スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- : スポンサー広告 :
Pagetop

【メイキング】どじっこ組合アタッカー男子トリオ

さて、お絵かき続きですがもう一枚。
dozickoattackers-.jpg
この絵のメイキング。
左から、たまくん、ダイチくん、ジャラヒ。
たまくんダイチくんありがとうございましたー!
さて。


1.ラフ画。
背景は水と木しか描けないと言ったら、木登りは?と提案していただいたのでそんな感じで!
dozicko1.png

2,色配置。こんな感じかなー。
どじっこ組合アタッカー男子が、奇襲かけに敵ギルドを偵察中。みたいなイメージ。
dozicko2.png

3.ちょっとずつ描き込み中。
ダイチくんはワイルドクール。たまくんは不思議綺麗みたいなイメージ。この三人の会話だと、たぶんジャラヒが一番しゃべる。
dozico3.png

4.そろそろ背景と言うか木をどうにかしよう。
たまくんが一番ひょいひょいと木登り上手いと思うんだよなー。いつもわりとにこにこしてて爽やかだけど可愛いもの好きだったり変なところがあったりする不思議系。あと手が絶対綺麗だと思う。
dozico4.png

5.下の方の葉っぱはちょっと細かく描き込む。上は点でもいいくらい。
ダイチくんはクールなのに子どもっぽいところがあるのがいいよね。嫉妬深かったりね。根は優しいしね。なにこのこ萌えキャラ。
dozico5.png

6.光足してちょっとバランス弄って完成!
今回メイキングじゃなくてキャラ語りでしたね…。
dozickoattackers-.jpg
スポンサーサイト

tag : ジャラヒ ゲスト

2013-09-23 : : コメント : 0 :
Pagetop

お絵かきメイキング

riojara-.jpg
この絵のメイキングというか描き工程というかそのようなものまとめ!

1.ラフ画。なに描こうかな~
making-aka1.png

2.ラフ画2.なんとなくイメージが固まる。
makingaka2.png

3.顔から描かなきゃやる気がでないよね。
リオディーラから。彼女はいつも笑っているイメージ。
makingaka3.png

4.ジャラヒも顔。リオディーラさんと二人の時はわりと静かでクールなんですよ。
アホ毛の処理に困る。
makingaka4.png

5。全体を描き込む。ちなみにレイヤは最大2枚です。全部ほとんど1枚の中に描き込むよ。
makingaka5.png

6。背景もちょっとずつ描く。水描くのが好きなんですよねー。こればっかり。
makingaka6.png

7.飽きたんでそろそろ完成見えてきました。バランスを姑息に切り取ってずらして整えてますがわからない。お魚はてきとーに。そもそもここはどこなの。
makingaka7.png

8.色を足す。ピンクが足りないわ。と思って足してみた。いつもは緑も足したり黄色も足すのですが、今回は緑足すのはやめた。
makingaka8.png

9。黄色と光足して完成!
riojara-.jpg

tag : リオディーラ ジャラヒ

2013-09-22 : : コメント : 0 :
Pagetop

すべてのはじまり

夕方になると、毎日絵本を読んでいた時期がある。
毎日毎日、飽きもせず、同じ話をゆっくり声に出して読んだ。
だって子どもたちは字が読めないのだから、仕方がないのだ。
お願いと、せがまれてしまったら折れるしかない。
ボス、だとか、リーダー、だとか、舌ったらずに呼んでくる子どもたちに、今日だけだからなと言いながら、毎日読んだ。

それは、ジャラヒが幼い頃、亡くなった母が枕もとで読んでくれた本。
世界のどこかに黄金の国があって、そこには幸せがなんでもあって、願い事が叶うという話。
女の子がその大陸を目指して、願い事を叶えるとかいう、よくある陳腐な話だった。

そんな夢と希望に溢れる陳腐な話を、静かに子供たちに与える時間を、きっとジャラヒは愛していた。
そんな時間は、すぐに途絶えてしまったけれど。








****

コホコホと咳をして、ジャラヒは口に手を当てたあと、舌打ちした。
冬が近づいているのを感じる。
薄手のコートひとつで、この冬を乗り越えるのは厳しいだろう。
せめて、風くらいは避けたい。と、狭く、薄暗い路地に身を寄せる。
路地に入ったからといって、暖かくなるわけもないが、往来の激しい道でつっ立っているわけにもいかない。身を潜めるのに丁度いい、かどうかはわからないが、そんな場所を探すのには適してはいるだろう。
最も、それなりの危険はある。
と、ジャラヒはコートのフードを深く被り直した。

「見ない顔だな」

少し路地に入っただけでこれだ。
思ったよりも治安は良くない街なのかもしれない。

掛けられた声は背後から。
ちらりと目を向けると、顔の赤い男が、舐めるような目つきでこちらを見ている。見たところ丸腰。
見たままを信じるつもりはないが、その赤い顔と、ふらふらとした足取り。微かに香る酒の匂い。ボサボサの髪を気にすることもなく、汚れた衣類は、浮浪者のそれを思い起こさせる。
酔っ払いか。

「こんなところをうろうろしてたら、危ないんじゃねーのかい?ブロンド坊や」

ゲラゲラと笑いながら、男はジャラヒに近づいた。
フードを被り直すのが、少し遅かったらしい。
金色の髪は高く売れる。
そんな話をジャラヒだって知ってはいた。だからこそフードで隠していたのだが、目敏いやつはどこにでもいるようだ。
いや、もしかしたら、この男はずっとジャラヒをつけていたのかもしれない。
その可能性も否定できないと、ジャラヒは苛立ちを深くした。
だとしたら、ここに入るまで気がつかなかった自分の迂闊さを憎む。そして、気づかせなかったこの男の力量を侮るわけにはいかなかった。
と、するならば。

すぐさま、ジャラヒは三歩駆けた。

「失せろ」

相手が口を開く前に、男のこめかみに、それを突きつける。

「…物騒なもん持ってるな、にーちゃん」
「失せろ」

会話をする気はない。
この酔っ払いに仲間を呼ぶ時間稼ぎをさせるつもりもない。
弾はもったいないが、仕方が無い。
遺体のひとつでも放ってやれば、こんな奴らも近寄らなくなるだろう。
男が見た目通りの浮浪者ならば、殺したところで事件にはならないだろうし、そうでないなら、この街に長居しなければいいだけだ。

もう一言でも男が喋れば、引き金を引くつもりだった。
男の頭に、銃を押し付ける。
殺すのはすぐだ。あっけないことを、ジャラヒは知っている。
すると、そんなジャラヒの本気がわかったのか、男はごくりと唾を飲んで、押し黙った。
どうやら、抵抗するつもりはないらしい。

「……行け」

ドンと男の背中を叩き、拘束を解く。
グリップを握ったまま、銃口をずらさず睨んでやると、男は小さく悲鳴をあげて駆けて行った。





この街の名前を、ジャラヒは知らない。
元々住んでいた街から、そう遠くはないと、思う。あの街から逃げ出したのは、そう遠い昔のことではないからだ。
数ヶ月前、の筈だ。ジャラヒにとっては、昨日のことのように思い出せる。あの憎々しい街。
こんなに憎くて、すぐにでも駆け出して潰してやりたい。そう思っているのに、今はまだそのときではないとも思う自分の冷静さ…そして腰抜けさに反吐が出る。
それでいて、あの街から遠く離れることもせず、近くの街を転々と、這いつくばるように生きている。
目に入った街に入り、薄暗い路地を見つけ、這うように数日暮らし、出て、また違う街に入り、路地裏を這う。
そんな代わり映えのない薄暗い毎日を、ただただ繰り返している。
目的は、多分ない。
殺意だけは明確にあるが、それがすぐに叶うことがないのもわかっていた。
何せ、殺意の向かう先は、ワートン財閥様だ。
その名前を思い浮かべるだけで、自嘲と共に死にたくなる。
ジャラヒ・ワートン。
呪わしい自分の名前。
ジャラヒの仲間をすべて葬り、徹底的に潰し、蹂躙し、全てを白紙にしたあの男と同じ血が、自分には流れている。
どうしようもなく、否定しようとも、事実だ。

そう。ジャラヒのせいで、みんなが死んだ。


『赤き雨』レッドレイニングという組織は、ジャラヒが作った、スラムの少年少女達からなる組織だ。
とあるギャングが顔をきかせていた街のスラムを、勢い余って乗っ取りついでに一掃し、頭の良い子供たちを集め、小さな自治組織を作った。
自治と言っても、所詮、暴力とカネでしか解決しないのだから、元のギャングとやっていることは同じだったかもしれない。
その頃、父や兄について世の仕組みを学び、帝王学の真似事のようなものを習いながら、経営、交渉の現場を真近で見ていたジャラヒは、それを組織に流用し、若き組織『赤き雨』は、街で知らぬもののない、大きな組織(ファミリー)になった。
その過程で、ジャラヒ自身も手を汚したし、スラムを救ったと仲間内に持ち上げられても、その自覚を忘れたことはない。
きっかけはどうあれ、ギャング、と呼ばれたのも仕方のないことだ。
だが、なんと言われようとも、子どもたちの腹は満たされたようだし、泣くこともなくなったので、それでいいと、ジャラヒはその組織をさらにさらに大きくした。
もっと多くの子供たちを救おうと。
そう言えば聞こえはいいのかもしれないが、何のことはない。
きっと調子に乗っていただけだ。

父の耳に届いたのは、その日より、もっと前のことだったのだろう。
ジャラヒが調子に乗らなければ、なかったのかもしれない出来事だった。
あっという間だった。
息子の悪行を見兼ねただろう父親、ワートン財閥総帥は、『赤き雨』を潰した。
徹底的に。
あっさりと。


それは、あっという間の出来事だった。
親友に、大変だと呼ばれ戻ってきた時には、『赤き雨』は、すでに跡形もなかった。
本拠地と称された一室に残っていたのは、拭かれて、掃除されただろう後でも分かる赤黒い汚れ。ドアノブの裏に残る赤い液体。小さなぬいぐるみのボタン。
こどもたちが大好きだった絵本は本棚に収まっていたけれど、中身は黒焦げだった。
あの子たちがいつか行きたいと言っていたお伽話の大陸は、もう煤けて手が届かない。
部屋を見て、呆然と立ち尽くしていると、SPがそっとやって来て、項垂れるジャラヒの肩に手を置いた。
行きましょう、坊ちゃん。
そう言うSPの顔を見た途端。
ジャラヒは全てを悟った。
悟って、男を殴り、銃を奪い、SP達に発砲し、逃げた。


逃げて、逃げて、数ヶ月後。
ジャラヒは今、近くの街の路地で、這いつくばりながら、腐っていた。
思い出すのは後悔と、憎しみ。
だって、あの、『赤き雨』がやられただろうあの時、ジャラヒは父と共にいたのだ。
父の横で、話される商談を、彼の次男坊の顔でしれっと聞き、問われたことに何食わぬ顔で答えていた。
商談を終えた後父がジャラヒに言ったのは

「掃除はしておいた」

「これでもう、終わりにしなさい」


思えば、あの男をやれるチャンスは、それが最後だったのかもしれない。
その直後、仲間の「大変だジャラヒ!来い!」という言葉と、必死に走り、辿り着いた時の衝撃と、銃を撃ったときの鉄の匂いだけが、後のジャラヒのその時の記憶だ。
逃げるときに、友人とも逸れた。
しかし、ジャラヒは既に友人を探そうという気も起こらなかった。
もしかしたら、死んだのかもしれない。
もしかしたら、生きているのかもしれない。
それを確かめる術も、気持ちも、ジャラヒにはない。

ただ、意味もなく、目的もなく、恨みだけ抱いて、生きているだけだ。
ここで死んだって構わないという気持ちと同時にある、父への恨みと、いつかきっと復讐してやるという妄執が、ジャラヒをそこから動かせないでいた。
死ねない。
でも、だからと言って、生きるのも難しかった。
もう歩きたくない。
日の当たる場所にいると、あの男に見つかって連れ戻されるだろうし、何より、自分が許せない。
のうのうと、父の下にいた自分。
遊びのつもりも、反抗心のつもりで組織を作ったわけでもなかった。
だが、まるでおもちゃのように一瞬で全て終わってしまった。
終わらせてしまった自分が憎い。
憎くて憎くてたまらない。
いっそ、何処までも汚れて、ぐしゃぐしゃになって、千切れて、消し飛んでしまいたかった。


コホ、と再び咳をして、ジャラヒは空を見上げた。
身体が少し重い。
こんなに死にたい気分なのに、死ねずに身体は苦痛を訴えている。
まるで生きたいみたいに。
白い空の下、空気は乾いていて、浮いた埃が喉に張り付く。
引きかけの風邪を認めたくはなかったが、こんな乱暴な生活をしていて、健康でいられるほうが不思議だ。
それならいっそ、妙な病気を拗らせて死んでしまえばいいのに、動く身体は不快さを伝えるだけ。
残念ながらこの命は、尽きそうにない。
死ぬというのは、案外難しい。
そう思いつつも、一方でよぎるのは、今日この街に来てから、水一つ飲んでいないという事実だ。
喉が渇いた。
金はない。
捨ててしまえばいいカードが何故かコートに入ってはいるが、もちろんそれを使う気にはなれなかった。
捨てても使っても足が付く、やっかいな、自分の身が何か嫌でもわかるカード。
それ以外にジャラヒが持っているのは、あのとき、逃げてすぐに現金で買った薄手のコートと、銃と、あとは血のついた紙幣が一枚。
ポケットの中に手をつっこんで、その紙幣を取り出してみる。
前の街で、あまり良くない手段で手に入れたその紙幣を使ってしまうと、生きる手段がまた一つ減ってしまう。
あまり目立ちたくはない。
犯罪を犯すことに、すでに抵抗感はないが、それによって足が付くのは避けたかった。
でもまあ

(別にいいか…)

面倒くさくなって、ジャラヒは紙幣をくしゃくしゃに丸めた。
考えるのも面倒だ。
さっさとこの金で食い物を買って、明日のことは明日考えればいい。
そう思って、顔を上げたジャラヒは、この場所に不似合いなそれを見た。


(……)

反射的に、気配を消す。
そっと、建物の角に身を隠した。
薄暗い路地裏で、ジャラヒが見たのは、先程見た酔っ払いとは天と地ほど違う。

(…子ども?)

青い髪の、少女。
浮浪者には見えない。
髪は整えられていて、着ているものも、赤いワンピース。細かい汚れや綻びは見えない。小奇麗なものだ。適当に拾ったものを着ているようには見えなかった。
こんな場所に少女がいるという事実もおかしな話だったが、ジャラヒが目を見張ったのは、少女であるということだけではなかった。

(…有翼、人種)

少女の背中には、小さな羽根が生えていた。

話には聞いたことはあるが、見るのは初めてだった。
もう滅んだともされるくらいの、おとぎ話の種族。
王族の庭には、今でも有翼人種が奴隷として住んでいるという話は聞いたことがある。父は見たことがあるらしい。酒を飲んでいるときに、機嫌良く語っていたこともあった。
ジャラヒも、博物館で剥製だけは見たことがある。
その剥製の羽根と、少女の背中のものは、よく似ていた。
少女についているものは、少し小さいが、確かに羽根だ。
いや、もしかしたら、ただの飾りかもしれない。もしかしたら、というより、そちらの可能性の方が高いだろう。

だが…

緊張した面持ちで、ジャラヒは銃を握った。
彼女の羽根が偽物だとしても、だ。
こんなところにいる、小綺麗な格好をした少女。
捕まえたら、いくらかの金になるには違いなかった。
羽根をつけた小さな可愛らしい少女なんて、よだれを垂らして欲しがる連中が目に浮かぶ。
こんなところにいるなんて、どんな事情があるのか、迷子なのかはわからないが、ジャラヒにとっては運がいい。

ロックを外し、グリップを握る。

このまま銃を突きつけて脅してもいいが、騒がれるのも面倒だ。
今更こんな通りで、銃声や悲鳴一つで誰かが来るとも思えないが、少女を探している誰かがいるのだとしたら、その悲鳴で手掛かりを残したくはない。
ゆるりと銃を構え、少女の背後を狙う。
狙われてるとも知らない少女は、ぼうとつったって、空を見上げていた。
建物の隙間から覗く空は白く、彼女が何を見ようとしているのかはわからない。
その彼女の視線の反対側。
彼女の背中の右斜め上。

3
2
1

呼吸を読みながら、引き金を弾いた瞬間。
弾丸の爆ぜる音とともに、少女が倒れた。

「…!」

一瞬、ヒヤリと心臓が鳴る。
銃声で驚かし、悲鳴を上げさせる隙すらなく攫うつもりだったのだが。
もし、それで命を奪ってしまったのだとしたら、その獲物の価値の暴落への気がかりと同時に、少しの目覚めの悪さを思う。
売っぱらうつもりなのだから、殺す殺さないで目覚めが悪くなるも何もないのだが。
と、慌てて駆け寄って、ジャラヒは胸を撫で下ろした。

「…ぅ…」

運がいいのか悪いのか。
少女は生きていた。
痛そうに顔を歪め、吐息を洩らす少女。
その苦痛の表情に、思わずジャラヒは彼女の肩に手をかけて。
彼女の羽根が、本物だと悟った。

ごくりと、唾を飲む。
ジャラヒが撃った弾丸は、ほんの少し、彼女の羽根に掠ったらしい。
その小さな羽根から、赤い血が滲み、ぽとりと雫を垂らしている。
本物、生きている証の赤だ。

「銃声だ!いるぞ!!」

はっと気がついたのは、何処かから聞こえたそんな声だ。
慌てて、倒れている少女を抱き上げ、その身を翻す。
初めて来た街ではあるが、街の路地裏なんて、みんな同じようなものだ。
声がした方と反対の、奥だと思える方に足を進め、やがて見えた適当な割れた窓ガラスの一室に手を掛けて、身体を滑り込ませる。
少女を部屋に入れるのに少しだけ難儀したが、ガラスの破片が彼女に刺さっていないのを確認して、ジャラヒはほっと息をついた。
そして、息を整えて、耳をすませる。
みっつほどの足音が何処かから聞こえ、そしてやがて消えて行った。
銃声ひとつで誰か飛んでくるほど、治安がいい街には見えなかったが、ジャラヒとて追われる身だ。
あの酔っ払いに通報されたとも考えられるし、それに、この羽根の生えた少女だって、何故こんなところにいるのかわからない。
もしかしたら、この少女を探している誰かかもしれないし、何があってもおかしくないといえばなかった。

一息ついて、地面に寝かせた少女に目を走らせる。
青い髪を、肩まで伸ばした少女。
白い肌。
赤いワンピース。
思ったとおり、粗末なものではない。
ただの布を合わせたものではなくて、しっかりと仕立て上げられている。
浮浪者の子どもが着られるような服ではない。
そして、背中に生えた羽根。
血の滲む羽根を見て、ジャラヒはひとつ舌打ちをして、辺りを見回したあと、自身のコートを脱いだ。
それからそのコートを、彼女の身体に被せ、少し躊躇ったあと、彼女の羽根を手に取り、コートの袖を巻いてみた。
どれくらいキツくしていいものかわからなかったので、とりあえずのところで袖の先を絞り、ずれないように留める。
包帯の代わりにはならないが、とりあえずの止血にはなったかもしれない。
なったであろう。
そう決めて、ジャラヒは彼女から手を離し、その傍に腰を落とした。
膝を抱えて、目の前の壁を見る。
別に、壁に何かが書かれていたわけでもない。
とうの昔に捨てられただろうこの部屋はがらんどうで、何もない。
あるのは瓦礫。それと、ありがたいことに、雨風が防げる屋根。
こんな場所だ。浮浪者の類が寝床がわりに使っている場所かもしれないが、運良く今は誰もいなかった。
誰もいなくて、音もない。
これから…と考えて、やめた。
もしかしたら、誰かが来るかもしれない。
追っ手に追いつかれるかもしれない。
この羽根のついた少女を、どうやって売り飛ばすかとか、足が付かないようにする手段とか、明日どうやって飢えをしのぐかとか。
ジャラヒは、そういった一切合切を、考えるのをやめた。
それから、身を屈めて、両腕に頭を沈めて、しばらく、何も考えずにそうしていた。



こほん、
と、咳をして目を覚ました。
少し肌寒い。
身を震わせて、コートを着ていないことに気がつく。
寒いはずだ、と辺りを見回して、彼女と目があった。
赤い大きな瞳。
どんぐり眼の、らんらんと輝く、明るい目。

「!?」

おもわず飛び退く。
それから意識を覚醒させ、事態を把握した。
そうだ、逃げて来たのだ。
逃げて―――

「おはよー!」
「………」

少女が隣で手を振っている。
把握したと思った状況が一瞬で霧散する。ジャラヒは口を開くことができなかった。
羽根の生えた少女。
その羽根と身体に掛かっている血のついたコートは、ジャラヒのものだ。
何故血がついているかというと、ジャラヒの撃った弾が、彼女の羽根に掠って、彼女が怪我をしたからだ。
何故ジャラヒが彼女を撃ったかというと、珍しい少女を、売り飛ばそうと思ったからで、何故、その少女が笑っておはようと手を振っているのかというと。

さっぱりわからなかった。

「羽根が痛いよ」
「……そうか」

えーん、と顔を歪める少女の動作はどこかコミカルで。
事態を忘れそうになったが、我に返ったジャラヒは、ふうと息を吐いて目の前の少女を睨んでやる。

「…大人しくしろ」
「わー、すごい、その金髪ほんもの??」
「………」

痛がっていた顔を反転させて、ジャラヒの頭を指す少女。
こちらの方こそ、本物かと聞きたいのは彼女の羽根だが、流れた血が本物であることを主張しているので、それには言及せず、ジャラヒは彼女の手を払った。

「…質問に答えろ。何処から来た。何者だ」
「えーっと、あっちから来ました。リオディーラです!」

あっち、と指したのは、何処かわからない明後日の方向で、きっと彼女本人もわかってないのだろう。
続けて名乗った名前は、ジャラヒの聞き覚えのない名前だったが、きっと偽名ではないだろう。
偽名を名乗る頭があるように思えない。
そんな失礼なことを思って、ジャラヒは顔色を変えずに続けた。

「…なぜあんな所にいた」
「迷子になってました!」

元気良く手を上げての返事。
どうやら、本当にただの迷子らしい。
着ているものとその素振りから、何処かの金持ちのペットか何かだろう。
奴隷との違いはわからないが、奴隷というには着ているものが良すぎたし、大事にされているだろうことが見て伺える素直さ。
騙されたことがないのだろうか。
有翼人種なんて生まれで、人の悪意に接したことがないのだとしたら、何処かの金持ちに、大事に飼われていたとしか思えない。

「はいはい!質問です」
「答える義理はない」
「おまわりさんの名前はなんですか?」
「………」

おまわりさん。
とは、自分のことだろうか。と思わずうろたえそうになる。
どうやら、彼女は、迷子になったところをジャラヒに助けられたと誤解しているらしい。
そのまま誤解させて、騙して売り飛ばそうか、と考えて、それからジャラヒは頭を振った。
偽事でも、彼女と馴れ合うつもりはない。

「…これが何かわかるか?」
「てっぽう!」

正解。
それは知っているらしい。
自慢げな少女に頷いてやる。
それから、彼女の背中を、その銃の口で、ちょんちょんと示す。
わかりやすいように、ゆっくりと。

「その羽根をやったのは、おれ。痛いだろ?」
「手当てしてくれたのも?」
「血が垂れないようにしただけ。消毒もしてないから、化膿するかもな。まあ、知ったことじゃないけど」

そこで、ぱちくりと少女は瞬きをした。
状況を理解したのか、ジャラヒから一歩身を退く。

「わるもの!?正義をくじくわるいもの!!?よーっし!このきらめき!ときめき!リオディーラが貴方の邪悪な心を」
「ここでこれを撃ったら、あんたは死ぬ」

ちっとも理解してなかったのか、大声を出した少女に、頭が痛くなりながら、銃をつきつけてやる。
すると、ようやく少女は大人しく黙った。

「良い子だ。さて」

さて、と銃口を向けたまま、ジャラヒは頭を巡らせた。
正直なところ、これからどうするか、まだ考えていない。
全てがめんどくさいから、銃口を引いて死体から羽根をもいで売る。これが最終案。
だけどまあ、それだと価値が下がるので、あくまで最終案だ。
ならば、少女から主人を聞き出し、身代金を請求する。
それなら多額が毟り取れるだろうが、失敗するリスクも高い。
計画的にならまだしも、単独で練られてもいない思いつきを実行し、成功させるのは、不可能と言ってもいいだろう。
もしくは、当初の予定通り、さっさと奴隷商人に売りつける。
買い叩かれる可能性もあるが、いくらかまともな商人を探せば、妥当な金額で取引出来るだろうか。
本来なら、傷なんて不利でしかないが、この場合、本物であるという証明にさえなるかもしれない。となると、有翼人種の妥当な金額というものが、足のつかない金額で収まるかどうかが問題だが。

「とりあえず希望を聞こうか。おもちゃにされるのと、死ぬほど働くのと、檻に入れられて鑑賞されるのと、どれがいい?」
「どれも嫌だよ!」
「ごもっともだな」

別にどれか選ばれるのを期待していた訳ではない。
思いつく奴隷商人を頭の中で思い浮かべ、選択肢を潰していく。
売ったあとどうなるか知ったことではないが、多少マシなところに売ってやろう。そう思うのは、偽善にすらならない自己満足だ。

と、

「あ」

突然、少女が小さく声をあげた。
何事かと眉を上げて、それから気づく。
音が、いくつか聞こえる。
はあ、と息を吐いて、銃口を下げた。

「…来い」

有無を言わさず、少女の手を強く引っ張ると、彼女は小さく悲鳴を上げたが、抵抗する様子はなかった。



追っ手だかなんだか知らないが、こちらを探しているらしい物音は、5つ聞こえた。
始めより、2つ増えている。
その足音を避けながら、建物の隙間を縫って行くと。

「…っ」

頬に掛かる冷たい感触に、思わず舌打ち。

「やっぱり降って来たね。雨の匂い、したんだー」

長閑な声を上げたのは傍らの少女で。少女と空を交互に睨んで、ジャラヒは足を速めた。
身体が冷えるのは厄介だが、雨音が強まれば、追っ手をまけるかもしれない。
意外にも、少女は黙ってジャラヒに引っ張られるままになっている。うるさくされないのはありがたい。なんとかこのまま身を隠して、もうこの街は出て、他所にいこう。

「おにーさん、だめ」

曲がり角を過ぎようとしたそのとき、少女が声を上げたのと

「いた!こっちだ!」

左右から声が聞こえたのは同時だった。

「間違いない!金髪だ!あの男だ」
「捕まえろ!!」

どうやら、追われているのは、やはり少女ではなく、ジャラヒの方だったようだ。

「…おまえ、その羽根で飛んで逃げれねえの?」
「浮くくらいできるけど、飛べないよー」

となると、ここで全員やるしかない。
弾は残り何発残っていただろうか。
相手も何の武器を持っているかわからない。
やはり、先手必勝に限る。
すぐさまジャラヒは腰を屈めた。

「な、なんだ!?」

そして、少女の手を掴み、男たちの間に突進する。
虚をつかれた男たちの足を乱暴に蹴り倒し、転ばせたあと踏みつけて、飛び越えた。

「くそ…!」

通り過ぎる瞬間、服を掴まれ、肘鉄を食らわせる。
誇れることではないが、スラム街を制していたころから、乱闘には慣れている。
この誰に当たるかわからない狭いところで、徒党を組んだやつらが銃を打つことは恐らくない。そう踏んでの行動だ。
相手は5人。
倒れた2人に相手が気を取られているうちに、ジャラヒは身を翻して、路地を曲がった瞬間。


「いたか、ジャラヒ」

見知った声が頭の上から降り、ジャラヒは、はっと顔を上げた。
その先には白い空と。
きらりと光るそれ。
そして、それと同時に降ってきた背後からの衝撃に、何が起こったのか把握する前に、ジャラヒはなす術もなく気を失った。




******



自分の家が、歪な家庭だとは思ってなかった。
幼いジャラヒにとって、家族とはそういうものだった。
父親は滅多に帰ってこず、母親の顔も、たまにしか見ない。兄と会話をした覚えはない。
世話はメイドがやってくれたので苦労はしない。
そのメイドもほとんどが印象なく、ただ用意されたものを食べ、学校に行き、家に帰り、家庭教師の授業を受け、それからまたメイドたちの作った飯を食べ、寝て、起きる。
たまの休日は、家で本を読むか、勉強をするか。それと、両親に呼ばれて行く社交会。
今となっては、くだらない生活だったと思う。あの生活で培った知識は、確かに役に立ったこともあるけれど、結局は、あっけなく全てを壊して消えた。
虚しい日々の中で、それでも何か、と思い出すのは、小さい頃に接していたメイドが一人、絵本を読んでくれたこと。
そのメイドは、嫌がるジャラヒを連れてプールに泳ぎに行ったり、食卓では決して出ない珍しいものをこっそり食べさせてくれた。
彼女が読んでくれた絵本。
それは、亡くなる前の母親が読んでくれた話。
どこかに黄金の国があって、願い事を叶えてくれる話は、小さなジャラヒのたった一つの希望だった。
その国の名前ももう覚えてないけれど、母や父に連れて行ってと頼んで、失笑されたことを覚えている。
4つだか5つだかの頃の記憶だ。
そんな幼い頃の記憶が、ジャラヒの人生の中で、二番目に楽しかったものなんて、自分で笑ってしまう。
そんな記憶を与えてくれた、そのメイドの彼女は、いつのまにか消えてしまった。
いついなくなったのかは覚えていない。ジャラヒが10になるずっと前のことだったと思う。
彼女が消えて、また繰り返しの毎日が始まって。

