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11期その3

「リオ、絶対手ェ放すなよ」
「あいっ!」

何度も何度も繰り返すジャラヒに、何度も何度もリオディーラは答えた。
ぴんと両手を上げて元気よく。
それは花丸印の立派な返事だったのだが。




「なんで消えるんだあいつはーー!!」

数時間後、アティルト広場で声を上げたジャラヒの右手には、買い物袋ひとつ。左手には財布ひとつで。
叫び声に答える彼女の声は、どこにもないのだった。




:::::::


リオディーラ、たぶん7歳。
赤雫☆激団という部隊に所属している。
部隊というのが、リオにはよくわからなかったが、家族ってことですよ、と言われて納得した。
リオの家族は全部で6人。
お父さんみたいに頼りになって、お母さんみたいに優しいのがロイ。
いつもぎゅって抱きしめてくれて、あったかくて優しい力を与えてくれる。その力で、リオは少しずつ大きくなることができるのだ。
それから、とっても心配性で、大事に大事にしてくれるジャラヒ。
小言ばかりだけどとっても優しくて、大人の癖にいつも寂しそうにしているので、リオはついジャラヒに撫で撫でしてしまう。
あとは、いつも綺麗でかっこいいダリアに、何だってできちゃう魔法みたいなドロシー。あまり姿を見せないけど、たまに遊んでくれる、いろんなことを知ってるソウヤ。
それにリオを加えての6人家族。
リオの大好きな家族だ。



今日は、そんな大好きな家族の一人、ドロシーのお祝いをする日らしい。
母の日だからとジャラヒは言っていた。
母の日というのは、お母さんっぽい人に感謝をする日らしい。
本当のお母さんではないけど、お母さんっぽいからいいのだと言うジャラヒに、リオは思ったのだ。
ジャラヒだけに、任せてはおけない。
だって、ジャラヒはなぜだか忘れている。
リオにとって、お母さんっぽいひとはたくさんいるのに、ジャラヒはどうやら、それに気が付いていないみたいで、ドロシーのことしか言っていないのだ。
リオにとってのお母さんっぽいひとは、ドロシーも、ロイも、ジャラヒも、ダリアも、ソウヤも、みんなそうだ。
こんなにたくさんの人に感謝をしなければいけないのに、ジャラヒは全くそれに気が付いていない。
まったく。ジャラヒはいつも大事なことを忘れるのだ。
と、リオは焦った。

「ジャラ!いく!リオも行くのよ!!」
「え?ああ、買い物ついてくるか?まあいいけど…絶対手ェ放すんじゃねえぞ?」
「あい!」

元気よく返事すると、ジャラヒは満足そうに頷いた。
それから、ゆっくりとリオの手をひく。
これから一日、いっぱいいっぱいやることがあるのに、なんでこんなにのんびりできるのかわからない、とリオは頬を膨らませた。

「って、ひっぱんなよ。焦らなくても逃げねえって」

早くいかなければ間に合わないかもしれない。
ぐいぐいと、のんびり屋さんなジャラヒをひっぱって、リオは外に出ることに成功したのだった。






:::

リオが消えたのは、とジャラヒは焦る鼓動を抑えて深呼吸をひとつ。
それから、本拠地を出てからの行動を思い返した。
張り切るリオに引っ張られて、市場まで来て。
そこで、ドロシーへの贈り物を何にするか一緒に悩んだのだ。
いつぞやは、エプロンをあげたことがあるので、できればそれはパス。
花も良いけど芸がないかななんてジャラヒが言うと、リオはしたり顔でプリンがどうとか言っていた。
母の日のプレゼントがプリンってなんだよと、もちろん却下。
だけどリオが悲しそうに眉を曲げたので、仕方がないから、まずはプリンでも食うかと喫茶店に入ったのだ。
プリンを食べて、急にのんびりしだしたリオを急かして、それから…

そうだ。外に出た途端、やっぱりクリームが付いたプリンがいいと、リオがわがままを言ったのだ。
わがままはダメだとリオに怒って、今日はプレゼントを買いに来たのだと彼女を諭した。
そうして、雑貨屋で色々と見回して、リオがいないことに気がついて――
慌てて探し回っている。
来た道を辿ってみたが、彼女の姿はどこにもなかった。

(やっぱり、さっきの喫茶店か?)

クリームつきのプリンくらい、買いに戻ってやればよかったのだろうか。
あの子がわがままを言うことはあまりない。
一般的なあの頃の子供たちと比べて、手のかからない子だと思う。
そんな彼女の小さなわがままくらい、聞いてあげるべきだったかもしれない。

(いや、関係ねえだろ)

我儘を聞くだの聞かないだのは関係ない。
問題は、一瞬でも、彼女の手を離してしまったことだ。
あんなに注意していたのに、離してしまった。
全てジャラヒの責任だ。

(まさか…)

リオはしっかりしている子だ。
大丈夫だとは思う。
だけど、まさか、という言葉が、ジャラヒの胸からこびりついて離れない。


『可能性の話だ』

思い出したのは、ロイが出逢ったというボロボロのリオの話。
5歳6歳くらいのリオが、黄金の門を通って逃げて、ロイに発見された。あの事件が、もしかしたら、今のこのリオなのではないかという話。
あの話を聞いてから、しばらく用心していたけれど、何事もなく日は過ぎ去り、リオも7歳を迎えた。
だから、油断があったのかもしれない。
もう大丈夫だと安心まではしていなかったが、何事もないのかもしれないと、気のせいであればいいと、そんな思いでいた。

(……クソ)

舌打ちをして、もう一度走る。

きっとただの迷子だ。
今に、けろっとした顔で、再び現れるに違いないのだ。
心配することなど、きっと何もないに違いない。

自分に言い聞かせてみても、不安は積もるばかりだ。
角を曲がって、喫茶店に入る。
やっぱりどこにもいない。
店員に尋ねてみたが、あれから彼女の姿を見ていないと言う。

(どこだ…)

辺りを見回して、リオの行きそうなところを考える。
もう一度広場へ。
いつも彼女は、広場の木に登って、ヒーローごっこだなんて言って、飛び降りる練習をしていた。
近所の犬と闘って友達になったのだと、遊んでいることもあった。
それから、ヒーロー流ゴミ拾いなんて言って、広場向こうのゴミ捨て場にゴミを捨てに行って、何故か宝探しになっていたこともあったから、もしかしたらそこかも…


(違う)

と、そこまで考えて、強く頭を振る。
そのリオは違うのだ。

この手足が冷えて、胸が熱くなるような不安は、覚えがあった。
丘の上で突然消えたリオを探した、あの時のもの。
あの時、リオは消えてしまって、もう二度と現れなかった。
ジャラヒが彼女に想いを告げて、彼女は幸せになったと言って、エンディングを迎えてしまった。

だけど、違う。
今探しているリオは、彼女ではない。
だから、正義のヒーローの登場練習なんてしないし、宝探しをしてゴミだらけになったりしないし、犬と闘ったりもしない。

今探しているのは、プリンが好きで、ヒーローも好きだけど、おひめさまみたいなふりふりひらひらが好きな女の子だ。

あのリオとは、違う。
消えてしまって、もうどこにもいないなんてことはない。
きっと、迷子になってしまっているだけだ。どこかにいる。
あのリオとは違っていても、彼女はジャラヒにとって救いだ。
見失うわけにはいかない。
危ない目に遭わせるわけにはいかないのだ。

(…どこだ…)

必死で考える。
あの子は『リオ』とは違う。
だから、違う彼女の居場所があるはず。
早く見つけないと――

(怪我なんて、させるもんか)

黄金の門に逃げるくらいの危険になんて、遭わせるわけにはいかない。
どくどくなる心臓を抑えて考える。
彼女の居場所。
どこに行ったのか、どこにいるのか。
きっとどこかにいるのだ。

―――と。

噴水前を通りすぎて、交差点に差し掛かった直後。

(……あ)

ふわりと、緩やかな風が、ジャラヒの髪を撫でた。

(……っ!!)

たった一度の、穏やかな風。
強風ではない。誰にも気づかれないような、柔らかに撫でるだけの小枝を揺らすこともないそれだ。
だけど。
ふわりと香るおひさまの匂いを、ジャラヒは知っていた。
初めて香る匂いではない。
何度も何度も、ジャラヒとともにあった匂い。
懐かしい。それでいて、別になんでもなく、今だって、いつだって近くにある匂いだ。
だけど、ふいに、胸が締め付けられて、ジャラヒは泣きたくなった。
昨日も今日も、ずっとジャラヒと共にあったその空気が、ふわりと撫でて、ジャラヒの胸を掬っていく。
何かを叫びたくなって、ジャラヒは口を開けたけど、何も言えなくて、ただ目頭を抑えた。
それから首を振って、顔を上げる。
ジャラヒがすることはひとつ。
耳をすませなければいけない。

(…こっち、か?)

