にもわからない。名ばかりの始まりは、終わりでもあり、続きでもある。
だけど、「彼女」にとっては。
この、その瞬間が全ての始まりだった。
そう、全てが終わった時に、ソウヤは知ることとなった。

2014-07-06 : SS : コメント : 0 :
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【SS】物語を繋ぐモノ【short story】byナンバーズ・ラボ

ナンバーズ・ラボ様にいただきました!!

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「失礼する。ジャラヒ殿はご在宅かな?」

その男、フィボナッチは前触れもなく…行動に脈絡や理由を求めるのは困難な人物であるが…赤雫☆激団の本拠に現れ、応対に出たドロシーに尋ねた。
「坊ちゃんでしたら、外出しております。さほど遅くはならないと思いますが、研究室へへ伺うようお伝えいたしましょうか?」
「遅くはならないのであるか…支障なければ中で待たせてもらってもよいかな?……おおそうだ、これはカプレカの奴からなんだが…皆で食してくれと持たされた。手作りのプリンだと言っておったな。」
「これはわざわざ…ありがとうございます。フィボナッチさんのお時間に問題がなければ」
ドロシーが言い終わるのを待たず、フィボナッチは肯定の雰囲気だけを感じ取り勝手しったる他人の家とばかりに客間へと入っていった。


夕暮れも迫り、フィボナッチの来訪から四半日程のときが経つころ…尋ね人ジャラヒが本拠へと戻ってきた。リオディーラの育児書がらみで馴染みとなった本屋でついうっかり話し込んでしまったのだ。

「フィボのやつが待ってるだって…?いったい何の用だってんだか。…ん?」

ドロシーから来訪を聞き、外出着から着替えようと私室へ入ろうとする。だがその矢先、室内に人の気配がする。リオはさっき食堂でカプレカからもらったというプリンを満面の笑みで食べていた、違う。フィボ?やつは客間で待っているとドロシーから聞いているからこれも違う。となると…空き巣だな。
即座に判断を下し行動へ移す。すばやくドアを開き、侵入者に反応する隙を与えず魔法を放り込む。

「アトムっ!お前が誰だかしらねぇが、忍び込んだ場所が悪かったとあきらめるんだな」

ややあって魔法の煙が晴れてきたとき、ジャラヒは息を呑んだ。侵入者は相変わらず…というよりもむしろ、放り込まれた魔法を意に介さずそこに佇んでいたのだから。
歴戦の傭兵ならともかく、こそ泥程度には耐えうるはずもない…であればリオの身が危ない!己のことはさておき愛する少女を守らんときびすを返しかけたその瞬間、部屋の中から声がかけられた。

「くくく…ジャラヒ殿、遅かったではないか。まったく……待ちくたびれてつい家捜しをしてしまったぞ。まぁ、最も欲しかった物はないが、代用品は見つかったという所であるがな…くくく…」

常に寝癖のようなくせっ毛をしている頭髪はアフロになり、よれよれの白衣は煤けていたが声の具合は間違いようもない、客間で待っているはずのフィボナッチであった。それが確認できるとジャラヒの全身から一気に力が抜け、代わりに怒りがふつふつとこみ上げてきた。

「おいフィボ、お前は客間で待っているんじゃなかったのか!?って言うかなんで人の部屋に勝手に入って家捜ししてるんだ?おぃ、なんか言えよ!ぜぇはぁ…」
「うむ、そんなに怒鳴らずとも答えるとも。まぁ…ジャラヒ殿の帰宅を待ちきれず、同意を得ることを前提にして行動していた…そういう事であるな。」

勢い込んで詰め寄るジャラヒに対し、フィボナッチはいつもと変わらぬ軽薄な…人を小ばかにしたような笑みを浮かべて軽く答える。が一転、常にはないまじめな表情になり詰問者へ問いかけを返す

「ジャラヒ殿…このままでいいと思っておられるのか?ロイ殿の事、そして…リオ殿の事…」
「いいなんて思ってるわけねぇだろ!けどよ、俺にできる事なんて…(ぶつぶつ)」

勢い込んで言い返すものの、まさしく竜頭蛇尾の体で言いよどんでしまうジャラヒ。しばらく話し込んだ後、日を改めてジャラヒがフィボナッチのラボを訪れる事となった。その様子を見ていたロイによると「悪徳訪問販売員に言いくるめられたジィさんみたいだったぜ」とのことである(合掌)