そして、15の時だ。
父に連れらて、会社を訪れ、なにか喋って、用無しになって解放されて、気まぐれに歩いて帰ったその帰り道。
スラム街に極近いところ。
ある少年と出会い、初めて友人になった。
そして、赤き雨なんてチームを作って、ギャングを気取って、街を仕切った気になって、調子に乗って。
そんな、ジャラヒの人生で一番楽しかった時間は、父に見つかって全て潰され壊され消された。
仲間はもういない。
たぶん、死んでしまった。




「これが、走馬燈か…」
「あ!ジャラ!起きたー?」

嫌な夢を見た。
と、伝う冷や汗を自覚してジャラヒが目を開くと、四方を壁に囲まれた、カビ臭い部屋の中にいた。
地面が冷たい。
手脚も縛られている。
見回して悟る。扉は一つ。窓はない。扉にもどうせ鍵がかかっているのだろう。逃げるのは不可能。
まるで牢獄だ。
牢獄なんだろうけど。
と、隣りにいる少女に目をやる。
不思議な少女。羽が生えてる。

「おまえも捕まったのか…つっ」

捕まるまで共にいた少女は、捕まったにも関わらず元気そうだった。
地面に這いつくばったままのジャラヒを笑顔で見下ろして、きょとんとしている。

「大丈夫?」
「…に、見えるか」

身体を捻じるが、自分の身体はいうことを聞こうとはしなかった。
頭が割れるように痛い。
捕まった時に殴られたからかもしれない。
加えてこの寒さ。
コートを着ていないのもあるが、石の地面の上だと、底冷えする。
響く痛みを堪えて、もう一度身体を捻じるが、手を後ろ手に縛られていて、足も縛られている今では、身動きのとりようはやはりなくて、ジャラヒは静かに諦めた。

「……」
「ジャラ?いきてる?」
「…おまえ、…なんでおれの名前知ってんの」
「さっき来たおにーさんが呼んでたから」
「あ、そう…っ」

身を固めても、頭を振っても、痛みを誤魔化そうと会話をしても、やはり痛みは消えそうにない。
ぐわんぐわんと耳鳴りさえした。
寒さと同時に身体が熱い。
そういえば、最近寒かった。情けないことに、雨に打たれて本格的に風邪でも引いたのかもしれない。
痛みを堪えていると、少女がジャラヒに手を伸ばしているのが見える。
もう痛くて、目を開けられそうになかったので、ジャラヒはぎゅっと目を閉じた。
と同時に、ふわりと、暖かく小さな手が、ジャラヒの頭を撫でる。

「あたま、いたいの?」
「…大したことない」
「お熱あるみたいだよ」
「…ほっときゃなおる」

よいしょと、ジャラヒの頭を持ち上げた少女は、自らの膝の上に、その頭を乗せ、よしよしと撫でる。

「痛いの痛いのとんでいけー」
「あほか」

ほんの少し、痛みが引いた気がした。
気のせいかもしれないが、少しだけ、楽になった。
こんなところでリラックスしている場合ではないのは充分承知だが、彼女の独特のテンポは、ジャラヒには、少し可笑しくて、緩やかで、心地いい。
牢獄の中なのに、陽だまりみたいで笑える。

「おまえさ」
「リオディーラだよ、ジャラ」
「ん」

そう言えば、そんな名前だと言っていた気がする。
どうでもいいから覚えるつもりもなかった。

「…逃げたら?おまえ…小さいから、隙見て逃げられるだろ」

手脚を縛られているジャラヒと違って、少女は自由だった。
拘束する価値もないと思われたのだろうか。
ここにくるまで、逃げる隙を見つけられなかったのかもしれないが、やつらは、ジャラヒを警戒している。その隙をつけば、ジャラヒが目覚めた今、彼女一人くらい逃げるのも不可能ではないだろう。

「ほんとはどっかに売り飛ばそうと思ってたけど…なんかこのままじゃ…出来そうにないし…っ」

咳き込みながら言うのも頼りないかもしれないが

「…まあ、おまえも、巻き込まれただけだしな。隙なら…作ってやってもいい。だから…」

そう言ってやると、彼女は黙った。
黙って、じっとジャラヒの額に手を当てたままで、数十秒。
沈黙したあと、口を開いた。

「ジャラ、やっぱお熱すごいよ」
「…そーいう話は…して、ない!」

癒されると思った独特のテンポは、同時に苛立たせる。体調を崩しているときは尚更。
興奮すると同時に咳き込んで、自覚すると尚更体調も悪くなる。やっぱり風邪だ。
情けない。

「…ジャラも逃げなきゃ」
「…無理」

逃げて、生き抜いて、絶対に復讐しようなんて気概は、もうとっくに、既にない。
どうせ、なんとなく、這いつくばって数ヶ月生きて来たのだ。
生きたいという衝動に似た欲望はあっても、その先の展望はない。
積極的に死にたいなんて思わないが、このまま逃げて何になるかもわからない。
だから、ここで終わっても仕方ない。

それに…

思い出して、ジャラヒはきつく目を閉じた。

殴られて気を失う前に聞いた声。
あれを聞いて、これで終わりだと、全て悟った。

「…じゃあ、ワタシ、いくよ」
「ああ。そうしろ。…悪かったな。おれがお前を攫わなきゃ、こんなことにならんかったのに、お前にはいい迷惑だな」
「大丈夫だよ!」

にこりと笑って、少女はそっと、ジャラヒの頭を床におろした。

「だって、ワタシは、ジャラを探してたんだもん」
「は?」
「じゃあ行ってくるね!無理しちゃダメだよ!」
「って、おまえ、待て、ちょっと!」

ジャラヒを置いて立ち上がった少女は、そういうとくるりと身を返し、部屋のたった一つしかない扉に向かうと、そのまま扉を開けて飛び出して行った。

「…鍵、閉まってねーのかよ…」

なんにせよ、身動きの取れないジャラヒには、どうすることもできないが。
固い床に横たわったジャラヒは、じっと扉を見つめる。
巻き込んだ形になった少女は、上手く逃げるだろう。たぶん。
ジャラヒの追っ手は、どうやら少女を気に留めてもいないようだった。
有翼人種なんて珍しい生き物、普通なら何を押してでも欲しいところだが、きっと「あの男」にとってはそうではないのだろう。
そんな生き物、ワートン財閥の力を持ってすれば、いとも簡単に手に入れることができるに違いない。
ジャラヒは彼の仕事に深く関わっていないが、そう言われても納得はできた。
あの男なら、そんなもの、価値としない。
それよりは、いなくなった、一族の汚点である弟を捕らえる方が先だと判断したのだろう。

捕まったときに聞いた声。
あれは、ジャラヒもそんなに数多く聞いたことがあるわけではない。
ただ、一度聞くと、忘れることはできない。あの声だ。
ワートン財閥、本物の御曹司。
長男である、ジャラヒの兄の声。
顔を合わせたことも、声を聞いたことも数度しかない、兄。
顔も朧げにしか覚えてないのに、彼を思うと、急に身体が冷えて、頭が白くなる。
逆らってはいけない。
幼い頃から、何故かそう思っている。ジャラヒにとって強い光。
コンプレックスはない。そんな、比べる対象ではなかった。年の離れた兄だ。

そんな兄が来ている。
果たして、ただのお出迎えなのか、命すら取るつもりなのか。
なんにしろ、いい予感はしない。

そして、ジャラヒは一つ決めなければならなかった。
ジャラヒの組織を潰したのは父であり、そして、父に命令されて、直接手を下したのは、兄だ。
つまり、ジャラヒの復讐の直接の相手が、今、ここに来ている。これは復讐の格好の機会だ。
亡くなった仲間たちの仇を取る、絶好のチャンス。
このチャンスを、活かすかどうかを、決めなければならない。
復讐を選んで兄に向かい死ぬか。
諦めて兄に服従し、死ぬか。
前者は肉体の死。後者は精神の死だ。

(どっちにしろ、ここで終わりだ)

そんなことを思いながらジャラヒは再び目を閉じた。
どちらにしろ、少しでも体力を回復しなければ、決断どころか、あの兄と向かい合うことさえ出来そうになかった。
寝て、起きて、それから考えよう。
もしかしたら、起きたら全て終わっているのかもしれないけれど。



起きたら解放されていた、わけもなく。
家に強制送還されていたわけでもなく、目覚めたのは、先ほどと同じ牢屋のような部屋。
それを認識したと同時に、ジャラヒの腹に鈍い痛みが走った。
まあ、死んで永遠に目覚めなかったというオチでないだけマシかもしれない。
と、舌打ちして、ジャラヒは覚醒した意識を掻き集めながら、痛みを堪えて顔を上げた。
男が一人。
顔を凶悪に歪めて、足を上げている。
男はそのまま足をジャラヒに降ろし、踏まれたジャラヒは、体を固めながら苦痛に耐えた。
どうやらジャラヒが目を覚ましたのは、この男に蹴られた結果のようだ。

「お目覚めかいぼっちゃん」
「…ここが地獄ってわけじゃないなら、目が覚めてんだろうな」

呻きながらジャラヒが口を開くと、髭面の男は鼻で笑って、その足でジャラヒの頭を小突く。
髭面の、腹の出た小汚い男。40代くらいだろうか。ジャラヒの知らない男だ。
もちろん兄ではない。
兄が雇ったチンピラか何かか、とあたりをつけて、ジャラヒは、まだ少し朦朧とする頭で男を見上げた。

「おれをどうするつもりだ?」

そう聞いたのは、探りを入れるつもりだったからだ。
兄が関与しているのは間違いない、と思う。
しかし、すぐさま兄が姿を表さないのは、意味があるのかないのか。
単に忙しくて、弟の面倒を見る気がないのか。それとも、兄の関与を隠して処分するつもりなのか。
そうジャラヒが尋ねると、男はにやにやと顔を歪めた。

「そう聞かれたら、こう聞けと言われてる」

面白そうに。

「旦那様から伝言だ。おまえはどうしたい?だとよ」
「はあ?」

どうしたいと言われても

「そんなの、解放されてここから逃げたいに決まってるだろ」
「だよなあ」

ジャラヒの答えに、うんうんと頷く男。

「で、こうも言われてる。答えを聞いたら、あとはおれらの好きにしていいとよ」
「は?」

今度は答えを待たずに、男はジャラヒの腹を蹴りあげた。
体が転がり、跳ねた。
口の中で血の味がする。

「傷物にしても、売っぱらっても、うっかり殺しちまっても、なんでもいいんだとよ。ぼっちゃん、愛されてんねえ」
「…誰が…っ」

右頬を蹴られた。
じんじんする。

「…傷物になったら、売れねえんじゃ、ねえの?」
「あいにくおれは金髪が嫌いだからな」

今度は転がされて左に2回。
腹にもう一撃。
ぼきりと鈍い音がして、肩が外れた。
体は頑丈なつもりだったが、肋骨あたりは危ないかもしれない。
体の痛みを自覚しながら、冷静に傷んだ箇所を数え上げ、ジャラヒは受け身を取り続けた。
まだ大丈夫だ。これくらいなら死なない。
今までだって、こんな修羅場、迎えたわけがないわけではない。
今までと違って、仲間が助けに来るわけでもないし、そもそも、この場をくぐり抜けて、何が出来るわけでもない。
本当は、ここで死んだほうがいいのかもしれないと思う。
さっさとくたばって、向こうにいる仲間に謝って…

「…へっ」
「何笑ってんだよ!!」
「…っ」

痛い。
蹴られている体中が痛い。
それと同時に、謝るなんて殊勝なことを思った自分がとても痛い。
生きているか死んでいるかわからない親友が聞いたら、きっと指をさして笑うだろう。
お前らしくない、悪いものでも食ったのかと、絶対に笑う。
赤き雨を共に作った親友。
逃げ出してから、行方も知れず。ジャラヒも探そうとも思わなかった。
その存在を、考えようともしなかった。
考えると、進まなければならない。
生きるか死ぬか、決めなければならない。
決めたくなくて、考えないようにしていた。

(そういえば、あいつがくたばるとか、ちょっと想像がつかないな。)

ならきっと、あいつだけは生きているに違いない。
あの事件があって、逃げ出して、一度も考えなかったことを、ジャラヒは思った。
あいつが生きてるなら、おれも生きてて、不思議はない。
だったら

(おれは、死ねない)

生きたいとか、死にたいとか、そんなのじゃない。
まだ、死ねない。


「悲鳴の一つくらいあげたら可愛げがあるってもんだがな!」

人を傷めつけるのは体力を使う。
男の蹴る足の力も、先程よりは全然弱く、耐えられる程度だ。
そろそろ終わりかと、顔を上げたジャラヒは、腫れた目をぎょっと開いた。

男の背後。
扉の向こう。

「…っ!」

開いた扉の向こうにいる少女。
小さな羽。
青い髪。
赤のワンピース。

見覚えある少女。
腫れた目ではその表情は見えないが、はっきりと見えるのは、彼女が担いでいるもの。
どこから拾ってきたのか、彼女の体には大きめの、バズーカを抱えて、こちらに銃口を向けている。

「…ぐ、…ま、待て…」
「あ!?今更泣きが出てきたかいぼっちゃん」

もう一度男が蹴ってくるが、それどころではない。
一体何をしに来たのかわからないが、逃げたはずの少女は、こっちにむかってバズーカを構え、言った。


「さん!にー!いっくよー!どっか~~~ん!!」



(これは死ぬかもしれない)

爆風に巻かれ、吹っ飛びながら、ジャラヒは空に向かってVサインをする少女を見た。



この一日で、何度気を失っているのだろうか。
そう思いながら目が覚めると、青い空の下、穏やかに微笑む少女と目があった。
そう、青い空。

「おはよージャラ」
「……どういうことか、説明してくれる?」
「だいじょうぶだよ!悪い敵は、ぜんぶ、ばーんって吹き飛ばしちゃったから!」

吹き飛ばした結果がこれらしい。
辺りを見回すと、瓦礫と共に、気を失っている男の足が見えた。
動いているから生きているだろう。
おそらく少女がしたのだろうが、ジャラヒの身を縛っていたロープは解かれている。
それどころか、脱臼していた肩は入れられ、足は痛むが、包帯が巻かれていた。

「骨、折れてないって。がんじょーだねジャラ」
「…おれもほんとにそう思うわ」

そう相槌を打つと、少女はふふと笑った。

「がんじょーでよかった。
ジャラのお熱がすごかったから、お医者さん呼んでこようと思ったんだけど、遅くなってゴメンネ」

どうやら、医者を呼んでくれていたらしい。
当の医者は?と尋ねると、ジャラヒの応急処置をとりあえずしてくれたが、状況が状況だけに、助っ人を呼んでくると、一度立ち去ったらしい。
もうすぐ戻ってくるよ、と言うので、ジャラヒはそうかと応えた。

「コートに入ってたお金、使っちゃった。ごめんね」
「いいよ。てか、むしろ礼を言うのはこっちの方だろ」

まさかあんな助け方をされると思ってはいなかったが。
そういえば、と思って彼女をもう一度見たが、さきほどのバズーカは見当たらなかった。
まあいいか、と思う。
死ぬかと思ったが、生きているのだ。それで良い。
生きても死んでも、どっちでもいいと思っていたけれど、やっぱり、生きているほうがずっといい。
生きていないと、何も出来ない。
何も。

(おまえは、どうしたい?)

そう、兄の声が胸のうちから聞こえた。
どうしたいかと、ジャラヒに聞くように指示したらしい兄。
そのくせ、ジャラヒを助けるつもりはないようだったし、殺すつもりもあったのかどうか。
何をしたいのかわからない。
男にも好きなようにしろと言っていたらしいことから、ただジャラヒをバカにしたかっただけなのかもしれないが、少し、違う気がする。

(何がしたい、か)

正直言って…未だに、答えはわからなかった。
復讐がしたい。その気持ちは、たしかにある。
父や兄に。ジャラヒの大切な仲間を奪ったあいつらに、復讐してやりたい。しなければならない。
だけど、それと同じくらい、それはまだ無理だと言う冷静な自分がいた。
冷静で、臆病な自分は、復讐に立ち上がっても、身を滅ぼすだけだと告げている。
その行為に向かい、身を滅ぼすこと。それはとても楽なことだ。
復讐はとても甘美で、甘い。仲間のために、困難に立ち向かうなんて、美しくて、誘惑される。それに乗ってしまいたい。
きっと親友は生きているだろうから、彼を探して、共に復讐するのだ。一番それがきっと正しい。二人で復讐に向かって、それで…
それで、二人して命を落とす。
そこまでがワンセットだ。
そんなものに乗れない。誰も乗れないし、乗らせないし、乗らない。
危ない橋は、必要がない限り渡らない。
必要があっても、確実に勝てる方法を見つけるか、逃げ道を用意するか、策がない限り実行しない。
これまでもそうだったし、それが、赤き雨のボス、ジャラヒだ。
冷静と言えば聞こえがいいけれど、ただ臆病な、それだけの話。

「ちがうよ」

まるで、心を読んだかのように、少女は大きく首を振った。
そして、ジャラヒの手をとって、その目をじっと見る。

「ワタシは、ジャラが生きててくれて、ほんとに嬉しいよ。
 ありがとうって、ワタシが言いたいよ。ジャラは、生きていいんだよ。
 生きて欲しいの。ジャラに」

その言葉はとても真摯で。
本当の言葉で。
そんなこと、聞いたことも、言われたことも、初めてだったけれど。
するりとジャラヒの心に入って、なんだかジャラヒは泣きたくなった。
握られた彼女の手は、小さくて、暖かくて、よく見ると傷まみれだ。
手も、足も、服もちょっと破けている。
そして、ジャラヒが撃った、その小さな羽。
ジャラヒのコートに覆われて、その傷は見えない。
撃ったあと、コートで巻いただけだから、手当なんてほとんどしてないも同然だ。
ジャラヒを医者に見せる前に、自分の羽を手当してもらえばよかったのになんて思う。

「なんで…」

そもそも、逃げればよかったのだ。外に出れたのだから、戻ってくる必要なんて、全然なかった。
ジャラヒが傷つけて、攫ったから巻き込まれただけで、本当は怪我をする必要もなかった。
初めて会った人攫いに、こんなことしてくれなくていいのだ。

「なんでだろうね。でも、ワタシがそうしたくてしたんだよ」

はにかむようにそう笑って、ジャラヒの握った左手をぶんぶん振る。
空いた右手で、ジャラヒは彼女の羽にそっと触れてみた。
彼女の手と同じくらい温かな羽。
びくり、と彼女が震えたので、その手を離す。
悪いことをしてしまった。怪我をさせて、痛かっただろうと、今更ながら思う。

「なあ、リオ。何かおれにできること、あるか?」

助けてくれた彼女に…なにより、生きて欲しいと言ってくれた彼女に、何かしたかった。
ジャラヒの言葉に、彼女は驚いたように目を開いて。それからまた笑った。

「名前、呼んでくれたから、満足!」
「なんじゃそりゃ」
「いーの。ジャラが生きててくれて、名前呼んでくれたら、ワタシは満足なの」

初めて会った人間が、生きて名前を呼んだくらいで、何が満足なのか。
だけどジャラヒは、それを問う気になれなかった。
彼女の言うことに、意味があるのかないのかわからない。
ただ、彼女が言うことは本当で、本気でよかったと、ジャラヒが生きていて、本当によかったと言っているのはわかった。
なんでも疑ってかかるジャラヒには珍しいことだったが、これだけは信じられた。
彼女は、ジャラヒの生を、求めている。
まっすぐに、綺麗な笑顔で。
純粋に、生への許可をくれた。

(ああ…)

この先、どうすればいいのか、何がしたいとか、そんなことより。
いつかしなければならない復讐だとか、考えたら発狂したくなる悔みだとか、憎しみだとか、自分で自分を絞めころしてやりたい感情だとか、亡くなった仲間立ちへの贖罪だとか、山ほど山ほど、泣きたくなるほどどうしようもないものすべて。
すべてを、投げ出すことも、背負うこともできなくて、それでも生きなければならないのなら。

「生きる、か…考えたこと、なかったけど」
「うん」

生きることを、もし肯定できるとしたら、ジャラヒには理由が必要だ。
その理由は、もしかしたら、復讐の代わりにしているだけなのかもしれない。
守れなかった仲間たちの代わりにしているだけなのかも。
死んだ仲間たちは怒るかもしれない。もしあの親友が生きてるなら、親友は…きっと怒らず指差して笑うだろうけど。
怒られても、笑われても、ジャラヒは決めた。

「なんで生きるのか、まだわからないけど…もし、生きていいなら」
「うん」

生きることを、肯定していいなら。

「おまえのために、生きる」

唯一、生きてほしいと言ってくれた彼女のために。
それが、今唯一、ジャラヒにできることであり、したいことだ。
彼女のために生きる。

そう言ったジャラヒに、きょとんとした顔を見せたリオは、でも、躊躇はせずに、嬉しそうにわらった。

「ありがとう、ジャラ」








****

「そうと決まれば、医者とやらが来る前に行くか。この街はやばいから、違う街でお前の羽治そう。応急処置くらいならおれもできるから、後で包帯巻こうな。
 っていうか、リオ、迷子なんだろ?家に送ってやるから、家はどこだ?それとも、どっか行きたい場所があるのか?」

矢継ぎ早にそう言うと、リオはきょとんとして、それから答えた。

「黄金の国に行くの。ブリアティルトにあってね、そこに行きたいんだ」
「ぶりあてぃると?聞いたことないな。まあいいや、探そう」
「えっと…」
「どしたんだ?行くぞ?」
「え、あ…うん!」

少し迷うようなしぐさをした後、リオは駆け寄って、ジャラヒを支えた。
小さな体は、ジャラヒの胸の高さまでしかない。
少しでも体重をかけると、潰れてしまいそうだ。
とりあえずは、体を治そう、とジャラヒは思う。彼女の為に生きると誓ったのに、支えられているようでは先が思いやられる。

「どしたの?ジャラ」
「いや、よろしくな、リオ」

ぽんとリオの頭に手を置くと、リオは笑ってよろしくと返した。




ブリアティルトに着くのは、それから半年後の話。

tag : ジャラヒ リオディーラ 第9期

2013-09-16 : SS : コメント : 0 :
Pagetop

9の巡りへ

手を伸ばしたら、届きそうだと思った。
夜空に輝く満天の星。
キラキラ輝く一等星。
星がヒトデの形をしていないなんて知ったのは、いつのことだったろう。
とってもがっかりしたことを覚えているが、それがいつのことかはわからない。
そんなヒトデの形なんてしていない空の宝石に、懸命にリオディーラは手を伸ばしていた。
それが、絵本の星みたいな形をしていないことは知っていたけれど、それでもきっと、あの輝く宝石には手が届くと信じて。


伸ばす。
めいいっばい。
限界まで背伸びして、高く手を伸ばして。

「わ、わ!」

ふらりと、バランスを崩したリオは、身体を宙に投げかけた。







「…あえ?」
「おはよう、リオ。盛大な寝起きだな」

身体の衝撃に身を硬くしながら、リオは目を開けた。
すると、こちらを覗き込む、緑の宝石と目が合う。
緑の綺麗な目。
それを彩る長いまつげ。
それから、お星さまみたいにキラキラ輝く金色の…

「っ痛!!」
「おはよージャラ」
「なぜ!おれの髪の毛を引っ張った!?抜ける!抜けた!!」

禿げたらどうする!?などと情けないことを言うジャラヒに、へへへと笑って、リオは身体を起こした。
どうやら、ベッドから盛大に落っこちたらしい。
ベッドの上から手を伸ばしてきたジャラヒは、呆れた顔をしていた。
その手を掴んで、よいしょと起き上がり、ベッドの縁に腰をかける。
そのベッドで寝転んだままのジャラヒは、少し身体をずらして、リオが座れるスペースを空けたあと、彼女の身体を上から下まで見て、溜息。

「怪我はないみたいだな。ったく。ベッドから転がり落ちる寝相の悪さってどーなんだ」
「わ、悪くないよ寝相!」
「おれはおまえに蹴られて目が覚めたわけだが」

そして、寝ぼけたおまえに髪の毛抜かれた。とボヤくジャラヒの目の周りに、ほんのり青い痣が出来ているのは多分気のせいだろう。

「ゴメン」
「ん」

ちょこんと頭を下げると、ぽんぽんと、ジャラヒはその頭を叩いて、それから笑う。
怒ってはいないらしい。
ジャラヒがリオに怒ったことなんて、本当は一度も見たことがないけど。
そう知っていても、少し安心する。


ジャラヒは、赤雫☆激団の仲間だ。
いつも近くにいてくれる、大事な友達。
困ったときは助けてくれて、悲しいときは慰めてくれて、間違った時は叱ってくれる。お節介で、優しい友達。
初めて会ったときのジャラヒは、とある街の隅っこで、銃を片手に、真っ暗の闇の中佇んでいた。
金色の髪をフードで覆って、緑の綺麗な目も色硝子で隠して。
なんにもかんにも、全部が汚いみたいな顔で、綺麗なもの全部なかったことにしていた。


今のジャラヒは違う。
今日だって、くだらない話で夜じゅう笑って、くたびれちゃって一緒に丸くなって寝て、明るい太陽の光で目が覚めて、そんな太陽の光に負けないくらいの金色の髪を、キラキラさせている。

こっちの方がいいと、リオは思う。
ジャラヒが笑っていると、とっても安心する。
これで良いんだって言われたみたいだ。
ばっちり大丈夫。
全ては正しい方に向かっている。

だから、いつか、星を掴むことができる。

そこまで思って、リオは思い出した。

「さっきね夢を見たよ」
「んあ、ああ、盛大に暴れてたんだろ。ベッドから落っこちるくらい」
「ワタシが、ころされそうになる夢」
「……」

こくりと、ジャラヒの唾を飲む音が聞こえた。
それから、何かを言おうとして、やめて、そっと、その手をリオの手に被せた。
優しく、大丈夫だと言うように。
ジャラヒの手はいつも少し冷たいけれど、じんわりと、広がるような温かさが、ゆっくりゆっくり満ちて行く。

「夜にね。村のみんなしんじゃうの。ワタシも逃げてね。でも疲れてしんじゃうんだ」
「……」

この話をリオがしたのは、初めてのことではない。
夜、眠れないときに、何度かジャラヒには語ったことがあった。
そんな昔話。

「…死なない。おまえは生きてる」

短く言うジャラヒは、リオの方を見なかった。
ただ、握った手を、痛いくらい強くして、生きてる、ともう一度言う。

「助けてくれたんだろ?なんだっけ、紫の薔…じゃない、輝く星の人だっけ?」

『こどものころにね!助けてくれたの!星の仮面を被った、かっこいい正義のヒーロー!』
『ワタシも、そんなヒーローになるために、がんばるよ!!そんでね、いつかお礼を言うんだ!助けてくれてありがとう、ワタシもヒーローになりましたって!!』

何度も、何度もそう語っている。
理想で憧れのヒーローが、幼いリオを助けてくれたと。
嬉しそうに、楽しそうに。
いつも語っていたけれど、こうやって、しんみりとそれを言及するのは、初めてのことだ。

「…うん。そう、助けてくれたの」

真っ暗な森の中。
逃げて逃げて、疲れても逃げて。
走って走って、転んでも走って。
もう、上も下も、前も後ろも、どこに逃げたらいいのかもわからなくなって。
どこかから輝く星の光だけを頼りに、走って走って、それから、暖かい手に、助けられた。

「ロイくんが、助けてくれた」
「………は?」

暗い暗い森の中で、逃げて、走って、もう何もわからなくなったとき、助けてくれたあの暖かい手。
そして、輝く星の下で、優しく微笑む顔。
仮面じゃなかった。
ちゃんと、人の顔をしてた。
そして、その顔は、リオのよく知る顔だった。
赤雫☆激団の仲間。
リオの友達の一人。
ニホンという異世界から来た、魔神。
リオが拾った魔道書から出てきた、不思議な男の子。
岸辺ロイ。