ふわりと、たったそれだけ。
一筋の風が教えてくれたこと。
それだけで、ジャラヒはわかった。

(そっか…さんきゅ)

礼を言うと、頷いた気配がして、なんだかそれが嬉しかった。
その気配は、一瞬にして消えてしまったけれど。

「…よし」

ふう、と大きく息をつく。
落ち着こう。慌てて注意散漫に探しても、見つかるものも見つからない。
それに――彼女が言うのだから、もう間違いはない。

「待ってろよ、リオ」

踵を返して、足を向ける。
リオの場所は、もうわかっている。
彼女の言うとおり、リオの場所は、そこにしかないのだ。





:::

「あんた、一人で何してんの?」

聞き覚えのある声に、リオは顔を上げた。

「だーちゃん!」

声をかけてきたのは、長い黒髪を腰まで流した女性。厚手の黒いコートと、頭の桃色のリボンが、不釣合いでありながら、それでいて妙にマッチしていた。
リオが駆け寄ると、ダリアは微笑んでその頭を撫でる。
大げさに可愛がりはしないが、彼女がリオを嫌っていないことは、リオにだってわかっている。

「あのね!おかあさんの日なのよ!」
「ああ、母の日のプレゼント。ジャラヒと買いに行くって言ってたわよね。……あの男は?」
「ジャラね!プレゼント選んでたの!だから、リオもね!プレゼント探さないと!」
「…別行動?」

あの男が別行動を許すなんて思えない、と眉を顰めるダリアに、リオはちょんちょんと、彼女のコートの袖口を引っ張った。

「ジャラね、ドロシーちゃんにしか用意してないのよ。わすれんぼしてるの!だから、ちゃーんとね、リオがみんなの用意したげる!」

胸を張るリオは、誇らしそうで。

「…つまり、リオからはぐれたの?ジャラヒを置いて」
「ジャラね、迷子なのよ」

Vサインをするリオとは逆に、今頃必死で探しているジャラヒを思うと、ダリアは眉間に手を当ててため息をつく。

「一人は危ないから、そういうの、良くないわよ」

褒められると思っていたのに、ダリアはリオの思いつきを良くは思わなかったようだ。
そんな反応にリオが頬を膨らませると、慌ててダリアは首を振った。

「リオは、プレゼント、みんなにあげたかったのよね。すごく、いいことだと思う。
だけどね、そういうのは、最初にジャラヒに相談したらよかったわね。ジャラヒ、心配してるわよ」
「…ん…」

ジャラヒが心配性なのは、リオだって知ってる。
歯を磨いたか、手を洗ったか、迷子にならないか、お金は持ったか、変な人についていくなよ。なんて、いつも一番うるさいのはジャラヒだ。
と、そこで初めて、リオは気がついた。
ジャラヒにもプレゼントをあげたくて、驚かせたくて黙ってこっそりと離れてしまったけれど、急にリオが消えて、ジャラヒはどう思っただろうか。
ジャラは大人だけど、寂しがり屋で、たまに悲しそうな顔をしている。
リオがいなくなったら、きっと――


「…ジャラ、泣いちゃう?」
「泣くわね。絶対」
「ぜったい?」
「ええ」
「ジャラかわいそう」

泣いちゃうのは可哀想だ。
ジャラヒは口うるさいし、心配性だけど、優しくてさびしがり屋。
それでいて、めったに抱っこもしてくれないけど、とっても優しく頭を撫でてくれる。
リオはジャラヒにもお礼をしたかったのに、泣かせてしまうのはだめだ。
考えると、リオまで泣きたくなってしまう。

「リオね、みんなでプリン食べたかったの。生クリームつけるとね、美味しいのよ。ジャラとね、みんなとね、食べるの。いっぱい、生クリーム…」
「生クリーム…?だからケーキ屋の前に?でもここ、プリンないでしょう?生クリームプリンなら、向こうの喫茶店に…」
「ジャラがダメって言ったもん」

ダリアは、リオの言葉に頷いて聞いてくれた。
手を引いて、ぎゅっと握ってくれながら、一緒に考えてくれて、にっこりと笑う。

「じゃあ、リオ。帰ってプリン作りましょう。たまごも砂糖も牛乳も家にあったわ。生クリームもちゃんと作れるわよ。リオからのプレゼントはプリン。きっとジャラヒもみんなも喜ぶわよ。
私が手伝うから、ね?」

そんな素敵な提案に、リオは飛び上がった。
さすがはダリアだ。
リオが思いつかなかったことを、さらりと言ってくれる。
そうだ。プリンは買わなくても、作ったらいいのだ。
プリンが作れるなんて知らなかった。
どうやって作るのかなんて知らないけれど、ダリアが手伝ってくれるならなんだって出来るに違いない。
そう顔を輝かせるリオに、ほっとしたようにダリアは頷く。

「だから、家に帰りましょう。きっとジャラヒも家に戻るわ。安心させてあげましょう」
「はい!」

大きく返事をして、手を引くダリアにぴったりとくっついて、リオは歩く。
広場からお家までの距離は、そんなに遠くない。
リオの足でも、歩いて30分もかからないくらいに着いてしまう距離だ。
ロイと歩くと15分もかからない。ロイはいつも、ひょいとリオを抱えてしまうからだ。
ジャラヒと歩くと、一人で歩いているのと変わらないくらいかかるんだけど…




「リオ!!!!」

視界の端に見えた金髪が一つ跳ねて、次の瞬間には、あっという間にリオの目の前にその姿を現したと思うと、ふわりとリオの身体は浮いて、くるりと回って、それから地面に下ろされた。

「ジャラはやーい」
「なめんなよ、おれはこれでも地元では俊足の…って違う!」

リオと歩いているときはのんびりゆっくりなのに、本当はこんなに早く走れるのだ。
びっくりしていると、ジャラヒはぽんとリオの頭を叩く。

「心配させんな迷子!寿命が縮まったぞほんと」

はあ、と息を整えているジャラヒは汗だくだった。
いつもは澄ました顔をしているのに、髪も整えられていないし、シャツだって半分出ている。

「ジャラ…ごめんね。泣いた?」
「ああ…って泣いてねーよ!泣いたのはおまえだろ!」
「リオ、泣いてないよー」
「そうだろうな!ったく、ダリアとるんるん手つないで帰りやがって」

と、悪態をついたジャラヒは、リオの隣にいたダリアを見て、片手をあげる。

「と、さんきゅーダリア。迷子捕獲してくれて。こいつどこにいたんだ?」
「貴族街のケーキ屋のところ」
「はあ?あんな所になんで…っていうかお前もそんなところ用事ないだろ、よくわかったな」

ジャラヒが聞くと、何やらダリアは、珍しく歯切れが悪そうな口調で肩を竦めた。

「なんとなく、…呼ばれた気がしたのよ。こっちにリオがいるって」
「……そうか」

なんとなく、という理由のない言葉の先を、ジャラヒは追及しなかった。
そうか、ともう一度呟いて、視線をしばらく空にやる。
それから、よし、と頷いて、リオの頭をくしゃりと撫でた。

「もー、おまえは帰ってろ?おれはもっかい、ひとっ走りプレゼント買ってくるから…」
「そのことなんだけど、ジャラヒ。提案があるのよ。私とリオからの提案」

きょとんとするジャラヒに、リオはダリアと顔を見合わせてにこりと笑う。

「だーちゃんとね!リオがね!プリンつくるの!!クリームいっぱいついてるの!みんなでおいわい、ね!!」




:::

リオとダリアが作ったのは、店で食べたものよりは不格好な焼きプリンだ。
でも、皿からはみ出るくらいの生クリームと、その上にイチゴがひとつ乗せられている。

「あらあらあらあら!まあまあまあまあ!」

そわそわとテーブルメイクをしていたドロシーは、二人が運んだプリンを前に、両手を胸の前で合わせた。

「今日はなんの特別な日でしたっけ?」
「あのねーみんなにねー、ありがとってする日なのよ!」

自信満々に答えるリオの後から、ジャラヒは小声で、ドロシーに母の日だと告げた。
きょとんと目をぱちくりさせたドロシーは、まあ、と口の中で呟いて、リオに視線を合わせるために腰を下ろした。

「リオさんは、みんなにちゃんとありがとうができるんですね」
「あのね!今日はおかーさんにありがとの日だってね、ジャラが言ってたの。だからー!リオはー!みんなにするのよ!」
「とっても素敵ですよ」


みんなで囲んだプリンは、とてもおいしかった。

(まあ、いっか)

満足そうなリオを見て、ジャラヒは苦笑した。
ドロシーに感謝の気持ちを伝える毎年の行事――今まで、しばらくジャラヒは姿を消していたので、久しぶりに、形にしたいイベントだったのだけど。
ドロシーを見ると、嬉しそうにプリンを頬張っていて。
ちらりとジャラヒと目があって、にこりと笑った。
きっと彼女は、ジャラヒの感謝の気持ちなんて、全部わかっているのだろう。
わかってくれないことだってあるけれど、この気持ちだけは、きっと伝わっている。
だからジャラヒは頷き返して、それから、ぽんと両手を叩いた。

「リオ、ありがとな!おれたちみんな、リオの気持ちが嬉しいし、リオの母さん役でよかったって思ってるぞ!」
「お母さんいっぱい!ね!!」
「いや、おれは母さんより父さん役がいいなあ」
「その恰好のお前が言うな」

ここしばらくの事情で女の姿を取っているロイを睨んで、ジャラヒは、ちょっと待ってろと席を立った。
きゃっきゃと笑うリオの声に手を振って、足早に自分の部屋に急ぐ。

(ちょうどいい機会だし、な)

自分の部屋に着いて、ジャラヒは棚の端にある絵本を手に取った。
黄色い表紙の、題名のない絵本。
開くと、見知った青い髪の少女が、元気に冒険をしている。
しばらくそれを目にしたジャラヒは、優しく絵本を閉じて、棚に戻した。
それから、その横の真新しい絵本を掴むと、くるりと踵を返して、一同の囲むテーブルへと足を戻す。

「おまたせー」
「なーにジャラ!なーに??」

後ろ手に隠しているものに気が付いたのか、リオがちらちらとジャラヒの背中を気にしながら飛び跳ねた。
まあまあ、と手で制して、ジャラヒはリオを座らせる。

「おれたちがこんないいもん作ってもらったのに、リオに何もないのは悪いしな。リオが良い子にしてたらあげようと思って買ってたものがあって」

「リオいい子よ!」

キラキラと目を輝かせるリオに、苦笑しながらジャラヒは、その新しい絵本を差し出す。

それは、あまりリオが見たことがないような、ピンク色の表紙の絵本だった。
キラキラと輝いたコーティングの表紙に、長い髪のお姫様と、馬に乗った金髪の王子様が描かれた絵本。
そこにはかっこいいヒーローの姿はなく。ただただ幸せそうに、お姫様と王子様が微笑んでいる。それから、きれいなお花に、リスやうさぎ。