それから数日、準備ができた旨の連絡を受けラボを訪れたジャラヒ。朝早くに訪れ、研究室へと案内された彼の目に飛び込んできたのは、およそプリアティルトの文明水準からは考えられない『医療機器』によく似たものであった。

「ジャラヒさん、引き返すのなら今のうちです。主任からおおよその事は聞きましたが…成功率は数%といったところでしょうか。下手をすれば命にもかかわってきますよ…」

そう問いかけてきたのは、ラボの用心棒にしてハウスキーパーのカプレカである。フィボナッチほどではないが、彼の研究に対する理解を持つ人物である。実験に危険が伴うというのはそう外れていないのであろう。


「心配サンキュな。だけどよ、引けねぇことはあるのよ。分かんだろ?特に…俺にとって、あのリオの事ならなおさら…な」
「そこまで決心しているなら止め立てはいたしません。後は…主任の気まぐれで危険な行程が追加されないように祈るだけです。」
「ははは…確かにそれが一番怖えや。ま、フィボの技術自体は疑ってねぇからよ。危ねぇことしそうになったときに止めてくれよ。頼むぜ…っておいフィボ、これは何だよ!?」
軽口の応酬で不安を軽減している間にも黙々と準備をし、気がつくとジャラヒの頭にはハリネズミのように数多のコードが刺さったヘルメット状のものが被せられていた。

「くくく…ジャラヒ殿の”脳力”を測るための装置であるな。安心するがいい、自爆装置は付いておらぬゆえな(ぽちぃ)」
「お、おいフィボちょっと待て…っ!」

被験者の誰何に対し答えにならぬ返答が帰ってくる。止める声も間に合わずスイッチが入れられると、つながれた機器からは様々な計測値が続々とはき出されていく。人前では見せない、引き締まって鋭い眼光を放つフィボナッチ。ヘルメットの下から喜怒哀楽の表情をのぞかせるジャラヒ。それらを心配げな表情で見守るカプレカ…。機器の発する騒音と時折発せられるジャラヒの呟き、それだけをBGM代わりにしてラボの時は進んでいった。



日も大きく西に傾く頃、ようやくそれは終わりの時刻を迎えた。
「ジャラヒ殿、気分はいかがかな?」
いつものにやけ顔に戻りつつ、ヘルメットを脱がせるフィボナッチが問う。
「………よくねぇよ。ってか疲れた。ってか何でわざわざリオの記憶を再生して俺に見せたんだ?よく出来てたな…ってかお前はデバガメか!?」
疲労困憊、といった体でジャラヒが問い返す。
「それは違うぞジャラヒ殿、再生して見せたのではない。記憶の底に眠っていたものを呼び覚まし見せてもらったのだ。まぁ、そのついでにジャラヒ殿の魔力の波長を確かめさせてもらったがな。くくく…」
「そうだジャラヒさん、夕食はどうされます?よろしければケヤキの方で用意してもらいますが。」
「ワリィ、あそこのメガ盛りってのもいいんだけどよ…今日はパスだわ。さっきも言ったけど疲れちまったしよ。それに…リオが俺の帰りを待ってっからな」
「うむ、リオ殿が待っているなら仕方がないな。まぁ、今日の成果はそう遅くならんうちに持っていくとしよう。お疲れ様であった」
「あぁ、ほんっと疲れたわ。ま、期待しすぎねぇ程度に待ってるぜ。じゃぁな」
「なぁフィボ、これはいったい何なんだ?」

ジャラヒがフィボナッチの研究室で実験を受けてから数日後、激団本拠を訪れたフィボナッチ。彼はどうだと言わんばかりに胸を張って発明品を示すが、ジャラヒは心底不思議そうな顔をして問いかけた。

「ん?何だと問われてもな…見たままのものだとしか言いようがないな。さて、どう説明したものか」

もともと思考が捻れているフィボナッチ、そこへ来てさらに独特の思考にひねりを加えたものを作ったらしく彼自身も説明をしがたいといった体のようだ。

「わかり辛いようで申し訳ありません。これは単独では機能しないもののようでして、こちらの2冊のうちいずれか…もしくは両方とセットにすることで効果を発揮できるらしいのです」