「ロイくんがね!助けてくれたの。ばーんって」
「…夢だろ」
「うん!お礼言わなくちゃ!」

思い出した。
そうだ。
あれは、ロイだ。
なんで今まで思い出さなかったんだろう。
思い出してしまったら、視界がとてもクリアになった。
彼だ。
彼がリオの、目的の鍵。
ロイがいれば、星だって掴めるし、全部、なにもかも、叶うかもしれない。
と、パチンと両手を合わせて、立ち上がる。

「おい、リオ?」
「ジャラ、ありがとう!思い出したよ!いってくるね!!」
「えっ?あ…」

くるくると、踊るような足取りで。
走って、それから扉を閉めたリオは、ジャラヒの溜息に気がつかなかった。








「やっほーー!ロイくんロイくんロイくんくん!」
「やあリオ。相変わらず元気だな」

ノックもなしに、赤雫☆激団本拠地の扉が開いて、入って来たのは赤雫☆激団リーダーリオディーラだった。
リーダーなのだから、突然入って来たことに対する文句はない。
が、ロイが少し安心したのは、現在、シアンが買い物で不在なことだった。
なぜ安心したのかというと…
上手く言えないが、なんとなく、二人が合いそうにない…というか、合わさってしまったら、ロイの苦労が二倍どころではなくなるような気がしたからだ。

「…ふーん」
「何が『ふーん』だルウィン。天気も良いんだ。外出ろよ」
「いえいえ、家にいろというシアン様のお達しなので、ここのソファでのんびりしてます。どーぞどーぞ。ロイさんも女の子と二人で仲良くいちゃいちゃしててください。全然僕のことは気にしないでいいですから」

ソファにだらりと腰掛けて、雑誌を読みつつ、意味深に頷いているのはルウィンだ。
にこりと笑うルウィンが、本当にシアンに待機を頼まれたのかどうかは知らない。でも、あのシアンのことだ。ロイを見張ってろの一言くらい言うだろうし、もしそうでなくても、間違いないのは、ルウィンが面白がっているという事実だ。
シアンに虐げられる可哀想な下僕もといお目付役、と思いきや、案外イイ性格をしている。
優しそうで気の弱そうな童顔ベビーフェイスな男だが、騙されてはいけない。ハタチは超えている大人だ。もう長い付き合いになっているので、ロイは慌てず騒がず、さらりと告げてやった。

「休暇を三日やろう」
「…?」
「元の世界に帰ったら、シアンの面倒を見る日々から、丸三日。解き放たれる休暇だ。シアンに文句は言わせない。三日間、好きに過ごすといい」
「そ、そんなのロイさんが勝手に決められるわけじゃあ」
「シアンの親父さんとはおれも顔が利く。シアンの面倒はおれが見よう。
…三日間の休みで、婚約者と温泉旅行とか行きたいんじゃないか?」
「…!」
「リリスさん、温泉行きたいって言ってたぞ」

リリスというのは、ルウィンの幼馴染で、彼の婚約者だ。
とても綺麗で優しいお姉さん。
正直ロイも、ルウィンが憎い。

「ロイさん」
「うん」
「僕、用事があるの、思い出しました。留守番、お願いします」
「任せてくれ」

ぐっと親指を突き出すと、ルウィンはこくりと頷いて、それから音も立てず、するりと扉を開けて去って行った。

「あれ、るーくんだっけ?行っちゃうの?もっとお話したかったなー」
「いつでも話せるさ。さて、と」

これでゆっくり話せる。
と、ロイはリオに向かい直った。
ロイも彼女に聞きたいことが山ほどあった。

黄金の門の近くの森で、出会った一人の少女のこと。
今のリオよりも幼くて小さかったけれど、あれはリオディーラに間違いなかった。
痛ましいほど傷ついていたけれど、青い髪、赤い瞳。背中の小さな羽。
あの少女と、目の前のリオは、同じ。

「ねえロイくん」

まっすぐに見つめる目。
そらすことなく受け止めて、ロイは頷く。

「ありがとね」

それが意味するのは、間違いない。
あれが、あのときの少女が、リオだという事実。

「カッコイイお星様の仮面、被ってる仮面の人だと思ったのに、すっごく残念だったけど…」
「や、リオ、ごめん。なんの話?」
「助けてくれてありがとって話だよ!」
「あ、うん、おれもその話聞きたかったけど、仮面???」
「うん、まさか、輝く☆の人がロイくんだったなんて!」
「えー」

思い出した。
リオが度々言っていた、輝く星の人の話。星の仮面を被った正義のヒーローが助けてくれたとかなんとか。
覚えてはいたが、仮面がどうこうとは…

「…別人じゃないかな」
「間違いないよ!キラキラしてたもん!」

確かに、あの助けた小さな少女も、星がどうこう言っていたけれども。
あの記憶が曲がり間違って星の仮面を被ったヒーローになっていたらしい。

(ちょっとそれは否定したい)

小さく呻いて、それからロイは頭を振った。
そんなことはどうでもいいのだ。

「…リオは、なんであんなところにいたんだ?」

今の姿のリオではない、小さな子どものリオ。
小さい頃に、リオがオーラムに住んでいたという話は聞いたことがない。
と、思って、それからロイは愚問に気がついた。

(黄金の門か)

何よりもわかりやすい、納得できる答えだ。
異世界と、百万の世界とつながっている黄金の門。
聖域に近いあの森だ。
なにかがあって、逃げていた幼いリオが、門を通ってここに来たのだろう。
見つけられて、よかった。
彼女が門を通って、よかった。

「ロイくんがいたからだよ。ロイくんが、キラキラって、目印つけてくれたから、行けたの」

ああ、とロイは頷く。
魔神の力だ。
あの時、16のロイが、18のロイを受け入れて、融合したとき。
魔神の力がぶつかって、混ざり合って、大きな力が爆発して。
それを目印にリオが、ここに逃げてこられたなら。
よかった。
強くなりたいというそれだけで選んだ道だったけれど、リオを助けることも出来たのだ。間違っていなかった。

「そうだ。いきなり消えて驚いたんだ。…あのあと、大丈夫だったのか?」

手を振って、溶けるように消えた少女。
ロイの元に来て助かったとはいえ、あのまま彼女に危害を与えた元の所に戻ったのだとしたら、その身が心配だ。
最も、育った彼女がこうやって元気に立っているので、心配ないとは思いたいが。

「あの、あと」

ぽつりと呟いたリオは、何かを考えるようなポーズを取った。
小さい手を顎に当てて、唇を撫でる。それから、瞬きを二回して、頷いて答えた。

「…うん、大丈夫」

なんだろう。
と、ロイは思った。
何か、違和感が頭を過ぎった。
思わずリオの顔をまじまじと見たが、にっこりと笑うリオは、いつものリオで、何にひっかかりを覚えたのか、もうわからない。気のせいかもしれない。野生のカンのようなものは持っていると言われたこともあるが、同時に鈍いと言われたこともあった。
これがジャラヒなら、きっと彼女の違和感を、見逃すこともないのだろう。妙に目敏い、まるで小姑のような男なのだやつは。
だがまあ、そんなことより、ともかく。
元々、聡い方でもなく、考えても無駄だということもわかっていたので、ロイも、そうかと頷いて返した。
無事ならいい。
無事でないなら、彼女はここにいないはず。
大丈夫だから、彼女はここにいるのだ。
心配なら、魔神の力で、彼女の未来と過去を覗けばいい。
いや、何故か彼女の未来も過去も覗くことはできないが、それでも、その力を集中して読めば、何かしらの手掛りを得ることは出来るはずだ。
…この未来や過去を覗く力をフルパワーで使うには、幾つかの制約や条件があるので、あまり使いたくはないのだが、必要となればそうも言ってられない。
ともかく、大丈夫。
それより、これからの話だ。

「ロイくん!」

ロイの心を読むように、リオは続けた。

「ワタシね!したいことがあるの!」
「したい、こと?」
「うん!そんでね!ロイくんにお願いがあるの!」

いいこと思いついた!という顔で、目を輝かせて。リオはロイの手を取って、ぶんぶんと振り回している。
興奮しているのはわかるが、腕が痛い。

「ちょ、リオ、落ち着いて。わかったから」
「ありがとう!」
「いや、まだ何も言ってないし。
…魔神に願い事とか、勇気あるね。寿命取られたり呪われたらどうするんだ」

ようやく離された手を撫でながら、ロイは肩をすくめた。
魔神に願い事をするには、代償がいる。
今回リオを助けたのも、彼女の部隊の隊長をロイにするという代償を経てのことだ。ということになっている。
ロイが強くなるために赤雫☆激団という場を自由していいという条件で、彼女に力を貸したという建前。
建前は単なる建前で、リオを助けたいと思ったのも確かだが、リオを助けたのはついでの産物で、ただ強くなりたかっただけ、というのも本当なので、これは嘘てはなく、建前としてでも、代償の事実は成り立っていた。

「そっか、ロイくんにお願いするには、何か代わりにあげなきゃいけないんだっけ」

なんでもないことのようにそう言ってリオは腕を前で組んだ。
はい!飴ちゃんあげるからお願い聞いてね!なんて言い出しそうな軽さだ。
そういえば、初めて彼女に召喚されたとき…と、ロイは思い出した。

リオが、アスタロトという高位の魔神を呼び出せたのは、今でも不思議だ。
それが、呼び出そうとしたわけでなく、偶然、本を開いて読んだら出てきた。なんて言うんだから、不可解にもほどがある。
あまりにも不可解なので、
「魔神さん!ロイくん!面白そう!一緒にくる?」
なんていう『願い事』を、夕食の焼き鳥一本と引き換えに引き受けてしまったのだが、それは誰にも秘密である。
だから、今度のリオのお願いの代償が、飴ちゃん一個、と言ったとしても、不思議はないのだが…

ロイが心の中でどうしたものかと唸ってると、知ってか知らずかリオは、朗らかに笑って言った。
先ほどと同じ、何でもないような軽い口調で。
飴でも出すような気楽さで。

「探してる男の子がいるの。見つけてくれたら、ロイくんのお願い叶えてあげる」

それを聞いて、ロイは思わず身構えた。
ごくりと、唾を飲む。

「…そういうのは、ジャラヒに言ったら喜ぶんじゃないか?」
「ジャラの願い事は、だめだよ」

唇の前で人差し指を立てて。にこりと笑うリオに、軽口を叩きながら、ロイが考えているのは、もちろんそんな、ジャラヒが喜びそうなイイことではない。
魔神に、願い事を叶えてやるなんて、バカかことを言った彼女への恐ろしさだ。
ロイが酷いことをするはずないという自信からくるものなのか。
魔神にそんなことを言うなんて、殺してくれと頼むようなものだ。
バカなのか、大物なのか。
図りかねていると、彼女は慌てたように付け加えた。

「心配しないでロイくん!
ワタシ、ロイくんに会えて、お礼が言えて、すっごい嬉しいもん。
そのうえお願いするのも気が引けるけど、えっと、だから、なんでも叶えるよ!」

必死に手をぱたぱたと振るその姿に、ロイも苦笑する。
やっぱり、彼女はわかってないのかもしれない。

「なんでもって…」
「ロイくんに新しいパワーだってあげるし、そうだ!シアンちゃんとずっと一緒にいられるようにしてあげるよ!
それとも、ロイくんのお母さんの病気が良くなるようにしようか?ロイくんの亡くなったお友達と、また会えるようにしてもいいよ!」
「…は?」

思わず、一瞬、思考が止まった。

彼女の言葉の意味が、わからない。

「ロイくんの願い事は、どれも全部大丈夫だから、いいよ」

そう、にっこりと、笑顔が、とても綺麗に、邪気もなくはにかむように。
目の前にいるリオは、いつもの知ってるリオディーラだ。
ブリアティルトで、巡る周期を、共に過ごした仲間。
リーダー。
ロイの召喚主。
何かに追われて逃げて来た、可哀想な少女。
彼女に、ロイは家庭の事情も、昔のことも、シアンたちのことも、話したことはない。
もしかしたら、何かの勢いで、漏らしたことがあるのかもしれない。
不思議な娘だ。誰かから聞いたのかも。
だけども、それでも、事情を知っているとしても、彼女が叶えると言った願いは、どれもあまりにもあまりなもので。

「リオ、キミは何者なんだ」

乾いた口をようやく開くと、リオは元気良く手を挙げて答えた。

「はい!ワタシはリオディーラです!って、何言ってるんだよーロイくん!!」












赤雫激団別宅。
傭兵登録をしている本部隊の本拠地とは別に借りているこの別宅を、リオはじめ、ドロシー、ダリア、ジャラヒは拠点としていた。
離れたところから見守っていて欲しいという、この巡りの部隊長だったロイの頼みを聞いた形である。
その別宅の一室で、ジャラヒは天井を見つめていた。




面白くない。

リオがぱたぱたと去ったあと。
二度寝をしようと思ったが、寝れそうにない。
そりゃあ、太陽ももう眩しいくらい高く輝いていて、多分もうすぐ昼だろうし、もう少ししたら、ドロシーが、煩いくらいの足音でやって来て、『いつまで寝腐れてるんですかぼっちゃんー!!!』と、大音量を響かせて、布団を剥ぎに来るだろう。

面白くないけれど、こうやって眠れない布団に包まっていても、さらに面白くないことになるだけなので、大人しく身体を起こした。

欠伸をしながら服を着替えて、部屋を出て、顔を洗う。
それから、キッチンに向かって、おはようを言って

「ドロシー!悪い。今日おれ、飯いらないから!」

そう大きく続けて、それから、ドロシーがどうしたのかと追いかけて来る前に家を出た。


外に出たのに、理由はない。
あえて言うなら、ドロシーと顔を合わせたくなかった、だろうか。
もちろん、目的もない。
友人の家に行く気にも、今は少しなれなかった。

多分自分は…と、ジャラヒは自嘲した。
きっと良くない顔をしている。
面白くない。
つまり、むしゃくしゃしている。
つまり。
とんでもなく。
何かを、誰かを殴りたくてたまらなかった。
それはもうめちゃくちゃに。
遠慮なく。潰してしまいたいくらい。

だから…
知り合いに会わない所がいい。
広場も、商店街もダメだ。
酒場もダメ。
宮殿方面も、河辺も、港も。

(ダメだ。全部)

場所を一つ思い浮かべる度に、見知った人間の顔が浮かぶ。
気のいいやつら、友人…と言ってもいいなんて思うとは、昔の自分が聞いたら、鼻で笑うに違いない。
その誰にも会いたくない。顔を見られたくない。
一人で、まず静かに落ち着きたい。
そう思うのに、足は勝手に、見知った路地に向いていた。

(なにやってんだか、おれは)

せめても、と思い、路地を一つ外れて、暗い通りに入り込み、壁に背を向けて足を止めた。
ふうと、息をついて壁にもたれかかる。
暗い裏路地は、少し落ち着く。
とはいえ。
ここは、赤雫☆激団本拠地の、すぐ裏だ。

(よりにもよって、なんでここに来てんだよ。あほか。)

ロイの名を呼んでジャラヒの部屋を出たリオは、きっと今、この家の中にいる。
そして、ロイと話をしているのだろう。
楽しそうに。

(バカバカしい)

あの子が誰と何を楽しくしようと、別に構わないのだ。
怪我もなく、笑ってくれていたら、それでいい。
本心で思う。
あの子の幸せの為なら、なんだってすると誓ったのだ。
ロイと話しているくらいで、こんなに苛立つ自分に腹が立つ。
そう、ロイだから、かもしれない。
あの胡散臭い、得体の知れない男。
魔神だとかいう、ばかげた男だ。
魔神なんて、ジャラヒはよく知らないが、碌なものではないことはわかる。
あれは良くないものだ。
裏社会にいた頃からの危険察知能力が、そう告げている。
あいつには関わらない方がいいと。
だがそれと同時に、あの男、ロイが、リオに害を成さないだろうということも、わかっていた。
何せ、これまで長い間、嫌でも一緒にいたのだ。
本当に、本心から嫌だと言い切れるが、それでも、赤雫☆激団というふざけた名前を背に負っている仲間、である。
あの男は、大嫌いで、胡散臭くて、関わり合いにもなるつもりはないが、リオを傷つけたりはしない。
そんな妥協点で、ジャラヒだって今までいたのだ。
あの男が、リオと共にいるなんて今更だ。
それなのに、こんなに不快なのは。


『ロイくんがね!助けてくれたの!』


舌打ちをして、地面を蹴った。砂埃が跳ねる。
何故、苛立っていたかなんて、どうでもいいことだ。考えるだけ、損だったのかもしれない。
食いしばった歯の隙間から、もう一度薄く息を吐く。
落ち着かなければならない。
怒りは、思考を鈍らせる。
それはよく知っていたし、ジャラヒが最も嫌う状態だ。
目を閉じて三秒数える。それから、目を開けて。

「おっさん、どーしたんだ?ひでー顔してるなー」

何やら面白そうに眉を上げた男と、目があった。

驚いて、一歩下がる。
顔色を変えないことには成功したはず。
隙を見せてはならない。
護身用の銃は、着ているベストの中。
ここも裏路地とは言っても、表通りに近い通りだ。
危ないことはそうそう起きないだろうが、それが油断していい理由にもならない。
それに何より苛立っていたジャラヒは、友好的に笑みを浮かべることもなく、苛立ちそのままの顔で、男と距離を置いた。
男、いや、少年。
癖のある茶色の髪を流している。髪の長さはそんなにない。肩に着くか付かないか。
目の色も同じ赤茶色。
年の頃はわからないが、ジャラヒよりは若く見えた。
背は、ジャラヒの頭一つ分は低い。

「おっさんって…いきなりご挨拶だな。誰か知らねえけど、そんなにおれと歳が離れてるように見えないが?」

軽口を叩いて、身構える。
三歩で懐に入れる距離。
相手が銃をもっていたら、危ないかもしれないが、避けられる。とジャラヒは思った。
素人だ。
少年の隙だらけなそれに思う。
手の半分をポケットに入れて、小首を傾げながらも、ジャラヒの顔をじっと見ている。こちらの装備を見定める気はないらしい。
少年は、素人らしい態度で、手をぱたぱたと振って口を開いた。

「ん、よく見るとイケメンだなあ、おっさん」
「おっさん言うな」
「おっさんだろ。まあ、見た目は俺と同じくらいだけど、どーせ何度も何度も三年間、ぐーるぐる回って、何年いるの?しらねーけどおっさん確定」

ブリアティルトが、約三年間を繰り返しているのは、傭兵たちの間では公然の秘密というやつだ。
だれもが知っているが、口にしない、密やかでも確かな事象。
その事象に意味があるのかはわからない。
だが、ここはそういう世界なのだという共通認識で、誰もがここにいる。
ジャラヒだってそうだ。そろそろ次の巡りについて、口には出さずとも考えていたし、そろそろリオが「次はどうしようか」と言う時期だと意識していた。

それをいとも簡単に口に出すこの少年は…

「…あんたは、見た目通りガキみたいだな。新人さん。わからないことがあるなら教えてやるぜ?」

警戒を解かずに、ジャラヒは軽く言う。
それに答えて、少年は両手を打った。

「そりゃ助かる、おっさ…おにいさん。えーっと、赤雫☆激団って知ってる?」
「…赤雫☆激団?」
「そう、探してるんだけどさ、このへんだよな?」
「……お前は誰だ?」

やっぱり、もういっそ、殴り倒したほうがいいかもしれない。
と、物騒なことをジャラヒは思った。
警戒を解く解かないというレベルではない。怪しい。
こんな子どもをジャラヒは知らないし、噂を聞いたこともない。
もしかしたら、リオやロイの友人なのかもしれないが、それを考えるのは正直面倒臭かった。
苛立っている八つ当たりだと言われても否定しない。それでもいい。
面倒くさいからもう殴って終わりたい。
肉弾戦は得意ではないが、こんな細くてチビな少年くらい、ジャラヒにだってわけないだろう。

「って、ちょっと待てって。殺気立つなよおにーさん!
 おれはソウヤ。赤雫☆激団に、用があってきた。
 察するに、おにーさん、赤雫☆激団の知り合いかなんかだろ?案内してくれよ」
「案内、ねえ」

案内もなにも、すぐそこが赤雫☆激団だ。
チラリと赤い屋根の家を見る。
本拠地なんて名ばかりの、小さな家。
部屋はいくつかの個室と、客間とキッチン。
それだけの小さな家に、この巡りではジャラヒは帰っていなかったけれど、それでも懐かしい我が家だ。
恋しいとは思わない。だが、我が家と言って思い浮かべるのは、今の家よりこちらの赤い屋根の家だ。


そんなジャラヒの目線を追って、少年、ソウヤはぽんと手を叩いた。

「あそこね!了解。おにーさんさんきゅっと」
「…!!ちょ、ちょっと待て!」

言い終わる前に駆け出したソウヤに一歩遅れてジャラヒも走る。
そんなに距離はない。すぐに追いついた。
少年の首根っこを掴んだときは、玄関の目の前だったけれど。

「可愛い家ですねえ」
「…まあ、見た目はな」

捕まえられて、いつの間にか敬語になっている少年は、少し引き攣った顔で、おざなりな褒め言葉をかける。
それを気にかけず、さてどこにこの少年を捨ててやろうかと、ジャラヒが辺りを見回したとき。

明るい声が響いた。

「ロイくんのお願い、叶えてあげる!」

リオだ。
…何言ってんだ。と思わずジャラヒも顔を顰める。
大方、助けてくれたお礼に、なんてはしゃいでいるのだろう。
魔神なんて得体の知れないものに、願いを叶えてあげる、なんてふざけてるにもほどがある。
じゃあ代わりにお前の命をもらおう!なんて言われたらどうする気だ。
…ロイはそんなこと言わないことくらい、嫌でもわかっているが。
その代わり、あいつは茶化すように言うのだ。

「…そういうのは、ジャラヒに言ったら喜ぶんじゃないか?」

ほら。
思った通り。ロイはからかってそう言った。

(っておれが喜ぶってなんだよ)
と、ジャラヒも顔を顰める。
確かに、ジャラのお願いなんでも聞いてあげるとか、ジャラの言うことならなんでも聞くよとか、リオが言ったらジャラヒだって、テンション上がるに決まっているが、それは別にそういう意味でなく、いつもこちらを振り回してくるリオが、少しでも殊勝な態度を取ることが嬉しいだけで、それ以上の意味なんて…


「ジャラの願い事は、だめだよ」

ピシャリと、リオが言った。

拒絶を感じる声で。

(…ああ、そうか)

決して、ジャラヒは変なことお願いするからダメ、なんて、そんな甘い口調ではなかった。
ジャラヒの耳に届いたのは、拒絶だ。またの名を単なる絶望。
嫉妬とは少し違う。そんなものではない。
ロイのことはどうでもいい。
ただ、リオは…


「おー、女の子と男か?逢引現場か。って自宅で逢引もなんもないか。リア充爆発しろ!とか言ってみたりして。まあどーでもいいけど。っとおにーさん?」

いつの間にかジャラヒの手から逃れたソウヤは、窓から部屋を覗きこみ、何やら頷いて、それから窓から隠れるように身を屈めたあと、立ち尽くすジャラヒに気がついて顔を上げた。

「…ど、どうしたんだよ、顔色悪いけど」
「なんでもない。そう、ここが赤雫☆激団だ。窓から見たか?小さな女の子がリーダーで、男の方は、今期の部隊長を務めてる」
「は、はあ」
「おれもここの団員。ジャラヒだ」

ジャラヒは、説明しながらソウヤの横を通り過ぎ、赤い屋根の小さな家の扉に手をかけた。

「ようこそ、赤雫☆激団へ。客は歓迎するよ。たぶんな。」

決まり文句を乱暴に言って、乱暴に扉を開して、ソウヤを中に押し込んだ。
それから、乱暴に踵を返し、戸惑う声を無視して、扉を閉める。
バタンと、閉じた扉の音が耳に響く。

(ああ、扉壊れてたら、ドロシーに怒られる…)

そんな、くだらないことが頭に浮かんで、こんな最悪な気持ちで浮かんだのがそれかと自嘲する。
だって、ドロシーはいつもあの家の扉の立て付けが悪いことを気にしていたし、乱暴な住人に小言ばかり言っていた。

(いや、まあ、それはどうでもいいんだけど)

だって他に、考えたくない。
考えると駄目だ。気がついたら、思考が堂々巡りしてしまう。
良くない。これは、怒りで頭がいっぱいになるのと同じくらい、許せないことだ。

リオを守ろうと、ずっと思っていた。

(ひとりよがりだけど)

何があっても。
地の底から、こんな所まで救ってくれた彼女に、礼にはならないけれど、何かあったら手を貸そうと。何があっても、手を貸そうと。

(きっと、伝わっていなかったんだろうけど)

それでもいい。
リオがどう思っていてもいい。ジャラヒ自身が決めたことだ。
そう、ずっと思っていた。
今だって思っている。
正義のヒーローは皆に優しく、お客様には親切に!
そういつも彼女が言っていたことを、さっきだって守ったつもりだ。
例え、怪しいやつだったとしても、ロイがなんとかするだろうし、リオだって、長いことここにいるんだ。どうとでも対処できるだろう。
心配と過保護は違う。
あいつなら大丈夫だ。
後ろ髪引かれる自分に、そう言い聞かせ、ジャラヒは歩いた。

そして振り向かずに歩いて、とにかく歩いて、どれくらい歩いたかわからなくなった頃、めんどくさくなって足を止めた。



「……相変わらず辛気臭い顔してるわねえ」

立ち止まった途端声をかけてきたのは、きっと後をつけていたのだろう。
馴染みのある声に、ジャラヒは振り向かなかった。

「どんな顔だよ」
「3人の殺害に成功したけど4人目で失敗して、組織から失敗するような者はいらないと暗殺されそうになるんだけどなんとか逃げ延びて、4人目と5人目の殺害に成功するんだけど、実は2人目が生きていたと知った時の同僚の顔に似てたわ」
「どんなだよ」

相変わらず、例えの意味がわからない。

「どっちかっつーと、殺してやろうと思ってた相手がボスの息子で手が出せなくて、事故を装おうと思って色々罠仕掛けてたら、組織のやつらに先を越されて、ボスは別に息子が死んでも怒らなかったときのような気分」
「それは最悪ね…」
「いや、てきとーに言ってみたが、おれはわからん」

何やら神妙に頷く女に、思わず頭を抱えると、女―ダリアは、くすりと笑った。

「…ちょっとはマシな顔になったわね」
「おかげさまで。ていうか、なに?なんでダリアがいるんだよ。おかえりなさいと言うべきか?」

意を決して振り向くと、案の定、見知った女がそこにいた。

ダリア。

以前、ジャラヒの父に頼まれたと言って、ジャラヒの護衛にあたっていた暗殺者である。
そう、元々は暗殺者の彼女が護衛なんて、ジャラヒはおろか、彼女自身も不思議に思っていた。
ジャラヒにとっては尚更。
彼女に暗殺を頼んだジャラヒの父は、ジャラヒの組織を潰し、仲間を抹消した張本人だ。
ジャラヒだって、いつか必ずこの手にかけてやると、決意している男。
その男が護衛をよこすなんて、良い話でないのだけは確かだ。
しかし、ダリア自身とは、ジャラヒは良好な関係を築けていたと、思う。
彼女は、ここでの生活を報告してくると、前回の巡りの終わりにブリアティルトを去っていった。
今度来るときは、ジャラヒの護衛として再び来るのか、それともジャラヒの命を狙って来るのか、それはわからないけれど、と告げて。


そうして、戻ってきたダリアは、相変わらず飄々とした顔をしていた。
敵意は見えない。だからと言って、不用意に近づいたら、さっとナイフでひと刺し、ということも否定出来ない。
充分な距離をとって彼女を警戒する。
それに対して、ダリアは何も言わなかった。
是とも否とも言わずに、じっとジャラヒを見て。

「お願いがあるの」
「……お願い?」

彼女がそんな、殊勝な事を言うとは、とてもではないが思えなかったので、余計に警戒を強める。

「……おれ、今そのセリフがトラウマでな。一番聞きたくないんだけど」
「まあ、お願いっていうか命令ね」
「尚悪い!」



一応のツッコミをしてみるものの、彼女は気にもしない。わかっていたことだが、眉も上げずに、お願い。ではなく、命令を告げた。


「次の巡りの部隊長、あんたがやりなさい」
「…は?」
「私は、あんたを近くで見てるわ」
「そ、そんな堂々とストーカー宣言されても!」
「ばかね。ストーカーは近くから見るんじゃなくて、遠くからよ」
「おれにとっては変わりねえよ!」

全く意味がわからない。
いや、彼女の主張はわかるのだが、何を意図してなのかがわからなかった。
元々人に何かを伝えるのが苦手な彼女だ。
そう簡単に意図がわかるとも思わないが、護りに来たのか、命を奪いに来たのか、イエスかノーか、その答えすらも、まだ口に出していない。