「ちょっと、それは少女趣味すぎないか?なあ?」

リオが好むのは、かっこよくて、強くて、悪を粉砕する正義のヒーローや、ロボットの話だ。
それを知っているから、横から見ていたロイも、苦笑しながら、リオにフォローする言葉を考えて、口を開いたのだけれど。

「いや、こういうの、好きなんだろ?お前は」

ジャラヒはきっぱりとそう言って、しゃがんでリオに目線を合わせると、差し出した本を、リオに握らせてた。

「これさ、本屋で見かけたときに、きっとお前はこういうの好きなんだろうなって…。
ヒーローも好きだけど、きっとお前は、かっこいいものよりも、こういう、キラキラして、甘くて、お姫様みたいなのが好きなんだろうなって思って。…違ったか?」

きちんと、「リオ」を見てそう言ったジャラヒは、少し不安げに窺うように首を傾げた。

「あのね、リオね、これ…」

手にした絵本は、今までリオが読んでもらっていた絵本とは少し違っていて、かっこいいロボットも、ミサイルも、正義のヒーローもない。
だけど、リオはその絵本から目が離せなかった。

「…綺麗なの…」

初めてみるキラキラした絵本に、何を言ったらいいのかわからなくて、リオはただ、受け取った絵本をじっと見る。
長い髪のお姫様の、ピンク色のドレスは、ひらひらのフリルと宝石とリボンがたくさんついていて、とっても綺麗。
お姫様の横に描かれている白色のお花も、たくさん積んで花束にしてしまいたいくらいだ。
ウサギもリスも幸せそう。

「あのね」

それから、馬に乗った金色の髪の王子様。
綺麗な顔をした王子様は、優しく、幸せそうなお姫様を見つめている。穏やかな顔で。だけど、腰に携えた剣に手を添えていて、すぐにでもお姫様を守ってくれるような、頼りになる王子様だ。
この王子様を、リオは知っている。

「この王子様ね、ジャラみたい、ね!」

そう言って指でそれを辿った後、リオは、愛しそうにぎゅっと絵本を抱きしめた。
それから、嬉しそうに顔を上げて。

「ありがと!ジャラ!これ、リオ、だいすきよ!」

そんな、とても幸せそうに笑うので。
一瞬虚を突かれたジャラヒも、ほっと息をついた。

「どういたしまして」









:::::

自分の部屋でほっと息をついて、ジャラヒはいつもの絵本をめくった。
大好きな彼女が、いつも元気に冒険している絵本。
ジャラヒの隣にいたあの子の物語はエンディングを迎えてしまったと云うけれど、絵本の中の彼女は、いつも楽しく笑っている。


(これで、いいんだよな)

気が付いてしまえば簡単な話だ。
リオとリオは違う。
それだけの話なのだ。

リオは、正義オタクで冒険大好き。ちょっと頭が弱いんじゃないかと心配になるくらい、抜けたところもある娘だ。綺麗なものや可愛いものも好きだけど、感受性が豊かというのとはちょっと違うかもしれない。お金になるよね!だとか、高そうだとか、打算的意味も持っていたように思う。ヒーローヒーロー言いながら、都合の悪い所は小ズルいところがあって、でもやっぱり優しくて。仕方がないと言いながら、ジャラヒはそのすべてが好きだった。

リオは…今の小さなリオは、また違う。
あの子はまだ何も知らない。『リオ』のような、乗り越えてきた強さはない。だけど、純真で、明るくて、優しい。それは、『リオ』と同じではあるけれど、やっぱり違う。『リオ』とは触れたものが違うのだ。当たり前かもしれない。可愛いものや綺麗なものが好きで、教えられたことをそのまましっかり飲み込む純真さや、頭の良さを持っている。ヒーローだの冒険だの、そんな世界よりも、キラキラ輝いた世界が好きなのだろう。戦うよりも、握手を選ぶ女の子だ。


ジャラヒが、リオに何か本を読んでやろうと探したとき、あの子が好きそうだなと思ったのは、『リオ』であれば手に取らないような絵本だった。
買ってはみたものの、なんとなく、あの子に読んであげる機会を見失っていたのだけれど。

(ああ、これで、いいんだ)


渡して、すっきりした。
認めてしまって楽になる。
あの子は、リオではない。
悩むことなど、何もないのだ。
たとえ、あの子が幸せになっても、エンディングを迎えてもう消えてしまったりもしないし、ジャラヒは、あの子なりの幸せを迎えられるように、見守ってあげればいい。
冒険に出たいと飛び出すのなら、危ないからと過保護についていっても構わない。
大丈夫。

(ばかだな、おれは…)

一番最初に、リオがリオと違うと気が付いたとき、ジャラヒは衝撃を受けた。
だって、彼女が育っても、それは『リオ』ではないのだ。
それは、もう一度リオに逢えると思っていたジャラヒの心に水を差した。
リオではない。当たり前だ。一から育てるというのだから、もうそれは、ジャラヒの愛したリオではない。
だから、このまま育てても、リオではないリオに耐えられるのかという不安が、ずっとジャラヒの胸にあった。
そんな、育つのが怖いという不安。
それと――
このまま育って、リオを愛して、幸せにして、また彼女は消えてしまうのではないかという不安だ。
その二つの不安が、ずっとジャラヒをリオから遠ざけていた。
触れてしまうのが怖い。
絵本なんて読んだら、また消えてしまいそうで怖い。
ずっと、心のどこかでそう思ってきたけれど。

(あの子は、おれのリオじゃない)

それをすとんと受け止めることが出来たのは、気が付いたからだ。

(だって、リオはいつも)

心の中にずっといる。だなんて、陳腐なことだとは思うけれど。
風と共に呼びかけてくるその声に、ジャラヒは気づいていた。
優しく慰めてくれるのも、叱咤するように強く横撫でるのも、家に帰ればあの子に逢えると教えてくれたのも、全部、彼女だ。

(気づいちまったら、かっこ悪ィことできねーよな)

妄想かも知れない、なんて、ジャラヒは思わなかった。
それならそれでいいのだ。
ジャラヒの魔法で彼女に逢えるなら、妄想でも構わない。
だけど、それが今すぐには叶わないこともわかっている。
焦らなくても大丈夫だ。
いつか、リオに胸を張って出逢える時の為に。
とにかく今は、あの子を守ってやらなければならない。
小さなリオは、お姫様みたいな、成長盛りのリオなのだから。

一つ誓って、ジャラヒは窓を開けて、空を見た。
澄んだ空の黒に、小さな星がいくつも浮かんでいる。
星を掴みたい、そう言って窓から落ちそうになった少女のことを思い出して、つい笑ってしまう。
すると、風が優しくジャラヒの頬を撫でた。

(…うん)

いつもは、なんでもないただの風なのだけど。
気づいてしまったら、その風はジャラヒにとっては優しい右手だ。

(あの子のことは、大丈夫だから。だから、もう少し待っていてくれ)

その風とそっと小指を交わして、ジャラヒはそっと窓を閉じた。




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2014-05-27 : SS : コメント : 0 :
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11期その2

自分が幼い頃は、どんなだっただろうか…とジャラヒは最近考える。
ワートンの家に生まれて。
家族は父母と、兄一人。
他に、メイドや執事が幾人か家にいた。
父親は仕事で忙しく、母親は病でベッドにいつもいた。
その母親に絵本を読んでもらった記憶はおぼろげにある。
でもそれ以上に、乳母として雇われていたメイド、ドロシーの膝の上で絵本を読んでいる記憶の方が強い。
それからほんの少しあるのは、兄がその横でめんどくさそうにしながらも、ジャラヒに構って本を読んでくれた記憶。
もっともその兄の記憶は、母が亡くなった後の冷たい記憶の方が勝っているので、未だに兄に対しては冷えたものしか感じない。
今でも時折思い出す。
母が死んだあと、眠れなくて兄に本を読んでもらおうと、扉を開けた幼い自分。
そこにいた兄はいつもの兄ではなくて、優しさの欠片もない、冷たく、赤い目で、ジャラヒの首に手を伸ばして言った。

『お前なんて、死ねばいいのに』

首に手をかけてその力を込める前に、兄は舌打ちひとつして、ジャラヒを突き飛ばして、部屋から追い出した。
それ以来、あの家で兄と会話はしていない。
再会したのはつい最近、このブリアティルトで、だ。
どうやら、姿を消していた間、兄はダリアの幼馴染なんて位置にいて、彼女と仲良くやっていたらしい。


まあそれはいい、とジャラヒは首を振った。
自分の幼い頃の記憶など、どうでもいいのだ。
兄のことも、家族のことも、どうでもいい。
つらいことは沢山あった。
だけど、その分、幸せな出会いがあって、今のジャラヒはここにいる。
それをジャラヒは知っていた。
だから、昔を思い出して歯がゆくなることはあるけれど、もう自分を不幸だけの存在だとは思わない。
それに気づかせてくれたのは―――

と、ジャラヒは、ドロシーの膝の上でもぐもぐと口を動かしているリオディーラを見た。
リオディーラ。
美味しそうに、ドロシーの膝の上で、シチューを食べて、にこにこしている幼子。
ジャラヒとロイが、毎日悪戦苦闘で世話をする間に、リオはもう4歳になった。
4年経った、という意味ではない。4歳というのは、ドロシーが4歳くらいですかねえと言ったので、そう思っているのだが、確かに、3歳よりは大きい気がしたし、5歳6歳ほど大きくもないと思えた。

とはいえ、みるみるうちに成長するのだから、あっというまにそろそろ5歳程度だろうし、もう1,2か月もしたら、6歳くらいにはなるだろう。
彼女の成長は、普通に年月を得てのものではない。
リオは、ロイの魔力を吸って成長している。
ぐんぐん、ぐんぐんと。
大きな魔力が必要なため、ロイは魔神の力を開放すると言って、普段とは違う姿になっていた。
リオがその魔力を必要としなくなるには、元のリオくらいの年にならないと難しいらしい。
元のリオ――ジャラヒの前から姿を消した、13歳の少女。
赤雫☆激団のリーダー。
元気いっぱいの少女だ。