フィボナッチに同行してきたカプレカが追加を取り出しながら説明をする。彼自身も正確には理解していないのであろうが、フィボナッチに任せていては文字通り日が暮れてしまうと懸念したのであろう。
取り出された2つの冊子にはそれぞれ“赤雫★激団物語”“ジャラヒの子育て奮闘記”と表書きがなされていて“Blank Note”と書かれた最初の冊子の上に重ねられた。

「まぁ!坊ちゃんの奮闘記ですか。拝見してもよろしいですか?」
一方が丁度ティーポットと茶菓子を持ってきたドロシーの目にとまり興味を引く。あえて手出しをしてこなかった彼女にとってに映っていたかは気になるところなのであろうか。

「うむ、ジャラヒ殿とリオディーラ殿以外にとってはどれもただの文字記録に過ぎぬからな。まったく持ってかまわぬぞ。」
「…ん?俺とリオ以外にはただの文字記録…?ってことは何だ?この間カプレカが言っていた“命を落とすかもしれない危険性”ってのはいったい何なんだ?」

ただの記録であれば危険なぞあるはずもない、ジャラヒが疑問に思うのももっともである。それに対するフィボナッチの返答は彼らしくあり、脱力を誘うものであった。

「ん?それはな…測定中に構想を面白くなく感じてしまってだな。この形式のほうが安全でかつ面白そうだということで路線変更をしたのだ。」
「ところで主任、これらはどういう理屈でどのような効果のあるものなのですか?」
脱力しきり、突っ込みを入れる気力も失われかけているジャラヒに代わって助手の立ち位地からカプレカが問いかけの形で説明を促す。
「うむ、そうであった。それを説明せねばならなかったな。その前にふたつほど再確認させてもらうが…ジャラヒ殿、そもそもリオ殿は物語を核にしてジャラヒ殿の想念が形作っていた。それと、以前リオ殿が消滅したのはジャラヒ殿とハッピーエンドを迎え物語が完結してしまったから………それに相違はないな?」

肯くジャラヒにフィボナッチは説明を続ける。彼に語らせるといつまでも終わらないので要約すると以下のとおり
・Blank Noteはジャラヒと魔法的に接続することで彼とリオディーラに関わる  ことを自動的に記述していく。
・記述により物語の結末を強制的に取り払い、リオディーラ顕現の核とする。
・“赤雫★激団物語”・“ジャラヒの子育て奮闘記”はそれぞれ過去・現在のリオディーラを表し、Blank Noteと魔法的に接続することにより「リオディーラがプリアティルトでジャラヒと出会ってから消滅するまで」と、「ロイの魔力で顕現してから現在まで」のいずれかの記憶を持ったリオディーラとなる。両方をつないだ場合には、運がよければ両方の記憶を持つが、悪ければどちらの記憶も持たないまっさらな状態になる。
・どちらも接続しなかった場合にはオリジナルのリオディーラが現れるかもしれない。

「まぁ、これはあくまで可能性の事象平面から一点を取り出そうとするものだ。上手く行くか否かはまったく予想が付かぬ。よってどれかを選べということは私には言えぬな。どれも選ばないという選択もあるからな。くくく…」
「フィボ、説明がくどいぜ…。まぁ…必要なところは理解出来たっぽいからいいけどよ。」
説明が終わる頃、フィボナッチたちの来訪時に中天にあった太陽はすでに西に沈みかけていた。ジャラヒとともに隣で説明を聞いていたドロシーなどは意識を彼方へ退避させてしまっている。ジャラヒも疲労困憊といった体だが、それを覆い隠すほどの期待が見て取れる。

「主任、それではお暇しましょうか。ここから先は文字通りのお邪魔虫になるでしょうから。それでは、お邪魔いたしました。」

備えとして居座らんとするフィボナッチの首根っこをつかみカプレカは辞去していった。

「(ジャラヒさん、悔いの残らないようお願いしますよ…)」

一人、応接間に残ったジャラヒの選択は…そしてその結末は…また、別のお話。

果たして、どの物語がつながり、紡がれていくものなのでしょう…。

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2014-07-06 : いただきもの : コメント : 0 :
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