「近くで見て、決めるわ」
「…何をだよ」

ジャラヒの問いに、ダリアは珍しく、口元を緩めて微笑んだ。

「もちろん、貴方を護るか、手にかけるか、よ」



2013-09-16 : SS : コメント : 0 :
Pagetop

【8期】その後の話

ロイが将軍職になったらしい。
その知らせを聞いて、シアンが感じたのは、喜びではなかった。
不快とも少し違う。
何故ロイが。…あのロイが。
いきなり将軍??と、この世界に初めて来た時の、ロイの戸惑う顔を思い出して、浮かぶ疑問符。
だって、あのヘタレで、綺麗なお姉さんと見たら鼻の下伸ばして張り切って、強くなりたいと筋トレばかりするくせに、シアンの買い物にはなかなか付き合ってくれず、たまに付き合ったら荷物が重いと文句ばかり言い、そのくせ重かった?と聞くと、これくらいどうってことないと子どものような意地を張るロイが…
1000回の筋トレ中に声を掛けたら数がわからなくなって疑問符を顔中に浮かべながら5000回くらい筋トレするロイが…
肉ばかり食べて、野菜を食べるときは平気な顔しながら泣きそうになってるロイが…

(しょうぐん、ねえ)

そして、同時に思い浮かぶ、対照的なここ最近の彼の行動。
不可解、という言葉が近い。


「むー…」
「ん、なんだシアン。何か用か?」

先日、森から帰ってきたロイは、少し大人になっていた。
いや、見た目はそう変わらない。出会った頃より、背は少し伸びたけれども、ロイはロイ。知ってるロイだ。
この、今目の前にいる男は、シアンの知っている岸辺ロイという男に間違いはない。
シアンもそう思うし、誰に聞いてもそう答えるだろう。
正しい。
そう、見た目はロイだ。

シアンがじっと見つめると、ロイは少し微笑んで手を振った。


「シアン?」

そう呼びかける声も、瞳の色も、髪も顔も、知ってるものと同じ。
違うのは

「なあシアン。そんなに見つめられると、ちょっと照れる」

こうやって、首を傾げて、少し意地悪そうに笑う顔。
見知った顔が、見たことないような少し大人びた表情に揺れて。

「な、にひゅんはほ?」

思わずシアンは、目の前の顔の、柔らかい頬の部分をぐいと引っ張った。
ロイの顔が歪んで、それを見て、ようやくシアンは溜飲を下げて手を離す。

「あ、ごめんロイ。気持ち悪かったからつい」
「謝る気ないよなそれ」

ジト目で睨まれて、シアンはどこか安心する。そして、ふうと息をついてソファに腰掛けた。
シアンやロイたちがここにくる前からあった、赤雫☆激団、居間にある、少し古びたソファ。
少し硬めの弾力が、シアンの身体を支えて揺れる。
それに続いて、ロイもその右横に腰を下ろした。
なんのためらいもなく。


「…近くない?」
「気のせいじゃない?」

と、言いつつロイの足は、シアンに触れるか触れないかの距離で。
その手はシアンの肩に乗ってはいないものの、ソファの後ろから伸ばされ、シアンの肩のすぐ左にある。

「…むー」

思わず、頭を抱えたくなる。

最近のロイは、いつもこうだ。
気がついたらそばにいて、目があったら少し微笑む。
なんだかとても優しそうに。そして、どこか楽しそうに。

前のロイは、近くにいても、目があってもこうではなかったし、もっと態度も自然だった。
顔を合わせると、今度は何をしたんだとため息をついてきて、飛び出る皮肉は辛辣だったが、それでもこちらを邪険にしているわけではなく、一緒にいてもとても自然で、落ち着く存在だった。
今のロイだって、自然でない、というわけではない。…と、思う。
むしろ、自然にこんな風に笑うから問題なのだ。
今の彼の自然さは、前のロイとは少し質が違うような気がする。
このロイも皮肉だって言うし、ため息だってつくけれど、それでもシアンに向ける目はとても優しくて、落ち着いていて…。

「どうしたシアン?何か言いたいことがあるなら、聞くぞ?」

なんて、以前なら「聞きたくないが、聞かない方がまずい事態が起きるだろうから聞くけど、ちょっと待って、心の準備する」などと情けないことを言っていたロイのセリフとは思えない。

「…ロイ、よね?」

そう思わず確認してしまうくらい。

「なに?おまえが8歳までおねしょしてたことも知ってる。ご存知岸辺ロイだよ?」
「だ、だだ誰に聞いたのよー!!そんなのロイに言った覚えないわよーー!」
「ルウィン情報」
「ルウィンね…!おぼえてらっしゃい!」

ボディーガード兼幼馴染の名前を心の中に刻み、復讐を決意。
ぐっと拳を固めると、ロイはくっくと笑って続けた。

「で、おまえの嫌いな食べ物はキノコとピーマン。好きな食べ物は骨の少ない焼き魚と焼きたてのパン」
「…あんたは肉ばかりよね。わたしの分まで取られたわ」
「その代わり、魚の骨取ってやっただろ」

おれ、骨取るの得意だからなと笑うロイは、やっぱりシアンの知っているロイだ。

「それでもおれを疑うなら、確かめてもいいよ?」
「確かめる?」

笑いながら、ロイは続ける。
シアンの馴染みのない、少し意地悪な顔で。

「好きなように。髪の毛の先から足の先まで。そうだ。ほくろの数でも数えてみる?」
「?あんたのほくろの数とか知るわけないじゃない……って」

彼のその表情から、言わんとしていることを察し、押し黙ったシアンは、無言でロイの胸に肘鉄を食らわせた。
すぐさま彼は笑ったので、その攻撃は効いてないようだったが。

「…もう、なんなのよ。なんの嫌がらせか知らないけど、どうしたっていうのよ」

ここのところずっとそうなのだ。
おかしなロイは、ロイの顔で、自然におかしなことをする。
これがいつものシアンのワガママに対する意趣返しとか、嫌がらせだというのなら、大成功だ。
そう思って睨んでやると、ロイは、近づけた顔を、きょとんと傾けて

「嫌がらせ???」

まるで、こちらが何か変なことを言ったかのような顔で、眉を潜めている。

「ほら、こーいうのよ」

いつの間にやら彼の手がシアンの肩に乗っていたので、それを持ち上げてやると、ロイは素直に腕を退けながら、まだ解せないという顔をして、シアンの顔をまじまじと見て、それから。

「…あれ、え、あ…あー…」

などと呻いたあと、

「そりゃ、そうだよな、そうか、確かに、まだだ…まだだった…」

何やらショックを受けた顔で頷いて、そそっとシアンから、距離を取る。
まだ充分近い距離だったけど、先ほどより拳2つ分離れているので、許容範囲と言えなくはない。
ようやく落ち着いた心地がして、シアンはロイに向き直った。

「で、なんなの?」
「記憶が戻ったばかりで、若いシアンに舞い上がってたけど、まだシアンとそーいう仲でなかったのを忘れてた。ごめん」
「はあ」

言っていることはさっぱりわからないが、殊勝な顔で謝っているので、それ以上つっこむのはやめて、黙って続きを聞くことにする。
シアンが先を促すと、ロイはバツが悪そうな顔で、言葉を選んだ。

「どうせ今回の巡りが終わったら、君も思い出すんだろうし、もう少し待てばいいかなって思うんだけど…」
「意味はわからないけど、ロイがまた意気地なしなことを言っているんだろうなってことはわかるわ」

そう言ってやると、押し黙ったロイは
「そうだよな…もう一度やりなおそうって言ったもんな…」などと呟いて、よし、と唾を飲んで顔をあげた。
先ほどまでの大人びた顔は何処に行ったのか。困ったような顔を、少し赤く染めて。

「シアン、初めて会ったときのこと、覚えてる? おれが向こうの世界から迷い込んで、おまえがおれを勇者だとか騙して…」
「騙したとは失礼ね!勇者様だって思ったのよ。確かに、誰でもいいから会った人を勇者にしようって思ってたけど、一目でわかったもの。ロイは勇者だわ!」

お目付役のルウィンを連れて村を出て、このオーラムに来たとき、とても心細かった。
でも、夢を抱えてこの街に来たのだ。
シアンは、故郷の村で巫女の長をやっている。
その地位を、村長をやっている父のコネだとか力もないくせにだとか、陰口をうんざりするほど叩かれる毎日。
幼い頃は違った。代々シアンの一族は類稀なる巫女の力を持っていて、シアンももちろんそうだった。その力を褒めはやした村人たちが、まだ幼かったシアンを、巫女の長なんて地位に祭り上げたというのに。
日々薄れていくシアンの巫女の力を見て、彼らは掌を返して、影で罵倒したのだ。
力もないくせに。
コネでしかないのに。
役立たず。
なんでここにいるんだと。
そんな日々に嫌気がさして、シアンは旅に出た。
まだ巫女の力が薄れる前に、シアンが確かに聞いた、「勇者が現れる」という神の信託を叶えるために。
勇者を村に連れて帰ったら、もうバカにされることもない。
村だって栄えるし、世界だって救えるし、良いこと尽くめだ。

旅に出て、この街について、大家さんに会って家を借りて。
心細いながら、何かが始まりそうな生活。赤雫☆激団を名乗って。
それからロイと出会った。

「うん、おれはさ、おまえにそう言われて、嬉しかったんだよ。別に勇者とかじゃないけど。全然違うんだけど。」
「ロイは勇者よ」
「おまえは何があってもそう言うだろ。おれが情けないことしても、ボロボロになっても」
「確かにロイは情けないし、すぐ負けてボロボロになるわね」

それでも。
なぜだろう。
シアンにとって、ロイは「勇者」だった。
近所のおじさんに頭を下げて謝ってる姿を見ても、敵に負けてひーひー言ってる姿を見ても、肉に噛り付いて、優雅さの欠片もない姿を見ても、めんどくさいと言うばかりでだらしない姿を見ても。
こんなのが勇者なんて、と言ったことはあるけれど、情けないと思っていても、こんなロイでも、シアンにとって、彼は勇者でしかない。

「ロイだもの。情けなくても仕方ないわ。でも、ロイは勇者よ」
「うん。おれは、それをいつも聞いていて、勇者でありたいと思うようになった」
「良い心がけだわ。もっと強くなって、魔王を倒しましょうね」

この世界にそんなものがいるのかどうかなんて、シアンにもわからないけれど。
情けないことを言うロイに、励ますつもりでシアンは言う。
でもロイは、少し耳を赤くしながらも、目を逸らそうともせず、情けないことを言っているようなのに、しっかりとした口振りで、頷いて、それから強く、シアンの目を見た。
途端、シアンの方が目を逸らしたくなったのだけども、もう、その捉えられた目から、逃れることは出来なかった。
ピリリと、ロイの力を、肌で感じる。
ロイが纏う、魔力のような力。
元々のロイが微かに持っていた力が、最近強くなったのは、シアンも感じていた。
その力が、少し震えている。

(緊張しているんだわ…)

ロイが緊張している。
最近急に大人になったようで、それでいてやっぱり情けないようで、それで…
ロイはロイだ。

「なあシアン。おれは、おまえの…おまえだけの勇者でありたい」

自嘲するように少し笑って

「世界とかそういうのは、正直どうでもいいっていうか、…どっちかというとおれは害をなす方のそーいうのじゃないかなーとは思うんだけど。それでも…」

言葉を選びながら、緊張しつつ、それでもロイは、真剣に。

「これからどうなっても、何があってもずっと、シアンの勇者でいたい。ずっと。…これで…どうかな?」
「どうかなって?」
「意地が悪いなおまえ」

真剣に言いながらも、結局言葉を濁すのはロイらしい。
かっこいいこと言おうと思ってるなら、最後まで決めて欲しいところだ。

「当然よ。ロイが辞めたいって言っても勇者だもの。辞めさせないわ」
「…急に話が通じてるのか不安になってきたんだけど」

なんて、ちょっとだけいじめて、情けない顔をしたロイを笑ってやる。
それからシアンは、離れた距離を拳2つ分詰めて、彼の手をそっと握った。
手が触れた途端、ぴくりとロイの手が震える。
震えて、それから、彼はその手を強く握り返してきた。
彼の魔力が掌をから伝わってきて、シアンと混ざり合う。
緊張しているロイの魔力がピリピリと。
掌から、身体から、爪先から、髪の先まで。
それから、身体の奥深くまで。
シアンの全てをロイが包んで、混ざり合って、刺激して、それから…
シアンは全てを思い出した。

これまでのこと。
『初めて』ロイと出会ったこと、過ごしたこと、旅をしたこと、通じ合ったこと、ロイの力のこと、自分のこと、それから、ロイとの二年間をなかったことにして、この世界に来たこと。
もちろん、二度めにロイと出会って、オーラムで過ごした二年間も。

「シアン。これは…この手は、その、いいってことかな。おれと、その…」
「65点よ」
「は?」
「途中まではよかったのに。やっぱり情けないんだから」
「えっと、シアン?」
「外面は良いのに、いつもそうよね」

慌てるロイの顔を、正面からシアンは見た。
その顔になんとなく懐かしさを感じる。
ずっと一緒にいたのだから、そんなことはないのに。
記憶に留まるロイより、なんだかほんの少し若く感じるのは、気のせいなのかなんなのか。
そう言えばロイもさっきから、若いシアンだ、とか調子に乗っていたっけ。
若いって、二年ってそんなに変わらないわよ失礼ね。なんて思いながら、シアンはそっと、ロイの頬に口付けた。

「え?え?」
「ただいま、ロイ。お帰りって言った方がいいのかしら。わたしの勇者様?」

きょとんと瞬きしたロイは、それから目を見開いてシアンを見つめ、ぱくぱくと口を開け閉じしたあと、そのシアンを、正しく理解して、ぐっとその手を強く引いた。

「!!」
「ただいまシアン。おかえり。ありがとう。好きだ」
「ちょ、ちょっとロイ。わかったから離しなさいよ。どーどー!ルウィンが帰ってくるわよ!」
「あれのことはおれは知らない」

シアンの匂いだ…などと髪に顔を埋め、変態的なことをのたまっているロイを小突いて、ようやく引き剥がすことに成功する。
こんなにベタベタする男ではなかったはずだが、一体どうしたというのだろうか。
頬を膨らませて睨んでやると、バツが悪そうに…照れたように…笑ったロイが、ごまかすように手を叩いて立ち上がった。

「よし、もう少しでこの巡りも終わりだ」

そう挑戦的に笑って、手を引いてシアンも立ち上がらせる。

「これで終わり、と言いたいところだけど、もう一仕事がんばらないとな」
「何をするの?」

その手をとって立ち上がり、シアンが首を傾げる。
もう目的は果たしたはずだ。
身体の時間を戻して、もう一度二年を経験すること。そして自分を取り戻すこと。力を増幅するための計画は、彼の満足そうな顔を見ると、成功したのだろう。
だけど、欲張りな彼は、もう少し、と言う。

「おれの目的は、とりあえず終わった。あとは、ここ、赤雫☆激団の仕事をしないとな」

この二年少しを過ごした拠点、赤雫☆激団。
シアンは、それが何なのかを知らない。
知っているのは、ロイを召喚した女の子がいて、その子が作った部隊だということだけ。
それらしい人物に、シアンはここで会ったことはなかった。何をしている子なのだろう。どこにいるのだろう。
赤雫☆激団という部隊で過ごして、シアンだって、もはやそれは他人事ではないのだ。
シアンもここで過ごして、この世界が、オーラムが、赤雫☆激団が好きだ。

「わたしも手伝うわ!」

そう言うと、ロイは微笑んで、ありがとうと頷いた。ちょっと複雑そうな顔で。

2013-09-16 : SS : コメント : 0 :
Pagetop

【第8期】手に入れた力

強くなりたいと思っていた。

強さとは、つまりは、殴られても立ち上がるタフさだったり、心ないものたちの陰口を気にしない、心のありようだったり、冷たい世間を一人で歩き抜くことが出来る財力だったり、二度とバカにされないシンプルな腕力だったりする。
問われてロイがそう答えると、ロイを引き取り義父になった男は、そうかと呟いて、ロイに差し出した。
古ぼけた竹刀。
子どもだったロイには大きくて、重い、使い古された竹刀を。
手渡されて反射的にそれを受け取ると、寡黙な義父は言った。

「まずは、ここからだ」


そうして、義父に剣道を教わって10年。
それ以来、ロイにとっての強さの象徴は、剣の道だ。






「ねーロイ。飽きないの?」

背後から聞こえた声に、ロイは我に返った。
一心不乱に剣を振り続けていたつもりだったが、どうやら考え事をしてしまったらしい。
そんな自分を少し恥じて、ロイは剣を振るう腕を止めた。

「途中まで数かぞえてたんだけど、めんどくさくなってやめちゃった」

木にもたれかかって、あくび混じりにそう言う少女は、ブリアティルトに来てからのロイの連れの一人、シアンだ。

「……暇なのか?」
「相手してあげてもいいわよ!」

ジト目で睨んでやると、嬉々としてシアンは応えた。
傍若無人をまっすぐに体現しているこの少女。
この少女とロイが共にいるのも、行きずりの旅人を勇者扱いしてつきまとうという彼女のわけのわからない行動に、ロイが引っかかったことがきっかけだ。
なんでも、彼女はとある村の巫女で、伝説の勇者を巫女の力でみつけてくる!と村のみんなに豪語して、お供を連れて旅に出たらしい。
話を聞いてもまったく意味がわからないが、とりあえずはそういうことで、突然出合い頭に勇者呼ばわりされたロイは、なし崩し的にシアンと共にいることになった。
異世界なんてとんでもない所に来て早々、これまたとんだ詐欺にあったものだ。
嫌なら逃げればいいし、とりあえずはまあいいか。と、最初思ったそのままの気持ちは変わらないが、結局ロイは、彼女とすでに2年をブリアティルトで過ごしている。



「それでねロイ!面白い話があるのよ!」

素振りの手を止め、剣を腰に戻したロイに、にこにことシアンは笑ってそう言った。
素振りをやめたのは邪魔が入ったためだったが、シアンのほうは、ロイの相手をしてやっているつもりなのだろう。
恩義せがましく頷いて、ロイが口を挟む前に、彼女は何やら語り出した。


曰く、黄金の門近くの森に、怪物が出るという噂があること。
そこで少女のすすり泣きが聞こえるということ。
そんな噂を聞いて森に入ったシアンは、禍々しい気を感じて、探索もそこそこに切り上げてきたらしい。


「…一人で行ってきたわけ?」
「そう!あそこ何かあるわよやっぱり!すっごく嫌な感じがしたんだから!」

なぜか胸を張って言い切る少女は、ロイが眉を顰めた理由がわからないらしい。
きっとなにかある。きっとでっかい怪物がいるのよ!
ともう一度たたみかけてくるので、ロイは大きなため息をついた。

「こないだは、魔王の手下が現れたとか言って、おれに野良犬と戦わせたよね」
「あれは手ごわかったわねえ!」
「その前は、魔王の幹部との戦いとか言って、ルウィンにねずみ捕りさせてたな」
「あのねずみ、わたしのお菓子齧ったのよ。きっと幹部に違いないわ」

ルウィンというのは、彼女のお目付役の男だ。
シアンのお付きなんて苦労しているんだろうなあと初めはロイも同情していたが、結構イイ性格をしている男だったので、今となっては心を痛める必要も感じない。
ともかく、そのルウィンやロイを振り回し、まったく悪気を感じていないようなこの少女。
にこにこと笑う彼女を、もう一度ロイはまじまじと見て、大きく肩を落とした。

「で、今回は森でなんかあると思って、一人で行ったって?」
「だからそう言ったじゃない!ぜったいなにかあるのよ!」
「……」

まったく、伝わっていないことを悟る。
はっきり言わないとわからないのだろうか、彼女は。

「どうせ巻き込む気なんだったら、最初に言えよ」
「??」
「その話。おまえの言うことだから、大したことじゃないにしても。
 いつもは頼んでもないのにハナっから巻き込むくせに。
 もし、万が一、億が一、何かそこにあったとして。どうする気だったの?一人で行って」
「……?つまりロイは、一人で行って何かあったらどうするんだって、心配してくれてるわけ?」
「…つまりも何も」

最初からそう言っているというのに、言われたシアンはきょとんと首をかしげている。
ロイの言うセリフがまるで理解できないみたいに、きょとんとロイの顔を見て、それから彼女はすぐに首を振った。

「そんなことよりロイ!その怪物、退治しにいきましょうよ!」

なんて、やっぱりなんにもわかってなさそうなその姿に

「…おれはその話、心底めんどくさいと思ってるんだけど」

一応の抵抗を見せて

「まあいいや、ちょうど、腕試ししたかったんだ」

ロイは仕方なく、と強調した後、頷いた。






黄金の門近く。
その樹海を思わせる大きな森に、一人で足を踏み入れるのは無謀だ。
視界は遮られ、足場はぬかるんでいる。
うっそうと茂った木々のせいで道はわからず、時間さえ迷いそうになる。
そこを慣れた山賊がねぐらを構え、迷い込む旅人を襲う。
歴戦の戦士たちだけが、なにかの理由で森に入り、その話が武勇伝として、酒場の肴になるぐらいだ。
ロイも、懇意にしている傭兵たちからそんな武勇伝を聞いたことはあったが、こうして足を踏み入れるのは初めてだった。

「そうそう、この先にね、大きな岩があって、その向こうなのよ!」

だから、シアンが物知り顔でそう言うのに、ロイはひやりとしたものを感じて、ぐっと拳を握りしめた。
どうやら、その慣れたような足取りと口振りから、彼女がこの森に入ったのは、一度のことではないらしい。

「ねえ、ロイ!どーお?なんかいそうな気がするでしょ?」
「……」

無言で応えるロイを見て、シアンは不満げに、隣にいたルウィンにあたっていた。

「ねえルウィン。ロイが感じ悪いわ。あれは私の巫女力に恐れ入った顔かしら。
 それに、ロイのくせに魔王にびびってる顔ね。
 ルウィン、あんたから根性なしって罵ってあげなさいよ」
「シアンさま、あれは怒ってるか拗ねているかの顔だと思います。
 僕は関わり合いになりたくないです」
「さてはあんたも根性なしねルウィン!これから魔王退治にいくのに!」
「いつのまに魔王退治になったんですか。根性なしでいいので僕は帰りたいです」

手ぶらのシアンと、横に並ぶ自分の背よりも大きな荷物を背負ったルウィン。
ロイは、その一歩前を、剣だけ携えて歩いていた。

深い森。
鳥の声すらもしない。
数メートル先しかわからない、獣の道を歩く。
何が出るかわからない、と思うと、ごくりと喉が鳴った。
自分はおびえているのだろうか。
シアンですら、ひとりで入ったこの森に。
山賊が出るかもしれない。魔物のような動物も。
良くないものが出ると、聞いたことがある。
それをロイに言った傭兵は、腕の傷を見せながら、それでも一撃でその動物を打ち払ったのだと言っていた。
その話を聞いて、ロイは、ここが日本ではないことを痛感しながら、同時にどこか物語のように聞いていた。

強い戦士が、脅威を払う物語。
一人で何でもできる強い戦士は、魔物や山賊なんかに屈しはしない。

この世界、ブリアティルトには、ロイの思う強さを持った者がたくさんいて…
正直なところ、彼らと接するうち、ロイはそれに少しだけ、近づいた気さえしていた。
いや、今でも。
魔物だって、山賊だってなんだって、出てきたからといってどうとでもないと、思う。多分。

「なあ、シアン」


自分は、強くなっている。

この国に来て、大きな戦も体験した。
人だって、斬った。
英雄と呼ばれる人たちと、ともに大きな戦で戦ったこともある。

「おれは…」

だから、シアンがここに一人で来たなんて聞いたときに、いらつきもしたし、自分が一緒なら大丈夫だと思った。
シアンだって、それを疑う素振りを見せなかった。
彼女はいつだって、何だかんだ言ってロイを頼るし、ロイにできないことなんて何もないみたいに無茶を言うのだ。
それがロイには、めんどくさいことと思いながらも、どこか嬉しくて……。

でも本当は、彼女は、思わず一人で森に行く選択肢を選ぶほど、頼りないと思っていたのだろうか。
きっと、ただ、思いついたことをすぐ実行しないと気が済まない彼女だから、とっさに行ってみただけのことだとは思う。
わかってはいるけれど、ふとよぎった憂鬱さに、ロイは頭をふるった。

そんなことを考えている場合ではない。
シアンが言い出すことにいつも信憑性はないが、場所がこの森。
何があるかわからないのだ。

「…悪い、シアン。あの岩の向こうだっけ?」

先ほどのシアンの言葉を思い出し、ロイは木々の隙間から辛うじて見える岩を指した。
なんてことない岩。
シアンより少し小さいくらいの、隠そうと思ったら体を隠せるくらいのサイズの岩だ。
シアンは不吉な、禍々しい気がすると言っていたが、ロイには何も感じない。

「なあ」

返事がなく、振り向こうとしたロイは、止まった。


「……?」


これを、嫌な気、というのだろうか。

「シアン…?ルウィン?」


喉が渇いた。
ごくりと喉を鳴らして、なじみの名前を呼ぶ。
いつも騒がしいシアンの声はない。
ルウィンの疲れたような声も、ない。

加えて言うなら、振り向いても、その姿はなかった。


「え……」

すぐ近くにいたのに。
はぐれたのだろうか。

あわてて周囲を見渡す。
そんなはずはない。あの岩を指したのはシアンだ。
こんな大きな目印がある。はぐれるはずがない。

ばくばくと、心臓が鳴って、落ち着けと、ロイは自分に言い聞かせる。
剣を、手に取る。
強さの象徴で、ロイの心の支え。
それを片手に握りしめて、ようやくロイは呼吸ができた。

岩だ。
あの岩の上に登ってみよう。
少しは視界もましになるはず。




「――――。」



そのとき、どこかで声が聞こえた。

「シアン!?」

咄嗟に名前を呼ぶ。
返事はない。
それを確認する前に、ロイは剣を抜いた。
大丈夫。
剣はある。
落ち着こう。
落ち着いて対処するしかない。
そう自分に言い聞かせ、剣の柄を握る。
手に馴染んだそれは、いつもロイを落ち着かせてくれた。
シアンは大丈夫。
ルウィンがついている。
あの男は頼りなく見えるが、ずっとシアンのボディガードをしていた男だ。なんだかんだいいながら、彼女の身に危険が及ぶようなら、真っ先に駆けつける男。タフで、彼も強い男だ。
落ち着いて、彼らと合流しよう。
と思いながら、ロイは剣を構えたまま、息を飲んだ。
動いてはならないと、頭の奥が警告を発している。

黄金の門の近くだ。何が起きてもおかしくない。

そう言ったのも、懇意にしている傭兵の一人だ。彼も、黄金の門を通ってこの世界に来たと言っていた。
何が起きても、不思議はない。
左右に目を配りながら、言い聞かせる。
それから、だから一人でこの森に来るなんて無謀だと言ったんだ。
と脳内でシアンを罵倒して、ロイはそのまま右に飛んだ。
そのまま走る。
視界も足場も悪いため、遠く逃げることはできない。
目指したのは、すぐそこの、あの岩だ。
あそこなら、身を隠すことができるだろう。
数歩走って近寄り、とんと、地面を蹴って、その岩陰を目指して身を縮めた。
身体を丸めて、受け身を取ろうとした瞬間。

何かが足に絡みついた感触に、ロイはふわりと脚を取られた。
おかげで身体はバランスを崩し、少し不恰好なまま、肩から地面に崩れる。
受け身をとってなかったら、強く強打していただろう。
訓練に付き合ってくれた傭兵に、心の中で感謝する。
仲間との訓練のお陰で、戦いに不慣れなロイも、少しずつ痛みに強くなっていた。

舌打ちをしながら頭を起こし、剣を支えに身体を、それに向けた。


そこには何も見えなかった。
こんな闇の森の中だ。
見えないは安心材料にならない。

脚を取られたのは、木々に引っかかったからではない。
なにか、いるのだ。

「誰だ」

人ならぬものであれば、全く意味がないのを承知で、ロイはそれに問いかけた。
案の定、答えはない。
だが、その少しの沈黙で、ロイは少しの冷静さを取り戻した。
化け物だ。
目の前にいるのは人ではない。
シアンの言っていた禍々しい気とは、これのことであろうか。
言葉はなくとも、そこにそれはあった。
闇に隠れて見えないが、うごめく気配はロイの目にわかる。
あれを、ロイは、知っている。
見えないはずなのに、しっかりとわかった。

闇に塒を巻く蛇。

あれは、良くないもので、この世のものではないものだ。
この世のものではない。ロイの世界のものではもちろんなく、この世界、ブリアティルトのものでもない。
と、何故だかロイにはわかった。
そう、あれを知っている。

鼓動が鳴った。

あの化け物は。



「おれに、何か用か」

言葉が返ってこないのを承知で、ロイは問うた。
闇が揺らぐ様を見て、悟る。
あれは良くないもの。
良くないものだが、ロイは恐れを感じなかった。

「もう、いいのか?」

見えない闇の蛇の目が、光る。

「おれは力を、手に入れたのか?」

一歩、ロイは闇に近づいた。
自分でも、何を言っているのかわからない。
だが、その蛇に触れたら、全てがわかる気がした。
一切合切の全てが。
自分がここにいる意味も。
戦う理由も。
理の全てが、きっとわかる。