これからリオは、どんどんどんどん大きくなって、成長して、あの少女になるのだろうか。
ジャラヒが愛した、あの少女に。
この赤ん坊が、幼子が、みるみるうちに成長して、ジャラヒの前で笑うのだろうか。
もう一度、ジャラと、あの声で呼ぶのだろうか。
そう思うと、ジャラヒは頭の中が白くなった。
喉が渇く。
身体が冷える。
望んでいることのはずなのに、ジャラヒは、それを恐ろしく感じていた。

「ぼっちゃーん、意識飛んでます?」
「…なんでもねえよ」

心配そうに尋ねるドロシーに、手を振ってこたえる。
今日は、ロイが遠征で留守のため、ドロシーが手伝いに来ている。
普段は、何かない限り、ドロシーが子育てに首を突っ込むことはない。
リオを育てるのはジャラヒとロイの担当ということなのだろう。
ドロシーは子育てのプロフェッショナルなのだから、もっと首を突っ込んでくれたら助かるのだが、ジャラヒもそれを頼んだことはなかった。

(だってなんか、違う、だろ)

明確に言葉にするのは難しいが、ドロシーが手を出して、リオを育てるのは間違っている。それだけはわかる。
ドロシーはジャラヒの乳母だったので、子育てなんて一番知識も実践も豊富に違いない。
だけど、それに頼るのは違う気がした。
絶対に頼らないなんて、意固地なことは言わないけれど、自分でやらなければいけないことだ。


「心配ごとがあるなら、言ってくださいね」
「大丈夫だよ」
「そう…ですね。ぼっちゃんは大人になったんですし…」

未だにドロシーは、まるでジャラヒが幼い子のように、心配をする。
それを聞いて、子ども扱いするなと、腹が立つこともある。
が、それ以上に、彼女のその自分を犠牲にする献身さが、ジャラヒは不安だった。
不安というか、落ち着かない。
ドロシーは、すべてを大切だからと言って慈しむ。彼女はそれに見返りひとつ求めやしない。相手の幸せが至上なのだ。
小さいころからドロシーに接していたジャラヒは、いつのまにかそれが正しくて、当然のものだと思っていた。
だけど、見返りひとつ求めないそれは、ジャラヒには無理で、出来やしないことだった。
陰ながら支えるだけで、それで充分だなんて、ジャラヒにはもう言えない。
充分だなんて、自分で自分に言い聞かせている時点で、それは不健康で、歪なものだったのだ。
だから、当然のように本当に見返りひとつ求めないドロシーを、すごいことだと思うし、同時に、歪で、おかしくて、悲しいことだと思う。
それに気づいたジャラヒは、ドロシーに、自分の道を生きるように示したのだけど。
『ぼっちゃんと呼ばなくていい』と言われたドロシーは、傷ついて臥せってしまった。
傷つけたくて言ったわけではないのに、ドロシーには全く伝わらなかった。
その時のようなドロシーを見たくなくて、ジャラヒはもう何も言えない。
だから、寂しそうな顔をするドロシーに、ジャラヒはおどけるように返すしかない。

「そうそう、おれもドロシーのおかげで大人になったんだよ」
「ふふ、リオさんも、どんどん大きくなりますよ。そうしたら、きっと私の気持ちもわかります」

ねー、とドロシーがリオに笑いかけると、リオはきゃっきゃと手を叩いて答えた。
いつかドロシーの気持ちがわかる。
そうなのだろうか。
ジャラヒは、ドロシーみたいに綺麗な気持ちで、リオを想えなかった。
だから、未だにリオに触れることに戸惑いを覚えるし、育つことが怖い。
この恐怖をドロシーがわかるとは思えない。だから、ドロシーの気持ちが、ジャラヒにわかるとも思えなかった。

「ジャラー!おいしー!よ??」

黙り込んだジャラヒに気がついたのか、明るい声を出したのはリオだ。
口をべとべとにしたまま、リオは器を持ち上げ、それをジャラヒに押し付けた。
受け取ったジャラヒは、しばらくきょとんとしたが、彼女の意図に気が付いて、その頭を優しく撫でた。

「…リオは良い子だな」
「いいこいいこ!」

リオは、こうやっていつだって、ジャラヒに手を差し伸べてくれる。
それはきっと彼女の本質なのだろう。
消える前の、リーダーだったころのリオに、ジャラヒは何度救われたかわからない。
初めて手をとってくれて、生きていいと言ってくれた小さな女の子。
例え、その彼女の正体が、自分の妄想だと言われようとも、あのときから、ずっとジャラヒは確かに救われていたのだ。
彼女がこんな幼い姿になっても、同じ。
変わらず差し伸べられる優しい手。
だけど今のジャラヒは、それを掴むことが出来ないで、ただ見ているしかなかった。







「ただいまー。…相変わらずしけた面してるなあ」
「あら、お帰りなさいませロイさん。遠征どうでした?」
「まずまずかな」

玄関が開いて、居間に顔を覗かせたロイは、ジャラヒに悪態をついたあと、リオに駆け寄り、ぐいと彼女を持ち上げる。

「ただいまーリオ」
「ロイくー!おかー!」
「大きくなったなあリオ」
「リオおっきいのよ!」

えっへんと胸を張ったリオに、そうかとロイは笑って、それから彼女をドロシーの元に戻した。

「ジャラヒ、ちょっといいか」

手を振ってリオから離れた後、小声で、ぽつりとジャラヒに呼びかける。
怪訝に思いながら、ジャラヒは頷いて彼の後に続いて居間を出た。
扉を閉めて、少し。
座って話すほどのことではないのだろう。ロイは、自分の部屋に案内するわけでもなく、廊下の端で、話を始めた。



「そろそろだ」
「なにが?」

相変わらず唐突だ。
前置きが嫌いなのか、下手なのか。
ロイが話すといつもこうだ。必要以上に回りくどすぎるか、唐突か。
前者の場合はイライラするし、後者の場合は突然すぎて面食らう。
ロイ自身はもともと前置きなんて嫌いな性質なのだろう。下手に気を使って長くなる前置きに、双方イライラするよりは、唐突でもさっさと本題に入ってくれた方がいい。
なのでジャラヒは、またかと思いつつも、肩を竦めて続きを促すにとどめた。

「5歳か6歳かってところだろう、リオ。もしかしたら、アレがあるかもしれない」
「だから、なんだよ」
「…おれがリオを助けた時のこと、覚えているか?」

ロイがリオを助けた時のこと。
そう、ロイが示したのは、いくつか前の巡りでの話だ。
それはブリアティルトが8度目の巡りを数えた時。
ロイが、赤雫☆激団のリーダーを買って出た時の話。
ロイは、自分の魔神の力、過去と未来を見通す力を使って、リオの未来の消滅を見た。
そのため、彼女を助けるために――半分は、自分の力を強めるために――8の巡りのリーダーになることを申し出たのだ。
結果、ロイはリオに出逢った。
黄昏の聖域付近の森に現れたのは、そのとき13歳の良く知るリオではなく、5,6歳の、幼いリオで。
彼女は何があったのか、ボロボロの姿で、泣きながら森でうずくまっていた。
うずくまって夜の森で泣いて、ロイを見つけて、微笑んだ。
それから、ロイを星のようだと言ったあと、ふわりと消えたのだという。
おそらく、何かから逃げて黄金の門によって、ロイの前に現れ、そしてまた、黄金の門を通って消えたのだろう。
その時のことが、明確にリオの助けになったのかはわからない。
だけどリオは、その時の記憶のことだろう、昔助けてくれた正義のヒーローを、輝く星の人と呼んで、ずっと再び逢うことを待ち望んでいた。
そのヒーローの正体が、ロイだったのだと、彼女はロイに言ったのだ。

だけど。

「あれが本当に、リオの過去なのかどうか、だ」

もしリオの正体がジャラヒの妄想なのだとしたら、ジャラヒの関わっていないその出来事に、リオが現れることがおかしい。
その上、幼い姿をしていたというのも引っかかる。
出逢ってからずっと、リオは14歳の少女なのだ。幼い姿なんて、ジャラヒは知らない。
ジャラヒを助け導いてくれたリオ。
それがもし、本当に、ジャラヒが幼い頃読んだ話から妄想した、女の子なのだとしたら、彼女の過去は、あの絵本の中にしかないはず。

現に、ロイのその一件以外で、ジャラヒに出逢う前のリオが何をしていたかなんて、誰も知らない。
彼女が言ったのは、村が襲われて逃げているところを輝く星の人に助けられたのだと、それだけ。
だけど、彼女が言う村がどこなのか、そもそも彼女のような有翼人種が、騒ぎにもならずになぜ存在できていたのか。誰にもわからない。
だからジャラヒの兄ジェラルドが、ジャラヒに、リオがジャラヒの妄想であることを言った時も、ジャラヒは納得せざるを得なかったのだ。

彼女が妄想だなんて、信じたくない。
でも、どこか胸の奥底で、納得してしまってもいた。
だって、ジャラヒが出逢う前から、ずっと彼女はジャラヒの中にいたのだ。
出逢う前からずっと、どこかで逢っていたような、懐かしいような、あの感覚。
リオを創りだしたのがジャラヒなら、納得せざるを得ない。
だけど、そんな中、ひとつだけ違和感を持って浮かんできたのが、ロイの助けたその少女だ。
疑うまでもなく、明らかにリオだったという、その女の子の存在である。

「あの小さな子は、おれたちといたリオの幼い頃の姿だったという可能性と…もうひとつ、未来だったという可能性もある」
「未来?」
「未来…というか、今のリオ、だ。もうじき5,6歳になるリオ。
 彼女は確かに、おれがあの時見たリオに似てる。…まあ、リオはリオだから当たり前だけど」

可能性の話だけど、とロイは付け加えた。
以前のリオではなく、これからのリオ、という可能性。
共にいたリオは、ロイに助けられたと言っていたが、もしかしたら、それは彼女の中で『そういう設定』だったのかもしれない。実際にあった出来事ではなく、あの子は『そういう設定の少女』だっただけ、という可能性。

「…つまり、これから、今のリオが、何か危ない目にあって、あの、8の巡りのロイの所に飛ばされるかもしれない、ということか」
「ああ。そういう可能性がある、ってだけだけどな」
「可能性…だろ?」
「ああ、万が一の可能性、だ」

可能性、と何度も言って。
だけど、ロイは真剣だった。
絶対にそんなことあるはずないとまでは、言えない。
あの幼いリオが、ドロシーの膝にいる、可愛いリオが、これからズタボロに傷ついて、逃げて、黄金の門を通って、ロイに助けられる。
ロイに助けられるなら…とも思えなかった。
少しでも傷ついている時点で、助けているとは言えない。
それに、出逢った後すぐにリオは消えたのだと、ロイは言った。
その消えた先で無事な保証もない。
ともすると――


背筋が凍るような心地がして、ジャラヒは息を飲んだ。

「リオを、一人にするな。絶対に」
「……」
「用心するに越したことはない」
「…ああ、わかってる」


何か起こるのかもしれないし、起こらないのかもしれない。
だが、万が一の可能性だとしても、彼女を危険に陥れるわけにはいかない。
だって、あんなに元気に、幸せそうに笑って、こんな小さい頃から、ジャラヒに手を差し伸べてくれる、優しい子だ。

(あの子は、幸せにならなきゃいけない)

ぜったいに、だ。
危険なことなんて、あってはいけない。
彼女を幸せにする手段を、ジャラヒはまだ見つけてはいない。
だから、彼女の手は取れない。
だけど、それでも絶対に、彼女は幸せにならなければいけないのだ。
胸の中で繰り返して、ジャラヒは何度もそれを誓った。

「もちろん、おれも見てるから。まあ、油断するなってことだ。あんまり追い込まれ過ぎるな」
「うるせー、わかってるよ。…大丈夫だ」

廊下の向こうの居間では、まだリオの明るい笑い声と、ドロシーの優しい声が聞こえる。
せっぱつまって、自分を追い込みそうになっていたことに気が付いて、ジャラヒは息を吐いて、呼吸を正した。
自分ひとりではない。ドロシーもこうやってリオを笑わせてくれているし、いけすかないが、ロイだっている。
一人で突っ走るような、自分を追い込むような真似は、もうしない。
そう言い聞かせると、少し楽になった気がした。


2014-05-27 : SS : コメント : 0 :
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11期その1

11期1







「…兄さん、次はいつ帰ってくるの?」

たわいもない世間話が途切れた後、電話の向こうの弟は、少しだけ言葉を選んで、早口で訊ねた。

「ん、そうだな…」

緊張の混じったその声に、ロイは心の中で息を吐く。
申し訳ないとは思う。
高校を卒業し、家を出てもう数年。年に数回しか帰って来ない兄を、弟が心配していることは知っていた。
義理の弟である龍斗は、ロイに懐いている。
幼いころからずっと。龍斗はロイを本当の兄のように慕っていた。実際、本当の兄だと思っていたのだろう。3つ年下のこの弟は、いつもキラキラ輝いた目でロイを見ていた。
運動も出来て、剣道部元主将。勉強も出来て、生徒副会長なんてやっていた、みんなから尊敬されている。大学だって、推薦で都会の大学に決まって、めったに帰って来ないが、理想で自慢の兄。
それが、龍斗の中でのロイの姿だ。
ロイだって、それに文句があるわけではない。
あの家で、義父母の息子になると決まってから、ずっとそうであろうとしてきた。そして、そうであれたと思う。
龍斗にとっての理想の兄。
義父母にとっての、理想の息子。
そうであったらいい。と、今だって思っている。

「真理も会いたがってる」

龍斗が続けて出してきたのは、妹の名前だ。
5つ年下の妹は、今は高校生だろうか。
いつも龍斗の後ろに隠れていた妹。
歳の差からか、龍斗ほど構ってやれなかったが、仲は悪くないと、思う。
少し照れ屋な彼女は、ロイが話しかけると、いつも真っ赤な顔で小さく俯いていた。
嫌われているかと思ってこともあるが、毎年、誕生日には律儀に花や贈り物をくれることを思うと、疎んでいるわけではなく、彼女の性格なのだろう。幼い頃から人見知りの大人しい子だった。
それがもう高校生。大きくなったものだ。

「父さんも、母さんだって、逢いたがってるよ」

ああ、逢いたいなあ。
とロイは思った。
厳格な義父は、ロイに剣道を教えてくれた。
優しい義母は、いつだってロイを気にかけてくれた。
恩に報いれたらと思っていたけれど、それでもどこか窮屈で、捻じれそうになっていたロイが、なんとかまっすぐに生きて来れたのは、義父の示してくれた剣の道と、義母の優しさのおかげだ。

前回帰ったのは、いつだっただろうか。
お盆だったか正月だったか。

(いや、お盆は、理由をつけて帰らなかったんだっけ)

帰ったら、色々と話さないといけないから、それが面倒だった。
就職はどうするのだとか、この先の話だとか、今までの話だとか。
義父はまだ何も言ってこないが、義母は相当やきもきとしているらしい、と龍斗に聞いた。
正直に言うと、放っておいてほしい、と思う。
が、そんなこと言えるはずもない。世話になっている義父母に、不義理をするわけにはいかなかった。
帰らなかったこと自体が不義理だと言われてしまえば言い返せないが、彼らに面と向かって、それを言うのは避けたい。
今でもロイは、彼らの、理想の息子で、兄でありたかった。
だけども、帰ったら、悲しませなければならない。

もう何度も自分の中で問いかけている疑問の答えは、それだ。
どう悩もうとも、何を選ぼうとも、ロイは、彼らの望む答えを用意してあげることは出来ない。

「今度は帰るよ。義母さん体調も気になるし。正月くらいに。まだ先の話で悪いけど」
「!!ほんとだね?絶対だから!!」
「ああ」
岸辺ロイは22歳になった。
大学だってもう4年だ。周りの友人は当然ながら就職か、院に残るかを決めている。
ロイだってモラトリアムはもう終わり。
選ばなければならない。
選んで、決断しなければならない。
このままでいたいなんて、見ないふりをすることは、ロイには出来ない。
そんな自分の中にある生真面目さは、きっと義父ゆずりのものだろう。
少し苦笑して、ロイは目を閉じた。

「おれも、話したいことがあるから、母さんや父さんにもよろしく」

お休みを告げて、ロイは静かに、その電話を切る。
いつまでも、逃げているわけにはいかないのだから、いい機会だ。
『向こう』では、逃げるくらいなら死にたいくらいに思っているのに、こちらに戻るとこうなってしまう腑抜けさに自嘲する。
それから息をついて、壁にかかったカレンダーを見た。
そこに目をやるのはもう癖だ。
今日は火曜日。

(早く、帰りたいな)

帰りたい。と、一人暮らしの家の中で思う。
思い浮かべたのは、龍斗たちのいる実家ではない。
それが少しだけ罪悪感を突く。
思い浮かべたのは一人の女性。
いつもいたずらを企んでいるように笑う、桃色の髪の大切な女性だ。
帰ったら、きっとまた無理難題を言われるのだろうと思って苦笑する。
でも、それがなぜだかロイの心をほっとさせた。
それから続けて思うのは―――

(…こっちの方が、重大か。…大丈夫か?)

生まれたばかりの小さな子と、金髪のガラの悪い男を思い浮かべてため息をついた。
ロイが逢いたい彼女の元に帰るのは、まだ少し先になりそうだ。
先に厄介ごとを片付けなければならない。
厄介ごと、とはいえ、ロイが自ら選んだことだ。文句を言うつもりはない。
が、ため息をつくくらい許して欲しいとロイは思う。

(またしばらく、あの姿か…)

自分で選んだことだという事実は、何の慰めにもならない。
だが、それ以外の手段がないのも確かで、つまり、仕方がないのだ。
仕方がない。そうもう一度言い聞かせ、ロイはベッドに横になった。
寝て起きたら、もう水曜日。
ロイの――アスタロトの力が最も増すその日。
毎週水曜日に、ロイは異世界に移動が出来る。







岸辺ロイ、22歳。魔神。
地球と称されるその世界では、ごく普通の大学4年生。
そしてその正体は、魔界でアスタロトと呼ばれる魔神の一柱である。
16歳の頃、異世界なんてものに迷い込み、ひょんなことからその力を得てしまった。そこで出会ったシアンという少女に引きずられて、その世界を救ってしまったのが17の頃。
自らの力の覚醒を果たしたロイは、以来、魔神アスタロトとして生きている。
アスタロトの力は大きくわけて3つ。

一つ、毎週水曜日に時空を超える力。
この力によって、ロイは、地球、シアンのいる世界、魔界、ブリアティルト、等々さまざまな異世界を渡る力を持った。

一つ、過去と未来を見通す力。
魔神の力を一つ開放して、どんな未来や過去でも見通すことが出来る。
はっきり言ってちょっと反則的だとロイ自身も思う。
このあと何が起こるか、起こったか。見ようと思えば見えるのだ。逆に言うと、見ようと思わなければ見えないので、ロイはこの力を使うことは、あまりなかった。
未来や過去を知ることに、それほど惹かれないという理由が一つと、もう一つは、その力を自由に使うのに、魔神の力を一つ、解放しなければならないから、だ。

最後の一つは、勝利を約束する力。
どんなことでも、どんなものでも、約束すれば、絶対に、対象を勝たせることが出来る。
反則どころではない。勝ちが確定してしまうその力。
が、それには魔神の力を二つ解放させることが条件だ。