そう自覚しながら伸ばす手は、我ながら震えていた。
力が欲しいと思いながら、知りたいと欲しながら、目にわかるほど震えている。

「……」

震えながら痛烈に思ったのは、足りていないということだ。
この蛇に触り、全てを得るのに、自分には足りていない。
力をすでに得ているなんて、そんな期待はなかった。
こんな森に入るのも、恐れを感じていた自分だ。足りているはずがない。
シアンの期待にも応えられている自信も本当はない。
この蛇が欲している力を、まだ自分は得ていない。
英雄が指揮を取る大きな戦だって、呼ばれて誇りに思っていたけれど、結果は、自分の自信に爪を立てただけだった。
あんな英雄たちのように、まだなれない。
力のなさを自覚させられただけだ。

「い、いいのか?まだだろう?」

蛇に問う声まで震えていた。
こんなに情けない声が自分の声だとは、思いたくない。
だけど真実は変わらなくて、ロイはそれに向かい合うしかなかった。
蛇は、化け物は、ただこちらを見つめていた。
ロイが震えながら伸ばす手を、避けようともしない。
光る目は、ロイを捉えて離さず、ロイもまた、その蛇から目が離せなかった。
だってこの化け物は…



『大丈夫だ』



この蛇は、自分だ。



ロイの手が、闇に触れた。
響く声は、聞き覚えのある自分の声。



「足りてないのがどうした」



闇の蛇が、ロイの身体にまとわりつく。
うねり、胸元から、ロイの身体に入り、吸い付いた。
急激に、力を吸われるような感覚。
上に下に、何か巨大な力が、体中を這う。


「力が欲しい。そんなの、いつものことだ」


そして同時に、溢れんばかりの力が、ロイを満たした。
じわじわと、吸われながらも満たされる。
じわじわと、ゆっくりと、満たされ、吸われ、体の中の自分がひとつになり、それでいて、全く新しい力を感じる。



「足りてない、強くなりたい。もっと、もっと」



剣を、握る。
いつもより、軽い。
馴染んだ感触は、まるで自分の身体の一部のようだ。
こちらに来て、一番に買った、苦楽を共にした剣。
それを握る、自分の手。
一見細いけれど、鍛錬され、筋肉が確かについた、力強い手。
全てを掴みたいと願っていた、確かな手。



「それがおれだ」




二、三振って、剣を鞘に納めると、目も慣れてきたのか、辺りの光景が、さっきよりも確かに見えた。
周りを見渡して、それから。



「うん」


こほんと、咳をひとつ。
なんだか、すごく久しぶりな身体だ。
とても軽く感じる。
しっかりと、鍛錬を続けた証拠かもしれない。
出来上がった身体に、岸辺ロイは満足して頷いた。


「確かに、おれが思うパーフェクトじゃないけど、おれは、よくやったと思うよ」

こういう独り言も、自画自賛に入るのだろうか。なんとなく苦笑して、ロイはぐっと伸びをして、それから慣らすように肩を鳴らした。



「さて、復帰そうそう働きますかね」






岸辺ロイは、18歳だ。
リオディーラという少女に召喚され、初めてこのブリアティルトにやってきた。
この世界の巡りが、まだ5回だかそこらの時の話だ。
そこでロイは、その足りない力を痛感し、二年前のまだ力に目覚めてない自分に戻り、この世界で再び過ごすことにした。。
二年前の自分なら、ここで過ごして体を慣らし、努力するとこによって、更なる力を得られると思って。
結果は…
成功なのか、失敗なのか、わからない。
既に、今現在のロイには、しっかりとここで過ごしたこの巡りの日々の記憶が残っている。
初めて戦に出たことも、シアンに会ったことも、友人として傭兵たちと慣れ親しんだことも、全て自分の記憶。
それと同時に、リオやジャラヒと過ごし、魔界で力をつけた自分も、また自分の記憶だ。
この記憶と、以前の記憶が、全てひっくるめての今の自分。
成功だとか失敗だとか、既に言うことは出来なくなっていた。
だが、成功だろうが失敗だろうが、強かろうが足りなかろうが、全て自分だと言い切れる強さを取り戻せたことと、この世界に順応するように鍛えられ、世界に馴染んだこの肉体を得たことは、成功と言えるのだろう。


さてと、
一息ついて、ロイは周りを見渡した。
復帰そうそうの大事な仕事。
このタイミングで自分が復帰できたのは僥倖だった。
魔神である力を取り戻せたため、森の魔力を感じることができる。
そして、未来を見通すことのできる、その力。
発動すると、確かにそれは、以前この世界に来た時よりも、強く感じられた。
以前はこの魔神の力は、この世界では上手く作用できなかったのだ。
やはり身体が、この世界に馴染んだということだろうか。

気を張って、探る。

近い。

それを充分に意識して、ロイは彼女の名を呼んだ。



「リオ!!!」




かつて、自分を召喚した少女。
リオディーラという鳥族の娘。

初めて会ったときから、不思議に思っていた。
この世界でも、力がいつも通り使える元の世界に帰ってからでも、見ようとしても、彼女の未来を見ることができなかった。
いや、見えないということ自体は、彼女以外でもままある。
ロイ以外の力の強大な魔神の未来なんて見えないし、もう少し言うと、リオの仲間のジャラヒの未来だって、ロイには見えない。それはリオが関わっているからかも知れないが。
ともかく、見えないというのは、今までもあることだった。

だけど…
ロイがリオの未来を見ようとすると、わかった。
問題なのは、彼女の未来は見えないということではない。
見えないのではないのだ。
彼女には、未来がない。
ないのだ。
どこにも、彼女に未来なんてなかった。

すでに彼女は、「終わっている」のだから。




「リオ!!!」

もう一度、名を呼ぶ。
ロイが知った、その彼女の終わりが、ここだった。
ないことを知ったとき、ロイはその終着点を探した。
すべてがないはずはない。
リオは「いる」のだ。
どこかまでは、続いているはず。
そして、どこかで終わっているのだとしたら、その終着点を探せば、なんとかなるかもしれない。

探してみて、わかった。
彼女の未来の終わり。
8度目の周期の中盤戦後。
黄金の門近くの、深い森の中。
そこで彼女の未来は途切れている。ぷつりと。不自然に。


今回の計画は、賭けだった。
まず、自分が過去の何も知らない姿に戻って、力をつけること。
彼女が何かあった時に、助けられるように。
そのためには、今までのロイの力では、足りなかった。

それから、近づきすぎず、彼女の近くにいること。

近づいて、仲良くなってはだめだ。それでは、彼女に影響されてしまう。
まだ詳しくはわからないが、リオディーラという娘は、不思議な力を持っている。
周りを巻き込み、彼女の都合の良いように周囲を変えている。
彼女の一番近くにいるジャラヒが一番影響を受けているように見えた。あの男は少し歪だ。
きっと元々は、ああではない男なのだろう。
悪い変化ではないのかも知れないが、是か否かというのは、問題ではない。
ロイも、彼女に召喚され、不可思議な干渉を受けているのは感じていた。
まず、ここに、ブリアティルトという世界に召喚されてから、歳を取らない。
たしかに一巡り三年を繰り返しているのに、その三年分ですら身体の年齢は進まないのだ。
それが一体、何を示しているのかはまだわからない。
それが、どう影響するのかもわからない。
ともかく、何も知らない、吸収力や順応力の半端ない若き自分を、彼女の側に置くのは危険過ぎた。


彼女と接触をせず、成長した自分が問題の日にこの森に入り、覚醒を得ること。
そして、リオディーラの終わっている未来を救う。これが今回の目的の大筋だ。
成功するかどうかはわからなかった。
成功しなくても、力を得たい。そう思ったのも事実だ。
とりあえず、ここまでの賭けは、妥協できるくらいの合格点を見せている。


あとは――



「――っ」

近くで、声が聞こえた。
はっと振り向き、声の方を向く。
声にならない、すすり泣き。
少女の声だ。

それに気づくと同時に、ロイは剣を払った。
黒い影が横を過ぎる。

「っち、かすっただけか」

何者かはわからない。
わからないが、少女の声の方からやってきたその影を見逃すわけにはいかない。

「ケツアルカトル」

静かに、使い魔を呼ぶと、白い蛇が浮かび上がり、黒い影に突き進んだ。
それを追うように跳躍し、足止めをする白蛇目掛け、黒い影に剣を突き刺す。
あっけなく影は消え…
手元に戻った蛇に礼を言い、ロイは身を翻した。

暗い森の、藪の中。
影はこちらから来た。
少女のすすり泣きはまだ続いている。
焦りを押し殺し、気配を読む。
きっとそう

「…ここか」

木々に手をつっこみ掻き分ける。
どくどくと心臓が鳴るが、焦ってはいけない。確実にとらえないと、落ち着いて、1つ呼吸をする。
と、彼女の確かな気配が、そこにあった。


「リオ?」

そう優しく名前を呼んで、鬱蒼と取り囲んでいた、小枝や、草葉、木々を払う。
やがて青が見えた。
小さな頭。
草木が腕を傷つけることも問わず、ロイは優しく、彼女に降り積もった枝葉を取り除く。
そして…

「……っ」

息を飲んだ。
酷い有様だった。
小さな少女がそこにいた。
5,6歳くらいだろうか。
隠れるように膝を抱えた小さな少女。
小さな羽根は、傷つき、赤く滲んでいて。
白い頬も細かな傷がたくさん。
赤い瞳を大きく開いて、幼い少女は、ぼうと顔を上げた。



「ほし」
「?」

幼いリオは顔を上げたまま、その小さな手を伸ばして、何かを掴もうとしている。



「ほし」

もう一度手を伸ばした彼女につられて、ロイも顔を上げる。
繁った森の木の隙間から、輝く星が見えた。
気がついたら、もう夜だったのだ。

「星だね」

ほし、ほし、きらきら、
そう呟く彼女の頭に、ぽんと手を乗せ、ロイはその頭を撫でる。

「君みたいだ」
「?」

柄にもないことを口にしてしまい、きょとんとこちらを向いた少女に向かって、誤魔化すように苦笑する。

「キラキラ輝いてね、いつも星みたいだなって。君は。…リオ」

不思議そうな顔をしたリオは、ロイの顔と空の星と、両方を同じだけ見て、それから笑った。

「おにいちゃんも、おほしさまだよ」

きらきらかがやく、星のひと。

リオは歌うようにそう言って、その小さな手を伸ばし、しゃがんでいたロイの頭を撫でる。
撫でられるままにロイは、少し恥ずかしくなって、小さなリオを見つめていたけれど。


「あ…」


にこりと笑った少女は、撫でたその手をゆっくりと戻して、顔の横で、静かに左右に振って、それから

何事もなかったかのように、闇に溶けて消えた。









「…助けた、んだろうか」

まるで、幻みたいだったけれど、確かに、生きている彼女に触れた。
傷だらけだったけれど、ちゃんと生きていた。あの黒い影はよくわからないが、生きていたのだ。助けることはできたと、思う。
13の歳の今の彼女ではなく、何故か幼い子どもの彼女だったけど、間違いなく、あれは確かにリオディーラだった。
小さな羽、青い髪、赤い瞳。
リオだ。

彼女の未来を見通そうと、そっと目を閉じてみる。
やっぱり、全然見えなかった。
だけど見えないだけだ。
今、この瞬間、先ほどまで見えていた、彼女の未来が途絶えるような危険は消えていた。もう大丈夫なのだろうと、思う。
あのぶつぎれたような暗黒は、ない。
見えないだけで、きっとどこかに続いている。

「星のひとねえ」

思い出して、苦笑する。
そういえば、リオが旅に出たのは、昔助けてくれた輝く星のひとを探して、お礼を言いたいからなんだっけ。
輝く☆ってどんなだよと笑って呆れたことがあったが、これがそうだとしたら、もう笑えない。
もしそうなら、お礼なんていらないのにと、ロイは思った。







「ロイーー!どこよおおお!?」

聞きなれた声が森に響いて、ロイは笑った。
懐かしいような、そうでもないような、聞きたいような、聞きたくないような、そんな声。


もう一度、あなたとやり直せるなんて、素敵じゃない?


そう言って、二つ返事で二年間のやり直しに同意してくれた、ロイの絶対に離したくなかったもの。

「シアン!」

その名を呼んで、ロイは大きく手を振った。
やり直しは終わりだ。
ここからは、前に進む。

(見てろよ)

誰にとはなく、挑戦的にそう心の中で宣言して、ロイは進む。

もっともっと強くなるために。



2013-09-16 : SS : コメント : 0 :
Pagetop

【8期】ロイと仲間たち

「ただいま」

と、誰もいないワンルームに声をかけ、ロイはふうと息をついて鞄を置いた。
一人暮らしを始めて、まだ一週間と数日。おかえりなさいの返ってこない部屋が少し虚しい。
高校生活も残りあと少しだ。
大学の推薦が決まりしばらくして、もう登校の必要がなくなったので、卒業より一足先に一人暮らしをすることにした。
義父母はもちろん、卒業してから…と言っていたが、早いうちに慣れておきたいと、無理を通させてもらった。
余り普段我が儘を言うこともないので、こんなふうにたまに言うと、義母は戸惑うようにしながらも、頷く。
義父は、当然何も言わなかった。
実家からも遠いこの場所は、寂しくないと言うと嘘になる。
卒業式が近づいたら、実家に一度帰るつもりで、その日が待ち遠しいのも本当だ。
だけど…初めての単独生活は、まだ落ち着かないが、正直なところ気が楽だ。
そう言うと、育ててくれた養父母は悲しい顔をするだろうか。
厳格な養父と、優しい養母、それから明るく可愛い義理の弟妹を思い出すと、少しだけ胸が暖かくなった。
育ててくれた彼らや、慕ってくれる弟妹たちに気を使わずにすむ気楽さ半分と、彼らのいない寂しさ半分。
両方を同じだけ感じて、ロイは苦笑してから、学生服のポケットからケータイを取りだした。

水曜日の、午後4時ちょうど。
義弟から来ていたメール……どうやら、今度帰った時にサッカーの練習に付き合って欲しいらしい。義弟、龍斗はサッカー部のマネージャーをやっていて、いつか選手になるのだと、秘密の特訓にロイは付き合わされることが多かった……に、卒業式の前に一週間は帰るから、その時に。と返す。
それから、やっぱり服を着替えようかと、迷ってジャケットに手をかけたが、やめておいた。
最近は早く帰るので、着替える時間はあるのだが、やはり学生服の方が落ち着く。
一足先に大学近くに越してきたものの、卒業式はまだ迎えてないという言い訳で、まだ高校生気分を満喫させてもらおう。
というのは言い訳半分で、もう半分は、先週着替えて訪れたところ、とてつもなく私服が大不評だったからだ。
普通のパーカー(蛇柄)なのに何故か指をさして笑われたことは記憶に新しい。
コスプレ呼ばわりされるまでとりあえずしばらくはこの学生服で過ごさせてもらおう。
思い浮かんだその笑い顔を頭から打ち払うように首を振って、ロイは部屋の中央に立った。
もう一人暮らしなのだから、誰かが部屋をノックしたときのことは考えなくてもいいのだが、いつもの癖でドアの方を窺って、誰も訪ねてこないことを確認してしまう。
ロイの部屋は簡素で、ベットがひとつと、本棚がふたつ。それにテーブルがひとつ。本棚も全て埋まってはいない。殺風景な新居。
荷物が少ないのは、越して来てまだあまり時間が経っていないというのもあるが、実際のところ、元々の自分の部屋もそう変わりはない。
荷を多くするのは、ロイの趣味ではない。
何事も簡素でありたいし、持ち物も背負うものも、少なければ少ない程いいと思っている。
そう思えるようになったのも、ここ数年のことだ。
昔は何でも背負い込む性質があって、そのおかげで、高校では生徒会なんて入って、いらない苦労も背負う羽目になった。
もちろん良い思い出だってあるが、今の自分なら、そんな責務を背負うなんてまっぴらだと、のらりくらりと逃げることにするだろう。
よくも悪くも、なんでも背負いこむのが過去の自分だった。
お人好しとも違う。
自分がやれば、なんとかなると思っていたのだ。
そんな以前の自分を思い出すだけで、黒く塗りつぶしたくなって少し気が滅入る。
いわゆる黒歴史の一つだ。だけど、あの頃は何にでも必死だった。でもそれが――
と、憂鬱な気持ちを首を振って払って、ロイは手を掲げた。
卒業前に一人暮らしを始めたのは、これのためだ。
もう、こそこそとコレをしなくてすむ。

そうして、慣れた手つきで、空に複雑な紋様を描く。
右に、左に、ぐるりと、点々と。
初めはこんな紋様覚えられるかと憤慨したが、悲しいことに体は自然とその紋様を描いていく。
覚えられるかどうかというより、どうやら自分の体は、元々それを知っているようだった。
考える間もなくするりするりと手は自然と動き、やがて紋様はすっかり描き終わる。

描き終わって一瞬の間を待つと。

ぐらりと世界は揺らぎ、形を変える。




毎週水曜日。
岸辺ロイは、異世界を訪れている。





「やっほーロイ!おっかえり~」
「こんにちはロイさん。今日はいつもの格好なんですね」

先週、黄色い蛇柄パーカーを着て行ったロイを見て、なにそれ変な格好似合わないと指をさして笑った二人が、ロイを出迎えた。
この二人は、初めて会った時も、学ランを見て変な格好だと言ったくらいだから、気にしない方がいいのだろうが、ほんの少しでもロイが傷つきそうになったのは確かだ。卒業したら学ランを着続けるわけにもいかないから、慣れた方がいいんだろうが、着れるうちは着ておきたい。
というか、私服って何着たらいいかわからない。
高校があるときは、休日も部活や生徒会で、絶えず制服だったツケがここにきている。

と、そんなロイはともかく。
ロイに明るい笑顔で飛びついて来たのが、シアン・バイオレット。
他人の格好を見て指さして笑うような女だが、巫女なんてやっている18歳の少女だ。
巫女、といっても和風巫女ではなく、ファンタジーでありがちな西洋風な巫女。
よく、ドラゴンあたりに生贄で食べられそうになる、ギリシャだとかその辺の神話に出てきそうな神殿にいる方のジャンルの巫女だ。
それも、その巫女の長なんてやっているらしい。
コネではなく実力、とは彼女の談だが、彼女の父親は村長で、そこの娘が代々巫女長をしているのは話に聞いている。
もっとも、彼女に実力があるのは明らかになったので、今となっては陰口を叩くものもいないが。
陰口を叩かれていた時も、さらに陰で、相手の靴に、ロイの世界で言う画鋲だとかマキビシだとかを入れていた女なので、その陰口が彼女にダメージを与えたかどうかは定かではない。
ロイも、彼女にやり込められたことは一度や二度ではない。うんざりするほどタフで迷惑な少女だ。
加えていうと、彼女は現在、なぜかロイの恋人であり、なぜかそれにロイ自身も文句はなかった。
彼女と出会ったばかりの自分が聞いたら、自分はおかしくなってしまったのかと発狂しそうな展開だが、残念ながら満更ではない。
そんな点でも、自分の成長を感じ入る。

その隣ににこやかに笑っているのが、彼女のお付きルウィン。
陽の光に赤く輝く金髪がまぶしい、天使のような少女な顔をしているが、その実態は、二十歳を充分に超えた大人の男である。
見た目は細いが、格闘家としても名を馳せていて、傷ついても倒れないタフさは不死鳥とすら呼ばれている。
見かけによらないが、そもそも、あのシアンのお付きとしてやっていけていることから、その実力は明らかだ。
ロイやシアンに振り回されてばかりだと嘆いているが、意外としたたかで、美味しいところはさらっていくような男である。
彼には幼馴染の綺麗な婚約者がいて、尻に敷かれているようだが、それがもう、とっても綺麗な婚約者なので、見かけるたびにロイは歯ぎしりしたくなる。
彼はシアンのお目付け役として神殿に勤めているが、神官としての力はあまりなく、身体能力を活かして神殿の警備に当たっていた。


その二人のもとに、毎週のように顔を見せるのが日課。
そんな自分が岸辺ロイ。18歳。もう少しは高校生。
もう引退したが、当時は剣道部で、生徒会に入って、1年生なのに副会長なんて押し付けられて、いっぱいいっぱいな生活を送っていた。
本当の家族は昔々に死んでいて、施設育ちでグレかかっているところを、10年くらい前に、今の養父母に救われた。
それから、学校や、義理の両親、義弟や義妹に慕われるための仮面を被って過ごしていた日々。
それでも充分に普通だと言える生活が終わったのは、この世界に来てからだ。
召喚され、気が付いたらいきなり知らない村にいた。そんな何も知らない少年が、二年前の自分。
あの頃は、本当にただの高校生で、初めて来た世界に、半泣きの毎日だった。
力もないただの少年に、世界を救えなんて頭がイってしまっていることを押しつけた少女は、まあ、言うまでもなくこのシアンという少女なのだが、当時は彼女も巫女としての力を発揮できてなく。彼女は訪れた少年にテキトーにそんなことを言っただけだったのだが、そんなイってることを無理やり実行したら、本当に世界を救ってしまった。
なんていう、ちょっとふざけた…でも切実で痛々しい展開を経て、今に至る。



ようするに、今はRPGのエンディング後だと、ロイは思っている。


普通の少年が力を手に入れて、世界を救い、ついには、元の世界とこの世界を、水曜日限定とはいえ、自由に行き来する力を身に付けた。
旅の途中で、自分の力についても知って、もう昔の何も知らない少年ではなくなった。
出来ないことは、もう何もない。
ヒロイン?(未だに彼女をヒロインと言い切るのは抵抗があるが)とは、良い仲になり、めでたしめでたし。
そんな幸せなエンディング後の世界。
エンディング後も世界は続いているので、問題は多々、いっぱい、山ほどあるが、それはそれで、クリア後のストーリーとして楽しんでいたし、その問題の主人公はもう自分ではないので、気負うこともない。


「ただいま、シアン。ルウィン。…恰好はほっとけ」

お帰りやただいまを言えるこの世界は、ロイにとって、ただの異世界ではない。
クリア後の終わった物語だと簡単に言うこともできない。
この世界は、ロイにとってはすでに自分の世界であって、向こうの日本がある世界と、全く同等の価値をもった世界だ。
だから、こちらに通うことは、苦でも義務でもなく、我が家に帰る気持ちで、用がなくても来るようにしている。
ただ、今回はきっちりと、用件があったので、さて、どう切り出そうかと思案していると、シアンと目が合った。

「話終わったら、遊ぶ時間あるかしら」
「は?」

意図のわからないセリフについ聞き返すと、察しが悪いわねえとでも言うように、シアンは眉を上げる。

「私、今日は買い物つきあってもらって、水辺でごはん食べたかったのよ。水辺の花、結構咲いたんだから」
「はあ、別にそれくらい付き合うけど」
「だ、か、ら、ロイの話次第でしょ?長くなったら、夜になっちゃう」
「おれの話は、その水辺でごはん食べながらでもいいんだけど」
「やあよ!もしヤな話だったら、ごはんが不味くなっちゃう!」

いつものわがままを言う態度でそう言って、シアンはくるりと背中を向けた。
そして、ロイの返事も聞かずに歩みを進める。
少し進んだ後、ようやくふりむいて、ぼーっと立っているロイに、手を振った。

「何してんのよ。早く終わらせて、買い物よ!」

そうして、彼女が向かう先は、いつもの彼女の家だ。

「…ロイさん、何か話があるんです?」
「え、あ、ああ」

ルウィンに聞かれ、生返事する。
話があるなんて言わずとも通じたのは、巫女の力か、自分が分かりやすいのか知らないが、切り出すタイミングを与えてくれたのには変わりない。
なんとなく、今から処刑すると言われた罪人の気持ちを味わえた気もするが、あきらめてロイは彼女のあとを追った。






「で、話というのは、ここ最近、こっちに顔を出さなかったことと関係があるの?」

椅子に座って即行の直球。
気持ちの準備をしていたつもりだったが、充分ではなかったらしい。
いきなりの先制攻撃に、気分は浮気の証拠をつきつけられた男のような気持ちである。
となりで薄ら笑っているルウィンに八つ当たりしたい。と視線をルウィンにずらそうとしたら、「じゃあ僕は、お茶を入れてきますね!」と逃げられた。

「関係あるっていうか…」
「あるっていうか?」
「ありますけども」

つい、何故か敬語が口をつく。
別に、やましいことは何一つないのだ。
毎週行くようにしているとはいえ、決まりではない。
これまでだって、予告なく行かないことはあった。
そもそも、ここに来るのは自分の意思だが、来たくても必ず来れるとは限らないのだ。


第一、ロイの持つこの「世界を移動する力」というのは、厳密に言うと、自由自在ではない。
ロイの持っている力は、レメゲトン72柱が魔神の一柱、アスタロトの力である。
魔神は、使役される義務を持っていて、何者かに召喚されたら、駆けつけて契約をしなければならない。
その契約の代償として、更なる力を得ることができるのだ。
アスタロトなんて大魔神を召喚できる魔導師なんて限られているから、毎週呼び出されるということもないので、大体は自分の好きなように動けるが、それでも呼び出されてしまったら、シアン達のもとに向かうのは難しくなる。
アスタロトとは、72柱の29番目に名を記されている魔神で、あの魔王ルシファーや、邪神ベルゼブブにも次ぐ力を持つ魔神だ。
ルシファーやベルゼブブは、そんな呼び出し無視しろよ、などと言っていたが、魔神の自覚を持って数年のロイは、まだそうもいかなかった。

そんなわけで、ロイがシアンの元に来ないのは、初めてというわけではない。
なので、普段なら、後ろめたいことなど何もないのだが…
今回は、いくつか彼女に頼み事をしなければならないため、少し心拍数が上がってしまう。


「鳥族の女の子の話はしただろ」
「ああ、ロイを召喚できたっていう不思議な女の子ね」
「うん。リオっていう、ブリアティルトの」

ちらりとシアンの顔を伺うと、なぜかその目がキラキラと輝いていた。

「……べつに面白い話はしないぞ?」
「え?その子と浮気したんじゃないの?」
「それって面白い話なのか?」

シアンの行動指針は、面白いか面白くないかに偏っているのは知っていた。
だから、話したことが面白くなかったらとたんに機嫌が悪くなる。
それを危惧して前置きをしたら、浮気だなんて突拍子もない単語がでてきた。
いきなりなんだというのだろう。
きょとんと首をかしげるシアンは、なーんだと呟いて、乗り出しがちだった身を、椅子に深く投げ出す。
もしかしたら、しばらく姿を見せなかったことを、本気で浮気でもしていたのだと思っていたのかもしれない。

「だって、先週、ひさしぶりにこっちに来たかと思ったら、いつもと違う格好をしてきたじゃない?
 これは浮気よ!ってリリスも言うし、そっかー。だったら修羅場ね!って思って」

リリスというのは、シアンのお付きルウィンの婚約者だ。
シアンとも仲が良い、おっとりとした美人のお嬢さんなのだが、たまにいらないことを言う。

「…話、続けていいか?」

修羅場ね!が、面白い話好きの彼女の、今回のおもしろポイントだったのだろう。
なんでそうなる!?だとかなんとかつっこみたい気持ちを抑えて、ロイは、シアンが「どうぞどうぞ」と促すのを待った。


「ブリアティルトってところは、三年の周期をぐるぐると繰り返している」
「へーおもしろいわね」

少し興味を持ってくれたらしい。
彼女の目がこちらを向いたので、ロイはこくりと頷いた。

「おれは、その5度目と6度目の周期を過ごした」
「え、それって、6年間ってこと?あんたおっさんじゃない!」

相変わらず彼女のツッコミの内容に予測がつかない。
おっさんかーともう一度呟いて、それから彼女はため息を付いて肩を落とした。

「………うーん、悩むけど、仕方ないわね…」
「何に悩んでるのか知らんが、向こうの3年って、体感すぐだから。おっさんじゃない。おっさんじゃないから」
「そんなに必死になってるとおっさんに見えるわよ?」

第一、リオの力で、向こうにいる間は歳を取らないのだというと、へーというわかったのかわかってないのか、気のない返事。
ともかく、とおっさん談義をひとつおいて、ロイは折られた話の腰を戻すことにして、コホンと咳をした。

「向こうの世界じゃ、おれの力がほとんど使えない。
 魔神としての力がほとんど意味をなさないんだ。向こうには、色んな世界のすごい力が、こう有象無象に渦巻いててさ…
 たぶん、その影響で、おれの力の干渉が弱くなるんだと思う」
「へー」
「聞けよおれの話」