そう、魔神の力には、三段階あった。
普段は一段階目。岸辺ロイ、すなわちアスタロトの、普段の姿がそれだ。
この姿は、地球にいるときのロイの姿となんら変わりない。平凡な男子学生のそれである。
水曜日に時空移動が出来る以外は、ごく一般的な剣士でしかない。
アスタロトの使い魔である蛇に助けを借りることは出来るので、一般的な剣士とも少し違うかもしれないが、とはいえ、それだけだ。常識から外れたことはほとんど出来ないし、ロイもするつもりはなかった。
この姿で、強くなる。それがロイの望みであり、日々そうであるように努力している。
が、未来や過去を覗いたり、アスタロトの多大な魔力を必要とする場合は、そうも言ってはいられなかった。
なるべく使いたくはないが、アスタロトを第二段階にするその力。
その力を持って、ロイは一つ覚醒を果たす。
魔力を持ってして、見た目すらも、魔神に一つ近づくのだ。


――今の姿が、それだ。

と、ロイはため息を大きくついた。
すらりと伸びた手足。
軽い身体。
軽い割に重心が違うのか、この姿になったばかりの頃は、歩くのにも違和感があったが、今となっては何のことはない。
締まったウエストと大きな胸は、男としてはテンションを上げるべきなのかも知れないが、自らに付くとしたら別の話だ。
纏わりつく長い髪にも、もう慣れた。
要するに、見た目が魔神に一つ近づいて、ロイは今、女の姿をしていた。
頭の上についている角が、多少なりとも魔神らしいのかもしれないが、どこをどう見ても、ただの女の姿だ。人間離れしたわけでもなく、性別が変わって角が付いただけで魔神の力が増すのかと、最初は憤慨したものの、魔力が遥かに増す事実には目を背けられない。
魔女アスタルテの姿。
男の時よりも力は劣るが、それは魔力でカバーできたので、戦闘にも不利ではない。
魔力を得て、魔神としての力を存分に発揮できるのではあるが…
やはり、男、岸辺ロイとしては、この姿はあまり好きではなかった。
もっとも、順応性の高いロイのことなので、すぐに慣れてしまったのだが。慣れると好むはまた別の話だ。

と。

「遅いぞ陰険魔神!!!」

赤雫☆激団本拠地に帰ってきたロイを出迎えたのは、そんな怒号と、赤ん坊の泣き声だった。
慌てて居間に駆け寄る。
そこにいたのは、怒り心頭といった風な金髪ヤンキーことジャラヒ・ワートンと、泣き叫ぶ赤ん坊。
その赤ん坊リオディーラは、ジャラヒに抱きかかえられて、ぐずっていた。
ジャラヒはどうすればいいのかわからないようで、眉を潜めながらロイを睨んでくる。
それを無視して、駆け寄ったロイは、そっとリオを受け取った。
それから自らが持つ魔力で、ふわりと彼女を包み、両手でゆっくりと揺らして、歌う。

「遅くなってごめんな、リオ」
「っとに、ちょっと実家に帰ってくるって、一週間も留守にしてんじゃねえよ」

リオに気を使っているのか、少し小声なジャラヒは、手に持った鈴をリオの前で鳴らした。
すると、ぐずっていたリオも、柔らかい魔力の中で気を良くしたのか、泣いていたことなど忘れてしまったかのように、きゃっきゃと笑って、ロイの胸の中で揺れる。

「…お前、一週間くらいの留守番も出来ないのか」
「あほか!リオはぐずるし、何故か近所では嫁に逃げられた亭主扱いだし!ドロシーは笑うだけだし!ダリアはおっかながって近寄ってこないし!おれの苦労を留守番の一言で終わらせるな!!」
「う…え…うぇ…」

ジャラヒの怒りを察して、リオが再び声を震わせた。
慌てて、落ち着かせるために、体を揺らせてやる。

「大丈夫だぞ、リオ。大丈夫。ジャラヒは別に怒ってないし、ここにはおれがいるから、な?大丈夫だ」

そう笑ってやると、安心したようで、泣き顔から、ぽかんと口を開けたリオは、やがて、もう一度笑顔を取り戻した。
ふう、と安心したように、ロイが肩を撫で下ろすと、横のジャラヒも同じような恰好で息をついている。

金髪のガラの悪いこの男。ジャラヒ・ワートン。
ワートン財閥の次男にして、元ギャングなこの男は、こう見えて結構なお人よしであることは、割と知られている。
彼は赤ん坊を放っておくことなど出来はしない。
ましてや、この赤ん坊はリオなのだ。
赤ん坊に泣かれたことが、実は結構なショックなのだろう、ジャラヒはもうロイに何も言おうとはしなかった。どうやら凹んでいるらしい。

「まあ、仕方ない。魔力不足だったみたいだな。これで当分ぐずらないだろ」

だから、まるで慰めるようなことを、ロイは口にしていた。
魔力不足でぐずっていたのは事実だ。
だが、ジャラヒを気遣ってみせるなんて、今まではあり得なかったことだ。
ジャラヒとロイは、赤雫☆激団の中では、犬猿な仲だということで知れていた。
もう長いこと同じ部隊にいるのに、顔を合わせば皮肉の応酬。たまに手足が出ることさえある。
戦闘で肩を並べて戦ってはいたものの、日常生活で世間話なんてする仲ではない。
友達なんて仲ではありえないし、強いて言うなら、同じ部隊のいけすかないやつでしかない。
それは今でも変わらない。
が、前ほどいらつかなく、ぶつからずいられるようになったのは、リオディーラの存在のおかげだろう。
と、ロイは腕の中でうとうとしだしたリオに目をやった。

「…さんきゅ、助かった」

それを見て、ほっとしたように、ジャラヒが小さく礼を言うので。
ロイは思わずリオを取り落しそうになったが、なんでもないというように、頷くにとどめた。




オーラム、アティルトに本拠地を持つ赤雫☆激団は、6人でなる団体である。
三人1組の部隊を基本としているこのブリアティルトで、一味はその6人を3人ずつで分け、一つを本隊赤雫☆激団。もう一つを遊撃隊として、きらめき隊と名づけていた。ともにネーミングはリオだ。
リオディーラ。赤雫☆激団のリーダーである。
明るく元気で、好奇心の塊で、ヒーローになると言っては、街でヒーローごっこを繰り返して遊んでいる彼女は、部隊の太陽みたいな存在だった。
その彼女に助けられ、彼女の為に生きるなんて誓って、共にいたのがジャラヒだ。
元はワートン財閥の次男坊という身分だが、スラムを開放するために、友人と二人でギャングになって組織を作り、街一つ分の裏の組織を一掃したらしい。その後、父と兄に組織を壊滅させられ、逃げていたところをリオに助けられた。以来、彼女を見守っている。
見守りながら、ジャラヒは、リオは自分にとっての世界のすべてだなんて、空寒いことを本気で言う。
この男は本当に、呆れるくらいリオを想っていて、だからこそ、あんな事件が起きたのだった。

その二人の仲間になることになったのが、ロイ。もともとは、ひょんなことでリオに召喚された魔神である。
偶然見つけた魔道書を開けたらロイくんが出てきた!とはリオの談だが、そんな簡単に召喚できる魔神ではない、とロイ自身は思う。
ともかく、召喚されたロイは、リオを助けることにした。
リオがやりたいことを、ロイは魔神の力で気まぐれに助ける。それがロイの役割だった。
そうして、リオと、ジャラヒと、ロイと。三人でブリアティルトを訪れた。
それを追うように現れたのは、メイドのドロシーである。
彼女はジャラヒの元乳母だという不思議な女性だった。おせっかい焼きで、ジャラヒはうざったいように彼女のことを言ったりもするが、頭が上がらないようで、大事に思っていることは見ていてわかる。
ロイたちにとっても、一味の家事の一切を引き受けてくれる、頼りになるメイドだ。
それから、ダリア。
凄腕の暗殺者をやっている女性である。
彼女は、ジャラヒやジャラヒの兄と因縁があるらしい。
ジャラヒの暗殺を企んでいたこともあったが、今はもうそんなことは口にしない。
暗殺業も最近は引き受けてはいないようで、友人と遊びに行くなんて出ていく様子は、普通の女の子にしか見えない。
最後の一人は、ソウヤ。
正義のヒーローリオにあこがれて、なんて胡散臭いことを言って入団を希望してきた、胡散臭い少年である。
謎の少年は、今もまだ胡散臭いが、それでも悪いやつじゃないんじゃないかなんて、思ってしまうくらいには、赤雫☆激団に馴染んでいた。
そんな6人でやっている赤雫☆激団だが。


「リオ、寝たみたいだな」

当のリーダーリオディーラは、赤ん坊になって、ロイの胸の中で就寝中だ。
胸にすっぽりと収まる赤ん坊。これでも、大きくなったのだ。
彼女は、ロイの魔力を吸って、急速に成長している。
今は、1歳と少し、というところだろうか。
彼女は今、ロイの魔力で生きている。
その糧となる魔力を補うために、ロイは魔神の姿を一段階開放し、この姿になっているのだ。
永遠と続くわけではないことが救いだが、彼女がある程度自分で姿を取るためには、少なくとも元のリオと同じくらいになるまでは、魔力を注ぎ続けなければならない。


そもそも、なぜリオが今、赤ん坊なのかというと。

と、ロイは、じっとリオを見つめているジャラヒに目を向けた。
恐る恐ると彼女を見るジャラヒは、ほっとしているようだった。
先ほどまで、彼女のぐずりに悩まされていたのだ。彼女が泣くのは、彼女を幸せにすると誓っていたジャラヒにとって、一番辛いこと、らしい。
赤ん坊の当たり前の現象として泣いているのだとわかってはいるのだろうが、それでも、たまらなくなるのか、リオが泣くと、彼は認めないが、ジャラヒの方こそ泣きそうな顔をする。

ジャラヒが、リオを幸せにしたので、リオは消滅した。
消滅したリオを救うため、ロイは力を使って、彼女に魔力を注いでいる。
それが事態の真相だ。

リオは、「黄金の国の物語」という絵本に出てくる、黄金の国を目指す少女だった。
黄金の国に辿りつくと、何でも願いが叶う。
少女は、黄金の国を目指す道中に、出逢う人々の望みを自ら叶え、助け、ようやく黄金の国に辿りついて、王子様と結婚して、幸せになってめでたしめでたし。そんな絵本。
そんな絵本から飛び出て来たリオは、物語通り黄金の国に辿りつき、これから色々と、彼女自身の物語を作るはずだったのだが。
ジャラヒは、そんな事なんて知らずに、彼女を幸せにしたいあまり、プロポーズまでしてしまったのだ。
それからリオは、幸せになってエンディングを迎えて、あっけなく消滅した。

ジャラヒは彼女を取り戻すためあちこちを彷徨い、ジャラヒを処分するなんて言うダリアからも逃げた。
その末、ようやく彼が手にした答えは、リオは、幼い頃にその絵本を読んだジャラヒが生み出した、妄想の産物だという、そんな解答。
そんな答えを持ってきたのは、ジャラヒの兄で、彼は、その答えだけ残して、ジャラヒの住んでいた世界に戻っていった。

残されたジャラヒに、それでは納得が出来ないと、手を差し伸べたのがロイだ。
ロイは、「黄金の国の絵本」と、リオの残した羽を使って、彼の魔力で、リオを甦らせた。

結果。
赤ん坊のリオが生まれ、赤雫☆激団一行は、赤ん坊のリーダーを育てることになったのだ。



「…おれ、ミルク作ってくるわ」

ドロシーが作り方教えてくれたんだ、と言って、ジャラヒは立ち上がった。
ロイの返事も待たずに、台所へと姿を消す。
どうやら…

(あいつ、まだビビってんのか)

その後ろ姿に、ロイは短く嘆息して、胸元で眠るリオの頭を撫でた。
小さくて、かわいらしい赤ん坊。
赤い頬。長い睫。小さな手。背中にある小さな翼。
どれも、かわいらしくて、抱いているロイも思わず頬が緩む。
魔力に応じて成長するリオは、どんどん大きくなっていって、巡りが終わる3年後には、元の姿に戻るはずだ。
だから、この小さな赤ん坊の姿だって、来月にはもう少し大きくなっている。
それを見守って、育てるのが今回のロイの、ジャラヒの使命とも言えた。
復活したリオを、誰よりも喜んだのはジャラヒのはずだ。
知らなかったとはいえ、自分の手で消してしまった少女を、今度こそ守ろうと、それはそれは大事に、見つめて。
見守って。甲斐甲斐しく、離乳食の作り方を調べたり、これが良いだの悪いだの口に出して。自前で洋服なんか作ったりして。
みっともないくらいに、リオに夢中なのがわかる。
あんなに大事そうなのに。
それなのに、ジャラヒは、リオに自分から触れようとはしない。

(一週間二人にしたら、慣れると思ったんだけどなあ)

だから、ロイは日本に帰る都合が出来た時、ドロシーやダリアに、リオの世話は最小限にして、ジャラヒに任せるように頼んだのだ。
普段、ジャラヒが避けるリオの世話をせざるを得ないように。
そうして、ジャラヒはこの一週間、リオにミルクを与え、おしめを変えて、あやして、今までにないくらいリオに触れたのだろう。
だから、少しはマシになると思ったのだが…
ロイが帰ってきたら、リオはぐずっているし、ジャラヒはすぐにリオをロイに押し付けた。

(…まあ、急にってのは無理か)

焦っても仕方がない。
あのヘタレで態度の悪くてチャラい金髪ヤンキーが、リオを大切に思って、愛していることはわかりきっている。
彼がリオに触れないのは、いくつか理由があるのだろう。

(へタレだからな、あいつ)

子供が苦手、とジャラヒは言うが、そんな事実がないことは、ジャラヒの友人であるセリラートから聞いている。
何せ、スラムの子供たちを集めて、チームを作り、その頭を張っていたのがジャラヒだ。
毎晩寝る前に子供たちに絵本を読んでやったというエピソードは、ジャラヒに言うと怒るが、それを語るセリラートは、読み聞かせはジャラヒの特技のひとつだ、と自慢げに付け加えていた。
赤ん坊となると勝手が違うのかもしれないが、だからといって触れることすらためらうようなものではないだろう。
ましてや、相手はリオだ。
あんなに、恋焦がれていた相手なのに。


(…好きな子だから、ってのが大きいんだろうけどな)

好きな子が赤ん坊になったら、と思うと、わからないでもないが…

(んー、でも、おれだったら、誰にも触らせたくないけどなあ)

たとえば…と自分の彼女を例に考えてみる。
彼女が…シアンが赤ん坊になったら。
そう仮定しても、他の男に触らせるなんて、絶対に嫌だ。
と思うのは、ロイ自身の独占欲が強いのかもしれないが、ともかく、そんなもんだろう。
ジャラヒだって、ロイに負けず劣らず独占欲は強い。何せ、ロイがリオを手伝っていただけで、口には出さないが、元ギャングらしい強い眼光でロイを睨んでいた男だ。
本当なら、リオの世話は全部自分がやると言って、ずっと構っているところだろう。
ロイが魔力を与えるためにリオを抱いたりなんかしたら、嫉妬丸出しの視線を投げつけてくるに違いない。はずだった。
だけど、ジャラヒは何も言わず、すぐにロイに預けて、自分は触れずに、それでいて、愛しそうにリオを見るだけだ。
リオの服を作って、ミルクをつくって、離乳食を作って、寝床を作って、少し離れたところで、大事そうに微笑む。
それで彼が満足なら、それも良いのかもしれないが…。
ロイは、それで納得はできない。
大体、ジャラヒがリオを望んだから、ロイはそれに協力したのだ。
もっとも、理由はそれだけではなくて、ロイの個人的な理由もある。
あの時、リオが消えたことで、ロイ自身の記憶も弄られ、記憶に矛盾が生じることになった。
魔神である自分の記憶ですら弄られたということに、プライドを傷つけられたように感じたロイは、その現象に、売られた喧嘩を買ってやる!とばかりに、対抗策として、リオを復活させたのだ。
いわば、ロイの意地である。
だからこれは、ジャラヒの願いを叶えた、というよりは、ジャラヒの願いを利用したに過ぎない。
とはいえ、せっかくリオが復活したのだ。それならば、ジャラヒももっと…と、思うのも、無理はないことではないかとロイは思う。

「なあ、ジャラヒ」

台所に向かって、ロイは投げかけた。
カチャカチャと鳴る食器の音の後、「ああ」とジャラヒの応じる声が聞こえる。


「…もうじき、リオも2歳だな」
「そーだな。哺乳瓶もすぐいらなくなったし、離乳食もどうなんだろうな。もっと別のもんがいいか」

食器の音は消えて、シューと、鍋の音が鳴った。何かを温めているのだろう。ジャラヒはロイの言葉に答えたが、こちらに姿は見せない。

「食事もだけど、着るものもだな。エアロさんのところで、ナギサやトーヤの服余ってないか聞いてくるか…」
「ナギサもトーヤも男だろ。ったく。これだからクソ魔神は。リオは女の子だ。服くらい、おれが作るってーの」

子持ちの友人の子供の名前を出すと、すぐさまジャラヒは答えた。
自分で作るなんて、面倒なことを言って笑う、そのジャラヒの声だけで、彼がリオを大切に思っていることがすぐにわかる。
杞憂だっただろうか。
ジャラヒがリオに触れたがらないのは、何か思うことがあってのことだと思っていたのだが。

「おもちゃも買わなきゃなあ。キャッチボールとか、チャンバラとかするかな」
「だから、リオは女の子だっての!てか2歳児に何期待してんだよ」

女の子と言えば、お人形遊びにお絵かきだろ?と続けて、ジャラヒは言葉を止めた。
「おっ」と、「あちっ」という奇声からすると、湯が沸いて何か出来たのだろう。
しばらく待つと、盆の上に、マグカップ2つとタオルに包まれたミルクを乗せて、金髪が姿を現す。
自分の分まであることに、ちょっとした衝撃のようなものを覚えながら、ロイは礼を口にした。
礼儀知らずのクソヤンキーと思っていたが、実はそうでもないことには、前から気がついてはいた。
何せ、ワートン財閥なんてところの坊ちゃんだ。礼儀はしつけられていたのだろう。
乳母がドロシーだったのもあり、見た目のチャラさとは裏腹に、部屋に入るときはノックは欠かさないし、与えられたものには必ず礼を言う。さりげない気遣いだってきちんとしている。チャラく見えるその見た目で損をしているタイプの男。
だが、知ってはいたが、それにも増して、ロイとジャラヒは仲が悪かったので、気遣い合うなんてほとんどなかった。
ジャラヒを見て、細かい男だと思えど、気遣いが出来るなんて思ったことはない。
故に、自分の分のカップまであることは、今までを思うと衝撃ではあるのだが、…しかし、意外ではなかった。
用意されたミルクを冷ます間、リオをゆりかごに寝させておく。
それから、目の前に用意されたコーヒーを一口含み。ほっと息をついた。
ロイが淹れるコーヒーと味が似ているのは、共に淹れ方をドロシーから教えてもらったからだろう。
苦すぎず、かといって、緩くもない渋み。
同じようにジャラヒもカップを仰いで息をついたのを見計らって、ロイは言葉を再開した。

「2歳になったらさ、絵本、読んであげよう」

さらりと、もう一口コーヒーを飲んで。

「絵本」

ロイは、ジャラヒに念を押した。

「そろそろ、言葉、わかるようになるだろ。情操教育ってね。リオ、絵本好きだったから、きっと喜ぶよ」
「そう…だな」

対するジャラヒは、カップを机に置いて、それからどこか遠くに目線をやった後、首を振った。

「…おまえが読んでやれよ」
「こういうのは交互だろ?おれも読むよ?でもお前も読めよ」

ジャラヒの苦い顔に、気づかぬ素振りでロイは笑う。

「どんなのがいいかな。今度本屋でも行ってみるか。たしか、カイトが本屋だったよな。そういえば、こないだ、ダリアの友達のイレーヌさん、ほら、ダイン伯の。あの子から、本たくさんもらって。あれももう少し大きくなったら、読んでやりたいなあ」