気のない風なシアンは、テーブルに肘をついて、自分の髪を指先でつついていた。
そんな見るからに興味のない素振りに、ロイも少し苛つく。

「だって、私は行けない世界の話なんて聞いても、やっぱりおもしろくないわ」

三年でくるくる回る世界なんて、興味はあるけど、ロイはそこに行けても、私は無理じゃない。
拗ねたようにそう言って、唇を尖らせる。

「私だって、またロイと冒険っぽいことしたいのに。ロイだけずるいもの」

果たして、その言葉の比重は、「ロイと」冒険したいのか、冒険しているロイがずるいのか、どちらに置かれているのだろう。
そんなことを考えて、苦笑しながらロイは口を開く。

「話っていうのはな、シアン。お前も来るかってそう言おうと」
「行く!!!!!」


ばんっと手をテーブルについて、輝く笑顔。
ロイが言い終わる前にそう言い切ったシアンは、立ち上がったまま、何を持って行こうかしら、と呟いている。

「ちょ、ちょっと待て」

今すぐにも飛び出しそうなその様子に、ロイは慌てて待ったをかけた。

「ったく、おまえは!話を落ち着いて聞けよ。後悔するぞ!そのための話だ!」
「後悔?」

言われたシアンは、きょとんと首をかしげて笑った。

「やあねえ、しないわよ。ロイと一緒でしょ?後悔なんて、何があってもしないわ」

そんなことを言うもんだから。
ロイの中で八割を占めていた、彼女と付き合う後悔となんでこいつと付き合ってるんだっけ?という疑問は、二割の、なんて言ったらいいかわからない、何物にも代えがたいものにによって、瞬間に消えてしまう。
じわりと胸に広がったその何かを、苦笑で堪えて、ロイは彼女を再び椅子に座らせた。
じゃあ行こうか、で飛び出せるようなことじゃない。

「もし、一緒に来るなら」

ロイだって、シアンと一緒にいたい。
だけど、今回の本当の目的は、それではない。
ロイの譲れない目的のためには、言いづらいけれど、この条件は、捨てることができないのだ。

言いづらいけれど、と一つ深呼吸して、ロイは告げた。

「おれたちのこれまでを、なかったことにしよう」

シアンは、すぐには反応しなかった。
きょとんと目を開いて、ロイの言葉を、胸の内で反芻するかのように、時間を置いた後

「それって、別れるってこと?」

そう正しく理解して、口を開いた。










*****

さて、7期も終わる間際。
赤雫☆激団は、相も変わらず賑やかだ。
リーダーのリオディーラは、椅子に座り、足をばたばたさせている。
その前に座っている金髪の男がジャラヒ。
今期の総決算と、台帳に向かって格闘中。
どうやっても数字が合わないと呻く姿は、どう見ても、昔は冷酷ギャングと恐れられた男には見えない。
その姿を微笑ましく見ながら、テーブルの上を片付けているのが、メイドのドロシーで。

「と、いうわけでだ」
「何がというわけでだ、陰険魔神!おれの仕事中にいきなり現れるな!!」

魔法陣を輝かせて、いきなり現れたのが岸辺ロイ。魔神アスタロトの力を身に宿す男。
以前はこの男と、ジャラヒとリオで赤雫☆激団を担っていたが、今はロイはこうやってたまに現れるものの、基本は実家に帰っているらしい。

「挨拶だよ。リオに当分の間会えなくなるから。おまえは知らん」

ロイとジャラヒは仲が悪い。
顔を合わせる度にお互い罵詈雑言なので、そこに居合わせる一同も慣れてはいるのだが、終わらないそのやり取りは、めんどくさいものでしかない。
鼻歌混じりでうきうきと座っていたリオも、その喧嘩が始まる前に声を掛けた。

「ん?次の周期はロイくんがリーダーなんだよ?
 私たちはお出かけするけど、ここに帰ってきたら、いつでも会えるよね??」

次は自分に任せてくれ。
そう言ってきたのはロイからだ。

「ああ、そうなんだけど…。今のおれとは当分会えないっていうか。とくにおれは、会うわけにはいかないっていうか」
「はっきり言えよ陰険遠回し魔神」
「察しろよアホ金髪」
「どういうこと~?」

いとも簡単に始まる口喧嘩を無視して、リオが割り込む。
それに応えて、ロイは「ああ」と片手を上げた。

「今度ここに来るのは、16歳の、まだ何の力にも目覚めてないおれだから」

『は?』

「なるべく、正体を隠して、こっそりおれを助けてくれ」

普段、助けてくれなんて、何があっても言わない男が、今だって、そんなこと言いたくないんだろう、苦虫を潰したような顔をして。

「おれの名前と顔をした、別人だと思っていいから…」

頼む、と呟いて少し頭を下げたので…ジャラヒですら、何も言えなかった。



******



異世界に行ったくらいで、力が使えないなんて、あってはならないことだと思う。
ブリアティルトに行って、ロイは散々思い知らされた。
所詮、自分の力は魔神の力であって、その力を抑えられると、ただの生意気な高校生でしかない。
つまり、いくら成長したと思っても、強くなったと思っても…
自分は、魔神の力に目覚める前の、高校1年生のガキの頃と、何も変わっていなかったのだ。
RPGをクリアしたって、プレイヤーはなにも変わっちゃいなかったのだ。

強くなりたいと欲した自分が手に入れたのは、結局のところ、膨れた自尊心と、余裕ぶった誤魔化し方。
唯一、手元にあってよかったと思えるのは、シアンの存在だが……異世界なんてものに触れる前の、強くなりたいことを純粋に望んでいる自分が聞いたら、絶望する他ないだろう。

この数年間、魔神なんて名乗って、色んな所に召喚され、力を望む他の人物を、助けてやった。
でもそんなことしている場合じゃなかったのだと、思う。
魔神の力なんて関係ない。
自分自身が、もっと強くならねばならない。

それは、人間、岸辺ロイ個人の元からの希望であり、そして、魔神の力なんて関係ないと言いつつも、魔神アスタロトとして生じる、強い切望で、欲だった。
魔神は力を欲している。
強い力を手に入れたいというのは、魔神の本能であり、力を得るために、人間の望みを叶えている。
成ってまだ数年とはいえ、ロイの体を蝕むその血が、もっと強くなれと、騒ぐ。

だからロイは、自分を召喚した少女に、助けを求める少女に言った。



『リオ。キミの望みを叶えてあげる。おれにはそれができるから…赤雫☆激団を、おれに任せてくれないか』


彼女は、ロイの顔をじっと見た後、微笑んで頷いた。
契約成立。
魔神の甘言に、彼女は乗った。



ロイがリオに言ったことは、嘘ではない。
自分の世界に戻って、魔神の力で、幾千、幾万、幾億の未来を覗き見たときに、それは確かにあった。
このままでは、リオの目的は果たせない。
けれど、ロイの、これから取ろうとしている行動によって、リオを救うことは確かにできる。
できるが、確実とは言えなかった。
むしろ、とても難しい。
それが実際に成し得るかは、ロイにはわからない。
だけど、その難しさを、ロイはリオに言わなかった。
それが、魔神の甘い罠。

だってロイの目的は、実際は彼女の望みを叶えることではなくて。
16の力のない自分を、魔神の力の薄いこのブリアティルトで過ごさせること。
それにより、更なる力を得ること。
ブリアティルトは、多種多様な、異様なまでの力が渦巻いている混沌の地。
他にはない、格好の修行場。
若き自分が、この様々な力の影響が渦巻く環境で修行をしたら、きっともっと、大きな力を得るに違いない。
この魔神の力の薄い世界で、果たしてアスタロトの力に目覚めるかどうかはわからないが、強くなろうとする自分のことだ。
きっと、その力を呼び覚ますことができるはず。
そうして、ブリアティルトで修行した力と、本来のアスタロトの力が合わされば、今よりもっと、大きな力を得ることができる。

それは、ロイにとって、ぞわぞわと鳥肌がたつほど、いてもたってもいられないほどの誘惑だ。

もちろん、16歳の自分が、彼女を救うことはあるかもしれない。そうであればと、思う。
だがそれは、確定ではなかった。
だから、嘘ではないが、騙していることには変わりない。
自分の魔神らしさに自分で呆れる。

二年前の力に目覚めていない自分が聞いたら、軽蔑するに違いない。
当時の自分は、どちらかというと潔癖な質だった。
そんなちょっとした罪悪感と―――

もっと大きな罪悪感を目の前にして、ロイはシアンの前に、テーブルを向かい合わせに座っていた。


「この二年間をなかったことにしてくれなんて…浮気より酷いこと言ってるわよ。ロイ」


自分を、16の少年時代からやり直させるということは、シアンと過ごした二年間を否定するということである。
それが一番の、何よりもの罪悪感だ。
それでも、強さという欲求は、捨てることが出来ない。
幾億通りの未来の中で、一番輝かんばかりの、未知なる力を得ることが出来た未来。
それが、ブリアティルトにある。
魔神の力が目覚める前に、ブリアティルトで時を過ごすこと。
成し得て手に入れた力の輝き。
あれを手に入れるためなら、なんだってする。

「はあ…あんたって、変な所頑固よね。
 こないだだって、力を得るためとか言って、魔界の奥深くで騙されて変な男と結婚したじゃない?
 私、あんたのことわりと本気で心配…」
「そ、その話は、今回関係ないから!」

そんな言い返すことの出来ない説教は今はいらない。
慌てて遮ると、肩をすくめてシアンは、で、と先を促してくる。
促されて、ロイは心を決めた。
シアンには、申し訳ないと思っている。
だが、自分はシアン以上にワガママで、諦めることが出来ない。
それが、彼女を巻き込むことになっても。


「だから、おれに付いてきて欲しい」
「私、別れた男と一緒に行くとかちょっと意味わからないんだけど」
「あー。悪い。肝心なこと言ってないな。別れるとかじゃなくって、なかったことっていうか」

気が焦りすぎて、説明が足りてなかった。
というか、半分は、彼女が聞こうとしていなかったからだが。
そこでようやく彼女に説明する。
強くなるために、2年前の自分で、ブリアティルトをやり直さねばならないということ。
ここでの二年間を捨ててでも、そうしたいということ。
でも、この二年間で得た、たったひとつの譲れないものは、絶対に持っていくつもりだということ。

なんていう勝手な言い草だろうと、自分でも思う。
彼女が過ごしてきた二年間は、ロイが過ごした味気ない高校生活二年間よりも、きっと大きなものだ。
村をたてなおして、新しく神殿を建てて、村の皆を見返して、ようやく、内からも外からも認められる、正々堂々とした巫女長になった。
表には見せないが、きっと苦労したに違いないと、ロイも知っている。
それを全て、壊せと言っているのだ。自分は。
それでも譲るつもりはなくて、ロイはまっすぐにシアンを見つめた。
するとシアンは、ぱんと両手で手を打って。

「つまり、それって、もう一度、あなたと一からやり直せるってことよね。一粒で二度美味しい感じ。
 うん。それって、なんだかとっても素敵じゃない?」

にっこりと笑った。







「シアン様~話は終わりました?」
「どこ行ってたのよルウィン!出かけるわよ!」
「どこに行くんです?そろそろ夕飯ですよ」
「ブリアティルトよ!二年前の私達に戻って、ブリアティルトを冒険するの!!」
「え?は?はい?にねんまえ…?え、あの、そろそろ僕、リリスと結婚しようって話で、二年前に戻るのはちょっと…」
「二年前もそう言ってたわよ!ルウィンは強制!いくわよ!」






こうして、三人はブリアティルトに降り立ち、黄金の門近くで、再会することになる。


2013-09-16 : SS : コメント : 0 :
Pagetop

【短編】ジャラヒとリエールさんち【7期】

客間にいるドロシーが浮かれていた。

パタパタ
るんるんるるるるんら
パタ
ららん

っと一回転

らららん
パタパタ

ハタキをぱたぱたと棚に這わせる音と、彼女の鼻歌である。
踊るように…というか、実際くるくると踊りながら、いとも上機嫌に掃除をしている。
そんな様子を横目で見て、ジャラヒは覚悟を決めて問うた。
ドロシーが浮かれている時に、良いことがあるとは限らない。

「今日は、なにがあるんだ」

「エアロちゃんが来るんですよ」
「へー」
「ダイチくんと」
「………」

そうか、と頷くより、身体が先に反応していた。

「じゃ、おれ出かけてくる!」
「どこに行くんですか。まさか、外出ですか?」
「そう言ってるだろ!ここにいると命の危険が危ない!」

ジャラヒが片手をあげて立ち上がると、ささっとドロシーも移動して、その退路をふさいだ。
扉の前に立ちふさがったドロシーに隙はない。

「何が危険ですか。まったく…
 ぼっちゃんは今、赤雫☆激団の主人なんですよ。せっかく来て下さるお客様の対応はしっかりしていただかないと!」
「きょ、今日はハイトと約束があるんだよ!」
「ハイトくんに直接聞きに行きますよ?」

とっさに友人の名前を出したが、その友人の嘘のつけなさはドロシーも知っている。
きっと、ジャラヒ?いや、約束なんて全然、全く、これっぽっちも、一ミリだってしてないぜーなんて正直に告げてくれるだろう。
友人をダシに逃げ出す作戦は早くも頓挫し、ジャラヒは諦めて肩を落とした。

「わかったって」

しぶしぶ、客間へと足を戻す。
逃げ出そうとしたのはとっさのことで、そこまで必死になることではない、とジャラヒも思う。

命の危険、というのは比喩であって、本当ではない。多分。
だって、エアロのいる部隊・リエールのふたりと一匹は、仲間であり、友人だ。
だからこそ、ドロシーは彼女たちの家によく足を運んでいたし、彼女…エアロが家に来ることもままあった。
ジャラヒともエアロは友人で。買い物につきあったことだって、何度もあるくらい。
本当に、仲の良い付き合いをさせてもらってるのだ。彼女が家に来ると、ドロシーの機嫌はいつもいい。
その機嫌の良さのおかげで、夕食が少し豪華になるので、ジャラヒも彼女が家に来るのは大歓迎だ。

通常であれば。


(いつもだったら、だ)

胸中で、もう一度繰り返す。
いつもだったら、エアロを出迎えて、ドロシーの作った美味い飯を食う。
ダリアの機嫌が良ければ、エアロにおだてられて、何かデザートを作るとか言い出して、運が良ければそれもまた美味いものが出てくるだろう。
ダイチだって、うちに来ることはめったにないが、ドロシーは彼のことを気に入っていて、彼が来るとなったら、美味いものが山のように積み上げられるだろう。若いんだからもっと食べろとかそんなことを言って。あれでいて礼儀正しいところもあるダイチは、残さず食事を食べる。
で、仲良く食事したあとは、さよならと手を振って別れることになる。

(うん、それがいい。それでいきたい)

しかし、そうはならないだろうことを、ジャラヒは悟っていた。




赤雫☆激団の友人、部隊リエールは、二人と1匹の部隊である。
メンバーの一名は、エアロ。10代後半の女性にして、傭兵としてはベテラン。
明るく陽気で、子どもっぽいところもあるが、いつも挫けない質を持った、金髪の少女だ。
彼女がいると戦場も元気になる。その俊敏さは、いくつもの刃を簡単に避け、実際この目でその彼女の戦姿を見なければ、彼女が歴戦の傭兵だなんて、とても信じられなかったかもしれない。
ジャラヒ自身、傭兵になりたての頃、彼女には、部隊そろって世話になった経緯もあり、口にはしないが尊敬を持って接していた。
普段の彼女は、そんな戦乙女の片鱗も見せないので、ついつい気軽に接してしまうが。
彼女は一匹の猫をつれており、彼女の家に行くと、その猫と戯れることもできる。猫の名前はミィヤ。
そして…

今日の危険の焦点となるのが、そのリエールの部隊長。

(ダイチ…)

その名を胸中で呟き、だいぶ遅れた後、さん、と敬称を付けて、ジャラヒは唸った。

リエール部隊長ダイチ。20代男性。力強さで周りを圧倒するアタッカー。槌使い。
傭兵歴はエアロより短いそうだが、戦場での余裕顔は、そんな風には全く見えない。
落ち着いた物腰で、敵を薙ぎ払う。強い。
服のセンスもいい。イケメン。そのピアスどこで買ったんだろう、かっこいい。
さすがダイチさん…!
とジャラヒも日々思っていたのだが。

ある日、突然気がついてしまった。

自分の察しの良さを、これほど憎んだことはない。

(おれは、ダイチに嫌われている)



睨まれた。
前に遊びに行ったとき、自分にだけお手製デザートが出て来なかった。
いつも微妙に、攻撃に巻き込まれそうになる。
何かしゃべったら舌打ちされた。
ギルドに行ったらジャラヒの席だけなかった。


一つ一つは小さいけれど、気付くのには充分だった。
ジャラヒ自身、嫌われること自体は、別にどうでもいい。取り立てて、どうこう思ったりはしない。
今まで生きてきて、憎まれることが多かった人生だ。
邪魔な奴は潰してきたし、邪魔にもならない奴は見向きもしなかった。
嫌う、嫌われる、というより、邪魔になる、ならない、どうでもいい、で人を判別してきた。
だから、今まで自分を嫌ってきた奴なんて、きっとたくさんいるだろうが、名前も思い出せないし、いちいち数える価値もない。
そう、そんな自分の価値観を反芻すると、確かに、その価値観に今も変化はないと頷ける。
自分の邪魔になるやつを排除する、という「自分の」が、「自分とリオ――ジャラヒの恩人である赤雫☆激団の本来のリーダーのことだが――や、仲間たちの」になったという自覚はあるが、大きな変化ではないと、自分では思う。
それなのに。

(これはまずい)

嫌われていると自覚して、一番に思ったのはそれだった。

別に、ダイチに嫌われてなにがあるというわけではないはずなのだが。
そのあたりの自分の感情や価値観のありかを追求するのは少し端に置いておいて。

ともかく。やっぱり、とてつもなく、まずいのだ。
何がマズイかというと、冒頭のそれである。とにかく、命の危険がまずい。

そう、嫌われていると自覚はしていた。
まずいとも思っていた。
しかし今、ここまで切羽詰まって思うのは、理由がある。




先日、ついに命を狙われたのだ。











「ドロシーちゃん!ダリアちゃん!ジャラヒくん!こんにちは~!」

唸っていたジャラヒは、玄関から聞こえるその声で我に返った。


「エアロちゃん!いらっしゃい!あら、ダイチくんは?」
「ダイチはちょっと遅れてくるって!ごめんね!はいこれ、うちで作ったアップルケーキ!」
「あらあら!ありがとうございます!」

花の咲くような明るい声と、ばたばたという足音、しばし遅れて客間の扉が開き、件の少女が顔を見せた。



「ジャラヒくん!こんにちは!」
「おーっす。エアロ」

少女の後ろに、背の高い青年の姿はなかった。遅れてくると先ほど聞こえていた通りで、ジャラヒはほっと胸を撫でおろす。

「ジャラヒくん、怪我だいじょうぶ?」
「や、べつにどーってことないけど…」
「大丈夫ですよ、エアロちゃん。わざわざお見舞いに来ていただいて申し訳ないです。
 怪我っていってもかすり傷でしたし。
 ぼっちゃん、今日はもう遊びに行く気満々でしたから、普段と全く変わらずで…問題ないですよ」

被せるように応えたドロシーの皮肉に、ジャラヒはしぶしぶ頷いた。
目の前の心配そうなエアロを見ると、大丈夫だ以外の言葉も思いつかない。
見舞いにきたとは、相変わらず律儀だと思う。あのダイチが嫌いな男の元に足を向けるという理由もそれだろう。
きっとエアロが背中を押して…というより引っ張って、押し倒して、来たのだ。

「さてと、エアロちゃん、私はお料理作ってきますから、ゆっくりしててくださいね」
「あ、ありがとうドロシーちゃん!」

そうしてドロシーが扉を出て、それを見送ったエアロは、振り向きざまに、頬をふくらませた。

「ゴメンねジャラヒくん!ダイチが怪我させちゃって…!でも、安静にしてなきゃだめだよ?」
「いや、ほんとに、かすり傷だし、おれが避けられなかったのが悪いし」

かすり傷なのは本当だ。
ダイチの槌は、ジャラヒの肩をかすっただけで、まっすぐ命中したわけではない。
かすっただけでこの痛みかよ、と怪我をした直後は思ったが、今は、痛みが少しあるくらいで、動くのにも問題はなかった。
あの人の攻撃がかすって、これくらいで済んだことを自分で褒めたい、と思いつつ苦笑すると、エアロの怒りは収まらないようで。

「もー!あれはダイチが悪いの!ダイチね、最近なんか考え事しているみたいで、たまにぼーっとしてるんだよね」

ちゃんと謝らせるからね!
でも、ダイチ最近どうしたのかなあ。
なんて、眉をひそめるエアロの台詞は、彼を責めるだけのものではなかった。
ジャラヒを心配しているのももちろん本当だが、その言葉の気づかう先は、その一つだけではない。
それがエアロの優しさであり……目下、ジャラヒの命の危険の原因で、根本だ。
その根本を取り除くのは難しいが、目下の命の危険を免れるためには、手を打たねばならない。
ふう、とジャラヒはひとつ息をついて、口を開いた。

「あのな、エアロ。おにいさんは、ダイチの考え事とやらが、わかるぞ」
「!?え、な、なになに。ジャラヒくん!え、ほんとに?」

同じ年頃の少女に、おにいさん、なんてもったいぶって言ったのは、彼女のこのぱあっと花開く顔が、想像出来たからだ。
この、本当に何にも想像がついてなくて、ただ明かされるかもしれない秘密の答えに、わくわくと期待する顔。
想像どおりのエアロのその顔に、ジャラヒは少しダイチに同情した。

「ほんとほんと。おれ、今ならダイチのことなんでもわかる気がする」
「え、ジャラヒくんはエスパーなの?あ!予測の力持ってるんだったっけ?」

予測ってそんなことも出来るんだねえ、と感心したように頷くエアロは、どこからどう見ても、ダイチの意図を気づいている素振りはない。


(好きな子が鈍いってつらいよなあ)


ジャラヒにも身に覚えのある心境に、つい頷いてしまう。
結局のところ、ジャラヒがダイチに嫌われている理由はそれだ。

とっても鈍い好きな子の男友達。


(おれだってロイが嫌いだもんなー)

今は部隊にいない憎い男の顔を思い浮かべると、ダイチの心境がなんとなくわかってきた。
きっとダイチが聞いたら一緒にされたくないと言うだろうが。
ジャラヒだって、(自分にとっての)ロイと同じに位置にいるのはまっぴらごめんだ。
ともかく、命を狙われるのもこれ以上はまずい。


「ダイチさんはさ。エアロのこと考えてたんだよ。そんで、仲良くしてるおれにイラっときて手が滑っちゃったわけ」
「んー??私そんなに危なかったかなあ。ダイチに心配されるほどの戦況じゃなかったと思うんだけど」

うーんと唸って

「それに、ジャラヒくんとは、あのとき真面目に戦闘の話してたから、遊んでるわけじゃないのに、イラっとくるって…」

カルシウム不足かなあ、と呟く。

やっぱり、ちっとも気付いていない。

実際は…あの日の前日、エアロと一緒に買い物して、ご飯を食べているところを、ダイチに見られたのだ。
ダイチは、エアロに対してだけは、過保護すぎるくらい過保護だ。
本人は全く、これっぽっちも気がついてないが、本当に彼女を大事にしていると思う。
気がついてないのは、ダイチの態度のせいでもあるので、一概にもエアロが鈍いだけだ、とは言えないのだが。
そんな大事にしている少女が、自分の好かない男と仲良くしている姿を、何度も何度も見せられたら、イライラして手が滑るというのも、わからないでもない。
わからないでもないが、完全なる誤解のとばっちりでしかないので、ジャラヒとしてはいい迷惑だ。


「……えーっとな、エアロ」
「ジャラヒくん!でもやっぱり、イラっときて怪我させちゃうってだめだよ!」
「いや、まあ、それはそうなんだけども」

拳を握るエアロは、またも頬を膨らませていた。
これは、持っていく方向を間違えたかもしれない。
べつに、エアロとダイチを喧嘩させたいわけではないのだ。
むしろ逆であり、後押しすることこそが、ジャラヒを救うことにもつながる。
しかし、なかなか通じない。

「ダイチさん、わざとじゃなかったぜ。ほんとに」

怪我を負わせた相手を、かばうというつもりはない。
ほんとに謝れよまじでほんとにあれはまじで怖かった。とも思う。ほんとに思う。
だが、一方で、まあ、命は取られなかったわけだし、怪我くらい別に…と思うのも事実だった。
昔と比べると、自分は丸くなったのかもしれない。だけどそれも悪い気はしないので、別にいいかという気持ちのままに任せた。

(だって、あんな顔されたらなあ)

ジャラヒに攻撃がかすった後のあの顔。
なかなか見られない慌てた顔だった。
避けられなかったこっちが申し訳なくなるくらい。
足をついたジャラヒを見て、すぐに救護を呼んでくれたのもダイチだ。
大事にならず、かすり傷程度で済んだのも、ダイチの応急処置がよかったからだ。
嫌いで憎いやつを、そこまで必死で手当できるとか、ちょっとやそっとで出来るもんじゃない。
悪い人ではない、どころか、めちゃくちゃ良い人だ。
と思ってしまうのは、自分の思い人でもあるリーダーの影響に違いないけれど。と思ってつい苦笑が出る。

(まあ、それに、エアロが好きな人だもんな)

恋愛感情ではないけれど、ジャラヒはエアロが好きだ。好ましいと思っている。
自分の今までの人生の中で、好ましく思う人物は、ブリアティルトに来るまでは本当に少なかった。
せいぜい、故郷にいる親友と、亡くなった数人の仲間たちくらいだ。
それが、リオと出会って。ブリアティルトに来て、一転した。
だから、このブリアティルトに来て出来た、大切な友人には、本当に、本当に幸せになってもらいたい。
これ以上この状態が続くと、本当に命が危なそうだというのもあるけれど。
この少女が、密かに想いを積もらせていることと、対する青年が、彼女への想いを押し込めようとしていることは、少し悲しい。
さっさと諦めて、幸せになってしまえばいいのに。


「良い人だし、ダイチさん」
「そうかなあ」
「だってエアロも、好きだろ?」

さらりとそう訊くと、目の前の少女は、きょとんと首をかしげて。

それから、顔からぽん!と音と湯気を発した。

「すすすすす…す、そ、そんなわけないもん!」

ゆでダコのように真っ赤だ。
真っ赤な顔をぷるぷると震わせ、ひたすら否定する。
そこまで否定されると、ダイチも可哀そうだ。
顔と態度は全く否定しているようには見えないけど。

「どうして?おれは好きだぜ。結構優しいとこもあるし、センスあるし、な?」

からかうようにそう言ってやると、もぞもぞとジャラヒを睨んで

「そ、そういう意味ね!!もう!あ、焦らせないでよ!確かに、ダイチはたまーに優しいけど、全然!普段は意地悪なんだから!!」

と、顔を手で仰ぐ。
相変わらず、からかうととても面白い。

そんな風に思わず笑っていると、ふと、冷やりとした空気が、ジャラヒの背中を通り抜けた。

咄嗟に横に退ける。

その瞬間。

すっと、何か硬いものが、ジャラヒの横を過ぎた。
そして


「植木鉢…?…蘭?」

どんと、先程までジャラヒがいた場所に落ちてきた…というより投げられてきたのは、花の鉢植えである。
花、白い蘭の鉢植え。




「…たのしそうだな」

ひやりとする声は、その鉢植えが飛んできた方から聞こえた。

「な、なにするのよダイチ!びっくりするじゃない!」

エアロが立ち上がる。
声の主は、強烈に機嫌が悪そうだった。
これ以上ないくらいの鋭い眼差しで、こちらに顔を向け、腕を組んだまま、一歩、足を向ける。
ぞくりとして、思わずジャラヒは後ろに下がった。
しかし、エアロは男の様子を気にも止めず、

「ちゃんとお見舞いの持ってきた?」

ダイチの元に寄り、首を傾けた。
ダイチは少女を一瞥し、転がった植木鉢を指すと、

「見舞いだ」

と、短く答える。
それに応じてエアロは肩を竦めて、地面に転がった植木鉢を手に取り、テーブルの上に置いた。広がった土を集めて、植木鉢に戻す。

「蘭、綺麗…。だけどね、ダイチ。知らなかったんだろうけど、お見舞いに、鉢植えも、蘭もだめなんだよ?」

言わなかった私が悪いけど!と言いつつ、こんこんと解説するエアロに、ダイチは目もくれず、じっとまっすぐ見つめていた。
目線の先は…

(ちょっとやっぱおれ、これは無理なんじゃないかなー)