他愛もない風にそう言うと、ジャラヒはそれに相槌を返そうとして、失敗していた。
愛想笑いにもなっていない。
口元を上げようとしているが、その目は鋭く、刺すように冷たい。
その冷たい無表情を一瞬浮かべた後、ジャラヒは目を伏せた。
それを気にせず、ロイはじっと彼を見る。
しばしの沈黙のあと。
ジャラヒは、取り繕うのを諦めたように息をついた。

「…おまえが読めよ。ほんと」
「なんで?読み聞かせ得意なんだろ?セリラートから聞いてる」
「…ったく。やっぱお前、とことん性格悪いなぁっ」

舌打ち混じりで頭を抱えて、突っ伏して。
それから顔だけをこちらに向けて、ロイをじとっと睨む。
取り繕うのが下手なのだから、最初からそうやっていればいいのだ。
と、ロイは、人から悪そうな顔と呼ばれる顔で笑って、言ってやる。

「ほんとは絵本なんて、読ませたくないんだろ」
「わかってるなら言うなよ」

リオは、絵本の住人だ。
だから、彼女は幸せになって、彼女自身の物語を終わらせて、消えた。

だから…というわけではないのかもしれないが、ジャラヒは、ミルクを作っても、離乳食を作っても、洋服を作っても、絵の描き方を教えてやっても、何をしてやっても、唯一、絵本のことだけは、口にしなかった。
絵本を読んだら、彼女がどうにかなってしまうと思っているのか、それとも彼自身のトラウマになってしまったのか、結局のところ、本当の理由は彼自身にしかわからない。
だけど、ジャラヒが、リオに触れることをなるべく避け、絵本を避けようとしていたのは、ロイから見ると確かだ。

「まあ、絵本なんて読まなくても、大人にはなれる。別に読まさなくてもいいさ」
「……」

そうフォローすると、ジャラヒは憮然とした顔を上げた。

「お前が読ませたくないなら仕方ない。他を考えよう」

そう、その顔に言ってやる。
文句があるなら、言えばいいのだ。
ジャラヒが、ロイに遠慮をするとは思えない。今までだって、真っ向からぶつかってきたのだ。遠慮なんて今更だ。
その言えないことが、弱音なのだとしたら、弱みをロイに見せたくないのなら、わかる。
ロイだって、ジャラヒに弱みを見せるのはごめんだ。
だけど、そんなもの見せなくたって、何か手を打つくらい、この男ならするはず。
リオの手がかりを見つけるために元の世界に戻ろうと、時空移動の力を持つロイに、殴り込み、襲ってきた男だ。
こうやって、何かを押し黙るくらいなら、弱みを隠して、過激な手段を用いてでも、なんとかしようとするのがロイの知るジャラヒ・ワートン。
だから、煽るつもりで続ける。

「おれたちに都合がいいように、都合がいいものを与えてやろう。
 どこか遠くにいかないように、翼も取っておくか?あ、リオは飛べないんだっけ」
「…何が言いたい」
「おまえやっぱりバカだなって」

煽りにすらなっていない、直接の悪言を口にすると、さすがにジャラヒは立ち上がった。立ち上がって、何かを返そうとして口を開けた後、その口を閉じて、もう一度腰かける。腰掛けて、肘をついて、目を瞑った。
売り言葉に買い言葉で喧嘩をするほど、もうジャラヒも子供ではない。それはロイもわかっていた。
だからロイは、そのままコーヒーをすするだけだ。

「……お前に言われなくても、わかってるっつーの」
「ああ」
「てかさ。例え、おれが絵本をあいつから遠ざけたとしても、成長したら、あいつは読む。勝手に選んで、読んで、その中のヒーローだとかに憧れてさ、旅に出るとか言い出すんだ」

そんな先の、まだまったく見えない彼女の未来。
まだ先の、そんな未来を妄想して暗くなっていたのか。と、ロイはバカにしなかった。
ロイがその気になったら、リオの未来は見えるかもしれない。
ロイは、その力を持っている。
かつて、ロイがリオの未来を見ようとしたときは、何故か見ることが出来なかった。
見えないけれど、途中でぷつんと途切れていることだけはわかる彼女の未来。
それを一度は助けたのだけど、助けても、彼女の未来が消えていないことがわかるだけで、その未来はロイには見えなかった。
その後、結局ジャラヒの手によってリオは消えて、そしてまた、今はここにいる。

このもう一度生まれ出た、小さな赤ん坊の未来を、ロイは見ようとしていない。
もしかしたら見えるかもしれないし、やっぱり不思議と見えないのかもしれない。
どちらにしろ、ロイは彼女の未来を見る気はない。
もちろんジャラヒの未来も。他の誰の未来も、見る気はなかった。
だから、ジャラヒの言うその妄想が事実になるかどうかはわからない。
ロイにはわからないけれど、まるで、それがわかるかのように、ジャラヒは言うのだ。

「あいつは、さ。絶対読む。おれにはわかる。…だから、避けようとしても無駄だ」

ジャラヒには、ロイのわからない、何かが見えるのだろうか。
未来予知なんて出来るはずはない。だけど、ジャラヒは何かを確信しているようだった。
それにロイは口を挟むことは出来ない。
幼いころからずっとリオの物語を読んでいたジャラヒにしか、わからないことだろうから。
だから、代わりにロイは、肩をすくめるだけに留める。

「つまりおまえは、リオが絵本を読んで、それに感化されて旅に出るのがさびしくて嫌ってことか?」

ようするに、と言葉にしてみると、なんというバカ親かと思う。
酒場でどこかの親父がそんなことを言っていたら、酔っぱらいの妄言にしか思えない。
ロイの身も蓋もない言い方に、ジャラヒはきょとんと押し黙った。

「いや、あー…そう、かもな」

首を振ったあと、しばし考えて、頷いて。
それから、ふっと吹き出して、くつくつと口に手を当てて。

「いやいや、てかそれ、どこのバカ親父だよ」
「おまえだろ?」

段々面白くなってきたのか、肩を震わせてジャラヒは笑っている。
何がおかしいのか、乾いた笑い声を立てて、腹を抱えて。
と、その騒がしさに目を覚ましたのか、突然、空気が揺れた。

「ふぇっ」

続いて甲高い鳴き声が響いて、慌ててロイはゆりかごに駆け寄り、赤ん坊を抱きあげた。
ジャラヒもすぐさま、冷めたミルクにストローを挿して、リオの口元に持ってくる。
小さな手を伸ばして受け取ったリオは、そのままジャラヒに支えられながら、ストローを咥えた。
ちゅーちゅーと吸って、満足したのか、口を離して、ミルクでべとべとになった顔を、にこりと緩めて。
それから、左手でロイの髪を握り、右手でジャラヒの指を握って、面白そうに振り回す。
その小さな小さな手は、ジャラヒの手の半分もない。

「痛いよリオ…けど可愛いなあ、リオ…」
「…ああ」
「よし!リオが旅に出るなら、おれもついていこう」
「はあ?」
「絶対おれもついていくからな、リオ」

ロイが頬を寄せると、リオはきゃっきゃと笑った。
この小さな子が、絵本を読んで、どこかに行くと言うのなら…黄金の国でもどこでも構わない。
魔神の力のすべてを使って、地の果てまで追いかけるぞ。
そうロイが言うと、呆れたようにジャラヒが肩を竦める。

「おまえな…」
「ジャラヒは家で寂しく待つ役なんだろ?」
「誰がそんなこと言ったよ?おれが行かずにどうすんだよ?」
「あーうっ!」

元気よく返事が上がると、それはもう、彼女からの大きな許可だ。

「いいってさ」
「……」

許可がもらえたというのに、ジャラヒの反応は鈍かった。
何を戸惑ったのかわからないが、先ほどの勢いはどこに消えたのか、困ったように苦笑を浮かべている。

「…おまえな」

じれったくなって、ロイは、その変な顔をしている男に、きゃっきゃと笑う赤ん坊を、ぐっと押し当てた。

「お、おい」
「しっかり持て。落ちるだろ」

あたふたとしながらも、なんとか赤ん坊を受け止めて、よしよしとリオをあやしたジャラヒは、あやしながらも、困ったような顔で固まっている。
それからちらりとロイを見たが、ロイはもう、手を貸してやるつもりはない。

「うーっあ~っ」
「あー…よしよし」

ジャラヒの困っている様など気に留めることはもちろんなく、リオはきゃっきゃと、ジャラヒの金色に手を伸ばしている。

「…そうだな。おれが行かずに、どうするんだ、だよな」

頬を触られて、愛しそうにその手を受け入れて。

「なあ、リオ」

ぽつりと呟いたジャラヒは、きょとんとするリオに微笑んで、彼女を高く持ち上げた。


何を考えているのか知らないが。
とロイは思う。


(そんなにリオが大事なら、それでいいのにな)

難しく考えなくてもいいものを、難しく考えて、悩みこむのがジャラヒだ。
わかっていることを、わからないふりをしたり、答えの出ているのに、掴まなかったり。
ロイからすると、いらいらもするし、理解できない。
だが、もうそれがジャラヒだとわかっている。

そんなジャラヒと、彼に抱かれるリオを見ながら、ロイはそっと息をついた。
リオはどんどん大きくなる。
そのスピードに、この男は…ジャラヒはついていけるのだろうか。
知ったことではない、とロイは言いたいのだが。
そういうわけには行かないだろう。

(先が思いやられるよな…)





□■□■□■□■□■□■

2につづく。
2014-05-27 : SS : コメント : 0 :
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