ごくりと唾を飲むジャラヒだ。
ドロシーかダリアに助けを求めようと思ったが、ドロシーは張り切ってご飯を作りに台所。ダリアもそれを手伝っているのだろう。
いらないときにはいるのに、いるときには不在だ。
何もわかっていないエアロと、目だけで怒りを伝えてくるダイチ。二人の真ん中で、ジャラヒは途方にくれるしかない。
見舞いの花が鉢植えなのも蘭なのも、きっとわざとに違いない、と思いつつ、ジャラヒはじっとダイチを見つめ返す。
こういう時、目を逸らしてはいけないことを、ジャラヒも経験から知っていた。
どんなに手強い相手でも、逃げ出したくても、それを相手に悟らせてはいけない。

と、先に口を開いたのは、ダイチだった。

「エアロ」

彼にしては小さな声で、少女の名を呟く。
呼ばれたエアロは、ん?と首をかしげて応えた。
彼女を呼び、それからようやく、ダイチはジャラヒからエアロに視線を移した。
彼女を見つめて、しばし黙って。
それから、絞りだすように、口に出す。

「……好きなのか…?」
「え?え?え?」

突然、突拍子のないことを問われ、エアロは混乱するばかりだ。
赤くなりやすい質ではあるのだろうが、見事に一瞬で顔を赤くし、手をぱたぱたさせる。

「き、聞いてたの?え、ち、ちが、ちがうんだから!」
「……」

赤くなり首を振るエアロを、強く睨むように見ていたダイチは、その様子を見て、小さく息をついた。
それから、先ほどより少しだけ目を和らげて。

「正直に言えよ」

少し、何か諦めたかのように言う。
どこか苦しげに。吐き出すように短く。
しかし、エアロはそんなダイチの様子に気づいてないようで、パニックになりながら、口をあわあわと開いていた。

「そ、そりゃ、私も嫌いじゃないけど!えっと、あの、あのね!」

「……」

「すき、す、す、あーんもう!!違うの!ダイチを好きなのは、ジャラヒくんなの!!」


「……」
「……」
『……は?』


思わず間の抜けた声を出したのは、ダイチだけでなく、ジャラヒもだった。

「ちょ、エアロさん!エアロさん!何言ってるんですかエアロさん!照れ隠しにもほどがあるぞエアロさん!」
「ジャラヒくんね、ダイチのこと大好きなんだって!だから、ダイチ、いじわるしちゃだめだよ!」
「………」
「ちょ!ダイチも!そんな死にそうに絶望した顔すんな!!頼むから真に受けんな!」

真っ赤な顔であわあわと手を振るエアロと、顔を手で覆い、青くなっているダイチ。
対照的な二人の真ん中で、自分の方こそ絶望したい気持ちで、ジャラヒはただもう言葉を紡ぐしかない。

「あーもう!あんな?ダイチ。たぶん、お前が考えてること、ぜーーーーんぶ誤解だからな?
 おれは、お前が嫌いじゃないが、誤解されるようなことはない。
 エアロに対してもそうだ。おれはエアロに親愛の情はあるが、それ以上でもそれ以下でもない!わかったかダイチ!」
「……おまえに思ってたより好かれていることは伝わった」
「そこじゃねえよ!」

間違っちゃいないけれども、全然伝わってるのか伝わっていないのかわからない。
ダイチも、話をどこから聞いていたのかわからないが、おそらく、好きだのなんだの言っていた言葉の端だけ聞いて、カッとなって入ってきたのだろう。
混乱しているエアロを見て、逆に冷静を取り戻したのかもしれない。今は、先ほどのような氷のような冷たさを抑え、ただ静かに腕を組んで立っていた。
事態を整理しようとしているのだろう。

「質問があれば答えるけど」

助け舟を出すつもりで、ジャラヒは聞く。

「正直、全く事態が把握できないが…あいつとお前は…」
「全くの誤解。良い友人です。別にエアロだけじゃなくて、な。意味わかる?」
「…ああ…そうか…」

頷いて、もう一度、ああと頷く。
それから息を止めて黙り込んだダイチは、頭を掻きむしり、その場にしゃがみ込んで、もう一度大きな溜息をついた。
ダイチのそんな余裕ない態度を見たのは二度目だ。
男として気持ちはわかるので、ジャラヒは何も言わなかった。
ただ、黙って待って、しばらく唸っていた男が、ようやく顔を上げたのを確認し、もう一度頷いてやった。
するとダイチは、苦々しく、虫でも食べたかのような顔で、最後に大きな溜息をつくと、その息と共に肩を竦めて言った。

「怪我、大丈夫か?」
「平気だ。避けなかったおれも悪い」
「まったくだ」
「そこは謝れよ」
「誤解させるようなお前の態度が悪い」






エアロはというと、目の前で、よく知る男が珍しく項垂れ、溜息をついている様を心配そうに見ていたが、ダイチとジャラヒが顔を見合わせて笑うのを見て、ぽんと両手を叩いた。

「な、なんだかよくわからないけれど!仲直りよかったね!!」
「……おまえが言うなおまえが」
「なによダイチ!ちゃんとジャラヒくんに謝れなかったのはダイチだよ!昨日だって、ずっと怪我させたこと後悔してたくせにー!」

目の前で繰り広げられる、いつもの二人のやり取りに、ジャラヒはほっと胸を撫で下ろした。
元はといえば、たしかに、誤解されるような行動をとったかもしれないのは自分だが、ダイチも相当大人気ないと思う。
ほとぼりが冷めたらネチネチ言ってやろう。

「それにねー!私のことを考えてて手が滑ったんだって、ジャラヒくん言ってたけど、私はべつに大丈夫だったんだよ?
 あのときも、全然、敵の攻撃なんて、当たらなかったんだから!私のことは心配しなくても大丈夫だよ!」
「………」

嘘は全く言っていない。
言っていないが、ジャラヒを睨むダイチの目は、余計なこと言いやがって、と告げている。
これ以上余計なことを言われると、また命が危ないかもしれない。
そう思うジャラヒのことをもちろん気にせず、エアロはまだまだ続けた。

「最近、ダイチはずっと何か考えてるんだもん。集中してないっていうの、見てたらすぐわかるんだから!」

それから、にこっと、勝ち誇ったように笑って

「私だって、ダイチのことずっと考えてたけど、手とか全然滑らなかったよ!ちゃーんと戦ってたからね!」

ダイチにそう告げるので、ジャラヒは、彼女の前にいる男が、ぐっと押し黙って耳を赤くするのを、まともに見てしまった。
すぐに、ダイチが顔を背けたので、それ以上どんな顔をしていたのかはわからないけれど。


「………帰るぞエアロ」
「え?お見舞いちゃんとしないと」
「もうした」
「それに、ドロシーちゃんのご飯も食べなきゃ!」
「……食ったらすぐ帰るからな」

苦々しくそう言って、それから、いつもの不敵な顔で

「ジャラヒ」

初めてその名前を呼んで、片手を上げた。

「この借りは、飯一回でどうだ」

なんて真顔で言うので、ジャラヒはにやっと笑って返した。


「足りねえって。三回はおごれよ」




tag : ジャラヒ ドロシー 第7期 ゲスト

2013-09-16 : SS : コメント : 0 :
Pagetop

9期お絵かきイベ

fibo.pngairo4.pngnina2.pngkuu.pngokami.pngriine.pngereki.pnghuran.pngmariaju.pnghat.pngshamino.pngfiona.pngsony.pngmiry2.pngyuma2.pngrin.pnghurank.pnghanisuta.pngmomizi.pngirene.pngkapureka.jpg










2013-09-07 : 依頼絵など : コメント : 0 :
Pagetop

【SS】リオの願い事【7期エピローグ】

ブリアティルト7度目の巡りでの、中盤戦が終わって。

久しぶりに帰ってきた部屋は、こざっぱりとしていた。
きっと、ドロシーが片付けてくれたのだろう。
部屋には赤い花まで飾ってある。
リオには花の名前などわからなかったが、赤く、大きな花びらを幾重にも重ねたその花は、部屋にとてもよく似合っていた。
床に敷かれた絨毯には汚れもないし、埃も落ちていない。
以前は皺なんて気にせず乱雑に敷かれていたシーツも、今は綺麗にベッドメイクされていて、ぽんっと、リオは躊躇いもなくベッドに腰を落とす。
ふわりとスプリングが弾んで、リオの身体が跳ねた。


ここは、赤雫☆激団本拠地。本拠地というか、もともとはただの家だ。
オーラムに住むことになったときに、三人で探して買った小さな家。
三人というのは、自分…赤雫☆激団のリーダーなんて務めることになったリオディーラと、ひょんなことで旅の連れになった金髪の青年ジャラヒ。そして、リオが魔導書を拾って、なんとなく読んで召喚した魔神、ロイ。
とある目的のためにブリアティルトに来たリオに、異論なく付いてきてくれた二人に、リオは深く感謝をしている。
三人で、ここオーラムで始めた新生活は毎日必死で、でもとても楽しくて、とても心豊かで、それでいてちょっぴり何かが欠けていた。
思い返すと、自然と笑みが溢れる楽しい生活。
楽しくて楽しくて、まるでここは永遠だった。
リオが探しているそれが、ここオーラムにあるのは明らかで。
きっと、ずっとここにいれば全てを手に入れることができると思った。
繰り返される3年の波に乗っていれば、いつかそれを手に入れることができる。
そんな確信も持っていて、じっくりと、このブリアティルトで…オーラムで、待っているつもりだったのだけれど。

反面、このまま待っていても、何も得られないこともわかっていた。
だって、こんなにも欠けているのだから。
その欠けている何かが埋まらない限り、先には進めないのだ。

…いや、そうじゃない。
ここにいても、手に入れることはできたのかもしれない。
じっくりと待っていれば、見つけることはできたのかも。
欠けているちょっぴりの何かだって、きっとどうにだってできたはずだ。

今だって、心の底ではわかっている。


要するに自分は、逃げ出したのだ。

ぐっと唇を噛んで、リオはそのまま体を横に倒した。
白い枕が頭を支える。ふわり、とおひさまの匂いがした。
自分がいなくても、布団も枕も、きちんと太陽の光を浴びていたのだと、わかる。
ドロシーがきちんと干してくれていたのだろう。
そもそも、こんなにいつも留守にしているのに、自分の部屋はまだちゃんとあって、掃除もされていて、布団はおひさまの匂いがするなんて、とてもおかしな話だ。なんてことを言ったら、ドロシーに叱られるかもしれないけれど。

欠けているものを探す旅の中で、ドロシーを見つけて連れてきたことは、リオにも大きな収穫だ。




トントン

と、寝返りをうったリオの背中に、ドアを叩く音がした。
誰だろう、と思う。
ここの住人は意外と常識的で、返事をするまで扉が開かれることはない。
ノックもせずに扉を開けるなんて、自分くらいのものだ。
そう思って少し苦笑して、唇の端をにっと上げた。
起き上がって、笑顔。


「開いてるよぉ~」

歌うようにそう言うと、遠慮がちに扉が開かれ、一歩中に入ってきたのは

「どしたの?ジャラ」

よく知った男、ジャラヒだ。
ジャラヒは片手をあげて「よぉ」と部屋に足を踏み入れる。
後ろ手で扉を閉めて、やっぱり遠慮がちに、こちらの顔を見ていた。

さて、とリオは笑う。
そして、どうしたの?という風に、小首をかしげてみせた。

ジャラヒという男は聡い。
15という若い年齢から組織をまとめあげていたこともあって、その洞察力は飛び抜けていて、リオも何度もそれに助けられていた。
初めてジャラヒに会ってから、どれだけの月日が経っただろうか。
ブリアティルトに来てからは、6つの年と、もう少し。来る前は1年くらい、だったろうか。
こちらに来てからは、時間の感覚が曖昧で、よく覚えてはいない。
そういうものだとはわかっているので、普段は時間を意識はしていないが、それでも、彼との付き合いは相当に長い。
だから、リオは彼が自分を伺いに来た意味をわかっていた。

「……リオ」

なんでもないように笑うリオの名を、ジャラヒは静かに呼ぶ。
笑ってもいないし、怒ってもいない。
ただ、その顔を見て、リオは少し胸が傷んだ。

「だいじょうぶだよ!」

思わず、両手をジャラヒの目の前でぱたぱたと振って答えた。

「だいじょうぶ!」

もう一度言ってやる。
何度だって言ってやらないと、彼はわからないのだ。
立ち上がって、ガッツポーズも作ってやって、「ね?」なんて笑顔で首を傾けても、ジャラヒはまだ悲しそうな顔をしていた。
眉間に皺を寄せて、悲しそうな、心配で死んでしまいそうな顔をして、ジャラヒはこちらを見ている。

「ほらほら!中盤戦!おつかれさまだよ!って、ジャラは出てないんだっけ?」

おどけて見せても、ジャラヒは笑わなかった。
代わりに、ふぅとため息をついて、ぽんと、リオの頭を叩く。
それからベッドに腰をかけて、後ろに手をついた。
ドアをノックして、返事があるまで開けない分別はあるのに、こういうところは遠慮を知らない。
人のベッドの真ん中を遠慮無く占拠して、ジャラヒは、呻き声のような何かを口に出して、それから

「姫様、大丈夫だから」

言葉を選んで、そう言った。

「うん」

と、応える。

「これから、がんばらなきゃね!」

と、リオは続けて言って、それから頭を振った。
がんばらなきゃね、じゃない。
がんばろうね、でもない。

「……がんばってね!」

そう、言い直す。
がんばろう、と言えないのが悔しい。
でも、逃げ出した自分は、その言葉を言える立場にない。




オーラムの愛すべき姫。アーマダ姫が死んだ。

これは避けられない事実であり、避けられないことを悟ったリオは、このオーラムの7回目の巡りという舞台から逃げた。
自分たちに欠けている何かを探すために旅に出る、なんて、体の良い言い訳だ。
リオの目的のひとつのためには、黄金の力が一番高まる時、つまりオーラムがブリアティルトを制することが必要で、…つまり、この『アーマダ姫死亡』という事態は、目的のために避けられない工程である。
避けられないのだけれども。
繰り返す波に乗ることに、リオがほんの少しでも躊躇いをもったのは確かだ。
どうしよう、なんて漏らしたリオに、したいようにしていいと、傭兵を抜けて遊びにでも行ってこいだなんて、言葉をかけてくれたのが、ジャラヒとロイで。
その上ジャラヒは、抜けたリオの代わりに、団に残るなんて言ってくれた。


そんな経緯があっての、――来るだろうとわかっていたけれど――この事態だ。

全てをジャラヒに背負わせるのは申し訳なくて、この周期では、部隊長の役目はドロシーにお願いしていた。
ドロシーは、快く引き受けてくれ、今回も、様子を伺いに戻ったリオを、暖かく迎え入れてくれた。用心棒を引き受けてくれた少女ダリアも、アーマダ姫の悲報に驚いたようではあったが、その冷静さは崩れてはいない。


あのとき、…この周期の前。同じ事態にあった自分たちは、こんなに冷静であれただろうかと思う。
あの衝撃は、二度と忘れないだろう。
目の前が真っ暗になった。
遠くから、ジャラヒの悲痛な声だけが聞こえた。
冷静だったのは、ロイだけだったように思う。
そのロイも、一度自分で得た情報を「もう一度確認してくる」と、荒々しく扉を蹴って、出て行ったのを覚えている。
きっとあれは、ロイだって、ちっとも冷静なんかじゃなかったのだ。
そう思うのは、同じ事態を迎えたときの、女性二人の態度を見たからだ。
アーマダ姫が死ぬという出来事を、二人には言っていなかった。
ジャラヒも言わなかっただろう。
それなのに二人は、その報を聞いたあと、すぐに王宮に届けを出し、ジャラヒの指示を仰ぎ、ジャラヒが頷くと、ただ黙って戦場へと向かった。
とても静かに。
ジャラヒだって、今度は冷静だった。
前の時みたいに、動揺は見せず、顔色だって変えなかった。
もともとジャラヒは、冷静に行動が取れる男だ。二度目ともなれば尚更。
彼が判断を誤らせるような、理知的でない行動を取るのは、自分がいるからだとわかってもいる。



今回、リオがこの家に戻ってきたのは、ただの自己満足だ。

逃げ出した罪悪感に潰されないために、戻ってきただけ。

冷静に対処する三人を見て、ほっとして、こうしてリオは自室にいる。
戻ったら、こうやって、ジャラヒが心配して死にそうな顔をすることは、わかっていたのに。



「無理すんなよ」


人のベッドを占拠したまま、ジャラヒはそう言う。
リオは何もしていないのに。大変だったのは自分たちなのに。
無理をするなとジャラヒは言う。
こんなにも笑顔で応えているのに。
誰が見ても元気に笑っているのに。
ジャラヒには、どう見えているのだろうか。

「ジャラは、心配性だねえ」

ジャラヒは優しい。
いつも、心配そうにこちらを見て、気遣って、リオが傷つかなくてもいいように、注意を払ってくれる。

ジャラヒと初めて顔を合わせたときは、彼はギラギラした目をしていた。
薄汚れた金髪をフードで隠して、汚い路地裏で、自分が一番汚いみたいな顔をして、ギラギラした目でリオを見て、銃をつきつけてきた。
確か、鳥族のリオが珍しいから、売るとか売らないとか言っていたっけ。
銃だって遠慮無く撃ってきて、弾丸はリオの翼を掠めた。今でも寒くなると翼の傷跡が少し痛い。
その時の彼は、何かから逃げていたようで、銃を片手に街をさまよっていた。
その何かとジャラヒの争いに巻き込まれたリオは、成り行きで彼を助けて、…それから今に至る。
あの時のことは、ジャラヒは口には出さないけれど、時折リオの翼を労るように撫でる癖があった。きっと、撃ったことを後悔しているのだろう。

ジャラヒは優しい。…というのとは、少し違うことは、リオだってわかっている。
彼が人を殺めるところをリオだって見たことはある。
現に、最初のときはリオだって撃たれたのだ。
優しさで言ったら、ロイの方が優しい。
ロイは口には出さないが、例え敵兵でも、なるべく命をとらないようにしていることをリオは知っていたし、どうしようもないときは、一撃でやれるように、絶えず慈悲を持っていた。
それに比べて、ジャラヒにそういう気遣いはない。
死んだら死んだでそいつの責だと言い切るし、手を汚すことに躊躇もない。
常に効率の良さを重視し、人の気持ちなんて二の次だ。
そういう点で、二人は合わないのだろう。

ジャラヒは優しいというわけではないけれど、一度身内と判断すると、とことん甘いのだ。
甘くて甘くて、一緒にいると駄目になりそうになる。


「だいじょうぶだよ」

もう一度ジャラヒにそう言って、頭を彼の肩に乗せる。

「まだまだ先は長いけど、だいじょうぶ」
「だからその、おまえの大丈夫ってやつがおれは…ああ、まあいいや」

ため息をつくジャラヒ。
いつもの癖で、リオの翼の、羽根が薄くなったところを撫でながら、頭を振ってごろんと横になる。
完全にベッドを占領されてしまった。

「だいじょうぶ~だいじょうぶ!」

面倒くさくなって、一緒に倒れたリオは、ぽんぽんとジャラヒの胸を、なだめるように叩く。
歌うように、子守唄みたいに何度かだいじょうぶだと言い聞かせていると、なんだか段々眠くなってきた。だいじょうぶ。歌いながら、じわじわと、本当の気持ちでそう思う。
大丈夫だ。隣にジャラヒはいるし、とっても暖かい。大丈夫。そう安心すると、リオはそのまま目を閉じた。









目が覚めたのは、それから数刻後のことだ。


「きみたちはホント、なあ…」

呆れたようなため息をついて、ロイが立っていたので、
「あ、ロイくん!おはよー!」と、手を振ってやる。

「おはようリオ。おれがここにいることについての感想は?」
「あ!ロイくん! なんでここにいるの?おうちに帰ったんだよねえ!」
「うん、反応ありがと」

満足そうにロイが頷いたので、リオは改めて周りを見た。

「あれ、ジャラは?」
「おれが起こしたら、奇声をあげて出て行った」
「へんなの」
「まあ、キミが言うことでもないような気がするけど」

久々に会ったロイは、やっぱりロイだった。
ジャラヒと年はそう違わないだろう、十代後半の青年。
紺色の変わった服装をしているのもそのままで…その服装は、がくらん、というらしい。
なんでも住んでいるところの制服だそうで、ロイは元の世界でその格好で学校に通っているのだそうだ。
彼は、実家に帰ると言って、この周期にこなかった。元々拾った魔導書から出てきた魔神なのだが、実家はあるらしい。
とはいえ、リオは彼のその不思議さをそれほど気にはしていなかった。
元々リオは細かいことを気にしない性格である。
それに、このロイという青年は、なんでもありと思わせる雰囲気を持っていた。
黄金の門を通るわけでもなく、ただの魔導書から召喚されたというのも、おかしな話だ。

「ちょっとキミに話があってね。
 今日はちょうどおれの魔力が強くなる日だから。本、持っててくれて助かったよ」

帰る前に、その本を肌身離さず持っていろ、と言ったのはロイだ。そうリオが答えようとすると、ロイはそれを遮って手をあげて。

「さてリオ。時間がないから、手短に言うよ…ん、あ…そっか」

それからリオの顔を見て、何か納得したように頷いた。

「タイミング、悪かった…な。いや、よかったのか。もう999年なんだな」

そうして、少し黙る。
何を言おうか、思案しているようだった。
少し考えて、それから肩をすくめて、苦く笑う。

「おれはこういうの苦手だから、ゴメン。あいつみたいに気が利かないしな。
 今後の話をする。…いい?」
 
話を続けていいか?ということだろう。
あえて許可をとったのは、きっとジャラヒと同じ理由だ。
気が利かないといいながら、さらりと気を使ってそう言うので、なんだかおかしくてリオは笑った。
笑って、それから頷く。
それを認めたロイは、口元を緩めて続けた。
こんなときに、こういうのもなんだけど…と前置きして。

「もうすぐ、世界の7周目が終わる。そのあとキミは、どうするんだい?」
「まだわかんないけど…このまま探すつもりだよ」
「うん。そういえば、ドロシーさんとダリアさんだっけ。彼女たちはいいね」

リオが連れてきた、会ったこともないはずの二人を、ロイはいいねと肯定した。
リオはもう気にしないが、ジャラヒは彼のこういうところが気に入らないのだろう。
知らないはずのことを知っていて、尻尾を掴ませない。

「今までは、おれたちは必死で歴史を追っていた。キミの望みは詳しくは知らないけど。別に、この歴史がどうなろうと、どう変わろうと、全く関係はないんだろう?」
「ん、…でも、オーラムが一位にならないと、開かないんだよ」
「リオ、目的を間違っちゃ駄目だ」

そう言われて、リオは押し黙る。

「おれたちは、英雄を目指しているわけでも、勇者になりたいわけでもない。
 ましてや、ブリアティルトの謎を解きたいわけでも、解放したいわけでもない。
 ただ、繰り返している時間を利用しているだけだ。
 おれもそうだし、キミもそうだろう?」

ロイの言っていることは、全く、その通りだった。
だけど、飲み込むことはできない。
割り切ることはできなかった。
この世界に来たのは、確かに目的のためだったけれど、今はそれだけではない。
もう、リオだって、この世界に住む、オーラムに住む一人の国民だ。
他のみんながそうであるように、リオも、この世界を愛していた。

「この世界が好きなら、尚更だ」

まるで、心を読んだかのようにロイは続ける。それから小さく舌打ちして。

「…ゴメン。いや、拘ってるのはおれもだな。
 別にいいんだ。オーラムのために頑張るのはいい。
 否定してるんじゃなくて。あー、おれが言いたいのは、そうじゃなくて」

鳶色の髪をくしゃりと掻いて、困ったように眉を曲げた。


「ともかくおれが言いたいのは、翻弄されずに、ちゃんと対処できているドロシーたちはすごいなってこと。
 振り回されてたおれたちと違って、ちゃんとここで生きる地盤を作ってる。
 特に、ドロシーさんのおかげで、おれたちはすごくやりやすくなった」

メイドであるドロシーだからこそかもしれないが、彼女はその場しのぎで生きてきたリオたちと違って、「生きること」に長けている。
まず、家を綺麗にし、帰る場所を整えた。近所挨拶だって欠かさず、市場にも毎日顔を出している。そんな当たり前のことの繰り返しで、赤雫☆激団本拠地は、明るく住みやすい、まさしく「本拠地」になったとリオも思う。

「ドロシーさんに感謝。で、彼女のおかげで生きやすくなった次は、だ」

ここからが、ロイの口にしたかった本題なのだろう。
少し、緊張した面持ちで続ける。

「…リオ、おれはキミに、隠していたことがある」

何を言うかと思ったら。
今更何を、という気持ちで、リオは思わず頷いた。
むしろ、彼に隠し事が何もないと言われたほうが驚くくらいだ。
そんな思いが顔に出たのか、頷かれたロイは少し不服そうに、ちょっとは動揺してくれよ、と呟いて。

「隠していたというか、別に意味のないことだと思って、言わなかったんだけど。
 おれにはとある力があるんだけど…それで、おれは、キミを助けることが出来る。
 たぶん、それはキミの目的を叶えることにも、きっと繋がると思うんだ」

そのセリフには、さすがに驚いて、リオはまじまじとロイの顔を見た。

助けることが出来る。
目的を、叶えることが出来る。
突然の、彼の言葉。

いつも助けてもらってるよ、いまさら何言ってるの?
なんて、口から出かかった言葉は、口の中で凍った。
そんな意味じゃないことくらい、リオにだってわかる。

誰しもがそうだろうが、リオにもここにいる目的がいくつかある。
全てをロイやジャラヒに明かしてはいないし、明かせない事情もいくつかあった。
その目的は、誰かとパーティを組んで冒険する、なんて小さなものから、自分の出生の秘密(というほどではないが、鳥族なのにほとんど飛べない自分について、少しだけ疑問に思っていた)だって知りたく思っていたし、昔、村を助けてくれた恩人に礼を言いたかったし、行方不明らしい兄にも会えたらな、とも思っている。昔助けてくれた輝く☆の人みたいに正義なヒーローにもなりたい。たくさんの友達を作りたい。ドロシーやダリアを連れてきたのだって、気まぐれと言われればそうだけれど、きっと、何かが変わると思って連れてきたのだ。やりたいことが、こうなればいいなということが、目的が、たくさんある。

たくさんたくさんの目的があって、それをすべて叶えることで、リオの本来の目的は達成させられる。

探しているものが見つかる。

些細な事も、大きなことも、全てが大切な目的だ。一つ一つの小さなそれを手段とは言いたくない。
目的を叶えることで、悲願を達成する、と言ったほうがいいだろうか。それも少し違う気がするけれど。

落ち着いて、リオは一つ息をついて、首を傾けた。


「ロイくんは、ワタシのしたいこと、わかるの?」
「んー、正直ね、わからない。
 だけど、君の願いや目的がどんなものであれ、このままじゃそれが絶対に叶わないことを、ある時おれは知ってしまった。
 でも…おれは、きっとその事態をどうにか出来る。キミを助けられるよ。
 助けてほしいと言われたら、その願いを、叶えてあげる」

ロイの声は優しかった。
優しく、叶えてあげると言った。
だけどそれは、彼の同情ではないと、リオは悟った。
同情や、親切だけで言っているのではない。
彼はとても優しい人だけれど、こんなもったいぶった優しさをつきつける人ではない。

助けてあげるなんて、今、このタイミングで彼が言うのは、きっと意味がある。
これはきっと、リオだけの話ではないのだ。
このタイミングで、彼が話すのは、リオを助けるためだけが目的ではなくて、きっと…
きっと、彼にはなにか、思惑がある。
リオを助けることで、間接的にロイが救われるような、何か。
難しいことはリオにはわからないが、違和感だけは、消すことが出来ない。

ロイは魔神だ。
召喚者に従う魔神。
召喚したリオに協力的で、力になってくれる魔神。
だけど、なぜ。
そんな魔神が、無条件で力になってくれる?

きっと彼の優しさもあるだろうけれど、なにか、ロイにも目的が、やるべきことがあるのだ。
それがきっと、ロイがこれまでも、リオに協力していた理由。
そして今回、目的がようやく噛み合ったので、ロイは初めてそれを口にしたのだろう。


「リオ。おれに考えがある。 
 おれが、キミのその願いを叶えるから、おれに部隊を全部任せてくれないか?」

そう、ロイという魔神は言った。
一瞬、リオの頭に、昔お伽話で読んだ、悪い魔法使いが誘惑する話が過ぎる。
そう、ロイは魔神だ。
願い事と引き換えに、代償を要求する魔神。
悪い男かどうかと言われれば、絶対いいひと!とリオだって言い切るけれど、代償を言わずに願いの一つを叶えてあげる。というのは、悪魔がよくやる誘惑のひとつだ。

その可能性を充分に吟味した上で、リオはこくりと頷いた。

「…わかった。危なくなったら、ちゃんとワタシも呼んでね。ロイくんには必要ないかもしれないけど」
「ああ、うん、大丈夫だ。
 …と言いたいところだけど、頼むかもしれない、というか頼む」
「???」

いつもの通り、大丈夫だよ、と微笑むかと思ったが、ロイは苦い顔をしている。
珍しいその態度にきょとんとしていると、苦い顔のロイは、なんとかその顔を笑顔にしようと苦戦して、苦笑にまで表情を作った。

「…正直な所、あの頃のおれは、あまりにも黒歴史過ぎて思い出したくないわけだが…」
「…???」
「リオに近づくのは危険だが、でもそれ以上に自分が心配だしな…」
「なんのはなし?」

一人でぶつぶつ呟かれても、全く意味はわからない。

「いや、おれが困ってたら、助けてくれ。あー、でもなるべくおれにそうとわからない形で、なるべく遠くから」
「意味がわかんないよ?」
「すぐにわかる」


苦笑をそこで噛み抑え、ロイは、さてと、と肩を回した。

「じゃあ、おれはもう行く。えーっと、なんだっけ、あの金髪ヤンキー…」
「ジャラだよ。ジャラヒ!もう!」
「そう、それにもよろしく…は、やっぱり言わなくていいや」
「言うよ!
 ジャラにもロイくんが次は頑張るから、外からサポートしようねってお願いしなきゃ!
 あ、でもジャラ、こんなにがんばってるから、次も残りたいって言うかな?
 団にジャラが抜けると不安だよね。
 やっぱりワタシひとりでこっそりサポートして、ロイくんとジャラで…」
「いや、あいつはおれが隊を任されたって聞いたら暴れるだろ。連れてけよ。
 リオが、お願いっ付いてきて!って言ったら、犬よりも早く頷いて付いてくるぞ?」



「誰が犬だ誰が!」

ロイのセリフが言い終わる前に、扉が開いた。
ノックはない。気を使うより先に反応してしまったのだろう。
音を立てて扉が開くのと同時に、金髪が飛び出してきた。
びしっと指をさして

「なぜいる陰険魔神!」
「リオに会いたかったからだけど。小悪ヤンキーくん」
「逃げろリオ!こいつは敵だ!」
「ジャラ。ロイくんだよ。敵じゃないよ」

仲良くじゃれているのに、訂正するのも野暮かなあと、思わないでもなかったが、リオはジャラヒの間違いをとりあえず正した。

「ロイくん、お話に来てくれたんだよ。今度のね、巡りの話なんだけど」
「おい!ロイ!さっさと帰れ!おれはリオに話があるんだよ!」
「帰ろうと思ったけど、なんか面白そうな匂いがするから、その話とやらをおれも聞いてやる」
「いらん!帰れ!」

リオに話がある、と言いながら、ジャラヒはロイに向かっている。
ふう、と隠れてリオは息を吐いた。
もうしばらく放っておいて、気が済むまで喧嘩をさせればいいだろうか。
いつも迷うのだが、とてもめんどくさい。
延々延々と、飽きもせずにやりとりがよく続くなあと感心する。
いつもは、ぼーっと背中の羽根繕いして待っていることが多いのだが、久しぶりに顔を合わせるのに、それも何かなあと思う。
でもやっぱりめんどくさい。リオだって、せっかくこの家に帰ってきたのだ。
話が終わったのなら、のんびりベッドで寝たいなあ、とも思う。
ドロシーが綺麗にしてくれたベッドは、ジャラヒがぐちゃぐちゃにしてしまったけれど。

「ジャラ。ロイくん。騒ぐなら、出てっていいよ」

ピークに達しためんどくささにそう言うと、珍しく、すぐに二人は静かになった。


「もう、仲良くするのはいいけど、ワタシの部屋で二人でするのはやめてね!」
「はい」
「ごめんなさい」

なぜかしょぼくれた顔の二人は、互いを一瞬睨んだ後、すぐに顔を逸らした。
いつもは大人びているロイも、ジャラヒと顔を合わせると、歳相応…というか、歳よりさらに子どもびて見える。よっぽど仲がいいんだろう。仲がいいのはいい事だが、周りを見てほしい。
まったくもう、と腰に手を当てるて二人を睨む。
罰が悪そうに笑ったロイは、じゃあ帰る。と手を振って、リオの枕元に置かれている一冊の本を手にとった。
右手でそれをかざし、左手で空に何かの模様を描く。
複雑な模様だが、彼は覚えているのだろう、数十秒かけてそれを描き終え、本を元の位置に置く。
そして何やらつぶやくと、景色が揺らぎ、その揺らぎがおさまった後は、そこにロイの姿はなかった。
残されたのは、一冊の本だけ。


それを見届けて、それから。


で?とリオは、ジャラヒを促した。
先ほどのロイとの口喧嘩で、リオに話があると言っていた。
せっかく来たのだから、ロイが次に部隊長をやる件を言おうと思ったが、先にジャラヒの話を聞いてしまおう。

「いや、さっきダリアに怒られて、こいつ怖いなーって思ったけど、今、リオも怖いとこあるんだなあと思って」
「何の話?」

意味がわからなくて首を傾げると、ジャラヒは「あ、いやそうじゃなくて」と首を振って、こほん、と咳をひとつ。

「そうだ、リオ。話が…」
「って、ジャラ、ダリアちゃんに叱られたの?なにしちゃったの?」
「え?ああ、悩み事を相談したら意気地なしとクールに罵られました」
「そっかー意気地なしかー」
「いや、否定してくれよ」
「あっごめん!」

謝られると余計にツライ…と項垂れ、腰掛けるジャラヒの頭をぽんぽんと撫でる。
ジャラはわりと繊細なんだよねえという感想は、口には出さなかった。
撫でられたままの格好で、ジャラヒははあと息をついている。
もしかしたら、彼のプライドを傷つけてしまったろうか。今更かもしれないが、少しだけ不安に思う。
しかし、いつものことなので、フォローはしない。
ただ、黙って彼の言葉を待つことにした。

されるがまま撫でられていたジャラヒは、ごくりとつばを飲み込み、ようやく意を決したのか、口を開いた。

「あのさ、おまえ大丈夫って言ってたけど」
「うん」

大丈夫、というのは、ロイが来る前に言っていたことだろうか。
その件は終了したと思っていたので、それをまた持ち出されるとは思わなかった。

「やっぱ心配」
「だいじょ…」
「わかってる」

繰り返し、わかってる、とジャラヒは言う。
ちっともわかってない、心配を顔にいっぱい浮かべた目をして、こちらを見て。

「おまえが一人でよくやってることも知ってるし、大丈夫だと思ったんだ」

だから、この巡りでも、遊んで来いなんて言って送り出したし、ここはおれが守れば大丈夫だと思った。
そんなことを言って、ジャラヒは情けない顔をした。
その情けない顔で笑う。

「っていうかあれだよ。大丈夫じゃないのは、おれだったんだよなー」
「そんなこと…」
「あるんだよ。さっきダリアに言われてさ。マジでおれ情けないなーって。
 あ、それ以上もう慰めんなよ?」

少し情けない顔を収めて、口を開こうとしたリオの顔を、ぐいと押しやった。
痛い、と抗議すると、悪ぃと笑って謝る。
そうすると、もうジャラヒは普通のジャラヒの顔に戻っていた。
そして、いつもの静かな顔で、先ほどロイに声をかけられて驚いて…というか二人で寝ていた状況を指摘されて、思わず部屋を飛び出したときのことを話した。
ダリアに煩いとか、情けない変な顔してるんじゃないとか罵られ、無理やり聞き出されたのだという。
ダリアという少女は、ジャラヒの護衛の任務に付いている少女だ。
もともと暗殺者をやっていたという彼女は、いつも冷静に物事を対処している。
いつも冷静というわけでもないことは、ジャラヒから、2,3のエピソードを聞いて知っていたが、リオから見ると、とても理知的で冷静な少女だ。
いつもジャラヒに呆れたような態度をとっているが、ウマが合うのか、お互い悪くは思っていないようだ。
ドロシーの元でジャラヒとダリアはずっと上手くいっているように見える。
比べる対象がロイとジャラヒの関係なので申し訳ないけれど。ロイとジャラヒももちろん仲が良い(とリオは思っている)が、収拾がつかなくなることが多々あったので。

ともかく、ダリアに辛辣な言葉を投げられ、ジャラヒはここに戻ってきたのだと。
確かに、意気地なしと言われたらそうだったかもしれん、と決意を新たに戻ったら、ロイがいたので、それはもう驚いた、と歯ぎしり混じりに言って。


「リオ」

真剣な顔で。名前を呼ばれ、思わずリオは姿勢を正した。

「わかってると思うが、おれは、おまえが望むことはなんだってやってやるし、叶えてやる。
おまえに助けられてから、おれはそう決めてる。なんだってな。文句は言うけど。おもいっきり言ってやるけど」
「う、うん」
「おまえが部隊を離れたいなら、離れればいい。心配なら、おれが部隊を見てればいいって、思ってたんだ」
「うん、助かったよ。ジャラ」

願いを叶えてやる。
そんな言葉を、一日に二回も聞くとは思わなかった。
ロイの言葉と同じなのに、全く違う言葉。
ジャラヒは、魔神でもないのに、いつもそう。
いつも、リオの願いを叶えてくれるのだ。
この間だって、そう。
前の周期の終わりに、ここで見ているから行ってこいと、そう言われたときは、本当に嬉しかった。
ジャラヒは、いつもリオが望んだことをなんだって叶えてくれる。
ブリアティルトに来たのもそうだし、ここにいることもそうだ。
小さなことなんて、挙げだすとキリがない。家を決めた時だって、最初は意見が割れたけど、最終的にはリオの望む通りにしてくれた。あんなに赤い屋根は嫌だと言っていたのに。
いつも戦う時だって過保護すぎるくらいに守ってくれる。
彼は、甘すぎて駄目になりそうになるくらい甘やかすのだ。文句は言うけど、めいいっぱい言ってくるけど。

「おまえのワガママとか無茶、別にいいんだ。
 なんだかんだ言って、大丈夫だって知ってる。
 おまえは結構強くて、大丈夫。へこたれないもんな。知ってる」

いつだってなんだって肯定してくれるジャラヒは、そう言って、心配してくれることすら飲み込む。

「だから、もう心配しないって、何度も思う。今回も、そうしようって、思った」

その心配してくれる気持ちは嬉しいけれど、あんな悲しそうな、心配そうな顔をさせたくなくて、いつもリオが言っていた、だいじょうぶの言葉は、ちゃんとジャラヒには届いていた。

届いていて、きっと小さく彼を傷つけていたのだ。
心配するなという、お願いとなって。

そうして、ジャラヒはまたひとつ、願い事を聞くのだ。
心配そうなあの顔すら押し消して。
そしたらもう、リオはだいじょうぶの言葉を、繰り返さなくてもいい。
そうと決めたらもう、ジャラヒはすっかりそれを叶えてしまうだろう。
本当は、心のそこでどんなに心配していても、表には出さなくなる。
それがジャラヒだ。

まったく。

ジャラヒは面倒くさいなあ。

と、正直につくづく思うのが、リオの本音だ。
ロイみたいに、契約じみた願い事のほうが、よっぽど楽だ。
だけどもう一つの本音で、リオは思う。
だいじょうぶじゃないときでもだいじょうぶだったのは、ジャラヒがちゃんと気にしてくれていたからだ。
ちゃんとわかってる。



「なあリオ」
「ねえジャラ」
「でもおれ、おまえと一緒に…」
「ワタシと一緒に来てよ」
「……え?」

きょとんとした、ジャラヒの緑色の目が、動いた。

「は?」

わかっていないようなので、もう一度言ってやる。
両手を組んで、祈るようなポーズで。

「ねえ、ジャラお願い!ワタシについてきて!」
「……」
「って言ったら、ジャラは犬より早く付いてくるって、ロイくんが言ってた」
「あの男……っ」

まあまあ、となだめると、ジャラヒは立ち上がりかけた腰を落として、リオに先を促してきた。

「あのね!次はロイくんががんばってくれるんだって!
 で、ワタシ達にこっそりサポートを頼みたいって!
 だから、ジャラとワタシで、こっそりロイくんを応援!」
「なんでおれがあいつを…それにこっそりって意味わからねえし…」
「嫌なの?」
「いいです。行きます」
「じゃあ決まり!」

心配なら、一緒に行けばいいのだ。
だって、リオだって、ジャラヒと一緒のほうが、絶対に楽しい。

仕方ねえなーとか何とか言っているジャラヒの横顔を見て、リオは笑った。

やっぱりジャラヒはこれでいい。
いつも、願いを聞いてくれるジャラヒだけど…今のお願いだって快く聞いてくれるジャラヒだけど、顔を見ているとわかる。
今度のこれは、ジャラヒもちゃんと『したい事』だ。
リオの願い事と、ジャラヒのしたい事が一緒だった時、本当にジャラヒは嬉しそうな顔をする。
その顔を見るのが、リオはとても好きだった。

「さて!そうと決まったら、変装グッズ買ってこなきゃ!」
「なんで?」
「こっそりロイくん助けるんだから!」
「だからなんでこっそりなんだよ」
「わかんないけど面白いからいいの!!」


わくわくしながら、リオは立ち上がる。
だいじょうぶ。
きっと、次も楽しいことがいっぱい待っていて、今まで足りなかったものが、また埋まっていくのだ。
それは、今よりも楽しいことに違いない。
ね?と笑うと、ジャラヒは、そうだなと笑って答えた。
2013-09-02 : SS : コメント : 0 :
Pagetop

【SS】ドロシーと母の日【7期】

ぱたぱたと、箒を鳴らし、床を拭いて、テーブルを磨きクロスを掛ける。
その上に花瓶を置いて、一輪花を挿して、優しく整えて。
それからドロシーは、頷いて、周囲を見回した。
埃ひとつ落ちていない、綺麗な部屋。
ちょっと花瓶は欠けているところもあるし、テーブルクロスは少し黄ばんでいるが、それも生活感という言葉でごまかせる程度だと、ドロシーは思う。
この家に来て一年。
初めは散らかっていた部屋も、今では可愛らしくまとまっている。
できるだけの工夫はしてきたし、よく遊びに来る友人たちもそう言ってくれていることに、ドロシーは満足していた。
本来はお嬢様である、気品はあるのにどこか親しみやすい友人に褒められると誇らしく思ったし、先日18を迎えた、いつも素朴に見えるが、実は洒落たセンスを持つ金髪の少女が、食卓の花を見て可愛いと言ってくれると嬉しくなった。
見る目のある客人に、少しでも安らいでもらいたいという気持ちには変わりないが、どうせなら、良く思ってもらいたいと思うのも正直なところだ。
これはメイドとしての性分だからして、仕方がない。

今日のテーブルの花も、ダリア。
この家に住む黒髪の少女と同じ名を冠する花。
凛として大輪を咲かせる花は、どことなく彼女を思い起こさせる。
花言葉は、移り気、優雅、威厳、感謝。
これは、近所の花屋で店番をしている可愛い少女に教えてもらったものだが。
赤い花びらを、何枚も何枚も重ねて咲く大きな花。
最近、この花をテーブルに飾ることが多い。
同じ名前の少女は、まだ一度もそれに気がついてはいなかったけれども。

「今日も素敵な日になりそう」

朝、ひと掃除終えて、テーブルについて鼻歌を歌う、この時間がドロシーは好きだ。
もう少ししたら、この家の住人である、ジャラヒかダリアがやってくるだろう。
基本的にはダリアが早く扉を開くが、ほんのたまに、ジャラヒの方が早くやってくることもある。
今日はどちらが先だろうか。
そんな予想で頭を巡らせるのも楽しいことだった。


「はよー」

あくび交じりにやってきたのは、金髪の青年の方だった。
ジャラヒ。
ドロシーの現在の主人である。
彼に仕えてくれと、指示を出してきたのは別の人物なので、直接の依頼主ではないが、それでも主人には変わりない。
ドロシーとしても、この金髪の青年のことをここに来る前から知っていたのもあって、彼に仕えることに異存はなかった。
ジャラヒが4つだか5つだかの頃に、乳母がわりに、ドロシーがベビーシッターのようなことをしていたことがあったのだ。
その時の無邪気で可愛らしい姿は、今でもすぐに思い浮かべることができて、変わってしまった現在の彼の姿を見ても、つい微笑ましく思ってしまう。


「おはようございます。ぼっちゃん、紅茶にします?コーヒーにします?」
「コーヒー」

その頃の名残で、ついドロシーも、彼を「主人」ではなく「ぼっちゃん」と呼んでしまうのだが、彼に咎められたことはない。
その寛大さに敬服を表しつつ、ドロシーはコーヒーを入れに席を立った。
言葉や態度は横柄に見えるかもしれないが、主人は意外と気がつく男だ。
メイドの領分である台所に足を踏み入れたりはしないが、さりげなく今のように、ドロシーが通りやすいように、椅子を引いて道を作る。
それも無意識にやっているのだろう。椅子を引いたあとはドロシーには目もくれず、大きく伸びをして、眠い…などと呟いている。
珍しいわけでもないが、夜更かしでもしたのだろうか。
主人にそれを咎めるわけにもいかず、ならばもう少し寝ていればいいのに、とドロシーは思ったが、それを言うとここぞとばかりに夕方まで延々と寝ていそうなので、何も言わず、コーヒーの準備に取り掛かった。

たしか、豆を粉にしたものがまだあったはずだ。


「ん、…今日もこの花なんだな」

蒸らしたコーヒーの匂いに包まれるドロシーの背中に、眠そうな、そんな声が届いた。
テーブルの上の花のことだろう。
独り言だったのかもしれないが、嬉しくなって「綺麗でしょう」と返すと、「『花』は、綺麗だ」と含みを持たされて返ってきた。
ジャラヒに、その花についてそうと言ったことはなかったが、ドロシーの意図は、彼に伝わっていたらしい。

「花も、です」
「花は危なくないからなあ」

そろそろ良いだろうかと、泡の色が変わったコーヒーを見て手を止める。
この瞬間が、コーヒーの一番良い一瞬だ。
存分に、ドリップされたコーヒーのふんわりした香りを楽しみながら、カップに注ぐ。
とても幸せで、鼻歌が出てしまう瞬間。
ふわりと幸せに包まれて、入れる相手のことを思った。
ジャラヒは濃いめのブラックが好きだから、そこにミルクはつけないほうがいい。
こぼさないようにそのカップを盆に乗せ、テーブルに運ぶと、彼は椅子をひいてカップを受け取った。

「さんきゅ」
「いいえ。お口に合うとよろしいのですが」
「今更」

そう笑って受け取ったジャラヒは、カップに口をつけたあと、口の中であちっと呟いて、ふーとカップに息を注いだ。
猫舌なのを知ってはいるが、彼が熱いのが好きなのも知っているので、ドロシーは、気が付かないふりをして熱めのものをいつも出す。
ジャラヒも、苦渋を顔に浮かべながらもそれに文句は言わない。
そうして少し冷めたのか、安心したように今度こそ口を付けて、ジャラヒはふうと息をついた。

「ふう。あー、目が覚めた」
「今日は早かったですね」
「ていうか、寝てない」
「お身体にさわりますよ?」

聞きはしないだろうとわかってはいるが、それでも言わずにおれずにいると、やはりジャラヒは聞きいれるつもりもないようで、はいはい、と手を振って流している。

「今日は特別。すること終わったから、もうちょいしたら寝る」
「これから寝るのに、コーヒーですか?」

しかも、目が覚めた。なんて、目を覚ますのが目的のように。

聞き返すと、ジャラヒは苦笑するように顔をゆがませて

「あー、寝る前に、これからが本番だからなー」
「??」

きょとんとするドロシーを横目に、もう一口コーヒーを口につけ、やっぱり熱いと呟いた。







と、突然

バンッという大きな音と共に、玄関が開いた。

入ってきたのは、黒髪の、テーブルの上の花と同じ名の少女。
いつも落ち着いている彼女の姿は、今は影も形もない。
振り乱した髪のまま、はあはあと息を整え、それから後ろ手で玄関の扉を閉めた。

キィィ、と怪しい音を立てながら、扉が閉まる。
パタン、と閉まる音に、ふうとドロシーは胸を撫でおろした。
ただでさえ古びた扉だ。
今の衝撃で壊れたかと思ったが、なんとか機能は果たしているらしい。

「ど、どうしたんですダリアちゃん。…お出かけしていたんですか?」

ドロシーの声に、ダリアがはっと顔をあげる。
その顔は、見たことない色に染まっていた。
普段、白く、崩れることのない綺麗な顔が、今は赤に染まって、なにやら顔に戸惑いをめいいっぱい浮かべて。
何かを言おうとしては言葉にならず、口を開いては閉じている。
慌てながらも、その目はきょろきょろしながらも、ドロシーを捉えて、
…どうやら、ドロシーに言いたいことがあるらしい。


「落ちつけよ」

ダリアやドロシーよりも先に、口を開いたのはジャラヒだ。
それが幸いだったのか、ダリアが我に返って――激昂はしていたが――言葉がようやく口をついた。


「ああ、あんたねえ!知ってたの?」
「何を?」
「あのっあれ…あのっ」

あれ、と言い、指を上げたが、震えているその手は、何を指しているのかわからない。


「さっぱりわからん」
「……あんたが言ったんでしょ!買ってこいって!」
「そりゃ、ダリアが協力したいって言うから」
「だからって!!」

どうやら、ダリアは、何かを買うために家を出ていたらしい。
が、話の内容がわからないドロシーには、きょとんとすることしかできなかった。
それでも、まあまあと二人の間に入り、座って話をしましょうと促す。
と、促されたダリアは、導かれるままテーブルに目を向け、それから再び固まった。


「で、ダリア。買えたのか?」
「う、うるさい!あたりまえでしょ!ちょ、ちょっと黙ってて」


それから、もじもじと身体を震わせた後、自身が着ているコートの中をそっと覗くと、そこにあるものを確認し、ふうと、深く息を吸い込んだ。
その姿は今までに見たことがないもので、ドロシーは、きょとんを超えてぽかんと彼女を見ていたが、そのダリアの目線の先が自分だと認めると、どきり、と胸が鳴って、思わず姿勢を正した。


「ド、ドロシー!!」
「は、はい!」
「おめでとう!!」
「は?」


真っ赤な顔の彼女から出てきたのは、何故かそんな祝いの言葉。
思わず首をかしげる。
もちろん、祝われるような、身に覚えはない。
その上、祝いながらも赤い顔で睨んでくるダリアは、どう見ても祝っているとは何か違う気がしたが、ともかく、何を言っているのか全くわからなかった。


「って、おめでとうじゃねえし!ありがとうだし!ていうか打ち合わせと違うだろうが!」


割って出たのはジャラヒだ。
事情を知ってそうなそぶりに、ドロシーは解説を求めるように目を向けたが、更にダリアが声を被せる。

「う、うるさいわね!それどころじゃないの!あんたが黙ってたのが悪いんだから!」
「知らないほうが悪いだろ!ったく、おれがせっかく徹夜で考えた盛大なシチュエーションを無駄にしやがって」

「え、ええっと」

またしても喧嘩がはじまりそうで、それを制そうと身を乗り出そうとしたドロシーに、はっと気付いたダリアは、こほんと咳をし、そこでようやく冷静のようなものを取り戻した。
顔はまだ少し興奮の色があるし、髪も乱れているが、先ほどよりはいつものダリアにほんの少し近い。


「ド、ドロシー、これ、私から、なんだけど!」

コートをばっと開いて、そそっと取り出したのは

「…花…?えっと、これは」
「あんなテーブルの花より、これを飾ってちょうだい!それに、えっと、そうね、おめでとうじゃなかったわ。いつも、ありがとう」

出されたのは、白い、クリーム色の花。
花びらの先が桃色づいていて、とてもかわいらしい。
カーネーションだ。

「ええっと…」
「今日あれだろ、カレンダー見てみろよ?」

ジャラヒに言われ、カレンダーを見る。
誕生日ではない―そもそもドロシーは自身の誕生日すら忘れていたので、ジャラヒたちに話したこともない。
きょとんとしていると、焦れたように、ジャラヒが答えた。

「母の日だよ!母の日!いつもありがとうって!な!」
「……あらまあ」

答えを言われても、きょとんとするしかない。
口癖が口をついて、しばし固まった。


「…母の日?」


反芻してみる。


「そ。って、別にドロシーが、その、おばさんとか、そう思ってるわけじゃねえよ?
 正直、ちょっとニュアンス違う気もするしな…。でもまあ、中身の意味は一緒だ。
 わかってるよな?意味。」

母の日。
母親に、産んでくれたことを感謝する日。
言うまでもなく、ドロシーは、彼らの母親ではない。
どんなに愛していても、想っていても。
心配していても、喜んでも、悲しんでも。
母親だなんて、おこがましいこと、思えるはずもない。

ジャラヒは主人で、彼に従うのは本意だ。
だから、彼が夜遅くまで兵本を読んでいても、心配はすれど口にせず、そっと夜食を用意するに留めた。
昇進して隊が大きくなったときは、共に喜べど、幾度も続く戦に向かうことを、止めることはしない。
彼が油断して怪我をして帰って来た時は、さすがに怒ってしまったが、それでも、なるべくもう、過ぎたことはしないと誓ったのだ。

それでも

それなのに

「ええっと…」

これは、曲解ではないだろうか。
間違って受け止めてはないだろうか。
彼らが、母親のように、想ってくれているなんて、そんなふうに捉えてもいいのだろうか。

だとしたら…

「ドロシー」

まだ赤い顔のダリアが、少し笑っていた。

「えっと、花、いつも飾ってくれて、ありがとう」

少したどたどしくも、伝わるように。

「ダリアという、あの、名前の花を、毎日、あんなに優しい顔で、大切にしてくれて」

感謝の気持ちを口に乗せてから、ダリアは、それから吹き出すように笑った。

「…ドロシー、顔真っ赤だわ」


指摘されて、ドロシーは顔を押さえて、「あらやだ…」とうずくまりそうになるのをこらえた。

本当は、幸せで幸せで、壊れてしまいそうなくらいだ。


まるで家族のように大切なあの子と、同じ名前というのが嬉しくて、つい飾っていた花。
戦いに向かう彼女が、この花のように元気で、綺麗に咲いていますようにと、毎日眺めて、大切にしていた。
もちろん、花の種類に詳しくない彼女は気付かないみたいだったけれど、それはべつにかまわなかった。
だけど、いつか彼女が気がついたら、なんて言うだろうと思っていたのだけど。
こんなに幸せを返してもらえるなんて。

「母の日だからカーネーションだろ、買いに行ってくれって、ジャラヒに言われて…
 朝、花屋に行って…そこの女の子に聞いたの。
 いつもうちにある花と私、同じ名前だって。
 もう、私、慌てちゃって……恥かいたわ。ドロシー。どうしてくれるの?」

膨れながら睨んでくるダリアだが、そこに怒っている様子はない。
その後ろでニヤニヤしているジャラヒは、知っていたのだろう。
計画通りになったことが嬉しいらしく、満足そうだ。

そういえば、彼は昨夜から寝ていないと言っていたが。何か企んで…

と、ジャラヒに目を向けると、それに答えるように、彼はにやりと笑って、それからドロシーに向かって手招きした。


「で、ドロシー。こっちはおれからな。これからもよろしく」

手渡されたのは、白いエプロン。

「おれの手作り。ドロシーのエプロン、フリルのとこほつれてるから、気になってたんだよなー。今度から、それをつけるように!な」

赤いカーネーションと、白いエプロン。
これはもう、疑う余地もなく『母の日』だ。
こんな、わざわざ、典型的な、母の日でしかありえないプレゼント。
ドロシーが、疑わないように、素直に受け止められるように、これでいいのだと、背中を押してくれる。
ジャラヒの心遣いが、痛いほどわかる。

そうか。とドロシーは思った。

これでいいのだ。
「主人」じゃなくて「ぼっちゃん」でもいい。
夜更かしを叱っても、無茶を怒っても。
主人だから踏み入れてはだめだなんて、思わなくてもいい。
母親だから。家族だから。いいのだ。

「ありがとう、ございます」

曲解なく、ちゃんと受け止めて…
ドロシーは胸が苦しくなった。
ドロシーはエプロンをぎゅっと抱きしめて、それから、ダリアの花の横に、カーネーションを飾った。

赤いダリアの横に、白いカーネーション。
ダリアは赤い花を捨てろと言ったが、そんなこと出来るはずない。
よかったな、とあくびして笑う主人に、感謝を述べて、ドロシーはジャラヒにもう寝るように言った。
今日はもう仕方がないけれど、明日から、夜更かしするようなら、ちゃんと怒鳴りつけてやろう。傭兵は身体が資本なのだ。
お許しをもらったのだから、これからは、もっとちゃんと、遠慮なんてしないで。
そうドロシーは、胸の奥でそっと誓った。


tag : ジャラヒ ダリア ドロシー 第7期

2013-09-01 : SS : コメント : 0 :
Pagetop
ホーム

プロフィール

赤雫☆激団

Author:赤雫☆激団
英雄クロニクル サクセスサーバー
オーラム国の赤雫☆激団です

カテゴリー

タグリスト

最新コメント

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。